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M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

M2Prisoner

M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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La Lumière 

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笑っていいのかな?

16〜17日は豪雪被害の情報が
沢山あがっていて落ち着かず、
作業をしながら気になって
とても眠る心境になれなかった。

徹夜して とりあえずパンでも
買いにと出かけて行ったら
あまりの太陽の眩しさに
クラクラした。

せっかく外出したのだからと
用事をすませようと
某所へ。

ハンコウを押してもらうのだけど、
それが かつてない光景に
出くわした。

書類を渡したら くるっと
後ろを向いて浅い器に
柔らかい朱肉の山になっている
ものを私の目の前にドンと置いた。

ムム?

朱肉って丸い平らなものだと
思い込んでいたので
それって朱色の粘土で作った
小さな山にしか見えなかった。

それを持ち出したのは
窓口のオジサンだった。

見たこともない朱肉だったので
おもわず その オジサンに
書類に代わりにハンコウを
押してもらうことにした。

私が押すと かすれたり、
上手に押せないことがよくある
からだ。

私「すみません。ハンコウ押すの
下手なので代わりに そこに
押して頂けますか?」

と頼むと おじさんはニコっとして
少ない前髪を左手でかきあげた。

そして息を止めると、
粘土状の朱肉の山にハンコウを
ギュっと押し込んだ。

背筋を伸ばして垂直にハンコウを
書類に押し付けた。

息を止める時、しっかり息を
吸い込んでいた。

そして全神経をハンコウに
集中させると
「ギュ〜」っと音が聞こえて
くるような感じで強く書類に
ハンコウを微動だにしない
手つきで押しつけ続けていた。

「あれまぁ、この オジサン
ハンコウ押すのに命かけてる」
そんな気がした。

その様子が あまりにも奇異に
見えたので他にもハンコウを
押す場所が数カ所あったので
全部押してもらうことにした。
そしたら……

なんと!

いちいち ハンコウを押す前に
必ず少ない前髪を左手で
かきあげて、息を止めて
背筋を伸ばすという同じ行動
を取るではないか。

一つハンコウを押す度に
小指を立てて余分な朱肉を
吸い取らせるために
薄い紙を脇から丁寧に
押したハンコウの跡の上に
乗せて、あのグルンとなる
紙の上に重みをかける
立体の半円のを顔を
近づけて転がし、
勢いよくパっと紙を取る。

オジサンと対面して座っていた
私は笑っていいのか感心して
いいのか複雑な心境になった。

しかしだ。

そこまでにして押したハンコウ
は、かつて見たこともないほど
クッキリとハッキリ。

まるで絵に書いたように
押してあった。

「これぞ職人技!」

私は思わず声に出してしまった。

私「うわ、すごくクッキリ
押せていますね。
このハンコウ押しにくいのに。
初めて見ました。」

オジサン「いえいえ。」(謙遜している)

私「いやぁ、凄いですよ。」

オジサン「このくらい出来ますよ」(ニッコリ)

私「普通簡単そうで、こんな風に
押せませんよ。」

オジサン「誰でも出来ますよ」(まだ謙遜気味)

私「そうですか?全部同じに押せてます。」

オジサン「よく押してますから。」
(やや得意っぽくなってくる)

私「世の中 凄い人がいるもんですね。」

オジサン「私の仕事ですから。」
(雰囲気変わって得意になってる)

私「お見事です。」

オジサン「私はプロです。」
(は?この人ハンコウ押す仕事
の人じゃないんだけど、完璧
木に登った)


その後 私は会話が出来なくなり
ひたすら おかしくなり
どう考えても あの オジサンの態度が
変わっていって満面笑顔が続いていた
のが面白くて仕方なかった。

ハンコウは前髪を左手で かきあげて
息を止めて垂直にギュ〜っと押し付けて
押す!

これが奥義なのかもしれない。

あとは あの粘土のような
朱肉の山がポイントかと思う。

帰宅して犬達にご飯をあげて、
一休みしたら かなりいい時間に
なっていた。

とにかく連日 作業で ろくに寝て
いないので少し寝た。


起きたら頭はボーーーッ。


同じ姿勢での作業で煮詰まっている
上に、寒さで体が固くなっている。

こんな時は家のお風呂より
スーパー銭湯に限る。

私は温泉が大好き。
気分転換 爽快感 凝りも取れる。


で、いざスーパー銭湯へ。

行ったはいいけれど
いきなりお風呂に入る前
ロッカーを開けてバックから
荷物を出そうとしていたら
床で滑って尻餅をついた。


何も無いところで転ぶのは
得意なのでお尻をさすりながら
お風呂に向かった。

露天風呂に まずは直行。

寒い屋外に出た。
「わーい!お風呂だ!」
と思って入ったのは
いいけれど、最初に段差が湯船に
あって深くなっているのを
忘れていた。

いきなり入ったから、
お風呂の中で真っ正面から湯船の
中に 転けた形になった。

心の準備もできぬまま
頭から全身突っ込んだ感じ。

幸い夜遅かったし他に人が
いなかったので他の人に
ぶつからなくてよかった。

なんて湯船で お湯を飲んで
しまっている時は考えも
つかなかったけど。

この辺から凹みだした。

今日は厄日かもしれない。

いや、身体をきれいに洗えば
気分も晴れる!

そう思って、わさわさと
石けんを身体中を擦っていた。

基本的に椅子は使わない主義。

その日に限って、足下につけた
石けんが滑って器用に
左と右に足が変な方向に動いて
バランスを取ろうとしたら
3度目のなんとかで、
派手に身体中石けんが付いて
いるのでタイルのような床で
勢いよく滑って転んだ。


前に肘を付いて頭を庇った格好。

痛かった。ただ痛かったではない。

物凄く痛かった。

足の裏に石けんを付けるのは
金輪際やめると決めた。

ジンジン痛むのを我慢して、
誰かに見られたかと思いながら
何度も滑りながら起き上がった。

「ダメだ…完璧 疲れてる」


そう思うことにした。

ここで恥ずかしいと思うより、
すぐ気持ちを切り替えるのが
自分の平和な所だと自負している。

私の転ぶ話は 周囲では 知っている
人は よく知られていて
犠牲者も出ている。

自分一人で転ぶなら自業自得
なのだが人を巻き込むから
評判が悪い。何回もあるけど…

過去 記憶に残っている犠牲者で
気の毒だったのは…

私は近視・乱視少々なので
階段が非常に苦手なのだ。

JRはエスカレーターが
付いていなかった。

いつも階段を降りる時は一番
端の手すりに掴まって降りる。

階段の どの線を踏んだらいいか
目がチカチカして踏み外す
ことがあるからだ。

眼鏡をかけても踏み外す。
だから ゆっくり降りる。

その日 たまたま友達と一緒で
多少混んでいた。

階段の上からホームに降りるのに
手すりに掴まるのもカッコ悪い。

私は「ごめん、ちょっと肩に
掴まっていい?」と
友達に聞いた。

友達は「いいよー」と言ってくれた
ので そろりそろりと降りて行った
のだけど すぐに足下の階段の
線の何処を踏んでいいか
わからなくなり一瞬 立ち止まり
「わ〜〜!」っと大声を出して
肩を離してしまった。


申し訳なかった。


見たら 私でなく友達が階段から下に
落ちて行くのが見えた。


途中で止まってくれた時はホッとした。

でも……かなり下まで器用に落ちていた。

大きな怪我がなくて幸いだった
けれど、怪我をさせてしまった。

こんな私が高いヒールのある靴を
履くはずがないのは
人さまに迷惑をかけないという
大きな理由もあるのだ。

ああ、また話が脱線してしまったが、
自分だけが転ぶ分には支障がない。


身体と髪を洗い終わって、
高濃度炭酸泉に入った。
首まで ぬるい温度のお湯だが浸かると
炭酸がパチパチと跳ねていた。


の〜〜んびり浸かって服を着て
髪を乾かしにパウダールームに
持参したドライヤーで髪を
乾かそうとした その矢先。

中年の ご婦人が私と鏡の前に
割り込みコンセントに
持参したドライヤーを繋いだ。

勿論 備え付けのドライヤーが
並んでいるのだが、私の場合は
自分のドライヤーが気に入って
いるので持参している。

私がドライヤーを当て出したら、
左隣りに その ご婦人が立っている。

右の椅子が空いているのに
何故立っているのか
その時は不明だった。

ガーっと音を立ててドライヤーの
音がした。

ん?と思って その ご婦人の方を
振り向くと…



立って腰を落として膝を曲げて
股間にドライヤーを当てていた!!



何か見てはいけない物を見てしまった
気持ちで一杯になった。

そのあと数分間、どこに視線を
持っていったらいいのか
わからなくて困ってしまった。

嫌でも視線に入ってしまうのだもの。

結局 その ご婦人が髪に
ドライヤーを当てたのは 
ほんの数分もなかった。

一体何だったのだろう。

わざわざ自分の股間に当てるため
ドライヤーを持参するって
謎だし 趣味なのか嗜好なのか
まったくわからない。

見た者に妙な罪悪感を与える
行為に感じてしまったのは
考え過ぎだろうか。

そして髪を乾かして 再び
朝 無かったお気に入りの
水を買いにマーケットに
寄ったら…うわ〜って
ことになっていた。

棚が空っぽの所ばかり。

雪に備えての買い占めが
すでに始まっている。

こんな状態が続いたら
どうなるのだろう。

そのマーケットの状態を見て
また転びそうになったのは
言うまでもない。

2014-02-18 16:57:40投稿者 : Nachiko
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    ゲシュタルト崩壊を猫に癒されて

    Twitterにガンガンと山梨県や
    秩父 群馬からの声が上がっている。
    17日午前2時台で まだ山梨県庁に
    『災害対策本部』が設置設置されて
    いないことを知った。

    理由は「地震や大雨の時は基準が
    あるが、大雪の場合の災害対策
    本部の設置基準がないから」
    だそうで、山梨県庁は
    いまだに各課で対応している
    とのこと。

    大きな被害の様子の写真が
    載っている。

    空っぽのスーパーの様子、
    豪雪で埋もれている様子、
    読んでいて胸が痛くなる。

    情報を拡散して欲しい、
    情報を提供して欲しいの
    声…声…

    来月行く場所が一面真っ白で
    何が何だかわからない。

    知人の心配をしたり、
    ハラハラしてFacebookで
    シェアすることしかできない。

    いても立ってもいられなくて
    こんな時間にブログを
    書いている。

    作業 ライヴの準備 犬猫の世話
    休憩…とやっていても
    落ち着かない。

    何とか救援の手が入ることを
    祈るのみだ。

    こんな時 独り暮らしのお年寄りは
    どんなに心細いだろう。

    またしても日本の核家族化に
    小石を投げ込みたくなる。

    3.11の時 都心にいた私でさえ
    空っぽになった棚が並ぶスーパー
    に行って焦った。

    何件回っても無いものは無い。
    他県に住む友人から救援食と
    多量の水が送られ何とかなった。

    それが今回は家から1歩も出られ
    ないわけだから その不安の
    大きさは どれだけだろう。

    ここのところ おかしな事ばかり
    起こる地球になってしまった。
    兆候はあったものの、
    益々 露骨に何かの臭いを
    それぞれが感じているのだろう。
    人間が細分化されている。

    目を閉じると穏やかな空を
    背景に東京タワーが建っている
    イメージなのだが、
    目を開けると明らかに
    ゲシュタルト崩壊を感じる。

    地球という生命体の中で
    私達は何て小さな存在かと
    思わされる。

    ミツバチの絶滅を危惧される
    話を読んだ時、ミツバチが
    運ぶ花粉の重さを感じた。

    普通に生活してきて
    ミツバチ1匹が運ぶ花粉の
    重さを感じるなんて経験は
    初めてだ。

    頭を過ったのは
    フィリップ・K・ディック原作
    SF小説
    「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
    のワン・シーンだ。

    そう 映画『Blade Runner』
    1982年公開の あの感じ。
    若かったハリソン・フォードも
    思い出す。

    いや、今は映画『マトリックス』
    の方が現実味があるかもしれない。

    常に人間の実体は何処にあるか?
    を探ってきたような私としては、
    この映画に出てくる
    救世主(THE ONE)の名前が
    「日本語で1」なので、
    私が3枚目のアルバムの曲で
    取り上げたヘルマン・ヘッセの
    「シッタルダ」を楽曲にして
    サビに「1の中へ 1の中へ…」と
    何度も連呼しているものと
    ダブって仕方がない。

    ここでは「1」は融合を意味し、
    ゲシュタルトの完成を示唆して
    いる。

    THE ONEは人類に対して愛を
    抱くように設計されている。

    私が抱くゲシュタルトの再生は
    「愛」だという口に出すと
    恥ずかしいような事になる。

    でも この場合「愛」といっても
    融合・再生のための接着剤
    であって青臭い「愛」を
    さしているわけではない。

    間違ってもフロイトの分析とか
    思い浮かべないで欲しい。
    そう解釈すると音にすると
    プログレッシブになっていく。
    底に大きなメッセージがある。

    理屈っぽいことは言わないで、
    簡素な言葉に置き換えて、
    訴える。

    昨日は犬のことを書いたので
    今日は猫に触れてみるが、
    犬とプログレッシブな世界は
    相性が良くない時がある。

    過敏に反応し過ぎるのだ。

    それに比べ猫は相性は
    常に安定している。

    犬より自己主張がハッキリ
    している半面、あきらめも
    早くて空気を読む能力がある。

    文豪に猫好きが多いのも
    そんな所が要因かもしれない。

    猫と とても良い距離感を
    持っていた代表的な作家は
    夏目漱石ではないかと思う。

    野良の三毛猫を家に入れて
    あげて、その猫の視点から
    小説家デビューまで
    しているのに名前をつけて
    いない。

    しかし作品を読むと いかに
    猫を観察していたかが
    わかる気がしてくる。

    そして猫が召されると
    大真面目に死亡通知を
    出すわけで、それは
    しっかりと記録として
    残っている。

    猫のお墓も名前が無いので
    「猫の墓」となっている
    とある。


    猫には縦の関係は飼い主と
    ない。

    私も長年一緒に暮らしてみて
    感じるが猫は 猫という生き物
    であって 決して尻尾を振る真似
    はしない。

    どうやら飼い主と猫は主従
    関係にはなりえないので、
    ご飯をあげたからといって
    恩に感じるとかではなく
    こちらの在り方をジーッと
    観察していて態度を決める
    節があるようだ。

    犬とは違った付き合いができる。

    喜怒哀楽もハッキリしている
    ので、付き合いやすい。
    ひたすらマイペースなのは
    どの子も同じだ。

    よく猫は家につくといわれるが
    それは違うと思っている。

    それだけ縄張り意識が強い
    という意味であって、
    信頼関係を築けた人には
    とても優しい。

    犬ほど しつこく来ないが、
    要求が多いのは同じだ。

    距離感が心地良いと思う人
    が多いのではないだろうか。

    絶対に指示行動などさせては
    いけない生き物だと思っている。

    猫は1日のほとんどを眠って
    いるが起きている時、
    体育会系の選手のように
    駆けずり回る時間がある。

    今いる女の子の猫の
    姉と弟が揃っていた時は
    凄かった。

    最大種のメインクーンが
    3匹連なってドタドタと足音
    大きく暴れるのだから
    かなり壊された物があった。

    一番驚いたのは2階の階段から
    アイロンが降って来た時だった。

    長毛種は高い所に登らないが、
    大きな音を立てて二次元を
    暴れ回るのでウチでは
    猫戦車隊と彼等を呼んでいた。

    短毛種の子は高い所に登り、
    カーテンレールを歩く。

    そして必ずやるのが、
    カーテンを爪を立てて降りる
    こと。

    慣れていない人は引っ掻き傷
    だらけになるだろう。

    そんな彼等が仔猫の時って
    詐欺かと思うほど可愛い。

    仔犬と仔猫がいたら
    それだけでハッピーな
    気分になる。

    保護した時に小さくて手の
    平に乗った子が大きくなって
    大人になると途端に寿命を
    考えて悲しくなってくる。

    猫は犬に比べて我慢強い。

    よほど注意して見ていないと
    病気や怪我を見落とす。

    手遅れになるケースもある。
    病気の進行も早い。

    発見が犬より遅れがち
    なのも原因かと思う。

    猫にも猫語があって
    鳴き方で だいたいわかる事
    が多い。

    犬と同じく尻尾や体の動きで
    わかりやすく伝えてくる。

    街に猫カフェがあるのが
    わかる気がする。

    大好きだよ〜って自分の体の
    毛づくろいをするように、
    私の髪を舐めて毛づくろい
    しようとして髪が絡んで、
    ブラシでとかせなくなる
    こともある。

    ザラザラの舌で舐めてくれる
    のは嬉しいが犬と違うので、
    ガシっと私の腕を抱え込んで
    ハグハグされても愛情表現は
    ありがたいけど その爪が…
    ということもある。

    猫専門のキャラクターの
    お店があったり、擬人化
    しやすいのもよくわかる。

    ふと気がつくと いつの間にか
    猫のペースになっている。

    怒った時も激しいが、
    喜ぶ時も大騒ぎするので
    猫って接し方は違っても
    犬同様にピュアで面白い。

    気配が まるで人がいる
    ような感じがするのも
    不思議だ。

    話しかけると返事をしてくれる。

    猫は飼うという感覚より、
    一緒に暮らすという友達
    みたいな妙な感触がある。

    振り返ると視線を感じるから
    私を見ていてくれているのかな?
    と思うことが多い。

    一見クールに見える猫は実は
    とても心がホットで、
    ストレスにも弱い。

    心を穏やかにしてくれる。

    時々 ズルいと思う時がある。
    どんなにイタズラされても、
    少しでも 好きだよ〜なんて
    態度を取られるとムフっと
    なってしまうのだもの。

    こっちが見透かされている
    ようで頭にくることもある。

    結局 癒されているんだなぁ
    と思うのだけど友達気分
    だから つい文句も出てしまう。

    考えると猫って 変な存在だと
    思う。

    犬同様、簡単に買って
    安易に捨てないで欲しい。

    一度一緒に暮らしたら最期まで
    看取ってあげて欲しい。

    これからも このマトリックス
    のような世界を犬猫達と
    暮らしていくんだろうなと思う。

    彼等の命は私の命と同じに
    大切だから。
    地球が生気を取り戻せると
    良いな。

    2014-02-17 05:06:44投稿者 : Nachiko
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      犬の本に書いてない話

      私は長年 犬猫達と暮らしている。
      保護した子など想像もつかない
      行動に出る事もあり何冊も本を
      買った。
      猫に至っては
      「猫に精神科医は必要か」
      という本まで買ったほどだ。

      治療食や通院で獣医に度々
      行く機会が多いので、今日は
      待ち合いに置いてある冊子
      “PEPPY わんちゃん用”を
      持って来たので
      パラパラめくりながら
      思いつくまま書く
      ことにした。

      今まで私が一緒に過ごしてきた
      犬達の事を思い浮かべながら…


      よく犬派とか猫派とかいる
      けれど私も ずっとそんな
      言葉に操られていた部分がある。

      それぞれに過去 嫌な思い出や、
      思い込みがあると嫌いになる。

      子どもの頃 犬に追いかけられ
      転んだり、甘噛みされたりして
      犬は大嫌いという人の話を
      よく聞く。

      あとは吠えてウルサいから
      ウチでは飼えないとか、
      犬の しつこいところが嫌だとか
      それぞれの意見がある。

      しかし本当に そうなのだろうか?


      今も簡単に犬を購入して、
      思い通りにならないからと
      簡単に保健所に持って行き
      殺処分を頼む飼い主が
      後を絶たない。


      もっと言ってしまえば今回は
      犬に関して書いているが、
      犬に対して思い込みや
      偏見はないだろうか?

      彼らが生涯 飼い主を
      裏切ることもなく たった1人
      の主人に忠誠を誓い、
      自分の命を飼い主にあずけて
      いるのを知っているだろうか?

      この地球で人間の勝手で
      繁殖し いとも易々と
      ゴミクズみたいに命を
      もて遊ぶのは哀しい気がする。

      雑食の人間が他の動物を
      食べるのだから何も犬猫だけとか
      愛玩動物を特別保護する必要は
      ないと主張する人もいるかと
      思う。

      でも頭に描いて欲しい。

      たとえば これだけ科学が発達しても
      暖かさを追求すれば うんと
      暖かい服が作れても、
      皮製品は作られているわけで、
      その製造工程を知れば
      そこまでして…血だらけに
      されて麻酔などなく皮を剥がれた
      動物の皮を身にまとう必要性は
      あるのかと思ってしまうのだ。

      これは いつだったか「ハラコ」
      が流行った時、街中に
      ダルメシアン柄のバッグや
      服が氾濫した頃 特に思った。

      フェイクファーではなく、
      本物を使っている物があった。

      突き詰めていったらキリが
      ないけれど、殺生は最低限に
      しようよと思ってしまう。

      その土地で生きるために
      どうしてもという自然界の
      在り方とは違う気がする。


      で、話を戻すが犬は扱いやすい
      ということを今回書きたいのだ。

      喜怒哀楽がはっきりしている。

      ある意味 その犬を見れば
      飼い主の性格が想像つく
      くらいに反映する。

      飼う事を放棄する人は育児放棄
      するのと同じだと思う。

      犬の一生は人間より はるかに
      短い。

      だから仔犬の時の甘えっぷりも
      半端でない代わりに、
      物覚えの早さにもビックリさせ
      られる。

      人間の赤ん坊のように3〜4時間
      おきの授乳を考えると、
      仔犬の時の授乳は はるかに楽だ。

      仔犬の時は とにかくよく眠る。

      甘噛みを始めたら口に指を入れて
      犬の口に飼い主の指を慣らす。

      これは後々 おおいに役に立つ。

      犬の健康をチェックするのに、
      歯茎を見る。歯を見るのにも
      又何かを口に咥えてしまい、
      口から出させる時も、
      薬を飲ませる時も何をする
      にも飼い主は自分の犬の
      口に平気で指を入れることが
      出来なければ安心できない。

      これが、途中から来た
      やや大きい子でも まず
      口の周辺をなるべく触って
      私に警戒心を持たないように
      慣らしていく。

      よく犬の鼻を触る人がいるが、
      あれは間違っていると思う。

      あと やたら頭を撫ぜるのも
      「?」と思う。

      犬は縦社会なので飼い主が
      ボスだと教える必要がある。

      頭が良いので なめられたら
      何もいうことは聞いてくれない
      部分も持っている。

      よく犬を叩く人がいるが あれは
      大きく間違っていると思う。

      叩かれ慣れした犬っているのだ。

      そんな犬にしないために、
      ほんの少しのオヤツと褒めてあげる
      ことで信頼関係を築けば
      あとはスムーズに暮らせる。

      犬は人間の笑顔や褒め言葉を
      認識できる。
      褒め言葉を統一しておいた方が
      覚えやすい。

      「良い子」「ナイス!」「グッド!」
      「可愛いねぇ!」など単純な言葉。

      それが偶然でも出来た時、少しだけ
      オヤツをあげる。

      人間の子どものオムツ外しと
      犬のトイレの躾と比べたら
      犬のトイレの方が楽だ。

      トイレの場所を決めて そこに
      間違ってやった時に拭き取った
      ティシューペーパーを置く。
      間違ってやった場所は出来るだけ
      匂いが残らないように、
      とことん消臭する。

      男の子の場合は そこにペットボトル
      にペットシーツを巻いておいた物を
      置いておくといい。

      女の子の方がトイレの躾は
      しやすいし そそが少ない。

      よくはみ出してする場合があるが、
      よく見ると身体はトイレにあって
      方向が違って外に流れている
      事があるので一概に叱れない。

      叱る時は、ティシューで拭き取った
      のを鼻先に持っていき、
      「これはダメ」という。

      時たま 確信犯だったりするので
      その時は何を訴えているのか
      汲み取ってあげることが必要。

      ウチでは先々代の子で、
      どうやってやったのか未だに
      謎なのだけれど靴の中に
      キレイに 大便をした子がいた。

      物凄い甘えん坊で
      「出かけないで!」の反抗だった
      らしい。

      これは犬達にとって外出する時
      靴を履くので、靴は敵視される
      傾向がある。

      男の子だと、いざ外出!
      と思うと わざわざ放尿する輩も
      出てくるので ご用心なのだが
      これを人は躾がなっていないと
      言うかもしれないが、
      普段良い子なので彼らの心を
      思うと強く叱るにも考えてしまう。

      靴の置き場やゲージを置かない
      自分にも非があると思って
      しまう。

      犬は完全に慣れるまで背後から
      近づかないことが大切だ。

      あくまでも正面から。

      私の経験だと撫ぜるのも
      頬とか全身をさするように
      撫ぜた方が喜ぶ気がする。
      喜怒哀楽がわかりやすいので、
      理解してあげる。

      では どうやって喜怒哀楽を
      見分けるのか。

      犬の気分を見るのは
      尻尾 目 耳 口 舌 動作。



      尻尾

      ・垂れ下がっている時
      (いつもその状態なら心配ないが
      気になる時は気分が落ち込んで
      いるか具合が悪い)

      ・ふわふわっと ゆっくり揺らす
      (かすかに何かを期待している時)

      ・不規則に小刻みに揺らし顔を
      こちらに向けている
      (かなり大きく何かを ねだろう
      と期待しているか要求している)

      ・一般的にパタパタと尻尾を振る時
      (単純に喜んでいる・甘えようと
      している)

      ・尻尾を下腹に丸めるようにおろす
      (かなり恐怖心を持っている時)

      ・派手に吠えながら早く尻尾を振る
      (興奮している・怒っている)

      ・尻尾を立てて少し揺らす
      (警戒心があまりなく得意になっている)

      ・寝ているのに たまに尻尾が動く
      (寝たふりをして実は起きている)

      ・寝ているときピクっと動く
      (夢を見ている)



      ・視線を合わせない
      (何かイタズラをしてきた時)

      ・人や犬から目や顔をそらす
      (飼い主に叱られている時
      他の犬とすれ違う時
      「敵意はない」という意思表示)

      ・やたらこちらを見る
      (伝えたいことがある時)

      ・目に力がない
      (体調が悪い)

      ・まん丸な目をする
      (良い子アピールをしている)

      ・伏し目がちの時
      (何か嫌なことがあった時)

      ・チラチラ見てはフンとやる時
      (すねている・要求がある)


      耳:垂れ耳の子は分かりにくい

      ・耳たぶがさがる
      (元気がない時)

      ・耳たぶをピンと立てる
      (周囲の音を気にしている
      自分を誇示する時も)

      ・耳たぶを後ろに倒す
      (嬉しい時)

      ・耳たぶを前に向ける
      (用心深く警戒している)

      ・耳たぶがピンク
      (発熱していることもあるので
      熱を測るといい。興奮している
      だけの場合もある。)

      ・耳たぶをヒョコヒョコっと動かす
      (聴いてますよという態度)


      口/舌

      ・口角が上がる
      (嬉しい時)

      ・口を開けないままいる時
      (不機嫌な場合が多い)

      ・舐めてくる
      (舐め方によるが、ご機嫌とり
      ごめんなさい、かまって、
      痛い所がある、大好きと
      舐め方が微妙に違う)

      ・舌がピリっと熱く感じる
      (興奮しているだけの場合も
      あるが発熱の場合もあるので
      熱を測る)

      ・口の匂い
      (異様な臭いがしないか気にして嗅ぐ)

      ・舌の出し方が いつもと同じか
      (虚言癖のある子はハァハァが違う)

      ・ハァハァ呼吸が荒くなる
      (運動後でもなく、暑くもない時
      ハァハァするのは不安や緊張から
      で目もこわばっている)


      動作

      ・その子の得意な時のポーズを記憶する
      (何か出来た時どんな格好をするか
      見ておく)

      ・前足でカリカリとしてくる
      (要求がある、撫ぜて欲しい)

      ・跳ねる
      (そわそわしている、期待している)

      ・お腹を出す
      (服従している意思表示 背中が痒い)

      ・甘噛みする
      (仔犬なら乳歯が抜けるので歯が痒い
      成犬なら 甘えている かまって欲しい)

      ・突然吠える
      (人間に聴こえないが何かが聴こえた
      何かが見えた 何かを思い出した)

      ・無駄吠えが多い
      (吠えることの意味を混乱している
      臆病 何でも教えれば褒めてもらえる
      と勘違いしている ストレスが多い)

      ・離れられない
      (分離不安が強いので必ず帰ることを
      教える必要のある子)

      ・トイレの躾が全く出来ない
      (飼い主が定まっていない ストレス
      縦の関係が築けていない 多頭飼い)

      ・ワンワンとこちらに向かって吠える
      (何かを話している)

      ・本を読んでいると その上に寝る
      (読むのをやめて一緒に遊んでの意)

      ・電話中に吠える
      (わざとの事が多い。
      撫ぜてあげると すぐおとなしくなる)

      ・飼い主の匂いを嗅ぐ
      (嫉妬深いので他の犬の匂いをチェック)

      ・同じワンワンでもトーンがあるので
      真似してみる。
      犬語を聴く時は目線を同じにして、
      犬の全体の様子をみながら その犬の
      吠え方の一部をこちらの意思を持って
      声に出してみる。
      それに対して犬から返事がきたら
      通じていると思っていい。

      ・鼻先でツンツンしてくる
      (大丈夫?という心配してくれている
      場合が多い あとは「ねぇねぇ」の意)

      ・多頭飼いの場合自分の物だと主張するため
      尿をかける事が多いので注意

      ・よく唸る
      (臆病な子 必ず言葉で説明してから
      行動するとわかってくれる)

      ・人間の言葉がわかるので気をつける
      (犬でもプライドを持っているので尊重)

      ・犬ばかり責められるが犬は飼い主の
      鏡でもあるのは飼っていると わかる

      ・犬に鏡を見せない方がいい。
      (個体によるが興奮が収まらない子
      が中にはいる)

      ・犬が振り返りながら逆方向へ行く
      (何かの用で呼びに来たと考える)

      ・濡れていないのに体をブルブルやる
      (集中・興奮していた後や、嫌な
      ことがあった時、体を振ることで
      気分を切り替えようとする)


      これらの動作を全て組み合わせると、
      犬から沢山の言葉やメッセージが
      発信されていることがわかる。

      これは私の持論だが散歩は絶対に
      リードを付けるべきだと思っている。
      よほど安心な地域でもない限りを
      除いて。

      どんなに訓練を受けた犬でも
      事故に遭っているケースを知って
      いる。

      絶対大丈夫といってリードを
      つけないで散歩していた犬で事故に
      遭い奇跡的に命は助かったものの
      首が横向きになって麻痺したまま
      下半身もおかしくなった子もいる。
      事故で死んでも悲しいし、
      助かっても悲惨なのだ。

      犬にはリードを付けるか付けないか
      を選ぶ権利も力もない。

      命を飼い主にあずけているのだから。
      犬の仕草でコミュニュケーションが
      取れれば こんなに一緒にいて
      友達気分になれる存在も少ない
      と思う。

      飼育放棄をして欲しくなくて
      書いている。

      理由がなく吠えているわけではない。
      無駄吠えは治る。

      逆に その犬が吠えてくれたおかげで
      あなたの命が助かることも
      あるかもしれない。

      後は、わかりきっていること
      だけれど大切なことなので
      犬の健康のために 与えてはいけない
      シリーズを書いておく。


      ※塩分の多い人間用の食べ物は
      あげない。
      観葉植物にも注意!

      食べてしまって中毒症状・呼吸困難
      死亡などを起こすことがある。
      代表的なものとして


      アロエ
      アントラキノンが含まれていて下痢

      サゴヤシ
      特に種子の毒性が高く、嘔吐 肝臓障害
      アイビー/あじさい/すずらん/シクラメン

      ・鶏や白身魚などの骨
      牛骨と比べ、鶏の骨は簡単に折れ、
      先が尖った状態になるため、
      消化管に詰まりやすく傷つける
      場合がある。

      ・ネギ類(ネギ ニラ にんにく)
      犬や猫の赤血球に対して毒性の
      ある物質 アリルプロピルジスルフィド
      という成分が含まれている。
      これらを摂取すると血中の
      赤血球の膜を破壊し、貧血や黄疸
      を起こしたり、赤い色の尿を出したり
      する。
      また加熱しても破壊されないため
      玉ねぎの成分が溶け出した食品は
      注意する。

      ・チョコレート/カカオ
      カカオにはテオプロミンという
      物質が含まれており、これを
      摂取すると神経に作用し、
      痙攣や嘔吐、下痢、発熱、失禁
      などを引き起こし、最悪の場合、
      ショック状態や急性心不全で
      死亡する場合がある。

      犬は甘い物好きなので
      盗み食いに十分注意する!
      私としては今犬を飼っている人は
      最期まで看取ってあげて欲しいと
      切に願いを込めてこれを書いている。
      犬が どんな気持ちで飼い主を
      慕っているかを忘れないで欲しい。

      2014-02-16 21:47:38投稿者 : Nachiko
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        雪女の旦那さんて誰?

        昨日 出先から帰宅してブログを
        書いて少し休んで作業していたら、
        またしても何時間もかけて書いた
        譜面が床に散乱していて
        シッコがタラタラとかけてあった。

        歌詞を別のノートに書いている間に
        ソファから落としたらしい。
        犯人は わかっている。

        いつも 引っ付き虫のように
        ビタっとくっついている愛犬。

        重い心臓病の上、老犬で下の
        締まりが悪くなっているので、
        叱るわけにもいかない。

        乾かしてスキャナーで取り込む
        にしても、コピーするにも
        これじゃ〜ってことで書き直し。

        コネコネと歌詞を弄っているうち
        またしても すぐに夜が明ける。

        なんて生活が続いているが、
        さすがに この雪で時折雪が
        ドサっと落ちる度にワンコ達が
        大騒ぎする。

        寝たんだか寝なかったんだか
        よくわからないうちに、
        犬猫の食事時間になって、
        これまた賑やかになる。

        ちゃんと待てる子もいるのに、
        待てない子はワンワンと吠える。

        そういう子に限って正確な
        グラム数の指示があるので、
        いちいち2種類のフードを計り
        3種類の薬を混ぜて食べさせる。

        保護している犬猫が減って
        楽になったとはいえ個人が世話
        するには限度があると思わされる。


        そして、今日は身体の
        メンテナンスの日。

        薬さえ飲んでいれば健康になれる
        わけではなく、やはり健康を
        一緒に考えてくれる先生に
        出会うことも必要だと思う。

        私は昨年一番偏差値の高い
        大学病院に行った時、
        「教科書に書いてありません!」
        を連呼したドクターに出会って、
        患者のために良い先生は
        絶対に感受性も豊かな人だと
        思うようになっている。

        なんて考えながら、雪道を
        転ばぬようにサクサクと歩いて
        行った。

        随分降った跡があって、深い
        轍が出来ていた。

        それでも根性でブーツを履いて
        いるのに かかとが細い高いヒール
        を履いている女性を目にする。

        通りを歩いて行くと、あまりにも
        かかとの細くて高いブーツを
        履いている女性が私を抜かして
        颯爽と歩いて行ったので、
        思わず立ち止まって見送って
        しまった。

        勿論 ダウンなど着ずキチンと
        コートを着ていた。

        後ろ姿が小さくなって行くのを
        見送っていたら……


        やっぱり転んだ。


        誰も隣りに居ないのに私は
        1人で笑いをこらえるのに
        ひと苦労だった。

        口で説明できない良心の呵責
        みたいなものがあって、
        その女性が無様に転んだ所を
        見たものの立ち上がろうとする
        場面は見ないで背中を向けて
        自分の行く方面に歩いて行った。

        道路は人が歩く所だけが
        雪がなくて あとは雪がたっぷり。

        景色も まだまだ雪景色。


        頭の中は雪といえば…と
        妄想が膨らむ。


        都会の雪じゃ雪女も出てこない
        だろう。

        そこで「雪女」と頭に浮かんだ時、
        はたと疑問が涌いた。

        よく「雪女」って言葉あるけれど、
        「雪女」って誰なんだろう?

        子どもを抱いてるとか言うけれど、
        だったら旦那様はいるのだろうか?

        こんな事は雪でも降らなければ
        疑問にも思わないだろう。

        帰宅したら調べてみようと思った。


        雪女
        [日本の妖怪]
        雪女(yukionnna)(ユキオンナ)
        雪おなご(岩手県)雪ん婆(秋田県)
        雪女郎(山形県 福島県 新潟県)
        雪姉サ(新潟県)雪ばんば(宮城県)
        雪おんば(長野県)
        シッケンケン(長野県諏訪)雪婆(愛媛県宇和)
        雪ばじょ(宮崎県 鹿児島県)



        雪の夜や吹雪のときに現れる女の妖怪。
        日本全国にさまざまな伝承が残されている。
        有名なのは小泉八雲の『怪談』で語られる
        「雪女」。
        雪女は必ずしも若く美しいというわけでは
        ない。老女の姿をした雪女もいる。
        小正月の夜や冬の満月の夜に現れる
        (岩手県遠野市)とか、
        元旦に現れて年のはじめの卯の日に帰る
        (青森県西津軽郡)という雪女もいる。



        小泉八雲の『怪談』にみる「雪女」

        小泉八雲、本名パトリック・ラフカディオ
        ・ハーンの書いた「雪女」を紹介する。
        2人のきこり、茂作と箕吉は暴風雨に
        あって途中、渡船場の小屋で一夜を
        明かすことになる。

        雨は吹雪に変わり、その夜、彼らの
        前に雪女が現れる。
        年老いた茂作は雪女の吐息で殺されて
        しまう。

        けれども、若い箕吉を見た雪女は彼に
        一目惚れしてしまい、殺せなくなって
        しまった。
        そこで、雪女は、ここであった出来事は
        誰にも言わないという約束で彼の命を
        助けることにする。

        翌年、箕吉の前にお雪と名乗る女性が
        現れ、2人は結婚し、10人の子どもを
        もうけて幸せに暮らす。

        子ども達は母親に似て揃いも揃って
        美男美女、肌が白く美しかった。
        お雪はいつまでも若くて美しい。
        あるとき、お雪の横顔を見ていた
        箕吉は、ついあの晩の出来事を
        語ってしまう。

        お雪があまりにもあのときの
        雪女に似ていたからだ。
        その途端、お雪の表情は険しく
        なり、言わないでと言ったのに、
        とその正体を表す。
        お雪は雪女だったのだ。

        けれども10人の子どもがいる箕吉。
        雪女は、箕吉に父親としての役割を
        果たすように言うと箕吉の命を
        とらず、そのまますぅっと消えた。


        ■さまざまな雪女

        岩手県や宮城県の雪女は、出会うと精
        を抜かれるという。
        特に宮城県の雪女の場合、雪女と言葉を
        交わしたり、顔を見られると食い殺され
        微笑みかけられると催眠術にかかった
        ように雪女について行って明け方に
        腑抜けになって帰ってくるという。

        また、雪女と身体の関係を持つと精を
        失うともいう。
        磐城国(福島県)の雪女(雪女郎)は
        顔がのっぺりしていて、目鼻立ちが
        はっきりしないという。
        雪のある崖道で旅人などに声を
        かけるが、返事をせずに背を
        向けると谷底へ突き落とされるという。


        これは女性が誤って谷に落ちて、
        霊が雪に閉じ込められてしまったため
        と説明される。
        新潟県の雪女は特に子どもをさらって
        生き肝をとるという。
        秋田県の雪女(雪ん婆)は雪の夜に
        子どもが1人で出歩いていると
        さらっていく。
        これらは、おそらく雪の日に子どもを
        外に出さないようにする存在と考え
        られる。
        雪国における「子供部屋のボギー」の
        ようなものだろう。
        雪女は冷たい場所でしか生きられない
        ようだ。

        勧められて風呂に入った雪女が湯の中で
        溶けてしまったという話も伝わっている。



        ■赤ん坊を連れた雪女

        雪女が赤ん坊を連れていることもある。
        秋田県では雪の降り積もる夜道に
        雪女が赤ん坊を連れて現れ、抱いて
        くれるようにちかづいてくるという。

        もし赤ん坊を抱いてやろうものなら、
        次第に重くなって、雪に沈んで
        逃げられなくなる。

        この赤ん坊は「雪ん子」と呼ばれていて
        その正体は雪の塊なのだという。
        会津地方にも同様の話が伝わっていて、
        やはり赤ん坊を抱くと雪をかぶせられる
        という。

        青森津軽の雪女郎も赤ん坊を抱いて
        くれと現れるといい、この申し出に
        応じようものなら、赤ん坊は天に届く
        ほど大きくなる。
        だんだん重さに耐えきれなくなって
        殺される。

        この重さに耐えきると怪力を授けられる
        という。このような雪女の性質は、
        産女という妖怪とほとんど同じだ。

        弘前で、ある武士がこのような雪女郎に
        出会ったという。
        この武士は短刀を口にくわえて赤ん坊の
        頭すれすれのところに刃がくるようにして
        赤ん坊を抱いた。
        そして無事に赤ん坊を雪女に返したという。
        雪女は赤ん坊を抱いてくれたことに
        感謝して宝物をくれたという。

        また、この重さに耐えきった武士には
        その強さを誉め称えて名刀を授けて
        くれたともいう。



        ■1本足の雪女

        雪女の中には1本足のものもいる。
        長野県の諏訪地方にはシッケンケン
        と呼ばれる雪女がいるが、この
        シッケンケンは1本足なのだという。

        秋田県の雪ん婆も雪の上に1本足の
        足跡を残すという。

        和歌山県には雪ん坊というのがいる。
        これは腰から下に白い布をまとった
        裸の童子が妖怪で、雪女とは少し
        異なるが、1本足だ。
        和歌山県は雪女伝承が伝わる地と
        しては珍しく雪の少ない地域で、
        珍しく雪の降った翌朝には木の下に
        円形のくぼみはポツポツと残っている
        という。
        これは雪ん坊という1本足の妖怪が
        ぴょんぴょんと飛び歩いてつけた
        足跡なのだという。



        ■紅雪と雪女

        雪は一般的には白いものだが、
        大気中の浮遊物を含んで変色する
        ことがある。
        黄砂が混ざって赤い雪が降ることも
        あるらしく、紅雪と呼ばれ、
        日本でもこのような雪の記録が残されて
        いる。

        甲斐国(山梨県)の古い伝説によれば、
        雪女は山婆の垂れた乳と経血を
        嘲笑ったために神の怒りに触れたという。
        そこで、罰として紅雪の降る日まで
        処女でいなければならなくなった。

        紅雪が降ると雪女は子供を産み、
        晴天の日に消え失せるという。



        ■月と雪女

        岩手県の遠野市の雪女は満月の夜に
        現れるというが、月と強く結び
        つけられた雪女の伝承もある。
        山形県の雪女(雪女郎)は月世界
        のお姫様なのだという。

        天上世界に退屈して雪と一緒に
        降りてきたという。
        雪と月、確かに幻想的ではある。
        〈参考文献〉
        ・『日本妖怪大事典』(画:水木しげる
        著作:村上健司 角川書店 2005年)
        ・『Truth In Fantasy事典シリーズ
        2幻想動物事典』
        (著:草野巧 画:シブヤユウジ
        新紀元社 1997年)
        ・『Truth In Fantasy9 幻想の
        住人たち6〈日本編〉』
        (著:多田克己 新紀元社 1990年)


        ここまで調べたのだけれど、雪女に
        旦那様がいるのか さっぱりわからない。
        そこで こういう時は
        「Y!知恵袋」だと思って見てみた。


        そしたら なんと!
        同じ質問を すでに「Y!知恵袋」にしている
        人がいた。あっちょんぶりけ。
        今までの苦労は何だったんだろう……


        回答が ふるってる。

        「基本独身です。
        雪女は男と交わったりしない 永遠の処女
        なのですが、紅い雪が降ると子供を
        身ごもり、その出産とともに
        身体は溶けてなくなってしまうとの
        ことです。
        しかし、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)
        の“雪女”では、人間と結婚しています。」
        と書いてあって、小泉八雲の「雪女」の説明と
        小泉八雲の「雪女」の文章の説明のリンクの
        アドレスが貼ってあった。


        なーーーーんか、こういうのって、
        がっかりする。

        結局 雪女の旦那様は実は物語として
        小泉八雲に出てくる箕吉ってことだけで、
        実際は 不特性多数。
        紅雪が降るまで禁欲生活を強いられてきて、
        誰でもいいから、男性を漁る色情魔に
        変身するってわけですか?
        そして身ごもったら、消えてしまうという。
        雪なんですねぇ。
        どこまでいっても。
        雪女って本当に我慢の妖怪だったんだ。
        旦那さんを見つけてあげたかった
        小泉八雲の気持ちが理解できた気がする。

        2014-02-15 23:51:25投稿者 : Nachiko
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          誰かのせいで頭が蕎麦になった

          今日も雪。
          積もらないうちに雑用を
          済ませようと雪降る中、
          「エイッ」と車で出て行った。
          帰宅するので大通りを曲がったら
          冷や汗寸前だった。

          ノーマルタイヤではギリギリの積雪。

          あと15分遅く家を出ていたら
          どこかに車を置いて帰宅するはめに
          なっていたと思う。

          無謀だったとは思うのだけれど、
          帰り、もし電車が止まったら
          帰宅出来なくなると思っての
          ちょっとした賭けに出て
          みたのだった。

          アルバム用の曲創りで お籠もり
          になることが多いだけに、
          煮詰まることもある。

          そんな時は面白かった事を
          思い出したりする。

          アルバムといえば、昨年出した
          4枚目のアルバムの時に
          昔馴染みのミュージシャンの
          他に素敵なミュージシャン達
          との出会いがあった。

          その中で「食」に関して
          今でも思い出すと おかしくて
          日常に引きずっている話がある。

          名前を出せば皆が知っている
          ベーシストのw氏。

          何と私の帰還ライヴの始まる
          寸前まで「蕎麦」について
          延々熱く語っていたのだ。


          いやぁ〜、そりゃ説得が
          ありましたよ。

          熱く熱く語るその表情は
          真面目で、人柄も嘘をつく
          ような人ではないし、
          「蕎麦が いかに身体に良いか」
          を語られれば耳を傾ける。
          東に来たら蕎麦だそうだ。

          西は うどんだと言っていた。
          大衆的な蕎麦屋の話から、
          延々続くこと内容は蕎麦の話…

          そのパワフルな演奏を見れば
          ますます信憑性が出て来る。

          私も 元々蕎麦が好きなので、
          頭の隅にあった蕎麦への想いに
          火が点いてしまった。

          Facebookにお礼を書くと
          「蕎麦パワー!」とコメント。

          さすがとしかいいようのない
          爆音パワーを笑顔で振りまく。

          おかげで私は蕎麦を食べる機会が
          とても増えた。

          幼い頃、よく調剤室にいた。
          忘れていた記憶が蘇ってくる。

          お蕎麦屋さんがあって、
          うちは出前をよく取っていた。
          多分 一番多く出前で食べた物は
          お蕎麦屋のメニューだったと
          思う。

          何はともあれ蕎麦・蕎麦だった
          ような記憶が残っている。

          お蕎麦屋さんの出汁の
          カレーライスも美味しかった。
          ラーメンも美味しかった。

          出前を頼むと、自転車に乗った
          お兄さんが肩に何重にも丼を
          お盆で仕切って担いで持ってきた。

          とても高く積み上げていて、
          まるで曲芸師みたいに丼が片方の
          肩に積まれていた。

          それを片手で自転車のハンドルを
          握って持ってくるのだ。

          今思い出すと、どうやって あの肩
          から丼をおろしたのだろうとか
          考える。

          お蕎麦屋さんの出前といえば、
          皆 肩に高く丼を担いで自転車に
          乗っているものだと当時は思って
          いた。

          それを見なくなったのは、
          親から あそこのお蕎麦屋さん、
          引っ越すんだってと聞かされてから
          だった。

          それで そこのお蕎麦屋さんが
          大好きだったので出前を
          取らなくなった。

          味がウチに合っていたのだろう。

          そのうち祖母が家の台所で
          うどんや蕎麦を粉から打って
          作るようになったので、
          出前のお蕎麦のことは忘れていった。

          段々大きくなり、自分から食べに
          今までと違うお蕎麦屋さんに
          行くようになった。

          似ているようで、また違う
          蕎麦の世界があった。

          蕎麦の歴史って、どうなのだろう。



          原産地に2つ説があるようだ。
          1、東アジアの北部、アムール州
          の上流沿岸から中国北東部
          のダウリバイカル湖
          2、中国南西部山岳地帯・宇南省


          紀元前4〜5千年前
          1、エジプトのナイル河流域
          2、古代バビロニアのユーフラテス・
          チグリスの両河流域
          3、インドのインダス河流域
          4、中国の黄河流域


          日本での 蕎麦の歴史
          日本が大陸と陸続きだった頃、
          大陸から移り住んできた
          先住民族がアジアの そばの種子を
          蒔いたのが始まりと言われている
          説がある。
          →栽培は、約3千年前の縄文時代
          末期には始まったとみられて
          いる。


          蕎麦が日本で普及した経緯

          奈良時代
          中国から水車を利用した碾き臼
          の使用により、そばの実を挽いて
          粉にする技術が日本へ伝わる。

          そばは もともと乾燥地帯でも
          よく育つため、飢饉のさいに
          当時の天皇が食糧対策の一環
          として そばを奨励したことも
          理由と考えられる。

          (現在の麺上の形になったのは
          江戸時代から。当時は そば切り
          と呼ばれていた。それまでは
          そばがきの形状などが主流)


          そんな中 出雲そばが広まった理由
          江戸時代の松江藩主・松平治郷
          (茶人としても有名で号は不味)
          が大の そば好きで そば食を奨励
          したのがきっかけと言われている。

          当時破綻しかけていた松江藩の
          財政を立て直したことでも
          知られている。

          城を抜け出して そばを食べに城下町へ
          おりた。
          自らも そば打ちを行い振る舞った…

          など話を作られるほど そば好きだった。
          →こんな話が古典落語で作られている。
          (“不味公夜話”)


          その後の出雲そばの話
          出雲そばの特徴としては、“挽きぐるみ
          製法”(そばの実の甘皮部分まで挽き込む)
          の そば粉を使用。
          そのため色が黒く、風味が強い。


          食べ方
          割子そばと釜揚げそば
          ・割子そば
          三段の丸い器にそばを盛り付け、
          お好みの薬味(ネギ、のり、
          もみじおろしなど)を合わせて
          食べる。

          その時、上の段で余ったつゆを下の
          器に移し、新たに薬味やつゆを
          好みに合わせ付け足して食べる
          という食べ方。
          →割子そばの器は丸いのだけでなく
          昔は四角い器など色々使用されて
          いた。

          割子というのは当時出雲地方では
          重箱のことも指していた。
          しかし明治40年頃、当時衛生面も
          担当していた当時の松江警察署長が
          角があると洗いにくく、不衛生だと
          いうことから丸い器に変わったと
          言われている。

          ・釜揚げそば
          ゆでたてのそばを洗い流さずに、
          茹で汁ごと器にいれ、つゆや薬味
          を好みに合わせて食べる食べ方。
          ゆで汁に溶けた栄養分をそのまま
          まるごといただける。

          蕎麦は痩せた土壌でも栽培できた
          ことから、北は北海道から南は
          鹿児島まで、山間地や新規開拓地で
          盛んに生産された。

          少し調べれば、全国の名物そばが
          たくさんわかる。
          出雲そばの話を書いたが、
          どの地方の名物蕎麦も
          美味しそうだ。

          私は東京という いち地方の出身住民
          なので東京についてかくと…


          東京では蕎麦専門店だけではなく、
          うどんも提供する店も「蕎麦屋」
          と呼ぶ。

          古く江戸では、うどんも盛んに
          食べられていた。
          しかし、江戸時代中期以降、
          江戸での蕎麦切り流行に伴って、
          うどんを軽んずる傾向が生じたと
          いう。

          江戸で うどんよりも蕎麦が主流と
          なった背景には、水質や、出汁の
          原料、醤油の質、男女比や
          労働層、文化の特殊性など様々な
          要因があるが、食事からの栄養の
          多くを白米で摂取したことにより、
          ビタミン類の欠乏により生じる
          「江戸患い」と呼ばれた脚気を、
          ビタミンB1を多く含む蕎麦を
          食べることで防止・改善できた
          ことにもよる。

          江戸っ子の蕎麦に対するこだわりは
          「粋」を重んじるが故の意地や
          見栄による誇張をこめて、
          以下のように言われる。

          1、もりを食う時は蕎麦の先だけを
          つゆに浸して食べる。
          関東のつゆは濃いめなので、
          ちょっと浸すことで十分だから
          である。
          またこうすることによって、蕎麦の
          風味を十分味わえる。
          →これはホント。私は蕎麦の三分の一を
          つゆに浸して食べるのが「粋」だと
          思っていた。
          全部浸しているのはナンセンス!
          蕎麦の味が わからない。

          2、口に入れたらあまり噛まずに
          飲み込み、喉越しと鼻に通る香り
          を楽しむ。
          →蕎麦を よく嚙んで食べるって聞いた
          ことがない。

          3、大きな入れ物にたっぷりと蕎麦が
          入っているのは野暮。
          少なければ2.3枚食べる。
          →ホントに量は少ない。
          何枚も注文するって当たり前だと
          思っていた。

          4、箸は割り箸。塗り箸は蕎麦が
          滑るので好まれない。
          →どんな高級な蕎麦屋に行っても割り箸。

          5、酒を飲むのでなければ、さっさと
          食って引きあげるのが粋。

          6、蕎麦を食べることを「手操る」という。


          蕎麦麺の分類
          ・手打ち蕎麦
          手作りで製麺される蕎麦。
          ・手打ち風機械麺
          機械で手打ちのように製麺された蕎麦。
          蕎麦粉割合による分類


          十割蕎麦(生粉打ちそば)
          湯を加えて蕎麦粉のデンプンの糊化を
          促進し、生地のまとまりをよくする。

          二八蕎麦
          蕎麦粉8:小麦2で打った蕎麦。

          外二八蕎麦
          蕎麦粉10:小麦粉2で打った蕎麦。


          蕎麦粉の種類による分類
          更級蕎麦
          そばの実を挽くと中心から挽かれて
          出てくることから、後から出てくる
          粉に比べて、最初に出てくる粉が
          白く上品な香りを持つ。
          一番粉を使用した蕎麦が
          「更級蕎麦」である。
          東京などでよく食べられる。
          粘りがなく、つなぎをよく使う。

          田舎蕎麦
          蕎麦粉を挽き込んだ、黒っぽい
          蕎麦粉により製造された蕎麦。
          蕎麦の香りが強く、あまりつゆを
          つけずに食べる。
          長野県・愛知県・近畿
          山村でよく食べられる。
          つなぎに山芋などを使う。

          藪系の蕎麦
          抜き実の挽きぐるみ、つまり
          緑色の甘皮部分を挽き込んだ
          鷲色の蕎麦。
          種皮の緑色が鮮やかな「薮」系
          の蕎麦は その香りが高い。


          蕎麦の栄養
          沢山あるけど目立ったものを書くと
          ・タンパク質とアミノ酸
          茹で蕎麦でも米の2倍量のリジンが
          含まれている。

          ・糖質
          粗粉より微粉の方がでんぷん含量が
          高く、米とほぼ同じくらい。
          短時間の加熱で消化・吸収されやすい
          αでんぷんに変わる。

          ・食物繊維
          便秘や毒性制御コントロール、
          コレステロールの増加抑制などに
          効果があるとされている。
          結果、動脈硬化性疾患の心筋梗塞や
          脳梗塞に対して、蕎麦食は予防効果
          をもち、他の成人病に対しても
          研究が期待されている。

          ・脂質
          蕎麦種実に2〜3%の脂質が含まれている。
          主な脂肪酸はリノール酸で約30%を占めて
          いる。
          リノール酸は血中コレステロール値を低下
          させ、血液の凝集を防ぐ力もあるため、
          栄養的に優れた品質の油である。
          もう1つ、生理効果を持つ脂質として
          、ステロール類も豊富に含まれている。

          ・ビタミン
          ルチンで有名だが、B1.B2も案外多い。
          ナイアシンが含まれている。
          これは皮膚を強くし、血管壁を強化する
          ビタミン。

          ・ミネラル
          カリウム、マグネシウム、リン、鉄が多い。
          高血圧を防いだり、貧血を防ぐ作用が
          ある。ただカルシウムが少ないので
          他の副食との組み合わせを考えると良い。
          (国立栄養研究所栄養資源開発研究室長)


          蕎麦について書いていくと夏目漱石の話や
          昔の公家の話、また蕎麦に関連する文化
          など興味深い内容ばかり出てくる。

          時代の中で、蕎麦屋は現在の喫茶店のようで
          あり、ファーストフード店であったりした。
          大昔に外国から入ってきた蕎麦の種子は
          日本に来て独自の発展をとげて、文化を
          築いていた。
          栄養豊かな日本食になっていったのだ。

          こうしてみると、「蕎麦〜!」と
          語るベーシストのw氏は正しいのだと
          痛感した。
          だからガタイもよくパワフルなのだ。
          どんどん他にも日本に根付いた
          日本食を食べましょ。
          毎日1食は蕎麦を食べたっていいかと
          思う。
          日本中の蕎麦を食べてみたいな〜
          と思った雪の日だった。

          2014-02-14 22:08:44投稿者 : Nachiko
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            木魚って…

            前回、コメントに「木魚も面白い」と
            あったので私も なるほどと思い
            木魚について思いを巡らしてみた。

            思えば「木魚」といえば……
            記憶の中にありました。

            あれは まだ親戚が揃っていた頃。

            本家で法事があった時のことだった。

            分家のウチと違って本家はキチンと
            家を守り冠婚葬祭をしっかりやる。

            私は慣れないフォーマルを着て、
            親戚の並ぶ中程に座り
            お坊さんの読経を聴いていた。

            何かと窮屈な親戚なこともあり、
            私は場違いな気もしていた。

            それでも お上品な顔をして
            そそのないように振る舞い、
            両親に叱られないようにと
            心がけていた。

            読経は長く、椅子の生活に
            慣れている私には正座は苦手で
            脚が奥の方からジンジンして
            くるのがわかった。

            そのジンジンが、痛痒い感覚に
            変わって足の親指をモゾモゾと
            動かしたり、身体の重心を
            変えてみたりし出した頃、
            突然 お坊さんが
            ポクポクと木魚を叩き出した。

            自分でも何故だかわからない。

            状況のせいだと思いたい。

            脚が痺れて、親戚の中で緊張
            しまくっていた私の中で
            何かが はじけた。

            そのポクポクは思いもよらぬ
            タイミングで鳴り出し、
            しかも想像していなかった音
            だった。

            頭で考える木魚の音より高音で、
            リズムも均一でなく
            早くなったり遅くなったりで
            背筋を伸ばした姿勢で木魚を
            叩くお坊さんの姿と音が
            私の笑いのツボにハマってしまった。

            こうなると笑いが止まらない。

            最初は笑いをこらえるので
            精一杯だった。

            下を向いて目を閉じ 別の事を
            考え必死に我慢した。

            しかし情け容赦なく「ポクポク」
            という音は耳に入ってくる。

            我慢しようとすればするほど、
            身体は反応してしまう。

            両肩が上下に小刻みに揺れ、
            涙がボロボロ溢れる。

            声を殺していても時折
            「グェ」っと引きつった声に
            ならない声らしきものまで
            発してしまう。

            笑いをこらえるとは、こんなに
            つらいものなのか。

            お腹は圧力でカチンカチンに
            固くなり よじれそうに痛い。
            鼻水まで出てくる。


            「周囲に気づかれたらまずい」


            そう思って その場から席を立つ
            ことをおもいついた。

            これが浅はかな行為だった。

            立とうとして膝をついたら、
            感覚がない。

            カクンとなって前に座っている
            親戚にダイビングしてしまった。



            こうなると脚の痺れより、
            恥ずかしさを通り過ぎて
            「やってしまった…」
            という あきらめが先に立つ。

            それでも お坊さんは何事もない
            ように淡々と木魚を叩き続けていた。


            あの時、その後のことは
            ご想像に任せる。

            以来 木魚は私にとって
            淡々と涼しい顔して叩くお坊さんと
            親戚にダイビングした思い出に
            結びつき記憶から抜けさせようと
            していたように思える。


            そもそも、木魚についてどれくらい
            私は知識があるのだろう?


            読経の時に叩くという知識が主
            だったので、この際調べてみた。


            木魚とは、読経を行なう際に
            打ち鳴らしてリズムを取り、
            精神を統一するために必要と
            される梵音具。

            すべての宗派で使用されるもの
            ではなく、主に禅宗や天台宗、
            浄土宗などで用いられる。


            木魚とは
            木魚は楠材などを原料に
            作られた梵音具。

            直径5センチほどの小さな
            ものから1メートル以上の
            大きなものまであり、
            大きさ、色などに決まりはない。

            使用目的は、読経の際に打ち
            鳴らしてリズムを取り、
            複数人で意識を集中させて
            お経を唱えるために用いられて
            いる。

            内部が空洞に彫られ、閉口部が
            狭くなっている形状からは、木魚
            独特の「ポクポク」という
            軽い音が聞こえる。

            あの音には精神を落ち着かせ、
            集中させる効果もあるようだ。
            仏壇店では大抵木魚の下に敷く
            台と、「バイ」と呼ばれるバチ
            がセットになって販売されている。


            木魚の歴史
            木魚の歴史はその名前にあるように、
            もともとは黄檗宗の本山である
            「黄檗宗萬福寺」で今も見られる
            ような「魚板」が原型といわれて
            いる。



            魚を象った理由は
            「眠っていても目が閉じない魚
            のように、寝る間を惜しんで
            修行に励みなさい」
            という教えに基づいて生まれた
            説が最も有力。

            室町時代より木魚ほか梵音具の
            存在は明らかにされているが、
            本格的に木魚を使用したのは
            黄檗宗の開祖である陰元隆き
            とされており、その後各宗派で
            取り入れられ、現在の形として
            確立したのは明治時代に
            なってからといわれている。


            木魚職人
            木魚の生産地は愛知県が日本一
            を誇るが現在は9つの工房、
            20名ほどの木魚職人のみ、
            と年々職人が減少している。
            木魚の製造工程は
            「木取り」からはじまり、
            「整形」、内部を特殊なノミで
            くり抜く「中彫り」、「乾燥」、
            「彫刻」、「研磨」、
            最終的に音を微調整する
            「音付け」の8つに大きく
            分かれており、自然乾燥の
            工程だけでも1〜3年の歳月が
            必要とされている。

            長くは15年間の時間をかけて
            完成する木魚もあるそうだ。
            手造りの木魚は音の美しさは
            もちろん、龍や魚、鯱、蛇などを
            モチーフにした様々な彫刻も
            素晴らしい職人技の一つだ。


            宗派による梵音具
            真言宗、天台宗、浄土宗、
            禅宗(曹洞宗、臨済宗)で使用。
            浄土宗では一時期木魚を使用
            しない時期もあったが、
            現在では他宗派同様に読経の
            際に再用している。

            なお、名古屋地方では一部
            「伏鉦」を用いている地域もある。


            バイとふとんとの3点セット
            木魚は単体で販売されているのでは
            なく、木魚をたたくバチ「バイ」と
            木魚を置く台である「ふとん」と
            合わせて3点セットで売られている
            ことがほとんど。

            木魚の購入を検討する場合は、
            なるべく大きめのふとんを選び、
            叩く際にふとんから木魚がずれ
            落ちないかどうか確認すると良い。
            ここで興味深いのは楽器として



            木魚を使う場合の話
            ・一番大切なのは叩きやすさ!
            正確なポイントに正確な角度で
            打ち込まないと本来のサウンドを
            出すことができない。
            ・サウンド
            「ポクポク」という心地よい響きと
            乾いたサウンド。
            あくまでドライなサウンドキャラクター
            を持つ木魚を選ぶ。
            ビンテージ木魚は澄み切った心地よい
            サウンドを得ることができる。
            ・フェイクファータイプ
            「モソモソ」としたサウンドで音楽にも
            法事にも不向き。
            六本木のギャルに受けている。
            高価なものが多くブランド製であることが多い。


            ・パンチメタル素材の木魚
            「キンキン」というハイが強調された
            金属的サウンドが特徴。
            法事には向かない。


            ・一番オーソドックスな木材製の木魚
            楠やセン、メイプルなどが多く
            使われる。

            「ポクポク」という素朴で心地よい
            サウンドが堪能でき、様々な
            音楽に合うばかりでなく法事にも
            利用可の万能選手。


            ・エレクトリック・木魚・タイプ
            木魚の内部にピックアップや貼り
            マイクをつけたもの。

            大きなステージで木魚サウンドを
            最大限に生かすために開発された。
            アンプを通すことで
            アコースティックな暖かいサウンドを
            大音量で鳴らすことができる。

            ギター用のエフェクターを使うことで
            通常の木魚では得られない様々な
            効果を生み出すことも可能となる。
            新世代の木魚。

            材質は木製の他、プラスティック、
            カーボンなど様々で、デザインの
            自由度も高いため、多種多様な
            デザインのモデルが存在する。

            またストラップをつけるピンがついて
            おり、立ったまま演奏できるのも
            魅力。


            木魚について通追求して書くと、
            出て来る 出て来る…書ききれない。

            私の木魚に関して恥ずかしい
            法事での体験が残っていたのが、
            調べてみたら木魚音楽があって、
            色々UPされている。

            想像してみた。
            私が自分のライヴで立って木魚を
            持って叩きながら
            歌う姿を……


            どう考えても私には似合わない気
            がする。

            木魚は聞くだけの方が良いのかと
            思った次第であった。

            2014-02-13 19:44:30投稿者 : Nachiko
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              困った「歯医者さん怖い」の件

              私は自慢じゃないが「痛み」に強い
              自信がある。
              よく言えば我慢強い。
              悪く言えば何かされるのが怖い。

              特に歯医者は恐怖そのものの存在
              としか言いようがない。

              昨年前半は断崖絶壁から
              飛び降りるつもりで歯医者に行った。

              この時は 物が噛めなくなって
              白旗を挙げての投降だった。

              治療する椅子に座った時は、
              まさにまな板の鯉状態で
              「槍でも鉄砲でも持って来て!」
              の感覚。

              麻酔にキシロカインの注射を
              打たれると、耳元で
              ギュインギュインと削られる音がし、
              どれだけ歯に穴を開けられているかと
              思うと怖さは増す一方になる。

              口を注いで口から血の混じった
              水が出ると、それこそ
              真夏の怪談どころの騒ぎで
              なくなる。

              やっと被せものをして治療終了
              となったのに、またしても
              同じ歯が その後から ずっと痛いのだ。

              最初は歯がズキズキしていた。
              神経を取った歯だから痛むはずも
              ないと思い ひたすら我慢の子。
              それから今日に至る。

              そのズキズキは顎に響くようになり、
              大きな口を開けられなくなった。
              食事時、その歯のある方で
              噛めなくなり口も あんまり
              開けられなくなった。

              それでも放置。

              何たる忍耐力。自画自賛。

              そのうちズキズキは ほんわかと
              頬に広がり顎から広範囲に
              広がっていった。

              鏡で見ると顔半分が腫れている。

              さすがに これって まずいんじゃ
              ないかな〜と思い始めた。

              町のクリニックではダメかな?
              と頭を過り、診察券を持っている
              ことを思い出し、専門の大学病院に
              電話をしてみた。

              ずーっと行っていないので
              初診扱いなので朝10時までに
              来て下さいとのこと。
              そこで先生が歯科でも、
              どこの分野に振り分けるかを
              決めて予約を入れるそうだ。

              まさに「ふにゃ〜」の世界だ。

              今は必死に今度の新譜の
              曲を作っている。
              手直ししたり、新しく作ったりで
              朝までかかっても時間が足りない。

              しかも その大学病院は遠いので
              朝10時までに行くということは、
              徹夜で行くということになる。

              元々歯医者に行きたくないの
              だから、万が一 そこで
              口腔外科なんぞに まわされたら
              卒倒もんだと考えると

              行けない理由が わんさか浮かぶ。

              熱を持った頬をさすりながら、
              「このまま放置すると歌えなくなる」
              と まともな心配をする。

              ところで、どうして そんなに
              歯医者が苦手なのだろう。

              最初トラウマなのかと思って
              調べてみた。

              トラウマなら克服方法があるからだ。

              しかし、どんなに調べても
              PTSDと言えるほどのものに
              当てはまらない。

              幼い頃かかっていた歯医者は
              麻酔もせず
              「鈍行列車ですよー」と
              ゆっくり削り、
              「痛くないでしょ」と言い、
              「今度は特急電車だよ」
              と言ってギュイーンと勢いよく
              削っていた。

              優しい先生で怖かった記憶がない。

              その後は恐がりな私をみて すぐに
              麻酔をかける先生で 冗談を言いながら
              明るく状態を教えてくれながら
              ずっと今までお世話になってきた。

              特別痛くされたわけでもなく、
              トラウマになることもないのに
              何故 こんなに苦手なのだろう?

              私だけが こんなに歯医者が苦手
              なのだろうか?

              調べてみて意外な事実を知った。

              2013年6月14日〜20日/
              有効回答数;4582
              によると歯医者が好きな人は
              わずか7%、嫌いな人は61%。
              女性で死ぬほど嫌いが9%
              もいたことだ。

              歯医者に行く事を考えただけで
              心臓がバクバクして冷たい汗が
              出てくるとか、酷いのは
              お化け屋敷より怖い私など
              かわいい話がぞろぞろ出てくる。

              【歯医者が苦手な方へ】
              なんて所には

              あの音が苦手な方へ

              「キーン」という独特の音が嫌いな方。
              この音の正体は「エアータービン」
              という歯を削る道具です。
              この道具は金属よりも硬い歯を少ない
              回転数で、しかも歯髄組織に悪い影響を
              及ぼさないように削るために超高速回転
              をしている。

              そのためにあのような音が出てくる。
              歯を削る機械としては最も優れた道具
              であることをご理解頂きたい。
              しかし、どうしても苦手だという方には
              音の少ないモーターを用いることも
              可能な場合もある。

              →そう書かかれたって、生理的に
              受け付けないものは無理があると
              私は思うのですが…


              匂いが苦手な方へ

              歯科治療ではさまざまな薬品を使う。
              機械や治療道具を消毒する薬品、
              歯の中を消毒する薬品、歯の痛みを
              和らげる薬品などがある。
              匂いを少なくするするために、
              密閉容器の使用や取り出す薬品の量を
              減らせるが、無くすることは出来ない。
              少し我慢してもらうしかない。

              →結局、我慢しろって書いてある!


              歯科へ行くのが楽しみな方

              治療が完治して健康なお口に回復された
              健康な状態を維持するため1〜
              6ヶ月おきにお口全体のチェックと
              クリーニングを受けに来る方.
              この時は歯を削ることも、麻酔も、
              匂いがきつい薬品も使わない。

              お口の状態をチェックと日頃の管理では
              取れない汚れを掃除するので、
              お口が気持ちよくなるので
              楽しみにされている。

              →これ書いている人わかっていない。
              歯医者に行って、他の人の治療風景
              を見て「キーン」という音で
              気分悪くなるわけで、匂いも他の人のと
              歯科の独特の匂いで そこから恐怖を
              呼び起こしていることに気づいていない。



              調べれば調べるほど、歯医者へは
              「勇気を持って飛び込め!」という
              結論になる。
              何と私に不向きな意見だろう。


              それにしても、これだけ医学が発達して
              いる現代でも歯医者苦手!の人が多い
              わけだが、昔々は一体 どうしていた
              のだろう。


              ・飛鳥時代(6〜8世紀)

              耳・目・口・歯は医師が治療を行なう
              ことになっていた。
              さらに時代をさかのぼって、古墳時代
              (3世紀中〜6世紀頃)の埴輪に
              お歯黒をしたものが見つかっている。

              そして邪馬台国の卑弥呼が出て来る
              「魏志倭人伝」には、「東方に歯黒
              国あり」と書かれているそうだ。
              お歯黒には、歯質を強化する作用が
              あると日本歯科医師会でサイトで
              説明されていた。


              平安時代に書かれた「堤中納言物語に
              ある短篇「虫愛づる姫君」では、
              姫が鉄奨(お歯黒)も付けないので気持ち
              悪いと評されていたりしている。
              堤中納言物語は、成立年代や筆者は
              それぞれ異なり、遅いものは13世紀
              以降の作品もあるとされ、また編者も
              不明。
              一応、平安後期に成立したもののようだ。


              ・鎌倉 室町 戦国時代
              世界、日本ともに抜歯が盛んに行なわれて
              いたようだ。
              日本で、歯の掃除道具として、楊枝が登場
              したのは鎌倉時代のようだ。
              室町時代になるとお歯黒の習慣が男女とも
              盛んになったようだ。

              咽頭科というのができたのは、この頃のようだ。
              世界では、歯科施術者=床屋、歯大工、歯技師
              という人達がいたようだ。
              歯大工、床屋って…。
              歯について、軽んじられていたのか
              よくわからない。
              抜く以外の治療をしていなかったわけ
              だから、麻酔なしの抜歯なんて
              想像しただけでもゾっとする。


              戦国時代には、口科専門医の祖といわれる
              「丹波康頼」(平安時代の人)、
              日本最古の医学書「医心方」を記した、
              の一族、丹波一族は、その子孫、兼康家、
              金保家として江戸時代まで口中科として
              受け継がれたようだ。
              治療法は、秘伝で庶民には広まらなかった。
              昔から代々名家というのは、秘伝を
              もらさないことによって維持されている
              ところがある。


              ・明治時代(1868年〜1912年)
              海外から外国人歯科医師が来たり、日本
              から海外に留学する者がいた。
              明治後半になってようやく歯科医師
              という身分が日本で確立される。
              長く続いた「お歯黒」の習慣は、
              明治になって野蛮なものとして
              禁止された。

              世界では、この頃、特にアメリカで、
              むし歯が歯についた食べかすに作用
              して酸が作られる結果、歯の表面を
              溶かすという説や歯垢がむし歯の
              原因であるなど、様々なことが
              明らかになりだした。

              いよいよ、この頃から今に至る
              むし歯の話が出てくる。

              このあと調べていくと、今とあまり
              変わらないのだけれど、
              要は、いくら調べても
              「歯医者に行く気になれない」と
              いう気持ちが癒されないというか。

              あえて書くなら、まだ今の時代に
              生まれてきて良かったと思った
              くらいだ。

              何でもかんでも抜歯されたのでは
              たまらない。

              しかも麻酔なしで抜歯だなんて、
              昔の人って、どれだけ
              我慢強かったのだろう。

              奥歯の抜歯など麻酔もなく、
              どうやって痛みを我慢したのだろう。

              「お歯黒」で歯を強化する作用が
              あると書いてあった。
              今でこそ禁止されてしまったけれど
              あれって、イカ墨のパスタを
              食べたみたいになるのかしら。
              決して見栄えは良くないけれど、
              歯医者に行かなくて済むなら
              私 お歯黒って付けて
              みたいと思ったんだけど……
              笑うと黒い歯がニーっと出るの。

              時代が変わると、それが
              異様な顔に見えるのだもの。


              はぁ、いつまで歯医者に行かずに
              我慢が出来るか…
              もし頑張って行ったとして
              何と言われるのか。
              小心者の私のハートはドキドキ
              している。

              2014-02-12 17:42:17投稿者 : Nachiko
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                日本の音2️⃣

                昨日は季節で自然に耳に入って来る
                音について書いた。
                それも日本独特の音に触れてみた。
                今日は日本の文化や宗教的観点から、
                私達が耳にする音に触れてみよう
                と思う。

                幼い頃から音は慣れ親しみ
                受け入れ、何となく違和感もなく
                暮らして来ていることに
                気づくと改めて興味をそそることが
                出てくる。

                私の家には無かったが、
                日本人は庭の中にも音の演出を施した。

                ししおどし(鹿脅し)は、
                竹筒に水を引き入れ、溜まった水の
                重みで筒が反転して水が流れ、
                元に戻るときに石を打って音を
                出すようにした装置。添水(そうず)。
                元々、田畑を荒らす鹿や猪、鳥などを
                脅すための装置全般を言い、
                「かかし」や「鳴子」なども
                「ししおどし」の一種である。

                しかし、日本人は 何でも楽しくしたり、
                風情あるものにしたり芸術性豊かに
                したりするのが得意である。

                「かかし」にしても、亡き祖母が
                屋上にスイカを植えた時 はたきに
                帽子を被せて鈴を付けたのを覚えている。

                どこから見ても「かかし」には
                見えなかったのに本人は満足気だった。

                案の定すぐにスイカは食べられ、
                スイカ作りは あきらめなくては
                ならなくなってしまったのだが、
                あの時 棒に帽子を被せて風で音が
                するように工夫しようとしていたのが
                何とも苦労の末の結果とはいえ、
                面白かった。

                「鳴子」は何かの機会で色々な種類の
                鳴子を見たことがある。

                とにかく読んで字のごとしで、音がする
                ように作ってあるのだが その多様性は
                なかなか形も音も違っていて、
                これで効果があるのかと思わされる
                ものもあった。

                それだけに野生動物との被害に直面
                したことのない私には切実な
                「鳴子」の実用性など考えも及ばなかった
                のだと思う。

                しかし場所によっては、土産物になるほど
                民芸品になったり高められた物として
                存在するのだから素晴らしい。

                その動物の苦手な周波を流すとか、
                電線を張るなどということもしない
                昔から日本人は自然の中から、
                音によって嗅ぎ付け共存してきた。

                静寂の中に音を感じ、
                野生動物との共存に音を使う。
                見事としか言いようがない。


                そして水琴窟は、水の滴の響きが
                幽玄の世界をかもしだす。

                水琴窟の不思議な音色は、
                地中に埋めた壷に落ちる滴と、
                その音の反響が生み出している。


                【水琴窟の説明】
                水琴窟は、日本庭園の つくばいや
                縁先の水鉢からあふれでた水を
                利用する、日本独特の音響装置。

                そのルーツは江戸時代初期、
                作庭家でもある大名茶人、
                小堀遠州が考えた つくばい周りの
                排水装置“洞水門”から発祥したと
                いわれている。

                底に小さな穴を開けた瓶を伏せて
                地中に埋め込む。
                その上から水を流すと、下の石を
                敷き詰めた部分から地下へ流れ込む。
                何もしない状態でも水琴窟は、
                筧(かけい)という竹筒から少しずつ
                水が流れ続ける。

                地中に埋め込まれた瓶の中に水滴となって
                落ち、瓶底に溜まった水底に当たった時
                の音が瓶の内部で共鳴することで
                特徴的な琴に似た澄んだ音が生まれる。
                琴の音色のように聞こえる庭園の
                音響装置。


                私は、庭に 竹筒の「ししおどし」が
                あって たまに「トーン!」と響く
                あの独特な音だけでも「おお!」とか
                思ってしまうのだけれど、
                日本庭園の「水琴窟」とか、美しく
                整えられた足も踏み入れられない
                山水画のような庭園には
                日本人の求めてやまない美への
                独特の追求を感じる。

                そこに音が伴うのが何しろすごい。

                普通に暮らしていても私達は
                大晦日になると除夜の鐘という
                ものに接する。

                それぞれが違う宗教を持っていたと
                しても、近くのお寺から その音が
                入ってくる。

                それは日本の多くの寺に釣鐘(梵鐘)
                という大きな鐘が吊るされているからだ、
                大きく独特な響きを持つ梵鐘の音も、
                日本の暮らしに古くから
                溶け込んでいた音だ。

                鐘の音は、どのような特徴を持って
                いるのだろうか?

                コンピューターに取り込んで
                分析した結果が書いてあるのを
                調べてみた。

                細かいデーターを書いても
                わかりにくいので、まとめて書くと
                いくつもの周波数が立ち上がり、
                幅広い音程が含まれている。

                余韻が暫く残るようになっている。
                余韻として残るこの音は、
                周波数135ヘルツ、音階ではドの
                シャープ。
                これは基音と呼ばれ,
                鐘の低い響きを印象つけている。

                鐘が鳴った瞬間の一番強い音は
                312ヘルツ。
                基音より1オクターブ以上高い
                レのシャープ。
                さらに基音より3オクターブ以上
                高いファの音まで含まれていた。

                鐘の音は実に幅の広い様々な音が
                重なり合って、奥深い響きを
                作り出していたのだ。

                鐘の音は昔から、仏の声とも
                言われている。
                霊力を持ち、朝夕の時を知らせる
                鐘の音、それは日本人にとって
                特別な意味を持つものだった。

                信州大学・笹本正治教授
                「本来日本人には、昼間は人間の
                時間帯、夜は神様や仏様の
                時間帯だという認識があった。
                つまりあの世とこの世の
                接点になる時間帯が、鐘のなる
                時間帯。
                たとえば釣鐘の音は、あの世とこの
                世双方に伝わる特殊な道具という
                感じがある。」

                夕暮れ時になり、響く鐘の音。
                それは人智が及ばぬ夜の訪れを
                告げるものでもあった。

                かつて人々は敬虔な気持ちで鐘の
                音に耳を傾けたのだ。

                また鐘の音は、年の分かれ目を示す
                ものでもあった。

                ここで今でも恒例になっている
                除夜の鐘の話が わかりやすく
                説明できる。

                12月31日深夜、日本全国で鳴らされる
                除夜の鐘は108つ鳴らされる。

                「除夜」とは「旧年を除く夜」
                という意味で、12月31日の大晦日の夜。

                除夜の鐘をつき、その音を聞く
                ことによって、この1年のうちに
                作った罪を懺悔し、罪を作る心を
                懺悔し、煩悩を除き、清らかな心に
                なって新しい年を迎える。

                人には108の煩悩があるといわれている。

                煩悩とは、愛着、執着のことで、
                自分にとって離しがたい、
                捨てがたい感情、感覚。
                この108という数の由来については
                諸説がある、

                まず、108の煩悩は人間の感覚を
                司る眼(げん)耳(に)鼻(に)
                舌(ぜつ)身(しん)意(い)
                の六根が、それぞれに好(気持ちがよい)
                悪(いやだ)平(何も感じない)不同
                の3種類あり3×6=18の種類の
                煩悩となり、これが、また浄(きれい)
                染(きたない)の2種類に分かれ
                18×2=36の煩悩となり、
                さらに、さらに、現在・過去
                未来の3つの時間が関わって、
                36×3=108となる。
                これが、108の煩悩だと言われている。

                その他には1年の12ヶ月+月+
                24節気+72気候を関わって、
                36×3=108とし、108という数が
                煩悩ではないかとするものなど
                色々ある。

                鐘を鳴らすことは中国の宋の時代に
                起こったもので、その打ち方は
                「勅修清期」に「慢(よわく)」
                十八声、緊(はやく)十八声、
                三緊三慢共一百八声」と
                記されている。

                音の話から それているようだが、
                実は そうでもない。

                昔 嫌がられていた古神道に
                代表される民間信仰などの、
                宗教的な意味合いを持つ表現として
                丑三つ時(うしみつどき)も
                神域や常世へ誘う端境として
                考えられ、
                古くは平安時代に呪術として
                の「丑の刻参り」が行なわれ、
                「草木も眠る丑三つ刻」といえば
                講談や落語の怪談の枕として
                使われる常套文句である。

                今現在、街に出ていえば午前2時
                から2時半頃くらいのことで、
                そんな時間は渋谷や新宿、六本木
                あたりでは若者がウジャウジャいる。
                鐘の音に耳を傾ける人が居なく
                なったせいではないと思う。

                音による楽しみの変化が変わり、
                日本への目が変わったことも
                色々な面で出て来ているのでは
                ないかと思う。

                海外に日本語学科が乱立し、
                日本の伝統物を作る方達が
                日本に魅せられて来て下さる
                のも良くわかる。

                宗教は似た部分があるので
                何とも言えないが、少なくても
                日本古来の独特な文化や、
                日本人でなければ耳にしなかった
                音や景色を今一度
                思い出してみたいと思った。

                2014-02-11 20:33:43投稿者 : Nachiko
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                  日本の音1⃣

                  雪が降っていた時、時々何か大きな
                  音でもしたのか犬達が何度も
                  ワンワンと吠えていた。
                  おそらく屋根から雪がドサっと
                  落ちた音だろうと想像がついたので、
                  そのたび私は犬達に説明をしていた。

                  わかったのか、わからないのか
                  説明をすると吠えるのをやめた。

                  それが 雪がやんで解けてくると、
                  今度は屋根から違う音がしてきた。

                  連続的な「タタタタ…」という
                  感じの音だった。
                  かすかに聴き取れた音でも犬達は
                  反応した。

                  東京は雪に対応した屋根の角度を
                  つけていない。

                  一年に数度ろくに降るかどうかも
                  わからない雪のために、わざわざ
                  対策を取っている事などない。

                  玄関先に積もった雪かきだけで
                  ヒーヒー言う困ったちゃんになる。

                  今日はそれでも雪が上がり
                  道路の雪も消え車を出せたので、
                  やっと獣医に行けた。

                  これ以上降ったら どうしよう
                  と思っていた。

                  何しろ私は自慢じゃないが、
                  雪道は一切運転出来ないのだ。

                  獣医に向かいながら
                  道路脇に積まれた雪の中に
                  幾つも雪だるまを見つけた。

                  電車が止まったり大変だった
                  けれど、季節を感じて そう
                  悪いものでもないのかと
                  思いながら信号待ちをしていた。

                  雪は私に ふと色々なことを
                  思い出させてくれるが、
                  あの雪がドサっと落ちるのも
                  国によって違うのではないか
                  と思った。

                  地方によっても違うだろう。
                  人間に、無音というのは
                  絶対に存在しないのである。

                  ジョン・ケージは無音を
                  芸術にまで押し上げたが
                  私は日本の音・自然に入ってくる
                  音・雑音も貴重なものなのでは
                  ないかと思えている。

                  日本人は音を何世紀にも渡って、
                  繊細な感受性を持って見つめてきた
                  民族だ。

                  音が季節の象徴のように扱われて
                  いたりする。

                  文学の世界が幾つも生まれている。

                  雪解けの水のしたたる音は、
                  春を告げる音。

                  梅雨時の雨がシトシト降る音。
                  自然に外から入る音から、
                  湿っぽさとモノトーンの世界を
                  肌で感じる。

                  夏は夜空に輝く打ち上げ華火。
                  あの華火の描く光りの図柄にも
                  目を奪われるが、
                  少し遅れてドーンとくる音が
                  たまらない。

                  体内に響き入るという感じで、
                  私の中では大好きな和太鼓の
                  大太鼓を近くで聞いたような
                  衝撃に似ている。

                  今でこそウチの方では聞こえなく
                  なったが以前は夏は蝉が鳴いていた。
                  たまに軒に止まり「ミーン ミーン」
                  とかやり、季節を実感したものだ。

                  秋は、どこからか虫の声。
                  今は ほとんど聞こえないのが残念だが
                  きっと緑のある所なら聴こえるだろう。

                  日本人は古くから、自然界の音を
                  心地よいと感じてきた。

                  俳句や浮世絵を見ても よくわかる。
                  身の周りの様々な音を、豊かな感性で
                  作品にしてきた。

                  そして聞くだけではなく、音を作り
                  だしてきた。
                  例えば拍子木。

                  様々な場面で使われている。
                  宗教行事から歌舞伎や日本舞踊
                  といった伝統芸能、相撲など、
                  昔から注意を喚起する時にには
                  この拍子木をならすのが
                  お決まりだった。

                  この音は冬の風物詩だったことも
                  ある。

                  日本の冬はとても乾燥しており、
                  火事が起こりやすい。

                  そこで拍子木を鳴らしながら
                  夜回りをする習慣があった。

                  「火の用心!」カチカチ!

                  いつの間にか この音とは
                  ご無沙汰になってしまったが、
                  私には忘れられない光景がある。

                  この「火の用心!」カチカチ!
                  が近づいてくると、
                  理由は知らないが私の母が慌てて
                  部屋の電気を全て消して、
                  「静かにしなさいよ! しーーっ!」
                  と言いながら、カーテンと一緒に
                  ヒョコリと頭を窓から出して
                  拍子木を持って夜回りをしている
                  人達を覗いていたのだった。

                  私も真似して覗きたくて一緒に
                  見ようとすると叱られた。

                  どうやら「下品だから」だそうだ。

                  どうしても見たくて自分の部屋に
                  行って真似して部屋の電気を消して
                  窓から覗いたら、おじさんが
                  2人ではんてんを着て並んで
                  歩いている後ろ姿しか見えなかった。

                  母が覗いていた窓が一番通りが良く
                  見える特等席の場所だったのは悔しい。
                  なんで、「火の用心」のカチカチの
                  正体が おじさん2人で、ガッカリした
                  のかは未だにわからない。

                  もっと わからないのは毎回
                  母が 来る度に電気を消して
                  覗いて喜んでいた事。
                  おまけに、一番良く見える場所から
                  覗けなかったことが何故
                  あれほど悔しかったかも謎なのだ。

                  頭ではわかっているのだけれど、
                  こうして たまに母に疑問を持っては
                  理解しようとして撃沈する。

                  特殊な感性を持っている人なので
                  私は自分の平凡さに安心させられる。
                  こう書いても どこか
                  負け惜しみに聞こえるのが虚しい。
                  一緒に覗いてしまったのだから。

                  そして、町では以前 豆腐売りが
                  ラッパを鳴らしていた。
                  近所のおばさん達が それぞれ器や
                  鍋を持って集まって行った。
                  来なくなって随分経つ。

                  風鈴も売りに来た。
                  カラフルな風鈴をつけたおじさんが
                  賑やかな音を立てて歩いて来た。
                  あの光景は数回しか遭遇していないが
                  かなりのインパクトがあった。

                  不規則に鳴るチリンというかすかな
                  音に、日本人は涼しさを感じるのだ。

                  風鈴には糸で短冊がつけられており、
                  風を受け中にある部品を揺らす。
                  それが本体に当たり音が鳴る。
                  金属/ガラス/陶器など、素材は様々。

                  毎年7月に開かれる川崎大師の
                  風鈴市、日本全国から800種類以上の、
                  30000個近い風鈴が一堂に会す。

                  これらが日本の家々の軒下に
                  吊るされて、音を奏でるのだ。

                  元々風鈴は、お寺に吊るされた風鐸
                  というものから始まったと言われて
                  いる。

                  涼しげな風鈴とは別の音で、魔除け
                  としての役割をもっていた。
                  江戸時代には庶民の生活にも
                  溶け込んでいった。

                  浮世絵には、浴衣を着た女性の背景に、
                  現在と同じ形の風鈴が描かれている。
                  私は金属製の高い音のする風鈴が好きで、
                  必ず吊るしていた。

                  一年中吊るしているので
                  よく私と電話で話すと電話の向こうから
                  風鈴の音がすると言われていた。

                  熱心に風鈴を見て歩いていた時期が
                  あったので、川崎大師の風鈴市にも
                  行ったことがある。

                  耳元で選んでは好みの音か聴いてみる
                  楽しみも、色彩鮮やかなガラスの
                  風鈴の美しさも素敵としか
                  言いようのない市だった。

                  あれだけの風鈴が鳴る場所は、
                  そうないだろう。

                  素敵な音を聴いて、甘味処に入って
                  一休みするなんて…
                  日本人に生まれてきてよかたと
                  思う ひとときである。

                  外国人が秋の虫の鳴き声を
                  うるさがったという記録があるが、
                  日本人は秋の虫の鳴き声を
                  こよなく愛し、その鳴き声に
                  魅入られて飼っている人さえいる。

                  音のない空間にも日本人は
                  「シンシン」と表現し、
                  そこに芸術性を見いだす。

                  外から自然に聞こえる音もも聴き、
                  雑音さえも大切にし、
                  日本独自の音まで作りだす。

                  何と繊細で感受性豊かな民族かと
                  改めて思うのである。

                  今 私の風鈴は雨風で短冊を何度も
                  付け替えても破れて取れてしまい、
                  鳴らないままになっている。

                  思えば蝉の声が聞こえなくなった
                  頃くらいから風鈴の音を気に
                  しなくなったように思える。
                  良くないなぁと立ち止まる。
                  こうして感性は鈍っていくような
                  気はしてならない。

                  2014-02-10 23:31:55投稿者 : Nachiko
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                    都知事投票日に3拍子を思い出す

                    久々の大雪も上がったものの
                    外は雪景色。
                    そんな中 しっかり油性ペンを
                    持って都知事の投票へ行って来た。
                    誰が当選するか想像ついても
                    自分の意志表示は必要だと思ったから。

                    どうせ〜という考えは淋しい気がする。
                    誰に一票入れても同じだという人も
                    いれば、
                    どうせなら優勢な人に入れた方が良い
                    という人もいるし、
                    政治は まっぴらゴメンという人もいる。

                    熱くここで時事ネタを語る気も
                    ないので投票に行く途中の
                    雪道を歩きながらツラツラと
                    頭を過ったことを今日は
                    書こうと思った。

                    いつものアスファルトの道路は
                    雪に覆われ、所々凍結していて
                    滑りやすくなっていた。

                    東京って いつも凄いなぁと
                    思うのだけれど凍結した道でも
                    ヒールを履いている女性がいる事。
                    これは毎年感心する。

                    見ていると転ぶ。

                    それでも履く根性に頭が下がる。

                    生まれてこのかた自分ほど
                    ハイヒールの似合わない人間は
                    居ないと思っているので
                    冠婚葬祭以外5センチのヒール以外
                    履いたことがない。

                    それでも転ぶのだから特技としか
                    言えない。

                    凍結していない道路でも転ぶなんて
                    何処見て歩いているんだろと
                    自分でも思う。

                    雪道をシャリシャリ音を立てながら
                    歩くと轍のある所に出る。

                    雪がないと思って、その上を
                    歩くとツルツルになっていて
                    まるでスケートリンクみたい
                    になっている。

                    薄暗い道を転ばないように
                    歩いていくと頭はスケートへと
                    思いをはせて行く。

                    そういえば子どもの頃、
                    随分とアイススケートに通ったと
                    思い出すのだ。

                    母が夢中だった影響が大きいと思う。
                    とにかく毎週通っていた。
                    怪我をすると危ないからと、
                    スケート教室にも行かされた。

                    最初はレンタルだったスケート靴が
                    母が自分のスケート靴を買うのと
                    一緒に私も買ってもらった。

                    真っ白なフィギュアスケートの
                    靴は嬉しくて、暇があると
                    靴の手入れとエッジの手入れを
                    していた。

                    スケートリンクに立つと、まず
                    私の耳には流れてくる音楽が
                    気になった。

                    やたら多く「スケーターズワルツ」
                    が流れていた。

                    何故だかわからないけれど
                    これは自分でも弾けなくてはと
                    思って譜面をすぐに用意したのを
                    覚えている。

                    この時に聴いたワルツは
                    エミール・ワルトトイフェルという
                    人のワルツで、
                    1837年12月9日ストラスブールー
                    1915年2月12日パリ
                    の生涯を送ったフランス作曲家。
                    大衆音楽、とりわけワルツ
                    「スケートをする人々」
                    「女学生」やポルカなどのダンス
                    音楽の作曲家である。

                    正直言って私はワルツを甘くみていた。

                    譜面についている記号を除けば
                    そんなに難易度も高くなくて
                    安易に弾けるなどと思ってしまった。

                    まぁ、子どものことだから仕方ない
                    とは思うのだが その譜面を
                    手にしたあと私は精神的に大きな
                    ダメージを受けた。

                    何としても あの軽やかさとか
                    心地よさとかを出せないのだ。

                    それは その後にわかる事なのだが
                    ワルツというものの特性を全く
                    理解していなかったから生じたこと
                    だった。

                    いくら練習しても違和感しかなかった。
                    そもそも「日本人はワルツが苦手」論
                    があるくらいなのだ。

                    日本人は「1.2.3.1.2.3」と正確に
                    3拍子を刻む、という意味では問題が
                    ないにしても3拍子の拍をどのように
                    切り分けるか、という点で本場西洋の
                    人々と違うのではないか?

                    ワルツの拍子を「タ・ターン・タ・ターン」
                    とか「後ろが長い」3拍子として捉えて
                    いないことが細かな音楽的表現の違い
                    として出てきて「苦手」論に繋がるのでは
                    ないか?とか他のワルツを聴くと感じる。

                    2拍目をちょっと早めに長く刻むことで、
                    独特の躍動感のあるリズムを生み出す。

                    これをピアノだと左手で、しっかり
                    鍵盤を底からすくって音を出し、
                    気持ちよく主旋律を活かすわけなので
                    何も意識せず、ひたすら忠実に
                    3拍子を刻むだけでは何のへんてつも
                    ない譜面だけを追いかける
                    抑揚のない音楽になってしまう。

                    ここから始まって、私のワルツへの
                    執拗なまでの執着が始まった。

                    自分で弾くなら……と色々
                    先生に教わりながら漁った結果、
                    ショパンに行き着いた。

                    手が小さくて同じショパンでも
                    ポロネーズとか指が届かなかった
                    ことも大きい。

                    ショパンのワルツ全制覇は目標に
                    なったのは言うまでもない。

                    何て、不規則な3拍子なのだろうと
                    内心思った。

                    呼吸の3拍子とでも言えばいいの
                    だろうか。

                    親にピアノを辞めさせられた時は
                    本当に悲しかったけれど、
                    そんな事で凹んでいたら神経が
                    持たない。

                    自分が弾けないなら聴けばいい。

                    それが私が熱狂的に
                    アルトゥール・ルービンシュタイン
                    に狂った理由である。

                    1887年1月28日ー1982年12月20日
                    ポーランド出身のピアニストだ。

                    様々な作曲家の作品集の演奏で
                    国際的な名声を博し、特に
                    ショパンの演奏では同時代の
                    最も優れたピアニストであると
                    みなされている。
                    20世紀の代表的なピアニストの
                    1人で演奏家としてのキャリアは
                    80年に及んだ.

                    同じ譜面で同じ曲なのに、どうして
                    こんなにまで違うのかと感動した
                    ものだった。

                    そんな中でプログレッシブロック
                    と出会うのだが、その中に
                    いとも簡単に3拍子に移行する部分
                    に感動する。

                    俗に言う変拍子というやつだ。

                    これは西洋の血だろうかと思った。

                    つい最近も たまたまギルモアの
                    ソロのDVDを見ていた。

                    あの独特なテンポもだが、基本3拍子
                    多発である。それを感じさせないほど
                    自然に馴染んでいる。

                    後半にピンクフロイドの曲をやって
                    いたが これも同じだった。

                    当然 8分の6とか色々あるのだろうが
                    基本が この刻みがベースに多い。

                    心理学的に言うと音楽療法でいうと
                    「その時の気分に合った音楽」を考察
                    し、原理原則を導くという
                    「同質の原理」というのがある。

                    たとえば、
                    ・イライラしている時
                    強さと速さを持った曲が好まれ、
                    大きい音量を必要とし、強い
                    エネルギーの発散を求める傾向が
                    見られる。

                    ・ストレス過剰の状態でリフレッシュ
                    したいとき
                    軽快で楽しい雰囲気の音楽をゆったりと
                    身をゆだねるようにして聴くといい。
                    よく「マーチ」がいいという。

                    ・不安が強い時
                    あまり深刻でなく、あまり長くなく、
                    リズミカルで軽快なメロディで
                    爽快な感じになれる音楽がいい。
                    「ワルツ」がいいという。

                    ・憂鬱なとき
                    ブルース、シャンソン、黒人霊歌、
                    演歌など、民衆が作り出した歌が
                    心に響く。

                    私の持論になってしまうが『融合』
                    という解釈を持ってプログレッシブ
                    ロックを解釈している私にとって、

                    プログレ=融合
                    ロック=心臓をノックする

                    という意味で とても
                    重要な存在となるわけだ。

                    変拍子の中に3拍子がある意味、
                    また彼等が自然に3拍子を操れる
                    点において和製のプログレとは
                    大きく違うと言えると私は
                    思う。

                    3拍子を追求してきた私は
                    雪道を歩きながら スケートを
                    していた頃の自分を思い出し、
                    そこからワルツに興味を持ち
                    現代に至ることを感じながら
                    投票しに出かけたのだった。

                    2014-02-09 21:01:13投稿者 : Nachiko
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                      雪&音階の郷愁性

                      今日の東京は大雪。
                      昨日は今年第一弾のマスタリングだった。
                      一日ズレていたら雪の中を頭痛持ちの
                      私が転びそうになりながらスタジオに
                      向かったのかと思うとラッキー!
                      と思う。

                      かと言って時間を もて余すわけでは
                      ないので大差ないのかもしれないが。

                      雪といえば私は頭に深く残る記憶がある。
                      それは「和音階」

                      小学生の頃、学芸会で新美南吉の
                      『手袋を買いに』をやった。

                      目立たない私が何かの役につくことは
                      当然なく、観客にまわっていた。

                      新美南吉とは1913年7月30日ー
                      1940年3月22日、享年29歳の若さで
                      この世を去った日本の児童文学作家だ。

                      『ごん狐』などで知っている人は
                      多いかと思う。
                      あまりに早くに結核で亡くなったため
                      作品数も多くない。

                      「北の宮沢賢治」「南の新美南吉」
                      と言われるが、宮沢賢治はシニカルで
                      宗教がかっている部分があるけれど、
                      新美南吉は情緒的な作品が多いので
                      教育現場で用いられるのではないかと
                      思う。

                      それで、学芸会でも新美南吉の
                      『手袋を買いに』を取り上げた
                      のかなと今にして考える。

                      物語は実に心温まる内容である。
                      短いので全文載せると
                      …………………………
                      寒い冬が北方から、狐の親子の
                      棲んでいる森へもやってきました。

                      ある朝洞穴から子どもの狐が
                      出ようとしましたが、
                      「あっ」と叫んで眼を抑えながら
                      母さん狐のところへころげて
                      きました。

                      「母ちゃん、眼に何か刺さった、
                      ぬいて頂戴早く早く」
                      と言いました。

                      母さん狐がびっくりして、
                      あわてふためきながら、眼を
                      抑えている子どもの手を恐る
                      恐るとりのけて見ましたが、
                      何も刺さってはいませんでした。

                      母さん狐は洞穴の入り口から
                      外へ出て始めてわけが解り
                      ました。

                      昨夜のうちに、真白な雪が
                      どっさり降ったのです。
                      その雪の上からお陽さまが
                      キラキラと照らしていたので、
                      雪は眩しいほど反射していた
                      のです。

                      雪を知らなかった子どもの狐は、
                      あまり強い反射をうけたので、
                      眼に何か刺さったと思った
                      のでした。

                      子どもの狐は遊びに行きました。
                      真綿のように柔らかい雪の上を
                      駆け回ると、雪の粉が、
                      しぶきのように飛び散って
                      小さい虹がすっと映る
                      のでした。

                      すると突然、うしろで、
                      「どたどた、ざーっ」と物凄い
                      音がして、パン粉のような粉雪が、
                      ふわーっと子狐におっかぶさって
                      来ました。

                      子狐はびっくりして、雪の中に
                      ころがるようにして十米も向こう
                      へ逃げました。
                      何だろうと思ってふり返って
                      見ましたが何もいませんでした。
                      それは樅(もみ)の枝から雪が
                      なだれ落ちたのでした。

                      まだ枝と枝の間から白い絹糸
                      のように雪がこぼれていました。

                      間もなく洞穴へ帰って来た子狐は、
                      「お母ちゃん、お手々が冷たい、
                      お手々がちんちんする」と言って、
                      濡れて牡丹色になった両手を
                      母さん狐の前にさしだしました。
                      母さん狐は、その手に、
                      はーーっと息をふっかけて、
                      ぬくい母さんの手でやんわり
                      包んでやりながら、
                      「もうすぐ暖かくなるよ、
                      雪をさわると、すぐ暖かくなる
                      もんだよ」といいましたが、
                      かあいい坊やの手に霜焼けが
                      できてはかわいそうだから、
                      夜になったら、町まで行って、
                      坊やのお手々にあうような
                      毛糸の手袋を買ってやろうと
                      思いました。

                      暗い暗い夜が風呂敷のような
                      影をひろげて野原や森を
                      包みにやって来ましたが、
                      雪はあまり白いので、
                      包んでも包んでも白く
                      浮かびあがっていました。

                      親子の銀狐は洞穴から出ました。
                      子どもの方はお母さんのお腹の
                      下へ入りこんで、そこから
                      まんまるな眼をぱちぱちさせながら、
                      あっちやこっち見ながら
                      歩いて行きました。

                      やがて、行く手にぽっつり
                      あかりが一つ見え始めました。
                      それを子どもの狐が見つけて、
                      「母ちゃん、お星さまは、
                      あんなに低いところにも
                      落ちているのねえ」
                      とききました。
                      「あれはお星さまじゃないのよ」
                      と言って、その時母さん狐の足は
                      すくんでしまいました。
                      「あれは町の灯なんだよ」

                      その町の灯を見た時、母さん狐は、
                      ある時町へお友達と出かけて行って、
                      とんだめにあったことを思い出し
                      ました。
                      およしなさいっていうのもきかないで、
                      お友達の狐が、ある家の家鴨を
                      盗もうとしたので、お百姓さんに
                      見つかって、さんざ追いまくられて、
                      命からがら逃げたことでした。

                      「母ちゃん何してんの、
                      早く行こうよ」と子どもの狐が腹の
                      下から言うのでしたが、母さん狐は
                      どうしても足がすすまないのでした。

                      そこで、しかたがないので、
                      坊やだけを一人で町まで行かせること
                      になりました。

                      「坊や お手々を片方お出し」と
                      お母さん狐がいいました。
                      その手を、母さん狐はしばらく
                      握っている間に、可愛い人間の
                      子どもの手にしてしまいました。

                      坊やの狐はその手を広げたり握ったり、
                      つねってみたり、嗅いでみたりしました。
                      「何だか変だな母ちゃん、
                      これなあに?」と言って、雪あかりに、
                      またその、人間の手に変えられて
                      しまった自分の手をしげしげと
                      見つめました。

                      「それは人間の手よ。
                      いいかい坊や、町へ行ったらね、
                      たくさん人間の家があるからね、
                      まず表に円いシャッポの看板の
                      かかっている家を探すんだよ。
                      それが見つかったらね、
                      トントンと戸を叩いて、
                      今晩はって言うんだよ。
                      そうするとね、中から人間が、
                      すこうし戸をあけるからね、
                      その戸の隙間から、こっちの手、
                      ほらこの人間の手をさし入れてね、
                      この手にちょうどいい手袋
                      頂戴って言うんだよ、
                      わかったね、決して、こっちの
                      お手々を出しちゃ駄目よ」
                      と母さん狐はいいきかせました。

                      「どうして?」と坊やの狐は
                      ききかえしました。

                      「人間はね、相手が狐だと解ると、
                      手袋を売ってくれないんだよ、
                      それどころか、つかまえて檻の中
                      へ入れちゃうんだよ、
                      人間ってほんとうに恐いもの
                      なんだよ」

                      「ふーん」

                      「決して、こっちの手を出しちゃ
                      いけないよ、こっちの方、
                      ほら人間の手の方をさし出すんだよ」

                      と言って、母さんの狐は、
                      持って来た二つの白銅貨を、人間の
                      手の方へ握らせてやりました。

                      子どもの狐は、町の灯を目あてに、
                      雪あかりの野原をよちよちやって
                      行きました。

                      始めのうちは一つきりだった灯が
                      二つになり三つになり、
                      はてには十にもふえました。

                      狐の子どもはそれを見て、
                      灯には、星と同じように、
                      赤いのや黄いのや青いのが
                      あるんだなと思いました。

                      やがて町に入りましたが
                      通りの家々はもうみんな戸を
                      閉めてしまって、高い窓から
                      暖かそうな光が、道の雪の上に
                      落ちているばかりでした。

                      けれど表の看板の上には大てい
                      小さな電燈がともっていました
                      ので、狐の子は、それを
                      見ながら、帽子屋を探して
                      行きました。

                      自転車の看板や、眼鏡の看板や
                      その他いろんな看板が、
                      あるものは、新しいペンキで
                      画かれ、あるものは、古い
                      ペンキで画かれ、あるものは、
                      古い壁のようにはげて
                      いましたが、町に始めて来た
                      子狐にはそれらのものが
                      いったい何であるか分からない
                      のでした。

                      とうとう帽子屋がみつかりました。
                      お母さんが道々よく教えてくれた、
                      黒い大きなシルクハットの帽子の
                      看板が、青い電燈に照らされて
                      かかっていました。

                      子狐は教えられた通り、トントンと
                      戸を叩きました。

                      「今晩は」

                      すると、中では何かことこと音が
                      していましたが やがて、戸が一寸ほど
                      ゴロリとあいて、光の帯が道の白い
                      雪の上に長く伸びました。

                      子狐はその光がまばゆかったので、
                      めんくらって、まちがった方の手を、
                      ーーお母さまが出しちゃいけないと
                      言ってよく聞かせた方の手を隙間から
                      差し込んでしまいました。

                      「このお手々にちょうどいい
                      手袋下さい」

                      すると帽子屋さんは、おやおやと
                      思いました。
                      狐の手です。
                      狐の手が手袋をくれと言うのです。

                      これはきっと木の葉で買いに来たんだ
                      なと思いました。そこで、
                      「先にお金を下さい」と言いました。

                      子狐は素直に、握ってきた白銅貨を
                      二つ帽子屋さんに渡しました。

                      帽子屋さんはそれを人差し指の先に
                      のっけて、カチ合わせて見ると、
                      チンチンとよい音がしましたので、
                      これは木の葉じゃない、ほんとの
                      お金だと思いましたので、棚から
                      子供用の毛糸の手袋を取り出して来て
                      子狐の手に持たせてやりました。

                      子狐は、お礼を言ってまた、もと来た
                      道を帰り始めました。

                      「お母さんは、人間は恐ろしいものだって
                      おっしゃったがちっとも
                      恐ろしくないや。
                      だって僕の手を見ても どうも
                      しなかったもの」と思いました。

                      ある窓の下を通りかかると、人間の
                      声がしていました。
                      何というやさしい、何という美しい、
                      何というおっとりした声なんでしょう。

                      「ねむれ ねむれ
                      母の胸に、
                      ねむれ ねむれ
                      母の手にーー」
                      子狐はその唄声は、きっと人間の
                      お母さんの声にちがいないと
                      思いました。

                      だって、子狐が眠る時にも、
                      やっぱり母さん狐は、あんなやさしい声で
                      ゆすぶってくれるからです。
                      するとこんどは、子どもの声が
                      しました。

                      「母ちゃん、こんな寒い夜は、森の子狐は
                      寒い寒いって啼いているでしょうね」

                      すると母さんの声が、
                      「森の子狐もお母さん狐の唄をきいて、
                      洞穴の中で眠ろうとしているでしょうね。
                      さあ坊やも早くねんねしなさい。
                      森の子狐と坊やと
                      どっちが早くねんねえするか、
                      きっと坊やの方が早くねんねしますよ」

                      それをきくと子狐は急にお母さんが
                      恋しくなって、お母さん狐の待っている
                      方へ跳んで行きました。

                      お母さん狐は、心配しながら坊やの狐の
                      帰ってくるのを、今か今かと
                      ふるえながら待っていましたので、
                      坊やが来ると、暖かい胸に抱きしめて
                      泣きたいほどよろこびました。

                      二匹の狐は森の方へ帰って行きました。

                      月が出たので、狐の毛なみが銀色に
                      光り、その足あとには、コバルトの
                      影がたまりました。

                      「母ちゃん、人間ってちっとも
                      恐かないや」

                      「どうして?」

                      「坊、間違えてほんとうのお手々を
                      出しちゃったの。でも帽子屋さん、
                      つかまえたりしなかったもの。
                      ちゃんと こんないい暖かい手袋くれた
                      もの」

                      と言って手袋のはまった両手を
                      パンパンやって見せました。

                      お母さん狐は、「まぁ!」
                      とあきれましたが、

                      「ほんとうに人間はいいものかしら。
                      ほんとうに人間はいいものかしら。」
                      とつぶやきました。
                      [新美南吉童話集 岩波文庫 岩波書店]
                      ……………………………

                      これが物語だが学芸会では寒さや
                      情景描写のために少し唄が入っていた。
                      今でもハッキリ覚えている。

                      「北風ピューピュー
                      しーんこ しんこ
                      粉雪ピューピュー
                      かーんこ かんこ……」

                      ここから
                      「キックキック トントン
                      キックトントン……」

                      と子狐が唄うシーンがあった。
                      メロディも覚えている。

                      クラシック音楽の西洋音階漬けの
                      小学生の私にとって、この部分が
                      すべて和音階だったことから
                      印象が強く、和音階とは何ぞや?
                      と子ども心に思った最初だった
                      のである。

                      和音階とは簡単に説明すれば
                      「ヨナ抜き」とも呼ばれていて、
                      (ウチの猫の名前がヨナなので
                      仲間はずれにしないで欲しいが)
                      文字通り4番目と7番目の音を
                      使用しない音階のことだ。

                      音階の話を書いてもつまらない
                      ので、そんなのどーでも
                      よいとは思うのだが、
                      日本人がいかにヨナ抜き長音階
                      が好きかは過去から現代に
                      至るまで証明している。

                      坂本九さんの「上を向いて歩こう」
                      からAKB48とかアイドル達の
                      曲までそうなのだから和音階
                      万歳なのだ。

                      以前、私が和音階を曲に入れる時は、
                      間奏を入れて独立した世界観で
                      挿入していた。

                      私は全部をヨナ抜きでは作らない。

                      昨年出した新譜では西洋音階に
                      ヨナ抜き音階メロディを入れても
                      違和感がないように作ってみた。

                      これは実は なかなかの作業で
                      うっかりするとヨナ抜きの
                      メロディを挿入すると元の
                      音階に戻れず、転調してしまう。

                      和音階と西洋音階がうまく融合する
                      ところでメロディを探って繋げて
                      ゲシュタルトの完成をはかるという
                      ことを試みた。

                      ヨナ抜き音階の持ち味を精一杯
                      活かしてみたかったという狙いが
                      大きかった。

                      日本人が持っている ある種の
                      郷愁性をくすぐるものだと
                      思っている。

                      何となく聴き流してしまわれるかも
                      しれないが、実はこれでも色々と
                      考えながら創っていたりしている。

                      その根本に新美南吉の学芸会での
                      唄が幼い頃の目覚めとしてあった事を
                      こんなに雪が降ると子狐と共に
                      思い出し、同時に頭を過るのである。

                      2014-02-08 21:19:20投稿者 : Nachiko
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                        笑える都市伝説なら良いけど…

                        つい数日前 実家に行く機会があった。
                        応接間に通された。
                        そこで見たものは………



                        世の中には色々な都市伝説がある。
                        私が知っているものだけでも

                        は?何で?

                        と思うような妙な話がある。

                        飛脚のふんどしというやつ。

                        覚えている人も多いと思う。
                        佐川急便のトラック側面に
                        描かれている飛脚の
                        赤いふんどしに触ると
                        幸せになれるという都市伝説だ。

                        走行中のトラックにも
                        触れようとする人が増え、
                        某ニュース番組にも報道される
                        ほど話題になったアレだ。

                        今は佐川急便のマークが
                        セールスドライバーの絵に変わって
                        いるため、この都市伝説は
                        過去のものとなっているが、
                        別バージョンでは配達員の
                        お尻に触ると幸せになれる
                        という噂もあったくらいだ。

                        気の毒としか言いようがない。
                        配達員は こんな都市伝説のせいで
                        セクハラに遭っていたかと
                        思うと同情する。

                        都市伝説かどうかは定かでないが
                        徳川埋蔵金なんていうのもあった。

                        これは江戸幕府が幕末に埋蔵した
                        とされていた。

                        ここで面白いのは、これをテレビで
                        真面目に放送していたことだ。

                        「ギミア・ぶれいく」(TBS)
                        で糸井重里氏が中心になり
                        かなり大規模な発掘プロジェクトが
                        群馬県・赤城山で行なわれ、
                        人工的に掘った形跡のある穴
                        などが発見されたが、
                        埋蔵金の発見には至らなかった。

                        これは ひたすら穴を掘る番組だった。
                        「発見したら凄い額ですね〜」
                        などと言いながら ただ堀り続ける
                        のだ。

                        そして番組の終わりに
                        「今回も見つかりませんでしたね〜」
                        と終わる。

                        よく考えれば、それだけの巨万の
                        埋蔵金が発掘されれば録画なのだから
                        オン・エアされる前に新聞に載って
                        大騒ぎになるはずである。

                        それが騒ぎにならず番組欄に載って
                        いるのだから次回も発掘されないと
                        想像できるのに、ワクワクしながら
                        見ていたという私の方こそ、
                        いっぱい食ったという感じなのだ。

                        あとトイレの花子さんというのも
                        流行った。

                        学校のトイレである方法で呼びかけると
                        誰もいないトイレの中から返事が
                        返ってくるという話が一般的で、
                        1950年代頃に広がり始めたのが
                        最初だという。

                        ありえない話といえば
                        ターボばあちゃんの話。

                        車でトンネルの中を走っていると、
                        突然何かが窓を叩く音が聞こえる。

                        窓を見ると、車と同じ速度で
                        おばあちゃんが走りながら
                        こちらを見つめている。

                        このターボばあちゃんと
                        出会ったとしても、特に悪さはせず、
                        基本的に無害であるという。

                        ここから派生したのか、
                        ボールをドリブルしているバスケット
                        ばあちゃん、ホッピングに乗っている
                        ホッピングばあちゃんなど
                        仲間も出てきている。

                        これは漫画やゲームにも登場したり、
                        お笑いのネタにされたりしたほど
                        だから よほどポピュラーだった
                        のだろう。

                        ここで「ばあちゃん」が登場しても
                        「じいちゃん」でないところが、
                        女性の平均寿命が男性を追い越した
                        ことをさしているのかもしれない。

                        この手の話は社会的背景が必ずある。
                        女性の方が勢いが出てきている
                        証拠ともいえる。

                        あと人面犬とかいうのがあった。
                        これも大流行した。

                        人面犬には人間の顔があり、
                        時速100キロで走れる能力がある。

                        深夜の高速道路で人面犬に
                        追い越されると、その車は必ず
                        事故に遭ってしまう。

                        また、街に出てきてはゴミを漁り、
                        追い返そうと声をかけると
                        「放っておいてくれ」
                        といって逃げていく。

                        人面犬は、1970年代に
                        漫画「うしろの百太郎」などに
                        登場し、雑誌「ポップティーン」
                        や爆笑問題のラジオ番組
                        「爆笑問題カウボーイ」などで
                        噂が広まった。

                        その跡、「THE人面犬」などの
                        ビデオ販売、漫画雑誌
                        「コロコロコミック」で漫画化
                        されている。

                        このあと人面魚だとか、何でも
                        人の顔らしきものが感じられると
                        「人面○○」と言うようになって
                        今に至っている。

                        野菜などカボチャとか色々、
                        人の顔らしき形が見えると
                        ニュースになるようになったのは
                        この影響かと思われる。

                        都市伝説の影響の大きさを感じる。

                        漫画「うしろの百太郎」も
                        かなり面白かったので私は全巻
                        読んだが、この頃の漫画は
                        恐怖漫画というより どこかに
                        不思議な雰囲気と日本を感じる
                        ことができた。

                        怖い都市伝説もあった。

                        客が消えるブティックの話だ。

                        これは当時 都市伝説とは思えなかった。
                        カップルがブティックに入った。
                        女性はお気に入りの服を見つけ、
                        試着を始めた。

                        その間、男性は暇なのでブティックを
                        出て、近くをブラブラしに出かけた。
                        十数分後、男性がブティックに戻るが、
                        試着をしていたはずの女性の姿は
                        見当たらない。

                        店員さんに尋ねても
                        「そのような女性は いませんでした」
                        と応えられてしまう。

                        この都市伝説は、主に海外旅行中に
                        起きたこととして語られている。

                        消えた女性は腎臓を抜き取られる、
                        隣の肉屋に売られる、など
                        様々な説がある。

                        また、フランスでは1969年に
                        この噂が広まり、暴動が
                        起きそうになったこともある。

                        これは、都市伝説扱いされているが、
                        実際に日本でも子どもがトイレに
                        行ったまま帰って来なくて
                        行方不明になり、外国に連れて
                        行かれたとかいう話が かなりの
                        信憑性をもって語られていた時期
                        がある。

                        母親達は遊園地などのトイレに
                        幼い子どもを決して子ども達だけで
                        行かせず、誰か大人が付き添い
                        神経質になっていた。

                        ちょうど腎臓など内蔵の売買が
                        盛んに取り沙汰されていた頃だ。

                        都市伝説と社会的背景の
                        結びつきは付きものなのだ。

                        あとは有名な口裂け女。
                        学校帰りにまっ赤な服を着て
                        マスクをした若い女性が
                        「私、きれい?」と聞いてくる。
                        「きれい」と答えるとマスクを
                        外し、耳の辺りまで裂けている
                        大きな口を見せられ、
                        命を奪われる。

                        逃げるためには
                        「まあまあ」と答え、口裂け女
                        が考えているうちに
                        逃げるとよい。

                        また、好物のべっこうあめを
                        あげたり、ポマードを振りかけると
                        混乱するため、そのうちに
                        逃げるとよい。

                        この有名な都市伝説は全国に広まり、
                        多くの小中学生に恐怖感を与えたため、
                        パトカーを呼ぶ騒ぎが数件起きたり、
                        集団ヒステリーが起きたため、
                        集団下校が行なわれたこともある。

                        また、この都市伝説はCIAが噂の
                        広がり方を検証するために
                        わざと流した情報、
                        という説もある。

                        まだ色々あるが都市伝説は思い出しても
                        ぷっとなるものから、ぞっとする
                        ものまである。

                        都市伝説と言えるかどうか
                        わからないが有名な人形に
                        「お菊人形」というのがある。

                        髪の毛が伸び続けていたという
                        あの人形のことだ。

                        しかし、検証した結果 昔は
                        人形に人毛を使っていることが
                        多く 雛人形でも髪が伸びてしまい
                        出荷する時に髪を切り揃えてから
                        出荷したという記録がある。

                        お菊人形の場合は、毛根が
                        付いていたのではないか、
                        といわれている。

                        今はまったく伸びていないという。

                        そんな都市伝説の中でも人形を
                        扱ったものは多く、
                        メリーさんの電話、みたく
                        古くなった人形を捨てたら電話が
                        かかってきて
                        「今 ゴミ箱にいるの」と捨てた
                        少女は言われ、怖くなって電話を
                        切ると また電話がかかってきて
                        「私はメリー、今たばこ屋さんの
                        角にいるの」と言われ。

                        何回も電話がかかってくるたびに、
                        メリーのいる場所は少女の家に
                        近づいて最後は
                        「今 あなたの家の前にいるの」と
                        言われ怖くなったが思いきって
                        ドアを開けると誰もいない。

                        「誰かの いたずらかな?」と
                        思った瞬間、背後から
                        「私はメリー、
                        今 あなたの後ろにいるの」
                        と声がした。

                        という人形の出て来る都市伝説では
                        かなり怖い話だと思う。

                        これは北川久原作の
                        漫画「学校の怪談」や、アニメ、
                        映画などにも登場する。

                        人形が登場する都市伝説や怪談は
                        大抵持ち主の所に何らかの
                        事象を起こすのが特徴として挙げられる。

                        そこで、最初に書いた私が
                        久しぶりに行った実家で見たものは……


                        それは前のブログでも不思議な出来事
                        として書いた あの私が名前を付けて
                        私が目を悪くした話に出て来る
                        人形の「夢奈ちゃん」が応接間に
                        堂々と今もキチンと飾られていた
                        のだ!


                        それも母曰く、
                        「あなたが昔 大切にしていたのだから
                        忘れてはダメよ。」との言葉付き。

                        待って下さい…

                        この人形と遊んだのは本当に
                        私が小さい時で、人形の作りを見ても
                        わかるが今時売っていないシロモノ
                        なのだ。

                        祖母が作った和服を着ているのだと
                        思うが、それにしても着物が
                        ちっとも汚れていなくて
                        きれいなのだ。帯も締て まるで
                        時が止まったままのように
                        そこに居た。

                        膝をついて夢奈ちゃんと同じ視線に
                        私の視線を合わせると、
                        じーっと私を見つめていた。

                        この応接間に違和感たっぷりなのだ。

                        でも祖母の手作りの和服を着た
                        夢奈ちゃんは 時の流れも感じさせる
                        こともなく そこにいる。

                        夢奈ちゃんが きれいな服を着て、
                        大切にされているから私は、
                        幾つかの危機があっても切り抜けて
                        これたのか?

                        まるで私の藁人形みたいで、
                        正直 不気味感が ぬぐえない。

                        そんなバカなーとか、
                        都市伝説にもなりゃしないとか
                        思ってしまうのだが、
                        事実だから仕方ない。

                        冷静に考えると祖母が召されて
                        何年も経つのに着物がきれいだった。
                        和裁も得意な母が仕立てたのかと
                        帰宅してから気づいた。

                        確か祖母は絞りが入った和服を
                        夢奈ちゃんに着せていた。

                        あんまり考えたくないけれど、
                        夢奈ちゃんは私の人型なのでは
                        ないかとか疑っている。

                        都市伝説って にわかに信じがたい
                        事が幾つもあるが、まんざら嘘
                        ばかりではない気がする。

                        その中に数ミクロンでも何かが
                        潜んでいるのではないか。
                        今まだ私の脳裏に夢奈ちゃんの
                        あどけない姿が焼き付いている。

                        こうなると悩みの種になる。
                        実家から夢奈ちゃんを持って
                        くるべきか。

                        それとも あんなに手入れされて
                        いるのだから置いておくべきか。

                        私の所に持ってきたら、
                        あんなに手入れはしないだろう。

                        犬達はいるし、飛び回る猫は
                        いるし。

                        写真立てだってなぎ倒す。

                        説明しがたいのだが、たった
                        一体の人形なのに
                        幼い時 私が とても大切したとかいう
                        人形と私は  この長い年月を経て
                        未だに何だか関係がありそうだと
                        思わされている有り様なのだ。

                        世の中 理屈で説明できないことって
                        あるものだと痛感する。

                        2014-02-07 23:09:13投稿者 : Nachiko
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                          胎児シンドローム

                          相変わらず東京は寒い。
                          頭の中は一番心地良い事を
                          思い浮かべる。
                          私が以前書いた小論文に「ニート」
                          を取り上げたものがあった。

                          今の自殺者の異常な増加を考えると
                          単なる社会的背景の他に
                          違った何かがあるのではないかと
                          考察してしまうのだがどうだろう。

                          私が一番心地よいと思い浮かべた
                          のは海で何も考えずに、
                          ただプカプカと身体を浮かせて
                          いることだった。

                          空を見ることもなく目を閉じて、
                          耳は半分海に浸かり水の音だけが
                          ゴボゴボと聴こえるが、
                          たまに外の雑音が混じる。
                          薄らと明暗しかわからない。

                          何とも言えない安堵感と不思議な
                          浮遊感・何かに包まれている感覚。
                          あれは一体何だったのか?

                          海水は限りなく羊水に似ているという。

                          あの感覚は大人になった自分が、
                          この世に生まれる前の
                          母の胎内にいて羊水にいた時の
                          感覚に似ているのではないかと
                          思えるのだ。

                          母の胎内にいる時は、
                          何の不安もない。

                          暑さ寒さもなく、生活の事も
                          考えることもなく安定した中に
                          包まれて満たされた状態でいる。

                          産道を通るという苦痛が待ち受けて
                          いるが、それまでは平和そのもの
                          なのかもしれないと想像する。

                          よほど母体にトラブルでもない限り、
                          羊水の中は快適なのではないか?
                          あの海にプカプカと漂い身を
                          任せる感覚の精神的開放感・安定感
                          は そんな処からくるのではないか
                          と どうしても思ってしまう。

                          以前「ピーターパン症候群」という
                          言葉が流行った。

                          1983年にアメリカの通俗心理学
                          本作家ダン・カイリーが著した
                          「ピーターパン症候群」で
                          提唱されたパーソナリティ障害である。
                          「誰でも持っている問題の一種」であり、
                          心理学・精神医学の正式な用語ではない。
                          従ってアメリカ精神医学会出版の
                          「精神疾患診断統計マニュアル」には
                          記載されていない。

                          カーリーは著書の中でピーターパン症候群
                          を「ピーターパン」と綴ってその症状・
                          特徴を述べている。

                          「ピーターパン」は人間的に未熟で
                          ナルシズムに走る傾向を持っており、
                          『自己中心的』『無責任』『反抗的』
                          『依存的』『怒りやすい』『ずる賢い』
                          というまさに子どもなどの水準に意識が
                          停滞してしまう大人を指す。

                          ゆえにその人物の価値観は
                          「大人」の見識が支配する世間一般の
                          常識や法律を蔑ろにしてしまうことも
                          あり、社会生活への適応は困難になり
                          易く必然的に孤立してしまうことが
                          多い。

                          また「ピーターパン」は年齢的に
                          大人の男性である「少年」で、
                          母親に甘えている時や甘えたいと
                          欲している時に、
                          母親の必要を演じる傾向も持ち合わせて
                          いる。(所謂幼児回帰の要素も含んでいる)

                          あと性感覚における特徴が分析されており、
                          異性・つまり女性との対話を不得意とする
                          ケースがほとんどである。

                          大人の人間として現実的な将来への
                          展望、ひいては人生の構想諸々の
                          意識が著しく欠如しているため、
                          相手に対して釣り合いが取れるだけの
                          話題を共有することができないという
                          のがその原因と推測される。

                          「母親像」はカイリーによっても
                          触れられている「ウェンディ」の
                          ような女性を理想としている場合が
                          ほとんどであるという。

                          ここでいう「ウェンディ」が
                          行なう行為は過保護で独占的で
                          「殉教者」のようであると
                          述べている。

                          最近では、社会的に疎外され親に
                          保護されて生きている所謂「ニート」
                          「引きこもり」といった人間を
                          大人になれない大人として
                          罵る意図を持って使われることも
                          ある。wiki参考
                          参考文献「ピーターパン症候群」

                          この使い古された言葉が今、男性だけに
                          当てはまるかというと そうではない事に
                          気づくだろうか?

                          時は流れアニメやゲームの異常な流行り方
                          を見て感じることがたくさんある。

                          中には男女問わず仕事に就かず、
                          生身の異性との交際が嫌だという人も
                          いる。

                          これを今や 障害だなどと言えるだろうか?

                          ある意味 ムーブメントであり、
                          一つのカルチャーにさえなっている。

                          これを提唱された時は原因は、
                          近親者による過保護への依存、
                          マザーコンプレックスの延長、
                          幼少期に受けたイジメもしくは虐待に
                          よる過度なストレス、社会的な束縛感・
                          孤立感・劣等感からの逃避願望、
                          物理的な脳の障害など関係している
                          のではないかと諸説が唱えられているもの
                          の結局学識的な因果関係は
                          わからないままである。

                          それが今では性別も関係なくなっている
                          ように思えるのだ。

                          そもそも日本は「恥の文化」だ。

                          海外なら ある年齢になると一人暮らしを
                          するが日本人は恥を嫌う。

                          ましてや核家族になり先人の知恵もない。
                          人間の誰もが持っている「過去回帰」
                          に触れる機会も減っているだろう。

                          F・シュタイナーが故郷喪失者について
                          語っていて、それは「ひとつのまわり道」
                          であって、その まわり道である
                          「故郷喪失という聖地」に至ることで
                          人類進化における土着のものと調和を
                          見いだすことができるという。

                          現代への強い寂參感が強い幼児回帰、
                          過去回帰願望にいきつくと考えられる。
                          これをノスタルジーで片付けたくない
                          ので、「アイデンティティの非連続への
                          恐れにある」とノスタルジーを語る
                          社会学者F・デーヴィスは取り上げない。

                          過去回帰が行き着いて「胎児シンドローム」
                          になっていると考えるからだ。

                          これは悪いことではないと思っている。
                          たとえ、どんな名称をつけられても
                          必要だと思うからだ。

                          ゴチャゴチャと色々な学説を唱えるより
                          現実が物語っている。

                          私たちが心地良いと感じることは
                          過去回帰に繋がる。

                          今の社会に順応できたら、
                          それこそ問題だと考えるべきだと思う。

                          今取っている行動に犯罪性がなければ、
                          それを異常行動と言われようと
                          正当性があると認めるべきだと
                          私は思う。

                          環境音楽は音楽療法として使われるが
                          英国のブライアン・イーノが提唱した
                          音楽のジャンルである。

                          イーノ自身はインタビューにおいて
                          環境音楽の考え方が、フランスの
                          音楽家エリック・サティの楽曲
                          「家具の音楽」から影響を受けている
                          と語っている。

                          環境音楽は「アンビエント音楽」、
                          「アンビエント」とも表記され
                          必ずしも「アンビエント=環境音楽」
                          ではない。

                          環境音楽自体思想を表す言葉でもある。
                          共通していえるのは、無理に聴かせよう
                          という部分がないこと。
                          焦点が商業的な器オンリーから
                          始まってないことなど、特徴的である。
                          紅白歌合戦に環境音楽が出てくるはずが
                          ない。

                          サティが凄いのは、私が尊敬する
                          ジョン・ケージに影響を与えている
                          ことだ。

                          ジョン・ケージに関しては今度時間をみて
                          ゆっくり書きたいが、
                          私たちの誰もが持っている心地よさが、
                          どこからくるのか。

                          本当は何処へ逃げたいのか。
                          それを知るだけでも生き方と、
                          毎日が変わってくると思うのだ。

                          広めの温泉に浸かって身体を
                          浮かせて海に浮かぶ自分を想像する
                          だけでも かなりの安堵感が
                          得られることになる。

                          私の歌に出てくる歌詞に この
                          ブログの内容があるが歌にすると
                          サラリと流れてしまう。
                          そんなものなんだけど……

                          2014-02-06 19:13:20投稿者 : Nachiko
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                            タオルソムリエ

                            東京は寒い。さすが3月に向かう。
                            昨日の雪といい毎年 このシーズンは
                            決まって寒い。
                            湯船に浸かってホカホカに暖まり、
                            フカフカのタオルに体を包む。

                            これで冷たいルイボス茶を飲んだら
                            極楽なのだ。

                            それにしても、いつの頃から
                            バスタオルが こんなにフカフカに
                            なったのだろう?
                            思い出しても思い出せない。

                            子どもの頃は もっと薄かったような
                            気さえする。

                            それに手拭いが普及していた気がする。

                            私の中で祖母が愛用していたのが、
                            手拭いだった記憶がある。

                            お祭りの時も豆絞りの染めの
                            手拭いを捻って御神輿を
                            担いでいる人達がいたし。

                            ムッシュの歌にも
                            「〜腰に手拭いぶら下げて」
                            とバンカラ学生を描いている。

                            手拭いは日本の文化だとヒシヒシと
                            感じるのだ。

                            歴史は日本の織物の歴史でもある。
                            古くは麻や絹でできた平織物だった
                            と書いてある。

                            平安時代から庶民は麻を、高貴な者は
                            絹織物を使用し、
                            江戸時代初頭前後に綿が日本でも
                            大々的に栽培されるようになり、
                            綿の手拭いが普及した。

                            奈良時代・平安時代・江戸時代と
                            手拭いは それぞれの用途を持って
                            存在していたのだ。

                            江戸時代には都市近郊で銭湯が
                            盛んになったことや、奢侈禁止令
                            (贅沢を禁止して倹約を奨励する法令
                            および命令の一群)により、絹織り
                            の着物が禁止され、木綿の着物がよく
                            作られるようになると、端切れなどから
                            も作られ、生活用品として庶民に
                            欠かせないものになった。

                            この頃から「手拭い」と呼ばれるように
                            なり、入浴に使われたものは、
                            「湯手(ゆて・ゆで)」とも呼ばれた。

                            また実用だけでなく自身を飾る
                            オシャレな小間物として己の
                            主義主張を絵文字の洒落で表し、
                            染めぬいたものを持ち歩いたり、
                            創作したり、「手拭い合わせ」という
                            品評会を催されるまでになり、
                            折り紙のような趣きとして
                            「折り手拭い」という技法もうまれ
                            庶民の文化として浸透していった。

                            他に古典芸能の小道具、祭りの衣装、
                            お年玉など時節や節句の縁起物として
                            の贈答や、餞別や心付けから大入りや
                            興行の景気付けの祝儀や見舞いの
                            不祝儀としても配られた。

                            明治時代には「注染」という技術が
                            新たに考案され、もっと複雑な図柄にも
                            対応できるようになった。

                            ただし、文明開化とともにタオルや
                            ハンカチといった物の流入や日本古来の
                            ものは、古い時代遅れといった風潮から
                            排斥されたり廃れる傾向にあり、
                            手拭いもその一つであった、

                            現代では粗い平織りで長さのある手拭い
                            にはタオル地製品にはない利点があり、
                            農作業、伝統芸能、祭、剣道などでの
                            かぶり物、ヘルメットの裏地、はちまき、
                            目隠し、汗ぬぐい、商店などの贈答品や
                            イベントの際の記念品としての
                            需要も少なくない。

                            近年では見直され、風呂敷と同様の
                            包装としての利用方法の提案もあり、
                            和小物の店や手芸店で見ることが
                            できるようになった。wiki参考

                            祖母が手拭いばかり使っていたので、
                            私の周りには手拭いだらけだった。
                            思えば祖母は明治生まれの人だった。

                            手拭いを器用に使っていた。

                            記憶の中に、お世話になった方に
                            母が日本橋三越で絹のハンカチーフに
                            刺繍がしてあるのをケースに入れて
                            お渡ししていたような時代もあった
                            くらいだ。

                            今考えると頭に「?」がつく。
                            絹のハンカチなんて すぐ濡れ吸水性が
                            ない。

                            それでも父は絹の靴下しか履いたことが
                            なかったと言われたと母が言っていた
                            のだから絹という素材も何かしら
                            使いかっての良い面もあったのかと
                            思う。私には わからないけど。

                            でも、私には 段々と手拭いが廃れて
                            くると祖母が晒を買ってくるように
                            なったのを覚えている。

                            こよなく手拭いを愛していたのだと
                            思うのだ。
                            暑い日には頭に被り、寒いと首に卷き、
                            熱が出れば氷嚢を手拭いで包み……

                            それが いつのまにか気づいたら
                            タオル文化になっていた。
                            家に手拭いを探してもない。

                            一体どこへ行ってしまったのだろう。

                            タオルにも歴史がある。古いのだ。

                            石器時代のスイス湖畔にある住居跡で、
                            手や体を拭って乾かすのに使われたと
                            推測される毛や木の内側の皮、亞麻など
                            を使った織物が発見され、これらのものを
                            タオルの原型とする説が一般的だ。

                            日本では1872年(明治5年)、大坂税関に
                            初めて輸入された。

                            当時は非常に高価であり、手拭いと呼ばれる
                            平織りの和手拭いが普及していたため、
                            主に襟巻きとして使われていた。

                            タオルのサイズ

                            バスタオル
                            幅60〜70×長120〜140cm

                            スポーツタオル
                            幅35〜40×長100〜120cm

                            フェイスタオル
                            幅35〜38×長80〜85cm

                            ウオッシュタオル(ハンドタオル)
                            幅32〜35×長35cm

                            ハンカチ
                            幅20〜25×長20〜25cm
                            (メーカーによって多少の誤差はある)

                            と、こんなに大きさが豊富なのだ。

                            しかも厚さも違って薄いのから厚いもの
                            まである。

                            高級なホテルに泊まるとバスタオルの
                            厚さが違う。

                            いつの間にか、大切な日本人の
                            手拭い魂はタオルに占領されてしまった
                            のだ。その心地よさには
                            勝てなかったのかと思うが、
                            時代を考えれば用途が変わっただけだとも
                            受け取れる。

                            私がバスタオルを よくみるのは
                            近所にタオル専門の店があったせいかも
                            しれない。

                            あとは犬猫達がいるので、いつも
                            多量のタオルを用意しておかなければ
                            ならなかったので、何処へ行っても
                            まずタオル類を買うという習慣が
                            あったからかと思う。

                            そんな私の目に止まったのが、
                            「タオルソムリエ」という不思議な資格?
                            だった。

                            これは今治商工会議所・四国タオル
                            工業組合が実施する検定試験である。

                            タオルの「歴史」「文化」「製品」
                            「顧客サービス」「ブランド」
                            などタオルの習熟度を認定する試験で、
                            2007年より実施されている。

                            全50問で100点満点中80点以上で
                            合格。

                            2012年にはタオルソムリエが1000人
                            を突破し受験者数も過去最高になった
                            という。

                            合格率をみると
                            悪い年で47.1%、だいたい57〜65%
                            くらいの毎年の合格者の推移を
                            読み取れる。

                            色々なソムリエさんが出てくるものだ。
                            あの分厚くてフカフカのタオルを
                            もっと安く日常品として普及させて
                            くれればいいと思うのは私だけだろうか。

                            色も模様もいらないから素材感だけで、
                            吸水性の高い柔らかなタオルなら
                            申し分ない。

                            ブランドものというだけで やたら高い。
                            温泉に行ってくれる あの薄い
                            俗にいう温泉タオルは良く出来ている。

                            身体を洗うのにも適しているし、
                            絞って軽く身体を拭くのにも良いし、
                            すぐに乾く。
                            そういう工夫は さすが日本人と思う。
                            順応性の早さと工夫と知恵に感心する。

                            それにしても、ホテルのタオルって
                            タオルソムリエが選ぶのだろうか?
                            あまりにも露骨過ぎるでしょ?
                            タオルでグレードがわかっちゃう
                            なんて。

                            それって家で散財してフカフカタオルを
                            持って泊まればいいのだろうけど、
                            そういうタオルって持ち運びに
                            場所取るから…

                            よく出来てるもんだと思うのです。
                            寒い日の お風呂から どーーして
                            こんなに話が脱線するの?私。

                            2014-02-05 19:53:43投稿者 : Nachiko
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                              首のない木馬

                              今日の東京は寒い。
                              昼過ぎから みぞれに変わっている
                              携帯に“雪に注意”とニュースが入った。
                              こんな日は幼い頃読んで
                              面白かった本を思い出す。

                              写真が あちこちに入っていた
                              記憶がある。
                              タイトルだけ覚えている。

                              登場人物とストーリーと
                              写真もハッキリ覚えている。

                              何しろ本が分解するほど
                              読んでいたのだから。

                              「首のない木馬」という本だった。

                              読後感が最高に気分よかった。
                              だから何度も読んだのだ。

                              ずっと気にしていて いくら
                              探しても そのバラバラに壊れた
                              本は見つからなかった。
                              あまりにもボロボロになっていたから
                              処分されたのだろう。

                              今は便利な時代だ。
                              あの本を思い出して調べることが
                              できる。

                              ポール・ベルナというフランスの
                              児童文学者が書いた作品で
                              邦訳は那須辰造訳で講談社の
                              『少年少女世界文学全集/フランス編5』
                              [1961]に収録され、同じ訳が
                              講談社から1965年に単行本でも
                              出ている。

                              1963年にディズニーで映画化され、
                              1965年に「首のない馬」の邦題で
                              公開されているから、かなり著名な
                              作品といえる。

                              私が読んだ本は、どうやら 映画の
                              シーンを盛り込んだディズニーの
                              シリーズだった気がする。

                              ただタイトルが「首のない木馬」
                              と記憶しているのに、
                              どこを探しても
                              「首のない馬」「首なし馬」なのだ。
                              写真で見た馬が木製だったから
                              記憶にそう残っているのだろうか。

                              ストーリーはキッチリ間違いなく
                              登場人物まで合っていた。


                              フランスの片田舎のルービニーの町
                              に仲のよい5人の子ども達がいた。
                              彼等は首のない木馬の三輪車を
                              「首なし馬」と呼び、毎日
                              これで遊んでいた。

                              「首なし馬」は彼等の宝物であり、
                              夜になると町はずれの廃家に
                              しまっておくのだった。

                              ある夜、町に列車強盗事件が
                              起こり犯人の一人モラーが
                              奪った一億フランの札束を
                              鉄道付近の空き家に隠した。
                              それをみていたのは5人組の
                              一人、フェルナンだった。

                              翌朝町は大騒ぎになり、
                              フェルナンの協力でシネー警部
                              はモラーを捕まえた。

                              その時モラーは坂の上から
                              下りてきた「首なし馬」と
                              衝突し、彼は空き家の鍵を
                              その中に隠した。

                              犯人一味は このことを
                              かぎだし、「首なし馬」を
                              盗み出したが鍵は出てこなかった。

                              何故なら子ども達が衝突の際
                              こわれた車を直すため、
                              おもりとして胴体の中に入れて
                              おいた がらくたを全部出して
                              おいたからである。

                              しかし犯人達は、またもや
                              かぎ出し子ども達のところへ
                              やってきた。

                              子ども達が指笛を吹くと町中の犬が
                              集まってきて、犯人たちに
                              おそいかかった。

                              そして駆けつけたシネー警部に
                              全員捕らえられた。
                              無事にもどった「首なし馬」は、
                              もはや子どもたちだけのものでは
                              なく、町で一番大切な宝物とさえ
                              なった。

                              映画は原題『The Horse without
                                               a Head』
                              制作国 アメリカ
                              制作年 1963年
                              配給 ウォルト・ディズニー・プロ配給
                              監督 ドン・チャフイ
                              制作 ウォルト・ディズニー
                              原作 ポール・ベルナ
                              キャスト フェルナン;ヴィンセント・ウィンター
                              マリオン;パメラ・フランクリン

                              これが映画としてあっただなんて
                              考えれば わかりそうなものなのに
                              今さらながら見たくて仕方ない。

                              登場人物の5人組は結束が固くて、
                              全員貧乏でサイズの合わない服を
                              着ていたり、薄汚れていたりした
                              写真が載っていた。

                              それでも壊れて首のない三輪車を
                              坂の上から転がして楽しそうに
                              して満面の笑顔で写っていた。

                              私には外国の話で、こんなに
                              ボロボロの三輪車の壊れた
                              木馬の形のオモチャでも
                              友達が集まっていれば
                              楽しめるものなのかと思いながら
                              感心しながら読んでいた。

                              しかし、強盗が現れ危機が
                              発生するとブカブカの服を着て
                              体が大きくて およそ女の子っぽく
                              ないマリオンが偉才を放って
                              魅力的に見えてくるのだ。

                              私はマリオンに夢中になった。
                              「首なし馬」が保管されている
                              廃家の汚さや、5人組の貧乏な
                              様子も かえって物語を引き立てて
                              いて素晴らし背景に見えた。

                              まるで本なのに自分が その
                              物語の中に入っていっている
                              ような錯覚さえ覚えた。

                              何故あんなに印象に残っている
                              のか自分でもわからない。

                              最後のほうで、子ども達が
                              指笛を吹くと町中の犬達が集まって
                              くるシーンの写真が私の想像力を
                              かきたてた。

                              なんてカッコ良いの!
                              犬達と心が通じ合っていて助けて
                              もらえる彼等って憧れでしかない。

                              あとは何といってもマリオンの
                              魅力だったと思う。

                              ずっと何かの時は「マリオン」って
                              名前をつけようなんて思っていた
                              くらいだから。

                              長い年月を経ても色あせることの
                              ない児童文学書って幾つもある。

                              寒い日は、文字を早くに読める
                              ようになったおかげで
                              その分 色々な本を読めたので
                              記憶にあるギリギリの本を
                              思い出すことがある。

                              それは寒い日の特権かもしれない。

                              2014-02-04 18:39:42投稿者 : Nachiko
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                                音楽のゲシュタルト性

                                カウンセリングをやってきたくせに、
                                あまり心理学を好んでいない処がある。
                                それは あまりにも枠に当てはめようと
                                している部分を感じるからだ。

                                様々な心理療法は今は臨床心理士が
                                行なうが、大学院を出て人生経験も
                                ろくにない人が机上の空論を
                                振り回し、かえってクライアントさんを
                                悪化させてしまっている部分もあるのも
                                事実として否定できない。

                                それほど人の心理に踏み込むことは
                                難しく、型にハマったものではない
                                のである。

                                知識は知識として、やはり人生経験は
                                何をするにも大切な基盤になると
                                いうのは言うまでもない。

                                そんな私が数ある心理療法の中で、
                                わりと賛否両論ありながらも、
                                教授から講義を受けていて
                                妙に納得したものがあった。

                                ゲシュタルト療法だった。

                                一番最初に
                                「ゲシュタルトの祈り」という
                                かの有名な文章を読んだ。

                                これが私にとって、他の心理療法
                                と違う何かを感じさせた要因である
                                ことは間違いない。

                                以下「ゲシュタルトの祈り」を書く。


                                ゲシュタルトの祈り

                                私は私のことをする。
                                あなたはあなたのことをする。
                                私は、あなたの期待に応えるために
                                生きているわけではない。
                                そしてあなたも、私の期待に応えるために
                                生きているわけではない。
                                私は私、あなたはあなた。
                                もしも偶然、私たちの心が触れ合う
                                ならば、それは素敵なことだ。
                                もし触れ合えないとしても、
                                それは仕方のないことだ。


                                または訳を変えて書いてある文章は


                                ゲシュタルトの祈り


                                私は私のために生き、
                                あなたはあなたのために生きる。
                                私は あなたの期待に応えて
                                行動するためにこの世に在るのではない。
                                そしてあなたも、私の期待に応えて
                                行動するためにこの世に在るのではない。
                                もし縁があって、私達が出会えたなら
                                それは素晴らしいこと。
                                出会えなくても、それもまた
                                素晴らしいこと。
                                ………………

                                そもそもゲシュタルト療法とは、
                                フレデリック・パールズとその
                                妻のローラにより、ゲシュタルト
                                心理学、実存主義思想などを手がかり
                                にはじめられたものである。

                                彼は、1942年に出版し発表し、
                                その基本を1951年に出版している。
                                その後、日本にやってきて京都の
                                大徳寺で禅の修行もしている。

                                「ゲシュタルト」とは、
                                ドイツ語で「かたち」「現象」をいう
                                言葉。

                                直接は「ゲシュタルトの心理学」から
                                由来した言葉と思われるが、
                                その意味づけは
                                参禅体験などと深く繋がっている。

                                東洋的な瞑想や精神的統一の
                                体験を基盤に取り込んだという点では
                                ユージン・ジェンドリンの
                                フォーカシングと似ている。

                                セラピーの姿勢としては、
                                カール・ロジャースの来談者中心療法
                                などと一緒に人間心理学
                                (アブラハム・マズローの流れ)
                                の中に分類されている。

                                このセラピーでは、過去に何をしたか、
                                それはなぜなのかを問うことはしない、
                                「今ここ」で「いかに」話しているか、
                                「なにを」話しているかを問題にする。

                                それを気づき、体験すること、
                                そこから全身全霊的な気づき、
                                覚醒を目指し、そこから、そこで
                                自分自身であるという自由を
                                取り戻すことを目的とする。

                                この療法の目的は活動における
                                より確立した独立と、
                                自然な成長を阻害する障害物に
                                対処する能力を、
                                患者自身が獲得することを助ける。
                                (wiki参考)

                                ゲシュタルト療法の理論とアプローチ
                                これは気づきを通して本来の自分を
                                取り戻し、自己成長を促すという
                                ことを目的としていて次の3つを
                                柱としている。

                                ・内部領域

                                簡単に言えば「からだ」のこと。
                                「水が欲しい」とか「息苦しい」
                                とかまたは私は「喜び」「怒り」
                                「悲しみ」を感じていることに
                                気づく。

                                「からだ」は体と精神を分離しない。
                                心にストレスを感じている時は
                                身体の筋肉も緊張する。
                                心と体は一つである。

                                ・中間領域の気づき

                                中間領域の気づきは知的知識、
                                思考世界の気づきのこと。

                                ・外部領域の気づき

                                外部領域の気づきとは現実の世界に
                                コンタクトすること。
                                内部領域で「空腹である」ことに
                                気づき、中間領域の思考で
                                「お昼を食べたい」と想像しても
                                飢えは満たされない。

                                現実に自己の5感覚(視覚 聴覚
                                味覚 触覚 臭覚)を使って
                                食べ物を見つけ、料理を作り、
                                口に入れて飲み込まないと
                                空腹は満たされない。



                                ゲシュタルト療法について書くと
                                いくらでも説明は出てくる。
                                簡単に言えば、自分は自分という存在
                                を忘れてしまうから、現実とのズレで苦しみ
                                が生じる。

                                だからロジャースのように「気づく」まで
                                待ったりせず介入して自分を
                                受け入れられるように もっていくという手法。
                                そのためにゲシュタルトは全体を一つの
                                集合体と考えている。
                                これは「グロリアと3人のセラピスト」
                                というビデオを見るチャンスがあると
                                勉強になると言われている。


                                私は理屈ぽい様々な心理療法の中で、
                                このゲシュタルト療法を今回取り上げた
                                のは、これを講義する時に
                                担当教授が白ボードに大きな円を描いた
                                ことが印象的だったこともある。
                                教授は延々ゲシュタルトの説明をして、
                                その療法の説明をしたあと、
                                いきなり
                                「あなたの好きな人達と大嫌いな人達を
                                書き出して下さい」と言った。

                                私は、およそ自分と正反対の性格の
                                苦手な人の事を思い浮かべながら
                                ノートに名前を書いたのだった。
                                どこが嫌いで、苦手かも書くように
                                言われた。

                                言われるがままに、長々と書いたのを
                                覚えている。
                                私にしてみれば、こういう人達とは
                                お近づきになりたくないし、
                                絶対に嫌だと思っていたのでスラスラ
                                書けたのだった。

                                暫くすると教授は、
                                「はい、書きましたね。
                                よーく考えて下さい。
                                たくさん人がいる中で
                                何故 その人達が嫌いで苦手
                                なのか理由を考えてみましょう。」
                                白いボードの大きな円には自分が意識
                                している自分という部分が書いてあった。
                                残りは空欄だった。

                                「どういう意味?」それが
                                その時の率直な私の気持ちだった。
                                自分が意識して知っている自分と
                                自分が全く意識していない表に
                                出していない嫌いな自分があるという
                                話を聞かされた。

                                「あなた達が書いた嫌いな人・苦手な人
                                は、あなた自身が持っている自分の
                                嫌な部分です。」
                                と教授がニコっと笑って言って
                                空欄だった大きな円に記入すると
                                「はい、これでゲシュタルトは
                                完成しましたよ。」
                                とおっしゃった。

                                あの時の軽い目眩は何とも言えなかった。

                                確かに、何故なんでもない
                                あの人、この人とかを私は
                                こんなに苦手なのだろうとか
                                自分でも理解できなかったから。

                                「そっか。私が持っていて自分で嫌いだと
                                思っている部分を表に出して堂々と
                                歩いている人間に対して私は そういう
                                感情を持つのか…」
                                と妙に納得してしまったのだ。

                                それからは、ゲシュタルトの意味を
                                考えるようになった。

                                これは とてもそのあと私にとって
                                大きな意味をもった。
                                全体構造・全体性という思考は何でも
                                当てはまる。

                                私は音楽のゲシュタルト性について
                                考えていた。

                                音を一つ一つに分解すると、音楽では
                                なくなる。
                                しかし その一つ一つを分解せず、しかも
                                そこに感受性やリズムなどを入れ込む
                                ことによって、音楽は さらなるものへと
                                引き上げることができる。

                                文字のゲシュタルト性なら、単純に
                                その文字になって、意味をなすところで
                                おわる。

                                そういった意味で、同じゲシュタルトでも
                                音楽のゲシュタルト性は、少し
                                理屈以上に やりがいがあるのではないか
                                と思ったのである。

                                2014-02-03 19:44:02投稿者 : Nachiko
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                                  あるある犬の話

                                  ここのところ次の新譜のために曲を書いたり
                                  デモテープ作りに明け暮れながら、
                                  気づいたことがある。
                                  それは一昨年に昨年出したアルバムの
                                  デモテープの歌入れをしていた時の
                                  ことだった。

                                  私は今まで何匹もの犬を飼ってきた。
                                  今も減ったとはいえ3匹いる。

                                  歴代の犬達はピアノの音を嫌がったり、
                                  歌えば無駄吠えしたりという行為だった
                                  ので それが普通だと思っていた。

                                  しかし私が音楽に帰還して真剣に
                                  デモテープを作り出してから、
                                  違うパターンを見ることになった。

                                  1曲作るのにコネコネと手直しして
                                  時間をかけて作る。
                                  それも犬達の前で暇さえあれば
                                  やっている。

                                  ある程度形になって、いざキチンと
                                  録音しようと思って録音ボタンを
                                  押すと今まで毛布を頭から
                                  すっぽり被って寝ていた
                                  イタリアングレーハウンドのメイ
                                  だけが、決まって ある部分に
                                  さしかかるとムクっと起き出し、
                                  両足を踏ん張りマイクに向かって
                                  「う〜〜、お〜〜!うう、う〜!」
                                  と得意満面な顔して声を張り上げる
                                  のだ。

                                  無責任にYou Tubeなどで
                                  「歌う犬」とかの動画があがっていると
                                  笑ってみていた私だった。

                                  ピアノに合わせて吠える犬。

                                  リコーダーに合わせてリズムを取る犬。

                                  様々な動画がアップされている。
                                  面白くて笑って見ていた。

                                  最初のうちは1曲だけだったので、
                                  単に偶然メイが ふざけてやっていると
                                  面白がっていた。

                                  ウチでもメイの歌っている姿を
                                  動画に録って笑っていた。

                                  それにしても、犬なのに
                                  キチンと歌い出す箇所が同じで、
                                  こちらが声を張るとメイの声も
                                  大きくなり これこそ以心伝心
                                  などと思っていた。

                                  それが今年になって、また違う曲を
                                  歌っていて録音ボタンを押すと、
                                  ムクっと起き上がって途中から
                                  両足を踏ん張って体勢を整え、
                                  犬なりに声を出しやすく身構えて
                                  歌い出した。

                                  正直「何で? よりによって録音
                                  する時に?」
                                  と思った。

                                  しかも、また まったく同じ箇所から
                                  歌い出すというワザなのだ。

                                  これは 幾ら考えても訳がわからない。

                                  考えられるとしたら、メイは
                                  確実に歌の構成・進行を覚えている
                                  ということ。

                                  何故だかわからないが、私と一緒に
                                  歌いたい願望があるのではないか?
                                  とおもわれるふしがあること。
                                  一人の時は決してこんな事はしないから。

                                  録音ボタンの場所を知っていて、
                                  それが赤いボタンだと認識している。
                                  その時に一緒に歌えば自分の声も
                                  私と一緒に録音されると知っている
                                  としか思えないこと。

                                  の3つがあげられる。

                                  他の犬達は物音も立てずに静かに
                                  していてくれるのに、メイだけ
                                  なのだから個人差としかいえない。

                                  そこで、他所のお宅の犬達は
                                  一体どうなのだろうと
                                  色々なブログを読んでみた。

                                  すると、歌うのはメイの特徴としても
                                  どこも似たようなことをやっている。
                                  面白いので書いてみた。

                                  〜某ブログより抜粋〜

                                  ・ソファに人が座るとピタっと
                                  くっついてくる。

                                  ・飼い主は眠そうな顔を劇的に
                                  可愛くてたまらないと思う。

                                  ・犬は意味もなく首をかしげる。

                                  ・不細工な犬ほど凄い人気がある。

                                  ・特に理由もなく切なげな目を
                                  飼い主に向ける。

                                  ・飼い主は自分で飼っている犬を
                                  一番可愛いと思っている。

                                  ・うんちをしている時、こっちを
                                  じっと見つめる。
                                  ・うーうー唸りながらオモチャを
                                  振り回す。

                                  ・犬が椅子に上がって前足を机に
                                  乗せて 盗み食いをしていた。
                                  「こらっ」と叱ったら頭だけ隠して
                                  お尻と尻尾が丸見えだった。

                                  ・食事の時間は10秒くらい

                                  ・写真だと可愛さが倍増して
                                  じっと見つめてしまう。

                                  ・飼い主が泣いたり落ち込んでいると
                                  そばに近寄って ずっと見つめて
                                  きたり舐めて慰めようとする。

                                  ・肉球の匂いが香ばしくて好き。

                                  ・お布団で寝る時は必ず腕枕。

                                  ・絶対自分が人間だと思っている。

                                  ・冬は近くに来いと言われ、夏は
                                  あっちへ行ってなさいと言われる。

                                  ・雷が鳴るとキュンキュン鳴いて
                                  テーブルの下に隠れる。

                                  ・寝言で吠える。

                                  ・前足の付け根の少し下あたりを
                                  掻くと後ろ足をバタバタさせる。

                                  ・おでこが凄くいい匂い。

                                  ・焼きたてのパンとか炊きたての
                                  ご飯とかが大好き。

                                  ・散歩中うんち拾っているのを
                                  待っていてくれない。

                                  ・道のど真ん中で うんちをする。

                                  ・冬は寒いのか布団の中に
                                  もぐりこんでくる。

                                  ・お腹がすくと物欲しそうな顔で
                                  こちらをガン見してくる。

                                  ・室内飼いの子でペットシートで
                                  トイレした時 ドヤ顔する。

                                  ・落ち込んでいる時は雰囲気を
                                  察して静かに側にいてくれる。

                                  ・爆睡しているのか、お腹出して
                                  寝ている時、たまに白目になる。

                                  ・ビニールなどの「カサカサ」って音
                                  をさせると、おやつが貰えると
                                  思っている。

                                  ・自分が一番可愛く見える表情を
                                  分かっていて、オヤツが欲しい時
                                  や、遊んで欲しい時に その顔を
                                  作って甘えてくる。

                                  ・寝ながら寝言みたいにペロペロ舐めて
                                  いる。何か夢を見ているようだ。

                                  ・自分が寝っころがっている時に
                                  尻尾を振って、たまたま頭や、
                                  顔にパタパタ当たると幸せを感じる。

                                  ・意地悪をすると、すねて そっぽを
                                  向く。
                                  しかし名前を3回くらい呼んだら
                                  機嫌がなおる。

                                  ・人が何かを食べていると、自分の
                                  ご飯よりも何倍も欲しがる。

                                  ・猫に負けじとコタツ好き。

                                  ・ガツンと怒るといじける。

                                  ・最初は吠えていた知らない人でも
                                  エサをもらえるとなつく。

                                  ・写真をたくさん撮ってしまう。

                                  ・すぐに汚れたがる。(外犬のみ?)

                                  ・知らない犬にも家の犬にも
                                  何故か「どーちたんでちゅかーー?」
                                  だったりする。

                                  ・アクビをしている時に口に指を
                                  突っ込んでも怒らない。

                                  ・たまにクールな目で飼い主を見ている。

                                  ・散歩待機の姿勢を取る。
                                  ……………………………

                                  この類いのブログが けっこうあることに
                                  少し驚いた。

                                  こんなに犬を可愛がっている人達がいるのに
                                  犬を捨てて、殺処分されている子達の数は
                                  考えたくもない数字になっている。

                                  同じ犬に生まれてきて この差は
                                  一体何なのかと思ってしまう。

                                  ウチの保護犬達は、ここまで過保護で
                                  ないかもしれないが、個性がハッキリ
                                  していて歴代の犬達のことは
                                  脳裏に焼き付いている。

                                  このブログでは、お腹が空いて飼い主に
                                  ご飯やおやつを要求する時の仕草は、
                                  とても可愛くて穏やかだ。

                                  ウチでは次男坊のプッキーというチワワ
                                  が酷い。前足で蹴飛ばす。
                                  器を幾つ壊しただろう。

                                  自分の器をやらないところが凄いところで、
                                  他の子の器を蹴り上げたり、ガチャガチャ
                                  と そりゃ下品を通り超している。

                                  彼はファンヒーターを「神」として
                                  拝んでいるらしく、とても大切に
                                  している。

                                  相手はストーブなのに、時々
                                  カリカリとやり、「寒い」だとか
                                  何らかしらの やり取りをしている。
                                  そっと見ると一人でファンヒーターの
                                  前を陣どり幸せそうに
                                  優雅に寝そべっている。

                                  彼は以前後ろ脚の大手術をして以来、
                                  ソファに上がれなくなったはず。

                                  それなのに、何故か留守にすると
                                  ソファの上に乗って そこから上の
                                  ものを引っ張り出して部屋中に
                                  ぶち撒くという一番の不良でもある。

                                  日常では目立たないのだけれど、
                                  役目があるようで、イタズラに
                                  関しては伝染病で隔離してある猫を
                                  除いて、この犬3匹と猫1匹は結託
                                  する。

                                  高い所から物を落とす係は猫の役目。

                                  掘り起こしたり、あちこちに
                                  撒き散らかすのは次男犬の役目。

                                  横の奥から物を引っ張り出すのは
                                  リーチの長いイタリアングレー
                                  ハウンドのメイの役目で、
                                  この子は、大きな物の破壊活動にも
                                  参加する。

                                  うっかり物を置き忘れた時の帰宅後の
                                  我が家の惨状は溜め息も出ない
                                  状態になっている。

                                  それでも笑顔で、げっそりしながら
                                  片付ける身としては
                                  置き場所を考えなかった自分を
                                  反省するのみなのだ。

                                  そんな生活を何十年してきただろう。

                                  それでも一緒に歌う犬は初めてなのだ。

                                  調べてみると、ある周波数に反応する
                                  だの、楽器や金属音に反応するだの
                                  書いてある。

                                  ・・・・私のヴォーカルって楽器か
                                  金属音に聴こえるの?



                                  確かに少しクセはあるけれど…


                                  私のデモテープを聴く機会のある人は
                                  決まった箇所から音程の外れた
                                  妙なフェイク崩れのメイの歌を
                                  聴くことになる。

                                  最初はやめさせようとしたが、
                                  歌いきったあとの満足げな顔を
                                  見ると、メイの中に 犬でも
                                  こんなに清々しい顔をするのかと
                                  思って口を抑えられなくなって
                                  しまった。

                                  メイの気持ちは私と一緒に
                                  盛り上がって歌いたいのだ。

                                  それも怠惰な姿勢ではなく、
                                  犬なりに姿勢を整えて、
                                  きちんと声が出るように
                                  胸を張って脚を踏ん張って…

                                  未だに赤ちゃん抱っこされて
                                  眠るメイは今年で8才になる。

                                  もし今 犬を飼っている人で
                                  犬のことで悩みがあったら
                                  処分したり、捨てたりとか
                                  安易なことを考えずに、
                                  犬の素晴らしさに気づいてあげて
                                  欲しい。

                                  絶対に裏切らない。

                                  こちらの愛情の倍以上の愛情を
                                  返してくる。

                                  犬は 飼い主に命を与けているのだ。

                                  自分のすべてを捧げているのだ。

                                  飼い主があげれば毒でも喜んで
                                  疑わずに食べるのだ。

                                  子どもも犬も猫も また他の飼っている
                                  動物も皆 手がかかって当たり前だと
                                  思う。

                                  子どもはやがて巣立つが動物は
                                  ずっと側にいてくれる。

                                  共に老いてくれる。

                                  私の亡き祖母が老猫と老犬と三人で
                                  よく日向ぼっこをしていた。

                                  静かで平和な時間が流れていた。

                                  三人とも高齢だったけれど、老いは
                                  決して悪いものではなく
                                  穏やかで安堵感に満ちあふれた時計の
                                  音だけが部屋に響いていた記憶がある。

                                  祖母は犬が大嫌いだったはずなのに、
                                  老犬を最後まで犬だと認めなかった。

                                  老犬の名前を言って、「これは○○って
                                  生き物だ。犬なんかじゃないよ」
                                  と強固に言い張っていた。

                                  「犬」っていうものではなく、
                                  もはや ある種の かけがえのない
                                  存在になっていたのだと思う。

                                  だから私は今 身近にいる小さな命って
                                  見方を変えれば物凄く大きくて
                                  大切な存在になるのではないかと
                                  思えている。

                                  すべての人が そうなってくれたら
                                  かわいそうな事件が減るのにと
                                  思えてならない。

                                  2014-02-02 19:56:50投稿者 : Nachiko
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                                    レインボーブリッジができて…

                                    今日も買い物など用事でレインボーブリッジ
                                    を通った。
                                    お天気も良く、景色も良い。
                                    この橋との付き合いは かなり
                                    深い。

                                    私の日常生活では欠かせない存在に
                                    なっている。
                                    レインボーブリッジができる前、
                                    どんな風に暮らしていたのだろう?
                                    なんて考えることがある。

                                    レインボーブリッジとは東京都の
                                    港区芝浦地区とお台場地区および
                                    江東区有明を結ぶ吊り橋のことである。

                                    着工が1987年で開通したのが
                                    1993年8月26日。
                                    正式名称は「東京港連絡橋」。

                                    この橋は千葉方面および神奈川方面
                                    から都心へ向かう交通を分散させ、
                                    慢性的な渋滞の発生していた
                                    箱崎ジャンクション、
                                    江戸橋ジャンクションや
                                    首都高速1号羽田線の渋滞緩和と
                                    共に、開発を進められていた東京
                                    臨海副都心と既存都市部を結ぶため
                                    に建設された。

                                    こうしてみると、なんと今が2014年
                                    なので もうできて21年目に突入する
                                    ことになる。あっという間の21年間!

                                    というのも私は「船の科学館」が
                                    大好きで暇があると よく行っていたのだ。
                                    (レインボーブリッジなら簡単に行ける場所)

                                    それこそ交通手段も車で行くと
                                    遠くて不便、公共の乗り物で行く時は
                                    必ず日の出桟橋から船に乗って
                                    東京湾を眺めながら波に揺られ、
                                    船の科学館に行っていた。

                                    ほんの20数分くらいだったけれど
                                    風が心地よく、これから向かうという
                                    モチベーションが上がってワクワク
                                    したのを覚えている。

                                    そんなクルーズの船も、
                                    「船の科学館・しながわ水族館ラインは
                                    2008年9月29日をもちまして休航
                                    しました」とあった。

                                    それより悲しいのは、船の科学館が
                                    2011年9月30日に無期限休館という
                                    事実。

                                    船の科学館の本館では今でも時々
                                    何かイベントくらいはやっている
                                    らしいが、肝心な中味には入れない。

                                    たくさんの展示物、港区周辺の
                                    歴史の説明、プール、気持ちの良い
                                    展望台…

                                    いつの頃からか ふと行かなくなって
                                    しまい、レインボーブリッジが
                                    できて スコンと景色の抜ける
                                    臨海部にお手軽に行けるように
                                    なって、一時は ほとんどお台場に
                                    行っていた。

                                    たった一本の橋が生活エリアを
                                    全く違う方面に変えてしまったのである。

                                    レインボーブリッジを通れば
                                    面倒な銀座を抜けなければ行けない
                                    方面へも簡単に行ける。

                                    私の住まいの小さなエリアから
                                    簡単に別のエリアに行けるのだ。
                                    これは画期的な事だった。

                                    あの風情のある船に揺られて
                                    船の科学館に行くことを忘れていった。

                                    買い物もレインボーブリッジを抜けて
                                    他の街に足を伸ばすことが出来る。

                                    上に高速道路が走っていて高速に
                                    乗っている時など景色はとても素敵。
                                    一般道のレインボーブリッジも景色は
                                    良いし夜景も美しい。

                                    ただ、ここは通り慣れていないと
                                    大変なことになる場所でもある。
                                    必ず誰かがパトカーか白バイか
                                    何らかに捕まっている。

                                    まず捕まっていないのを見たことが
                                    ないと言っていいくらいだ。
                                    スロープになっているので自然に
                                    制限速度より出てしまう。
                                    必ず捕まる。

                                    欠点は、ちょっと風が強くても
                                    雨が強くても すぐ閉鎖になること。
                                    買い物に出かけて、いざレインボー
                                    ブリッジに入ろうとすると
                                    閉鎖になっていることが たまにある。

                                    そんな時は しょぼしょぼと銀座方面
                                    に回るか、元の道に戻るしかない。

                                    レインボーブリッジができて、
                                    お台場の街の開放的な道で喜んでいる
                                    間に船の科学館が閉鎖しちゃったのだから
                                    私って 何していたんだろ なんて思う。

                                    街は どんどん変わって当たり前なのに。

                                    その前は、横浜のベイブリッジが
                                    大好きで仕方なかった。
                                    今でも一番好きな橋だ。

                                    夜に光る青いチカッ、チカッという
                                    あの神秘的な雰囲気がたまらない。

                                    レインボーブリッジは
                                    向こう側に東京タワーが見えるので、
                                    自分の生活圏を感じて生活臭を
                                    感じてしまう。

                                    ある意味、私には教訓になっている。

                                    確かに便利にしてくれたけれど、
                                    何かを見失しなわされた。

                                    必ずしも便利になることが良いわけでは
                                    ないと思わされた。

                                    船の科学館に通っていた頃が
                                    キラキラして思い出されるのだ。

                                    日常は狭い街での買い物で、
                                    ヒーヒーいいながら馴染みの商店街や
                                    決まった品揃えのマーケットしかない
                                    ような街でも、あの頃は
                                    店を歩いて一軒一軒見たりして
                                    もっと街の変化を知っていた。

                                    何でもそうだと思う。
                                    不便や不自由を挙げるより、
                                    良い点を探すことって大切なのだと
                                    痛感する。

                                    これは自分自身にも人付き合いにも、
                                    すべてにおいて言えるのではないか。

                                    あら探しより先に、良い所探しから
                                    始めることって気分が良い。

                                    マイナス要因なんて実は無限に探せる。
                                    今日 西日を浴びて目を細めながら
                                    レインボーブリッジを通って
                                    帰宅しながら そんな事を
                                    考えていた。

                                    2014-02-01 20:43:41投稿者 : Nachiko
                                    この記事のURL コメント(2) トラックバック(0) nice!  あしあと

                                      虐待の歴史・影響について

                                      昨年の今日 何があったかと見ていたら
                                      またしても虐待のニュースが入っていた。
                                      たまたまプレゼントして頂いた本の中にも
                                      虐待を扱った漫画が2冊あったので
                                      今日は虐待について ほんの少しだけ
                                      触れてみたいと思う。

                                      私が考える虐待で すぐ浮かぶのは
                                      明治以前など嫁姑など まだ核家族が
                                      当たり前でなかった時代、

                                      姑に虐められた母親が自分の産んだ
                                      子どもの中の一人をターゲットにして、
                                      憂さ晴らしに今では考えられないような
                                      虐待に当たる様々な行為を行なって来た
                                      現実である。


                                      それは昔は一人っ子が少なくて誰か
                                      一人をターゲットにして、その子だけを
                                      虐待し、他の子ども達には
                                      良き親をやってきたという現実がある。

                                      よく年配者で同じ親に育てられたのに、
                                      信じられないほど性格が違い、
                                      一人だけ社会不適合者がいたり、
                                      自殺者がいたりするのも
                                      生育歴を追っていくと理解できる
                                      ことがある。

                                      まだネットなど当然なく社会に発信
                                      する手段もなく、
                                      日本の風習の中で嫁は姑に虐められる
                                      のが当たり前、みたいな風潮が
                                      あったため周囲も見逃してきた
                                      のではないかと思われる。

                                      これが日本の文化と言われれば
                                      それまでなのだが、日本人は
                                      女性が嫁ぐと婚家に娘を
                                      「くれる」とか「あげる」
                                      という考え方をする。

                                      外国だと女性は自分の名字に
                                      婚家の名字を付けて両方を
                                      名乗ることが多いのに、
                                      これでは まるで女性は「物」
                                      扱いなのではないかと思えてしまう。

                                      そんな風にしてもらわれて行った
                                      女性が婚家に馴染めず しかも姑に
                                      虐められたら当たるのは我が子しか
                                      いなくて、出戻りを恥としてきた
                                      日本社会では実家にも戻れず
                                      我が子を虐待という意識も持たない
                                      まま虐待して心のバランスを保って
                                      何とか姑が老いて自分の立場が
                                      確立するまで頑張ったのでは
                                      ないかと拝察するのである。

                                      それが今は核家族化がすすみ、
                                      嫁姑間の争いも減ったはずなのに
                                      虐待のニュースは減らない。
                                      むしろ虐待に関して詳しく分類されて
                                      掲載されている始末。

                                      今回は児童虐待について書いていこう
                                      と思う。

                                      昨日30日も午前2時半頃、東京都で
                                      2歳の女児が心肺停止状態で発見。
                                      病院に搬送したが死亡。
                                      両親は「2,3日前に公園の滑り台から
                                      落ちた」と説明。しかし、女児には
                                      顔や胸にアザがある。

                                      この女児は両親と弟(9ヶ月)の四人暮らし。
                                      両親は「他に子どもが3人いて児童相談所に
                                      入っている」と話しているという。
                                      あきらかに核家族だ。

                                      普通に考えると二人の親で5人の子どもを
                                      育てようとしていたのだろうか?
                                      環境はどうだったのだろう。
                                      収入はどうだったのだろう。

                                      場合によっては時代によっては、
                                      核家族でなければ祖父母が一緒に
                                      住んでいれば子どもの世話を手伝って
                                      くれることもあるかもしれない。

                                      今年に入っても
                                      1月15日に東京地裁で生後間もない
                                      乳児2人を相次いで捨てたとして、
                                      保護責任者遺棄の罪で両親の公判が
                                      開かれた。

                                      起訴内容は2010年1月30日大田区の
                                      民家の玄関先に生まれたばかりの
                                      長女を置いて立ち去ったほか、
                                      11年3月6日にも次女を同区の公園に
                                      捨てたというもの。

                                      ほかにも02年に生まれた長男、
                                      04年に生まれた次男がいるが、
                                      長男は出産後すぐに死亡しており、
                                      次男は虐待の疑いで児童相談所が
                                      保護していた。

                                      ここのところ児童虐待の増加が
                                      止まらないのはニュースを見ても
                                      よくわかる。

                                      親子だけではなく、他人による
                                      虐待も凄まじい。

                                      最近でも兵庫県尼崎市内の
                                      アパートで昨年10月、中学3年生
                                      の男子が監禁され、性的虐待を受けた
                                      とされる事件で、兵庫県警少年育成課
                                      などは30日、女児2人のわいせつな
                                      動画を撮影したとして、強制わいせつ
                                      と児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)
                                      の疑いで、無職の容疑者、を再逮捕
                                      新たに雑貨販売業の容疑者を逮捕。

                                      まぁ、本当にエスカレートしているのが
                                      わかるのは情報社会のおかげなのか、
                                      それとも以前からあったものが
                                      たまたま こうして伝わるように
                                      なっただけなのか定かではない。

                                      虐待の種類は

                                      ・身体的虐待
                                      対象に身体的暴力を加える

                                      ・心理的虐待
                                      対象に心理的暴力を与える

                                      ・性的虐待
                                      対象に性的暴力を与える

                                      ・経済的虐待(金銭的虐待)
                                      対象に金銭を使わせない
                                      あるいは勝手に使う

                                      ・ネグレクト(教育放棄・無視)
                                      対象に必要な資源を提供しない
                                      その他の虐待(未だ定義が不十分なもの)

                                      ・教育ママなどにより、家庭において
                                      勉強を強制するための身体的・心理的
                                      虐待やネグレクト

                                      ・組織内での虐待やパワーハラスメント
                                      (会社や軍隊など)
                                      組織内で上の立場の者が下の者に対して
                                      行なわれる身体的・心理的・性的虐待や
                                      ネグレクトなど。
                                      時津風部屋力士暴行死事件や自衛隊での
                                      いじめ、大津市中2いじめ自殺事件に
                                      おける子どもを守るべき立場の教師が
                                      事態を放置した事実など。

                                      欧米では子どもを一人っきりにさせること
                                      自体が「虐待」だと定義されているようで、
                                      子どもを残して買い物に行った人が通報
                                      されたという話もあるが、これも
                                      子どもの年齢によると思う。

                                      親の考えでホメオパシーなどを使っていて
                                      医者には行かない人も虐待になるのか?
                                      日本人が考える虐待の定義と
                                      欧米人の考える虐待の定義が違うが、
                                      欧米人は自分達の価値観だけが絶対的だと
                                      思う傾向が強いように思える。

                                      昔、ギリシャにあったスパルタからくる
                                      「スパルタ教育」だって近代的な
                                      価値基準では虐待になる。

                                      今回は「児童」を取り上げているので
                                      書いているが、親の役割は
                                      「子どもを育てること。

                                      人間としての成長を促し、一人の
                                      人間として自立し、幸せに生きる
                                      ことができる能力を育ててあげる」
                                      ということなのではないかと思う。

                                      一番大切なのは子どもに好かれようとして
                                      「優しく育てること」、実際に子どもが
                                      一人の人間として自立し、幸せに生きる
                                      ことが出来る能力を育てることが
                                      できるかどうか。
                                      叱らず、怒鳴らず、叩かず、きちんと
                                      世話をして優しく子育てをしていても、
                                      子どもと心を通わせようとしないのは
                                      虐待ということになる。

                                      色々書いてきたが、子どもの自己肯定感
                                      を失わせるような行為=虐待と
                                      いえるのではないかと。

                                      では児童虐待に遭った子どもが
                                      大人になると どのような症状(状態)
                                      になっていくのか。

                                      一般的には心理面・情緒面で大きな
                                      後遺症を残すと言われている。
                                      本来頼るべき相手からの虐待なので、
                                      発達の初期段階での大きな人間不信
                                      というハンディキャップを背負い込ん
                                      でしまう。

                                      普通、ショックを受けた時は、
                                      感情を麻痺させる心理的な仕組みが
                                      働くが、被虐待児の家庭では
                                      このショック状態を解消する仕組みに
                                      欠けてしまうので、感情の一部が
                                      抑制されたままになってしまう。

                                      自己を確立していくための大切な
                                      思春期に、対人関係の取り方に
                                      問題を抱えたり、感情を抑制
                                      出来なかったり、自己達成感を
                                      得ることが出来ないこともある。

                                      また、行為障害といわれる様々な
                                      問題行動が現れたり、自傷行為を
                                      繰り返したりすることもある。
                                      虐待を受けて育った子どもの中には、
                                      児童期や思春期に傍目から見ると、
                                      優等生的で、他人への気遣いがあり、
                                      責任感も強く、何の問題もない子も
                                      いる。

                                      しかし、何に対しても責任を持とうと
                                      し、自分だけが頼り、深刻になり過ぎ、
                                      達成感が得られないまま過ごしている。
                                      これも心理的・情緒的問題による
                                      ものである。

                                      さらに成人しても、心理的・情緒的問題
                                      を引きずって、大人としてどう行動して
                                      いくかというモデルのないまま生きて
                                      いくことになる。

                                      結婚しても、家庭を維持したり、
                                      育児をしていく力が弱く、
                                      そこで世代を超えて虐待が出現してくる。

                                      ここで是非、言い添えておきたいたいのは
                                      現実にあった話からのアドバイス。
                                      「虐待の連鎖」という言葉は、どの教科書
                                      にも書いてある。
                                      私も習った。

                                      私の ごく近しい人が某保険師に 子どもが
                                      直接言われて それを知らされて、
                                      その母親が その保険師に「五寸釘を打ってやる!」
                                      と騒いだ事件があった。

                                      確かに その母親は ある機能不全家庭でもあり
                                      虐待家庭でそだったのだが、
                                      それを早くに気づいた当事者は
                                      自分に子どもが出来たら絶対こんな真似は
                                      しない!と固く誓い最善の努力と勉強を
                                      して子育てをしてきた人なのだ。

                                      当然 そこの子どもは自分が虐待なんて
                                      言葉とは無縁だと思っている。

                                      それが母親が虐待家庭に育ったというだけで、
                                      その某保険師は その子どもが どういう風に
                                      育てられたかも知らないくせに
                                      「虐待は連鎖するものだから、
                                      あなたが気づかないだけで、あなたも
                                      虐待されて育ったのだ」
                                      と吹き込んだ。

                                      言われた子どもはショックを受けて
                                      帰宅できなくなって深夜すぎまで
                                      愕然としていたらしい。

                                      こういう無責任な保険師を行政が雇うという
                                      ことに私は物凄く憤りを感じたのは
                                      言うまでもない。

                                      現に この遅れた「虐待の連鎖」に対し
                                      正しい数値で言うと特別意識して
                                      いなくても
                                      「虐待の世代間連鎖は63%の人にしか
                                      みられない」とい結果が出ている。

                                      また適切なヘルプや夫などの存在で、
                                      虐待は 連鎖どころか言われている
                                      数字の%よりはるかに連鎖していない
                                      というのが実際のところだと
                                      言えるのだ。

                                      逆に虐待をしている人が、自分が
                                      虐待を経験していない場合も多いことを
                                      見逃してはならない。

                                      恵まれ過ぎて育ったり、いい加減に
                                      生きてきて虐待に走るというケースだ。

                                      このあとは実際の虐待を受けて育った人
                                      のために参考になる本を紹介しよう。

                                      新曜社より出版された、J・コンラート・
                                      シュテットバッハーの著書
                                      「もしも苦しみに意味があるなら」
                                      邦訳出版名「心の傷は必ず癒える」
                                      1993年初版発行に記載されている
                                      プライマリーセラピー(初源療法)
                                      という自助療法の書籍を参考に、
                                      感情障害(人格障害)との孤独な
                                      闘いに挑み、また病気克服の為に
                                      実社会生活において経験し、
                                      学んだことを記している。

                                      『こころの傷は必ず癒える』から学ぶこと
                                      気分障害(うつ病・躁うつ病)、パニック
                                      障害・失感情症・離人症・摂食障害・
                                      各種神経症など心の病気。
                                      リストカットやODなどの自傷行為。
                                      ドメスティックバイオレンス、ネグレクト
                                      など弱者への育児放棄や暴力、虐待行為。
                                      反社会的な犯罪など、これらの精神疾患は
                                      自分の子どもを愛する能力を持たない
                                      両親、家庭のもとに生まれ育ったために、
                                      自分自身の「存在」、そのものを正当な
                                      ものとして受け入れることを知らない。
                                      または「自分は生ける者として不十分で社会
                                      に適応しておらず、世の中の誰よりも
                                      劣っている。」などの強烈な劣等感や
                                      自己無価値観に苛まされながら、世代
                                      から次世代へと盲目的に引き渡されて
                                      しまう、二義的現象によっておこる病。
                                      これらの心の病の発症原因は、過去の
                                      幼少期からの成長過程においての、
                                      両親、及び他の養育者によって心の
                                      奥深くに刻み込まれてしまった、心の傷
                                      (複雑性心的外傷後ストレス障害、PTSD)
                                      の後遺症による結果として発病する。
                                      シュテットバッハーの
                                      「心の傷は必ず癒える」は、今、私達の
                                      心を覆ってしまっている、精神的病苦
                                      などの負担を軽減し、危機的状況から
                                      抜け出す事を目的に紹介された、
                                      一人でも独自で出来る自助療法を
                                      具体的に解説した文献である。

                                      その後「序論:インナーチャイルド
                                      との出会い」と本書は続いていく。
                                      この療法では、子ども時代に養育者
                                      によって負わされた過剰負担
                                      (トラウマの原因となりうる出来事)
                                      によって、心の奥底へと抑圧されて、
                                      そのままの状態で遺棄されていて、今日
                                      では、自分で、まったく気づくことが
                                      できない潜在意識の中から「症状」
                                      という形で、毎日のように自分の心から
                                      自由を奪い、縛り付け、怯えつづけている、
                                      愛された経験を持たない。または、愛して
                                      もらうためには、常に代わりになる代償を
                                      要求されてきた、幼き日々の、
                                      もう一人の自分、インナーチャイルドの
                                      呻き、嘆いている声を聞くために、
                                      過去に起きた、ありとあらゆる些細な
                                      情報を集めていく。

                                      こうして具体的にセルフセラピーの
                                      やり方が書いてある。

                                      私の個人的見解としては なるほど…
                                      なのだが 最初自分が生きているうちに
                                      明確な解決法が見つかったと絶賛して
                                      いたアリス・ミラーが その後の
                                      増刷分から「もう支持しない!」と発表
                                      した。

                                      しかしアリス・ミラーに関しては
                                      歴史上の人物の登場や、聖書をはじめ
                                      他の文献からの引用も多く傾倒と批判の
                                      繰り返しであることも事実。
                                      心の病に属する統合失調症を
                                      「あちらの世界へ行った人達」と
                                      表現したり、違和感の多いことが
                                      ある。

                                      それで、私はアリス・ミラーの意見は
                                      気にしないことにしている。

                                      話を戻すと、『人間失格』の太宰治も
                                      父親には勿論、病弱だった母親からも
                                      十分な愛情を受けていない。

                                      これは虐待とはいえなくても、
                                      ある意味では心に傷を作る要因になった
                                      と思える。

                                      太宰治の
                                      「自分の不幸は、拒否の能力の無い
                                      者の不幸でした。」と綴っている。
                                      『人間失格』での名言だと思う。

                                      もし人間社会において、この言葉通りに
                                      世の中を生きようとするならば、他人の
                                      言葉をすべて受け入れてしまい、
                                      現実的には生きにくいこと、
                                      それ自体が不可能な事のように
                                      思われる。

                                      主人公のように、他人の言葉、要求を
                                      拒否することの出来ない人間には、
                                      なるべくしてなった結果が待っている
                                      ことになる。
                                      そして太宰は
                                      「父が死んでも、自分の胸から
                                      離れない。
                                      あの懐かしく おそろしい存在が、
                                      もういない。
                                      自分の苦悩の壷がやけに重かったのも、
                                      あの父のせいではないだろうかとさえ
                                      思われました。」
                                      大変な心の苦しみを持った太宰の中に
                                      両親からの愛の問題がある。

                                      虐待から始まって、ここに話がきた
                                      のだけど、虐待とは なくならないと
                                      思っている。

                                      虐待している方が、その自覚もない場合も
                                      多いからだ。
                                      また自分が虐待していることを
                                      悩んでいる人もいる。

                                      これも私の近いところで、子どもが
                                      クレヨンを落としたとか、くだらない
                                      事で、一度叩き出すと自分でも
                                      コントロールが効かなくなる人を
                                      何人も知っている。
                                      目の前で子どもを公衆の面前で
                                      叩き続けていた姿も見た。
                                      本人も止めたいけれど、もう止まらない
                                      とかで人が止めに入っても
                                      暴れるだけだった。

                                      前の方に書いたが、品行方正に育った
                                      お嬢様育ちの人だったが、相当に
                                      抑圧されて育ったのかと拝察していた。

                                      戦後になって学歴社会になり、
                                      親達は こぞって子ども達に
                                      「勉強 勉強」と無理強いするケースも
                                      多い。それがエスカレートしている。

                                      虐待に通じていることさえ気づかない。
                                      子どもは 自己防衛のために逃げていく。
                                      しかし心に傷を持っている。
                                      あと離婚率の高さだ。
                                      これも子どもの心理には、あらゆる意味で
                                      照らし合わせるとわかるが、
                                      ある種の虐待的要素がある事がわかる。

                                      決して子どもに良い影響は与えないのだ。
                                      尊敬する永井隆という作家・医師がいる。
                                      この永井隆先生の作品『この子を残して』
                                      を読んで涙を流さない人はいないのでは
                                      ないだろうか?
                                      そこに永井隆という人間の親と子の絆・
                                      存在観が描かれているのだが、
                                      この考え方にこそ虐待と真逆の高潔な
                                      思考を感じてしまうのは私だけだろうか。
                                      子どもにとって、親は生涯たった一人なのだ。

                                      まだ物心つかないうちなら良いかも
                                      しれないが、簡単に親が変わったのでは
                                      子どもにとっては虐待同然なのである。

                                      もし再婚して我が子同然に愛してくれる
                                      人に出会えたら最高の幸せといえよう。
                                      虐待は無くならないが、良心的な
                                      保護できる場所があればと思う。
                                      それと、まさか自分が虐待されている
                                      なんてと気づきにくいものだが、
                                      気づいたら、早くに自己防衛する策を
                                      考えることだ。

                                      あまりにも幼い時は悲劇を招く。
                                      それは 歯がゆくて仕方ない。
                                      大人達が 好き勝手やらないで、自分の
                                      キャパを考えて子どもを作り、責任を
                                      持って育てることから始めるしかない。

                                      そして、ある程度大きくなって自分が
                                      虐待を受けていると小学生くらいで
                                      わかったら、十分に親を観察することだ。
                                      身体は縛られても、心の中まで
                                      虐待によって支配されないように
                                      気づくことだ。

                                      今は これだけ簡単に情報を取り出せる。
                                      マセガキだなんて言われないだろう。
                                      虐待だなんて、暗い話題を
                                      取り上げたが 私は なくならない問題
                                      だけど、その向こうに必ず解決策があり、
                                      虐待された人間も しっかり生きていける
                                      と確信してこれを書いている。

                                      2014-01-31 19:10:43投稿者 : Nachiko
                                      この記事のURL コメント(6) トラックバック(0) nice!  あしあと

                                        方向音痴を治すぞ!

                                        今日は個人的悩みからブログのネタを。
                                        私といえば「方向音痴」
                                        これが何かの役に立つなら特技になる
                                        のだが不自由でしかない。

                                        約束の時間より早く出ても目的地に
                                        たどり着かない。
                                        いざ帰ろうとしても疲れた身体で、
                                        倍の時間をかけて家にヘトヘトに
                                        なって戻って行く。

                                        何て不便で疲れることか!

                                        今日も出かけるのに 前に行って
                                        いる場所なのに迷子になって
                                        途中で降りたホームにいた
                                        掃除のオジサンに
                                        自分の行きたい方面の電車に
                                        ついて尋ねた。

                                        はるか前方に駅員さんがいたけれど
                                        そこまで歩く元気もなく、
                                        藁にもすがる心境とはこの事である。

                                        掃除のオジサンは親切に教えて
                                        くれたけれど今一つ、
                                        何行きに乗ったらいいのか
                                        よくわからない。

                                        ただ来た電車に乗ればいいと
                                        反対方面の電車を指して、
                                        それに乗って、そこの
                                        ホームから動かないで同じ
                                        ホームに来た電車に乗れば良い
                                        という説明。

                                        行きたい駅名を言ったのに
                                        説明はそれだけ。

                                        言われた通りにするとホームは
                                        終点で、そのホームに電車など
                                        来ない。

                                        あのオジサンに
                                        「ホントに行きますよね?
                                        大丈夫ですよね?」
                                        と念押ししていた私は一体
                                        何だったのか…むなしい…

                                        今度は駅員さんを見つけて
                                        詳しく聞いてみた。

                                        う〜〜〜〜。

                                        階段を登って反対のホームに行き、
                                        来た電車なんでもいいから乗って
                                        次の駅で降りて、そこから
                                        各駅電車に同じホームで待って
                                        いれば目的の駅に着くと説明された。

                                        方面というか方向が全くわかって
                                        いない自分。

                                        電車の面倒な分類。
                                        快特・急行・特快・普通…

                                        一体どこから各駅になるのぉ〜〜〜。

                                        幸い今日は駅から近い所だったので
                                        駅に着けば大丈夫だったけれど、
                                        これが駅歩○○分となって
                                        地図なんぞついていたら
                                        それこそ大事件なのだ。

                                        以前ならマネージャーさんが
                                        家まで迎えに来てくれたか、
                                        タクシーで直行してしまった。

                                        それじゃ成長がない気がして、
                                        頑張って一人で「行けるから!」
                                        と今日も息巻いてみたものの、
                                        地下鉄の乗り換えの段階で
                                        つまずいている。

                                        はぁ、ため息が出る。

                                        そもそも方向音痴とはなんぞや。
                                        原因は一体何なのだろう?

                                        調べてみることした。
                                        はたして傾向と対策はある
                                        のだろうか?

                                        方向音痴なのはグリッド細胞という
                                        もののせいであることが
                                        わかっているそうだ。

                                        グリッド細胞とは、新規同定された
                                        脳内細胞でなじみのない環境に
                                        適応するよう働きかけを行なう。

                                        残念ながらその働きが弱い人が
                                        「方向音痴」だと書いてある。

                                        ネズミやコウモリ、猿もそれぞれ
                                        グリッド細胞を持っており、
                                        この度ヒトのグリッド細胞に関する
                                        調査が行なわれた。
                                        (何?ネズミやコウモリや猿は地下鉄
                                        にも方面を間違えずに乗れて、
                                        迷子にもならないってわけ?
                                        私はネズミ以下?)

                                        米ペンシルバニア大学ジョシュア・
                                        ジェイコブ博士は、ある場所から
                                        目的地への道順を説明し、
                                        それを思い出しながら目的地を
                                        目指すというテレビゲームを
                                        使った実験を実施した。

                                        被験者はてんかん患者で、治療の
                                        一環として脳内に電極が埋め込まれて
                                        いたため、ゲーム中の脳の動きを
                                        モニタリングすることが
                                        可能だった。

                                        この実験でグリット細胞の存在が
                                        明らかになり、おかげで被験者は
                                        道標がなくても目的地に到着する
                                        ことができた。

                                        同博士によると、グリッド細胞が
                                        なかったら人は迷子になったり、
                                        何か目印がないと目的地に
                                        たどり着けないだろうととのこと。

                                        学術誌Nature Neuroscience.
                                        誌掲載の同論文では、
                                        この細胞の働き如何によって
                                        方向音痴か そうでないかが決まる
                                        と結論付けている。

                                        では私達方向音痴族は
                                        どのようにトレーニングをして
                                        この不自由さに対抗するか?

                                        視覚認知と空間認識を鍛える!


                                        「視覚認識」とは、見たものを
                                        覚えて、図解を認識する能力
                                        「空間認識」とは、目に見えた
                                        物の形や位置関係などを認知する能力。

                                        似ている2つの能力だが、
                                        それぞれを鍛えると以下のような
                                        ことができる。

                                        ・視覚認知 景色を覚えやすくなる。

                                        ・空間認識 地図でいう遠くにある建物
                                        までたどり着くのに どの道を歩けば
                                        よいか、だいたいどれくらいの距離か
                                        (時間がかかるか)想定しやすくなる。

                                        ■視覚認知の鍛え方
                                        視覚認知は見たものを正確に捉える能力
                                        で、記憶力のようなもの。
                                        地図を見て目印にする建物をぼんやり
                                        覚えてしまっては、帰ったときに
                                        「景色が違う!」「目印忘れた!」
                                        と慌ててパニックになる原因になる。

                                        それではどうすれば視覚認知は鍛えられるか?

                                        ・パズルをやる
                                        形を正確に捉える。
                                        平面のパズル、立体のパズル、
                                        スライドパズル等がおすすめ。

                                        ・間違い探しをやろう
                                        景色に慣れる。
                                        似たような写真(景色がよい)を
                                        並べて違いを探すようなもの
                                        (アハ体験、ウォーリーを探せ等)が
                                        おすすめ。
                                        →この2つとも私は苦手。確かに言えてる。

                                        ・瞬間数字記憶練習をする
                                        短時間で情報を記憶する。
                                        一瞬だけ表示される数字を記憶するもので
                                        「数字記憶」などで検索すると出てくる
                                        Flashゲームがおすすめ。

                                        ■空間認識の鍛え方
                                        この能力は平面の状態から立体的にした
                                        ときのイメージをしやすくする。
                                        地図は平面だが実際歩く道は立体。
                                        自分が歩いている道は地図でいうと
                                        どこだろうと?とトップビューする
                                        ことができる。

                                        具体的なやり方は
                                        ・目をつぶって何歩で目的の場所に
                                        たどり着くか
                                        玄関から洗濯機まで、目をつぶって
                                        何歩歩いてどこを曲がれば
                                        たどり着くかなど自宅で練習できる。
                                        →私の家は犬達が どかないので
                                        踏みつけそうでできません!

                                        ・正多面体を展開して位置関係を当てる
                                        正多面体の展開図はネットでも
                                        落ちているのでダウンロードできる。
                                        このように目印を書き、●の反対側に
                                        くるアルファベットは何か頭の中で
                                        組み立てて当てる。

                                        ■実際に歩く時のポイント

                                        ・動かない物 変わらない物を目印にする

                                        ・高い建物を目印にする

                                        ・時々振り返る
                                        歩いてきた道と戻る道は景色や雰囲気が
                                        違う(私は帰り道の景色が違って家に
                                        戻れないことが よくある)。
                                        目的地にたどり着くまでに
                                        時々振り返って、帰り道のイメージを
                                        刷り込みながら歩く。
                                        目的地に達成して戻る道では気も
                                        緩んでいるので歩いてきた道を
                                        思い出すのが大変。

                                        ■それでも迷子になったら

                                        ・信号のある道に進む
                                        ・人の流れに身を任せてみる


                                        ここまで色々書いてきたが、
                                        私としては こんな面倒な
                                        ライフハックトレーニングをやるより
                                        少しでも わかんないなと感じたら、
                                        わかっていそうな人に速攻で尋ねる
                                        勇気と、その周辺に詳しそうな人を
                                        嗅ぎ分ける勘を養うことだと
                                        思うのだけど…

                                        私が問題だと思うのは自分が
                                        間違った方向に進んでいることに
                                        何の疑問も持たずに全然違う
                                        場所に着いた場合だ。

                                        これはタチが悪い。
                                        程度の低い迷子として、
                                        私は横浜アリーナまで運転して
                                        行って どうも遠いと思っていたら
                                        小田原まで行ってしまった事がある。

                                        歩いても、運転していても
                                        どやっても目的地への到着は
                                        難関なのだ。

                                        一人で出かける時、前日に
                                        下見に出かけて練習
                                        したりするのって やはり必要なのか。
                                        ……ネズミやコウモリに 
                                        こうなるとなりたい気分になる。
                                        猿は地下鉄でも迷わないのかしら。

                                        2014-01-30 21:04:29投稿者 : Nachiko
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