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Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

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Key    :河本慎一

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Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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猫7️⃣

今日も作品に登場する猫について述べる。
宮沢賢治の作品を河合隼雄が取り上げて
いるので いつものように抜粋しながら
話を進めていこう。

河合隼雄は賢治の作品の中で猫が登場する
四作を取り上げて論じている。
その前に面白いエピソードを紹介している。

………………
私の勤務している国際日本文化研究センター
の隣に、桂坂小学校がある。今から二年ほど
前、その学校の村田喬子校長先生のアイデアに
乗って、梅原猛さんをはじめセンターの教授
たちが、そこに授業に行くことになった
(これは現在も続いていている。)

その時、当時の教授の一人、山折哲雄さんは
小学交六年生に対して、宮沢賢治についての
授業をした。何しろ、山折さんは賢治に対する
思い入れは深く、勢い熱のこもった授業になった。
(河合隼雄・梅原猛編著『小学生に授業』
〈小学館文庫〉に山折さんの授業記録も
収録されている)

山折さんは賢治の三つの作品「風の又三郎」
「注文の多い料理店」「銀河鉄道の夜」を
示し、これらには「共通する問題が出てくる
んです。何だと思う?」と子どもたちに
問いかける。そして、「それはね、風が
ものすごく大きな役割を果たしているという
こと。この三つの童話の中心的な大問題は
『風』だということです。」
と自ら答え、ひとつひとつの作品を取り上げつつ、
賢治の作品のなかの「風」の重要性を明らかに
していく。

実に賢治の本質をついた授業である。
〜略
このエピソードを聞いて、今度は私が「あれっ」
と思った。というのは、私は宮沢賢治の作品に
おける猫のことをずっと考えていたからで
ある。

それをどんなふうに表現すればいいかなと
思っているとき、「猫と風」というヒントが
舞い込んだように思ったのである。
この両者はあんがい似ているようだ。

この文を書くについて、宮沢賢治の作品、
特に猫が関連するものを読んでいるうちに、
佐藤栄二「宮沢賢治童話集『風と山猫』
(WIND AND WILDCAT PLACES)
について」という人による宮沢賢治の作品
の英訳本(講談社インターナショナル刊)
について論じているのだが、その作品集
にジュン・ベスター氏がこのような題名を
付したのは、猫と風とが、宮沢賢治の作品
の特徴を伝えるのに、ぴったりと感じた
ためと思われる。

猫は第一章に記したように実に多様な
意味を持っている。
しかし、賢治の作品に登場する猫たちの
特性を一言で表現すると、風との類似性
というのがいいのではなかろうか。
私は子どもの直感力の鋭さに感心して
しまった。

賢治の猫についてあれこれ考えているときに、
校長先生から前記のエピソードを
お聞きして、猫のイメージと風のイメージが、
私の心の中で重なるのを感じたのである。
普通だと、猫と風はまったく別種と感じられる
かもしれない。

違うと言えば全く違ったものである、
しかし、風のつかまえどころのなさ、
いったいどこから来てどこへ行くのか
わからない。

優しくもあれば荒々しくもある、少しの
隙間からでも入りこんでくる、などという
性質は、猫にもそのまま当てはまる事だし、
賢治の作品の猫たちは、まさにそのような
性格を持って登場しているように思うので
ある。

ところで、賢治には「猫」という短篇というか
ノートのような作品がある。
「(四月の夜、とし老った猫が)
友達のうちのあまり明るくない電燈の向ふに
その年老った猫がしづかに顔を出した。」
という書き出しで、その猫の描写の中に、
「(私は猫は大嫌ひです。猫のからだの中を
考へると吐き出しさうになります。)」
という感想のようなことが書かれ、最後も、
「(どう考へても私は猫は厭ですよ。)」
と結ばれている。

どうも、賢治は現実には猫は好きでなかった
ようだ。

ところが、作品のなかの猫は、そんな感じを
まったく反映していないので、やはり、
作品のなかの猫は、風のように彼の心の
世界に。さっさと登場してきたものとして
見るのがよさそうである。

では『セロ弾きのゴーシュ』を取り上げてみよう。
不器用な者はいじめの対象になりやすい。
ゴーシュも楽長に徹底的にいじめられる。

どうしてもゴーシュの音だけが皆と合わないと
楽長は言い、「いつでもきみだけとけた靴の
紐を引きずってみんなのあとをついてあるく
ようなんだ」と皮肉を言う。

「ゴーシュはその祖末な箱みたいなセロを
抱えて壁の方へ向いて口を曲げてぼろぼろ
泪をこぼし」ている。
こんなゴーシュが皆とうまく合奏したのみ
ならず、アンコールに独奏をして大成功をする。
どうしてこんなことが起きたのか。
この奇跡の始まりが「猫」なのだ。

ゴーシュがセロの猛練習しているとき、
猫がまさに風のようにやってきた。
ゴーシュが死にもの狂いでセロを弾いている
時、「すうと扉を押してはいって来たのは
いままで五六ぺん見たことのある大きな
三毛猫でした。」

猫はゴーシュの畑から半分熟したトマトを
とってきて、おみやげですと差し出す。
ところがゴーシュはひるからのむしゃ
くしゃを一挙に爆発させ、猫に向かって怒鳴り
つける。ところが猫は大したもので、
「口のあたりでにやにやわらって」
「先生、そうお怒りになっちゃ、おからだに
さわります。それにシューマンのトロイメライ
を弾いてごらんなさい。きいてあげますから。」
という。

これを聞いてゴーシュは「生意気だ」と大いに
怒り、「まっ赤になってひるま楽長のしたように
足ぶみしてどなりどなりました」が、ともかく
セロを弾くことにする。猫は「トロイメライ、
ロマチックシューマン作曲。」
など所望するのだがゴーシュは何と扉に鍵を
かけ窓もしめ切り、自分は耳に栓をして
「印度の虎狩」を嵐のような勢いで弾き始める。

ここは風が嵐になったという感じである。
猫はあわててしまって、逃げ出そうとするが
扉も窓も開かない。
「ご生ですからやめて下さい」と猫は頼むが、
ゴーシュはやめない。
しまいには「猫はまるで風車のように
ぐるぐるぐるぐるゴーシュをまわりました。」
とうとうゴーシュがやめると、猫はけろりとして
「先生、こんやの演奏はどうかしてますね」
という。

猫は知ってか知らずか、風のように来て、
そして部屋のなかでは嵐のように荒れ狂い、
そして、さっさと去って行ってしまった。
かくてゴーシュは楽長のいじめから立ち直り
せいせいして心安らかに眠ることが
できたのである。


「猫の事務所」という話には人間は登場しない。
すべて猫の物語である。
「夜かまどの中に入ってねむる癖があるために、
いつでもからだが煤できたなく、殊に鼻と耳には
まっくろにすみがついて、何だか狸のような
猫のことをいうのです。」と四番書記竃猫を、
そう書いている。

つまり、これは猫の中の不器用(ゴーシュ)
なのだ。当然いじめにあう。
ところが突然、「みなさん ぼくは かま猫に
同情します」という作者の言葉が入る。
猫達の記述の中に急に人間の作者が、
その生の感想を語るのである。

この作品が「僕は半分獅子に同感です」という
言葉で終わる事を見ると、実に重要な
ポイントであることかがわかる。

「どんぐりと裁判」は、おかしなハガキが
一郎の処に舞い込んでくるところから始まる。
山猫から手紙をもらった一郎は、早速訪ねていく
ことにする。

明らかに山猫の世界、非日常の世界に入っていく。
「風がどうどうと吹いてきて」山猫が登場する。
やっぱり猫は風と密接に結びついている。

猫は一郎に対して面倒な争いで裁判に困って
いるので、考えを聞かせて欲しいと言う。
そこで山猫と一郎の非日常と日常の話は進み、
一郎の非日常的知恵によって、どんぐり達は
おさまる。
(そこに、まだ話はあるのだが宮沢賢治の世界に
おいての猫は、他の作品に出てくる猫と違って
別の次元への誘導する案内人であり、
人の心を揺さぶる存在として独特な物を感じる。
それは風という物が常に感じれる根底故、
さらに非日常的というビジュアル的にも
想像を膨らませられる世界観を創って
いるのではないかと思う)

「注文の多い料理店」は二人の都会人が大変な
山奥に入り込んでしまう。
「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、
木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと
鳴りました。」

この風と共に、世界はもう一段と深化され、
そこに「注文の多い料理店」が顕現してくる。
最後に絶対絶命の時、死んだと思っていた
あの白熊のような犬が飛び込んできて、
紳士達は九死に一生を得る。

先に紹介した山折哲雄さんの授業では、
「風が吹いて物語が始まって、風が吹いて
物語がさっと終わるんです。」と語っている。
大切な指摘である。

ひょっとして、これは風が一吹きする間の
一瞬の物語だったのかもしれない。
風に乗って、恐ろしい猫がさっと現われ、
さっと消えていったのかも知れない。

現代人の忘れ勝ちな「あちらの世界」から
賢治はものを見ることができた。
あちらの世界からのメッセンジャーとして、
風と猫は賢治にとって非常に大切なもので
あったようだ。
…………………………

猫を好きで作品に出す作家と猫嫌いの賢治の
ような作家の猫の使い方の違いは、
なかなか、そういう観点からみると
違った見方が出来て楽しめる。

私の猫嫌いが、猫に囲まれて暮らすのと
変わりがないような気もする。

猫は入り込んでくるのだ。犬は、こちらから
追っていかなければ…という感覚がある。
しかし猫は知らず知らず入り込んでいる。

まぁ、なんとも不思議で、ほんわかした
生き物かと、振り回されながら暮らして
いるのだ。犬達さえ、きっと
同じに思っているのではないだろうか?
次回は、いよいよ「怪猫」に触れていく。

2014-01-09 22:35:36投稿者 : Nachiko
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    猫6️⃣

    まさか猫で こんなに長くブログを書く事に
    なるとは思ってもいなかった。
    書いている本人が一番驚いている。

    正直言って最初に保護した片目をくり抜かれた
    仔猫は人間を憎み開いている片方の目は
    まさに「怨念」という文字の形に見えた。

    糸の様に細くてつり上がり恐ろしい形相を
    していた。潰された目からは汁が出ていた。

    それが仔猫との出会いだったのだから、
    人間を憎む猫の抵抗は仔猫とはいえ
    半端ではなく、私は血だらけにされた。
    小さな身体で攻撃してくる仔猫の姿は、
    人間の罪深さを感じると共に不憫でしか
    なかった。しかし恐怖心は私に入り込んだ。

    そんな猫といえば次にあげるのは、
    化け猫の話だろう。
    また河合隼雄の本から抜粋しながら書いていく。

    山場の「怪猫」の話は後にして昔話に
    出てくる程度の化け猫の恐ろしさの話だ。
    その典型的なものとして「猫のうた」という
    のを取り上げている。

    一般に読みやすいという点を考慮して、
    できる限り関敬吾編『日本の昔ばなし』1,2,3
    岩波文庫から引用している。話の後に示す数は
    それぞれの巻と話の番号を表している。
    「猫のうた」は3,29である。

    ストーリーは昔あるところに爺さんと婆さんが
    いた。二人は三毛猫を飼っていたが、年は
    25の古猫だった。ある晩に爺さんが外出し、
    婆さんはこたつにあたっていた。

    婆さんが眠くなったところへ猫がきて
    「歌をうたって踊ってみせよう」と言って、
    手拭いを被り、前足をあげて踊り、歌をうたった。
    そして、自分のうたったり踊ったりしたことを
    誰にも言うな、もし言うと喰い殺すぞと言った。

    爺さんが帰ってきても婆さんは猫のことは
    言わなかった。しかし、夜になって寝床に
    入って猫の姿も見えないので、婆さんは爺さんに
    話した。すると天井の梁の上から、にゃーと
    いって猫が飛びおりてきて、布団を被っている
    婆さんの喉ぶえに喰らいついて殺してしまった。
    爺さんはぶるぶる震えていたが、猫はどこかへ
    行ってしまった。

    この話の終わりは次のように結ばれている。
    「三毛の年とった猫は、おかなえもんだ。
    三毛猫に踊りおどらせたりすると化けると
    いうことだ。それだから三毛猫に踊らせる
    もんでないということだ。どっとはらい。」

    この話で私は祖母や母が猫に絶対に芸を
    仕込んではいけないと言っていたのを
    思い出す。

    我が家は犬が多いので、どうしても躾を
    してしまう。ついでに遊んでしまうのだ。
    私が猫に食事前に芸を仕込んだら叱られた。
    何故猫に躾とか芸らしき物を仕込むと悪い
    のか理由がわからなかった。
    大抵 昔話にその由来があったりする。

    この婆さんは不用意さから殺されてしまったが
    正反対に、猫に警戒心をゆるめなかったので
    命びろいした話が次に載せてある。

    「猫と釜蓋」(2,41)で、これは山奥の一軒家
    に狩人が母親と二人で暮らしていた。
    かわいらしい猫がどこからか来たので大事に
    飼っていた。その頃、山の中に山猫がいて、
    色々業をするので村人は怖がっていた。

    狩人は山猫を退治しようと、鉄砲弾を
    こしらえていると、家の猫がじっと見ている。
    その弾を一つ二つと数えているように見える。
    そこで狩人は猫の見ている処で12の弾を
    こしらえ、その他に一つの金の弾をひそかに
    用意した。狩人は山猫退治に出かけ、夜中に
    なって、暗闇に光る怪しい二つの目に向かって
    鉄砲を打つが、ちゃりんという音がして弾は
    そこに落ちたようである。12発ともそのように
    して打ちつくし、最後に隠していた金の弾を
    打つと、手ごたえがあった。夜明けになって
    狩人が見ると、見たことのある茶釜の蓋が
    一枚あり、そのそばに12の弾がころがって
    いた。そこにこぼれていた血痕をたどって
    いくと、大きい山猫が死んでいた。

    狩人が家に帰ると母親は何者かに喰い殺され
    茶釜の蓋がなくなっていた。これは山猫が普通
    の猫に化けて狩人に飼われていて、狩人が
    居ない間に母親を殺し、茶釜の蓋を弾よけに
    もって山に行ったのだ。そして12の弾をこの
    蓋で受け、やれ安心と狩人に向かってきた
    ときに最後の金の弾に打たれ、とうとう
    撃ち殺されたのである。

    これは不気味な話だ。山猫が普通の猫に化けて、
    狩人の弾つくりをじっとみて数を数えている
    ところ。ここで、驚くような犯罪を犯した人
    の印象を語って、周囲の人が「本当に普通の
    人でしたが…」ということが多いのも、
    このためだと述べている。

    ここで私も同じく12という数が気になった。
    これは河合隼雄も書いているが、洋の東西
    にわたって、完全数としての意味を持つこと
    が多い。

    従って、この話は明らかに一般的な
    「完全性」に加えるもう一つの秘密のもの、
    つまり13番目の存在が極めて重要である
    ことを示している。

    ここでは、化け猫のような恐ろしい相手と
    戦うには、一般に考えられている「完全」
    では駄目で、その完全を上回るXが必要で
    あることを示しているとも考えられる。

    13などという数は不吉なものだ、と
    キリスト教徒は言うかも知れない。
    考えてみると13番目の人、ユダがもし
    居なかったとしたら、キリスト教は今日の
    ように立派なものになっていただろうか
    などと言えそうに思う。

    ユダは「完全」を超えるために、神が準備
    された金の隠し弾だという考えも
    可能と思われる。
    このユダに関する話と13の話は興味深く
    読ませてもらった。

    猫といえば妖怪変化ということになるし、
    日本昔話においても、化け猫のイメージ
    だったが、それほど単純ではない。

    もっと明るいイメージの話として
    「竜宮の猫」(2,48)というのがある。
    この話はいわゆる「致富譚」という類の
    話であって、猫のおかげで大金持ちになる
    話である。福を招く「招き猫」が商家の
    店などによく飾られているが、おそらく
    このような類の昔話や伝記を踏まえたもの
    であろう。

    日本の竜宮話の特徴は、多くの場合、
    若い男が訪ねて行き、若い美しい女性に
    会うのだが、結婚話になることが少なく、
    ハッピー・エンドのときも致富になることが
    多い(浦島太郎のような悲劇もあるが)。

    ここで、どうして竜宮と猫が結びつくのかという
    疑問が生じるが、それを考える上で、
    猫が間接的ではあるが竜宮と関連してくる
    他の話「犬と猫と指輪」(1,21)をみてみる。

    これは鹿児島県薩摩郡の昔話だ。
    ストーリーはある船主が船を出して目的地に
    着いたとき、一人の貧乏な船方に三十銭の
    お金を与える。その船方は、子ども達が
    捉えていじめている、蛇、犬、猫を、
    それぞれ十銭ずつを子どもに渡して助けてやる。

    船で国へ帰る途中、船が動かなくなる。
    見にいくと舵にフカが食いついていることが
    わかる。貧乏な船方が犠牲になることになって
    海に飛び込むと、フカが、「お前さんが
    助けたのは竜宮の娘〈蛇〉さんで、お礼を
    するために、お前さんを迎えに来たのだ」
    という。

    男は竜宮で御馳走になり、フカの忠告に従って、
    指輪をおみやげにもらって帰ってくる。
    その指輪を持っておれば、どんな願いも
    かなうので、金持ちになる。
    それを知ってやってきた大阪の博労が、指輪を
    すり替えて盗んで行ったので、船方はまた
    貧乏になってしまう。

    男が困っていると、前に助けてやった犬と猫が
    やってくる。男は「お前達が指輪を取り返して
    くれたら、高膳で飯を食わせてやる」と約束
    する。
    犬と猫は早速大坂に行くが、例の博労は指輪を
    瓶のなかにしまい込んでいる。
    猫がそこに住んでいるネズミを捕まえると、
    ネズミは「三毛猫さん、三毛猫さん、命は
    助けて下され」と頼む(話がここまできて、
    猫が三毛猫であることがわかる)。

    猫はネズミの命を助けるのと交換条件で、
    ネズミに指輪を取って来させる。
    ところが、その指輪の取り合いで犬と猫が争い、
    犬が勝つが犬は橋を渡って逃げるときに、
    飛び跳ねる魚を見て食おうとした途端に、
    くわえていた指輪を川に落としてしまう。
    そこで、猫は川岸にいた蟹に指輪を
    探させる。しかし、またもや犬は指輪を猫
    から取り上げて主人に渡してしまう。
    そこで、猫は本当のことを主人に話して
    訴える。

    主人は「高膳は罰があたる。猫は家のなかで
    飯を食え、犬は庭で食え」と言った。
    このため、猫は家の中で、犬は庭で飯を食う
    ことになったという。

    この話では猫は竜宮に直接関係していないが、
    竜宮を訪ねて致富を経験する主人公を
    助ける役割をしている。

    あと猫といえば十二支に入れなかった
    間抜けな「猫と十二支」(1,38の4)
    がある。この話は有名だが猫の一般的な
    話を思うと笑える。

    他にも猫の報恩話とかイメージと違う話はある。
    同じく関敬吾編著『日本昔話大成』全十二巻
    から『猫檀家』『猫又屋敷』『伊勢参り猫』
    など動物報恩譚であるが、猫が僧になったり、
    お葬式に混乱を起こして、爺さん婆さんに
    功名を立てさせるなど、仏教や死という
    ことに関連しているのが特徴的である。

    『徒然草』にも猫又の話が出てくるのは、
    周知のことだが、猫の高齢者の集る
    「猫又屋敷」があるという考えは、
    どうも全国的にあるようだ。
    そこにいる猫が「ここへ来るのは猫の
    出世だ」と言い、美しい女性の姿をしている
    のなど実に興味深い。

    このような河合隼雄の抜粋から考えていくと
    猫の多面性がいかに多岐に渡り興味深いもの
    になっていくかわかってくる。

    初めて私が保護した片目がえぐられて無い
    仔猫を、あれだけの思いをしながらも
    看病して、「怨念」という文字そのもの
    のような片方の目が、まん丸で
    クルクルし それこそ愛くるしいほど
    可愛くなっていく姿に私が感動したのは
    言うまでもない。
    猫を扱った話で興味深いものを次回
    あと少し書いていきたいと思う。
    そして「内なる猫」について考えてみたい。

    2014-01-08 23:55:09投稿者 : Nachiko
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      猫5️⃣

      今日は猫を主人公にした物語について、
      河合隼雄の文章と共に抜粋しながら
      すすめていく。
      まずは猫を主人公とする昔話というと、
      フランスの昔話「長靴をはいた猫」が
      もっとも知られているし、
      面白いのではないか。

      私も幼い頃 挿し絵のついた厚い児童
      文学全集のグリムの処で読んだ記憶が
      ある。
      この時に出てきた猫は賢く徹底的に
      活躍し、登場人物は猫の言いなりに
      なって大出世という感じだ。

      河合隼雄は、「長靴をはいた猫」の
      性格は、一言で言えば、トリックスター・
      ヒーローということになると書いている。
      そのトリックスターとは何者なのだろうか。

      「トリックスター」などという用語を
      知ったのは、1962-65年のスイス留学中
      のことで、ユング研究所の講義で知ったと
      ある。

      神話、昔話、伝説などに登場する、
      非常に両義的な存在で、ペテン師の
      大嘘つきで、限りなく悪に近い反面、
      そのような才能によって大きい仕事を
      するため、英雄像にも限りなく近くなる。
      「長靴をはいた猫」は、まさにその
      典型と言っていいだろう。

      さらに興味深かったのは、河合隼雄が
      寺山修司の『猫の航海日誌』(新書館)
      の一説に、
      「猫…長靴をはかないときは子どもの敵」
      と書かれている部分を挙げている点だ。

      寺山修司といえば「天井桟敷」が私の家から
      歩いて行ける所にあり、個性的な人達が
      出入りしていた。

      『書を捨てよ町へ出よう』には当時の私には
      同調出来る部分と出来ない部分が入り交じって
      複雑だったのを覚えている。

      そんな寺山修司が長靴をはかない猫は
      子どもの敵と書いた事に、ある意味
      的を得てると思う。

      実際 猫は人に懐かないとか言われるが
      飼い主に赤ん坊が出来たあと、
      ベビーベッドに忍び込み、自分を今まで
      みたく可愛がってくれなくなった飼い主
      の赤ん坊を噛み殺したという事が過去あった。
      実は嫉妬深かったりしている。

      しかし それを態度に出さないのも
      猫の特徴でもある。

      『源氏物語』のなかの猫は、別に意志的に
      行動したのでもなく、極めて猫らしく
      ふるまっただけと書いてある。
      ただ、その行為は柏木を破局に追い込む
      ほどの力をもっている。

      つまり人間にとって、内なる猫と
      付き合うのは大切だが、付き合い方が
      難しいというわけだ。

      あまりに自然に猫の導きに従っていると、
      人間として生きるのに差し障りが出てくる。

      『源氏物語』と『長靴をはいた猫』と
      時代も文化もあまりに異なる話であるが、
      猫という、たましいの顕現との
      つき合い方について、示唆を与えて
      くれていると指摘している。

      そして我が国では『ゲド戦記』として
      知られるアーシュラ・K・ル=グウィンは、
      猫に関する絵本の三部作を出版している
      という。
      これは是非読んでみたい。

      絵も素晴らしく、いずれも
      アーシュラ・K・ル=グウィン作、
      村上春樹訳、S・D・シンドラー絵、
      講談社刊で、
      『空飛び猫』『帰ってきた空飛び猫』
      『素晴らしいアレキサンダーと、空飛び
      猫たち』の三作だそうだ。

      河合隼雄によると、これは本当に
      秘密の話だが、空を飛ぶ猫が現在
      世界中ではっきりわかっているのは
      5匹だけだが彼等には翼がついていて、
      母親はどんな猫かわかっていているが、
      母親には翼はないそうだ。

      秘密の話だそうだが秘密ほど、
      しゃべりたいものだから困ったものだ
      としながら広まったのだろう。

      勿論猫好きの村上春樹も空飛び猫の話は
      秘密を守りたい気持ちは強いだろうが、
      関心をもっておられるので、ここに
      記述した経緯を書いてあった、
      話は三部作の絵本に戻るが、作者は
      自分の猫をよく見ているうちに
      「猫に翼がある」ことを、ふと確信
      したに違いない。

      河合隼雄は、
      何故なしの真実を語るのがファンタジーで
      あり、うそを上手に理由づけて偽の真実を
      構築する遊びに精を出すのがSFである。

      モーツァルトが天翔ける音楽を我々に
      もたらしてくれる。
      モーツァルトの音楽は何故なしである、と
      それを楽しむ人。
      モーツァルトには何故天翔ける翼があるのか
      その根拠について論じる人。
      前者を楽者と言い、後者を学者と呼ぶ。
      どちらが偉いかは不明である。

      要は「翼のある猫」というだけで話が
      できあがっていて、鈴書きを紹介するなど
      野暮だと言っている。

      この三部作を通じて、よく出てくる言葉に
      「お母さん」がある。
      途中村上さんの注がついていて、お母さんは
      アレキサンダーを見て大喜び、喉の下を
      こりこりかいてくれたりし、アレキサンダー
      が「すごくかしこそうな人だな」と思う。
      というところに、この「かしこそうな」
      について、色々述べた後で「作者の
      アーシェラ・K・ル=グウィンさんは
      女性なので、「やさしそうな」とか
      「情愛の深そうな」とか「きれいな」
      というような女性の役割分担的
      キャラクターを、フェミニズム的な
      見地から意識的に排除したのかも
      しれません。と付け加えている。

      フェミニズムは母性を否定しない。
      むしろ、ル=グウィンは仔猫が空を
      飛ぶ支えとして、母親が必要なことを
      肯定していると思う。

      ただ、この母親はいつまでも子どもを
      抱えこもうとしない。
      母性の必要性を認めながら、新しい
      母性の在り方を見いだそうとする
      姿勢がそこに うかがえる。

      子ども達がたまらなく
      「お母さんが好き」と感じているところ
      を描き、このことを抜きにして、
      女性の生き方を考えることはできない
      と感じさせるという内容が書いてある。

      ここで河合隼雄は専門分野の心理療法
      の話に触れる。
      緘黙児の心理療法だ。

      緘黙というのは、言葉はわかって
      いるけれど話せないという症状で、
      全く話さないのを全緘黙、
      家庭ではよく話すが家の外では
      一切話さないという場合は
      場面緘黙と言っている。

      こんな登場人物が猫で出てくる絵本。
      人間なら対面してロールシャッハ検査
      の図版のインクのシミを何に
      見えるか尋ねる。
      緘黙の人に会うのは大変だと述べている。

      私が小学校の頃、場面緘黙の友達がいた。
      声を聞いたことがなかった。
      後々、その友達が場面緘黙だったと
      知るのだが、特徴的な事は覚えている。

      現実的には規定の療法では大変なのに、
      三部作のファンタジーの
      「何故なし」療法は、
      「何故 この子はものを言わないのか」
      などという問いを発しない。
      何故という追求をやめ、ただ
      「何故なし」に会う(実はこれが相当
      修練を積まぬとできないのだが)。
      「何故、ロールシャッハの図版を見せたのか」
      これもわからない。

      後は何故とか何とか言う前に、自然にことが
      運び、自然にものを言うようになった。
      何故だろう。何故だかさっぱりわからない。
      ここまで読んで納得しているのだが、
      次の文は痛く納得している。

      最後に、全く蛇足だが、人間にもときに
      翼のある人がある。
      翼つきで生まれてきた子どもを見つけると
      すぐに翼を手術によって除去し「正常」
      にする専門家(色々な名称がついているが)
      たちが多い。

      臨床心理士とやらがその仲間入りを
      しないように願っている。
      これは その通りだと思う。猫との魂の関わり
      や付き合いから、翼のある猫の話を書いたが
      私は、この「内なる猫」という人間としては
      由々しき深い問題に猫が、関わっているのを
      感じてくると、益々掘り下げてみたくなる。

      怨念話や、祟りや色々出てくる。
      しかし、よく考えれば こちらが
      悪いことをしていなければ、そんな話は
      成立しないのだ。

      猫は時として化け猫にまで転じて、
      正義を見せつけるのか?
      面白いので、またさらに次回に書くとしよう。

      2014-01-07 18:41:18投稿者 : Nachiko
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        猫4️⃣

        ずっと猫の話を書いているが私にとって
        これだけ心の病が増え、世の中が
        不安定になっている状況でペットと
        言われる彼等の存在のはたす役割を
        無視することはできない。

        人間は彼等によって癒され、時に
        助けられている一方で、
        そのニーズの多さから平気で
        いとも簡単に己の都合で棄てて
        しまい保健所で殺処分し、
        必要性もあまりない事で
        実験動物として悲惨な生涯を
        送らせている。

        しかし古今東西の精神世界では
        彼等は あらゆる物語に登場し、
        人間の比喩として また人間の
        代弁者として、さらに
        違った所からの視野や世界を知る
        存在からの伝達者として
        小説や映画に登場してきた。

        あえて猫を取り上げているのは
        猫が、その両極の意見・生き様を
        人間に提示することにより
        私たちを癒したり神秘の世界に
        誘う不思議な道先案内人に
        思えたからに他ならない。

        犬派と思っていた私は現実生活で
        犬達との暮らしに「誠実さ」を
        何より求めていたのかと思わされる。

        しかし猫の「誠実さ」は、
        もっと精神世界に属していて
        呼べば飛んでくるとかという
        単純なものではないのではない
        のではないと思い始めた。

        今日は、そんな猫を主人公にした
        物語を取り上げていこうと思う。

        よく黒猫といえば不吉な
        イメージがある。

        しかし実際私の腕で最後まで
        看取った猫は黒猫で、不吉
        どころかチャーミングで
        面白いイタズラをする子だった。

        映画『魔女の宅急便』に出て来る
        ジジも決して不吉ではない。
        それがエドガー・アラン・ポー
        の小説『黒猫』になると
        怪奇の世界へと突入していく。

        猫は先に述べた通り両極を示す事
        から、このようなことがあるのだと
        思わずにはいられない。

        河合隼雄の本では、まず猫を主人公
        にした物語としてE・T・A・ホフマン
        著(秋山六郎兵衛訳)『牡猫ムルの
        人生観 並びに楽長ヨハネス・クライスラー
        の断片的伝記(反故紙)』(上・下、
        岩波文庫)を取り上げている。

        著者も現在では「牡猫ムルなど聞いた
        ことがない」という人が多いのでは
        ないだろうか、ということで
        著者の私情も関わってくるので
        作品と作者について述べている。

        以下は著作から………
        作者のE・T・A・ホフマン
        (1776-1822)は、ドイツ・
        ロマン派の中の代表的でかつ特異な
        作家である。

        特異なというのは、彼は法律学を修め
        判事となるが、ナポレオンの侵攻に
        よって職を失い、しばらくは
        音楽の才能を生かして、楽長や
        音楽教師として各地を転々とする。

        ナポレオン失脚後、ベルリンの
        大審院判事となるが、
        夜は音楽や文筆の才を生かしての
        芸術生活という二重生活を続ける。

        彼は異常ともいえる矮小な身体を
        しており、言動も奇矯なところが
        あり、それに怪奇な題材の小説を
        多く書いたこともあり、
        「お化けのホフマン」という
        仇名で呼ばれていたという。

        ホフマンは実際に猫が好きで
        飼っており、それに「ムル」と
        名付けていた。

        飼っていた期間は1818-1821の
        間と推定されているが、
        1821年11月29日に死に、
        彼は友人たちにムルの死亡通知を
        出した。

        しかし、残念ながらそれは残って
        いない。
        ちなみに、後で言及する夏目漱石も
        飼い猫の死亡通知を出しているが、
        これはちゃんと今も読むことができる。
        夏目漱石の小説に出てくる猫には名前が
        無いが、ムル同様に、なかなか
        人間を辛辣に批評する。

        この二匹の猫は共に「俗人」が大嫌いな
        点で一致している。
        ドイツと日本と、時代も文化も異なるが、
        二人の作家はそれぞれ独立に
        「猫の目を借りて」人間を見ることを
        思いついたのだ。

        このムルの話はホフマンの反故同然の
        伝記や自伝的な要素を感じられる。

        猫を使って描くということは、それだけ
        本質に迫り素直に吐き出しやすい
        のではないかと思う。

        今回はホフマンのムルを取り上げたが、
        次回は、さらに色々なるほどと
        思う作品を取り上げてみようと思う。

        2014-01-06 17:01:24投稿者 : Nachiko
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          猫3️⃣

          河合隼雄の『猫だましい』を抜粋
          しながら私のブログを書き進めて
          いくと興味深いことばかりに
          ぶち当たる。

          猫の色々な側面をバーバラ・ハナの
          説によりながら、マンダラ的に
          示した猫マンダラという図が
          書いてあった。

          この図の説明だけで今日は終わって
          しまいそうなくらい言い当てている。

          人間が猫に対して抱くイメージは
          極めて多様であり、肯定的・否定的
          の両方がある。
          これら全体を人間のたましいの
          はたらきとして見ると非常に
          興味深いとして丁寧に説明が
          書いてある。
          その猫マンダラとは……


          猫が獲物を捕ったりするところを
          見て、残酷だなどという人がいるが、
          猫の方から言えば別に猫として
          生活をしているだけで、
          どうということはない。

          もちろん、猫自身の特徴に
          よる点もあろうが、猫について
          人間がとやかく言うのも、
          結局は人間が自らの性格を語って
          いるようなところが多い。

          従って、古来から、猫について
          人間が描く色々なイメージは、
          結局のところ人間の特性を
          述べているものと考えられる。

          これから、猫を主人公とする
          色々な物語や小説などを
          取り上げていくが、
          それは要するに、人間の
          魂のはたらきについて
          語っているのだ、
          というのが私の立場である。

          既に述べたように、猫は
          心理療法の過程のなかで
          よく活躍するので、ユング派の
          分析家もあちこちに猫について
          論じている。

          その中で、ここではC・G・ユング
          の弟子のバーバラ・ハナによる
          猫の色々な側面を表した図を
          紹介しておこう。

          バーバラ・ハナはユングの弟子の
          なかの有名人で、我が国にも
          昔話の研究家としてよく知られて
          いるフォン・フランツの親友であった。

          チューリッヒのユング研究所の
          講師として二人とも非常に人気が
          あった。
          ここに示す図は、彼女がユングの
          創設した心理学クラブで
          「猫・犬そして馬」というテーマ
          で行なったセミナーに
          おけるものである。

          (猫マンダラの図は、真ん中に円が
          書いてあり、そこから外へ→で
          正面下に「気持ちのよい怠け者」
          と書いてあり、そこから二つの
          →が出ていて、それぞれ 怠け者・
          快いバストと書いてある。
          そして右には「女性的・母性的
          ・両面的な」と書いてあり、そこから
          それぞれ、病の送り手としての
          セクメト魔女・セメクトの癒しの
          魔術 シンデレラと魔女と→が外に
          向かって書いてあり、正面上には
          「ねずみとり、狩猟、獰猛、残酷」
          と書いてあるところから→が外に
          向かって、ラー 牡猫、怒れる
          バスト セクメトとある。
          そして左には「自立的、ずるい
          自主的」と書いてあり、そこから
          長靴をはいた猫、テフヌトと→が
          それぞれ外に向かって指している。)


          バーバラ・ハナによるこの図は、
          猫の変幻自在な特性をよく示している。
          上部に示されているねずみを
          捕る猫、獰猛な猫というイメージ
          としては、牡猫の姿になる時のラー、
          セクメト(怒れるバスト)などがある。

          確かに猫を飼うとわかることだが、
          犬がいかにも人間に対して忠実と
          いう感じがするのに対して、猫は
          どこか勝手で出かけて行って
          何をしているのかわからぬ時がある。

          人間に対しても、何となく対等に
          対してくるように感じられる。
          この例としてあげられている
          「長靴をはいた猫」は、
          グリムの昔話の主人公である。
          なかなか賢くて、自主的、自立的
          に行動する猫である。

          猫を自立的と言えばポジティブな
          感じがするが、自分勝手という
          ことになり、それは無責任にも
          通じてくる。

          犬の誠実を好きな人は猫の
          無責任を非難し勝ちである。
          ハナの図式では、それは
          「テフヌト」で示されている。
          テフヌトは既に少し触れたが
          牡ライオンの姿であらわされ、
          色々な性格を持っているが、
          ここではテフヌトはラーの
          「眼」として、一時、ヌビアの
          沙漠に逃れたことがある。

          このことによって、ハナは
          猫の無責任のイメージとして
          テフヌトをあげていると
          思われる。

          このような猫の多彩な特性を
          見てくると、夏目漱石が他ならぬ
          「猫」を一人称の主人公として
          小説を書いたのは、さすがに
          よく考えていると思う。

          もっとも、漱石にしてみれば
          自分の家に猫を飼っていたので、
          その経験をもとにして一文を
          書いたのだろうが。
          人間の目で見た猫の「写生」
          をするのではなく、猫の目から
          見た人間世界を書いたところに、
          彼の非凡な着想がある。

          猫の目は太陽でもあり、
          月でもあるのだから、人間界の
          表も裏もよく見えたのであろう。
          …………………

          盛んに書かれている猫の矛盾する
          二面性だが、これは犬派人間の
          私には受け入れられない物があった。
          しかし、好きだの嫌いだの
          言っていられない。

          片目をえぐられたような仔猫が
          雨の日道端で死にそうになって
          いたり、保護しなければ確実に
          死ぬ子がいたら素通りできない。

          おそらく以前の私は犬派だと
          宣言していたので猫の
          無責任さ=裏切りと思って
          いたのと、鋭い爪での攻撃が
          怖かったのだと思う。

          しかし、それが或る日、
          たった一匹の猫との出会いで
          逆転してしまった。
          ブルー(美しいグレー)の被毛で
          かつて触ったことのない手触り、
          目は見た事のない
          エメラルドグリーンの
          この世のものとは思えない猫に
          出会ってしまった。

          その猫がロシアンブルーという
          種類の猫だと知ったのは、
          出会った後だった。

          まさに、ここで説明されている
          通り二面性を持つ生き物で、
          私の知る猫という概念を
          覆されてしまった。

          そうして見ると、色こそ
          エメラルドグリーンではなく
          ても、猫の目は何とも表現
          しがたいものであることに
          気づくようになった。

          実に良く形も変わるのだ。
          新たな概念を持って世話を
          すると、猫の世界が犬とは
          全く違う別物だという事が
          わかった。

          一緒に暮らしていて立場も、
          接し方も全てが違うのだ。
          魅力が違うから、違いを
          十分把握していないと猫は、
          とんでもない裏切り者の
          無責任な生き物になってしまう。
          しかし、猫は決してそうでは
          ない。

          個体差はあるが、ある意味
          人間の鏡みたいな部分を持って
          いるように思える。

          我慢強く痛みを訴えない。
          一緒に暮らすと、わかる事が
          幾つもある。

          何故猫を主人公にした物語が
          多いのかも何となく想像がつく。
          猫が日向ぼっこしている姿は、
          こちらにまで至福の安堵感を
          くれる。不思議だと思う。

          猫は知れば知るほど、
          何匹いてもいいと思う。
          犬を からかう姿など面白い。

          淡々と猫について書いている
          私だが、末猫がイタズラ盛りで
          犬達が大騒ぎで家中大騒ぎ
          なのだ。

          猫のイタズラは念がいっていて、
          なかなか込み入っている。
          犯人がすぐわかる。
          ドラマになる。我が家では
          唯一、男の猫だけは「君付け」
          で呼んでいる。

          それも考えると何故だか
          おかしい。
          女の子は呼び捨てなのに。
          完璧に犬達も私も猫のペースに
          巻き込まれているのかも
          しれない、なんて思う時がある。

          2014-01-05 21:06:08投稿者 : Nachiko
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            猫2️⃣

            猫の話をするにあたって、最初に
            猫が神と崇められた文化について
            述べておかねばならない。

            古代エジプトにおいては、猫は
            神として崇拝されたのである。
            猫が家畜化された起源は、
            紀元前2000年頃、
            エジプトにおいてと言われている。

            家畜としての猫は、北アフリカの
            野生猫がエジプトにおいて
            家畜化されたのと、
            東南アジア系で中国において
            家畜化されたのと
            二つの系統がある。

            ところで、そのエジプトに
            おいては、猫神・バストまたは
            バステトは第二王朝期頃より、
            神として崇められた。

            それは、歓喜と太陽の豊穣の
            温かさを示す女神で、
            猫の頭と人間の身体とを
            もつ神像で表わされた。

            バストの神像は多く、
            美術館で見ることができる。
            神像が人間の身体ではなく猫の
            姿そのままで表現されるものも
            ある。

            猫に対して、それを拝む僧の姿
            が随分と小さく表現され、猫神
            の偉大さを示しているのもある。

            エジプトの神話を読む時に
            困るのは、神々が容易に他の
            神と同一化されたり、
            関係が錯綜そたりして、
            何が何なのかわからないような
            気分になってくることである。

            しかし、考えてみると、
            既に述べたように、明確な区分に
            反対するのが魂なのだから、魂と
            深く関連する神々の姿としては、
            このような方がほんとう
            なのかも知れない。

            ともかく、以下に述べるのは私が
            理解した範囲における、エジプトの
            猫神の在り様である。
            もし間違っていたら諸賢の指摘
            によって訂正したい。

            バスト神が崇められた中心地域は、
            エジプトのブバスティスである。
            そこでは猫は神聖なものとして
            扱われ、特別な場合は
            ミイラにされ、
            盛大な葬儀が行なわれた。

            この猫ミイラの大祭は古代世界
            において有名であった。
            ペット好きの日本人でも
            お墓をつくったり葬式を
            したりするが、ブバスティスの
            大祭は、国家的なスケールで
            あったと思われる。

            猫の神バストは、ライオンの神
            テフヌトと同一視されることがある。
            そして、バストとテフヌトは
            太陽の神、ラーの娘とされ、
            バスト(テフヌト)は太陽の
            左の眼として、月と見なされる。

            最初に述べたように、バストは
            太陽の温かさを表す神と見なされる
            方が一般的であるが、月と
            見なされることもある。

            このように複雑なところが
            エジプト神話の特徴であり、
            また猫のイメージの変幻自在さとも
            関連している。
            猫と蛇との関係も矛盾に満ちている。
            その容態のしなやかさや、
            餌食となる動物を呪文をかけたように
            動けなくさせるところなど類似の点が
            多く、両者は同一化され、エジプトの
            猫神の像の頭には、とぐろを巻いた蛇
            が飾られていたりする。
            しかし、アポピスの首を切るために、
            猫またはライオンの姿をとったという
            話もある。

            このころから、バストは蛇退治する
            ものとしてのイメージを背負うこと
            になる。
            もともと、バストは女神なのだが、
            ラーと親近性が生じてくると、
            男神の様相を呈してくる。
            バストと同一視されるもうひとつの
            重要な神は、セクメトである。

            セクメトは戦いの恐れる女神で、
            猛烈な破壊性を持っている。
            セクメトはラーの娘であり、
            ラーに敵対するものに破壊を
            もたらす。
            太陽の焦がす力、破壊する力を
            表している。
            セクメトはまた蛇で表されるときが
            あり、太陽神ラーの額に置かれる
            こともある。
            割り切った表現をすると、
            猫の温和な性格の方を代表している
            ときはバストになり、
            その獰猛な性格を代表するときは
            セクメトになるということだろう。
            セクメトは雌ライオンの姿で
            表されるが、しばしばバストと
            同一視される。
            猫とライオンの親近性を示している。
            バストとセクメトは双子であり、
            バストは「小猫」
            セメクトは「大猫」と呼ばれ、
            太陽神ラーの二つの側面を
            示すと考えられる。

            バストが蛇を退治する話を先に示したが、
            この故もあって、バストは毒を制する、
            あるいは、癒す者というイメージも
            もっている。
            先に述べた猫の矛盾する性格と
            関連して、セメクトとバストが
            同一視されると、それは人間に
            苦しみや病気をもたらす魔女、
            そして、それを癒してくれる者
            といった両面的な性格がセメクト
            に付くことになる。
            以上、ごく簡単にエジプトの
            猫神について記したが、
            この短い記述の中にも色々
            相反することを述べねばなぬように、
            エジプトの神話は錯綜しているし、
            猫神もまた矛盾に満ちた姿を
            示している。
            しかし、このことのためこそ、
            猫が魂の働きを示すものとして、
            臨床場面によく出現してくる理由に
            なっていると思われる。
            (〜河合隼雄〜「猫だましい」より)
            …………………………
            ここでは猫が神として崇められていた
            古代エジプトの話を書いた。
            猫嫌いだった私には、とても
            言い当てていることが出ている。
            そもそも何故 猫嫌いだったのかと
            いうと猫の攻撃性しか見ていなかった
            からなのである。
            それが仔猫から育てたり保護したり
            していくうちに、
            私が いつも「ズルい!」と騒ぐ
            プロの猫撫ぜ声で、こちらを
            ノックアウトさせる。

            猫と暮らしたことのある人なら
            ご存知だと思うが猫にとって悪気は
            なくても、その爪や動作で、こちらは
            傷だらけにされる。
            時には恐ろしいと思う声を出し、表情を
            する。
            こちらは襲われ血だらけになる、なんて
            日常茶飯事なのだ。
            普通なら、そこで彼等とのお付き合いは、
            二度とゴメンだと思うのだが、
            ひとたび態度が変わると至福の
            可愛らしさと安堵感と共に、こちらに
            どこからやってくるかわからない
            心の安定をもたらす。
            喉をグーコグーコと鳴らしながら、
            目を閉じ、ベッタリくっつかれたら
            それまでの血だらけの自分の姿など
            忘れてしまう。
            このグーコと鳴らす猫の喉の声とも
            言える不思議な音の周波数が人間の
            精神を安定させるという記事を
            何かで読んだことがある。

            まさに魔法としか表現できない。
            猫は決して、こちらに服従しない。

            ご飯をあげても
            「食べてやっている」という表情をする。
            たとえ餓死しそうな野良猫でも、
            ご飯をあげると食べたあと、「当然」
            という顔をして媚びてこない。
            犬みたく絶対に尻尾を振って、
            フレンドリーな態度をとってくれない。

            これは犬派人間の私には腹立たしいのだが、
            いつでも安定して追従してくる犬と
            違い猫といる楽しさの醍醐味は、
            そこにあると思う。
            猫は人間と対等という態度を崩さない。
            そして必ず距離感を保とうとする。

            それも、まちまちで物凄く距離感もなく
            ベッタリくっつくこともあるかと
            思えば、傍にも寄り付かず、
            自分の世界に没頭し無視されることも
            ある。

            言うことを聞く弟や妹達、時に温かく
            こちらを労って世話してくれる兄姉を
            犬とすれば、猫は対等な
            もう一人の人間になったり、
            仔犬のように膝に抱かれ高い体温で
            人間の心を暖める暖房器具であり、
            自分勝手なハンターでもあるのだ。
            猫は一緒に暮らせば暮らすほど、
            面白みが出てくる。
            先が読めない部分がミステリアスであり
            人を惹き付けてやまない点なのでは
            ないかと思わされる。

            一緒に暮らしてわかったことは
            沢山ある。
            何故 猫が主人公になった物語が
            やたら多いのだろうか。
            それも触れてあるので次回は
            その話をしていくつもりだ。

            2014-01-04 23:43:50投稿者 : Nachiko
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              猫1⃣

              よく“猫カフェ”なるものがある。
              最初 何なのかと思っていた。
              何匹もの猫が店内に放されている
              カフェなのだ。

              人は そこで癒される。
              何故 猫なのだろう。

              私は完全な犬派のはずだと
              自分では思っている。

              しかし気づくと何匹の猫を
              保護して共に暮らしてきたか
              と考えると犬派とは、
              他人は思わないだろうと
              客観視したりする。

              ん〜。

              猫って不思議だ。

              そこで今日から少し猫について
              改めて日本のユング派心理学の
              第一人者であり、心理療法家の
              京大名誉教授の河合隼雄氏の
              著作をもとに、一緒に
              考えてみようと思った。



              まず猫の目は変幻自由である。
              一種の神秘さをただよわせて
              いる。

              ケルトの人達は猫の目を入り口
              として、人間は他界を
              知ることができると考えたという。

              あるいは、猫の目は、太陽の運行と
              共に変化するという考えが、
              中世のヨーロッパや中国にもある。

              猫の目を見ているだけで、
              人間は不思議な感情に捕われる。

              そこに、自分のコントロールを
              超えた変幻するはたらきを
              感じ取るのである。

              古代エジプトにおいては、
              猫は神聖な存在であった。

              これについては後でもう少し
              詳しく述べるが、現在も
              エジプト関係の美術館に行けば、
              多くの人に「崇拝」された猫の
              像を見ることができる。

              猫は神であった。
              その反面、ヨーロッパのの中世に
              おいて、猫は魔女の部下であったり、
              魔女そのものであったりした。

              つまり、猫は古今東西、
              いずれにおいても、
              猫の物語に事欠かない。

              私の好きな猫の話でも、
              十指を超えるほどあるだろう。

              そこで、次章からは猫を
              主人公、ないし重要な登場人物
              とする物語を取り上げ、
              それを人間のたましいとの
              関連において語ってみたい。
              ……………………
              こんな風に始まっていくのだが、
              実際 猫は左右の瞳の色が違う
              「オッドアイ」と呼ばれる猫が
              貴重な猫とされる。
              主に白い猫に多い。
              とても希少価値の高い猫なのだ。

              私が猫と暮らすようになって、
              何十年経つか わからないが、
              彼等は犬とは大きく違う。

              ふと、気づくと そこにいる。
              何でも知っている顔をしている。
              喜怒哀楽がハッキリしている。

              決して人間に従わない。
              自己主張がシッカリある。

              ツンとしているかと思うと、
              プロの猫撫ぜ声で、どんなに
              酷いことをやらかしても
              私を イライラさせるのを
              納める魔法を使う。

              何匹いても邪魔にならない。
              かといって存在感がないわけ
              ではない。

              気づくと私は猫派人間のように
              思われるがごとく、彼等に
              囲まれ自然に暮らしている。
              よく考えると本当に不思議な
              存在なのだ。

              猫について心理学の専門家の
              文章と一緒に語っていくと
              何かが見えてくるかもしれない。
              そうしたら、彼等の魔法も
              少しわかるかもしれない。

              そんなことを考えて、今日から
              神秘の存在 猫について書いて
              みようと思った。
              我が家の猫達も十分神秘的
              なのである。

              彼等の正体を知りたいなんて、
              チラっと思う。
              小さな好奇心が大きな
              謎解きになるかもしれない。
              人間の心理の深いところを
              えぐるかもしれない。
              わくわくする。

              2014-01-03 23:59:38投稿者 : Nachiko
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                仕事始めに考えた事

                さてさて、今日から仕事始め。
                珍しく東京から離れた処からのスタート。
                色々考えさせられた。
                ただ闇雲に突っ走っても仕方ない。
                きちんと整理して伝えたいことも、自分とも
                向き合って考える時間を持てた。
                今日は、よく引用されるアメリカインディアン
                の物の考え方を参考に抜粋文など
                読みながら書いていこうと思う。

                昨年まで、懐かしい人達の死に
                動揺する自分がいた。
                自分の事まで考えが回らなかった。
                さて、「自分が喜ぶような死に方」
                ってあるのだろうか?
                それは満足して、あっけらかんと
                死ぬことかもしれない。
                アメリカインディアンは、死んでいくときに
                「私はよく生きた」と言えるように
                生きなさいと言っている。
                そうすれば、「あなたは永遠の生命を
                得ます」という格言がある。
                これは、どういう意味なのだろうと
                考えると人の心の中に生きると
                いうことだ。
                肉体は無くなっても、その人の存在が
                他の人の心の中に生き続けることが
                できれば永遠の生命といえるのでは
                ないだろうか。
                『死ぬこことが人生の終わりでは
                ないインディアンの生きかた』
                によると、
                どんなに財産を残しても、
                どんなに立派でも、どんなに強大な
                権力を持っても、死んだ後でその人
                を懐かしく思い出す人がいなければ、
                それは成功した成功した人生とは
                いえない。
                どんなに真面目に働いても、死んだ時に、
                単に「あいつも働きすぎだよ」と言われる
                ような人生では意味がない。
                人が生きていることに意味を感じるのは
                やはり人との心のふれあいがある時だ。
                こういう格言があるということは、
                アメリカインディアンが
                それぞれ相手に期待するのではなく、
                自分の心の心に満足して生きたという
                ことだ。
                アメリカインディアンの死生観は
                そこから生まれたのではないだろうか。
                神が与えてくれた命だ。
                だから満足して死んでいくのが
                いいのだ。
                自らの命を全うすることが神の意志
                に従うことなのだろう。
                (神という存在を常に置く
                アメリカインディアンと神に関して
                雑多な考えを持つ日本人とでは
                何らかの違いがあるのでは、ないか
                と私は いつも思う)
                ーー満たされた経験が「忘れない」
                 
                気持ちにつながることに関して

                「死んでも母親を忘れない」と言う人は
                自分を満足させてくれた母親の
                ことを忘れないという意味でこの
                言葉を使うのだろう。
                「私は、この家でこんなに辛い思いを
                して、こんなに頑張った」という家と、
                「ママが好きなことをさせてくれた家」
                とでは、どちらが忘れられない家か。
                多くの日本の「良い子」達にとっては、
                育った家は「私は、この家でこんな
                辛い思いをして、こんなに頑張った」
                という家だろう。
                だから日本の親子関係は諸外国に
                比べて希薄だ。だから、日本の若者は
                年老いた親を世話する気持ちも
                諸外国の若者にくらべると少ない。
                大人になってから、自分が周囲の
                人々から愛されていたと感じた人は
                「ごめんね!」という気持ちになる。
                小さい頃はわがままで、人の気持ち
                などかまわないものだが、自分を
                愛してくれた人を傷つけたことも
                大人になればわかる。
                すると、自分を育ててくれた人に
                感謝すると共に
                「皆さんに御迷惑をかけました。
                ごめんなさいね。」
                という気持ちになる。
                そして育ててくれた人たちを
                「忘れない」という気持ちになる。
                この大地「守る」という気持ちは
                そこから芽生えてくる。
                すでに死んだ先祖が皆この大地を
                守ってくれている。
                自分が生きているのは、
                先祖が守ってくれるこの世界。
                そして死んでいくのは先祖のいる大地。
                そう思えば死ぬのは怖くないのだろう。
                アメリカインディアンにとっては、
                死んで海に流されることは不幸では
                ないのだろうか。
                アメリカインディアンにとっては大地の
                上で死ぬのが幸せなのだ。
                大地が死に場所のアメリカインディアン
                は幸せだ。
                よく「畳の上で死ねない」という表現を
                私たちは使う。
                それくらい死に場所は大切なのだ。
                自分が行きたいところがなく死ぬのは
                不幸だ。
                私たち日本人はやはり心の底では、
                「畳の上では死にたい」のでは
                ないだろうか。
                いまだによく「そんなことをしていると
                畳の上で死ねないぞ」
                というような言い方をする。
                しかし、最近の日本では大家族制が
                崩壊し、若い人が家の帰属意識を
                失い、年寄りは病院や老人ホームで
                死んで、自分の家の畳の上で死ぬ
                ことも難しくなった。
                それこそが、最近の私達日本人の
                不幸を表している。
                ……………
                年頭に当たって、自分の死生観、
                自分のこれからの事、
                日本人の家族崩壊が、
                核家族化が、大家族崩壊ではなく、
                家族崩壊そのものになっている事実。
                音楽の果たす役目など、
                しみじみ国民性を加味しながら
                考えさせられた日でもあった。

                雪山を見ながら、仕事始めとはいえ、
                有意義な一日を過ごせた。


                2014-01-02 21:39:15投稿者 : Nachiko
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                  2014年 謹賀新年

                  2014年
                  明けまして おめでとうございます。
                  今日は長い文章もなく、
                  ひたすら、今年が素晴らしい年で
                  ありますようにと
                  祈る日でもありました。
                  皆様に とっても良い年が
                  これからスタートしますようにと
                  お祈り致します。
                  一年の計は元旦にあると
                  いいます。
                  今年も
                  よろしく お願い致します。

                  2014-01-01 23:53:41投稿者 : Nachiko
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                    存在と時間/2013年総括

                    昨日に続いて「存在と時間」の話
                    になるが、これは次回の私の
                    作品や 活動の中で時々出てくる
                    内容の根底にある部分が関わって
                    いるので、あえて続けて書いている。

                    これだけ読んでも何だか、ゴタゴタと
                    書いているように思われるかも
                    しれないが、いずれ徐々に
                    理解されていくことを
                    期待している。

                    「存在と時間」といえば
                    ハイデガーの わかりにくい
                    本なのだが、私の大好きで
                    尊敬する松岡正剛の
                    「千夜千冊」の916夜に
                    親しみやすく解説してあるので
                    そこから抜粋して下に書いて
                    いこうと思う。

                    ……………

                    〜略〜途中から
                    ハイデガーは『存在と時間』を書く
                    前に、すなわちハンナ・アレントと
                    密(蜜?)になっていたころ、
                    『仮面論』『根拠とは何か』を書いて、
                    そこで「世界というものは日常的な
                    現存在が演じている演劇のようなものだ」
                    と指摘していた。

                    つまりハイデガーがいう「世界」は
                    世界劇場なのである。
                    その舞台は、それを知った時には、
                    すでになんらかの演劇が進んでいるという
                    ような、そういう舞台世界をいう。

                    われわれは自分に気がつくと、そこにいる。
                    ということは、われわれは当初から
                    共世界的(mitweltilich)で、存在そのものが
                    世界内存在で、ようするに、はなっから
                    世界制作的だということになる。

                    こうしてハイデガーは、すでに存在は世界
                    (世界劇場)に投企(Entwurf企投)
                    されていると考えた。

                    ただし、この投企に気づかないでは、
                    これは埋没であり、耽落(Verfallen)
                    である。

                    ちなみに、このヴェルハーレンという
                    ドイツ語の概念は、ハイデガーが
                    けっこう気に入っていた埋没概念で、
                    ぼくにはすぐに六本木のディスコが
                    思い浮かぶ。

                    ともかくも、このようにすべてを
                    「世界内存在」としてみれば、
                    ここに主体と客体というような
                    二分法を持ち込むのは、まったく無駄に
                    なってくる。

                    それならまだしも世界と人間の関係を、
                    スケーネー(場面)とドラーマ(活動)と
                    ペルソナ(役柄)に分けて見た方がいい。
                    誰だって、このいずれかの渦中にいるはずだ。

                    そこで問題は、この“降りられない舞台”で、
                    いったん耽落した自身が、いよいよ何に
                    めざめていくかということ、
                    このことになる。

                    世界劇場においては、われわれは
                    “役柄の自己”から始まっている
                    (たとえば氏名をもっている、
                    学校の生徒だ、居住の住所がある、
                    肩書きがついている)。

                    それゆえ、この役柄を耽落から出て、
                    捨てるにあたっては、そこに待ち構えて
                    いる“本来の自己”をちゃんと覚悟して
                    おかなくてはならない。

                    だって本来性というものは、急に
                    剥き出しに露頭してくることもある
                    からだ。

                    それができないようならば、
                    まだしも役柄を続けていた方がいい。
                    つまりは、耽落から一歩をめざめれば、
                    そこは役柄がはがれて裸の存在が見え
                    隠れする。

                    このことを知っていなければならない。
                    問題は、この自分の奥にある裸の自己が
                    どの程度のものかということだ。
                    インチキかもしれないし、見るに
                    堪えられないかもしれない。

                    こうしてハイデガーは、この裸の自己を
                    それなりに覚悟しておくことを、
                    存在学(存在論)としたわけである。
                    そのためには、ハイデガーは最低でも、

                    二つのことが必要になると見た。
                    第一には、その本来の自己に
                    先立つ思想をもつことだ。

                    突然に裸の自己を見ようとしたって、
                    うまくいくわけがない。
                    がっかりするか、動物的本能に負けて
                    いくか。そのどちらかだ。

                    そこでハイデガーは「自身に先立つこと」
                    (Sich-vorweg)を第1にあげた。
                    あらかじめ「それ」に先立つようにする
                    ことだ。

                    これはどういう意味かというと、
                    「それ」としての本来の自己は、役柄の
                    自己からすると「外」にあるものなのである。
                    「ほか」や「べつ」なのだ。

                    だから、「それ」をあらかじめ凝視
                    していなければならない。
                    そして、その「外」へ脱自していくことを
                    惧れないようにしなくてはならない。
                    第2に、そのように「それ」を想定できる
                    のなら、その本来自己と役柄自己との
                    あいだで、自由に「自身を取り戻し」
                    (wiederholen)をすることを勧めた。
                    これは、もはや役柄に惑わされない存在を
                    自覚できるということにあたっている。

                    ざっとこんな順番でハイデガーは、
                    世界内存在における自己の二重性とも
                    いうべきを、すばやく往復するような
                    存在学を提示した。

                    さぁ、そうなると、この世界劇場での
                    時間というものは、演技上の時間を
                    本来の自己の時間が刻一刻という
                    単位で、如実させているということ
                    になる。

                    また、その逆もおこっているという
                    ことになる。

                    その入れ替わりは、まことに速い。
                    この存在のすばやく入れ替わる二重性
                    に関与している時間こそが、ハイデガー
                    の時間論の中核にある「刻一刻性」
                    (Jeitlichkeit)なのである。
                    『存在と時間』というタイトルの
                    「時間」には、このような特色があった
                    のだ。

                    ハイデガーの時間とは、刻一刻、生起と
                    消滅を同時化する時間である。

                    ところで、このZeitlichkeitの
                    “Zeitlich”とか「無常の」という意味を
                    持っているということには、もう少し
                    注目が集まっていい。

                    ぼくは『花鳥風月の科学』(淡交社)では、
                    この“Zeitlich”を、万葉の歌から採って、
                    「まにまに」としたのだ。

                    これでおおよその見取り図が見えたと思う
                    のだが、これらをまとめていえば、
                    ハイデガーの存在学では、現前が不在であり、
                    隠れることが現れることなのである。
                    存在とは、このような現出の様式を
                    持っているということなのだ。

                    ということは、存在には、究極の依りどころ
                    なんてものはないのだということでもある。
                    存在の起源や存在の理由をもちだそうにも、
                    もちだせない。

                    それが存在なのだ。

                    何という変なものだろうか。

                    しかし、これこそ稲垣足穂が
                    黒森の哲人ハイデガーに憧れた
                    「ハイデガー存在学の無底性」
                    という、まことにカッコよい
                    考え方なのだ。

                    存在に底がない?
                    そうなのである。

                    存在は底なしなのだ。

                    いいかえれば、存在が底なのである。
                    これは『存在と時間』のひとつの
                    結論ともいうべき提唱である。

                    ハイデガーはこれをもって
                    「存在の途方もない不可解」とも
                    言っている。

                    しかし、これはいったいどういう意味
                    なのだろう。
                    ここは難しく考える必要はない。
                    たとえばペットボトルには底がある。
                    その底で「生茶」や「十六茶」が
                    支えられている。
                    けれども、そのペットボトルの底自体には、
                    底はない。

                    バスの終点はたしかに終点である。
                    けれども、その終点のバスストップ
                    そのものには、終点がない。
                    人間存在も、そのように底がない。
                    それこそ、無底という底自体が発現した
                    存在なのである。

                    〜以下略〜
                    まだまだ続くのだが、私にとって、
                    たった1個のコップから、それを
                    見ている自分=自己、時間、
                    はたして存在とは何か?

                    から始まった小さな事が、
                    まるで小さな小川が大海へと
                    繋がるかのように途中経過を
                    経て色々な景色を見させて
                    くれたのだ。

                    ここに抜粋した松岡正剛との
                    出会いは、とても大きなものと
                    なって私の中で育っていく。
                    まさに「存在学の無底性」は
                    圧巻だ。

                    2013年の総括として、
                    私は常々言っているのだけれど、
                    物事は難しく記述することは
                    簡単なのだ。

                    むしろ難解に記述することは手間が
                    省けて楽になる。

                    どうしても、その部分は、はずせないと
                    いう部分は仕方ないとして、
                    私は、いかに シンプルで 人に
                    わかりやすく 誤解を招かない言葉を
                    選ぶかに細心の注意を払っている。

                    どうしても他の人の作品を音楽や
                    イメージをビジュアル化した物を
                    創りたい時は、造語とも思える
                    表現を使ったり、
                    詩の世界を あまり一般に知られていない
                    ××音という音程で歌ってきた。

                    それは音程的には間違っていない
                    けれど、一つの音程の幅の中で、
                    かなり綿密な印象を違って聴いてもらう
                    ために、フラット気味に上辺の
                    音程を取ったり、ジャープ気味に
                    取ったり、また歌で楽器のように
                    ニュファンスを出すために、
                    グリスを入れたりする。

                    私が凄いなと思うグリスを入れる方は
                    越路吹雪さんだった。

                    今、ビブラートの種類も
                    聴いていると減ってきているように
                    思える。

                    多数のビブラートを長短・ウェーブの幅
                    など人に訴えるのに最高の武器になる。
                    摩訶不思議なことに今は
                    機械的に、その大切なビブラートも
                    他人とのデュエットで揺れ幅まで
                    気味悪い位手を加えられ
                    調整されてしまっている。

                    帰還して驚いた事は沢山あった。
                    私は作家でもあるので
                    様々な事にチャレンジしていきたい。
                    勿論大好きなプログレは好き放題
                    出来るので手放したくない。

                    ただ、そこに留まっていない
                    これからの私を見て頂けたら
                    これからの抱負として最高の
                    事だと思う。

                    来年は、多分 え?と思われることも
                    やってみるつもりでいる。

                    私は音楽が好きだから、語りかける
                    のが好きだから、そこに
                    誰もが願うメッセージを込めて
                    必ず叶うことを理由なくして
                    語っていきたい。

                    あっという間の一年間でした。
                    ファンだと言って下さる方の
                    お顔を見る機会も得ることが
                    出来たのは最高の喜びです。

                    こうして繋がり、こんな世の中
                    だからこそ、日本を愚痴と不満の
                    ゴミ箱にしたくないのです。

                    覚醒した人達は共存を考えつつも、
                    死生観の認識、政府の表に立たされて
                    だけの人、世界問題も見ているはず。

                    立ちが上るということは、
                    脅しに屈しない自分でなければ
                    一部の人集めに巧みな人について行く

                    しかない。そかし歴史は繰り返している。
                    英雄として記されている人の
                    やった表に、あえて記されていない
                    記述を見ると、この世の中が
                    いかに箱庭的かがわかる。

                    社会運動が好きな人は、すぐに
                    飛びつく。

                    私は年末に、ありえないアルバムの
                    再販が皆様のおかげで決まり、
                    感謝とともに、来年に
                    さらなる光の筋を見えた。

                    私の事を長いこと、再販の見込みも
                    ないのに覚えてくれていて、
                    これからも応援してくれると
                    言って下さる方達は、ただ者では
                    ないと知った年だった。

                    2013年 懐かしいミュージシャンの死も
                    あり、諸々の音楽関係でも淋しい
                    ニュースはありました。
                    でも、来年早々 また新しい
                    報告が出来そうで楽しみにしています。
                    感謝 感謝の年でした。

                    2013-12-31 09:21:54投稿者 : Nachiko
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                      中村哲・森園勝敏、あの頃…(再販で思い出して)

                      私は何気なく暮らしていて、
                      ふと目の前にあるコップを見て
                      色々頭の中がグルグルと考え込む
                      原因になったことがある。

                      今見ているコップは本当に そこに
                      在るのか、時間は目に見えなくても
                      流れていくけれど
                      それって、どういう事なのだろう?

                      と思ったら目に見えている物と
                      目に見えていない物との合わさった
                      部分で私達は、それらを当たり前に
                      気にも止めないで生活しているのでは
                      ないだろうか?と思ったのだ。

                      たまたまC.カレンダー
                      (カリフォルニア大学サンディエゴ校)
                      が、『時間の矢に関する説明』で
                      私達が日常的に感じる「時間」は、
                      現代物理学には存在しない。

                      物理の数式は「現在地」のない地図の
                      ようなもので、あなたがいるのが
                      どこかは教えてくれない。

                      アインシュタインの相対性理論に
                      よれば、そもそも唯一かつ絶対的な
                      「現在」というものはない。
                      過去から未来にいたる
                      あらゆる瞬間は、等しく実在している。
                      と書いてあって、

                      ニュートンは唯一絶対の時計があると
                      考えていて、世界はこの時計を共有して
                      おり、誰にとっても1分は1分。
                      何が先に起き、何が後に起きたかも
                      同じという前提に立っていた。
                      とあった。

                      だが物理学が発展するにつれ、
                      こうした前提はことごとく
                      覆された。相対性理論によれば、物事
                      の後先はしばしば確定せず、経過時間は
                      重力によって変化する。

                      時間というものは観測者によって
                      変わるもので、唯一絶対の時計と
                      いうものはなくなってしまった。
                      ところが、現代物理学のもう一つの
                      雄である量子力学では
                      「時間」のとらえ方が相対性理論とは
                      全く異なる。

                      量子力学における時間というのは、
                      議論はあるものの、基本的には
                      ニュートンの時間に先祖返り
                      している。

                      相対性理論と量子力学の統合は
                      物理学の悲願だが、時間の
                      とらえかたにこうも
                      大きな差があっては難しい。

                      解決の道筋を探るため、ループ
                      量子学理論など様々な理論が
                      模索されているが、
                      決定打はまだない。
                      相対性理論に軸足を置く限り、
                      時間というのは単に、異なる
                      物理系に起きる出来事の相関を
                      記述するための発明品にすぎない。
                      それはちょうど、お金のような
                      ものだ。

                      お金があるおかげで、私たち
                      コーヒー1杯を購うたびに何と
                      物々交換するするかを話し
                      合わなくて済む。
                      だが別にお金自体に価値がある
                      わけでは無い。

                      同様に、時間があるおかげで
                      私の白髪が増えるという現象
                      を記述できる。

                      だからといって、時間というものが
                      自然に本質的に備わっているわけでは
                      ない。

                      では、何故この世界に、時間というものが
                      存在しているように見えるのだろう?
                      そのヒントは80年前に英国で行なわれた
                      1つの実験にある。

                      この実験によると、時間が存在しない
                      静的な世界においても、その一部分で
                      起きている出来事の関係性を記述すると
                      それはあたかも時間が存在するかの
                      ような振る舞いを示す。

                      私たちが日常的に時間を感じるのは、
                      私たちが自分自身を世界から切り離して、
                      物事を見ているせいなのだ。

                      と、内容的には こんな感じの事が
                      書いてあったのだが、私は
                      「う〜ん」となってしまった。

                      言わんとしていることは何となく
                      フムフムなのだが、ここで
                      引っ掛かるのは「時間」が
                      相対性理論では重力で異なるという
                      点、量子力学がニュートンに返って
                      いっているという点。

                      あと「静的な世界において…」の
                      くだり。
                      そして何度も出てくる「存在する」
                      の「存在」という言葉。

                      これはあくまでも研究されている事
                      である。
                      しかも「時間」という目に見えない
                      世界に関してだ。

                      私は観念的に捉えていた部分があった
                      ので、斬新な気もしたが「?」
                      がついてしまった。

                      諸説という捉え方をしても、興味深い
                      部分もあるわけで、これを
                      現実的とは思われないかと思うが、
                      私は この世を三次元とすると
                      何次元とも言いがたい

                      天国とか地獄とか煉獄とか、
                      アストラル界とか言われている
                      処の重力は、どうなっている
                      のだろうと考えてしまった。

                      重力で時間が変わってしまう
                      とは、かなり面白い。

                      地獄の存在を信じている方では
                      ないが、描かれた絵画や文学の
                      地獄は思いをはせるのに、
                      よい材料になる。

                      この部分が私の作品に 使われる
                      「地獄に重力は どのように働くのか。
                      時間は どのように流れるのか。」
                      という疑問になり、
                      芥川龍之介が描いた地獄の蜘蛛の糸が
                      切れたのは地獄の重力が かなり違う事
                      を示しているのではないか?
                      から始まって、人々の罪やエゴなどより
                      物理的問題も大きいのではないか?
                      と勝手に想像が膨らむのだった。

                      そこまで重力が大きくものをいって
                      時間の変化まで影響するなら、
                      エゴというものを強く持った
                      人間は重力のせいで動けない
                      こともありえるのではないか?
                      これは、そのまま歌詞にした。

                      静的世界とは何を指すのか。
                      これは、ますます私の想像は膨らむ。
                      そして、何より「存在」とは
                      何なのか。

                      コップが、そこに存在する。
                      私はコップを見ながら考え始めたのだ。
                      コップの水が蒸発していく。

                      それは「時間」があって過ぎていくから。
                      そして私は、それを眺めていたわけだ。

                      「時間が存在するか」だけで、
                      これだけ「存在」の意味を考え
                      させられると、「存在と時間」を
                      書いたハイデガーの本からの
                      引用をすると、難解なんだけれど、
                      時間と存在は密接に関わっていて、
                      我々の人生は本来の存在になって
                      いく過程だという。

                      つまりハイデガーにとっての
                      「存在」とは、常に未来に向けて
                      期待し希望をしながら未来を
                      形作っていくことだという。

                      これは私には「何?何?」になって
                      しまうので、大好きな
                      松岡正剛氏の登場で、私は
                      安心することになる。

                      松岡正剛との出会いは
                      ファースト・アルバム制作の
                      前に戻る。

                      当時雑誌『遊』というのが出ていた。
                      書店に行って、この雑誌と
                      『二十一世紀精神』という雑誌を
                      見つけるのが楽しみだった。

                      ここで松岡正剛と文章を通して
                      出会うのである。
                      この雑誌では記憶と記憶の間の
                      話や、無の話など わかりやすく
                      楽しく書いてあった。

                      たまらなく惹かれる世界だった。
                      コップ1個を眺めているだけで、
                      ハイデガーの本だとコップに
                      希望など意思はないだろうから
                      「存在」していないことに
                      なるのではないか。

                      むしろ 存在しているのは私だけで
                      コップは実際は錯覚なのかもしれない。
                      物理学の世界と哲学の世界での
                      大きな差が、ここに出てくる。
                      今では宇宙を巨大なホログラムだと
                      まで主張する学者がいる世の中だ。

                      私がコップ1個で一晩でも
                      盛り上がれるような時を経た頃、
                      まさにファースト・アルバムを
                      制作で中村哲・森園勝敏…といった
                      人達と出会ったのだった。
                      偶然だったのか、ブームだった
                      のか 未だにわからない。

                      だけれど、彼等も
                      『遊』や『二十一世紀精神』を
                      読んでいてレコーディングの
                      合間に話していて私は
                      すぐに馴染み、一緒にいて楽しかった。

                      とても通じるものがあった。

                      松岡正剛は今思うと、私の小さな
                      疑問をキチンと捉えて文章にして
                      自由で深い知識と、わかりやすい
                      文体と斬新な切り口で綴ってくれる
                      大切な存在となった。

                      その感性も たまらないものがあった。

                      松岡正剛のおかげで私は
                      初めて会ったはずなのに
                      自然体で創っていけたのだと
                      思っている。

                      詩の一つ、一つを大切に考えて
                      くれた。譜面より先に詩を
                      見せて言われたのは、
                      初めてだった。

                      多分 彼等もコップ1個で一晩中
                      盛り上がって語れるような
                      人達でなければ、あのアルバムは
                      存在しなかっただろう。

                      今年もあと1日。
                      今年は本当に感慨深い年になった。
                      あの頃の会話や、やり取りが、
                      昨日の事のように浮かぶ。

                      リズム録りなのに、当時は全員
                      一緒で合宿していたので、
                      一日中10時間近く私は
                      歌っていたし。

                      あの頃は全員20代で多感だった
                      のだと思うが、
                      帰還して感じるのは
                      テクニックとかは、さらに
                      進歩していても 多感なことは
                      変わらないのではないかと
                      思う。

                      私にとって本の世界から
                      音楽の世界に移行した最初が
                      CM業界だったので、
                      音楽の世界という意味では
                      本当に同じ接点を持って、
                      合宿しながら制作したことで
                      私には とても居心地の良い
                      スタートを切れたのだった。

                      だから当時知り合った
                      ミュージシャンの人達は
                      私には思い出でも、
                      キラキラした思い出を
                      放っている。

                      明日は、その松岡正剛が
                      このままではハイデガーの
                      話が救いようがなくなって
                      しまうので、解説してくれて
                      いる章から書いていこうと
                      思う。


                      2013-12-30 08:04:30投稿者 : Nachiko
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                        夜の帳(とばり)が下りると…

                        私は夜型人間なのだと自覚している。
                        朝日燦々で「さぁ 今日も一日元気で!」
                        という感覚がない。

                        夜行性の猫と気が合う。
                        その影響か犬達まで私のせいで
                        夜ゆっくり眠っていられないのでは?
                        と少々同情する。

                        昼が過ぎて空の色が変わり、
                        景色が短時間だけブルーというか
                        独特の色味のない不思議な色に
                        染まる時間帯がある。
                        「逢魔が時」と言われる瞬間だ。

                        この時の景色と、
                        夜が終わり朝に向かって空の色が
                        微妙に変化していく時間だ大好きだ。

                        私が最初に うわっと思うほど
                        感動した景色は かなり以前に
                        さかのぼる。

                        何せ 修学旅行へも行ったことが
                        なかったので感動屋の私は
                        音楽の仕事を始めてから、
                        何を見ても感動できる特典を
                        持っていた。

                        あれは最初のアルバムの
                        レコーディングで合宿した時
                        の事だった。

                        ロックウェル・スタジオで
                        ずっと皆で作業していて、
                        夜 外にちょこっと出た。

                        何気なく見たら、眼下に
                        熱海の夜景が広がっていた。
                        私は その時 夜景って何て
                        きれいなのだろうと大感激した。

                        そこから私の夜景好きの芽が
                        ニョキニョキと出てきた。

                        昼間は何でも無い景色が、
                        夜の帳(とばり)が下りた途端に
                        大きく変貌することを知った。

                        明るいうちは汚れていて半分
                        破けた赤提灯も夜になれば、
                        ほんわかと温かい空気を放ち、
                        空っぽだった店内が人で溢れる。

                        ネオンギラギラの世界と違い、
                        ポッと灯った明かりで世界が
                        変わる。

                        児童公園も昼間は子ども達で
                        賑わっていて遊び場の役目を
                        していたのに、
                        夜はベンチに座ると街頭が
                        ポツーンと照らし、
                        空気が澄んでいると星や月も
                        見えてロマンティックな
                        空間に変わる。

                        この同じ場所の変貌が
                        たまらなく好きだ。

                        月明かりでの散歩など
                        この上なく気持ち良い。

                        満月の夜 月が一番美しく
                        海に滲んで見える場所を
                        探そうと海岸線を車で
                        走ったこともある。

                        日中の味気のない風景が
                        何か楽しそうでワクワクする
                        光景に変わる横羽線の
                        工場のクレーンとか起重機
                        が並ぶ あの地帯の夜もいい。

                        何でもない空港の夜も美しい。
                        滑走路の明かりは幻想的な光を
                        放ってズラリと並ぶ。

                        お手軽にウチの近くから見て
                        何度見てもあきないのは、
                        有明のフェリーターミナルから
                        見た海。

                        向こう側にレンボーブリッジが見えて
                        その後ろに さらにワッと
                        きれいな光景がある。

                        首都高から豊洲出口から進んで行った
                        処にも とても奇麗な夜景が
                        広がっていた。

                        残念ながら今はビルが建っていて
                        見える場所も限られてしまった。

                        いつだったか伊豆方面に走って行って
                        帰り道 いきなり あたり一面に
                        光の粒子を散りばめたような
                        夜景に遭遇したこともあった。

                        光るオモチャ箱をヒックリ返した
                        ような細かい粒子がチラチラと
                        輝き、そこを通り過ぎるのが
                        もったいなかった。

                        場所的には六本木ヒルズの特別
                        展望台から外を見渡すのも
                        色合い的には「いかにも夜景」
                        で奇麗だが、眼下に見える
                        景色は やたら生活感が目につき
                        他の夜景と感じ方が違う。

                        車の走る所は赤い川のように見え、
                        ひたすらビル ビルの洪水なのだ。
                        こうして見ると、人間って
                        本当に小さな生き物だとか、
                        そんな事ばかり感じてしまう。

                        全国夜景スポットなるサイトが
                        あるが、私は自分で見つけた
                        ちっぱけでもいいから、
                        奇麗だと思える夜景がいい。

                        ここの夜景は有名なんですよと
                        言われて連れていかれた
                        北海道の夜景スポットも
                        確かに奇麗だった。
                        有名なだけあると思った。
                        でも沖縄の この間行った時は

                        きっちり整理された感じに
                        なっていたけど、
                        小さな公園から見る
                        美浜方面の夜景を最初に
                        見つけた時 嬉しかった。

                        車でクネクネと裏道を行って、
                        その公園で夜景を初めて見た時は
                        心に風が入ってくるような
                        快感を味わったのを覚えている。

                        どうしても夜景を見に行く気に
                        なれないのがスカイツリー。
                        すっごく良いからと勧められても
                        足が向かない。

                        何故だかわからない。
                        それだったら海の向こうに
                        イカ採り漁船の明かりがポツポツと
                        浮かぶ光景の方が見たいと思う
                        部類になる。

                        東京から出て他所に泊まると、
                        宿泊先の部屋の窓から夜は
                        外をよく眺めている。

                        深夜 家の近所で 静まりかえった
                        通りの道路際の柵に厚着をして、
                        寒い季節澄んだ空気の中で
                        無言で信号機の色が変わるのを
                        じーっと眺めているのに
                        凝っていた時期がある。

                        通りを挟んで数分行けば、
                        大通りなのに一本内側に
                        入った街並に誰もいないのに
                        信号機が そこにいて
                        色を換える様子は、何とも
                        詩的な雰囲気を感じる。

                        横浜の あの夜景も奇麗だけれど、
                        私はベイ・ブリッジの
                        薄ら青い夜の佇まいが好きだ。

                        以前はマリンタワーが目立っていて、
                        その中から見る中華街も、
                        なかなか良かった。

                        これから自分で 幾つお気に入りの
                        夜景を見つけられるかわからないが、
                        楽しみの一つになっている。

                        夜の帳には、暗い闇を
                        ほんの少し人に安堵を与える
                        魔法を持っているのかもしれない。

                        2013-12-29 06:14:57投稿者 : Nachiko
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                          獣医の考える安楽死

                          ここの処 いずれそうなると
                          わかっていた事で少し動揺している。
                          私の老いた愛犬の病状悪化…

                          クリーム色のロングコートチワワで
                          名前をdearmoonという男の子。
                          重い心臓病を抱えている。

                          元々 もう一匹ロングコートチワワの
                          女の子がいた。チワワ夫婦は、
                          仲良しだった。

                          名前はtoughnoonという名で、
                          それぞれをディム、タフティと
                          呼んでいた。

                          ディムは他の犬に馴染まず、
                          タフティとだけ いつもいた。
                          気が強くて勇敢なタフティの
                          尻に敷かれる臆病なディムは、
                          典型的姉さん女房をめとり、
                          そのダメ亭主ぶりは面白いカップル
                          だった。

                          小さいくせにボス犬の役目をして、
                          他の犬達をまとめてくれていた。

                          そのタフティが9歳になった頃、
                          当時かかっていた獣医で心臓が
                          悪いと言われ病名を聞かされた。

                          言われるがまま通院し、薬を飲ませ
                          定期検診では、いつもドキドキ
                          していた。
                          やがてタフティはゲボッ、ゲボッと
                          変な咳をするようになった。

                          獣医の処で検査の機械があって、
                          心臓に水が溜まってきていることを
                          教えられた。

                          咳の回数は増える一方で、
                          苦しそうに咳き込んでいた。
                          でも玄関を見張り、凛としていて
                          他の犬を叱りつけてボスの座は
                          譲らなかった。

                          その身体で自分の身体より
                          はるかに大きいイタリアングレー
                          ハウンドのメイと喧嘩して、
                          メイに噛まれて片眼が、そっくり
                          だらんと出てしまい仕方なく、
                          手術をした。

                          一瞬の出来事で どうすることも
                          出来ないメイの攻撃だった。

                          それでもタフティはボス犬として
                          家を守り どんなに咳き込んで
                          苦しくても巡回や番犬を
                          頑張ってやっていた。

                          とにかく頭の良い子で、
                          じゃじゃ馬だけれど そこが
                          一段と可愛い子だった。

                          12月31日 朝起きて居間に行ったら、
                          ストーブの近くで玄関を見張るような
                          姿で横たわっていた。

                          じゃじゃ馬故に怪我も多くて獣医の
                          お世話に随分なった子だった。
                          ちょうど10歳だった。

                          私は頭が真っ白になりディムを
                          抱いたまま最後の最後まで
                          玄関を見張り事切れたタフティを
                          犬ながらアッパレな子だと思った。

                          その旦那さんにあたるディムが、
                          そのあと全く同じ病気だと
                          獣医に告げられた。

                          ディムはタフティの死を受け入れ
                          られず、部屋中を毎日毎日
                          タフティを探していた。

                          私は どうしてもタフティの
                          治療に納得がいかなかったので、
                          獣医を変えた。

                          ディムの状態は、その時点で
                          車に乗せるのも危険とのことで
                          薬をもらいに行って、たまに
                          徐行して獣医に通院していた。

                          新しく替えた獣医は、まず食事療法
                          から入った。緻密なフードの計量を
                          して薬もガラっと変わった。
                          今まで飲んでいた薬は、そこの獣医では
                          全く効果がないので使用していないとの
                          ことだった。

                          車に乗せるのも命にかかわると
                          言われていたけれど、思いきって
                          連れて行ったら、まだ大丈夫と
                          言われ安心したものだった。

                          本格的なディムの闘病生活が
                          始まった。
                          心臓に負担をかけないように
                          抱き、心臓に負担をかけない
                          ように室温調整をし(床からの
                          室温を測る寒暖計を置いて)
                          興奮させないように気を配り、
                          私にピッタリくっついて離れない
                          ディムを部屋を移動するにも
                          抱いて、寝る時も何をする時も
                          一緒に過ごしてきた。

                          ディムは私以外に心を開かない子
                          になり、私が居ないと
                          静かに うずくまっていた。

                          夏の体温調整のため丸刈りにして
                          見た目など気する余裕はないまま
                          やってきた。

                          そのディムがタフティが召される
                          少し前から始まった、あの
                          悪夢の咳をするようになった。
                          普通の咳と違い、えぐるような
                          深い咳で、酷く苦しそうな咳。

                          私は耳を塞ぎたい気持ちで、
                          今も その咳を聞いている。

                          歴代の犬の中で、ここまで私に
                          病的なまでに懐いた子はいない。

                          静かにしている時、そっと見ると
                          死んだような格好をして
                          やっと呼吸をしている。

                          私が傍にいくと膝に乗り、
                          全く離れない。

                          作業をしていても椅子の五線譜を
                          下敷きにして座り書き物をして
                          いても頭を私の中に突っ込んで、
                          膝から降りない。

                          闘病生活も やがて3年目に
                          年があけたら入る。

                          私は もうすぐくる12月31日が怖い。
                          タフティの召された日だからだ。
                          獣医を替えて延命できてきたのだと
                          思う。

                          あまりに獣医は、ばらつきが大き過ぎる。
                          以前は違う獣医のミスで愛犬を
                          殺されたこともある。

                          犬猫を飼う時、獣医の選択は直接彼等の
                          命に直結する。

                          私の家の近くで同じ獣医に通っている
                          人達が沢山いて、犬猫含めて、
                          全員安楽死を勧められ、ガラッと
                          飼っている犬猫が変わったことが
                          あった。

                          たまたま、一人の飼い主が
                          安楽死を勧められたが、どうしても
                          嫌だと獣医の処から連れて帰り、
                          他の獣医で治療したら治ってしまった
                          という事があった。

                          勿論 私は家の近所の獣医に行かず、
                          今の獣医まで少し遠いが通っている。
                          前私が通っていた獣医も、愛猫3匹が
                          全員伝染性猫腹膜炎のキャリアで、
                          数値が上がった子が出てきた時、
                          安楽死を勧めてきた。

                          明らかに発症した黒猫の子を
                          獣医は にこやかに安楽死を
                          勧めてきた。

                          ドライタイプとウエットタイプが
                          あって、とても苦しむし、
                          飼い主がそれを見ていられないから
                          ほとんどの飼い主は絶対助からない
                          この病気には発症したら安楽死を
                          選択すると言われた。

                          まだ目の前で生きている。
                          その時、発症しても丸い瞳を
                          クルクルさせて私を見つめていた。

                          忘れもしない。

                          あの診察室で、愛猫の安楽死の
                          決断を迫られたのだった。

                          確かに、黒猫なのに被毛は
                          茶色くなってきていて病気なのかと
                          思われる感じはあった。

                          でも、温かくて すがるような瞳で
                          私を見ていた。

                          獣医は、いかに このまま生かせて
                          おくと飼い主が、その苦しむ姿を
                          負担に思うかを切々と説明し出した。

                          一旦は安楽死を止めて、連れて帰った
                          人も壮絶な苦しむ姿に耐えられなく
                          なって、後から安楽死を頼みに
                          来ることまで言っていた。

                          ウチには他にまだ2匹猫がいたから
                          感染の危険もあるから安楽死が
                          一番楽な選択だと盛んに言われた。

                          でも、その2匹もすでにキャリアだ。
                          私の選択が黒猫にとって、どうだった
                          のか今でもわからない。

                          安楽死を選択出来なかったのだ。

                          まず普通の神経なら、あの苦しむ
                          姿を見る事は出来ないと断言された
                          が、そんな言葉は無視した。

                          帰宅するなり、隔離するために
                          一番大きな猫用ゲージを買いに行った。

                          私の寝室で組み立てて、黒猫を移した。
                          写真をとり経過観察日記をつけ始めた。

                          できるだけ一緒に遊んであげて、
                          ベッドに離して、明るく話しかけた。
                          ウエットタイプだったのだろう。
                          日に日に、お腹が膨れていった。

                          甘えた可愛い声で私を呼んだ。
                          一秒でも抱っこしてあげていたかった。

                          急に襲ってくる何かがあって、
                          いきなり大きな音を立てて
                          全身がバッタンバッタンと痙攣したり、
                          凄い悲鳴みたいな声を上げたりする
                          日が出てきた。

                          確かに、その姿は地獄絵だった。

                          涙ぐんで痙攣する黒猫を抱いて、
                          安楽死を選ぶべきだったのか
                          悩んだ。私は食事もとらず、
                          ずっと黒猫を抱き続けた。

                          記憶が飛ぶほど凄いエネルギーが
                          私の身体から抜けていくのが
                          わかった。

                          痙攣は激しくて、抱くだけでも
                          困難かと思われた。
                          痙攣が収まった わずかな時間だけ、
                          あのクルクルした瞳を私に
                          向けた。

                          床にペタンと座り、黒猫を抱いて
                          どのくらい過ごしていたのだろう。

                          黒猫が軽く首のあたりをクイクイっと
                          動かしたかと思ったら、
                          私の体に温かい液体が流れてきて
                          床に透明な液体が溜まった。

                          黒猫の顔を見たら、召されていた。

                          顔を上げると時計が目につき、
                          午前2時半過ぎだったのを
                          覚えている。

                          確実に死ぬから・苦しむ姿を飼い主が
                          見ていられないから=安楽死
                          この考え方は未だに答えが
                          わからない。

                          ウチは絶対に助からないと言われている
                          伝染性猫腹膜炎だったが、
                          近所で安楽死を勧められる病気は
                          肺炎なのだ。私が行く獣医ではないが、
                          何故 肺炎で安楽死なのか わからない。

                          私の腕の中で召された黒猫は、
                          幸せだったのかどうか わからない。

                          飼い主がアホだから苦しんだと
                          思っているかもしれない。

                          動物は器物と同じ扱いだ。

                          獣医の診察代は、まちまちで、
                          腕も酷い人から名医と思える人
                          までいる。その差が激し過ぎるのだ。

                          助かる命まで平気で安楽死させる。

                          この嫌な悪夢の咳をし出したディムを
                          見て、安楽死を勧める獣医は
                          絶対に居るだろうって。

                          私がカメラを向けると
                          横たわっていたのに起き上がって、
                          元気そうな顔をする。

                          私にとって犬猫は大切な家族
                          なので、人間の安楽死問題同様
                          真剣に取り組むことだと
                          思っている。

                          実際 獣医の勧める安楽死の選択を
                          振り切って自分の腕で看取った私は
                          物凄く苦しむ姿を直視させられた。

                          とても辛かった。
                          でも一度も今から獣医を呼んで
                          安楽死を頼もうなどと思わなかった。

                          人間なら、尊厳死とかいう言葉
                          まである。

                          幾ら動物殺処分反対!
                          などと言っても、こういう獣医達が
                          うようよいて、簡単に安楽死を勧めている
                          実態、それを受け入れて他の獣医に
                          診せようとしない飼い主がいるのだから
                          動物を器物とする法律を、まず改める
                          べきだと思う。

                          だったら食用の豚牛は、どうなるの?
                          という事になるのだろう。

                          器物なのだから、罰されないのだから、
                          そんな命は軽いのだ。

                          何か 気分の悪い物を感じる。
                          たかが犬猫のことでアホ丸出しと
                          思う人もいるだろう。

                          動物愛護って人間が言っても、
                          虚しい。肉類食べているのだから。
                          何故 犬猫だけ特別なの?
                          ってことになる。

                          かつて私の母は馬を飼っていたらしい。
                          母方の祖父がいつも言っていた。
                          「馬を飼ったら、犬なんぞ飼えないぞ。
                          馬は可愛いそ。本当に可愛いぞ。」
                          と言っていたのを覚えている。

                          とても利口で、母は裸馬に乗れると
                          言っていた。犬も猫も飼っていた。
                          そんな可愛い馬の刺身を、どうして
                          食べることが出来るのか わからない。

                          私には わからない事だらけ。
                          人間は雑食だから。
                          最低限の殺生さえ出来ない。
                          余って捨てている。

                          くだらない実験に動物を使って
                          ガンガン殺している。

                          肉の繁殖や病気予防やら色々な
                          理由で強い薬を打たれたり、
                          ホルモン剤を投与された肉を
                          人間が食べて、病気になっている。
                          動物からの復讐に思えてくる。

                          人間の選択は、どんな方向に
                          行くのだろう。

                          同じ人間同士でさえ弱肉強食に
                          なっている。

                          高齢者が増えて、雇用も減って
                          家族というものの在り方まで
                          大きく変わってしまっている。
                          ディムの悪夢の咳は、
                          いよいよ闘いの本番に入った
                          証拠だ。

                          私は犬猫の肉を食べることができない。
                          食文化の違いといえども、
                          受け入れられない。
                          わからないことばかり…

                          2013-12-28 08:31:39投稿者 : Nachiko
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                            感謝が花束になったら…

                            今日は ここに感謝の気持ちを書きたい
                            と思います。

                            思えば以前Epic Sonyと専属契約をして
                            いた頃の私は その後 自分の身に
                            降り掛かることなど想像もつかないで、
                            ひたすら音楽に没頭しておりました。

                            私のスタンスは今でも同じですが、
                            何かのせいにするとか、
                            誰かを恨むとかいうのは、
                            自分が辛くなるので好みません。

                            該当する言葉が見つからないので、
                            あえて表現するとすれば
                            異次元に空間移動したような
                            感じとでも言えるでしょうか。

                            歌詞には「あきらめを学ぶのよ」
                            とか書いたりしていますが、
                            凹んだり、何故この空間に
                            自分がいるのか?と
                            物凄い違和感の中に放り込まれても
                            全力で突っ走ってきました。
                            正しいか どうか わかりません。

                            不平不満と愚痴は あって当然だと
                            思っています。

                            できた人間ではないので、私は
                            動物達を相手に語り掛け、
                            自分が飛ばされた異次元と
                            思われる空間で自分に与えられた
                            事を 毎日こなすので
                            精一杯でした。

                            よく「挫折」とか「敗北感」
                            とかいう言葉が書かれていたり
                            しますが、
                            私自身 思った通りに進まない、
                            希望通りに生きていけないのが
                            人生の醍醐味なのではないか?
                            と自問自答した時期も
                            ありました。

                            そう思えば、「挫折」も
                            「敗北感」も感じなくなります。

                            「あきらめ」は学べるものではなく、
                            「あきらめ」は次のステップに
                            進むために一度 狭視にならず、
                            もっと俯瞰的に客観的に自分を
                            見つめるための糧だと
                            受け取ってきました。

                            人の世は上を見たらキリがなく、
                            下を見てもキリがないことを
                            身をもって体験してきました。

                            処世術にたけているわけでもなく、
                            友達がたくさんいるわけでもなく、
                            自分は一体何なのだろう?
                            などと考える余裕もない毎日で
                            私の居た空間は今以上に、
                            正義と真実など無いと確信させられる
                            空間でした。

                            季節が巡り その季節になると
                            その時期の果物が生るように、
                            物事には時期があるのだと思って
                            小さいながらも希望だけは捨てずに
                            やってきました。

                            その希望の灯火さえ消そうになった時、
                            その灯火を消さないように
                            支えてくれる仲間のおかげで
                            新譜を作る土台が出来ました。

                            いつの間にか空間は元に戻っていて、
                            私の周囲には懐かしい仲間と
                            再会することも出来ました。

                            新譜はEUにもiTunesで配信され、
                            物凄く久しぶりのライヴも
                            やらせて頂きました。

                            そこで私は、ずっと
                            ナチコさんの音楽を聴いていました、
                            と言って下さる方達と初めて
                            お会いすることができました。

                            信じられないほど嬉しい時間を
                            過ごすことが出来ました。

                            その後、メッセージを頂くことに
                            なりました。

                            全く存知上げなかった方が私の
                            音楽を聴いていて下さり、
                            今回行けなかったけれど
                            次は いつライヴをやりますか?
                            とか 温かいメッセージを
                            下さって 私は今回のライヴでは
                            お目にかかれなかったけれど
                            本当に この長い時間を私の
                            音楽を聴いていて下さっていた方達
                            のことを知りました。

                            デビュー当時に生まれた方まで、
                            どうやって私を知ったのか、
                            私を知っていて以前のアルバムも
                            聴いて下さっていることも
                            知りました。

                            驚きしかありませんでした。
                            空間移動して元の空間に
                            確実に戻れたのだと肌で感じました。

                            もったいない言葉の“ファン”と
                            称する方達が私のファーストから3ndの
                            復刻版まで再販するという
                            働きかけをして下さいました。

                            これは自分で言うのも
                            おこがましいのですが、本当に
                            良い出来のアルバムでした。

                            ドドっと出たように思われて
                            いますが、作品は物凄い量の中から
                            厳選されておりまして、
                            それぞれのアルバムは感慨深い
                            ものがありました。

                            ファースト・アルバムはジャケットも
                            ニューヨークで大きな賞を頂きましたし、
                            私は水平線と地平線をイメージした音を
                            好み、2ndと共に中村哲さんアレンジで
                            譜面より先に歌詞カードを先に見せてと
                            言ってくる森園勝敏さんのギターが
                            冴えていて素晴らしいと自画自賛して
                            喜んでおりました。

                            参加ミュージシャンの方達の
                            イメージが膨らんでくれて、
                            それはそれは予想以上の出来になった
                            と思いました。

                            そして3ndは あのYMOでギターを
                            弾いていた大村憲司さんと和田アキラ
                            さんや青山純さん達で、これもまた
                            籠もりっきりで今はない
                            信濃町のSONYのスタジオで制作した
                            ものでした。

                            偉大なギターリストだった大村憲司さん
                            は召され、つい最近ドラマーの
                            青山純さんも召されました。

                            「青ちゃんの訃報」という
                            連絡は最近では とてもショックな
                            出来事でした。

                            毎日Facebookに
                            「おはよう。今日はお天気良いですね」
                            とか必ず入ってきて、それを見ると
                            妙に安心したものでした。

                            そんな思い出たっぷりの
                            3枚のアルバムも復刻することが
                            出来ず、それこそ再販など
                            今まで何回か元のスタッフに
                            相談した経緯もあったので、
                            原盤紛失と言われ もう存在しない
                            ものだと信じていました。

                            過去に捕われず、「今を頑張る」
                            と決心して そうる透さん
                            プロデュースでアプローチを
                            変えて それでもナチコを活かす
                            アルバムを作ろうということに
                            なって 素敵なミュージシャン達と
                            出会いました。

                            今まで とにかく今を頑張る!
                            を通してきましたから、
                            ライヴにたどり着いた時、ホっと
                            しました。

                            おかげで 前のアルバムを復刻させる
                            という動きをリスナーの方達が
                            して下さり あり得ないはずの事が
                            起きました。

                            私が音楽に復帰するまでに、
                            クリアしなければならない問題が
                            山積みだったのを裏から協力して
                            片付けてくれるスタッフ 会社の方達
                            のおかげで、凍結されて封印されて
                            いたかのような以前のアルバムから
                            2曲もライヴで歌うことが出来ました。

                            私は自分の作品を 自分で歌うことさえ
                            面倒な状況でしたから復刻盤は、
                            全くありえないと思うようにして
                            おりました。

                            どのくらいの状況に置かれていたかを
                            説明するのは控えますが、
                            魚の私をカラカラの陸地で
                            身動き出来なかったのを、きれいな水に
                            戻して下さったのは貴重な仲間、
                            温かいミュージシャン達、
                            そして もったいなくも“ファン”と
                            おっしゃって下さる方達の
                            最後の大きなドカンという
                            物凄いパワーの賜物でした。

                            こんな30年などという長い
                            年月を経ても、ここまでして
                            下さるファンとおっしゃって
                            下さる方達に実は待たれていて、

                            実際 次の作品を期待しますと
                            まで おっしゃって頂ける
                            など、光栄という言葉ではなく、

                            もう どう表現したら良いか
                            わからない感激でした。

                            皆様の再販への運動は、
                            熱くて真剣なのが伝わって
                            きました。

                            頂くメッセージを読んでも、
                            涙が出るような内容でした。

                            私は「Nachikoのファンです」
                            とおっしゃって下さる方を
                            心から尊敬しています。

                            私の方がファンになるような
                            方達ばかりなのです。

                            きっと直接メッセージを
                            下さらないで、このブログだけを
                            読んでおられる方もいるかと
                            思います。

                            私のファンとおっしゃって下さった
                            方達が、毎日何らかの形で
                            支えて下さっています。

                            このブログも そのおかげで
                            続けることができ、安心して書く
                            ことが出来ております。

                            まだまだ私の方から存じ上げない
                            方達も おられると思います。

                            影で どれだけ支えて下さっているかも
                            わかりました。私は皆様を
                            誇りに思っております。

                            そして、これから出会う方
                            こんな素敵なファンに支えて
                            頂いているNachikoという
                            一人の歌うたい・クリエーターに
                            興味を持って頂けたら嬉しいです。

                            皆様 この場を借りて
                            言い尽くせぬ感謝の気持ちを
                            ここに記したいと思います。

                            すでに次の動きは もう
                            ありまして近々 報告致します。

                            あと本人は根っからのプログレ人間
                            でもあるのですが、
                            試してみたいこともあるので
                            これからは 歌うたいの部分での
                            チャレンジとクリエーターとしての
                            部分も含めて頑張っていきたいと
                            思っております。

                            私は自分の この世での役目は
                            小さくてもいいから
                            「光と感謝」を発信していく事だと
                            思っております。

                            暗闇を知る人間でなけれが光は
                            表現できないと思っています。
                            これからも このような私ですが
                            今まで通り宜しくお願い致します。
                            Nachikoより

                            2013-12-27 07:50:48投稿者 : Nachiko
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                              イスラーム四方山話

                              クリスマスが終わると途端に日本は
                              お正月ムードになる。

                              昨夜までのクリスマスの飾りを
                              さっさと片付け、
                              松飾りが置かれる。

                              クリスマス前で面白かったのは、
                              半分がクリスマス用品の
                              飾り付けで向き合うように、
                              お正月用品の飾り付けがあった時
                              だった。

                              個人的には
                              「なんじゃ、コレ?」
                              というのが素直な感想だった。

                              正式にはクリスマスの飾り付けは
                              来年の松の内までだ。

                              しかし、そんなに長く部屋に
                              クリスマス用品を飾る家は
                              クリスチャンでもない限り
                              少ないだろう。

                              で、この さっさと お正月ムード
                              に向かうのも今では
                              日本人らしいのかもしれない。

                              ここで私もクリスマスは終わりと
                              思わず、話は全然違う方へ飛ぶ。

                              前回はクリスマスにまつわる話を
                              書いたが今日は個人的な話をする。

                              かつて私の家の近所に、
                              イスラーム教の大使館員の一家が
                              住んでいた。

                              何故か私は その一家に気に入られた。
                              最初のイスラーム教の一家との
                              付き合いは随分前の事だ。

                              最初 10歳位の女の子に声をかけられた
                              ことから始まった。
                              家の近所ということもあり、その
                              女の子とよく話をする機会があった。
                              人なつこくって妹や弟を連れて、
                              私から離れなくなっていった。

                              そのうち彼女の家に招待されて、
                              そこの一家の両親と顔を合わせ、
                              何だか私は異常に気に入られた。

                              私の下手な英語と女の子の日本語で
                              コミュニュケーションを取ることが
                              できた。

                              イスラーム教だと知ったのは、
                              食事を出された時だった。
                              細長い外米に お砂糖たっぷり、
                              それに牛乳がかかっていた。

                              私には いつも女の子の母親が
                              「ナチコ もっと食べなさい。
                              もっとファットになりなさいね。」
                              というのが口癖だった。

                              この一家との出会いが初めての
                              イスラーム教の人の生活の一部を
                              見る経験だった。

                              月日は経ち、この後またまた
                              イスラーム教の一家と行き来する
                              ようになった。

                              今度は大使館員ではなかったが、
                              ご主人が大企業に勤める家だった。

                              外国の人という認識しかなかったが、
                              そこの家の奥様の妹さんと私は
                              とても親しくなった。

                              苦手な英語でもコミュニュケーション
                              が取れて妹さんは不安な日本での
                              暮らしに私を頼り、何でも相談して
                              きた。
                              今思うと、毎日よく行き来していたと
                              思う。

                              お互いの家に行き来しているうちに、
                              色々なイスラームの事を教えてくれた。

                              宗派とかあるから、何の宗派だったの
                              だろうと今さらながら思うが、
                              未知の生活ぶりは私には不思議だったり、
                              感心させられることが多かった。

                              規則も色々あり、これって生まれた時から
                              馴染んでいないと面倒に思えるのではと
                              感じることもあった。
                              お祈りの時間になると方角をみて、
                              脚や腕も肘まで洗い、そこここを
                              清めて小さなマットで礼拝をする。
                              常に神様の事が頭にある。

                              振り返って思うと一番最初に、その
                              妹さんに質問された言葉が、
                              あの一家と関わる大きな鍵だったように
                              思える。

                              「あなたは神を畏れますか?
                              あなたは神の存在を信じますか?」
                              という物だった。

                              人智をこえる大きな存在を私は神の
                              領域だと思っている。
                              私が危険だと思うのは
                              「神を畏れない人」だと思っているので
                              「人間の力だけを信じて生きていません。
                              勿論 神の存在を信じています。」
                              みたいな事を言ったと覚えている。

                              この一家の家に遊びに行くと必ず食事の
                              支度の手伝いをさせられた。
                              本当に手間ひまをかけて丁寧に作る。

                              女性は手縫いで器用に色々なものを作る。
                              作ることが好きな私には興味深いこと
                              だらけだった。

                              豚肉は絶対食べないで、牛肉を決まった
                              方法でカットされた物を使う。
                              コクを出すために魚介類を器用に使う。
                              エビの使い方は、とても美味しくて
                              参考になった。

                              スパイスやハーブも各種使って料理をする。
                              一日中料理しているかと思うほど、
                              下ごしらえが大変だった。

                              カレー粉も何種類もあって具材によって
                              使う粉が違う。
                              辛みを抑えるためにサツマイモを
                              裏ごしして混ぜたり、工夫の
                              バリエーションが半端ではなかった。
                              食文化の違いとはいえ、作るものが
                              あまりにも違うので一般の 
                              あるイスラームの一家の一つの例を見て
                              いるようだった。

                              カレーを夕食で食べる時は派手だった。
                              ルーを作るのに時間をかけるのは当然だが
                              テーブルにトッピングが
                              処狭しと幾つもの皿に並んだ。
                              ほうれん草(茹でてアク抜きしないのは
                              ビックリした)、油揚げを刻んだもの、
                              ゆで卵をスライスしたもの、ミニトマト、
                              両端を手で切ったモヤシ、さっと茹でたエビ、
                              他にも色々あって、それらを適当に
                              ライスの上に乗せて最後にルーだけを
                              かけて食べる。とにかく美味しかった。

                              ラマダン中は日が登っている時間帯は、
                              お茶を飲むくらいで夜にならないと
                              食べ物を口にしなかった。

                              ラマダンといえば、ラマダン明けの
                              パーティーがあって、どこにこんなに
                              人がいるの?と思うほど
                              大きなパーティーをやった。

                              数日前から私は食事の仕込みの手伝いに
                              通った。
                              何しろ すごい量を作ったので、何が
                              何だかわからないまま、言われた通り
                              コネコネやったり、野菜を切ったり
                              忙しかった。
                              焼き鳥だというのだけれど、
                              甘くて刻んだナッツで焼いて味が
                              全然違っていた。

                              ラマダン明けのパーティー当日は
                              大使館の人達や大勢来て、名前を
                              紹介されたが覚えきれなかった。

                              皆 とてもフレンドリーで、
                              私も手伝った料理は長いテーブルを
                              数本用意して大きな容器に入れて、
                              ブッフェ形式で皆さんに食べて頂いた。
                              初対面の人達も親切で名前で呼んで
                              くれた。

                              夜に行なわれたのでライティングして、
                              とても奇麗だった。

                              普段から神様を忘れず、平和で礼儀正しく
                              家族の結束が固くて その時は
                              日本が忘れてしまったものを
                              持っている人達に見えた。
                              絶対に家族を一人ぼっちにしないのだ。

                              核家族が当たり前の日本。
                              成人して家にいたら変だと思われるアメリカ。

                              私は、この家族を大切にする姿勢は
                              素晴らしいと思う。

                              ここの妹さんとは隅田川の花火大会も
                              一緒に行ったりした。
                              お弁当だといって、ニンニクが香る
                              特製パスタを持ってきてくれた。
                              これはエビとレモングラスと生クリーム
                              が、隠し味で効いている。

                              今でも作る私が彼女から教わった
                              特製の美味しいパスタだ。
                              どこにもレシピは書いてない。
                              家でしか食べることができない。

                              異文化へ入り込んでの毎日は
                              刺激的で楽しかった。
                              彼女達一家が帰国した時は
                              とても淋しかった。

                              私の家に来て、うちの夕飯を
                              作ってくれたことや、
                              涙ながらに私に色々話してくれた事が
                              頭に残っている。

                              後にテロでイスラム教のことを
                              テレビでやっていて聖戦とか言って、
                              自爆している人達を見た時、宗派が
                              違うよね?と強く思った。

                              他の国の文化を尊重していたし、
                              自分達は神を畏れない・信じない人と
                              付き合うのが怖いと言っていた。

                              テロの話も、実は…みたく言われて
                              いる事が沢山あるのは事実。
                              一神教であろうと平和を願っていた。
                              少なくても私が知っているムスリムは
                              「神を畏れない人が怖い」と同じことを
                              言っていた。

                              自分達はコーランだけれど、ナチコは自分の
                              信じるものを信じて神に感謝しなさいと
                              言っていた。押しつけなどなくて、
                              自分達は自分達、という感じだった。

                              生まれ育った風土や習慣を大切にすること
                              を守っている人達という印象しかない。

                              仕組まれたことなのか、自発的に
                              あんな事になったのかわからないが、
                              私は個人的にイスラームを特別なもの
                              だとは思っていない。
                              美味しい料理を教えてくれて良い印象が
                              残っている。

                              何なんだろうと考える。
                              宗教で戦争が起きるって変だよね。
                              説いている事って重なっていること多いのに。
                              宗教という括りが、いらないのかな。

                              今年の終わりまでカウントダウンだ。
                              どんなに辛いことがあっても、
                              希望は足下に寝ている。
                              私が、こうしてここでブログを書いている
                              こと自体実際 あり得ないと思っていた。

                              背中にゾワゾワと何かが
                              動き出しているのを感じる。
                              「死」を終焉だと もし思うなら
                              何て悲しいことかと思う。
                              それって人間は死に向かって
                              生まれた瞬間から歩き出しているだけに
                              思えてしまう。ラストは無い。
                              あるのは いつも始まり。
                              だから私は始まりの歌が好きだ。

                              2013-12-26 10:06:26投稿者 : Nachiko
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                                クリスマス

                                今日は昨日の続きから。
                                どうして三賢者がイエスの
                                生まれた場所に たどり着けたか
                                を調べたことを書いて行こうと思う。

                                昨日 三賢者がヘデロのスパイに
                                密告された処まで書いた。

                                それでも宮廷を出て三賢者は、
                                今のアルメニア人居住区辺りを
                                世を徹してすすむ。

                                ベツレヘムまでは8キロの距離。
                                この時 聖書によれば、再び
                                あの星が見えたと記されている。

                                マタイによる福音書によると、
                                東方に出た星が、
                                先に進み幼子のいる場所に
                                留まったとある。

                                この意味を廻って様々な憶測が
                                されてきたが三賢者を導いた
                                この謎は、珍しい星の並びにあり、
                                またこのときも星が不自然な
                                動きをしたのだった。

                                モルナーによればエルサレムに
                                たどり着いた後ベツレヘムに
                                導かれた理由はこう述べる。

                                エルサレムからベツレヘムまで
                                歩くと、最初の数キロは、
                                全くベツレヘムが見えない。

                                しかし一つの丘を越えると
                                途端に視界がひらける。

                                木星が東の牡羊座の後ろ足を
                                抜けて尾まで達すると、
                                また戻るという不思議な動きを
                                していたのだ。

                                三賢者は彼等なりの解釈と
                                言い回しで幼子のいる場所に
                                留まったと言っている。

                                三賢者が、たどり着いた
                                エルサレムの地から見た空の
                                木星も視界の悪い丘の存在も
                                あり三賢者の目から観れば、
                                空は動いているのに木星は
                                留まったままだったのである。

                                小さな洞窟の上に立てられた
                                ベツレヘム生誕教会 イエスは
                                この洞窟の中で生まれたと
                                いわれている。

                                確かな証拠はないが、イエスの
                                死から160年後 正式に
                                誕生の地とされている。

                                この洞窟の中で三賢者は、
                                はるばるペルシャから持ってきた
                                贈り物をイエスに捧げる。

                                イエスが産まれたのは家畜小屋、
                                生まれたばかりのイエスが飼い葉桶
                                に寝かされていたとしても
                                三賢者は、その場にいなかった。

                                つまり三賢者がベツレヘムに
                                たどり着いた頃には、
                                イエスは既に新生児ではなかった
                                ということがわかる。

                                こうしてイエスの本当の誕生日は、
                                木星の輝いた4月17日。
                                そしてその冬、空の木星の位置から
                                彼等がベツレヘムの救世主の元に
                                たどり着いたのは12月17日
                                であったことが導き出されたので
                                ある。

                                ついでに…三賢者は夢でお告を
                                見たことからヘデロのところへ
                                帰らず別の道を通り自分達の国
                                に帰る。

                                幼子イエスは、これにより難を
                                逃れ、ヨセフとマリアはイエスを
                                連れエジプトに逃亡。

                                クレオパトラの雇う庭師の同胞の
                                助けをかりイエスを守りぬき、
                                ヘデロ王が死ぬとようやく
                                故郷に戻れたのであった、
                                ここでは木星とイエスに関して
                                書かれているが、聖書でも
                                星の動きは とてもポイントで
                                出てくる。

                                私は 現代でも星の動きは大きな
                                意味を持っていると考えている。

                                勿論宇宙は壮大で無限の
                                神秘をたたえた存在だと
                                思うから惹かれるのだと
                                考えられるが、現在進行形で
                                観測される天体の動きに
                                人々は注目しているのでは
                                ないだろうかと思う。

                                たとえば天体ニュースなど
                                細かくチェックしていると
                                二ビルのことを詳しく
                                暇なしにデーターが
                                上がっている。

                                どこまで本当かは
                                わからないが面白い事が
                                沢山書いてある。

                                つい最近 月が反転する出来事が
                                あったとまで書いてあるものも
                                ある。

                                さらにニュースにまでなった
                                アイソン彗星に至っては、
                                ある意味 お祭り騒ぎみたいな
                                騒ぎだった。
                                やれ死んだの、生き返っただの、
                                まるで生き物のような扱い。

                                先にアイソン彗星は消滅して
                                いないと観測されているのに、
                                テレビでは消滅と報道され、
                                遅れてから、消滅していなかった
                                と、その報道の遅さを
                                堂々と見せつけた。

                                二ビルに関しても様々な憶測を
                                呼んでいるが、
                                アイソンに関しては消滅したかと
                                思うと姿を現すのは、UFOだから
                                ではないかとかいう説まであった。
                                それこそ巨大UFOだ。

                                私は星の動きで救世主を探したと
                                いう聖書を読むと、
                                宇宙と人間の密接な関係を
                                深く感じずにはいられない。

                                そこに いつも何らかの希望や
                                期待を込めて救いを求め、
                                人間は心の底から平和を
                                願っているのだと思う。

                                極端に聞こえるかもしれないが、
                                戦争を好む物は地球人ではない
                                のではないかと思う。

                                いや、地球人以外でも戦争の
                                好きなエイリアンがいて、
                                地球を破壊しているとしか
                                思えない。

                                逆に平和を好むエイリアンも
                                存在すると思う。

                                住み分けなのだと思うが、
                                この世に正義など無い。

                                時代と そこから生じる思考に
                                よって変化する。

                                でも地球人の正義は普遍的
                                なのかもしれない。

                                もっと言ってしまえば、
                                大きな大宇宙という単位での
                                「正義」は普遍的なのかも
                                しれない。

                                それに翻弄されるのが、いつの
                                世も弱者なのだ。
                                クリスマスの夜 星の話から
                                ふと そんな事を考えた私だった。

                                2013-12-25 06:11:30投稿者 : Nachiko
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                                  クリスマス・イヴ

                                  一年って経つのが早い。
                                  昨年の12月を思い出したりする。
                                  信じられないような12月だった。

                                  今があるのも、こうして頑張れる
                                  のも ある人物の無償の愛情に
                                  その時支えてもらい、
                                  せちがらい世の中で
                                  一つの生き方を見せられた
                                  からに他ならない。

                                  どうしても私には、昨年の12月は
                                  とても大きな月で本当だったら、
                                  マヤ暦の終末ではないが、
                                  自分も先がなかったように
                                  思えてならない。

                                  それが今日に続いているのだから、
                                  自分が受けた感謝を何十倍にも
                                  して色々な形で返していきたい。

                                  12月は私にとって変な月だ、
                                  未だに、忘年会とか新年会とかに
                                  行ったことがない。

                                  世の中 これだけ年末は忘年会だらけ
                                  なのに一度の行ったことがないと
                                  いうのは自分でも何故だろうと思う。

                                  呼ばれたこともないし、
                                  行く環境にあったこともなかった。
                                  まるで忘年会とは遠い世界の
                                  出来事に思える。

                                  仕事の付き合いや友達同士で
                                  やるのだろうけど、
                                  いずれも私には縁がない。

                                  そういう人生を変えて行きたいと
                                  いう思いもあっての帰還でもある。

                                  12月で唯一縁があるのは、
                                  クリスマスで、これは良い
                                  思い出しか無い。

                                  おそらく学校行事として
                                  染み付いていた部分と、
                                  家族という物が一つの集合体
                                  として存続していた時の
                                  懐かしく温かい思い出
                                  なのかもしれない。

                                  客観的に見ると、日本って実に
                                  ユニークだと思う時期でもある。
                                  私には どうしてケーキを食べる
                                  のかわからない。

                                  商業戦線のピークで派手に
                                  飾りたてられた店内で、
                                  物を買わされるのなんて、
                                  たまったものではない。

                                  私の性根が曲がっているのか
                                  分からないが楽しむなら、
                                  何もクリスマスに限らなくても
                                  良いと思ってしまう。

                                  毎日を過ごせて暮らせるだけで
                                  「何も無い日の記念日
                                  おめでとうございます」
                                  というルイス・キャロルの
                                  不思議の国のアリスに出てくる
                                  前回も書いたが、あの
                                  Mad hatter達の
                                  ティーパーティーが最高だと
                                  思っている。

                                  クリスマスは、そもそも何の日
                                  だろうか皆 知っているのだろうか?

                                  テレビで通行人にインタヴュー
                                  で聞いたら「キリストが死んだ日」
                                  と答えている人がいた。

                                  私なんぞ、人が死んだ日を
                                  祝う習性など日本にはないのにと
                                  思いながら見ていた。

                                  正しくはキリストの受胎告知が
                                  3月25日で誕生日は12月25日。

                                  12月25日は一年中で最も闇の
                                  濃い日であり、その日の真夜中
                                  しじまに包まれたイエスは生まれた。

                                  この条件から導かれる寓意は一つ。
                                  闇に閉ざされたこの世に、
                                  光をもたらす者として、
                                  イエス・キリストの降誕劇は
                                  設定された。

                                  つまりイエスの誕生日の
                                  前夜祭みたいなものだ。

                                  しかし、ちょっと突っ込んで
                                  みたりする。
                                  本当に12月24日がイヴで
                                  正しいのだろうか?

                                  イエスの波乱に満ちた生涯は、実際
                                  何時から始まるのだろう。

                                  紀元前63年以来、パレスチナは、
                                  ローマ帝国の属州であったシリアに
                                  併合されていた。

                                  ポンペイウスの政治原理に従い
                                  紀元前37年 オクタビアヌスに
                                  拠りヘデロがユダヤの王に叙された。

                                  彼の治世は、内に圧政、ローマに
                                  追従を旨としていた。
                                  イエスは、この政治体制の時生まれたと
                                  されているが、救世主の誕生は、
                                  国の乱れ また自分の首も危ぶまれる。

                                  そこでヘデロは、考えた。
                                  救世主を名乗る者を亡き者にしよう
                                  と、ちょうど東方から救世主を
                                  祝いにやってくる三賢者に幼子の
                                  居場所を突き止めさせるべく
                                  自分も祝福に行きたいので
                                  是非居場所がわかったら宮廷に
                                  寄って伝えてほしいと
                                  三賢者に命じる。

                                  だがヘデロは、この三賢者が見た
                                  夢のお告により幼子イエスを
                                  見つけ出すことは出来なかった
                                  のである。

                                  聖書によるとヘデロは、その後
                                  ベツレヘムにいる
                                  「二歳以下」の男の子を一人残らず
                                  殺させた。

                                  この聖書の記述により、残忍なヘデロ王が
                                  自分の地位を脅かす救世主イエスが
                                  「どこで」「いつ」生まれたのかは
                                  知る事が出来ずにいたことがわかる。

                                  実際は この時イエスは、生後8ヶ月
                                  であったのだ。

                                  聖書には、イエスの生涯をしるした
                                  4つの福音書が存在する。

                                  三賢人が登場するのは
                                  「マタイによる福音書」で新約聖書の
                                  物語の中で特に古い書物である。

                                  現在は1901年にエジプトからの
                                  旅行者が持ち帰ったものを
                                  オックスフォード大学モーリンカレッジ
                                  で保管されている。

                                  この福音書からイエスの正しい
                                  誕生日を導き出せないかととの
                                  試みがなされた。

                                  説明を書き抜いていくと
                                  とても長くなるので割愛しながら
                                  書いていくが、福音書は
                                  ギリシャ語だが、ゾロアスター教
                                  (ゾロアスター教といえば、
                                  フレディー・マーキュリーですね)
                                  の信者もユダヤ人と同じく救世主の
                                  誕生を星が知らせてくれると
                                  信じていた。そこで占星術を知る
                                  マギは、救世主のもとへと導く
                                  星を探していた。

                                  ほかにも、彼ら三賢人と
                                  ペルシャを結びつけるヒントがある。

                                  イタリアのラベンダにある
                                  6世紀のキリスト美術館の初期の
                                  壁画に三賢人がベツレヘムの星と
                                  ともに描かれている。

                                  そして、実は西暦元年には間違いが
                                  あった。修道士デュオニシウスは計算
                                  が苦手だった。

                                  彼は古代ローマの暦に代わる
                                  キリスト教の暦を作るにあたり
                                  イエスキリストの誕生を紀元と
                                  することにした。

                                  ところがミスを犯す。
                                  デュオ二シウスが計算に使ったのは
                                  歴代ローマ皇帝の統治期間であった。
                                  それぞれの統治期間を順番に足し
                                  キリストの誕生まで逆算する。

                                  間違いが起きたのは、アウグストゥス
                                  の在位中である。キリストは このとき
                                  生まれている。統治期間、在位を
                                  記述した資料群には異なる二つの
                                  記述が記されている。

                                  アウグストゥス在位 紀元前31〜
                                  紀元14年
                                  別の資料 アウグストゥス在位
                                  紀元前27〜紀元14年

                                  この資料の4年の差。
                                  アウグストゥスは、最初の4年間
                                  オクタビアヌスという名前を
                                  使用していたため デュオニシウスは
                                  この4年間を数え忘れたのだ。

                                  更に彼は0年を忘れるという致命的
                                  間違いを犯した。デュオニシウスは
                                  キリスト誕生前の紀元前1年から
                                  0年を抜かして紀元1年に飛んで
                                  しまったのである。

                                  こうして西暦には5年の空白が生じた。
                                  実際 私達が祝ったミレニアムは
                                  2000年ではなく1995年が
                                  正しい。

                                  つまりイエスが生まれたのも
                                  紀元前5〜6年の間であると
                                  わかってきた。

                                  デュオニシウスが暦を作った頃には、
                                  キリスト誕生の正確な日付は
                                  わからなくなっていた。

                                  そこで教会は、太陽の神の誕生を
                                  祝う古代ローマの祝日12月25日を
                                  採用した。

                                  これはイエスの実際の誕生日とは
                                  関係がなかったが、クリスマスは
                                  12月25日になった。

                                  実際のイエスの誕生日を正確に
                                  割り出すには紀元前5、6年に
                                  星を追って旅した三賢人の足取りと
                                  ベツレヘムの星がいつ現れたかが
                                  手がかりになる。多くの人々が、
                                  何世紀にもわたり、この星を
                                  突き止めようとしたが導き出せ
                                  なかった。しかしそんな難問を
                                  見事に解いた学者がいる。

                                  ラトガーズ大学天文教授
                                  古代占星術研究者マイケル・モナー
                                  である。

                                  彼は2000年前の星空を
                                  コンピューターで再現した。

                                  当時王家の印と呼ばれた星、
                                  それは木星であった。
                                  また新しい王を現す星でも
                                  あった。

                                  三賢人は、木星を見て王の
                                  誕生を知ったのだ。
                                  木星は、牡羊座の星たちの中に
                                  輝いて見えた。

                                  これが全ての謎を解く鍵になった。
                                  この日の空には、木星が
                                  明けの明星のように東の空に
                                  現れ三賢人は、新しい王を
                                  生み出す最大の力を得たと
                                  解釈したのだった。

                                  木星は、新しい王を現す星であり、
                                  ユダヤの象徴する牡羊座の中で
                                  輝いていたことで、救世主の
                                  誕生の場所も特定できたのである。

                                  モルナーは2000年間誰も
                                  気づかなかったことに気づいた。
                                  イエスが生まれた日の空では、
                                  珍しい現象が起きていた。

                                  優れた占星術師でなければ
                                  わかりにくいが星は、王の中の
                                  王がユダヤの中に生まれたことを
                                  示した。

                                  モルナーは、この発見により
                                  日にちも特定した。

                                  紀元前6年4月17日。
                                  またモルナーは、イエスが
                                  生まれたとされる誕生の日を
                                  裏付ける記述を聖書の中で見つける。

                                  イエスが4月17日生まれという
                                  ことは理論的にわかっていても
                                  証拠が必要となるからだ。

                                  証拠は、聖書の記述にある
                                  イエスの誕生に駆けつけ間に合った
                                  羊飼いから得た。

                                  “羊飼いたちは 夜通し羊の晩をしていた”
                                  この記述がイエスの生まれ月を示す
                                  鍵となる。

                                  ベツレヘムで70年間羊飼いを
                                  しているアブラハムは、こう話す。
                                  羊を夜通し外に出しておくのは
                                  4月から9月まで12月の
                                  ベツレヘムは寒すぎて
                                  どんな家畜も外には出さない。

                                  モルナーは東の国で星を観察していた
                                  三賢人もこの日の星の意味に
                                  気づき生まれたばかりの王に
                                  会いにエルサレムに旅立ったと
                                  考える。しかし2000年前
                                  ペルシャからエルサレムまで
                                  旅するのは大変な事であった。

                                  直線距離にして1600キロ。
                                  間にはアラビアの砂漠が横たわり
                                  しかも三賢人が星を見たのが
                                  4月17日であるならば
                                  夏の訪れは近い。
                                  太陽が照りつける灼熱の真夏を
                                  避け、9月に入ってから
                                  ペルシャ(今のイラン)を出発。
                                  バビロン(現在イラク)を通り
                                  チグリス ユーフラテス川に沿って
                                  水を確保しながら進み砂漠の
                                  一番狭い部分を横切って
                                  アレッフォに達する。
                                  そこからエルサレムまでは
                                  一直線である。
                                  何故直接ベツレヘムに行かなかった
                                  かは、彼らが見た星はユダヤの国
                                  という大まかな方角を示しただけ
                                  だったからだ。
                                  三賢人が知らずに危険な領域ユダヤの
                                  都エルサレムに着いた頃には冬に
                                  なっていた。モレナーの計算から
                                  イエスは生後8ヶ月。
                                  だが三賢人がこの危険領域でヘデロと
                                  出会ったことで冬の到来も裏付けられる。
                                  ヘデロが建てた神殿の丘はユダヤ人にも
                                  異邦人にも解放され当時、情報交換の
                                  場でもあったが、自分に代わる王が
                                  生まれたことで彼の苛立ちは頂点に
                                  達していた。そこで神殿にスパイを
                                  放ち、間もなく神殿で妙な質問を
                                  して回っている外国人を見つけヘデロに
                                  密告。三賢人を宮廷に呼び出し
                                  「その子どもが見つかったら
                                  知らせてくれ。私も言って拝もう」
                                  という。勿論拝む気持ちなどなく、
                                  見つけたら殺すつもりだった。
                                  さて、ここから どうやって三賢人が
                                  イエスの居場所を見つけることが
                                  できたかは今日は長くなるので
                                  次回にするが、イエスの誕生に
                                  関しては様々な説がある。
                                  中でも私が なるほどと思えるのは
                                  異常なまでの星の動きに重点を
                                  置かれた誕生を知らされる部分。
                                  本当に不思議で自然界では
                                  ありえないような出来事が並ぶのだ。
                                  それをもってイエスを宇宙人だと
                                  唱える人たちがいる。
                                  これは ある側面からすると人智を
                                  超えた未知なる存在とも受け取れる。
                                  聖書は世界で一番売れていると
                                  言われている。
                                  ある時期 領地統治などに使われた
                                  キリスト教だが イエスも本意では
                                  なかったと思いたい。
                                  コーランにもイエスは出てくる。
                                  興味深いのは伊勢神宮とユダヤの
                                  話など調べれば幾らでも出てくる。
                                  基本的に私は原理主義は危険だと
                                  思う。ただユダヤと色々な宗教の
                                  関わりや広がりは大変興味深い。
                                  私はゴスペルを書いたりするので、
                                  音楽的な面でも興味がある。
                                  聖歌とか賛美歌も 美しい曲が多い。
                                  あのパイプオルガンを生で傍で
                                  聴くと荘厳な音色に感動する。
                                  書き直しされたとか、都合良く
                                  統治のため付け加えられたと
                                  言われている聖書でもあるが、
                                  凄い書物だと思う。
                                  知っている人は知っているのだろうけど
                                  日本古来の貴重な物と重なって、
                                  何故 平和のために、
                                  説教や法話が もっと心に入らないのか
                                  と思う時がある。
                                  私は小さい時 お祭りの和太鼓が
                                  大好きだった。荘厳なパイプオルガンも
                                  臓物に響く和太鼓も魂に響く。
                                  イヴは色々な事が頭の中を
                                  走馬灯のように回る日でもある。
                                  静かな気持ちでロウソクを
                                  見つめながら 溜まっていて
                                  口に出しきれなかった感謝の
                                  言葉を吐き出す日でもある。
                                  明日は そこまで漠然とした中で
                                  どうやってイエスを探し当てたか
                                  の続きを読んだので書いて
                                  みようと思う。
                                  天体好きの私には神秘的で
                                  たまらない。長々と今日も書いてしまった。

                                  2013-12-24 10:47:28投稿者 : Nachiko
                                  この記事のURL コメント(1) トラックバック(0) nice!  あしあと

                                    ついでに2ndから作品「アカチバラチ」の詳細解説

                                    今 もしかしたら私のEpic Sony専属時代の
                                    アルバムが再販されるかもしれないという、
                                    予期していなかった話が皆様のおかげで
                                    出てきている。

                                    それで今日は、おそらく かなり私の
                                    本意を理解されていなかっただろうと
                                    思われる作品を今頃になって、
                                    解説しておきたいと思う。

                                    私としては特別シュールな物を
                                    書いた気はしないのだが、
                                    日本語から発する他の意味合いや、
                                    その言語の意図する含みなどを
                                    「こんな表現してみたけれど、
                                    想像してみて下さい」
                                    みたいな部分が多くあった時期
                                    だった。

                                    それほど詩を書くのに神経質に、
                                    そこから広がるビジュアルを、
                                    あたかも小説を読んでいるかの
                                    ように詞曲歌で表現したかった。

                                    幾つかある作品の中で
                                    「アカチバラチ」が一番理解されて
                                    いないのではないかと私は思っている。

                                    どんな詩か忘れている人が
                                    ほとんど、もしくは知らない人も
                                    いると思うので下に書くと。
                                    ………………………
                                    《アカチバラチ》

                                    あてもなく通りを行き
                                    気の向くままに店で歌い

                                    その日のパンにありつく頃は
                                    冷たい路上が静まりかえる

                                    素敵な毎日じゃないか
                                    汚れた麻布体に巻き

                                    伸び放題の髪を束ねて
                                    地下鉄の通気孔の上で

                                    新聞紙巻き付けて横になる
                                    素敵な毎日じゃないか

                                    何も欲しくない
                                    何も欲しくない
                                    欲しくない 欲しくない

                                    この世のものは 見えない
                                    この世のものは 聞こえない

                                    赤い月 青い月 アカチバラチ!


                                    ナイフを隠し持っているよ
                                    すれ違った時 突き刺したくて
                                    切れ味 形 ともに最高

                                    片手に握って いつも歩いてる
                                    平和な毎日じゃないか

                                    自分で自分の首を締め
                                    紫顔で笑顔を作る

                                    心からの愛を貴方にと
                                    すれ違った時 ささやいてみる
                                    平和な毎日じゃないか

                                    何も欲しくない
                                    何も欲しくない
                                    欲しくない 欲しくない

                                    この世のものは 見えない
                                    この世のものは 聞こえない

                                    回る空 すべる空 アカチバラチ!


                                    …………………………
                                    という詩で、‘何も欲しくない’から
                                    メロディをガンとインパクトある
                                    感じに変えてある。

                                    ‘この世のものは 見えない’の
                                    繰り返しは音を詰めて歌い方も
                                    苦しそうに歌っている。

                                    この作品は当初のタイトルは
                                    「吟遊詩人」だった。

                                    ワンコーラスのAメロに出てくる
                                    歌詞で想像はつくと思う。

                                    私にとって「吟遊詩人」という
                                    存在は歴史や国・文化にもよるが
                                    自由に自分の感じたことを発して、
                                    それにメロディをつけて
                                    着飾ることもなく本音を沢山の
                                    比喩や面白いオブラートに
                                    包んでメッセージなり、
                                    主張なり、スッケチを人に
                                    伝えて歩けるという憧れの
                                    象徴でもあった。

                                    吟遊詩人はゴージャスで
                                    傲慢な人達からすれば、
                                    それこそ その日暮らしの
                                    何の安定もない感性だけで
                                    生きて死んでいく埃みたいな
                                    物だ。

                                    今日生きていても、明日の事は
                                    わからない。
                                    人々の群れの底辺で人間の醜さを
                                    見ても笑顔で歌って歩く。

                                    感じたままを詩にし、
                                    思いついたメロディをつけて、
                                    それが結果的に自分が創ったもの
                                    ではなく、宙から引っぱり出した
                                    ことにも気づかない。

                                    吟遊詩人は私の憧れでもあるので、
                                    この世的な物に惹かれない。

                                    物欲も異なっている。
                                    自分が見えている物が本物では
                                    ないと知っているから

                                    「この世のものは見えない
                                    この世の物は聞こえない」
                                    と素直に言っている。

                                    そして、この世の物理的な物など
                                    「何も欲しくない 欲しくない」と
                                    しつこく その持つ意味の
                                    空しさと儚さを歌っている。

                                    次では「ナイフを隠し持っている」
                                    と白状している。

                                    ここでいう「ナイフ」は物質のナイフ
                                    は勿論のこと「人を死に追い込む
                                    人間が持つ特有の言葉」をも
                                    指している。

                                    人は「言葉」で簡単に人を殺せるのだ。
                                    これは自分の生育歴や経験で、
                                    その頃すでに強く実感として
                                    持っていた。

                                    武器はなくとも人を殺せるとは、
                                    何と恐ろしいことかと痛感していた。
                                    吟遊詩人もナイフを持っているのだ。

                                    自分がナイフを持っている事を
                                    自覚していながら、それでも
                                    「平和な毎日じゃないか」と括っている。

                                    それから「自分で自分の首を締め」
                                    と自分の生き方を例に挙げて、
                                    「ねぇ、みんな 自分で自分を
                                    追い込んでいませんか?」と
                                    投げかけてみる。

                                    自分は自分で首を締めて紫色に
                                    なるまでうっ血した顔になっても、
                                    笑顔を作るよと、言っている。

                                    そのまま「心からの愛を貴方に」
                                    と無様な紫顔のくせに
                                    人の群れに入り無駄骨みたいに
                                    「それでも 愛することはやめないよ」
                                    というニュファンスを入れて、
                                    またしても平和な毎日じゃないかと
                                    括っていく。

                                    まぁ、よくも進歩のない人間だと
                                    我ながら驚く。

                                    時は流れても、私からのメッセージは
                                    今と全く同じだ。

                                    時代に翻弄される“正義・義・美徳・
                                    真理・倫理観…”など
                                    クソ食らえなのだ。

                                    「正義」のために平気で殺生をし、
                                    支配者のために、国を守るという
                                    名目で人類は限りなく「真理」を
                                    変貌させ物事に普遍性など、
                                    皆無になった。

                                    この詩を書いた時は、さらに
                                    若かったので露骨に書いている。

                                    その頃、かろうじて少ない言葉で
                                    ナゾナゾのように
                                    「アカチバラチ」と一番最後に
                                    叫んでいる。

                                    その前に地球にとって影響力のある
                                    月を挙げて、「赤い、青い、回る空
                                    すべる空」と想いのスケールを
                                    大きくしてみたりしている。

                                    赤い月とは読んでわかるように
                                    悪いことの前兆、
                                    青い月は「完全なる愛」
                                    というように月を使って
                                    矛盾のように見えて
                                    実は何か あるんじゃないの?
                                    とエンディングに持っていきたかった。

                                    そしてエンディングの「アカチバラチ」
                                    は全部カタカナにして、くっつけると
                                    いう意地悪に感じるかもしれないが、
                                    文字にすると「赤・血・薔薇・地」
                                    をカタカナにして くっつけたら
                                    結構面白かったので、
                                    何の説明もなく そのままにした。

                                    その前に「回る空」は読んでそのまま
                                    空回りする自分、無駄に終わること。

                                    「すべる空」は誤解のないように断って
                                    おくが森鴎外の作品とは関係ない。

                                    回る空が空回りで無駄骨なら、
                                    すべる空は、対比で まるで空を滑り
                                    物事がキチンと入り込む心地よさを
                                    並べた。ただ それだけのことだ。

                                    そして、先ほど挙げた
                                    「赤」は 赤ん坊でもあり、魔除けの赤
                                    でもあり、政治的な意味もあり、
                                    赤の示し含ませる物は
                                    あまりに多くて書ききれないと思い、
                                    単純に「アカ」と表記した。

                                    「血」は私達の体を流れる血のこと
                                    であり、肉体という存在、物理的な
                                    否定できない存在の象徴として書いた。

                                    「薔薇」は色々な処で使われる表現
                                    だが、私は「美」でありながら、
                                    「トゲ」を連想し、薔薇の持つ優雅な
                                    香りとか臭覚という目に見えない部分
                                    まで存在を訴える象徴として挙げた。
                                    そこに「用心しなさいよ」みたいな
                                    警告も入っている。

                                    「地」は、この詩に欠けている「安定」
                                    の象徴として挙げた。

                                    混沌としている世の中でも、
                                    吟遊詩人は「赤・血・薔薇・地」
                                    と叫んで紫顔で笑顔を作りながら、
                                    すれ違う人には「心からの愛を」
                                    と愛を伝えたいと思って、
                                    寒さを しのぐため地下鉄の通気孔
                                    の上に新聞紙を体に巻き付けて
                                    寝ている。

                                    吟遊詩人にとって豪邸も、
                                    贅沢な暮らしも価値を感じることも
                                    なく、魅力さえ感じない。

                                    ひたすら見えているものが、
                                    あまりに酷いので存在の概念を
                                    持つようになっている。

                                    要約すれば、吟遊詩人は
                                    「赤・血・薔薇・地」と
                                    素直に自分がナイフを持っている
                                    人間であることを自覚しながら、
                                    叫んだり、ささやいたりして、
                                    生きているよ。
                                    という歌なのだ。

                                    音の処理に触れると、
                                    これは私がいけないのだが、
                                    トラックダウンの時に、
                                    せっかく思いを込めて気をつけて
                                    歌い込んだのに、変なエフェクター
                                    をかけられてしまったことだった。

                                    今思うと、そんなバカな…と
                                    思うのだけれど、
                                    この曲のトラックダウンの時、
                                    いつもならビッタリと
                                    スタジオにいるのだけれど、
                                    TD終わったと聴かされた時に、
                                    椅子から落ちそうになった。

                                    若気の至りという私の
                                    大きなヘマだったと
                                    思っている。

                                    歌い方を、かなり変えて
                                    一つに曲中を歌っているのが
                                    全てエフェクターで消されて
                                    しまったから。

                                    「これ違うよ」と抗議したが、
                                    そこに居なかった私が悪いの
                                    だから、強く抗議できなかった。

                                    ヴォーカルの処理が不満なのは、
                                    同じ2ndに入っている
                                    「無彩色の情景」も同じだ。

                                    これは先月の着地LIVEで
                                    歌わせてもらったので、
                                    この歌い方なの!と聴いてもらえる
                                    場があって良かったと思っている。

                                    私は やれ愛してる〜とか、
                                    そういうのが言葉にすると
                                    薄っぺらく感じて詩に 
                                    そのまま入れて書けなかった。

                                    今は、その部分は進歩したかな
                                    と思える。

                                    あまりにも言葉に含ませ過ぎて
                                    しまうとリスナーが疲れる。

                                    シンプルに心地よく…なんて
                                    いうのも良いと思う。

                                    自分で意識して気をつけないと、
                                    幻想的な世界へ行ってしまうので
                                    普通に歌ってもらえなくなる。

                                    CMとかで色々なタイプの
                                    曲を書いてきたせいか、
                                    本人は演歌もフォークも
                                    歌謡曲も何にも抵抗ない。

                                    書くのはジャンルにこだわらずに
                                    書けるので、それだけは
                                    ありがたいと思う。

                                    ただし、自分の世界を描くと
                                    なると話は違ってしまう部分が
                                    あるので、これは難解なイメージを
                                    なるべく消したいと心がける
                                    ようになっている。

                                    もっと、わかり合える表現方法を
                                    進化した形で示すというのが
                                    これからの自分の作品だと
                                    思っている。

                                    もし、私のEpic Sony時代の
                                    作品が再販されて聴く機会が
                                    あったら、Nachikoって
                                    この言葉がキーワドなんだと
                                    思う言葉を、その曲の中に
                                    探してみると違った聴き方が
                                    できると思う。

                                    一曲一曲を丁寧に創ってあるので
                                    すぐにキーワードは見つかると思う。

                                    懐かしくなって、つい2ndの
                                    「あの変なタイトルの曲」と
                                    言われていたうちの一曲を
                                    解説してみた。

                                    2013-12-23 04:39:23投稿者 : Nachiko
                                    この記事のURL コメント(3) トラックバック(0) nice!  あしあと

                                      今回の作品「μμタンバリン」解説

                                      今日は私の4枚目アルバム
                                      「Warming up」のボーナストラック
                                      として入れた「μμタンバリン」に
                                      ついて作者からチョット解説を
                                      しようと思う。

                                      この作品はルイス・キャロルの
                                      「不思議の国のアリス」で表面を
                                      ケーキでいえば粉砂糖でまぶしたような
                                      ギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」
                                      を私なりに暗くならず重くならない
                                      ように一つ一つ言葉を選び、
                                      世界観を ある部分はスケッチ風に、
                                      言語化しない部分を含めて詩を書いた。

                                      メロディは それに負けないように
                                      明るく一見楽しげな雰囲気に仕上げた
                                      ものである。

                                      何といっても「ブリキの太鼓」だ。
                                      これは普通に表現したら、
                                      かなりグロテスクさや重苦しい陰鬱な
                                      展開が出てしまう。

                                      悩みに悩み、修正に修正を重ね、
                                      歌い方も随分何通りも試した。

                                      「ブリキの太鼓」は私の中で かなり
                                      インパクトの強い作品だった。

                                      映画で見た時は本で読んだより
                                      グロテスクさに欠けていたように思えた。
                                      それでも視覚で見た光景は、それなりに
                                      私には印象深かった。

                                      ストーリーは第一次大戦と二次大戦の間の
                                      ダンツィ匕の町を舞台に3歳で大人に
                                      なることを拒否し自らの成長を止めた
                                      少年オスカルと彼の目を通して見た
                                      大人の世界を描くドラマである。

                                      このナチス台頭する前から終戦後に至る
                                      までの世界を3歳で成長を自ら止めた
                                      少年の目からという内容だけだと、
                                      そんなに変わった作品に思えないが
                                      このオスカルは常にブリキの太鼓を
                                      持っていて大人の世界をエロティックに、
                                      そしてグロテスクに表現している。

                                      物語は1899年、オスカルが産まれる前、
                                      カシュバイ人である祖母の話から始まる。

                                      広い荒野で芋を焼いていたオスカルの
                                      祖母のアンナだったが、そこへ警察から
                                      追われた放火魔が隠してもらえるように
                                      頼むが、隠れる場所など無いと
                                      思っていたら、アンナの4枚重ねの
                                      スカートに隠れる。

                                      警察が直ぐにやって来るがアンナは
                                      その放火魔の逃げた場所を適当に答え、
                                      アンナは放火魔をを助けるが、
                                      その時に妊娠してしまったのが
                                      オスカルの母親のアグネスだった。

                                      オスカルは母親の胎内から産まれる
                                      時に、3歳になったらブリキの太鼓を
                                      買ってあげようというのを聞く。

                                      そして3歳の時にブリキの太鼓を
                                      買ってもらい、彼は大人の堕落した
                                      姿を見て決心する。

                                      階段から落ちて自らの成長を止めて
                                      しまうのだ。

                                      それ以来オスカルは身長も伸びず、
                                      成長が止まるが思わぬことに、
                                      大声を上げるとガラスを割る特殊な
                                      能力を身につけてしまった。

                                      そこから大人の 戦争がらみの死や
                                      不倫や、母親が他の男性の子どもを
                                      妊娠している時に嫌いだったはずなのに、
                                      むさぼる様に生魚を食べまくり自殺。

                                      そして、さらに母親に連れて行かれた
                                      ユダヤ人の玩具屋の主人も自殺。

                                      それでもオスカルは生まれて初めて
                                      恋をする。年齢的には16歳にあたる。
                                      そこで恋した女性が妊娠し、オスカルは
                                      自分の子どもだと信じ3歳になったら
                                      ブリキの太鼓を買ってあげることを誓う。

                                      やがて以前あった小人と再会し、
                                      オスカルは黙ってサーカス団に入団。
                                      ドイツ兵を勇気づけるためにフランス
                                      へ行く。

                                      そこで小人の女性と出会い愛し合うが
                                      爆死してしまう。さらに物語は
                                      凄くなる。3年ぶりに家に帰って来た
                                      オスカルの目の前で父親がソ連兵に
                                      銃殺されてしまう。

                                      その様子を見てやっとオスカルは
                                      決心するのだ。

                                      父親の葬儀の日に土に埋められる棺に
                                      ブリキの太鼓を投げ捨て、そこへ
                                      自分も飛び込むことを。

                                      大人になるという決心だ。

                                      その先、まだ続くのだが、
                                      まぁ とにかく映画に関しては
                                      やたらにエログロのイメージがある。

                                      オスカルが生まれてくるシーンも、
                                      馬らしき首から生魚が次々と出てくる
                                      シーンも、生魚を食べまくるシーンも、
                                      そして何より3歳のオスカルが
                                      妊娠させると思わせるシーンなど、
                                      描写がググっとくる。

                                      これだけ書いてもピンと来ないだろうが、
                                      これを音と詩だけにしたら、
                                      はっきり言ってシュールで病的で、
                                      グロテスクな雰囲気を半音や変拍子で
                                      出すしかない。

                                      オスカルが出すガラスを割る声は終始私の
                                      頭にあった。

                                      戦争という不条理で正義なんぞ何の役にも
                                      立たない世界で、人は相変わらず生活し
                                      ありえない死に直面しても次の日から、
                                      また淡々と暮らしていかなければならない。
                                      そもそも自らの成長を3歳で止めて、
                                      大人になることを拒否したオスカルは、
                                      ブリキの太鼓と共に私には注目すべき
                                      存在に写った。

                                      それは私が、さらに重傷なのかも
                                      しれないが よく母の子宮に戻りたいと
                                      思うことが多いから共鳴できたのだと
                                      思う。

                                      海に理由なく浸かっているのが好きなのも
                                      海水が羊水と似た成分だと知ってからだ。
                                      小さい時から、ただ海水に浸かっているのが
                                      好きだった。

                                      何故こんなに好きなのか、わからなかった。
                                      羊水と似てると知って納得した。

                                      オスカルにとってブリキの太鼓とは
                                      何だったのだろうか。

                                      私は自分の詩の中ではタンバリンに
                                      置き換えた。

                                      それもオスカルにとっては、いつも持って
                                      いたキーワードとも言えるブリキの太鼓を
                                      私はμというサイズと考えた。
                                      宇宙規模で考えたらオスカルのブリキの
                                      太鼓はμμくらいではないか?

                                      大人になるとは現実を知ることであり、
                                      自己抑制も出来ることも含まれる。

                                      しかしこの物語の登場人物は、そんな事は
                                      おかまいなしで、不条理な死に慣れっこに
                                      なっている。

                                      全てへの拒否・怒り・投げ掛けを
                                      私はオスカルが叫ぶとガラスを割るという
                                      超能力に表現していると捉えた。

                                      この地球という惑星の中で戦争があり、
                                      どの時代でも共通している「正義」
                                      「真実」の無価値さを笑い飛ばしたかった。

                                      それには奇麗なファンタジーを
                                      思い浮かべるルイス・キャロルの
                                      「不思議の国のアリス」のエッセンスを
                                      振りかけてファンタジー色を入れれば、
                                      この どんよりしたオスカルの世界は
                                      違うカラーになって生まれ変わるだろう
                                      と思った。

                                      本当はピュアでいたかったのだと私は
                                      解釈している。

                                      ブリキの太鼓は「ピュアな魂」でいたい
                                      願望を叫び続ける道具だったのでは、
                                      ないだろうかと思った。

                                      対比として、「不思議の国のアリス」では
                                      つまらない理由でアリスは身長を7センチ
                                      大きくして下さいと頼み、芋虫に
                                      叱られている。

                                      片方は、真っ向から人間の醜さを見て
                                      成長を自ら止めたというのに、
                                      片方は、夢のような世界で考えもなしに
                                      7センチの身長増加を頼むのだ。

                                      これは二つを組み合わせると面白いと、
                                      私自身 勝手に燃えてしまった。

                                      「魔法」という言葉は非常に便利なのは
                                      説明するまでもない。

                                      「遊ぼう」という言葉が持つ意味合いが、
                                      実は楽しそうだが、恐ろしい大きな暗雲を
                                      秘めた言葉であるのも理解して
                                      もらえると思う。

                                      唯一、この作品が「ブリキの太鼓」が
                                      ベースであることを示すため歌詞の中に
                                      「スカートの中は ふかふかベッド」と
                                      冒頭に持ってきた。

                                      4枚重ねのスカートに放火魔が隠れた
                                      ことが大きい。

                                      4枚重ねのスカートの中は、まるで
                                      ストーリーの発火点であり、もしかしたら
                                      この世界では一番の安らぎの場だったと
                                      逆説的に考えることもできる。

                                      そんな思いから詩が出来上がった。

                                      あえて詩には書かなかったが、
                                      私は「不思議の国のアリス」に
                                      出てくるティーパーティーが
                                      大好きだ。

                                      何かの記念日を祝うのでなく、
                                      「何でもない日を祝う」という。
                                      この考え方は、何もなく過ごせること、
                                      平凡に感謝することに繋がる。

                                      それでタンバリンを鳴らしたら、
                                      「蝶々がパンになる」というサビに
                                      明るくもっていった。

                                      食べ物に困らない平和な世界を意味する。

                                      ブリキの太鼓は拒否の象徴だったが、
                                      私のタンバリンは、もっと物事大きな
                                      視点から捉えたら 現実なんて真剣に
                                      突き詰めちゃダメだよ!という、
                                      もっと 陽気に行ってもいいんじゃないの?
                                      と投げかけてみた。

                                      そうやって詞曲をつけたが、今度は
                                      歌い方だった。

                                      最初はオスカルを連想してAメロの歌い方を
                                      鼻にかけて大きく揺れるヴィブラートを
                                      たっぷり入れて歌っていた。

                                      バックも玩具箱をヒックリ返したような
                                      感じにした。
                                      ホイッスルを入れてメチャメチャ感を
                                      出したかった。

                                      しかし、それでは あまりにも幼稚に聴こえた。
                                      それから散々悩んでウネリのある独特の
                                      感じをと思い始めていった。

                                      歌い方は、わざと全く抑揚のない棒歌にした。
                                      まるでソフト音声が歌っているかのように
                                      感情も何も消して音程だけ正確に歌ってみた。

                                      こうして出来上がったのが
                                      今回アルバムに加えられた「μμタンバリン」
                                      なのだ。

                                      この手の音楽で溢れているので聞き流す
                                      人は多いと思う。
                                      しかし このような意味合いで
                                      出来た曲だった。

                                      2013-12-22 07:47:30投稿者 : Nachiko
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                                        心を楽にするには…3⃣

                                        私達の心が楽でなくなってしまう時の
                                        要因にストレスは大きな要因だが、
                                        そのストレスの要因を
                                        自ら作り出していることは
                                        ないだろうか?

                                        喜怒哀楽は人間の特権でもある。
                                        しかし、その喜怒哀楽が
                                        とんでもない重荷となって
                                        自分の背中にのしかかっている
                                        場合があることがある。

                                        よかれと思ってやった事が、
                                        逆の効果を引き起こして
                                        自分の心を苦痛にするのだ。

                                        よく 誤解とかコミュニュケーション
                                        不足とかで片付けられる事がある。

                                        それだけで済むのだろうか?
                                        物理的な話をすれば人間は
                                        隣りにベッタリ人に居られると
                                        息苦しいとか苦痛だ、とか不快
                                        だとか訴える。

                                        適度な距離感を必要とする。
                                        電車に乗っても本当は、
                                        個人差があるものの
                                        4〜5センチとか最低離れて
                                        欲しいと思う人が多いと思う。

                                        降りる駅が決まっているから、
                                        少しの間だと思えるからこそ
                                        我慢が出来る。
                                        それが何処で降りるか
                                        わからなくて ずっと我慢して
                                        いなければならなかったら…
                                        それも心はイライラや煮詰まりの
                                        原因になる。

                                        これは物理的な事なので、
                                        自分から離れるとかして
                                        対策はある。

                                        しかし日常生活で心の距離間
                                        とは、どうやったら取れるのだろう。

                                        人を傷つけることなく
                                        「NO」を言える人こそ
                                        人と上手に距離を取り、
                                        自分を主張することが
                                        出来るのではないだろうか。

                                        ここで一言 断っておくが、
                                        もし これを読んでいて
                                        口癖に「どうせ~」とか
                                        「私なんて」とかいうのが
                                        あるなら辞めた方がいい。

                                        その後には自己否定に
                                        繋がる思考しか湧いてこない
                                        からだ。

                                        話は戻るが、上手に「NO」を
                                        言える人間になるためには
                                        ちょっとした工夫をするだけでいい。

                                        人にされて嫌な事は自分も人に
                                        しなければいいという事だ。

                                        もっと具体的に書くと、
                                        ありのままの自分を受け入れた自分が、
                                        まず人と接する時、
                                        最初に第三者を受け入れる姿勢を
                                        示すことだ。

                                        相手の立場を理解するという事に
                                        繋がる。

                                        とかく急いでいる時や忙しい時や
                                        自分の事で精一杯の時は、
                                        そんな当たり前と思われることさえ
                                        見失われがちなのである。

                                        ここで先に書いたEQの話が出てくる
                                        のだが、EQを伸ばすように
                                        心がけている人。
                                        つまり自分を把握できている人は、
                                        相手に共感することができる。

                                        自分を把握できていれば
                                        自分の良いこともハッキリ見える。

                                        これを組み合わせると、
                                        たとえば何か頼まれた時を例に
                                        出すと、○○さんが××で大変なのは
                                        よくわかります。
                                        しかし今私は○○をコレだけ抱えていて
                                        かえって中途半端になると失礼なので
                                        お引き受けできません。

                                        というような言い回しが自然と出てくる。
                                        これはアサーションと呼ばれるスキル
                                        で、難しいことではない。

                                        自分のことをまず考えるが、他者も
                                        配慮する自己表現の仕方のことだ。

                                        自分も相手も大切にした自己表現だ。
                                        平木典子先生の本によると、
                                        アサーティブな表現をするには、
                                        四つのステップを踏んでセリフを
                                        考えておくことが必要だという。

                                        1、描写する
                                        自分が対応しようとする状況や、
                                        相手の行動を描写する。
                                        客観的、具体的、特定の事柄、
                                        言動であって、相手の動機、意図、
                                        態度などではない。

                                        2、表現する、説明する、共感する
                                        状況や相手の行動に対する自分の
                                        主観的気持ちを表現したり、説明
                                        したり、相手の気持ちに共感する。
                                        特定の事柄、言動に対する自分の
                                        感情や気持ちを建設的に、
                                        明確にあまりに感情的にならずに
                                        述べる。

                                        3、特定の提案をする
                                        相手に望む行動、妥協案、解決策などの
                                        提案をする。具体的、現実的で、小さな
                                        行動の変容についての提案を明確にする。

                                        4、選択する
                                        肯定的、否定的結果を考えたり、想像し、
                                        それに対してどういう行動をするか
                                        選択肢は具体的、実行可能なもので、
                                        相手を脅かすものではないように
                                        注意する。
                                        このステップで大切なのは1と2を
                                        キチンと区別する。

                                        1は誰でもが認めることができる、
                                        ある程度客観的な事実を主観を
                                        交えずに述べる必要があるということ。

                                        自分の怒りや傷ついたことも、
                                        このプロセスを踏めば、
                                        自分が傷ついたときには、そのことを
                                        穏やかに相手に伝え、
                                        再びそんなことが起こらないように
                                        努力してもらうお願いをすればよい
                                        としている。

                                        そこで、相手を責めたり、非難したりする
                                        ことはないというわけになる。

                                        自己表現の第一歩は自分の気持ちを
                                        明確に把握することが大切だという
                                        ことがわかると思う。

                                        心を楽にしない感情の一つに今
                                        「怒り」を例に出しているが、
                                        「怒り」の感情は自分が出しているもの。

                                        自分が怒りの所有者であることを
                                        認め、だから自分でどうにかできる、
                                        と考える。

                                        出来れば怒りの程度が穏やかなうちに
                                        表現しておくことが大切だけれど、
                                        強い怒りになっている時は
                                        「相手に脅威を与えないように、
                                        しかし、はっきり『何がいやか』
                                        『どうして欲しいか』を伝えることが
                                        大切だとしている。

                                        日本人の察するとか、空気を読むことが
                                        美徳みたいな風潮も、案外
                                        自分の心を楽にする邪魔にしているのでは
                                        ないか?

                                        表現には「非主張的な表現」と
                                        「攻撃的な表現」が他にあるが、
                                        私は、自分の気持ちを大切にして、
                                        お互いに良い関係を作って、気持ちよく
                                        人と関わって生きていくために、
                                        アサーティブな表現が自然に出来る
                                        ようになりたいと思う。

                                        色々述べてきたが、
                                        まず「比較の思考」を持たないこと。

                                        こちらに知られていないだけで、
                                        どんな事情を相手が隠れた部分に
                                        持っているか分からないのだから、
                                        比較など有り合えないと思った方がいい。

                                        どんなに良い物、高価な物を持っていても、
                                        どんなに平和に暮らしているように
                                        見えても何処にどんな問題を
                                        抱えているか分からない。

                                        「私は私」「あなたはあなた」
                                        もっと言ってしまえば
                                        「I am OK」「You are OK」なのだ。

                                        自分を受け入れるのは最初は
                                        抵抗があるかもしれない。
                                        そこから新しい自分が始まる。

                                        何気なく吹いていた風に
                                        季節の匂いを感じるようになれる。

                                        道ばたの小石に、何処から来たのか
                                        思いを馳せることができる。

                                        空を見て、天気ばかり気にするのでは
                                        なく 自然の恵みを身体に吸い込もうと
                                        深呼吸をする気になれる。

                                        心を楽にするということは、
                                        実は自分を把握することが
                                        まずは最初の一歩であり、
                                        ありのままの自分を受け入れて
                                        肯定できることが早道なのだと、
                                        私は考察している。

                                        そのために様々なスキルがあるのだろうと
                                        書店に行って並ぶ本を見ると考える。
                                        机上の空論を振り回しても仕方ない。
                                        現実的に心が楽にならなければ、
                                        どんな事をやっても無駄だと思う。
                                        一時的に逃避しても何もならない。

                                        人間は無理な頑張りは続かない。
                                        これも心を楽にしない。

                                        私は頑張らないこと、比較しない事、
                                        ありのままを受け入れること、
                                        そして どんな小さなことでも
                                        自分に備わった物に誇れると思う箇所や、
                                        日々の暮らしや、友達や家族に、
                                        毎日感謝の気持ちを持てるように
                                        なれたら、心がとても楽になると
                                        断言する。

                                        何故なら、あなたが人に感謝の心と愛を
                                        持ったら、あなたの心と身体は
                                        あなた自身に、それらが向けられている
                                        という事を知るからだ。

                                        これは面白い事なのだが、人に感謝の
                                        心を持てない人は絶対に感謝される
                                        こと無く生涯を終える。

                                        人に愛を注いだことのない人も誰からも
                                        愛されず生涯を終える。

                                        脳の仕組みもそうなのだが、
                                        エネルギー保存の法則は
                                        こんな処にも働いているのだと
                                        私は感嘆するのだ。

                                        2013-12-21 07:37:56投稿者 : Nachiko
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