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Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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スーパームーン

さすがに今日はスーパームーンについて
触れないわけにはいかないだろう。
なったって2014年は1月1日が
スーパームーンで、しかも同じ月の
30日にもスーパームーンがあるという
特殊な年なのだから。

そもそもスーパームーンとは何なのだろう
かというと。

wikiの説明だと
地球を周回する公転軌道が楕円の
ため地球と月の距離は変化しているが
中でも地球に最も近づいたとき
(近地点)に満月または新月を
迎えることをスーパームーンという。
一年に一回のペースで見られる。

2011年のスーパームーン
(地球から月までの距離:
 35万6577km)では、地球から
最も遠い距離
(遠地点・同約41万km)にある
ときの満月と比較して14%大きく見え、
30%程明るく観測された(NASA)。

また、特に最接近して近地点から
前後1時間以内に満月を迎えることを
「エクストリーム・スーパームーン」
(ExtremeSupermoon)と
呼ぶ場合があり、およそ18年に
1度の割合で観測できる。
(1950年以降では、1955年
1974年 1992年 2011年が
該当する)
………………

スーパームーンの時には大規模な
自然災害や社会的な暴動など
不吉なことが起こると
一部で騒がれているが、実際には
潮位の干満差が少し大きくなる程度で
科学的根拠はないとされている。

しかし深さ40km以内の比較的浅い
地点で起こる地震については
月の引力により断層にかかる力が
大きくなればなるほど
地震が発生しやすくなるという
学説もある。

このスーパームーンと自然災害の
結びつきに関して色々取りざたされる
のも東日本大震災が発生した直後や
スマトラ島巨大地震が発生したときも
スーパームーンだったからだと思う。

そういう目で追うと、
今年の1月1日のスーパームーンは
過ぎてしまったが12月31日に
インドネシアで数万人が避難する
ような大規模な噴火が発生し、

1月1日にはバヌアツ沖で
M6.6の地震が観測されている。
スーパームーンの影響は1週間ほど
続くと言われている。

過去をちょっと見てみると
2005年のスーパームーンの2日後

2005年1月12日に発生した
大西洋沖でM6.8の地震

2011年のスーパームーンの5日後
2011年3月24日に発生したミャンマー
でM6.9の地震

2004年12月に発生したスマトラ島沖
地震M9.3は、
2005年1月に観測されたスーパームーン
の2週間前に発生。

1974年12月に発生し、オーストラリアの
ダーウィンを襲った「トレイシー台風」
もスーパームーンの時期と重なっている。

今はスーパームーンについて書いているが、
これは最初に述べたように、
最大の満月とも受け取れる。

今年は1年に1回とされている
スーパームーンが3回もあるのだ。

今年最大のスーパームーンは
8月11日。同日午前2時43分に
月が地球に最も近づき
(約35万7,000km)同3時9分に
満月となる。

視直径は約33分角。
最接近と満月とが1時間以内に
起きるので、とくに
「エクストリーム・スーパームン」
という。

今年の1月は かなり興味深い。
もう過ぎてしまったが
国立天文台によると
1月16日が今年最も月が小さく
見えたというのだ。

この日の午前10時53分(日本時間)
に最も地球から遠ざかり
(約40万7,000km),
同日午後1時52分に満月となった。
この満月の地球から見た大きさ、
視直径は約29分角
(平均は約31分角)と最小。
今年の1月って何か
いつもと違う1月だったかと
考えてしまう。

確かに挙げればスーパームーンの年の
細かい自然災害はあるのだけれど、
スーパームーンと関係ない時期でも
1992年フロリダのハリケーン・
アンドリュー

2010年ハイチ大地震

1960年M9.5を記録した
ヴァルディヴィア近海を震源とする
チリ地震

など地球上では絶えず何かしらの
災害が大小なりとも起きている。

そもそもスーパームーンというものが
「満月」というシロモノだから
スピ系の人達や占いなどでは
大きく取り上げる傾向があるのでは
ないかと思う。

スーパームーンに関して別の意見もあり、
月のパワーが増すので
「幸運の時期」として願い事をする、
という流れもある。

片方は災害を恐れビクビクし、
片方は幸運の時期で、願い事をすれば
叶うからと喜んで待つという
受け取り方が180度違うのだ。

確かに「満月」「月」に関しては私も以前
とても興味を持ち、何冊も本を
購入したことがある。

ヒーリング系から月と人間行動の
統計の本とか興味深い内容だった。
そこで私が確信を持ったことが、
幾つかあった。

潮の満ち引きが月と大きく関係して
いるわけなので、身体のほとんどが
水分で出来ている人間が何らかの
影響を受けないはずがない。

アメリカで満ち潮と引き潮での
事件や病院での統計を取ったものが
あった。

満ち潮の時は事件が多く、
人が産まれる数も多く、手術をすると
出血量が多い。

逆に引き潮の時は人は興奮せず事件も
少なめで、人が亡くなることが多い。
手術をしても出血量が少ないとあった。
これが満月だと増長されるのである。

とても興味を持った私は
ムーンカレンダーを買って、
月の状態で動いていた時期があった。

祖父が危篤になった時も祖母が
危篤になった時も、
潮の満ち引きがわかる時計をして
気にして見ていた。
ピッタリと引き潮の時間に召された。

こういう潮の満ち引きと人間の
生死や体調は関係あると
漠然と信じるようにされた気がする。

科学的にも実証されている部分は
あるだろう。
しかし何故、引き潮の時に召されるのか
が、私には謎で仕方ない。

話は少しそれてしまったが、
こんな満月というか、月という存在が
大きな災害に遭った人間の心に
不安や恐れを抱かせないわけがない。

でも私は大宇宙に生きる者として、
それも一つの自然の姿なのだとしたら
凄いと思う。

様々な陰謀説などが、ささやかれている
現在 月の動きを見ながらネガティブに
捉えず自然界の一部として共に生きて
いけたら良いと思う。

月光浴とかロマンがある。
私が以前第二楽章を弾くのに
苦労したベートーベンの
「月光」の第一楽章なんて、
簡単なようで ソフトで深みのある音
を出すのに細心の注意を払ったが
素晴らしい。

月を美しいと思えたら、
それって幸せなのかもしれないと
思ってしまうのだ。

2014-01-29 21:17:07投稿者 : Nachiko
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    ライオンブックス1⃣手塚治虫全集より「あかずの教室」

    さて今回はライオンブックス1⃣
    手塚治虫漫画全集に納められている
    最後の短篇である。
    この「あかずの教室」は
    これまでと違ってSFといっても
    毛色が違う。

    宇宙ものではない。
    捉え方によっては心霊ものに
    分類する人もいる分野でもある。

    ストーリーは、二人兄弟の弟の
    ヒトシが主人公で
    彼の周囲では物がなくなったり、
    石が無数に降ってきたり、
    家具や色々な物が動いたり、
    それこそ不思議な現象が起こる
    のである。

    物語が進むに連れてヒトシが
    兄に大きな嫉妬を持っていた
    事がわかってくる。

    思春期の子どもが思い通りに
    ならない苛立ち、兄のお古を
    着せられることの不満など
    精神的な抑圧を抱えていること
    が判明してくる。

    そしてヒトシの周囲に起きていた
    不可解な現象はヒトシが念じた
    通りに物事が動いていただけだと
    わかってくる。

    超心理学世界超能力開発機構の
    理学博士が両親を訪ねてきて、
    ヒトシが念力でポルターガイスト
    現象を起こしたと現場を見て叫ぶ。
    ポルターガイストは特に、
    子どもや思春期の若者の強い性的な
    欲求のはけ口や不満の はけ口として
    引き起こす現象だと説明する。

    兄と同じ高校に進学した弟の
    ヒトシは、兄の恋人を好きになる。
    しかしその恋人は父親がドイツ人で
    高校を卒業したらドイツに帰らなければ
    ならないという。

    結婚したいという兄は、ヒトシに
    結婚を阻止され恋人を教室に
    閉じ込められ醜く変えていかれる。

    そこでヒトシの超能力を知る兄だが、
    兄はヒトシの前から恋人を追って
    ドイツに行ってヒトシの前から
    姿を消すから もう自分の存在を
    気にすることはないと話す。

    そこまでのヒトシからの兄への
    不満・忍耐とかを吐き出すシーンが
    この超能力を引き出したと思わせる
    ように書いてある。

    兄が自分の前から姿を消すことを
    知るとヒトシから超能力が消える。
    そして普通の人間になる。
    最後にポルターガイストの説明文が
    書いてある。

    この作品は昭和46年6月21日号
    少年ジャンプなので、いかに手塚治虫
    が広範囲に渡って様々な分野に目を
    向けて作品を世に出していたかが
    わかる。

    この作品ではポルターガイストを
    扱ってはいるが、兄弟の難しい
    葛藤も上手に描いている。

    男兄弟で とても親しい人もいるだろうが
    どうしても どちらかが劣等感を
    持ってしまったり、均等に
    愛されていない気持ちになることは
    ないだろうか?

    その思春期の心理の状態を
    ポルターガイストを使って表現する
    という二重の厚さで短篇を
    仕上げている。

    記憶として印象的なポルターガイスト
    では私達は映画『エクソシスト』
    なのではないだろうか。

    実際にポルターガイストの報告は
    古くからあり、
    少し調べただけでも

    1661年−1663年
    イギリスのテッドワースで起きた現象。

    1714年ー1747年
    (寛保から延亭年間)のころ江戸で
    起きた次のような事例が1839年
    (天保10年)ごろに出版された
    東随舎の手による
    『古今雑談思出草紙』に記述がある。

    さらに調べると最も古い記録は
    「ニッケル博士の心霊現象謎解き講座」
    (ジョー・ニッケル著 太田出版
    2000年度)を参考にすると
    紀元前6世紀にリビウスというローマ
    の歴史家が、石が雨のように降ったと
    記録を残している。

    書ききれないくらい その報告はあがっている
    ので検証は熱心にされているにも
    かかわらず、懐疑主義者の研究者が
    来ると急になりを
    ひそめてしまうという点だ。

    懐疑主義者でポルターガイストを経験
    した人は少ない もしくは皆無とか
    言われているほどだ。

    そしてポルターガイストを
    子どものイタズラ、精神的に不安定な
    大人がやったこととして片付けるのだ。

    しかし警察が入るほど人間の力では
    考えられない怪現象が起きているのも
    否定しようのない事実で、
    悪霊の仕業とか考える人達が出てきても
    不思議ではない。

    手塚作品では、悪霊とか持ち出さず
    あくまで兄に体する不満・嫉妬などの
    思春期で増幅された歪んだパワーが
    そのような超常現象を起こしたと
    描いている。

    他の作品では宗教や霊の世界を
    ふんだんに取り上げて描いているので、
    手塚作品を読む場合は、
    この作品に関しては手塚先生の
    スタンスは こういうスタンスで
    描いておられるのだと含んで読む
    必要がある。

    決して霊的世界も否定しておられない。
    それは ご自身が医師として
    人間の生死を通して教科書や科学では
    説明できない目に見えない世界の
    存在を十分にご存知だったからだと
    思う。

    この短篇では超能力でも
    ポスターガイスト一つだけに絞って
    描いて下さっているのも
    非常にわかりやすい。

    ここでも兄弟の兄弟ゆえの隠れた葛藤、
    見落としがちな本人にしか
    わからない、こちらが気遣って
    あげなければわからない思いやりを
    そっと教えている。

    私達は普通に生きているだけで、
    人を傷つけているということを
    こんなところで教えてくれているのだ。

    知らず知らずのうちに犯している罪を
    手塚治虫という人は俯瞰的に
    眺めて悟っては作品に、
    色々な興味ある話題や現象を使って
    根底にメッセージとして、
    訴えているのだ。

    私達は手塚治虫の作品から
    幾つ その深いメッセージを受け取れる
    ことができるのか。

    目先の目くらましの話題や表の
    ストーリーを自分の都合で
    勝手に受け取ってやしないか。

    かなり辛辣で痛烈な批判や、皮肉
    警告 反省を促すメッセージを
    見落としてやいないか。

    単なる男女の物語として済ませてや
    いないか。

    今回1⃣巻だけを丸々取り上げたが
    そんなことを考えさせられた週だった。

    2014-01-28 16:42:47投稿者 : Nachiko
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      ライオンブックス1⃣手塚治虫全集より「はるかなる星」

      今日も引き続きライオンブックス1⃣から
      なのだが、書きたくなる内容なので
      ご容赦を。

      この「はるかなる星」は人間が
      火星に移住したことを前提に
      書かれている。

      専門家の間では以前から他の惑星
      への移住に関して色々研究されて来た。
      特に火星は長いこと その対象であった
      ことは言うまでもない。

      しかし手塚治虫が この作品を書いた頃
      ここまでの発表はされていなかったと
      思うのだ。

      まずは作品の あらすじから書こう。
      これが また短篇であることに
      驚いてしまうのだが。

      ある日、火星でロボットである
      大和路明が保存課長に呼び出される。
      そこで「あなたの肉体が行方不明です。
      はっきりいうと脱走しました。」
      ときかされる。

      大和路明は火星開拓士なのだ。
      火星開拓士は火星の厳しい
      環境にあわせるため、肉体から
      脳髄だけを取り出し、サイボーグ体に
      移植する。

      そして暫くの間使わなくなった肉体は、
      つまり魂の抜け殻は、かわりに
      電子頭脳をはめこんで保存してある。
      任務が終わったら元の肉体に戻して
      もらう。

      そんな中で大和路の保存してある
      肉体だけが動きだして逃げたという
      のである。

      輸送ロケットにまぎれこんで地球へ
      逃げたらしいという。
      火星から地球に移るために体が
      もたないという。

      いずれ潜函病のように体が膨れて
      死んでしまうはず。
      期限は地球へ着いてからせいぜい
      一週間。

      それを聞いて大和路は人間の体の
      自分を取り戻しに、自分が
      「人間である」という証明書を
      書いてもらって地球にロボットの
      体のまま地球へ向かうのだ。

      ロケット乗り場で
      「あの格好じゃ地球じゃ苦労
      するだろうな」と言われながら。

      ニューヨークにいることがわかり、
      向かうと さっそく人間に
      「ここは人間様の町だ。てめえの
      ような機械ののさばる所じゃねぇ」
      と暴行を受ける。

      抵抗してポリスに捕まり、証明書も
      見つかり人間だとポリスは知るが
      「日本人」ということもあり、
      暴行は暴行だと無茶なことを
      言われ一週間の留置を言い渡される。

      ここで大和路がいくら自分の
      自分の体を盗んだ電子頭脳が
      死んでしまうと訴えても
      聞き入れてもらえない。
      仕方なく脱走する。

      一方電子頭脳の大和路の体は、
      電子頭脳を作った博士を尋ねる。

      そして自分が電子頭脳同士に
      人を好きになる回線があって、
      その好きになった恋人の
      置いてある場所を教えて欲しいと
      聞いてくる。

      博士から日本の東大地震研究所
      に送られたと教えられると、
      恋人に会えたら そのあと
      どうなってもかまわないと
      言い切る。

      ロボット姿の大和路は行き場を
      なくして実家の日本に行く。
      しかし、その姿から酷い拒絶にあう。

      そこへ人間の姿の電子頭脳の
      大和路が帰ってくると家族は
      大歓迎する。

      迫害されながらロボット姿の
      大和路は過ごす。

      家族に歓迎されていたはずの
      電子頭脳の大和路は徐々に、
      家族が本物ではないと気づき
      はじめる。

      そして期限の七日目
      電子頭脳の大和路は東大の
      研究室に行く。

      恋人はオタケビ岳の地震計測所に
      行っていると聞かされる。
      研究所を見張っていたロボットの
      体の大和路は中から出てきた、

      人間の体の自分を追いかける。
      行ってみると火山の活動を
      調べるために火口壁の底に
      すえてあると教えられ、
      会えなくて電子頭脳の大和路は
      ガッカリしながら火口に向かう。

      その遥か下に機械の恋人がいた。

      そこにロボットの大和路が追いつき
      今日中に地球を出発しなければ!
      と迫ると、
      「あれと一目会うことができれば
      火星へ帰ろう」と約束する。

      ロボットの大和路は火口に降りて
      行くが重さで綱は切れてしまう。
      もうダメかと思うと、
      電子頭脳の大和路は二本の綱を
      下げてよこし片方をロボットの
      大和路に、片方を恋人に
      結ぶように言う。

      恋人が測定器なのを知っている
      電子頭脳の大和路は
      「測定器をのぞいてみてください。
      MM4489があるかどうか。」
      「ああ、電子頭脳だ。見える。
      測定器の中核だな。」
      とロボットの大和路が言うと
      「それが私の仲間だ。
      一目でも会いたかった。
      さぁ、その測定器を力いっぱい
      押して下さい。
      それを火口の中へ落とすんだ!」
      そう叫び、測定器が落ちたので片方に
      結んであったロボットの大和路は
      上に引っ張られ無事助かる。

      そしてロボットの大和路は
      電子頭脳の人間の大和路を連れて
      ロケットに乗る所で終わる。

      最後にロケットの中で
      電子頭脳に向かって
      「恋人と無理に引き離されて
      何年も火星に閉じ込められて
      いちゃ…人間だって我慢
      出来ないよな」と言っている。

      この作品が昭和48年1月22号の
      少年ジャンプに掲載されたという
      のだから脅威でしかない。

      火星に関しての綿密な調査は
      ずっと行なわれてきたものの、
      現在発表されている情報でも、
      米航空宇宙局が火星探査中の
      無人機「キュリオシティ」の後続機
      を2020年に打ち上げる計画を
      発表し、宇宙ファンの間で
      「火星移住計画の事前調査?」
      という声が上がっている。

      有人火星探査を30年代半ばまでに
      計画している米国。

      その先の壮大な移住計画の事前調査
      への期待が膨らんでいる。

      しかし民間は もっと凄い。
      オランダに本拠地を置く非営利団体
      「Mars One」が2023年に人間を
      火星に移住させることを計画している
      という情報が出ている。

      Mars Oneでは、2016年から
      必要物資をロケットで火星に送る
      作業を始める計画だという。
      ただし、これは片道旅行だ。
      火星に着いたら地球に帰る計画はない。
      と書いてある。

      火星関係について調べると、いかに
      人類が探求してきていたかが、
      わかるのだが手塚作品が それを
      この時代にすでに予期して、
      しかも過酷な環境という事から
      ロボットに脳髄を埋め込んだ人物・
      本物の人間の体に電子頭脳埋め込み
      をした人物と二人に分けて描いて
      いるところがゾっとする。

      人間が人工的に二分割されるわけだ。

      しかもストーリーでは「開拓士」
      という職業が公に人々に認められて
      おらず、ロボットのくせにという
      セリフから、ロボットである
      ということだけで下に見られ、
      差別を受けていることがわかる。
      そのロボットが実は破壊力が強く
      人間より強いことも描いてある。

      しかも想定外の電子頭脳同士の恋
      として描かれている内容は、
      「人間が支配可能だと思っている
      科学の進歩も操作不能の事がある」
      という呼びかけに思えてならない。

      自分の脳髄を持った外見ロボットの
      大和路が迫害を受け、電子頭脳の
      魂の無い人間の大和路が迫害を
      受けないという点も、
      現代社会に そのまま通じる内容だ。
      楽に生きるなら「魂」など
      持たない方が良いのだ。

      人を傷つけることを何とも思わない、
      自分だけ良ければ幸せ、痛みを感じない。
      裏切ることとか罪悪感など一切持たない。
      ひたすら優秀な学問と知識だけ持つ。
      体は人間でも中身は電子頭脳。

      それにひきかえ、外見は見劣り
      中身は感受性と人への愛で溢れている
      人達が どれだけ違った暮らしをして
      いることか。

      手塚治虫はチラっと家族が電子頭脳の
      大和路を家族が見分けた所で、
      家族の愛に触れている。

      自分が死ぬからロボットの大和路は
      人間の体を取り戻しに行ったのだろうか?
      分割された自分の体が戻らなくなることを
      焦ったのだと思う。

      これは永遠のテーマではないかとも
      受け取れる。

      自分で自分を取り戻すこと。
      自分を探しに行くことは流行った時期も
      あった。

      さらに、私が うわっと思ったのは
      この電子頭脳が並ぶシーンの描写だ。

      映画『マトリックス』さながらでは
      ないか。

      映画『マトリックス』については
      語り出したら、何日書いても
      収まらないほど書きたいことがある
      のだが、この仮想現実の世界、
      操作されて見せられている世界が
      あるとしたら「今」は本物なのか?
      という突き詰めていく問題になる。

      現実的な話で私は並行現実をも
      信じているし、マトリックスの世界も
      ありえると思っているので手塚治虫の
      作品は一体何処から来るのだろうと、
      いつも首をひねるのだ。

      あまりに多岐に渡っており、
      次元を超越し宗教や科学の過去未来をも
      すべてを見てきかのような、見ることの
      出来ない奥行きと壮大なスケールに
      手塚治虫という人間の体をした人智を
      超えた存在が 人間の親しみやすい
      手段で子どもから大人まで馴染める
      内容を合わせて連発し、中には
      同じ作者が書いたと思えない作品まで
      あり、その影響力の大きさから
      沢山の漫画家を世に送り出し
      現在に至っているのである。

      必ずといっていいほど、手塚作品には
      警告じみた内容を感じる。

      人間が「絶対大丈夫」と信じているもの
      に対して「NO」を叩き付けている。

      人間が支配できるはずのコンピューターが
      勝手に意志を持ってしまったり、
      ロボットが意志を持ってしまい自由に
      ならなくなったり、必ず人間の力の
      限界とか機械を制御できない場合がある
      ことを提起している。

      これは過去を遡っても文明が滅びた原因を
      知っているのではないかとさえ思えるのだ。

      物事に「絶対」などあり得ないことを
      擬似的な表現や比喩的表現で、
      それは男女の恋愛感情に置き換えたり、
      親子の感情に置き換えたり様々な
      わかりやすい形にして諭している。

      おうおうにして手塚作品に関しては
      感想を書くと内容が重いので、
      こちらも長くなってしまう。

      短篇も長編も関係なく、しっかり
      メッセージを発するところが
      超人としか表現のしようがない。

      2014-01-27 18:01:41投稿者 : Nachiko
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        ライオンブックス1⃣手塚治虫全集より「荒野の七ひき」

        引き続きライオンブックス1⃣の
        手塚治虫全集からだが 今日は
        その次に納められている作品だ。
        まず私はタイトルに目がいった。

        作家にとってタイトルに数字を
        盛り込むということは なかなか
        意味があるからだ。

        「7」という数字が どんな数字か
        考えたことはあるだろうか?

        普通に考えても私達は
        七福神 七草 七不思議など親しみを
        感じる。

        人気は「ラッキーセブン」とか
        言われているせいか自動車の
        ナンバープレートの希望番号制で、
        「・・・7」は抽選対象となっている。

        興味深いのは私が以前 脚本&構成の
        勉強に通っていた時、登場人物は
        7人までを目安にと教えられたことだ。
        これは人間の短期記憶として平均で
        7個のことを覚えられるということから
        登場人物の名前も7人を最高に多く
        設定するというのが基本なのだと思う。

        これが宗教的になると もっと色々
        出てくる。

        wikiにも書いてあるが、
        キリスト教では新約聖書のヨハネの
        黙示録に「7つの門」が登場し、
        人間を罪に導く可能性がある欲望や
        感情を「7つの大罪」としている。
        キリスト教では7大天使。
        1週間は7日(うち1日は安息日)

        西洋で7が幸運の数とされている
        ので、「ラッキー7」は
        その影響かと言える。

        仏教でも初七日から七七日
        (四十九日)、年忌(「七回忌」
        以降は日本独自)など
        わかりやすい処に7は登場する。

        7をタイトルに入れた作品は、
        あまりにも多くて挙げたら、
        かなりの量になる。

        有名どころでは
        「007」
        「七人の侍」
        「荒野の七人」
        「ウルトラセブン」
        「ぼくらの七日間戦争」
        探せばドンドン出てくる。

        おそらく7にこだわって面白かった
        のは タイトルに7が付いていない
        ようで映画『NANA』なのでは
        ないだろうか。

        主人公の名前が「7」で、住んでいる
        マンションの家賃も「7」で、
        部屋番号まで「707」という
        こだわりようだったのは記憶に
        あるのではないだろうか?

        白雪姫に出てくる小人が7人なのも
        単なる偶然ではないだろう。

        「7」について語ると さらに面白い
        ことが出てくるが、
        ここではブログの導入なので
        「7個1組の概念」と人間の
        記憶の登場人物の記憶できる
        範囲の7を取りあげて考えることに
        する。

        「7個1組の概念」は日本では

        虹なら 赤 橙 黄 緑 青 藍 紫の7色

        七福神なら 大黒天 恵比須 毘沙門天
        弁財天 福禄寿 寿老人 布袋

        七草なら
        春:芹 ナズナ 母子草 ハコベ
        小鬼田平子 カブ ダイコン

        秋:オミナエシ ススキ 桔梗 
        ナデシコ フジバカマ クズ 萩

        G7:日本 アメリカ カナダ ドイツ
        フランス イギリス イタリア

        他にも「七洋」「七帝大」「七王国」
        など「7」つで1組という この括りは
        この手塚作品には意図する部分が
        あるのではないかと思えてならない。

        それはストーリーから読み取れる。
        短篇なのに7人も盛り込み、
        人間から失われていく感情を
        必死に訴えている姿勢からもわかる。

        とてもシンプルな あらすじで、
        SFの世界だが、CPEGPP
        (汎地球防衛警察同盟)という
        宇宙人を探して一匹でも多く殺す
        ための組織のメンバー日本人
        二人が宇宙人を殺し捕虜の
        五ひきの宇宙人を連れかえる時、
        日本人の一人が間違って車の
        安全ロックでなく爆発スイッチを
        押してしまい、宇宙人達と
        歩いて帰らなければならなくなって
        しまうのだ。

        あくまで 宇宙人=敵の姿勢の人間は
        食べ物も水もない荒野を
        命がけで歩くことになる。

        そこで自分達には信じられない
        宇宙人五ひきの接し方に、
        二人のうちの一人は心を
        動かされ本来の自分を取り戻し、
        宇宙人が人間のために助けを
        呼んでくれた最後に、
        宇宙人達を
        「本部ではなく東の宇宙人の基地に
        届けろ!」と言って話は終わる。

        短い中に盛りだくさんなのだ。
        登場人物表を書くと実に無駄なく
        出来ている。

        さすがどこまでいっても手塚治虫の
        作品構成力と力強いメッセージが、
        登場人物を説明するとよくわかる。

        そのセリフから人間への呼びかけが
        幾つも出てくる。
        登場人物は

        宇宙人を殺すための組織の
        日本人
        潮:最後に宇宙人を基地に届ける
        という気持ちに変わる

        味島:車の安全ロックを間違えて
        爆発スイッチを押して車を
        爆発させてしまう。
        宇宙人を殺すことばかり考えている。
        親切な宇宙人の忠告を無視して、
        人間は味方だと思って途中見つけた
        人間のキャラバンに助けを求め、
        宇宙人と一緒にいるという事だけで
        人間に殺されてしまう。

        宇宙人(植物の人間):水を染み出すことが
        できる。その水分の味がキュウリの
        絞り汁のような味という表現がある。
        この「キュウリの絞り汁」という点は
        実は大きく注目する部分が含まれている
        と思われる。
        助かる前に皆に水分を与えて力尽きて
        死んでしまう。

        宇宙人 (両耳から手がぶら下がっている)
        :尻からは物を食べて口からガスを吐く。
        好きな相手には その相手には その
        ガスを吹きつける。
        特技として未来がわかる。

        宇宙人(テディベアみたな感じ)
        :自分の体を切り落として人間に与える。
        (この宇宙人の星では ひもじい人間
        がいたら自らの体を与えるという
        習慣がある。人が助かれば自分が
        死んだとしても気が済む)
        →自己犠牲を美徳とも思わず当然の
        行為として受け入れる習慣を
        実行し人間達に食べさせて最後は
        体を刻み過ぎて死んでしまう。

        宇宙人(黒い大男):脚本的には進行役を
        つとめる。人間に宇宙人との習慣や
        思考の違いを説明する。

        宇宙人(昆虫人間):水だけで生きられる
        後に成人に脱皮した後 飛べるように
        なり、飛んで人間の助けを呼びに行く。
        この昆虫人間のおかげで助かる。

        途中で宇宙人の黒い大男の言うセリフが
        印象に残る。

        「仲良く理解しあうためです。
        だから一つの宇宙船に色々な
        種族が乗っています。」

        「何故君達 皆は こう簡単に身を
        捨てて他の者に尽くすんだ?」
        と日本人の味島が尋ねるシーンでは
        「本当の人間なら その心が どんなに
        大事かということが
        わかっているはずだ」と答える。

        手塚は7つの違った個性が実は
        1つで、それぞれが違った習慣や
        価値観を受け入れ 慣れていき
        仲良く暮らすことが大事だと
        強調している。

        数字の7には大きな意味があるのだ。
        7人登場する物語は数多い。

        それだけに いかに簡潔にストレート
        にメッセージを伝えたかったかが
        短篇の範疇ではち切れんばかりに
        繰り広げられているのだ。

        この物語に生き残った日本人が、
        「地球人の真心です」
        と言って宇宙人を基地へ届ける
        ように指示することで、
        この物語の主人公が潮だったことが
        わかる。

        ムーミンの世界だと、このあたりを
        ミィが「皆 喧嘩するために一緒に
        暮らすのよ。」とサラリと言ってのける。

        価値観・習慣の違いを押し付け合う
        のは根本が違うと言っているのだ。

        思い込みも、聴く耳を持たない事も
        両耳から手がぶら下がっている
        宇宙人に予知能力を持たせることに
        よって、それが どれだけ情けない
        行為かを言われたまま動く、
        聴く耳も持たない もう一人の
        日本人・味島が死ぬことを
        予期させ、それが当たることで
        描写を持って示している。

        何度も読むたびに手塚作品に
        奥行きを感じるのだ。

        2014-01-26 22:18:22投稿者 : Nachiko
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          ライオンブックス1⃣手塚治虫全集より「安達が原」

          昨日 つげ義春にふれたので、改めて
          今日は つげ義春が小学校4年頃から
          熱中しはじめ、とうとう豊島区の
          トキワ荘時代の手塚治虫を尋ねて、
          原稿料などを聞き出し、プロの
          マンガ家になる決心をしたという
          手塚作品を読んでみた。

          これは物凄く幸せな事に私が
          改めて手塚作品を読みたいと
          思っていた矢先にプレゼントを
          して下さった方がいたおかげで、
          手にしていなかった作品に触れる
          ことができたので、
          もし この作品を手にして
          いなかったら、ずっとこの手塚作品
          を知ることなくいたことになる。

          目についた本は片っ端買っていた
          つもりでも、取りこぼしはある
          もので、一時 私は
          強制多量マンガ&文学全集&文庫本
          の処理に遭っているので
          とても嬉しいプレゼントだった。

          「ライオンブックス」は手塚治虫の
          短篇SF小説漫画シリーズ作品。
          1956年から1957年にかけて
          集英社の月刊『おもしろブック』の
          付録および、1971年から1973年
          にかけて同じ集英社の
          『週刊少年ジャンプ』に掲載された。
          (wikiより)

          もともと「安達が原」は能や浄瑠璃の
          演目にもなっている
          「安達ヶ原の鬼婆伝説(黒塚の伝説)」
          を下敷きにしている。

          この「安達ヶ原の鬼婆伝説」は
          実在する恐怖の伝説と言われている。
          元が人間でも狂気の果てに鬼と
          化するという話は日本全国にある。

          この伝説でも、よくある病気を治すため、
          活力をつけるためのカムバリズム
          なのだが、元の話は
          昔 仕える先の お姫様の病気を治すために
          人間の肝を食べさせるため沢山の
          人を殺し、その女性は とうとう
          自分の娘まで殺してしまった。

          娘を殺したことによって鬼と化した
          女性は旅人を殺戮するようになり、
          高僧によって仏教に帰依させられ
          改心した。または高僧の唱えた
          お経が雷鳴を呼び、雷に打たれて
          絶命。となっている。

          手塚治虫の描く「安達ヶ原」は
          脚色が加えてあり、単に狂気という
          ものが普通の人間だからこそ
          隣り合わせにあるという事を
          述べている気がする。

          ストーリーは活動家だった主人公の
          ユーケイは宇宙調査官になり
          大統領の直命を受けて、ある星にいる
          宇宙船をおびき寄せては乗組員を殺し、
          物資や食料を奪っているという魔女を
          始末しに行く。

          そこには老婆が住んでおりユーケイを
          手厚くもてなすのである。
          しかしユーケイは寝室を抜け出し
          地下に大量の人骨を発見する。

          その時 老婆が現れ、何故地下室を
          見たのだと詰め寄る。

          ユーケイは自分の身分を明かし、
          大統領の命令でお前を殺しに来たと
          告げる。老婆は追い詰められ、
          死に土産にユーケイの身の上を
          聞かせてくれと懇願する。

          そこでユーケイは自分が活動家
          として刑罰を受けていた長い期間、
          冷凍保存されていた期間の事も
          頭に置かず、持っている記憶だけを
          話すのだ。最愛の女性が釈放された
          後探しても地球にいなかったこと…

          その魔女の老婆が最愛の女性だと
          気づくのに時間はかからなかった。

          老婆は、いかに今の大統領が
          悪い人なのかを説くがユーケイには
          変わり果てた最愛の女性を目の前に、
          涙ながら命令を実行して殺して
          しまうという話で、
          いきなりページを開くと
          能の「安達原」の一説が書いてある。


          旅のころもは すずかけの

          旅のころもは すずかけの

          露けきそでや しおるらん

          わが本山を立ちいでて

          わけゆくすえは紀の路潟

          塩崎の浦をさしすぎて

          なおしおりゆく旅衣

          月もかさなればほどもなく

          名にのみききし陸奥の

          安達が原に

          つきにけり

          と始まり、
          一番最後は


          あさましや はずかしの わがすがた

          やと いう声は なお すさまじき夜嵐の

          音にたちまぎれ うせにけり

          音にたちまぎれ うせにけり


          で〆てある。
          これは ただのSF漫画ではない。

          魔女になった老婆の口から手塚は
          こんな事を言わせている。

          「世の中は いっときは しあわせに
          なったようにみえた。
          だが人間の欲はな 結局
          限りがないのじゃ。

          革命政府の大統領も
          いつか欲に目がくらんだ
          そして自分をまもるために
          つごうのよい政治を
          おしつけていきおった」

          このセリフからも手塚が、いかに
          人間の欲を手を変え品を変え
          いつも表現していたかがわかる。

          「安達が原」をカムバリズムの
          鬼伝説だけにとどめずに、
          人間の持つ深い業にまで
          掘り下げている。

          魔女になった老婆は、さらに
          続けるのだ。

          いや、これは世にも醜い姿に
          なってしまった最高に愛されて
          いた主人公の婚約者からの
          最後の愛の告白だろう。

          「小さな名もない星くずの上で
          女は待った
          十年も二十年も…
          恋人が流星刑から脱走して
          くるたよりを…

          女は待ち続けたのじゃ
          ときには政府から
          つかわされたイヌどもが
          この星へも たちよった
          女は そいつらを殺し
          食らったのじゃ!!
          生き長らえるために!
          そして
          恋人は やってきた」

          とユーケイを指差す。

          もうここで魔女になった老婆は
          生きている意味を失い自分を
          殺せと言ってのけるのだ。

          この物語で、本当に戦ってきたのは
          実は活動家の主人公ではない
          逆転の真実が見えてくる。

          人間の欲深さにウンザリしながら、
          恋人と逢いたくて魔女になり、
          狂気の世界に身をおく女の情念の
          凄まじさに読者は引き込まれるのだ。

          「殺せ」とわめく変わり果てた最愛の
          女性を大統領の命令だからと、
          撃ち殺す主人公に何とも言えない
          浅はかさな単細胞活動家だったのか?
          という疑問しか残らなくもない。

          構成的に「安達が原」と名打ってしまった
          以上 この醜い老婆は死ななければ
          ならないのだが、個人的には
          そこで主人公のユースケに
          「ああ、なんて姿に変わり果てたのだろう
          かわいそうに。
          待っていてくれたんだね」
          なんて言わせたくなるのが私の
          心情でもある。

          そして この星には魔女と もう一人
          狂気に満ちた人物が増えていって
          孤独な魔女は人肉を喰らいながらも
          待っていて頑張って良かったね!
          なんてハッピーエンドにしたら
          ストーリーは ぶち壊れるだろうと
          思うのだが、さらなる人肉喰いが
          増えて そこに仲間が増えていって
          また さらに狂人軍団でも作り、
          「もうこの姿になったら、怖いもの
          などありません!」って世界に
          突入するのも良いかと思うのだけど。

          そもそもが「狂気」とは
          ある意味 正気を保てないほど〜
          という事から発している。

          その原因が「怨念」でも「超越した美」
          でも狂気に達すると思っている。
          話がずれるが、ピンクフロイドの
          「クレイジー・ダイアモンド」
          の美しさなど まさに神秘の狂気か
          輝きの狂気を音にした感覚がする。

          短篇「安達が原」で
          ダラダラと また長く書いてしまった
          のでした。

          2014-01-25 23:43:29投稿者 : Nachiko
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            『芸術新潮』2014年1月号

            アートマガジン『芸術新潮』(新潮社)
            の2014年1月号で
            「大特集デビュー60周年つげ義春
            マンガ表現の開拓者」が掲載されて
            いる。

            4時間に及んだロングインタビューが
            みどころで、聞き手は日本の美術史家
            であり、美術評論家であり、
            明治学院大学教授でもある山下裕二。

            彼による各場面の選書にも注目できる。
            ちなみに『芸術新潮』がマンガ家を
            特集するのは手塚治虫・水木しげる・
            大友克洋に続き、今回が4人目。

            創刊から60余年の中で たった4人
            とは驚きである。

            そして『日本美術全集』の第19巻
            「拡張する戦後美術」
            (小学館・2015年6月刊行予定)に
            つげ義春の代表作「ねじ式」が
            収録予定である。

            マンガは美術なのか?という問い
            なのだろうか。

            何故、いま『芸術新潮』
            『日本美術全集』は、つげ義春を
            取り上げるのか。


            ちょっとここで、もし つげ義春を
            ご存知でない方のために簡単に
            どんなマンガ家かと説明すると…

            彼は1937年東京生まれで今年70歳。
            小学校卒業後メッキ工場につとめた
            ものの、幼少期からの対人恐怖症が
            禍いして、すぐに失業する。

            他人と共同作業しなくてすむ職業
            として、マンガ家を志し、18歳で
            貸本マンガのプロデビューをした。
            マンガ家を職業とした動機が、一人
            で出来る仕事、という点であった
            ことは見落とせない。

            しかし生活苦から売血までしつつ、
            ついに25歳の時に自殺未遂をおこす。
            不安神経症が彼につきまとった。

            どこまでも、つげの苦悩の最大の
            原因は生活苦だった。
            1965年「噂の武士」で『ガロ』
            8月号に初登場。

            白土三平がつげを千葉県大多喜の
            旅館寿恵比楼に招待し、また
            赤目プロのアシスタントであった
            岩崎稔から井伏鱒二を読むように
            勧められ、この経験から旅に
            夢中になり、のちに一連の
            「旅もの」作品として結実させた。

            やがて、生活のため水木の
            アシスタントを1年半ほど務め
            調布に転居。
            その後、様々な作品を発表していく
            のである。

            つげ義春との出会いは、私は
            以前クセだったショッピングカート
            を持っての古本屋巡りだった。

            大きめのショッピングカートに、
            溢れるほど古本を買い込んでいた
            時期がある。夏目漱石の全集も
            紐で括ってありホコホコした気分で
            帰って来たものだ。今まで文庫本で
            貧弱だったのが いきなりケースに
            入った全集で揃う時は嬉しかった。

            そんな多感な時期に つげ義春と
            出会った。マンガという気が
            しなかった。すんなり入ってきた。
            気取りがなくてストレートで、
            シンプルな画風と神経質そうな
            雰囲気が奇妙にマッチしていた。

            有名な「ねじ式」は全く違和感を
            感じなかった。
            画風が暗い気もしたが、そこに
            嘘をつけないリアルさを感じた。

            初めて美術の授業でダリが出てきて
            ダリ展があった時、大喜びで
            行った私だったので、シュールの
            意味が理解出来ていなかったのかも
            しれない。

            「不思議な手紙」という作品には
            主人公の母親の墓が2つあることを
            手紙で知らされるのだが、そこで
            友人に「君の母さんの墓は谷中では?」
            という一説が出てくるのだが、
            それだけで本当に身近に感じてしまい、
            私はググっと惹かれてしまった。

            つげ義春といえば、竹中直人の
            『無能の人』と思う人も多いかも
            しれない。

            日本文芸社刊『無能の人』に収録
            された1987年のインタビュー記事で
            つげ義春は

            「自分っていう人間が、世の中にうまく
            適合しなくて生きにくいんですよね。

            生きにくいから、なんかこうもっと
            生きやすい方法があるんじゃないか
            って、そういうところから読書に
            いってるところがあるんですよね。

            〜略〜私小説作家って貧乏とか
            病気とか、家庭内の色々な悪い
            ことを書いているわけで、
            そういうのって自分にとって
            リアリティーがあるんですよ。

            〜略〜私小説作家って一種の
            社会から脱落した はみだし者の
            かんじがするんですね。

            そうすると、自分にもそういう
            素質というか要素があるもんだから、
            なんとなくピタっと合ってしまう
            ところがあってね〜略〜

            ボロくずのようになれば、意識も
            混濁して死のおそれもなくなる
            んじゃあないかと…」

            このインタビュー記事を
            つげ義春は「物乞い論」と名付ける
            のである。

            つまり『無能の人』が「私小説」
            ならぬ「私マンガ」だったことが
            わかる。

            私は、「私小説」というと すぐに
            芥川賞作家の西村賢太を思い
            浮かべてしまうのだが、同じ
            私小説でも随分違う。

            小説とマンガという違いもあるが、
            西村賢太の凄いところは紙面から
            臭ってくる事だと思う。

            つげ義春の世界は常人では描けない
            忘れてしまう あの夢で断片的にみる
            光景を再現できる処にあると思う。

            記憶・感情・感触・音などを
            一枚の紙に描くという技を
            やりとげる。

            人間のフィルターを通すので、
            時と共に、女性は醜態に、
            グロテスクに描かれていったり、
            エロティックな画風は初期と
            比べると人生の流れを感じ
            させる。

            今 何故 また つげ義春なのか。

            そして、また派手なアニメが
            流行っている中でキャリアのある
            人達が注目を浴びてきているのか。

            画風も変わらず、むしろ古い感じが
            注目されるのか。

            それは、その生き方と作品力に
            秘密があるのではないかと思う。
            現代社会は実に病んでいる。

            社会そのものが、不安神経症
            などという 勝手に名付けられた
            病名になりつつある。

            そこに生きているだけで、
            もう勝ち組なのだ。
            判断基準など とうの昔に変わり、
            お一人様ブームも去り、
            一人は当たり前。

            一人は「独り」になりつつあり、
            そこに気づいた人達は、
            必死に連携を取る知恵を付け、
            逞しく生きることを考え始めて
            いる。

            いくら医学が発達しても
            毎年発表される自殺者は公表3万
            前後というのは3万人前後の死を
            検死できたというだけで、
            実際は10万人はいるという。

            要するに人手不足なわけで、
            人々が常に何かしらの手段で
            希望や光や安心を手にしたいと
            思うのは当然の事なのでは
            ないだろうか。

            つげ義春は苦しみから逃れるために
            物乞い論を展開していったが、
            それも今の時代にマッチしている
            部分があるのかもしれない。

            大衆と一緒に苦しみ 忘れて脳内に
            溜まった睡眠時の夢の断片を
            マンガにするという神業をこなす
            なんて考えられないではないか。

            「ねじ式」が夢を作品化したことで
            知られているが、その後日談で、
            実際に夢と同じ大変な体験を本人が
            したそうだ。

            ただ場所は婦人科ではなく、
            耳鼻科だったそうだが。

            私は対人恐怖症でもないし、
            つげ義春のようにメンタルでの
            苦しみも耳鳴りや諸々の辛さから
            のがれたいとか、
            症状がないので また違ってくるが
            生まれる前 風をやっていた気が
            するので 声はすれど姿が見えない
            霞でも食べて宙を駆ける風に
            なりたいなどと思ってしまう。

            しかし、今の世こそ 振り返って
            みることは良いと思う。

            同じ失敗を繰り返さないように。

            どんなに辛くても そこに存在する
            だけで どんなに尊いか。

            数々の つげ義春の作品リストを
            眺めながら今日は そんな事を
            考えた日だった。

            2014-01-24 21:01:42投稿者 : Nachiko
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              ウチの周囲の銭湯事情

              ああ、またローカルな話題になる。
              私の生まれ育った街には幾つか銭湯が
              あった。家のお風呂と違って広いお風呂は
              魅力的だった。
              中でも麻布十番には「越の湯」という
              銭湯があった。

              同じ建物の上に有名な「麻布十番温泉」
              があった。

              すごいのは、この「越の湯」が天然温泉
              だったことだ。

              昭和23年に地下500mからゆう出した
              温泉で、ナトリウムー炭酸水素

              24.0c°(S41.12.20分析)(中温研)
              ph:8.5 成分等総計:1.578g

              料金大人430円 中人 180円 小人80円
              (物価統制令に基づく都告示による
              公衆浴場統制額)

              で、温泉の色は下が見えない濃い茶色で、
              まるで珈琲の中に入っているようだった。
              その上にある麻布十番温泉は同じ温泉で
              大人1260円 中人600円 小人800円
              (18:00から〜
              大人940円 小人400円)

              しかし平成20年3月31日をもって廃業
              となってしまった。

              この麻布十番温泉では落語や催しがあり、
              年寄りの憩いの場所だった。

              越の湯の方は、まさに昭和レトロの世界で
              中に入るとタイムマシンに乗って過去の
              時代に戻った錯覚に陥った。

              今時ないような古めかしいものの
              オンパレードだった。

              映画『テルマエ・ロマエ』に出てくる
              日本の懐かしい銭湯そのものを
              思わせるものだった。

              麻布十番に当たり前のようにあった
              銭湯がなくなった時、知らなかった
              私は廃業近くに偶然行っている。

              まさか廃業するなど想像もして
              いなかったのでショックだった。

              その後、周囲の銭湯を何気なく
              調べたら家のお風呂が故障した時に
              行った三田の銭湯も他の銭湯も
              歩いていける場所はなくなっていた。

              残っていたり、新しく出来ていたのは
              乗り物にのらないと行けない場所
              ばかりだった。

              今やお風呂付きは当たり前の時代
              なので、銭湯の需要は減ったの
              だろうか?

              映画『テルマエ・ロマエ』のように
              大きな湯船がデーンとあって富士山の
              絵が描かれていた あの世界。

              脱衣籠、瓶の牛乳、古い扇風機…
              入り口の大きな木の札の下駄箱。
              昭和が消えたと思った。

              今は、銭湯に行くにも車や何かしらの
              乗り物に乗って行かなければならない。
              スーパー銭湯に車で行って、その
              充実ぶりに何ともいえない気持ちに
              なった。

              来ている人達は顔見知りばかりらしく、
              回数券があって
              「また今度ね」「今夜は もう寝るの?」
              などと後から来た人と気軽に話す
              社交の場所に化していた。

              時代と共に こんなに変わっていたのだと
              カルチャーショックを受けた。

              フィットネス・ジムにあるジャグジーや
              サウナは勿論のこと、垢擦り マッサージと
              至れり尽くせりの場所で、
              まさに そこは銭湯というより
              リラクゼーション施設という感じだった。

              それにしても、銭湯やらスーパー銭湯に
              行くのに わざわざこんなに車に乗って
              時間をかけて行かなければならない
              のって何だかな〜と自分の住まいに
              疑問を持ったのは事実。

              私の頭の中には古き良き時代の
              銭湯が浮かぶ。
              そんなに回数多く行ったわけではないが
              憧れがあった。

              映画『テルマエ・ロマエ』に出て来た
              日本の銭湯で、桶が「ケロリン桶」
              だったのが印象的だった。

              何故 「ケロリン桶」なのだろうと
              思っていたから、映画で出てきた時に
              木のヌルっとした桶か、ケロリン桶か
              どちらかが置いてあるというイメージを
              銭湯に持っていた私には興味深かった。

              ケロリン桶って何か意味があった
              のだろうか?
              どうして銭湯にケロリン桶が必ずあったの
              だろうと今さらながら疑問が湧いた。
              調べてみた。
              これが なかなか意味があったのだ。
              …………………

              銭湯で子どもが蹴飛ばしても、
              腰掛けにされてもビクともしない
              ケロリン桶は、驚異的強さから、
              別名「永久桶」とも呼ばれている。

              風呂桶とケロリン、両者の関係は
              イメージとしてはキッチリ結ばれて
              いる。

              この桶の由来は、当時内外薬品では
              「ケロリン」をはじめとした置き薬
              向け製品は好調だったが、全国的に
              薬局薬店が増え、「ケロリン」を
              置いてもらいたいという夢を抱く
              ようになり、その夢の実現化に
              向かって、全国の薬局薬店を廻り
              始める。そんな時、東京オリンピック
              の前年(昭和38年)内外薬品に昭和商事
              の営業スタッフ(現社長)から
              「湯桶にケロリンの広告を出しませんか?」
              と持ちかけられたのがキッカケ。

              そして衛生上の問題から、銭湯の湯桶が
              木から合成樹脂に切り替えられる時期、
              「風呂桶を使った広告は多くの人が
              目にするはず」ということで話が
              まとまり、東京温泉(東京駅八重洲口)
              に置いたのが最初。

              これが好評で、ケロリンの桶は全国の
              銭湯、温泉、ゴルフ場などの浴室へと
              普及していった。

              以来、述べ200万個も納入。
              現在も年4〜5万個のペースで
              納入が続けられている。
              ………………

              うわ〜。あのケロリン桶って、こんな
              風な歴史があったんだと思ったら
              未だに使われているケロリン桶って、
              凄いと思ってしまう。
              私も見たことある。

              かなりのインパクトだもの。

              薬屋の娘のくせに私は「ケロリン」
              という鎮痛剤に記憶がないのが
              残念だが、長い時を経てまで、
              その存在を浴場で今も尚、
              主張し続けるなんて減って行く
              銭湯を思うと何と表現したら
              いいのだろう。

              銭湯もオシャレになり、「ケロリン」
              とデカデカと書いてある桶を置くより
              違った桶を置く傾向もある。

              そんな中でも、真っ黄色な「永久桶」
              に あの文字を見ながら湯浴みする
              なんて、昭和を感じるではないか。

              時代と共に生活習慣も変わり、
              人のライフスタイルも変わる。
              でも、きっとそんな中でも
              銭湯に行ったら腰に手を当てて
              冷たい牛乳を「プハァ〜」
              と言いながら飲みたくなる心理は
              変わらないのではないかと
              思うのだ。

              売っているものは増えても、
              瓶の牛乳は置いてあるもの。

              2014-01-23 18:59:20投稿者 : Nachiko
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                こだわり〜飲み物編〜

                世の中 見渡してみると次々に
                新しい飲み物が発売されている。
                流行に全く無頓着な私は
                相変わらず独自路線で
                飲み物を選択してきている。

                子どもの頃、牛乳神話に毒されて
                いた両親に牛乳しか飲まされなかった
                反動かもしれない。

                両親の居ない所で祖母が
                生温い麦茶に お砂糖を入れて
                飲ませてくれたのが
                子どもの頃一番美味しいと
                思った飲み物だった。

                成人して両親と別の家に住む
                ようになってからは、
                禁止されていた物を飲み出した。

                真っ先に飲んだのは珈琲だった。
                紅茶も飲んだ。

                凝り性なので 初めての珈琲の
                味がわかるまで飲んでいた。
                豆で味が全く違うことを知って
                紅茶同様に感動した。

                知らないことは何でも感動出来る。

                これは考えようによっては
                素晴らしいことではないか。

                自分のライフスタイルを確立させる
                ために色々と試行錯誤するのは
                愉しい作業だった。

                今では普通に売っているが当時は
                「鉄観音」というウーロン茶を
                買って暫く試していた。

                どうもウーロン茶は私の体質に
                合わないと思い、また次の
                お茶探しを始めた。

                味的には すぐにFAUCHONの
                アップルティーが気に入った。
                それとミントティーを買って
                よく飲んでいた。

                そこらへんから お茶を色々
                買いあさるようになった。

                普段水代わりに渇きをいやす
                ふんだんに飲むお茶、
                まったりしたい時に飲むお茶、
                体調で飲むお茶。

                お茶の世界は本当に深いのだ。

                グァバ茶はフラボノイドが多く
                飲んだ後の清涼感が強い。
                マイブームだった時期もある。

                緑茶の世界も広くて その香りや
                味には随分魅せられた。
                ただ 私の感覚では緑茶は
                飲む容器に こだわってしまう。

                とても美味しいと思ったのは
                八女茶だった。
                日本人に生まれてきて良かった
                と思ったものだった。

                緑茶をガブガブ飲みたいと思い、
                2リットルの容器に入れて
                冷やして飲んでいた時期もある。

                でも緑茶は入れたてが美味しい
                から、香りのない緑茶は
                渋みだけが残り美味しくない。

                そこで さらに探す。
                ちょくちょく行く沖縄で
                ぎん茶を見つけた時はヒットだと
                思った。これも美味しかった。

                その頃から たまたま目についた
                ルイボス茶が我が家に住み込む
                ように居て、常に2リットルの
                容器に作る習慣が出来ていた。
                何故ルイボス茶なのか
                思い出せない。

                他の人がウチに来た時 出したら
                クセがあって飲めないと
                言われたのを覚えている。

                それでも お茶探しを続けた。
                私がアロマテラピーに凝っていた
                時など、真剣にお茶探しを
                していた。

                アロマテラピーに凝っていた時は
                各精油を沢山揃え、調合して
                ホホバオイルに入れて小瓶に入れて
                持っていた。

                まだ世間ではアロマテラピーなど
                流行っておらず精油も
                専門店まで行き、やっと手に
                入れていた。

                精油の効果は確かにあり、
                自然の力の凄さを痛感したのも
                このおかげだと思っている。

                私は本格的な方法を好むので、
                アロマポットを買い、ローソクが
                たくさん買いだめしてあった。

                それを土台に考えると、
                お茶も効能が同じと言えるので、
                ハーブティーを選ぶのも
                楽しかった。

                簡単に ここにハーブティーの
                種類と効能を書いてみる。

                ・アーティチョーク
                肝臓 

                ・アニスシード
                下痢 便秘 風邪 

                ・エキナセア
                下痢 風邪 膀胱炎 

                ・エルダーフラワー
                風邪 花粉症 

                ・オレガノ
                風邪 PMS/生理痛

                ・オレンジピール
                下痢 便秘 不安 

                ・カモミール
                下痢 風邪 不安 

                ・ギムネマ
                (糖尿病に良いと言われている)

                ・キャットニップ
                風邪 

                ・キャラウェイ
                便秘 

                ・クローブ
                風邪 

                ・コリアンダー
                便秘 

                ・サフラワー
                PMS/生理痛 更年期障害 冷え性 貧血

                ・サマーセーポリー
                便秘 

                ・シナモン
                花粉症 

                ・ジャスミン
                不安

                ・ジュ二パーべリー
                むくみ 膀胱炎 

                ・ジンジャー
                風邪 冷え性 疲労

                ・セージ
                風邪 

                ・セントジョンズワート
                不安

                ・ターメリック
                肝臓 

                ・タイム
                下痢 便秘 風邪 花粉症

                ・タンデリオン
                便秘 PMP/生理痛 むくみ 肝臓 ニキビ
                貧血

                ・チコリ
                便秘 肝臓 

                ・ネトル
                花粉症 むくみ ニキビ 貧血

                ・ハイビスカス
                疲労 目の疲れ シミ シワ

                ・バジル
                不安 

                ・パッションフラワー
                PMS/生理痛 更年期障害 不安 高血圧

                ・ヒース
                むくみ 膀胱炎 

                ・ヒソップ
                風邪 

                ・フェンネル
                下痢 風邪 便秘 むくみ 

                ・ペパーミント
                胃の不調 風邪 花粉症 疲労 不安

                ・ホップ
                PMS/生理痛 更年期障害 不安 

                ・マシュマロウ
                胃の不調 下痢 

                ・マジョラム
                不安 

                ・マリーゴールド
                下痢 花粉症 PMS/生理痛 更年期障害
                むくみ ニキビ

                ・マルベリー
                便秘 貧血

                ・マレイン
                風邪 

                ・マロウブルー
                風邪

                ・ヤロウ
                胃の不調 風邪 PMS/生理痛 更年期障害

                ・ラズベリーリーフ
                下痢 PMS/生理痛 

                ・ラベンダー
                下痢 更年期障害 疲労 不安 高血圧

                ・リンデンフラワー
                むくみ 不安 高血圧

                ・リコリス
                胃の不調 下痢 風邪 

                ・レモングラス
                むくみ 肝臓

                ・レモンバーベナ
                疲労

                ・レモンバーム
                下痢 便秘 風邪 更年期障害 冷え性
                不安 高血圧 目の疲れ

                ・ローズ
                便秘 花粉症 更年期障害

                ・ローズヒップ
                便秘 風邪 花粉症 疲労 膀胱炎
                ニキビ シミ シワ 貧血

                ・ローズマリー
                胃の不調 冷え性 疲労 貧血

                とハーブティーの種類は幾つもある。

                そこで思うのはアロマテラピーで
                私は 気分がイライラした時に
                よくラベンダーとバジルを調合して
                アロマポットに垂らして炊いていた
                ことから、これらのものが、
                カレーの香辛料として使われている
                ことに注目するのだ。

                一年中カレーを食べている国では、
                実に香辛料を豊富に使って、
                色々なカレーを作っている。
                人間の知恵って凄いと思うのだ。

                全体的にハーブティーを
                美味しいと思ったことはない。

                ジャスミンティーが沖縄の、
                さんぴん茶に似ているから
                飲みやすいと思ったくらいだ。

                ギムネマに至っては甘さを
                感じなくなる。
                だから、糖尿病の人に良いと
                されているのかな?と思った。

                ミント系に関しては好んで使われるが
                本物のミントを使っている食べ物が
                あるのか疑問を持つ。

                アロマテラピーでは鼻詰まりの時に
                ユーカリをティシュに数滴落として
                嗅いでもらうと鼻が通ることが
                多い。

                ラベンダーのハーブティーも
                効能が けっこう並べてあるが、
                実際に使用してみると
                ラベンダーは かなりの優れもので
                有名な話で火傷をした人が
                つける薬がなく、傷口に
                そこにあったラベンダーオイルを
                たっぷり塗ったら火傷の跡まで
                きれいに消えて治ったという
                話まである。

                これは鎮静効果は個人差によると
                思うが確かにあると思う。

                自然の草花と触れることの大切さは、
                こういった お茶にしてまで
                書かなくても本来なら人間は
                感じて生きていたはずだと思う。

                ハイビスカスティーやヒップ系の
                お茶は酸っぱい。

                カモミールが何故か、リラックスの
                代名詞みたく扱われているが
                他にも まだ幾つもあるし、
                個人差で選択すると愉しめると思う。

                私個人は相変わらず 何十年間
                飲み続けているのかわからないけれど
                ルイボス茶をいつも用意してある。

                いつだったか、私が あまりにも
                ルイボス茶ばかり飲んでいるので
                腎臓病で長期入院しているとかいう
                人が、人を介して
                主治医からルイボス茶を飲むように
                勧められたのですが、
                ルイボス茶って どんなお茶ですか?
                と電話がかかってきた事があった。

                私は飲んでいると何となく
                体調が良いし、無いと咽喉の渇きが
                取れない気がして自分の身体の
                声に従って飲んできただけだった。
                改めてルイボス茶について調べる
                なんてしたことはなかった。

                今回調べてみてビックリした。
                以下調べたことを書き出してみる。

                ………………
                ルイボス茶に含まれる主な成分
                タンパク質の他、カルシウムや
                マンガン、鉄、亜鉛やセレナ、
                ナトリウムにカリウム、マグネシウム、
                銅など…非常に多くのミネラルが
                含まれている。

                これらのミネラル類が非常に優れた
                バランスで含まれており、その
                比率は人間の体液の構成比と
                非常に近い比率で含まれている。

                ルイボス茶には
                「SOD(スーパー・オキサイド
                ・ディスムターゼ)様作用」の
                働きによって、喘息や鼻炎、花粉症
                といったアレルギー性疾患の緩和や
                諸症状の改善に有効な作用をもたらす
                とされている。

                この成分が抗酸化作用により、
                免疫力を高め、さらに抗アレルギー
                作用によって痒みや腫れ等の
                炎症効果を抑えるのではないかと
                考えられる。

                特にすごいのが活性酸素の除去能力。

                このお茶が他のお茶と大きく違う点は
                古代の海水の成分とよく似ていること。
                古代の海水のミネラルバランスは
                人間の細胞が最も活性化すると
                言われている。ちなみにルイボスが
                育つ場所は大昔は海底だったそうだ。
                現地の人が古くから不老長寿の秘訣
                として珍重してきた。
                …………………

                まぁ、ちょっと調べたら出て来る
                量が多くてビックリ。

                確かに茶葉を買い忘れて飲まないで
                いると私の場合は身体が欲する。

                効能書きが凄くて これもまたビックリ。
                子どもの頃 腎臓が悪かったのに、
                すっかり治っているし、
                かぶれやすかったのに治っている。

                花粉症の時期は悲惨だったのに、
                いつの間にかマスクもしないように
                なっていた。

                薬じゃないのだから効能と書いてあっても
                半信半疑になる。薬だって西洋医学は
                戦場医学だから対処療法だから、
                根本が治るとは思っていないけど…

                不思議と人間は自分に必要な物を
                嗅ぎ分けるのかもしれない。

                遺伝的な要素と座り作業の多い
                私は頭痛持ちなのだけれど、
                これも薬に頼らず寝起きの酷い
                頭痛でも濃い珈琲に豆乳を混ぜて
                飲むと治る。
                毎朝 濃い豆乳珈琲から始まる。

                ヘトヘトに疲れると
                豆乳でホットココアを作って飲む。

                身体を温めるためにおろし生姜を
                絞って蜂蜜少しとレモンを加え
                白湯に混ぜて飲む。

                暑い夏はミントティーをキンキンに
                冷やして飲む。

                そして咽喉が乾いたら手作りの
                イオン水を飲む。
                フレーバーはレモンを絞った汁で。

                でも生活での飲み物はルイボス茶で、
                一年中2リットルの容器2本が冷蔵庫
                に入っている。

                紅茶は夏は冷たいアールグレー。
                暖かい紅茶ならアッサムの茶葉を
                豆乳で煮てロイヤルミルクティー
                にする。

                ダージリンは どちらでも飲みやすい。
                ニルギリもストレートでいけるから
                ダージリンと同じかな?

                こうしてみるとアレコレと
                飲んできて結局 飲むものが
                同じでずっと続いているのだから
                身体に合っているとしか思えない。

                今は頭痛対策で濃く入れて豆乳で
                割ってしまうからブレンドになって
                しまったが、ずっと
                珈琲も私はキリマンジャロだった。

                そのくせコナも好きという、
                自分でも趣味に一貫性がないと
                思うのだけれど、美味しく飲めない
                珈琲豆もあるので味覚の問題って
                複雑なのかもしれない。

                なんとなく美味しいとか、飲みたい
                とか身体が欲するままに
                生活してきたが、
                こうしてみると自分にとっては
                理に叶っているのかもしれない
                と思わされた。

                2014-01-22 21:07:38投稿者 : Nachiko
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                  佐久間正英氏 R.I.P

                  今日はツラツラと書きたい気分なので…
                  私がピンクフロイドと出会ったのは
                  中学生で入院先で知り合った友達から
                  教えてもらったのが最初だった。

                  EL&P キング・クリムゾンと続いて
                  いくのだが当時の私にとって退屈な
                  入院生活での音楽は物凄く
                  存在が大きかった。

                  クラシック教育しか受けていない
                  私には劇的な事だった。

                  そこを突破口にプログレの世界に
                  ドップリ浸かり今までの
                  音楽概念が変わってしまった。

                  1975年8月7日(木)に
                  東京は後楽園球場で
                  「ワールド・ロック・フェスティバル
                  イーストランド」があった。

                  これは内田裕也氏が音頭を取り、
                  国内外のロック・ミュージシャンを
                  一同に集め、公平に紹介することを
                  第一義に掲げた当時としては、
                  画期的なコンサートだった。

                  このようなコンサートは、その前の
                  年に開催され今でも伝説になって
                  語り草になっている
                  福島県郡山での
                  「ワンステップ・フェスティバル」
                  を、さらに大規模化して、
                  海外からも有名アーティストを
                  何組か呼び、札幌 名古屋 京都
                  仙台 東京と回り、その都度
                  いくつかの日本人アーティストを
                  変えていくというものだった。

                  当時の記録を見ると

                  1975年8月7日 曇りのち晴れ
                  開演 午後1時55分

                  アメリカン・バトンガールズに
                  よるセレモニー

                  1 イエロー(午後2時25分から
                  40分間演奏)

                  2 ジェフ・ベック・グループ
                  (3時45分から50分間演奏
                  この日のジェフは風邪)

                  3 カルメン・マキ&OZ
                   (4時50分から40分間演奏)

                  4 クリエーション(5時45分から
                  30分間演奏 PAの調子悪し)

                  5 四人囃子(6時50分から30分間演奏)
                  6 ニューヨーク・ドールズ
                  (7時45分から40分間演奏)

                  7 フェリックス・パッパラルディ・
                  ウイズ・ジョーの演奏

                  その後、内田裕也氏の挨拶をはさみ、
                  1815ロックンロールバンドが加わり、
                  8時40分から9時45分まで演奏
                  閉会宣言 午後9時50分
                  と記録が残っている。

                  私は当時 親に隠れてラジオで
                  聴いて一人自分の部屋で
                  大興奮していた。

                  四人囃子の『一触即発』を
                  まさか野外でやると思わなかったし、
                  カルメン・マキさん達をはじめ
                  日本のロックの凄さに
                  胸が熱くなったのだった。

                  私はピンクフロイドが教科書みたいな
                  オープニングのサウンド思考を
                  持っていたので、
                  言うまでもなく当時 四人囃子は
                  別格の存在としてあった。

                  まさか自分が音楽の道に入るなど
                  とは想像もしていなかったので、
                  毎日キースの真似をしたり、
                  今思い出しても恥ずかしくて
                  可愛いくらいに夢中だった。

                  私は自分が口ずさむ歌を
                  知らなかったので作るしかなかった。

                  時は過ぎ、私の作詞作曲で
                  エピックSONYからアルバムを出す
                  ことになった時、
                  周囲のスタッフは私の異常な
                  プログレ好きや諸々の趣味を
                  知っていたのだと拝察する。

                  しかし、何よりもまだ
                  私がプロになるかどうかの時に
                  佐久間氏を紹介されたのだった。

                  それは私の弾いた曲のデモテープを
                  頼むためだった。
                  場所は六本木だった。

                  途中 何かで他の人から佐久間氏に
                  用事の話があって、自分の
                  銀行口座の振込ナンバーを
                  スラスラ言ったのが、とても
                  印象的だった。

                  とにかくインパクトがあった。

                  それは私の中で、
                  あの「ワールド・ロック・フェスティバル」
                  でのステージが咽喉に刺さった魚の
                  骨のように引っ掛かっていたから
                  だと思う。

                  行きたくても、行かせてもらえない。
                  隠れてラジオで聴いた無念さ。

                  佐久間氏はシンプルにキーボードで
                  音源を作ってくれた。

                  そこから私の音楽への道が
                  始まるなんて知らなかった。

                  そこで佐久間氏との接点はなくなる。
                  しかし10代の私が創った曲が
                  スタジオでデモテープを録るように
                  なるなんて想定外だったので、
                  あのデモテープの存在は
                  大きいと思っている。

                  それからデビューが決まって、
                  初めて会ったミュージシャンは
                  元安全バンドの中村哲氏だった。

                  私は、こんな感じ あんな感じとか
                  説明してサンプルの音源を渡した。
                  ここでも実は密かに感動していた。

                  中村哲氏がアレンジ&プロデュース
                  してくれると知った時は
                  当時の私にはサウンドを理解して
                  もらうのに適任だったし、
                  活動も凄いなぁと思っていたので
                  より自分の思った世界に近づける
                  作品に仕上がる予感がしていた。

                  私は他の参加メンバーを
                  聞かされていなかった。

                  注文の多い私は、ひたすら
                  自分のやりたい世界を述べていた。

                  リズム録りで合宿になって、
                  マネージャーと行ったら
                  スタジオの中に何と四人囃子の
                  森園氏がギターを首から下げて
                  ニコニコしていた。

                  正直言って本当に驚いた。

                  譜面より、歌詞カードを先に
                  見せてと言われて そこに
                  集まっていたミュージシャン達に
                  私は感謝しかなかった。

                  こうしてワガママな私に
                  付き合ってくれた素晴らしい
                  ミュージシャン達は私の世界を
                  とても理解してくれていた。

                  そのアルバム3枚が再販される
                  ことになり私は理由は どうあれ
                  再販に至った経緯を考えると
                  「正義は勝つ」としか思えない。

                  言葉に出来ないほど、リスナーの
                  方達のパワーと優しさを
                  感じて こんな世の中だけれど
                  本当に捨てたもんじゃないと、
                  ひたすら感謝しかないと
                  涙が溢れた。

                  時は流れ、私が帰還して
                  また戻ってきた時、
                  佐久間氏に「あの時はデモテープ
                  作って頂きましたね」
                  とメールをしたら
                  「そんな事もあったっけ」
                  と忙しい中 返事がきた。

                  Facebookが今はあって
                  お互いの状況がわかるって、
                  便利だなぁと思ったものだった。

                  半面Facebookの怖さを知った
                  けれど、Facebookは
                  使い方で、どうにでもなる
                  ある意味諸刃の刃だと思った。

                  Facebookのおかげで
                  連絡が取れないからと病気を
                  発見された人や、召された人の
                  ことを知って何とも言えない
                  気持ちになった。

                  私の大好きな四人囃子の
                  『一触即発』には佐久間氏は
                  加入していないが、
                  その後の活躍振りで本当に
                  バンドを育てたりプロデュース
                  する才能の宝庫だったのだろう。

                  物凄く懐かしくて、
                  まだ自分が この先どうなるのか
                  わからなかった時に出会った人
                  なだけに言葉が出ない。

                  私がデビューしてから色々な人と会った。
                  内田裕也氏も女性には紳士的で、
                  とても美しい瞳をしている人だったし、
                  実際に会ってみて感じることは多かった。

                  ついこの間、ドラムの青山純氏が
                  召されて私は自分の音源から
                  悲しい思いで聴いていた。

                  ここのところバタバタと召されて
                  居過ぎる。
                  鬱になると言っているミュージシャン
                  もいる。悲しみが大きいから。

                  まだ若かったのに駆け抜けて行った
                  ミュージシャンはたくさんいるけれど、
                  私のFacebookから これで何人の
                  人が召されたのに名前を消せずに
                  いるのだろう。

                  ミュージシャンに限らず、とにかく
                  身体を大切にして下さいとしか
                  言えない。

                  いつか来る別れを知っていても、
                  人間は そう簡単に何度も
                  受け止めるには時間がかかる。

                  私の一番近いスタッフは、
                  四人囃子を初めて杉並公会堂に
                  立たせるために動いた仲間の中の
                  一人だ。

                  多分 『一触即発』をこの上なく愛し、
                  生き残ったわずかな詳しく色々な事
                  を知る、しかも彼等と長い時間
                  一緒に過ごした人だと思う。

                  しかし、世の中って おかしな物で
                  ろくに知らなくて後から関わったのに
                  四人囃子のスタッフ、関係者という
                  人が結構いる。

                  それが悪いとは思わないけれど、
                  もしあの時、ラジオであんなに
                  「ワールド・ロック・フェスティバル」
                  に感動しなかったら、佐久間氏と
                  会った時の印象も違っていただろう。

                  今また新たに船出し、また素晴らしい
                  仲間に囲まれて私は幸せだと思う。

                  昨年新譜を出せたのも、その新譜の
                  評判が良いのも この年月を糧として
                  生きて来た人生が無駄でなかった
                  証拠になる。

                  新たな船出は、そうる透氏
                  プロデュースでだが本当に
                  今までとは違ったリズム体だけでなく
                  面白い感性を持っていて、
                  作品を こねくり回すのに愉しい。

                  私の願いは ただ一つ。
                  とにかく健康でいて欲しい。
                  一緒に演奏も出来なくなる。

                  悲しいニュースのあとは、
                  必ず皆の健康を祈る。

                  佐久間さん、ありがとう。

                  私のFacebookには、その話が
                  ガンガン上がっているけれど
                  私はサヨナラしたと思っていない。

                  過去も現在も未来もない時空の
                  中で、音楽をやっていると思う。

                  この頃 もう一度 死生観を
                  キチンと見直してみようと思っている。
                  佐久間正英氏 R.I.P

                  2014-01-21 18:52:57投稿者 : Nachiko
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                    ナビィとの会話

                    私は郊外の量販店でもショッピングモール
                    でも車を停めると帰る時、自分が
                    何処に車を停めたのかわからなくなる。

                    だだっ広く車を停める場所は、
                    ほとんど降参なのだ。

                    場所によって番号や色分けしてある処は
                    写メってから車を降りる。
                    こういう時は すんなり車に戻れる。

                    最近では車はすぐに見つかったものの、
                    タワーパーキングで出口がわからなく
                    なり、3Fに停めたはずが矢印通りに
                    走ったら最上階の8階まで行ってしまい
                    行き止まりになったことがあった。

                    またクルクルと下り道を降りて、
                    出口を探すこと40分近く…

                    これって方向音痴と関係あるのだろうか
                    とか考えるのだけれど、
                    未だにパーキング=彷徨う場所
                    みたいなイメージは拭えない。

                    そんな私にとって外出時は
                    ナビが強い味方になる。

                    ちなみにウチのナビは「ナビィ」
                    という名前の女性である。

                    安易にナビだからナビィになって
                    いるのではなく、中江裕司監督の
                    映画『ナビィの恋』の主人公の
                    名前から頂いている。

                    平良とみさんの素敵な演技と
                    中江監督の世界が何とも言えない。

                    邦画といえば、私のベストワンは
                    金子修介監督、一式伸幸脚本の
                    映画『卒業旅行ニホンから来ました』
                    が断トツに好きだ。

                    何度観ただろう。
                    残念ながらDVD化されていない。
                    スクリーンから臭ってくる。
                    そういえば臭ってくる本もある。
                    その本については後日触れること
                    にする。

                    映画の中で、これだけ回数多く
                    観たのは この映画だけだと思う。

                    次に好きなのは
                    これも中江裕司監督の
                    『ホテル・ハイビスカス』で
                    原作の漫画より映画の方が好きだ。

                    この映画は家の脇にヤギを飼っていて
                    私の「ヤギを飼いたい!」の心を
                    強く刺激するものでもある。


                    …話は脱線したが、つまり私にとって
                    ナビィはプロのナビゲーションとして
                    私には欠かせないものなのだ。

                    ナビィは300m先とか、
                    700m先とか2㎞は直線でとかいう
                    言葉を多く話す。

                    いつも私は
                    「何で300mなのよ」と言い返す。
                    ナビィの案内が下手なのか、
                    私が300mと言われているのに
                    すぐ曲がったせいか、それでも
                    迷子になる。

                    大抵私はナビィに文句を言う。
                    「あなたはプロなんだから、
                    もっとわかりやすく説明するの!」
                    このセリフが多いかもしれない。

                    何か指示される度に私は返事をし、
                    「本当なの?遠回りじゃないでしょうね?」
                    と話すことが多い。

                    前の車のナビィは軌道修正がうまくて、
                    道順も納得できるものだった。
                    今のナビィは遠回りをさせたがる
                    傾向がある。

                    そこは彼女の欠点なので注意しなければ
                    ならない。
                    何処に出かけても東京タワーさえ見えて
                    くれば、それを目指せば家に帰れるので
                    ナビィには もう黙っていてもらう。

                    ウチのナビィは説明が下手だと思うけれど
                    何年も前に乗ったレンタカーの
                    ナビが 印象的だった。

                    全く土地勘のない高知県でのことだった。

                    ここでのナビとの やりとりは
                    忘れられない。

                    まず、ナビの言語の語尾が お国
                    言葉なのか標準語でなかった。

                    ナビはニュースみたいに、東京でも
                    話さない標準語を使うと信じきって
                    いた私には衝撃的だった。

                    どうしてもナビ=標準語
                    のイメージだったのでナビが
                    しゃべるたびに おかしくて
                    仕方なかった。

                    それも滞在しているうちに慣れて
                    きたのだが、買い物に出かけた時の
                    ことだった。

                    はりまや橋の先の賑わっているアーケード
                    のある商店街がアッチコッチに広がって
                    いる場所に着いて、
                    ナビの案内通りに走っているうちに
                    迷子になってしまった。

                    歩道と車道の段差のない商店街だった。

                    心からナビを信じている私は、
                    ナビが嘘をつくはずはない!と固く
                    信じて運転していた。

                    商店街に着いたのはわかったが、まだ
                    進めと言う。

                    素直な性格の私は言われるがまま
                    車を走らせた。

                    何か様子が変だと気づいた時は遅かった。

                    青信号なので直進させているつもりが、
                    ふと気づくと片側に人が沢山いて、
                    私は車で横断歩道を「青信号」を
                    渡っていたのだ。

                    この時は、ナビに裏切られた気持ちより
                    恥ずかしい気持ちで一杯になった。

                    大通りだったのが救いとはいえ、
                    車で横断歩道を渡るものではない。
                    非常に気分が よろしくない。

                    人が沢山いたから、こちらも速度を
                    落としノロノロと人間と同じくらいの
                    スピードで車を走らせたのだけど、
                    消せない記憶になっている。

                    以来、私はナビを信じないのである。

                    必ずナビィに
                    「あなた嘘教えたら、しゃべれなく
                    しちゃうからね」と言ってしまう。

                    今日 ひょんな事から他の人に、
                    一人で車に乗っている時って、
                    ナビと どんな会話をするの?
                    と尋ねたら「え?」という顔をされた。

                    あれま。ナビと普通に皆は
                    一人で車に乗っている時
                    しゃべらないものなのでしょうか?

                    突っ込み入れたり、茶々を入れたり、
                    しないのでしょうか?

                    私は絶対おしゃべりしている人って
                    いると思うのだけど……

                    2014-01-20 22:16:38投稿者 : Nachiko
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                      実話・人形の話

                      今 今年出す新譜の作品を書き溜め
                      している。中に人形が出てくる作品が
                      あるので、ふと人形の事を考えていた。

                      昭和ってアップライトのピアノがあると
                      その上に「フランス人形」が
                      飾ってあるお宅が多かったのでは
                      ないだろうか?

                      今は何が飾ってあるのだろう。
                      私の記憶ではアップライトの上は
                      「フランス人形」で、
                      グランドピアノの上は(蓋を開けたりする)
                      簡単な写真立てが一つくらいポン
                      と置いてあったように思う。

                      そんな「フランス人形」も 今では
                      あんなに飾られなくなった気がする。

                      私の家でさえ、気づいたら「フランス人形」
                      は無くなっていて、今では
                      刻印の打ってある貴重?らしいが、
                      そんな人形がケースに入れられて置いてある。

                      そもそも「フランス人形」とは
                      中原淳一が名付けたそうだ。
                      今年で生誕100年でイベントが行なわれている。

                      日本のファッションデザイナーの先駆的な
                      存在で、現代のファッション界に大きな
                      影響を与えた人だ。

                      調べたら芦田淳氏は内弟子だったという。
                      高田賢三、金子功、森英恵、花井幸子、
                      丸山敬太など世界で活躍するデザイナーの
                      多くが影響を受けているというのだから
                      凄いと思う。

                      この中原淳一のファッションデザインは
                      洋服だけでなく、髪型からアクセサリー、
                      帽子、バッグ、靴、コートまでを
                      コーディネイトするトータルファッションの
                      提案であり、
                      『愉しく美しく装う』意識を教えるもの
                      だったと公式サイトに書いてあった。

                      戦前の少女雑誌の仕事の中で、
                      川端康成や吉屋信子という大御所から
                      指名を受けて小説の挿絵を手がけ
                      絶大な人気を得ていたというのは
                      本当に素晴らしい。

                      竹久夢二から続く あの何ともいえない
                      叙情的な雰囲気は日本ならではのものだ。

                      漫画家の池田理代子氏が、
                      「目線の特徴は焦点があっていない。
                      微妙にずれていることによって、
                      どこを見ているのかわからない
                      ような神秘的な魅力。
                      瞳の下に更に白目が残っていて
                      これはやはり遠くを見ている
                      目で今みたいなことを考えている。
                      瞳が人間の心を捉えるという法則を
                      よくご存知だったのではないか」
                      と語っているとwikiに記してある。

                      夢見るようなその瞳。
                      遠い世界に憧れる少女達の心。

                      現代っ子なら、さっさと航空券を
                      持って異国に行ってしまうことを
                      考えると何ともウブで、
                      胸がキュンとなる世界だ。

                      本好きだったせいか、中原淳一の
                      口絵とか挿絵は随分見た。

                      その中原淳一が「フランス人形」
                      と名付けたなんて ちょっとした
                      あり得るけれど印象に残る話だ。

                      私の家には、そんなお飾り用の人形
                      と私が実際に遊ぶ人形があった。


                      ここから 信じたくない人は
                      信じなくてもいい話になっていく。

                      私が与えられた遊ぶ人形は、
                      髪と瞳が黒くて、瞬きを揺らすと
                      手足が動いて座ることの
                      出来る日本的な顔立ちの人形だった。

                      あまりに幼い頃なので幾つの時に
                      与えられたのかも覚えていない。

                      ただ、その人形に私は
                      「夢奈ちゃん」と名付けて いつも
                      家で一人で遊ぶ時も一緒にいた。

                      そのうち人形遊びもあきてしまい
                      私は、どこぞへかに放置した。

                      記憶をたどると片方の目を腫らして
                      眼科に通った記憶がある。
                      とても痛かったので覚えている。

                      その時、母に酷く叱られたのも
                      覚えている。

                      放置した夢奈ちゃんは、どういう
                      わけか壊れてしまったのか
                      あれだけパッチリして、
                      よく開いたり閉じたりしていた目が
                      片方だけ半分だけ開いたままで、
                      全く動かなくなっていた。

                      あの時 母が私を叱った後、
                      急いでデパートだったと思うが
                      夢奈ちゃんを修理に出した。

                      夢奈ちゃんは新品同様に奇麗になり、
                      目の開閉もバッチリになって帰宅した。

                      私のダラダラと通っていた眼科通いが
                      終わったのも、その頃だった。

                      私の母は奇人っぽい処がある人で、
                      時々理解に苦しむ行動を取る。

                      夢奈ちゃんの片方の目の開閉
                      とか私が放置したことが、
                      どう関係あるのかサッパリ
                      わからない。

                      人間とは忘れやすい生き物で、
                      またまた夢奈ちゃんの事を
                      忘れての生活になった。

                      そして中学生になって、
                      私は腎臓を悪くして救急車で
                      運ばれるという事があった。
                      原因は色々考えられるのだけれど、
                      あと少し運ばれるのが遅かったら
                      尿毒症とかやらで危なかったらしい。

                      そこから、何度か腎臓病での
                      入退院生活が始まる。

                      主治医も一生治らない可能性が
                      高いとまで言っていた。

                      身体を冷やしたらダメなので、
                      腎臓からくる腰痛は無くなっても
                      防寒対策を徹底的にすることに
                      なった。

                      風邪をひいても腎臓にくるし、
                      不便なこと この上なし。

                      それが 何回目かの入院を経て
                      帰宅したら、私の部屋の
                      真ん中に あの薄汚れて
                      何処に放置したかわからなく
                      なっていた夢奈ちゃんが、
                      キチンと座っていた。

                      最後に見た時は、服も破けて
                      裸状態で、髪もボサボサ、
                      身体全体が黒く汚れていたはず。

                      それが肌色の奇麗なスベスベの
                      感じに手入れをされて髪も、
                      整えてあり、和服を着て、
                      帯まで締めて共布でリボンを
                      作り髪を束ねてあった。

                      和裁が得意な祖母が作って
                      着せたと聞かされた。

                      妙なことに夢奈ちゃんは、
                      私をじっと見つめていた。

                      その後は祖末にすることなく、
                      夢奈ちゃんは実家で絶対的な
                      ポジションを維持して
                      現在に至るのである。

                      その後、私の腎臓は完治し
                      元気でピンピンになった。

                      今でも実家で違和感たっぷり
                      な風貌で、しっかり応接間の
                      日当りの良いところに
                      陣取っている。

                      一体 夢奈ちゃんという人形は
                      私に関係があるのだろうか?
                      未だにわからない。

                      両親の気の使い方を見ると、
                      何だか不思議な存在なのかなぁ
                      などと想像する。

                      ピアノの上に飾ってある高価な
                      人形より大切にされているのが
                      わかるから。

                      よく呪術で人形を使う。
                      あれって まんざら根拠が無くもない
                      と思うのだ。

                      実際何かあったから、それがそういう
                      風習とかになって残っているのでは
                      ないだろうか?

                      夢奈ちゃんの服を新しく作ったりして、
                      毎日抱いてあげれば良いことでも
                      起きるのだろうか?

                      そんな よこしまな考えでやったら、
                      夢奈ちゃんに失礼だと思う。

                      きっと一人っ子の私を心配して
                      人形ながら一生懸命遊んだり、
                      見守ってくれていたのだろう。

                      だから祖末にされて怒ったのかも
                      しれない。

                      人形にまつわる不思議な話は沢山ある。
                      あっても全然変だとは思わない。

                      こんな身近に、夢奈ちゃんを
                      巡って私は体験しているから。

                      中原淳一の世界は夢奈ちゃんを
                      連想する。和服のせいもあると
                      思う。

                      こんな事なら私だけ和裁が出来ない
                      ので習っておけば良かったと思う。
                      洋裁でも良いのかな?

                      今度 ワンコの服を縫う時、
                      夢奈ちゃんのワンピースでも
                      作ってあげようかな、なんて
                      考えた一日だった。

                      2014-01-19 21:46:00投稿者 : Nachiko
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                        僕は病気

                        昨日の夕方からエリザベスカラーを
                        装着する事になったイタリアングレー
                        ハウンドのメイを中心に
                        我が家では変化が出てきている。

                        私としては次のアルバムの準備で
                        作品もストックしなければならないし、
                        細かい作業もある。

                        しかし…それどころでは
                        なくなってしまっている。

                        何しろエリザベスカラーを装着すると
                        メイが立ったままで座らないのだ。

                        昨夜は私の膝の上に居ると安心して
                        スヤスヤ眠るので徹夜。

                        途中 心臓病の老犬も抱っこを
                        せがむので2匹を抱っこしていた。

                        それでも察しているのか、
                        いつもみたく しつこく抱っこを
                        せがまない。

                        メイに遠慮しているのがわかる。

                        面白いのは昨夜も今朝も、
                        エリザベスカラーを外すと
                        途端にメイは元気ハツラツの
                        ワンコになり飛び跳ねて、
                        ご飯をモリモリ食べて別人になること。

                        様子を見て、またエリザベスカラーを
                        装着すると うなだれて尻尾を下げて
                        具合い悪そうに病人のようになる。

                        物音がしても吠えない。
                        いつも率先して吠える子なのに
                        「僕は病気だから吠えることは
                        出来ません」という態度を取る。

                        最初はエリザベスカラーが邪魔で
                        吠えられないのかと思って見ていたが、
                        そうではないらしい。

                        どうも気分が病人になるらしい。
                        一応吠えても力っ気なくて、
                        小声で「わん」とか「う〜」とか
                        聞き取れないような声を出す程度。
                        元々 この子を保護した時、
                        ショップで虐待されていたらしく
                        酷く怯えていた。

                        何しろ成犬になっても私の膝から
                        どいた事がないという病的甘えん坊
                        だった。

                        当然 他の子達が ひがむので
                        私は小さな膝でワンコ達を
                        真夏でも家にいる時は全員抱っこ
                        するはめになることが多かった。

                        そんな中での今回のメイの尻尾の付け根の
                        腫れ物が、もし癌だったら……
                        と内心穏やかではない。

                        先々代の愛犬を癌で亡くしている。
                        よく夢に出てきた子だった。

                        母が亡骸を抱いて夜通し子守唄を
                        歌っていたのを覚えている。

                        私はペットロスになり1週間記憶がない。

                        物凄く忠犬で半端ではなかったので、
                        遺影を飾った戸棚に銀行の貸金庫の
                        鍵を実家で置いておくほど、
                        そのワンコを信頼していた。

                        思えば犬も猫も自分の人生には
                        欠かせない思い出を絡めて
                        綴ってくれている。
                        彼等抜きで私の人生は語れない。

                        猫は苦手!といいながら、
                        これだけ沢山猫を飼ったり保護して
                        きて、今も一緒に暮らしているのだから
                        自分でも「私って猫が本当に苦手?」
                        と思ったりする。

                        ウチでは猫の決定的な病気の
                        伝染性猫腹膜炎のキャリアで
                        姉妹を亡くしていて獣医から隔離を
                        するように言われている子に
                        一部屋与え、末猫は犬達と暮らしている。

                        おかげで、末猫は犬化した猫になった。
                        ご飯の時間は、ワンコ達と並んで
                        台所に置いた仕切りのゲージの
                        前で待っている。

                        ワンコ達は「ワン、ワン」と催促し、
                        末猫は「ニャ〜」と催促する。

                        ウチで一番意地悪なのは、
                        真ん中の子で、一番上の子が重い心臓病で
                        食事も2種類混ぜて厳密に測って
                        ミルで砕いて薬を入れて与えているのを、
                        物凄い御馳走をもらっていると
                        勘違いしているらしく、よく
                        彼が食べ終わると食器を舐めに行き、
                        時々彼の食器を咥えて、部屋の中を
                        歩いていたりする。

                        いつも、あの奇形の極端に小さい
                        下顎で どうやって咥えて
                        何処に持って行くのだろうと思って
                        いた。

                        それが つい最近 その魂胆がわかった。
                        老犬の食器がなくなれば、自分が
                        その分 多くもらえると思ったらしい。
                        彼の食器を隠してしまったのだ。
                        居間を探したが何処にも見つからなかった。

                        仕方なく人間の食器をおろして
                        フードを入れて与えた。
                        その時の隠した本人の嫌そうな目が
                        印象的だった。

                        翌日 隠された老犬の食器は
                        何と玄関の靴脱ぎ場に靴と
                        紛れて置いてあった。
                        ご苦労様としか言いようがない。

                        ウチは基本的に縦の関係をシッカリ
                        躾けているが、ワンコ同士でも
                        暗黙の了解があるらしい。

                        ご飯は絶対にボス犬から若い子にと
                        与える順番を私は守る。
                        しかしワンコの中で、水に関して
                        汚れていたり、無かったりすると、
                        催促した者が一番に飲める特権が
                        あるようだ。

                        ここでも当然、他の子達は食器を
                        前足でカリカリとやって
                        「お水!」と軽く催促するだけなのだが、
                        あの食器を隠した悪ガキの
                        真ん中の子は、いきなり食器を
                        咥えて部屋中 投げて歩いたり、
                        前足でヒックリ返してガチャンガチャンと
                        大きな音を立てる。

                        抱っこをせがむ時は後ろ足を手術している
                        ので、人前では椅子の乗れないふりを
                        して留守中、椅子に乗り衣類を
                        引っぱり出し床に敷き、昼寝する有り様で、
                        「抱っこ〜」とウルウルした目で前足で
                        足を抱え込み抱っこちゃん人形に
                        ように くっついてくる。

                        そんな中を犬化した末猫が
                        短く「ニャ、ニャ」と鳴きながら
                        皆の頭を踏んづけて部屋中を
                        荒し回る。

                        今もメイはエリザベスカラーを装着して
                        鼻先を私に付けて体を丸め、すっぽり
                        私の上に乗っている。

                        この様子だと相当な重病人っぽいのだけれど
                        もし、ただのおデキだったら
                        笑い話なんだけどなぁと今夜も思ってしまった。
                        イヤ、笑い話であって欲しい。

                        こんなにビビリなんだもの。
                        癌だなんてことになったら、大変だ。
                        今夜 一人で眠れるかしら。

                        また抱っこかしら。
                        そうもビッタリくっついていてあげられ
                        ないし……

                        「病は気から」というけれど、
                        メイの場合は どうやら
                        エリザベスカラーが「病」の象徴らしい。

                        今まで一度も装着したことなかったのに。
                        目を閉じちゃって、本当に病人みたい。
                        私が もぞもぞっと足を動かすと
                        しがみついてくる。
                        ここまでくると本当に具合が悪いのか
                        心配になってくる。

                        2014-01-18 19:57:05投稿者 : Nachiko
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                          珍道中

                          今日の話。予定外の出来事。
                          それが、珍道中になった。
                          始まりは昨夜 イタリアングレー
                          ハウンドのメイの尻尾の付け根が
                          腫れているのを発見した事からだ。

                          今日 獣医にワンコ達の治療食を
                          取りに行く用事があったので、
                          早速メイを獣医に診てもらう事にした。

                          いつもなら車大好きワンコのメイ。
                          車窓に鼻を押し付けて、鼻水だらけに
                          するのに今日は違っていた。
                          何だかワガママっぽい雰囲気。

                          いつものドライブとは違うと
                          察したのかな?
                          などと思いながら首都高に入る。
                          運良く空いていてスイスイ走る
                          ことができた。

                          ラッキー!と思っていたら高速の
                          出口で、いきなり赤信号。

                          車を停めた途端、メイが
                          怒り出した。

                          おそらく犬語で
                          「何で止まったんだよぉ〜!
                          せっかくお天気も良くて
                          気分も最高だったのにぃ〜!」
                          って感じの文句の言い方。

                          そこから一般道になってからが大変。
                          今度は、ことごとく信号に
                          引っ掛かった。

                          そのたびに私にクレーマー
                          おばさんのように文句を言う。

                          こんな事 今までなかったのに。
                          車を走らせると、またご機嫌が直る。
                          私としては いつもと違うメイに
                          戸惑う。

                          車に乗せていれば上機嫌なのに…

                          いつから こんなに文句を言う子に
                          なってしまったのかしらん。

                          獣医に着いても、まだピンと来ない
                          らしくウロウロしていて他の
                          患畜さんを他人事のように
                          見て余裕をかましている。

                          診察室に入っていく子に
                          「かわいそう〜」なんて視線を
                          送っている始末。

                          それが…私が
                          「いよいよ次、呼ばれるかしらね」
                          とメイに声をかけた途端、
                          ソワソワし出した。

                          待合室を 吞気に歩いていたのに
                          私の椅子に自分で駆け上がれないと
                          言い出した。

                          椅子に前足をかけて
                          「上れない、上れない」とアピール。

                          仕方なく抱き取って椅子に乗せると、
                          今度は抱っこしろと くっついて来た。
                          完全にビビリ出した。

                          はぁ〜。他の子は普通に診察室に
                          入って行くのに何たる変貌。

                          名前を呼ばれて診察室に入ったら、
                          もう涙目になっていた。

                          情けない……

                          私は待合室に戻され、メイだけ
                          奥の治療室に抱っこされて
                          連れて行かれた。

                          ガラス越しにメイが数人の人に
                          抑えられて何かされている様子が
                          見えた。私の方を見ている。
                          何とも心細い顔をしている。

                          大きな悲鳴が聞こえた。

                          結局 炎症が酷いので内服薬で
                          炎症を抑え、これで炎症が
                          収まれば大丈夫だし、
                          収まらなければ、その部分を切って
                          検査に出すことになった。

                          つまり悪性腫瘍ということになる。
                          悪性腫瘍だったら
                          私は転移していなくて浅いのなら
                          手術しても良いと思う。

                          でも、絶対に抗癌剤は使わせない。
                          他の方法を考える。

                          抗癌剤で大切なメイを
                          殺したくないから。

                          ここでメイにとって大きな問題発生。
                          この腫れた部分を舐めたら絶対に
                          いけないのだ。

                          幾ら内服薬を飲んでも全く効果が
                          ないし、炎症も悪化するという。
                          つまり我が家始まって以来の
                          「エリザベスカラー」を装着する
                          事になった。

                          かわいそうなのは、イタリアン
                          グレーハウンドは鼻が長いので、
                          エリザベスカラーも大きくなって
                          しまうという災難なのである。

                          長さがないと意味がない。
                          獣医から大きなエリザベスカラーを
                          もらって帰路についた。

                          メイは帰宅してから暫く、これを
                          装着されることを知らない。

                          相変わらず助手席で信号で車が
                          止まるたびに、
                          「何で止めるんだよぉ〜」と
                          私の方を向き文句を言っていた。

                          帰りは暗くなっていて景色も違う。
                          それがよけいに気に入らなかった
                          らしい。

                          裏道に入って景色が地味に
                          なったら、文句は増した。

                          また大通りに出たらご満悦。
                          何ですか。私。

                          メイのご機嫌を取りながら
                          運転しているみたい。

                          帰宅してエリザベスカラーを
                          つけたら、メイは自由に
                          いつもみたく自分の口で
                          毛布を器用に全身にスッポリ
                          包むこともできなくなる。

                          腫れ物を治すためとはいえ、
                          かわいそうに思い、
                          厚着をさせての外出だったので
                          少し散歩をさせてから家に
                          帰ることにした。

                          水を欲しがるので水を与え、
                          いよいよエリザベスカラーを
                          装着。

                          バタンコと音を立てて暴れて
                          嫌がった。

                          やっと観念して、おとなしくなるまで
                          ひと苦労。

                          これってストレス解消のために、
                          相当日常で この子にも手を
                          かけてあげないと大変だと
                          思った。

                          今は他のワンコ達を押しのけて
                          私の膝を一人独占状態。

                          何故か他の子が譲るのも不思議。

                          メイはエリザベスカラーを
                          装着して少し経ったら、
                          まるで重病人のように
                          グッタリして
                          「僕は病人だぁ」オーラを出して、
                          横たわっている。

                          何だか これが ただのオデキだったら
                          この出来事は何だったのだろうと
                          笑える。

                          メイとの珍道中ドライブで、
                          こんなに信号を意識した日は
                          初めてだった。

                          信号が無いと車同士が ぶつかって
                          しまうのだよ、メイ。
                          そこは説明してもわかってくれない。

                          2014-01-17 19:03:19投稿者 : Nachiko
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                            自転車を免許制に!

                            寒い日が続いている。
                            雪が降らなくて良かったとは
                            思うが、東京の冬は
                            しんしんと寒い。

                            かえって雪が降った方が
                            暖かいかもしれない。

                            この寒さで超短毛種の
                            イタリアングレー・ハウンド
                            のメイの散歩も気温次第に
                            なっている。

                            関係なく厚着して散歩している
                            子もいるが、どうもメイは
                            すぐに家に帰りたがる。

                            北風が吹いたら大騒ぎになる。
                            風邪で獣医通いになることを
                            思えば本人の好きにさせるのも
                            悪くないと思い、毎年
                            この時期はメイの好きに
                            させている。

                            で、メイの散歩でいつも
                            感じてきたのが自転車のマナー
                            の悪さだった。

                            耳にはイアフォン、携帯を
                            いじりながらの歩道運転である。
                            うっかりすると犬も人間も
                            轢かれる。

                            「危ない!」と声を上げても、
                            耳にイアフォンをしているので
                            何も聴こえないらしい。

                            何度、うちのメイは怪我を
                            させられそうになっただろう。

                            私自身も普通に歩いているだけで
                            いきなり ぶつかってこられたり、
                            狭い歩道なのに危ない目に
                            よく遭う。

                            たまに驚くのはママチャリに、
                            母親が前後に子どもを乗せ、
                            背中に乳飲み子を背負って
                            4人で自転車に乗り、ハンドルの
                            左右にマーケットの袋を
                            ぶら下げている姿だ。

                            あれって法律で良いのでしたっけ?
                            車を運転していても自転車には
                            嫌な思いをさせられている。

                            いきなり信号待ちで倒れかかって
                            きて車に、めーいっぱい
                            傷つけて信号の色が変わった途端
                            脱兎のごとく逃げていった人もいた。

                            酷いのは、つい数年前
                            停止線で止まったのに車の前
                            を思い切り通り過ぎようと
                            したのか何なのか訳がわからないが
                            接触もしていないのに、
                            離れたところで勝手に自転車ごと
                            転んで、こちらが人身事故扱い
                            されたこと。

                            その翌日から、その人は仕事に
                            出ているのに何年か
                            毎月治療費だとかで、私の
                            保険会社に請求していて、
                            そのハガキが毎月届いていた。

                            どれだけ重傷なら、あんなに
                            高額な治療費を毎月保険会社
                            に請求できるのだろう?
                            と思うのだが未だに謎だ。

                            毎日鍼灸院通って、リハビリに
                            何かやってなのかと考えたが
                            クリニックの名前が書いてあるので
                            どうにもならなかった。
                            周囲は、悪質だったと言う。

                            それにしても自転車のマナー
                            の悪化は酷くなっている。

                            そもそも交通ルールを知らないで
                            乗っている人がいるという
                            こと自体が凄いと思う。

                            子どもは公道を走らせるのを
                            禁止させ、ある年齢になったら
                            免許制にして
                            しっかり交通ルールを覚えて
                            もらいたいと思う。

                            あと自転車の罰金が安過ぎるのは
                            何故なのだろう?

                            自動車又は原動機付き自転車を運転する
                            場合においては、携帯電話の使用が禁止
                            されているが、自転車に対する規則も
                            罰則もない。2009年7月1日から
                            各都道府県の公安委員会規則が改正され、
                            携帯の使用、傘をさすなどが規定される
                            ようだと書いてあるが、罰則が軽い。


                            ・点灯義務
                            夜間、道路では前照灯をつけなければ
                            ならない。
                            5万円以下の罰金

                            (実際 横に わかりにくい小さなチカチカ
                            した光るのを付けていて歩行者にも
                            車にも認識できなくてもOKとされて
                            いるのは何故だろう?あれは認識できない
                            。それで突然ぶつかってくる自転車!)

                            ・ながら運転の禁止
                            ヘッドホンステレオ等を聞きながら、傘を
                            さしながら、携帯電話を操作しながらの
                            運転は禁止。
                            罰金5万円以下

                            (私は今まで目の前で、この姿で通過する
                            自転車を注意している警察官を見た
                            ことがない。堂々と皆やっている)

                            ・信号に従う義務
                            道路を通行する場合には、信号機の表示する
                            信号または警察官等の手信号に従わなければ
                            ならない。この場合の信号とは、原則として
                            対面する信号機の信号をいう。
                            罰金3ヶ月以下の懲役又は5万円以下の罰金

                            (大きな通り以外で信号を守っている
                            自転車を見たことがない)

                            そもそも2013年12月1日から
                            やっと、道路交通法が改正されて、
                            自転車の通行可能な場所が変更され
                            逆走が禁止になったという遅れ方だ。
                            この場合も罰金5万円以下という軽さ。

                            私の良く知る人で自転車ばかり乗って
                            いる人がいる。
                            その人は、何度も交通事故に遭いそうに
                            なり車の悪口を猛烈に並べる。

                            話を聞いていると、
                            たとえば こんなシチュエーションがある。
                            「トラックに轢かれそうになった。
                            トラックは許せない!」
                            どういう場面だったかと聞けば、
                            トラックは通り抜けようとしたら、
                            突然バックしてきたそうだ。
                            おかげで轢かれる所だった!と騒ぐ。

                            つまり車の免許を持っていないので、
                            バックする時にバックライトがつく
                            ことも、ウインカーがつくことさえ
                            知らない人が実際に存在している。

                            私自身も自宅の車庫に車を
                            入れようとしている時に、
                            いきなり車の真後ろを自転車が
                            通ってきて驚くことは
                            よくある。

                            こうなると義務教育で交通ルールや、
                            実際乗らなくても車の仕組みくらい
                            教えても良いのではないかとさえ
                            思ってしまう。

                            自転車に乳飲み子と4人で乗って
                            即死したママチャリの話は
                            たまに聞くが、それだって
                            どうしても子どもが小さくて
                            人手がなくて買い物に出られなければ
                            今は いくらでも宅配のサービスがある。

                            自転車をスポーツとして楽しむなら
                            ともかくとして街中で、フラフラと
                            通行人に怪我させながら闊歩する
                            のを許す風潮は、どうしても
                            私は納得できない。

                            きちんと交通ルールを守って
                            自転車に乗っている人もいるのに、
                            やはり個人差なのか、それとも
                            国は税金を上げるなら、こういう
                            自転車の乗り方をした連中を
                            放置せず もっと高く罰金を
                            摂取するべきだと私は思う。

                            安心して年寄りも犬も
                            街を歩けない現状を把握して欲しい。

                            2014-01-16 17:36:22投稿者 : Nachiko
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                              出先で見て思ったこと

                              今日は出先で たまたま遭遇した
                              中年の御夫人を見て頭の中に色々
                              思い浮かんでしまったので、それを
                              書こうと思う。

                              かなり込んでいる場所でカウンター
                              に人がいて品物を渡してくれる場所を
                              思い浮かべて欲しい。
                              人は自分の順番を待っているわけだ。

                              それが 割り込みとか、喧嘩なら
                              見たことはあるのだが
                              その御夫人は違っていた。
                              出された品物を受け取らないのだ。

                              私が、その場所に行くより前から
                              居たらしい雰囲気だった。
                              待っている人達もシラ〜っと
                              していた。

                              最初は何が起きているのかと、
                              その御夫人の服装をぼんやり
                              眺めていた。

                              今日みたく寒い日は、
                              私はGパンにダウンを着て
                              毛糸のマフラーをしていた。

                              相変わらずの私の服装だが、
                              その御夫人は見るからに、
                              カシミヤの上質なコートに
                              靴もバッグも高価で、
                              手にしている長財布は
                              高いことで知られている
                              ブランドの物だった。

                              ただ印象的だったのは、
                              その長財布を持つ手の指先の
                              爪が見た事もない程、
                              マニュキュアも塗っていない
                              のは良いとしても、
                              少しカーブしかかっている
                              ほど長かったことだった。

                              全身コートからバックも
                              靴も全てが黒一色で統一していた。

                              何を揉めているのかと思えば、
                              カウンターで渡された物が
                              高いと言っているのだ。

                              希望の物が無いなら普通帰る
                              だろうと思うのだが、
                              この御夫人は 
                              「あなた勉強不足ね。
                              調べてみなさい。
                              同じような物で値段の安い
                              物があるはずよ。」
                              と一歩も引かないのだ。

                              とうとう、お店の人が
                              カタログを持って来て広げる。

                              後ろで見ていて、そんなに差が
                              あるのかと知らない私は
                              思いながら見物していると、
                              それでやっと奥から別の物を
                              持ってきて、これで会計…と
                              なると、また
                              「高いわ。こっちの商品も
                              似たようなもので安いのがあるはず」
                              と言い出す始末。

                              だったら最初から全部、これにしてと
                              言えばいいのにと思うのは私だけ?

                              でも、その違いとやらが私には
                              さっぱりわからなかった。

                              長い爪で長財布を掴んでは
                              イライラしている姿ばかりが
                              印象的で、見るからに
                              お金持ちそうなのに 
                              こんなにも「もっと安いものを!」
                              と連呼しなくても良い身分
                              なのではないかと
                              勝手に思ってしまった。

                              いや、これくらいでないと
                              お金持ちにはなれないのか?

                              それにしても後ろで人が並んで
                              いるのに よく平気だなぁという
                              方が大きかった。

                              その長い爪は私の想像力を
                              膨らませた。

                              あそこまで長いと往年の意地悪な
                              物語に出てくる魔女達は
                              全員長い爪をしている。

                              爪は人間にとって大きな意味を持つ。
                              野生の動物にとっては武器だし、
                              私は映画『ウルヴァリン』の
                              爪のような武器が頭に浮かぶ。

                              爪は攻撃的なイメージがある。
                              20世紀後半からアメリカから美容の
                              流行で女性向けの装飾目的の
                              人工爪が世界的に広まった。

                              これは爪本来の機能の代用ではなく
                              自然の爪の拡張となる物である。
                              その方法には自爪の上にフォーム
                              を形成し、チップを貼付ける
                              2つの主な段階がある。

                              この人工爪による装飾や
                              美容技術は「ネイルアート」
                              と総称されている。

                              1998年頃から日本では
                              定着している。
                              私達が可愛い爪をした女性を
                              見るようになって、もう
                              随分経つのだ。

                              それにしても、あのさっきの
                              御夫人といい、物語に出てくる
                              魔女達といい長い爪を
                              あんな状態にしておくのだろう?

                              とても素朴な疑問がわいた。
                              長い爪をした魔女が染めていても、
                              真っ黒だったはず。

                              魔女はネイルアートまで
                              頭がまわらないのだろうか?

                              日本では爪にまつわる迷信が
                              幾つもある。

                              「夜に爪を切ると良くない」
                              「親の死に目に会えなくなる」
                              などは様々な諸説があるが、
                              暗い・囲炉裏とかが関係している
                              のでは?という説もある。

                              爪が呪術に、髪の毛などの対象
                              となる者の一部として用いられ
                              たので、またさらに爪の存在は
                              違ったものとして植え付けられて
                              いったような気もする。

                              「遺髪」という物が存在するわけ
                              だから。

                              爪は こうして考えてみると
                              人によっては 清潔感を与えるもの
                              でもあるだけでなく、そこに
                              色気を感じる人もいるわけで
                              時代と共に変わってきている。
                              それに病気のサインを出す大切
                              な場所でもある。

                              なんて、2列にならんでいっこうに
                              隣りが、その御夫人で流れない列を
                              横目に自分の番が来て店を出て
                              来た。

                              帰り道、車で通ったら
                              まだ黒い服の御夫人の姿が
                              ガラス越しに店内に見えた。

                              ふと思ったのだけれど、
                              もしあと1センチでも爪を
                              切ったら、あの御夫人の
                              イライラは減るのではないか
                              と思えたのは私だけだろうか?

                              2014-01-15 18:34:19投稿者 : Nachiko
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                                トーマの心臓

                                これは有名な萩尾望都の漫画の
                                『トーマの心臓』だ。
                                インタビューで萩尾氏は
                                「ギムナジウムを舞台にしたのは、
                                ヘッセを読んで以来、ドイツという
                                国にあこがれていましたので…」
                                と語っている。

                                テーマは作者としては
                                「いつ人は愛を知るのか、愛に目覚める
                                のか」と語っている。

                                漫画雑誌『週刊少女コミック』で
                                1974年19号〜52号に掲載された作品
                                で、フランス映画『悲しみの天使』を
                                モチーフとしてドイツのギムナジウム
                                (高等中学校)を舞台に人間の愛と
                                普遍的かつ宗教的なテーマを描いた。

                                ヘッセ大好き人間の私は、この作品に
                                漂う独特な透明感に惹かれた。

                                しかし、当時は先に「ポーの一族」から
                                読んだ記憶がある。

                                ストーリー的に面白かったからだ。
                                その頃 竹宮恵子の『風と木の詩』も
                                話題だった。竹宮恵子の作品は
                                ウィーン少年合唱団のボーイソプラノ
                                という感じと、作品そのものが
                                ウィーン少年合唱団だった。
                                その二人が頭角を現している感じで、
                                少年愛=透明感=ウィーン少年合唱団
                                みたいなイメージが、そこで
                                ついてしまった。

                                とても繊細で美しいという感じで、
                                しなやかながらドロドロした中に
                                陰湿さを民族や宗教で日本人には
                                納得させてしまうような、
                                不思議な感覚があった。

                                今 少年愛が流行っているが、その頃の
                                少年愛とは全く違ったものではないか
                                と推測する。

                                ここで取り挙げた『トーマの心臓』は
                                読後 どうしてもスッキリしなかった。
                                むしろ腹が立った部分が多かった。

                                それは月日と共に納得していく
                                のだが、初めて読んだ時に年齢を
                                考えると無理もないのかもしれない。

                                1977年に『雪の子』という作品を
                                出しているが、これも読後感が
                                よろしくなかった。

                                この『雪の子』では孫が男の子だったら
                                引き取ると、おじいさんが言ったために
                                男の子をふりをさせられている女の子
                                が主人公だ。愛情など関係なく、
                                跡継ぎが必要だからという理由なのだ。

                                男女がはっきりしてくる13才過ぎには…
                                というストーリーに気分の良い気持ちが
                                持てるはずがない。

                                「トーマの心臓」で不快さの原因の元は
                                アーリア人たる誇りでがちがちの祖母で、
                                ドイツ社会の体現者として、ギリシャ系
                                の亡き父親に似た黒髪のユーリに
                                立ちはだかるわけで、
                                ユーリは祖母=社会に認められる人間に
                                なることだけが生きるみちに
                                なってしまう。

                                これは私自身も感じることだが、
                                必ずしも“老人”が“弱者”ではないという
                                ことだということを物語っている。
                                老人で金と権力と人種差別を持って
                                いれば立派な加害者になる。

                                「トーマの心臓」の話で、
                                主人公のユーリの存在は上級生に
                                暴行されたせいではなく、
                                この 祖母のイジメが原因なのでは
                                ないかと思う。

                                父親は子どもにとって成長過程に
                                おいて情緒の安定と言われている。
                                ユーリには頼れる父親に代わる人が
                                いない。

                                自分は愛されない存在だとかたくなに
                                思い込もうとする。

                                この傾向が本当に全てに当て
                                はまるのかは私にはわからないが、
                                私がみてきた中では、その傾向が
                                強かったのは事実だった。

                                メールでも電話でも対面でも、
                                クライアントさんの生育歴を尋ねると
                                ポイントになる年齢に何かしら
                                物事が起きていることが多い。

                                一度自分は価値がない人間だとか、
                                愛されない存在だとかかたくなに
                                思い込んでしまうと それは
                                自己否定になり自己卑下へと
                                なっていく。

                                そこで宗教は「あなたは神に愛されて
                                いる」と呼びかけたり「神の子」
                                と、ここでは出てくるのだが、
                                ストーリー的には成り立たなかった
                                のだろう。親がいなければ聖職者が
                                神の愛を説いて もっていこうと
                                思えばハッピーエンドにもっていける
                                のだろうが、作者はストーリーを
                                途中から描きたかったと述べている。

                                私が感じた読後の違和感みたいな
                                ものが残っていたのは、
                                この“年寄りはいたわるもの”という
                                先入観だったのだろう。

                                高齢化社会と言われて4人に一人が
                                60代になると計算されているが、
                                その中で若者が勢いがあるかと
                                いえばそうでもない。

                                考えても凄いもんだ。
                                生きてるだけでも これだけ
                                お金がかかる。
                                ちょっと書き抜いてみる。

                                ・働いたら罰金→所得税
                                ・買ったら罰金→消費税
                                ・持ったら罰金→固定資産税
                                ・住んだら罰金→住民税
                                ・飲んだら罰金→酒税
                                ・吸ったら罰金→タバコ税
                                ・乗ったら罰金→自動車税・ガソリン税
                                ・入ったら罰金→入浴税
                                ・起業したら税金→法人税
                                ・死んだら罰金→相続税
                                ・継いでも罰金→相続税
                                ・あげたら罰金→贈与税
                                ・もらっても罰金→贈与税
                                ・生きているだけでも罰金→住民税
                                ・若いと罰金→年金
                                ・老いても罰金→介護保険料
                                ・老いたら罰金→後期高齢者

                                わからないのは水道代。
                                水を流したら、今度は下水料金がかかる。
                                つまり下水に回らない散水とか、
                                飲水にも下水料金がかかる不思議。

                                北欧の税金の高さは色々言われている
                                けれど、調べると国民への還元率が
                                とても高い。
                                日本は税金を払っているのに、その
                                恩恵に与る国ではワースト幾つか
                                調べればすぐわかる。

                                萩尾望都の漫画から脱線してしまったが、
                                いつの世も、お金と権力を持った
                                老人ほどタチの悪いものはないという
                                ことを描いた作品が、実は
                                「トーマの心臓」の核心なのでは
                                ないだろうかという見解だ。

                                そりゃ、美しい少年の葛藤や、
                                ギムナジウムという設定なので
                                露骨にそう感じないかもしれないが
                                デリケートな年頃ゆえ、
                                いつの世も老人は中には
                                タチの悪い人もいるという
                                ことなのではないかと思えてならない。

                                それにしても、この現代を生きている
                                だけで私たちって凄いと思う。

                                不平・不満があって当たり前。
                                愚痴って当たり前。

                                ただ、そこで それらが次に さらなる
                                負を招くことを思うとゾっとする。

                                人間 のんびりお風呂にでも入り、
                                時にロウソクの炎でも眺め、
                                心地良い音楽を聴き日常を
                                やり過ごしながら、自分を大切に
                                仲間を大切に、そして皆が
                                ファミリーになれる日がくることを
                                願っている。
                                太陽は平等に照らしてくれている
                                のだから。

                                2014-01-14 16:17:00投稿者 : Nachiko
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                                  ピッツとピスの話から…

                                  私は人間の美徳とか愛とかを語る上で、
                                  どうしても忘れられない事がある。
                                  いつも書いている事だが光あるところ
                                  には闇があるわけで、
                                  それが はたして本当に闇なのか
                                  という問題にまで発展する。

                                  人間の記憶は幼い時ほど強烈な
                                  インパクトとして残ることが多い。

                                  私が初めて経験したのは2羽のヒヨコ
                                  を通してだった。

                                  幼い頃 縁日で2羽の黒いヒヨコと
                                  黄色いヒヨコを買ってもらった。

                                  黒いヒヨコにピッツと名付け
                                  黄色いヒヨコにピスと名付けた。

                                  毎日窓枠の外に出して遊ばせて、
                                  名前を呼んでは餌をやり とても
                                  可愛がっていた。

                                  ヒヨコ達は名前を覚え、私が呼ぶと
                                  トコトコと付いて来るようになった。

                                  唯一の遊び相手のヒヨコ達だったので
                                  私の可愛がり方は半端ではなかった。

                                  彼等と過ごした日々は今も
                                  ハッキリ覚えている。

                                  小さなヒヨコが気持ち良さそうに
                                  日向ぼっこをしたり、
                                  私の手の中で寝たり、
                                  私が呼べばトコトコ急いでこっちへ
                                  来て「なぁ〜に?」と見上げたり…

                                  床に放せば私に付いて来るしで、
                                  名前もヒヨコなのにピッツとピスという
                                  違いを理解していた。

                                  そんな彼等のヒヨコ時代が終わりに
                                  なってきた。

                                  ある日 親に
                                  「家では飼えないから ちゃんと可愛がって
                                  飼ってくれる処があるから そこに
                                  あずけなさい」と言ってきた。

                                  親に逆らったことのない私は
                                  何度も「本当に可愛がってくれるの?」
                                  と尋ねて泣き泣きお別れをした。

                                  暫くして ずっと忘れないでいたら、
                                  私はピッツとピスが親が知り合いを
                                  通して養鶏所に渡したことを知った。

                                  その時のショックは相当な物だった。
                                  鶏肉を食べることが出来なくなる
                                  ほどのものだった。

                                  裏切られたというより、逆らえない
                                  自分、無知な自分に腹が立って
                                  やりきれなかった。

                                  大人になったらヒヨコから飼って、
                                  ニワトリやアヒルに囲まれて
                                  暮らしたいと真から思った。

                                  すでに その頃からヤギと暮らしたい
                                  という願望があったので、
                                  私の頭にはヤギと散歩して、
                                  家にはニワトリやアヒルがいて
                                  犬猫がいてという憧れがあった。

                                  それは幼い頃の鶏肉に対する
                                  チョットした私の傷になった。

                                  それからは動物好きから、その
                                  動物の目を見るようになる癖が
                                  ついた。

                                  邪心がなくて澄んでいる。
                                  奇麗だなぁと思うことが多かった。

                                  そんな気持ちをもったまま、
                                  いつものように本を読んでいると
                                  ある時期『西遊記』にはまった。

                                  面白くて なるべく詳しいのをと思い
                                  お茶の水を彷徨った。
                                  そこで、中にとても気になる記述が
                                  出てきたのである。

                                  ……………………
                                  途中「万寿山」にたどり着いた。
                                  万寿山の山中に「五荘観」という
                                  お寺があり、そこには「鎮元仙人」
                                  と48人の弟子が住んでいた。

                                  この五荘観には、世界に類を見ない
                                  奇妙な木が生えていた。

                                  その木は3000年に一度だけ花が
                                  咲き、3000年に一度だけ30個の
                                  実をつけ、その実は3000年かかって
                                  熟し、さらに食べごろになるまで
                                  1万年も待たなければならない
                                  不思議な実だった。

                                  その実は「人参果」といった。
                                  形はまるで人間の赤ん坊そっくりで、
                                  匂いを嗅ぐだけで360年、一つ
                                  食べれば4万7000年も長生きできる
                                  そうだった、
                                  …………………

                                  という部分だった。
                                  これは調べればすぐわかる事だが、
                                  中国には胎児を最高のもてなしとする
                                  古来の風趣があると出てくる。

                                  今でも闇で人肉カプセルなる物が
                                  出回っているのは周知の事実だろう。

                                  食物連鎖の頂点が人間だなどと
                                  学校で教わったのは、やはり嘘だと
                                  思ったのは言うまでもない。

                                  勿論 食人をするのは人間ではない
                                  という説もある。
                                  しかし、食人の目的は実に多様
                                  なのである。

                                  ・飢餓のための食人
                                  ・最初からタブーのない食人
                                  ・超人幻想からくる食人
                                  ・迷信からくる治療のための食人
                                  ・故人に対する愛からの食人
                                  ・故人の憎悪からくる食人
                                  ・刑罰のための食人
                                  ・呪術のための食人
                                  ・儀式としての食人
                                  ・性的要素のための食人

                                  人肉の漬け物は孔子の好物だったとか、
                                  人間の肝は冷やして食べれば旨いとか、
                                  清の時代の宮殿では人肉食がご馳走だった
                                  とか、枚挙に暇がない。

                                  中国ではしばしば大飢饉が国を襲ったが、
                                  そのときに必ず食人が見られ、しかも
                                  それをそれが堂々と「人肉」として
                                  市場で売られてきた歴史がある。
                                  もちろん、現代の中国では重罪に
                                  なっている。

                                  勿論 これは中国というより、
                                  もともとスペイン語のcanibalが
                                  語源で、カリブ族のことを指して
                                  おり、16世紀頃のスペイン人には、
                                  西インド諸島に住む彼等は人肉を
                                  食べると信じられていた。

                                  なお、タンパク質の供給源が不足
                                  している(していた)地域では、
                                  人肉食の風習を持つ傾向が高いという
                                  説がある。

                                  実際に、人肉食が広い範囲で見られた
                                  ニューギニア島は他の地域と比べ、
                                  豚などの家畜の出播が遅く、
                                  それを補うような大型野生動物も
                                  生息していなかった。

                                  こういった地域での族外食人には、
                                  もとは社会的意図がなかった
                                  可能性が示唆されている。

                                  書き出すと、このテーマは沢山書く
                                  ことがあるので程々にするが、
                                  話を戻すと私はヒヨコの
                                  ピッツとピスを手放したことから
                                  暫く鶏肉を食べられなくなった
                                  ことから始まっている。

                                  つまり、人間が いかに複雑な生き物で
                                  生きるために逞しく生き抜いてきたかを
                                  書きたかったのだが、
                                  食物連鎖は実に奇妙な回り方をしている
                                  部分が、あるようで「生きる」
                                  ためには感情など関係ないと
                                  いうことになる。

                                  私は、絶対に清く正しいと当時信じて
                                  いた三蔵法師も人肉を食べたのだと
                                  思ってショックを受けたが、
                                  歴史認識、民俗学、人間の特性など
                                  書き抜いてみると
                                  そんなに驚くことはないと思える。

                                  つまり、全て自分の選択であり
                                  それをどう受け止めるかだと思うのだ。

                                  何をもって光とし、何をもって闇と
                                  するのかさえ 人間は あやふやなのかも
                                  しれないと思う時がある。

                                  ただ言えることは本人が納得していれば
                                  それで良いのではないかと
                                  言うことだと思う。

                                  私は自分がされて否なことは
                                  人には したくないと思うだけだ。
                                  闇の定義って本当に難しいと
                                  思ったのは正義が どこに
                                  実在しているか わかりにくいから
                                  だと思う。

                                  でも私はあえて叫ぶ。
                                  「光あれ、光を!」
                                  これは人の目に見えない世界が
                                  知っている真実だと思うから。

                                  2014-01-13 17:06:47投稿者 : Nachiko
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                                    コンクリなんて食べたくない!

                                    周囲からの勧めと自分の意志で課している
                                    「毎日ブログを書く!」という行為は、
                                    かろうじて続いている。
                                    自分がブログを書くと どうしてこんな風に
                                    なってしまうのだろう?とか
                                    思いながらブログの世界の深さに
                                    ひたすら敬服するばかりだ。

                                    私の書いていることなど、まとまりのない
                                    ダラダラしたメモ程度でしかない気が
                                    する。

                                    それぞれのジャンルのブロガー達の
                                    発信力にも頭が下がるが、
                                    このたびの法律でブログを閉鎖した
                                    ところもあり、残念としか言いようが
                                    ない。

                                    ブロガーにもよるが、何かの意図を
                                    持って書いているにせよ
                                    ジャンル別ごとの細かい表記を
                                    ブログとするなら
                                    これは何かを発信するほどの内容
                                    でもないので、やはり単なる
                                    覚え書き程度といえるのでは
                                    ないだろうか。

                                    などと思いながらの長い前置きで
                                    始まる今日は街で見かける振り袖の
                                    女性達からカレンダーで気づく
                                    「成人式」。

                                    20代の頃の私は30代後半に
                                    なったら和服の似合う女性に
                                    なりたいという夢があった。

                                    亡き祖母の普段着が和服だったこと、
                                    母親が好んで絣の着物を着ていたこと
                                    など和服は日常的に傍にあった。

                                    幼な心に、亡き父方の祖父も和服
                                    だったと記憶している。
                                    必ず白足袋を履き、袴でステッキに
                                    山高帽、丸メガネにヒゲを
                                    生やしていた。

                                    私の家に来るとチラシ寿司を取って
                                    いたのを覚えている。

                                    日本女性たるもの和服を着れなくて、
                                    どうする?!
                                    などと意気込んでいたのは、簡単に
                                    着崩れないように母や祖母達が
                                    和服を着ていたからだろう。

                                    実際、真似して着てみたが着れなくて、
                                    白旗を挙げた私は和服を着るため
                                    和服着装士なるものの勉強しに
                                    行ったのだから今考えると
                                    無駄な抵抗をしたものだと思う。

                                    何せ、着装士ということは
                                    他人に着せるのである。
                                    自分で満足に着れない人間には
                                    ハードルが高い。

                                    この不器用な私には笑い話かも
                                    しれない。

                                    それでも毎日毎日、まずは襦袢を
                                    体に巻き付けることから
                                    始まった。

                                    鏡の前で ひょいとつまんで丈を
                                    合わせて背中の中心を背骨に
                                    合わせることから始める。

                                    あるところまで通いきって
                                    試験らしいものも受けて、そこで
                                    振り袖の着付けや袋帯の幾つかの
                                    飾った結び方を習ったので、
                                    着付けは理論上は出来るはず
                                    なのだが、浴衣を着る機会が
                                    あった時 簡単なのに着れなくて
                                    アタフタした私は一体
                                    あれだけ練習して費やした時間と
                                    体力は何だったのだろう?
                                    と思うばかりだ。

                                    念願の30代後半に和服の夢は
                                    もろくも崩れ、着付けの本ばかり
                                    本棚に眠ることとなる。

                                    要は巧く着れば1本だけ、しっかり
                                    した紐を上手に締めれば楽で
                                    着崩れもしなくて夏は涼しく、
                                    冬は暖かい(祖母達談)の和服
                                    なのだが、慣れていない私には
                                    その境地に至れなかった。

                                    今でも真夏に絽の着物なんて、
                                    最高にオシャレだと思う。
                                    和服は実に機能的だったりする。

                                    着古せば、ほどいて縫い直し、
                                    ねんねこや、かいまきや 綿を
                                    入れて はんてんにもなる。

                                    日本という文化は素晴らしい。
                                    私は西洋刺繍しか出来ないが、
                                    母をみていると、昔は鏡台の
                                    埃よけに作った布にまで
                                    帯にしてあるような金糸を
                                    使った あの細くて長い針でやる
                                    日本刺繍がしてあった。

                                    鶴とか湿地の草が焼き付いている。
                                    従姉達は琴や長唄をやり、
                                    コンサートに行っては和の
                                    世界の虜になっていった。

                                    時期と共に草履や下駄が玄関に
                                    並ばなくなっていったのは
                                    淋しいことだった。

                                    真夏の風鈴売りのおじさん
                                    金魚売りのおじさん…

                                    日常では夕方にはラッパを吹いて
                                    出て行くと人が集まるのを待って
                                    いる豆腐売りのおじさん…

                                    冬には石焼き芋の おじさんが
                                    拡声器で「石焼き芋〜」と言いながら
                                    荷台を引いていたのが、今では
                                    テープで流れて軽トラックで来る
                                    のを たまーに見る程度。

                                    何でもネットで手に入るし必要
                                    ないのは わかるけれど、
                                    山も美しい川もない私の住まいでは
                                    そんな外から入る音は日常に
                                    彩りを与えてくれていた。

                                    土がないから視界に入るのは
                                    コンクリばかりだ。

                                    一時 コンクリ−ト剥き出し風の家が
                                    流行った時期がある。
                                    打ちっぱなしという感じはシンプルで
                                    斬新に見えたけれど、
                                    あまりに多いと見慣れてしまい
                                    何でもなくなる。

                                    それがマンション建設現場とか
                                    幾つか並ぶと味もそっけもなくなる。
                                    景色の奥が、いかに大切かを感じる。

                                    家で食事をしていてもお米が
                                    コンクリ臭く感じることがある。

                                    そんな中で私は 藤原新也の
                                    『東京漂流』を読むとホっとする。
                                    藤原新也の世界が大好きだから
                                    よけいに そうなのかもしれない。

                                    よく東京人は冷たいとか
                                    言われるが純粋な東京人は
                                    人口の2割り居るかどうか、
                                    わからないと言われている。

                                    それぞれが自分の愛する故郷を
                                    持っている。
                                    東京だって、いちローカルなのだ。

                                    こんなに少ない東京人は
                                    私の知る限りシャレていなくて、
                                    東京に詳しくない。
                                    お人好しで人情派が多い。

                                    年始年末も帰る所がないから、
                                    そこで踏ん張るしかない。
                                    ガラガラに空いた道路を見渡し、
                                    東京弁を使ってUターン出来る人
                                    を密かに羨む。

                                    その半面 東京人が減っていく事を
                                    懸念している。
                                    東京が たとえコンクリだけの街でも
                                    永遠のラブコールを送る。

                                    川がドブ川になろうと、
                                    空き地が全て潰され
                                    夏にまったく蝉が鳴かなくなっても
                                    自分達だけはアスファルトに
                                    捨てられたゴミを拾いながら
                                    コンクリを睨み愛おしく思う
                                    矛盾した気持ちで一杯になるのだ。

                                    成人式の和服姿の女性は
                                    私に ふと色々な事を連想させて
                                    くれる。

                                    東京は これからが寒くなる。
                                    寒い時の和服の装備を思い出すと
                                    今でもププっとなる祖母がいる。

                                    毛糸の(何故かピンク)の
                                    腰巻きを中に巻いて
                                    「防寒対策!」と必ず言っていた。

                                    今宵は書棚の藤原新也の本を
                                    漁ってみようか。
                                    暖かい豆乳入り珈琲をワンコに
                                    飲まれないように……

                                    2014-01-12 20:12:21投稿者 : Nachiko
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                                      トイレの中で、どちらの手でお尻を拭くか?

                                      わー、今日は とうとう日頃思っている事を
                                      書いてしまう。下品な話題と思うことなかれ!
                                      実は遡ること中学時代に戻る。
                                      腕時計というものを腕に着けて登校する
                                      ようになってから、私は気づいた事があった。

                                      私は右手で字を書くので皆と同じに
                                      左手首に腕時計をしていた。

                                      しかし腕時計の表面は、すぐに傷だらけに
                                      なり、ヒビが入ったり欠けたりする。
                                      それでも買い直して また左手首に
                                      腕時計をする。

                                      繰り返しているうちに不経済だと思い、
                                      腕時計を右にしてみた。
                                      すると嘘みたく傷がつかなくなった。

                                      これはチョットした驚きだった。
                                      何故なら私は右利きで、右利きの人は
                                      左手首に腕時計をするものだと
                                      思い込んでいたからだ。

                                      そこら辺から自分は右利きなのか、
                                      左利きなのかと疑問を持つように
                                      なった。

                                      さらに、私の骨折歴からいうと
                                      (機会があったら骨折歴を書こうと
                                      思うのだけれど、恥をさらすようで
                                      躊躇している)
                                      一番痛感したのが左手を骨折した時の
                                      不自由さだったのだ。

                                      何が不自由かというとトイレの中で、
                                      私は右手を骨折した時に味わわなかった
                                      ストレスに見舞われて悩まされた。

                                      それが今回のタイトルにある、
                                      トイレの中で用を足した後
                                      あなたは 左右のどちらの手で
                                      トイレットペーパーでお尻を拭くか
                                      という問題だった。

                                      これは単純に体が固いとかのせいでは
                                      ないと思うのだ。

                                      私は「絶対に左手」でなければ、お尻を
                                      拭けないのだ。

                                      右手で拭くと、目的地点に達しても
                                      キチンと拭いた感じがしない。

                                      違和感と激しいストレスでトイレに
                                      行くことさえ嫌悪するほど負担なのだ。

                                      清潔でいたいという思いを破壊され、
                                      右手の自由にならない手で拭いた
                                      自分の体は不衛生で、たまらなくて、
                                      トイレの中では歯がゆくて出るものも
                                      出ない始末だった。

                                      そっと、周囲の親しい人に尋ねてみると
                                      右手で拭くという。

                                      これは何て事だろうと思ったのだ。
                                      その後から、いつ左手を骨折しても
                                      困らないように右手で拭く練習を
                                      密かに敢行するのだが、ストレスに
                                      負けて断念した。

                                      いつするかわからない左手骨折に
                                      備えて、そこまでやるか?
                                      と我が身を憂いてのことだった。

                                      さて、このトイレで左手絶対主義の
                                      私にとって利き手を知る手掛かりは、
                                      一体何なのだろうと疑問がわいた。

                                      そもそも利き目、利き耳、利き足など
                                      トータルして自分は どうなのだろう?

                                      その疑問は活発に働く脳にも
                                      影響があるはずである。

                                      そこで調べてみた。
                                      「左右の脳の形は、利き手によって
                                      変わってくる。右利きの人の側頭平面は
                                      左脳で広くなるが、左利きの人の側頭
                                      平面は、左脳で広いことも右脳で
                                      広いこともある」と書かれていた。

                                      これは「左利きの人は左脳が発達する人も
                                      いれば、右脳が発達する人もいる」
                                      という意味だ。

                                      そこで私は自分の利き手を調べてみたいと
                                      思い、話は またドツボの長いブログになる
                                      原因になる。

                                      利き手テストには幾つもあるが、
                                      有名なのは「エディンバラ利き手テスト」
                                      である。このテストに、さらに改良を加えた
                                      ものがあったので、やってみた。

                                      このテストでは、利き手指数だけでは
                                      判断せず、選択の種類によって判断される。
                                      利き手を8つに分類してある。
                                      質問は10個で、答えは
                                      ・常に右手/ほとんど右手/両手/ほとんど左手
                                      常に左手
                                      のどれかを選ぶのだ。

                                      質問は
                                      Q1.字を書く手は?

                                      Q2.絵を描く手は?

                                      Q3.ボールを投げる手は?

                                      Q4.はさみを使う手は?

                                      Q5.歯磨きする手は?

                                      Q6.ナイフを使うのは?

                                      Q7.スプーンを使う手は?

                                      Q8.ほうきを持つ時の上の手は?

                                      Q9.マッチを擦る手は?

                                      Q10.引き出しを引く手は?

                                      の問いに答えると利き手指数の%が
                                      でる。他にも手の器用さを図る
                                      ベグボードテストやチャップマン
                                      利き手テストなどあるが、上の
                                      エディンバラ利き手テストの改良版が
                                      一番正確に利き手を判断できると
                                      いうのでやってみた。

                                      やってみた結果私は、う〜んと思う結果に
                                      なった。

                                      (ここで一つ不服を書かせてもらうと、
                                      このテストは絶対に男性が作ったと思われる。

                                      肝心な「トイレでお尻を拭く手は?」
                                      という切実な生活に密着した問いが入って
                                      いない!)

                                      この回答の中に、常に右手と常に左手が
                                      それぞれ2つ以上あった場合には、
                                      「クロスドミナンス」となっていると
                                      書いてあるではないか。

                                      私が、それに当てはまったのだ。
                                      「クロスドミナンス」って一体何?
                                      と調べてみた。

                                      これは、動作によって利き手を使い
                                      分ける事をいうそうだ。
                                      英語でcrossdominanceと書くそうで、
                                      crossは交差とか交互とかいう意味で、
                                      dominanceは、権勢、優性、支配という
                                      意味だと書いてあった。

                                      そこで、私は何と右利きでも左利きでも
                                      ないという事実にぶつかったわけだ。

                                      利き手と脳の関係があるのは知っていたが、
                                      改めて調べると右脳と左脳の役割についての、
                                      おさらいになる。

                                      一般的には右脳は空間認知、左脳は言語処理
                                      能力を担っているといわれている。
                                      この事についても利き手と重要な相関関係が
                                      ある。実は言語脳において右利きの人の
                                      90%以上は左脳にあるが、左利きの人の
                                      60%が左脳にあり、40%が右脳にある。

                                      これを読んで、私は どちらにも属さないという
                                      ことで、自分の脳は どうなっているのかと
                                      思ってしまった。

                                      右脳について書くと、視覚的イメージを
                                      行なったり、直感的にまた瞬間的に判断したり
                                      する。すなわち視覚・聴覚・触覚・味覚
                                      臭覚などの五感をつかさどる脳であり、その
                                      処理については相対的で大雑把でさらに
                                      並列だという。

                                      右脳の記憶が並列と言うのはすなわち、
                                      食べ物を食べた時に、視覚と味覚と臭覚
                                      の3つを同時に記憶するということだ。

                                      もし右脳をうまく使いこなせるように
                                      なれば、感性や表現力が豊かになり、
                                      記憶力は桁外れに上がるだろう。

                                      左脳は主に右半身を動かすために
                                      命令を出すところ。
                                      主な役割として、文字や言葉などを
                                      認識したり、判断したりして、物事を
                                      論理的に判断することとある。

                                      さてさて、ではクロスドミナンスの
                                      私の脳は、どうなっているのだろう?

                                      そもそもクロスドミナンスは、
                                      先天的なもので、生まれつき
                                      「動作によって利き手が変わる人」
                                      を指すそうなので、私の数々の
                                      これまでの「やらかした」アホ話は
                                      この先天的な物のせいなのではない?
                                      と思い始めた。

                                      調べると、これがまた出てくる出てくる。
                                      クロスドミナンスは脳の発達の仕方が
                                      複雑だという内容で、マイノリティ
                                      な存在。当たっているのは単純作業の
                                      弱さ、球技などのスポーツの弱さに
                                      繋がると言及されていた部分。
                                      バスケット、サッカーなど酷く苦手!
                                      でも卓球は強いと思っていたし、
                                      バレーボールも まぁまぁだ。

                                      一番ビックリしたのはズバリなのだけど
                                      クロスドミナンスっぽい特徴として、
                                      左右の区別で一瞬迷うというのが
                                      挙げられていた。

                                      これは私の場合は重傷かもしれない。

                                      左右違ってブーツを履いて出かけて
                                      帰宅することなど日常茶飯事だし、
                                      車の運転でも一瞬迷う。

                                      これはオハイオ州トリード大学の
                                      心理学教授、スティーヴン・
                                      クリストマン曰く「私たちは150年間
                                      も利き手を誤解していたんだ。」
                                      ということであり、真に存在するのは
                                      「強い利き腕」と「弱い利き腕」
                                      だということである。

                                      つまり「側」ではなく「程度」が
                                      大事ということになる。
                                      という文面を思い出す。

                                      私が最初に強調して書いたように、
                                      トイレで用を足してお尻を拭くのは
                                      「絶対に左手」と主張する裏には、
                                      それが、いかに私の脳が その行為に
                                      関して大きく影響しているかだと
                                      思うのだ。

                                      私は よく私自身は一生懸命で真面目に
                                      やっているつもりでも、一緒に行動すると
                                      お腹を抱えて笑われる事が多い。

                                      学生の頃は「バカか利口か わからない」
                                      とよく言われていた。

                                      自分でも何故笑われるのか わからない。
                                      全てをクロスドミナンスのせいにして
                                      しまいたいのだが、それでは
                                      通らないだろうか?

                                      何か  こう何々に優れているとかいうなら
                                      カッコ良いが、利き手の問題で
                                      脳の仕様が複雑だからヘマだとも
                                      わからず大真面目にやっている?
                                      そうとしか思えない。


                                      で、この際ついでなので、またまた
                                      トイレという密室での話なので
                                      トイレットペーパーを どうやって
                                      巻き取るかを尋ねてみた。

                                      すると何と!

                                      ペーパーホルダーの内側にペーパーを
                                      巻き取る人と、外側に巻き取る人しか
                                      居ないのだ。

                                      えええええ!だった。

                                      私は左手で、えい!とペーパーを
                                      引っ張ると斜めに手の甲を傾けながら
                                      交互に手にペーパーを巻き付けていく。
                                      内側も外側もない。

                                      水平に引っ張って左手の甲を斜めに
                                      傾けて、からめ取る感じだ。
                                      これも脳のせいだろうか?

                                      私の日常生活は変だと言われないと
                                      わからないことばかりある。

                                      ここで私は、このブログでマイノリティな
                                      自分に味方して欲しいなどと
                                      呼びかけたりしないので。

                                      何でも「個性」という言葉で括る人が
                                      いるが、それは好まない。
                                      わかる人なら理解できる範疇の内容
                                      だと思う。
                                      「個性」と、あえて呼ぶ場合もあるから。

                                      皆 違って良いと私は思っている。
                                      皆が同じなら、お互いが補え合えない。

                                      違うからこそ、違った悲しみ、
                                      違った寂しさ、違った辛さ、違った涙を
                                      抱えて生きていることに、先に救いの光
                                      がある。

                                      手を怪我している人は、足を怪我している
                                      人のために歩くことが出来る。

                                      足を怪我している人は、手を怪我している
                                      人のため手を使ってあげられる。

                                      たまたま昨年書いた私の電子書籍
                                      『通院は楽しい』の、第一話が実は
                                      私のリアルな実体験だと ある人に
                                      話したら「殺人的面白い行為」だと
                                      読んだ人に言われた。

                                      本人は、これから平凡だけど 日常的な
                                      小説も書いてみたいと思っただけだった。

                                      いやぁ、わからないものだと痛感する。
                                      この、トイレの中で、どちらの手で
                                      お尻を拭くか?が私にとって
                                      いかに大きい問題か ご理解頂けたかと
                                      思う。

                                      人間は、何気ない日常の行為から自分を
                                      知るのだ。

                                      知ってどうなるというわけでもないが、
                                      そこで、何となく謎らしき物が解けたら
                                      心地良いではないか。
                                      今日の 私のおしゃべりは ここまで…

                                      2014-01-11 20:25:57投稿者 : Nachiko
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                                        猫8️⃣

                                        ここまできて今回は怪猫について書く。
                                        私の中では「怪猫」と「化け猫」の区別が
                                        ついていない。「化け猫」とは単に猫が
                                        化けたという解釈で「怪猫」とは そこに
                                        人間の怨霊とかを猫に入れ込んで膨らませ
                                        話を継ぎ足し継ぎ足しして、今に至る。

                                        大袈裟な物語として残る猫の事を指して
                                        いるのではないだろうか?とか推察して
                                        いるのだがどうだろう。

                                        人間の怨霊を鎮魂させるために猫を祀って
                                        鎮魂させたような形をとった形跡が残って
                                        いるものなどに出てくる猫を怪猫という
                                        のではないだろうか?

                                        この猫が苦手だった私でも未だに思う事が
                                        ある。仔猫は、とにかく可愛い。
                                        あれは詐欺だともいえるほど可愛い。

                                        それが気づくと ふてぶてしく、
                                        こちらが召使いのように使われている時がある。

                                        私が一緒に暮らす気がないのに、すっと
                                        入り込んできて、気づくと当たり前の
                                        ように そこにいる猫。

                                        おまけに仔猫の時の可愛らしさは詐欺師
                                        真っ青の可愛らしさだからズルいとしか
                                        言えない。人間が感情移入するのも無理
                                        なかろうと思う。

                                        今まで猫を主人公にした作品や化け猫の
                                        話を書いてきたが今回は「怪猫」として
                                        代表的な誰でも知る話を挙げてみる。

                                        それではいつものように河合隼雄の抜粋と
                                        共に書いていく。
                                        まず猫といえば魔性の猫という感じがする。
                                        この辺から抜粋と共に考えていきたい。
                                        …………………

                                        魔性の猫。これがポジティブなときは、
                                        癒しの魔術になるが、ネガティブなときは、
                                        災難や病気などの送り手となる。

                                        多くの場合、女性と結びつくことが
                                        多く、西洋の中世においては、魔女との
                                        かかわりが強くなる。

                                        どうして、西洋において猫は魔女と結びつく
                                        ことになったのだろう。
                                        フレッド・ゲティングズ『猫の不思議な物語』
                                        (松田幸雄・鶴田文訳 青土社)によると、
                                        エジプトにおいて、猫の女神セクメトが
                                        あまりにも崇拝されたので、このような
                                        異教徒の宗教に対する反発として、
                                        キリスト教は猫を無視、または敵視
                                        しようとしたからだと言う。

                                        同書によると、「1233年、教皇グレゴリウス
                                        九世は、異端者(魔女もそのなかに数えられる)
                                        が黒い雄猫の形をした悪魔を崇拝したと言って、
                                        猫反対の連合運動を推進した。」

                                        また、グレゴリウス教皇以前から
                                        「一部の彫刻された悪魔の像は、そのサタンと
                                        しての権威を猫属の顔つきで」表されたという。

                                        このような考えによって、「悪魔的な力の象徴
                                        たる猫を焼き殺す習慣」はヨーロッパにおいて
                                        よく行なわれたらしい。あるいは「黒猫は
                                        サバトに出席すると広く信じられていたので、
                                        猫の尻尾を切ると猫が女主人の魔女と一緒に
                                        出かけられなくなると想定し、村びとは慣習
                                        として猫の尻尾を切った」罪もないのに焼き
                                        殺されたり、尻尾を切られたりした猫たちは、
                                        真に同情に値する。

                                        猫はキリスト教国以外でも悪魔的存在として
                                        見なされると述べ、前掲書には、南米の
                                        インデォオ、ケチュワ族の最強で邪悪な猫の
                                        悪霊があげられているが、面白いのは、
                                        ハドランド・ディヴィス『日本の神話と伝説』
                                        に語られている話として、
                                        「しっぺい太郎」があげられていることである。

                                        「恐ろしい猫に率いられ猫属の形をした山の
                                        悪霊どもに、一家の長女の乙女は人身御供
                                        として捧げられなければならなかった。」
                                        と紹介されている。

                                        「しっぺい太郎」の話はともかくとして、
                                        日本の昔話に怪猫が登場することは、
                                        既に話した。我が国にも魔性の猫の
                                        イメージが強くあるのは事実であるが、
                                        ここでは猫騒動としてよく知られている
                                        物語「鍋島猫騒動」を『講談全集』
                                        (大日本雄弁会講談社、昭和三十年刊)
                                        によって紹介しつつ考えてみるが、
                                        この講談によると、怪猫談は実に多くあり、
                                        「団十郎猫、按摩玄哲猫、熊谷の鍋さげ猫、
                                        浦賀の唐茄子猫、石川の猫酒屋など、
                                        挙げるにいとまないほど沢山」あるが、
                                        その両大関格が「鍋島の猫騒動と、
                                        久留米の有馬の猫騒動」であるらしい。

                                        「鍋島猫騒動」の講談を読むと かなり長い。
                                        ここにストーリーを書いてもよいが、
                                        ストーリーだけだと味もそっけもない。

                                        しかし かなり生臭い。そもそも勝手な
                                        人間の親子関係のもつれから父親を
                                        切って自ら切腹する。これが囲碁を
                                        しているうちの感情のもつれからだと
                                        いうのだから たまったものではない。

                                        この基盤が、めぐって殿様のものと
                                        なるが、それ以来、殿様は囲碁をすると
                                        気が荒くなる。お付きの者も手を焼いて
                                        しまう程なのである。

                                        そんな殿様の処に龍造寺又七郎が碁の
                                        相手として招かれる。
                                        この頃、龍造寺家で、子どもにいじめられて
                                        いるのを助けて以来飼っている玉という
                                        「半面斑の烏猫」(真っ黒だが顔の半面に
                                        白い斑がある猫)がいたが、この猫が必死に
                                        なって又七郎に行かぬように説得する。

                                        それでも又七郎は登城し、囲碁をめぐる
                                        感情のもつれから、殿様に殺される。
                                        又七郎の死体は当時普請中の壁に塗りこめ、
                                        龍造寺家に対しては、又七郎は帰宅途中、
                                        どこかで行方不明になったと伝える。

                                        母・政は又七郎の行方を調べるがわからない。
                                        しかし、夢の中で飼い猫の玉に真相を
                                        告げられ、これは正夢と確信し、猫の
                                        玉を抱いて、
                                        「そなたの体内を借り受け、畜生道に
                                        堕ちたる上、通力を得て、鍋島三十五万
                                        七千石の家を覆し、我が子、又七郎の
                                        仇を討たん覚悟。のう玉、必ず
                                        わらわの願いかなえてくれよ」と言い
                                        つつ、懐剣を喉に突き立てて自害。

                                        玉を自分の切り口に当てがって、
                                        血を飲ませる。何とも凄まじい光景である。
                                        猫はそのままどこかへ立ち去り、龍造寺は
                                        断絶。用心の石田来助は浪人暮らしとなるが
                                        鍋島家に仇を返そうと機会を狙うことになる。

                                        鍋島の殿様が江戸詰となって江戸屋敷に
                                        来るが、ここから怪談話の本領発揮となる。
                                        怪猫も大暴れする。

                                        最後は めでたしめでたしになっていくが、
                                        怪物の怨霊をおそれ、鍋島家では猫どもの
                                        霊を祀ることにした。土地の人々は
                                        猫魔明神と呼んで、佐賀名所の一つとした。

                                        (何とも勝手な話だと思うのは私だけだろうか?
                                        宗教のせいで猫は徹底的に迫害されたり、
                                        祀られたり、神とされたり、人間の復讐に
                                        使われたり…おまけに猫は今でも昔話のせいで
                                        色々言われている。

                                        個人的にはキリスト教の魔女狩りなんて
                                        ナンセンスだし、そもそも畜生道という
                                        考えも好きではない。

                                        肉眼で見えない世界というブログで私は
                                        述べているが、本当に この世に見えて
                                        いる物など ごくわずかなのだ。
                                        ほとんど見えていないと言っていいと思う。
                                        しかし彼等には見えているもの、聴こえて
                                        いるものがある。

                                        人間が偉いとか何が偉いとかではなく、
                                        それぞれ違って役目を持って この地球に
                                        存在しているのだ。

                                        あたかも人間が食物連鎖のトップにいるかの
                                        ように理科で教わった記憶があるが、
                                        あれは大嘘であるのは、知っている
                                        人は知っているはずだ。

                                        人間は本能に頼って生きることを、いつの頃
                                        からか止めて情報なるものに頼るように
                                        なった。
                                        つまり「操作」される生き物に成り下がった。

                                        野生の動物は、その点まだ真偽を見破る能力
                                        が高い。その中で人間に飼いならされたはずの
                                        猫は未だに野生を持っている。

                                        人間は、その部分を怖がっているのではないか。
                                        猫を本当は、物凄く羨ましいと思っている人は
                                        かなりいるのではないかと思われる。

                                        私が耳にしただけでも
                                        「はぁ〜、猫にでもなりたいよ」なんて言う会話を
                                        何度も耳にしたことがある。

                                        猫が苦手だったはずの私も、気持ち良さそうに
                                        日向ぼっこして全身伸びている姿を見ると、
                                        猫って良いなぁと思ったりする。

                                        およそ、化け猫だの怪猫だの論外に感じる。
                                        それだけ人とか文化と密な存在なのかと思う。

                                        犬は、どうしても人間よりで人間に同化して
                                        いるように思える。関係が縦なので、忠義を
                                        売りにしている子が多いし、妙に恩を覚えて
                                        いて人間を守ろうとする子が多い。

                                        勝手な行動をする子は まず見たことがない。
                                        しても たかが知れている。
                                        では、話を鍋島猫騒動に戻そう)

                                        この「鍋島猫騒動」には幾つか重要なテーマが
                                        ある。

                                        一つは父と息子の葛藤による息子の父親殺しと
                                        なると、誰しもエディプス・コンプレックスと
                                        いう言葉を思い出すであろう。

                                        フロイトはギリシャ悲劇の『オイディプス王』の
                                        話にヒントを得て、すべての男性は幼児期に
                                        母親に対して愛着を感じ、その邪魔者である
                                        父親を殺そうと考えるが、そんなことは
                                        不可能であると思ってあきらめ、その欲望を
                                        抑圧してしまう。

                                        しかし、その欲望とそれに対する罪の不安とは、
                                        男性の無意識にコンプレックスとして存続し
                                        続けると考えた。

                                        あと惨殺された又七郎の死体が壁に塗り込め
                                        られた部分だ。
                                        これは「壁に塗り込めた罪」と猫との関連
                                        となると、この前に書いたエドガー・アラン
                                        ・ポーの「黒猫」を思い出すだろう。

                                        妻を殺して壁に塗り込めた「私」は猫を酷くいじめ
                                        殺してしまう。この夜「私」の家は全焼するが、
                                        一カ所だけ焼け残った壁の「白い表面に薄肉彫り
                                        に彫ったかのように、巨大な猫の姿が見えた」
                                        猫の姿がそこに焼き付けられていたのだ。

                                        「私」はこれに懲りずに、また猫を飼う。
                                        この猫が「胸のところがほとんど一面に、
                                        ぼんやりした形であるが、大きな白い斑点
                                        でおおわれている」。

                                        これは「半面斑の烏猫」の姿を思い起こさせる。
                                        圧巻なのは一隊の警官が家宅捜査に来たが、
                                        何も見つけられず引き揚げようとした。
                                        「私」は嬉しくなって「この壁は…お帰りですか?
                                        皆さん…この壁は頑丈にこしらえてありますよ」
                                        と言って、妻の死体を隠してある壁をたたく。

                                        すると、そこから
                                        「地獄に堕ちてもだえ苦しむ者と、地獄に
                                        堕して喜ぶ悪魔との咽喉から一緒になって、
                                        ただ地獄から聞こえてくるものと思われる
                                        ような、なかば恐怖の、なかば勝利の、
                                        号泣ー慟哭するような悲鳴ー」が聞こえてきた。

                                        「私」は妻の死体と共に、猫をもそこに
                                        閉じ込めてしまっていて、その猫の悲鳴が
                                        聞こえたのであった。これは本当に怖い描写だ。

                                        「鍋島の猫騒動」は、いかにも怪談ぽく色々
                                        書かれているが、「父親殺し」「罪の塗り込め」
                                        の二本の柱で、結局は鎮魂という形で怨霊を
                                        祀り怪猫を「猫魔明神」とさえしている。
                                        ………………………
                                        この怪猫の「猫」の部分を「犬」にしても
                                        ピンとこない。「馬」でも「ウサギ」でも
                                        駄目なのだ。犬が合うのは「里見八犬伝」
                                        とか、そういう類だろうか。

                                        「100万回生きた猫」というベストセラーの
                                        絵本がある。これも猫でなければピンとこない。

                                        随分前に子ども達の間で流行った漫画に
                                        「ネコムシ」というのがあった。
                                        イタガキノブオという人の作品で顔はネコで
                                        体は芋虫というシュールな作品だった。

                                        それにもかかわらず子ども達は夢中だった
                                        ことがある。

                                        知られるところでは池田あさこの
                                        「わちふぃーるど」に出てくる猫の
                                        ダヤンなど実に魅力的だ。革製品に、その
                                        絵が掘ってあるだけでも、その絵本も、
                                        縫いぐるみも見れば買ってしまうほど
                                        可愛い。

                                        残念ながらネズミが主役のディズニーの
                                        猫のマリーより魅力的な猫は、
                                        沢山いるのだ。

                                        長々と書いてきた猫の話。書けば書く程、猫に
                                        関する本が多くてキリがないことに気づく。

                                        その作家の宗教観、時代背景によるが、
                                        作品に出てくる猫は必ずといっていいほど
                                        人間の心を投影している。

                                        おそらく人間の心を一番投影しやすい存在
                                        なのではないだろうか?

                                        矛盾・不条理・叫び・悲しみ・甘え…
                                        など犬では表現できないのでは
                                        ないだろうか?

                                        人間は猫の力を借りて、さらに表現力を
                                        豊かにしたかったのかもしれない。
                                        太古の時代、その神秘性に何かを
                                        託したのかもしれないと思わずには
                                        いられないのである。

                                        猫を飼っている人ならわかるが、
                                        猫はまん丸な目の子とアーモンド状の目の
                                        形をしている子がいる。

                                        そして、アーモンド状の形をしていても
                                        愛情豊かに生きている子は、限りなく丸い
                                        目になっていて人相が良い。

                                        瞳の色はそれぞれだが、気分によって
                                        目の形と同様に変わって気持ちを表す。
                                        無言なのだが、訴えてくるテレパシー
                                        みたいな力は非常に強い。

                                        犬は具合が悪いと、すぐにわかる。
                                        彼等は態度に出すし、アピールする。
                                        しかし猫はしないで耐えてしまう。

                                        猫の病の進行は犬の7倍早いと言われている。
                                        余程注意してあげないと、手遅れになる。
                                        それほどの生き物なのに猫は何事もなかった
                                        ように高い所に乗ってフンとすましている。

                                        動物達と暮らしていると、ついつい
                                        色々なことに頭を突っ込んで、
                                        物事を違った角度から見てみようなんて
                                        思うものである。
                                        そう思うと彼等は私に、もっと
                                        色々勉強せぃ、と言っているのかも
                                        しれない。

                                        2014-01-10 21:48:54投稿者 : Nachiko
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