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シンガー&ソングライター、音楽クリエイター、物書き、産業カウンセラー、思想家。

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M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

M2Prisoner

M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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沈黙のメッセージ

毎日書いていたブログを書かなくなって
随分経つ。
書くことが好きな私にとって
ブログを書くのは楽しい事でもあった。

書き出すと止まらなくなる悪い欠点も
ある。

ブログで日記のように その日の
出来事を書くのも良いし、
ふと気になった事を書くのも良い。

段々と春めいてきて気分も
春色になっている。

義務感のようにブログを書いても
面白くない。

興味のある事が多すぎて私一人で
アレコレと一方的に書いてきた点も
あったかとさえ思う。

読んだ本や映画のレビューを書く
のも面白いと思う。

この情報過多の世で、自分なりに
消化する作業も大切だと思う。

ここのところブログを書く時間を
長い時間 瞑想に当ててきた。


知る事・情報は知識とは
言えないのではないか?

そこに自分なりの思考・感覚など
MIXして初めて自分なりの知識と
なり得るのではないかと思う。


それこそ うっかりすると「受け売り」
のオンパレードになる危険性がある。

朗読ライヴの事もあって、
今さらのように稲垣足穂を
幾度となく読んできたが、
声に出して読んでみると
それなりに発見があった。


音読との違いである。


今回 稲垣足穂の
『一千一秒物語』を取り上げるが
声に出してみると文章に「音」
が散りばめられていることに
気づいた。

ちょっとした発見だった。

超短編の塊からなる
『一千一秒物語』なのだが、
「音」はあるし、行間の表現に
「沈黙」があることを感じた。

どこからともなく声がする場面が
普通に出てくる。

「え?」誰が言っているの?


なんて違和感を感じさせない表現力。

空高く ある種 ロマンさえ感じる月
が あたかも そこらにいるように
身近に登場し時として
話は これまでのストーリーを
無視したかのように進み、
最後に いや実は繋がっていました
というオチがある。

そこで私は考えさせられた。

「無視」と「沈黙」についてだ。

「無視」は「愛」の逆さまだと
よく言われる。

まさに その通りだと思う。

しかし足穂の一見「無視」
に感じるストーリーの進行は
「無視」ではなく「沈黙」
なのだ。


「沈黙」は大きな含みがある。

日常生活でも言えているかと思う。

相手が「無視」したと感じるのと
「沈黙」しているのでは
天と地の差がある。


そこを汲み取れないと大変な事
になりかねない。

せっせと次の作品を考えながら
足穂の行間から感じる「沈黙」
から 私は大きな学びを得ている。


「沈黙」にはメッセージ性がある。

地味ながら わかる人には通じる
ような類いかもしれない。

お月様と 隣人と接するように
ストーリーを進める足穂は
他の作品では ここまで書くか
と思える感性と表現力を持って
その真価を発揮していく。


よく同じ本でも読む年齢や
読み方によって違った内容に
受け取れるというが、
本当に その通りだと感じる。

こんな時代だからこそ
足穂の文章が尚いっそう新鮮に
感じることが出来るのかもしれない。

外から受ける刺激ばかりでは
ただの行水状態で流れて抜けて
いくばかりになる。

とことん独りになって自分の
深いところに焦点を当てて
外界からの刺激を胸に
瞑想するのは とても有意義だと
感じる。


黙っていても次から次へと
今は情報の押し売り状態なのだ。


「無視」と「沈黙」の違いは
似て非なるものだ。


そんな事を つらつらと感じて
久々にブログを書いた。

誰もが己の深いところに
思考と感性を持っている。

残念ながら 雑音や思い込みでは
せっかくの宝を掘り起こせない。

独りで じっくり自分を
掘り起こすことが自分を
成長させ 進化させ覚醒させる
事に繋がるのではないか。

私は基本的に何でもOKの感覚を
持っている部分がある。

美味しいものを食べたら写真を
載せるのも良いと思うし、
何か感動したら それを書くのも
良いと思う。

今日は差し当たって
「無視」と「沈黙」について
大きく感じることがあったので書いた。

文章の「音」を朗読するって
どう表現するのだろう。

「沈黙」も どう朗読するのだろう。
何て考えるのはワクワクする。

日常生活で人を「無視」したことは
無いが、文章の「無視」と「沈黙」
は初めてである。


さすが評価の高い稲垣足穂ならでは
の、私への課題でもある。

私は ここにきて色々な形での
メッセージについても考えさせられた。

足穂の作品に、過去使われてきた
ある方向へのマスの誘導性を
感じない。


これは凄いことだ。

未熟ながら また せっせと自分の
作品創りもやりながら、
自己の中に存在する自己との
会話も楽しみたいと思ったのだった。

2014-03-24 04:04:20投稿者 : Nachiko
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    咳をしながら都市伝説…

    朝 咳込んで目が覚めた。
    スタッフさんの風邪を
    もらったらしい。

    咳でコホ コホ…
    咽喉は イガイが…

    それでもワンコ達は
    「お腹が空いた!」とソワソワ。

    ニャンコは極上の
    猫撫ぜ声。

    急いで食事タイム。

    まだ もつと思っていたけれど
    見たら足りなさそうなので、
    頼んであったドッグフードを
    獣医に取りに行くことにした。

    行く獣医は二つあって、
    こちらは次男ワンコの後ろ脚に
    悪性腫瘍かもしれないという時、
    腫瘍の専門獣医のいる大きな
    獣医に友達獣医が立ち会って
    手術をしてくれた病院である。

    年中無休で夜間診療もしている
    ので動物がいる家には心強い。

    もう一つは友達が獣医になった
    ので、いつも何かと
    相談していたら
    少し遠いけれど直接診た方が
    早いということで お世話に
    なっている。

    その獣医になった彼女の
    おかげで余命半年、
    車に乗せるのも危険と
    言われていた長男ワンコは
    3年目になるが 重い心臓病だが
    元気にオムツをしながら
    気難しい老犬をやっている。

    彼女は まずは室温管理、
    体重管理の徹底を言ってきた。

    床に温度計を置き犬が感じる
    室内の温度に気を配れと。

    あとは徹底的な体重と栄養管理。

    他の子達も連れて行ったら
    便を調べてダメだしされた。

    かなり神経質に選んでいたのに
    油脂が悪かったようだった。

    皮膚と肝臓の事を言われ、
    フードを言われるままに
    チェンジした。

    ウソみたく露骨にメイなんて
    皮膚の色も便も変わった。

    以来 全員 獣医からフードを
    買うようになった。


    しかし、長男ワンコだけは
    さらに特別なフードを加えて
    厳密に計量しなければならない。

    その食事のおかげで元気なのだと
    思う。

    少し買うと高くつくので
    大袋で買う。




    7.5キロの大袋である。
    これを私の小さな手で、ウンショ ウンショ
    と車に運び入れるのである。


    私にとって かなり重たい。



    そして帰路につくのだが、実は
    ここの獣医はスカイツリーの近くにある。
    だから こんな景色を帰りは見る。
    ここで毎回 私の頭の中には都市伝説が
    グルグルする。


    東京って面白いほど風水に基づいた
    都市伝説らしきものがある。


    本当の話なのかもしれないけれど。
    私には真偽は わからない。

    帰り道の進路によっては色々な
    処を通って行ける。

    このスカイツリーも皇居から見て
    東北の方角にあり、
    まさに鬼門の一角を守る位置に
    あるとか言われている。

    そもそも東京自体が風水は方位
    だけで計れるほど単純なもの
    ではなく、
    陰陽道や霊的結界を考慮されて
    いるとされている。

    まるでアニメの世界!


    とても有名なのは映画にも
    なったけれど
    平将門の呪いだ。


    徳川家康が江戸城を作る際に
    平将門の力を借りるために
    将門の首塚をはじめとして、
    五街道と江戸城の堀の
    交わる所に それぞれ神社を
    配置したという。

    私の生活圏の中で馴染みのある
    風景が幾つも出てくる。


    日比谷の大通りを車で行けば
    片側は ずっと皇居だ。

    その皇居・江戸城は風水を
    綿密に計算して作られてある
    という。

    その江戸城に徳川家康が幕府を
    置いたのは、天台宗の
    大僧正・天海の勧めによるもの
    だったと言われているが、
    天海は徳川幕府の繁栄を祈願して
    上野山に寛永寺を建てた。


    この寛永寺は江戸城の東北に
    あたり、鬼門封じとされている。


    そして、私が幼い頃 よくハトに
    エサをあげに行ったり、
    傷ついたハトを持って帰って
    来たりしていた増上寺は、
    江戸城の西南にあって
    裏鬼門封じに建てられたと
    いうのだ。


    しかも東京には欠かせない
    山手線だが、輪になっている。

    以前は寝過ごすと延々電車に
    乗っている羽目になった。

    今は どうなのだろう?

    その山手線が混乱の時代であった
    明治時代に、度重なる戦乱を
    平将門の呪いと考えて、
    さらに強力な結界を作ることを
    計画し、出来たのが
    非常に強い力を持つと言われる
    鉄で出来た輪の結界の
    山手線だというのだ。

    しかし、別の説もあって
    山手線が円を描く直前、
    1923年に関東大震災があって
    結界は崩れていたというのもある。


    そして、私がウチに帰る時
    必ず目印にする東京タワー。


    皇居から見て裏鬼門を守る
    一角として設計されたという
    のは有名である。


    時代劇の本などを読んでいると
    家の近所や知ってる地名が
    出てきて面白い。

    東京だけでなく、京都にも
    風水に基づく話は幾つもある。

    都市伝説って ホントに
    どこから どこまでが
    本当なのか わからない。

    よく皇居の上は結界が張ってある
    から カラスは飛ばない
    なんて聞いたことがあった。

    私は 本当か どうか見に
    日比谷図書館に行った後、
    日比谷公園を抜けて見に行った
    ことがある。


    じーーーーっと待っていた。


    最初 何も飛んでいなかった。


    でも……



    カラスが飛んでいるのを見た。


    何か ガッカリした。

    平将門の首塚も見に行った。

    そこまで恐れられている物って
    一体どんななのかしら?

    そしたら ビルの谷間に小さく
    チョコっとあるだけだった。

    一体 どうなってるの???


    今の ご時勢 カッコ良い
    陰陽師が出てきて「シッ!」
    とやっただけで不穏なモノが
    消えていけばいいな。

    まるで映画やアニメの世界
    だけれど陰陽師が活躍した
    時代もあるわけだから…


    咳をコオ コホしながら
    景色がスカイツリーから
    東京タワーに変わって
    我が家に着いて重い
    大袋のドッグフードを
    車から出して
    やっと今日が始まった気分
    になった。

    ワンコ達のフードがないと
    何を犬語で悪口言われるか!

    ウチのワンコ達は
    とても口うるさいのだ。

    2014-03-08 23:37:34投稿者 : Nachiko
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      雪が舞い散る街で…

      3月の頭の東京は寒い。
      犬達とストーブを見ていると
      露骨にわかる。

      そんな今日…

      ウチのスタッフさんが
      咳が止まらなくなって
      一睡も出来なかった
      とかで 真っ青な顔をしていた。

      あら、ま!

      とにかく咳を止めないと
      食事も出来ないし眠れない
      というではないか。

      普段から薬に頼らない方なので
      常備薬など無い。

      あまりに苦しそうなので
      私が対処療法で何とか
      しなくてはと思った。

      対処療法は西洋医学。

      さっそく街に買い物に出た。

      寒いなぁと思っていたら
      雪が降っていた。

      東京の3月の雪は春の
      訪れを意味する。

      指先まで冷たくなる。

      うう…私 寒さに弱い。

      スタッフさんの症状を
      聞いていたので薬局に行って
      幾つか薬をチョイスした。

      レジに薬剤師がいた。

      最初 「お風邪ですか?」
      「どんな症状ですか?」
      などと聞いてきた。

      総合感冒薬を勧めてきた。

      そんなの今飲んでも
      対処出来ないと思って
      断った。

      それで こちらでチョイスした
      わけなんだけれど…

      そしたら
      「なるほど。医療関係者の
      方ですか?」
      などと聞かれてしまった。

      「いいえ。
      ただの薬屋の娘です。」
      と答えながら
      自分の1stのアルバムタイトル
      を思い出して可笑しくなった。


      それから 何とか
      力をつけさせなくてはと
      思ってパワーサンドイッチ
      を作るため足りない食材を
      買いに行った。

      パワーサンドイッチとは
      以前 希木樹林さんの
      お宅に出入りしていた頃
      娘さんを通して知った
      サンドイッチで、
      海外生活の多い娘さん
      には普通の食べ物だった
      のだと思うけれど
      私には精が付くので、
      勝手に そう呼んでいる。


      ウチの方で買い物に出る
      となると
      どうしても麻布十番になる。

      急いでいるのだけれど、
      ついつい街並を じっくり
      見てしまう。

      本当に以前の面影が
      どんどん消えていく。

      不思議なもので
      定着しない場所が必ずある。

      そこの場所は いつも
      新しい店が出来ては
      なくなり、また新しい店
      が出来ては無くなりを
      繰り返している。

      私が全く知らない店が
      古めかしい外装になっていて
      「麻布の老舗○○」とか
      書いてあって何人か
      並んでいたりする。

      そんなの麻布名物じゃない
      のに…と思うのに。


      つい最近 何かで
      “敬遠する場所”の
      ワースト3に麻布が入っていた。


      ここが故郷の私には
      書かれている内容に誤解と
      偏見が あまりにあって
      悲しくなった。

      やたら お金持ちが多いとか
      書かれている。

      それって他の地域にも
      大金持ちは住んでいる。

      坂が多いのは当たっている。

      率直に言えば大金持ちもいる
      けれど、大金持ちの人が
      引っ越してくるから
      お金持ちが多い街だと
      思われているのだと思う。

      だって地元民は地味だもの。

      地元民は街を愛してるから
      街を汚さない。

      でも 外から来た人達は
      平気で街を汚す。

      たとえば東京の三大夏祭りの
      麻布十番納涼大会にしても
      以前と今では別物。

      もうずっと私は行っていない。

      とても行けるシロモノ
      ではなくなってしまった。

      前は愛犬を抱いて出かけられた。

      地元の店が出店していて、
      顔馴染みの人が露天で
      食べ物を出していたり、
      もっとアットホームだった。

      大使館の人達が それぞれの
      国の料理を出店していて
      とても美味しかった。

      露天の商品も十分見れたし、
      息苦しさもなく
      この納涼大会が終わると
      秋になるんだと
      毎年思っていた。


      もっとも この地域は
      山手線の中にあって
      交通手段が不便で
      バスの本数の多い
      地域だった。

      「陸の孤島」とか
      呼ばれていた時代もある。

      日比谷線が離れたところに
      通っているくらいだった。

      渋谷に出るのにバスで
      45分〜60分。

      新宿に出るのに混んでいると
      1時間半もかかることさえ
      あった。バスでだけれど。

      それが今では
      麻布十番から地下鉄で
      新宿まで乗ってしまうと
      12分という凄い早さ。

      これでは街が変わるはず。

      根っからの地元民は
      街の変化に付いていけない
      でいるのではないかな。

      引っ越している人も
      かなり居るもの。

      大きな高級マンションが
      建って街は さらに
      変化していく。

      きれいに着飾った人達が
      行き交う中を
      私みたいな奴が いつもの
      格好でホタホタと歩いて
      いるわけで…


      前も書いたけれど
      よく「東京の人は冷たい」
      とか言われるけれど、
      それは 純粋な東京人は
      東京に2割居るかどうかで、
      あとは それぞれ違う地域
      から来ている人達で、
      他に故郷を持っている。


      東京に住んでいる人=
      東京人 ではない。


      東京にも方言はあるし、
      風習もある。

      一ローカルでしかない。

      他の地域から来た人が、
      東京に住んでいる他の
      地域から来た東京に
      住んでいる人を見て
      「東京の人は冷たい」
      と言っていることが多い。

      同じことが麻布にも言える。

      大使館が やたらに多い
      という特徴はあるけれど、
      そんなワースト3にされる
      ほど酷い街ではない。

      それこそ偏見である。

      一部の裕福層ばかりを
      見過ぎだとしか思えない。

      違う地域に もっと上品で
      裕福な方達が お住まいの
      場所があることを
      私は知っている。
      幾つもある。

      六本木も今や年齢層が
      下がり、大人の街では
      なくなった。

      今は無いが それを最初に
      感じたのは
      パブカーディナルという店が
      無くなり、パチンコ屋さんが
      出来た時だった。


      前 六本木にピット・インという
      ライヴハウスがあって
      私もライヴをやったことが
      あるが、そこの前に
      アイスクリーム屋さんがあった。


      今思うと、無謀だったと
      反省するけれど
      コーンにアイスを3段に積んで
      もらい食べながら歩いていた。

      六本木の交差点で見事に
      アイスクリームが崩壊し、
      横断歩道を渡っている最中
      人前なのに大泣きした。

      人生で人前で泣いたのは、
      それが今までで最初で
      最後なのだ。

      それ以降、アイスクリームは
      絶対にカップで食べている。


      六本木も東風が無くなり、
      スイートベイジルが出来たと
      思っていたら それも
      つい最近 なくなった。

      私は雪の舞う街を歩きながら
      変わっていない店を見つける
      のが趣味になっている
      ことに気づいた。

      代替わりしていても、
      店が改装されていても
      そこにあってくれると
      ホッとする。

      子どもの頃に食べた味。

      いつまでも残っていて
      欲しい味。

      足りない時 急いで買いに
      走って間に合って助かった
      日常用品店。

      オシャレなブティックなどに
      変わらないで欲しい。

      場所的に派手な人が住んでいる
      場所がある。

      どこから引っ越して来たのか
      わからないけれど超お金持ち。
      感覚が違う。

      きっと私には理解できない
      感覚なのだと思う。

      何が良いとか悪いとかでは
      なく 自分に合うか
      合わないかの問題も
      大きいと思う。

      あとは自分が それを求めるか
      求めないかというのも
      大きいと思う。

      人の価値観は その人の数だけ
      あるわけだから それで良いと
      思う。

      私は 雨風しのげて 最低限の
      犬猫を守れる環境があったら
      最高だと思う。

      こうしている間も
      屋根の無い処で凍えている人達が
      いる。

      些細な事かもしれないけれど、
      私は寒い日は必ず感謝する。

      食べ物を与えてもらえる
      ありがたさ。

      雨風に打たれないで居られる
      ありがたさ。

      犬猫にフードを食べさせて
      あげれる ありがたさ。

      私の暮らしは非常に
      シンプルで削がれたものかも
      しれない。

      必要な物だけあれば あとは
      いらない。


      帰り道は雪が小降りになった。

      スタッフさんに手作りの
      イオン水をたっぷり
      飲ませて脱水させないように
      しなくちゃと思った。

      私の手作りイオン水は
      市販のイオン水より、
      はるかに美味しい。

      浸透圧が体内と同じだから
      吸収も良い上、何も
      添加物も入っていないから
      安心この上無し。

      この季節 風邪をひきやすい
      ので皆様も
      気をつけて下さい。

      2014-03-07 19:54:53投稿者 : Nachiko
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        ちょっとした裏話

        5月24日の私の朗読ライヴについて
        そうる透氏がブログで発表したので、
        私は まだ先だと思っていたけれど
        何故 そこに至ったのかを
        書こうかと思う。

        語ると長くなるので何から
        書いたらいいのか
        わからないが何となく
        伝わればいいかな なんて思う。

        私は ずっと読書癖があった。

        文学と音楽の世界は無限で
        限りなく大きな空間へと
        私を導くものであった。

        ある意味 雑食系だったと思う。

        そんな中でも文学の世界では
        日本でビジュアル化できない
        文字の世界として何人もの作家に
        出逢った。

        これは私の頭の中でビジュアル化
        できなかったという意味だ。

        つまり音にするには難しかった
        ということなのだけれど。

        たとえば なだいなだ、澁澤龍彦
        坂口安吾、中原中也…

        竹久夢二など凄いなぁと
        思いながらも音源化するのに
        悩んだ。

        そんな事を考えて悶々としている
        最中 私は雑誌『遊』というのに
        出逢った。

        当時『ユリイカ』とか買って
        読んでいたので
        面白いと思った。

        『21世紀精神』というのも出て
        いて私は夢中になった。

        そこで松岡正剛という人を知る。


        雑誌『遊』とは
        1971年〜1982年まで創刊
        されていた雑誌で
        松岡正剛が工作舎編集長として
        設立し創刊されたものだ。

        「オブジェマガジン」と称し、
        あらゆるジャンルを融合し
        超越した独自のスタイルは
        日本のアート・思想・メディア
        デザインに多大な衝撃を
        与えたものだ。

        そして松岡正剛とは
        どんな人かというと
        1944年生まれの
        編集者・著述家・
        日本文学研究者であり、
        東大客員教授、帝塚山学院
        大学教授を歴任し
        現在 (株)松岡正剛事務所
        代表取締役、編集工学研究所所長
        ISIS編集学校校長、連志連會理事。

        詳しく知りたい方はWIKIを
        参照にして下さい。


        で、私は この松岡正剛の本に
        書かれていることに フムフムと
        思いながら読んでいった時期がある。


        そこで リンクしていくのが
        何と そこに出てきて
        取り上げられていた作家だった
        のだった。

        なんとなく煮え切らない気分でいた
        私は ずっとずっと
        一つの作品を書くのに
        何年も煮詰まっていた。

        他のは自分的にはOKなのに
        どうしても やってみたいことが
        あった。

        それも自力でやってみたかった。
        全文で挙げた作家達、
        つまりビジュアル化できない
        作家達に関してのおもいが
        口では説明できない塊になって
        ずっとあった。

        世の中的にはアルバムを出して
        いなかったので
        引退したとか休止とか
        思われていたのかもしれないけれど
        よく作品は作っていた。


        ある日 ひょんな事から気づいた
        ことがあった。


        彼らの共通点!


        彼らは お茶の水にある
        アテネ・フランセに通って
        いたのだ!


        私が煮詰まっていたのも
        その1曲をフランス語に
        歌詞をしたかったという理由。

        今考えるとアホみたいなのだが、
        そこから私のアテネ・フランセ
        通いが始まった。

        古い校舎で先生は日本語を
        一切話さなかった。

        いきなり授業は最初から
        訳もわからなくフランス語。
        頭は「?」ばかり。

        先生の動作から察するしか
        なかった。
        順番が回ってきて発音を
        させられる。

        詰め込み式に3時間とか
        一気に授業があって
        かなり厳しいものだった。

        来ている人も フランスに
        行かなければならないとか
        いう人ばかりで、
        半年くらいするとフランスに
        発って行く。

        取り残されていく私。

        モーレツなスピードで
        授業は進む。

        そこでも私の方向音痴は
        健在だった。

        わずかな休憩時間
        (トイレに行くと終わる)
        席を立って、教室に戻ろうと
        したら自分の教室を
        間違えたのも緊張していて
        わからなかった。

        アレ?

        先生が違う…
        自分の席がない…
        友達もいない…

        と気づいた時は遅かった。

        その時 先生に当てられ
        黒板に解答を書かされた。

        やけに難しくて 習ったっけ?

        とか思いながら勘で書いたら
        どーやら合っていたらしかった。

        そのまま その教室で最後まで
        過ごす羽目になった。

        終わってクラスのナンバーを
        見たら自分のクラスより
        上級のクラスだった。
        わからなくて当然。

        私はrとhの発音が下手。
        何年通ったかな。

        クラスの人が ほとんど
        フランスに行ってしまった。

        それと並行して、
        松岡正剛に触れていた私は


        「ぼくの青春時代の終わりに
        最大の影響を与えたのは
        稲垣足穂」というのを知ること
        になる。

        そこまで言われる稲垣足穂って
        どこまで深いのだろうって
        考えてみた。

        今でこそ腐女子とか普通に
        扱われる少年愛とか、
        シュールな描写を書く作家という
        イメージだった。

        中にフランス語が出てくるのは
        やはり気にはなっていたけど。
        改めて松岡正剛の
        『一千一秒物語』を読むと


        「最近は足穂を読まない世代というか
        稲垣足穂の名前すら知らない連中
        ばかりがまわりに多くて、
        いちいち説明するのが面倒に
        なってきた。

        ふん、もう教えてやらないぞ。
        自分で たどれ!

        けれども先だって鎌田東二君が
        主催している東京自由大学という、
        名前は凄いが教室は神田のビルの
        小さな一室というところで、
        足穂について話してくれというので、
        久々に気分に任せて足穂語りを
        してみた。

        “薄板界”に‘AO円筒’という
        イメージを被せて最初に
        話してみたら、何人かの
        足穂好きを除いて目を
        まるくしていた。

        そうなのだ、足穂に目を
        丸くするすること、
        それこそぼくが足穂を
        伝えて皆に そうなって
        欲しかったことだ。
        だから この時の語りは、
        幾分気持ちが良かった。

        良かったのだが、
        やはり足穂の文章を諸君が
        読んでいるかいないかと
        いうことは、ちょっと
        決定的なのだ。

        それは本当に會で在ったことでは
        ないはずなのに、
        なんだかまるで記憶が知覚に
        追いつくというように、
        そのことをとっくに
        知っていたと思えるような
        ことがある。

        知っての通り、ぼくはこれを
        しばしば“未知の記憶”と
        呼んできた。

        この感覚を最初に論じたのは
        ベルグソンであるけれど、
        そのベルグソンの持続と
        エスキースを語った直後、
        足穂は
        こんな説明だけでは
        まだ何も説明したことにならない
        と言って、堤中納言の
        “みかの原わきて流るるいづみ川
        いつみきとてか恋しかるらむ”
        をあげ、さらに六月の都会の
        夕暮れの光景とテニソンの詩を
        引き合いに出して、そこに
        自動車のエグゾーストの
        芳香に青き音楽が交じり、
        ムーヴィーフィルムの切れっ端が
        ひょいひょい踊るのは
        なぜかと問うて、
        こういう感覚は むしろ
        “宇宙的郷愁”とでも
        言わなければ気がすまない
        ことなのではないかと書く。

        これは“美のはかなさ”の
        冒頭に書いてあることで、
        エッセイを五分の一ほど
        読むだけでも、諸君の
        人生は みごとに一変するはず
        なのである。
        (『美のはかなさ』は本書に収録
        されている)

        しかしもうちょっと読みすすむと、
        その“未知の記憶”あるいは
        “宇宙的郷愁”ともいうべき
        ものが、そもそも1900年ちょうど
        のクリスマスが近い12月に
        マックス・プランクが
        量子定数“h”を発表した時から
        突如として六月の都会の夜に
        広まったもので、それは
        “世界線の不連続性”に
        かかわる秘密とともに都会の
        隅々に“薄板界”として
        洩れ出していたことが見えてくる。

        さらにすすむと、
        このクリスマス近くの1900年12月
        某日というのは、実は稲垣足穂が
        大坂船場に生まれた刻限近くの
        ことであって、この世界不連続性
        にまつわる消息とは、
        ここで生まれた足穂少年がその後に
        神戸六甲は摩耶山近くの小学校で
        飛行機に憧れて、麦藁帽子の
        リボンの結び目に竹のプロペラを
        つけて疾走しはじめた夢見心地と
        浅からぬ因縁をもっていたことに、
        しだいに気がついていく。

        やがて足穂少年はこの消息を
        求めてRちゃんやSちゃんと
        お尻遊びをしつつ、
        本当の宇宙より“黒板に描かれた
        白墨宇宙”のほうを、実在の
        芸術よりも それがもたらす
        “髭のついた印象”の方を、
        本物の青いお尻よりも
        “A感覚の幾何学”のほうを、
        まるで天体模型のように
        大切にするのであるが、
        なぜそのようにするべきなのかと
        いうことが、その後の足穂の
        すべての文章の
        存在学にになったのである。

        こうして1923年のマニフェスト
        として『一千一秒物語』が
        残されることになる。

        それは銀紙とボール紙で
        作られた“世界線の不連続性”
        のための模型細工なのである。
        ついでに言っておくけれど、
        この『美のはかなさ』こそ
        ぼくが最初にオスカー・ベッカー
        と出会った記念すべき紙碑であり、
        ぼくが最初にフラジリティの存在学
        に向かう勇気を与えた香ばしい
        手榴弾だった。

        本書新潮文庫版でいうなら、
        288ページから
        “第二部・芸術家の冒険性”が
        始まるのだが、
        その冒頭に
        “fragility”かバヴァリア製の
        脆うい色鉛筆の赤い芯の
        “こぼれ”と
        ともに顔を出す。

        ここは見逃してはいけない。

        とくに足穂がカントの
        “無関心の快楽”を俎上に
        しながら、シェリングや
        ゾルゲルの“壊れやすさ”を
        へて、フロイト、ハイデガー
        の酷使しての
        “無意識の無限性”をフラジリティ
        に託すあたり、この
        “よるべきなきもの”の“よるべ”を
        求める足穂の思索の独壇場を
        味わうべきである。


        さて、『一千一秒物語』である。

        これは足穂が17歳くらいから
        ちょこちょこ綴っていた
        “夜景画の黄色い窓から
        もれるギターを聞いていると、
        時計のネジがとける音がして
        向こうからキネオラマの
        大きな月が昇り出した”
        に始まるハイパーコントと
        いうものでもいうもので、
        さっきも書いたように
        1923年に未来派の玉手箱の
        ように上梓された。

        これを最初に読んだときは、たまげた。
        こんなシャレたものが世の中に
        あること自体が奇跡のように
        思われた。

        まずは次のハイパーコントの
        3つ、4つを読まれたい。」


        と松岡正剛は足穂の作品を
        挙げながら解説を加えていく。

        私にとって松岡正剛は
        大きな存在で理系人間だった
        のに、頭が柔らかくされた
        感覚になった。

        稲垣足穂は ごくごく自然に
        私に入ってきた文章だった。

        私は もっと簡単な用語で、
        自分なりに足穂の素晴らしさを
        今こそ伝えたいと思った。

        たとえば、松岡正剛が
        『一千一秒物語』の冒頭の
        物語として載せている
        作品に出てくる
        「夜景画」という言葉がある。

        これって普段 使うだろうか?
        「夜景を描いた絵」とか
        言わないだろうか?

        足穂の書いている「夜景画」
        とは実は英語にすると
        「ノクターン」の意味なのだ。

        ノクターンは色々な作曲家が
        書いているが、夜の事では
        ない。

        ノクターンの時間帯は
        「明け方」なのだ。

        つまり、社交界のパーティー
        などで夜通し飲んで騒いで
        お開きにして、開場を出て
        空が白々と明けかかっている。

        「ああ、今日の夜も楽しかった。
        でも夜が明けると
        空しいものだ」なんて気持ちを
        表現したのがノクターン。

        つまり「夜を想う曲」
        =夜想曲なのだ。

        ショパン弾きだった私には
        ショパンのノクターンを
        よく弾いていたので
        とても感慨深い。

        そんな微妙で繊細な心を、
        いとも簡単に足穂は
        「夜景画」と冒頭から
        使って超短篇を連発していく
        のだ。

        文学なのに そこに音楽が
        隠されている。

        足穂を哲学的・物理学的な
        視点から語るのでなく
        私は その文字から音を
        感じるのだ。

        行間に音符を感じる。

        そして深い哲学も感じる。

        失われがちな人の感性を
        取り戻すのに足穂は
        とても素晴らしいと思う。

        わざわざ 松岡正剛の文章を
        引用したのは とても丁寧に
        足穂を語っているからだ。

        私は語り繋げていかなければ
        ならない作品とか作家は
        どんどん語られるべきだと
        思っている。

        その一文字一文字に至るまで
        キラキラする足穂の文章と
        微妙な誰もが表現できない
        ような感覚を文字に出来た
        凄さを是非紹介したいと
        思って朗読しようと
        思った。

        そこで、足穂の中に
        チョコっと出てくるフランス語を
        見て私は上達しなかったなぁ〜
        と思い出していた。

        数年前もアテネ・フランセに
        行ったら すっかり授業内容が
        変わっていて驚いた。

        フランス人の先生が日本語を
        話していた!

        相変わらず私は語学が苦手
        でrとhの発音で苦しむこと
        変わりなしなのだった。

        思えば稲垣足穂って
        私にとって たくさんの
        思い出を 含んだ作家でもある。

        2014-03-06 21:37:42投稿者 : Nachiko
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          昨日から降り出した雨。
          東京は雨が降り続くらしい。

          気温が下がっていたら雪になって
          いかたかと思うと
          まだマシだったのかな。

          春に向かう雨なのに
          どこか陰鬱な感じがするのは
          何でかな…

          お天気が悪いと仮設住宅の方達
          の事や 被災されて まだ
          大変な状態の方達の事を
          思い 心のどこかで重くのしかかって
          いる。

          あの震災以来 心から笑えなくなった。
          娯楽に対しても楽しめなくなった。

          楽しい事大好き人間の私が
          年間パスポートまで買って
          通っていたディズニーランドにも
          スッパリ行かなくなった。

          どうしても そんな気分になれなかった。

          小さな気分転換程度を求める
          くらいになっていった。

          そんな私が 雨の日に必ず頭を
          過る曲がある。


          フレデリック・ショパン作曲の
          前奏曲24曲と独立曲2曲の
          計26曲からなる曲集
          (ピアノのための作品)
          から第15番の曲だ。


          「雨だれの前奏曲」
          この第15番変二長調は
          ソステヌート、4分の4拍子。
          とても有名な曲だ。

          前奏曲24曲の中で最も演奏時間が
          長い。弾き手の個人差もあるが
          5分は最低かかる。

          繋留音が異名同音で
          これほどまでに変二長調と
          嬰ハ短調の対比をさせるのは
          この作品だけだと書かれている。

          割と弾くのは難易度は高くない。

          しかし聴くと わかるが
          その独特なメロディアスな
          始まりから雨だれを感じる部分など
          作曲のレベルが半端でないことを
          痛感させられる作品でもある。

          右手と左手が十分感情をこめて
          バラバラに動かせるようで
          ないと弾けない。

          幼い頃 この曲を弾いてる人を
          目の前で見て いつか自分も
          弾けるようになりたいと
          思っていたので雨だれを表現
          する部分や 少し雨が止みかけた
          ような雰囲気の処など、
          一生懸命聴いていた記憶がある。

          今日は何度も「雨だれ前奏曲」
          を聴いていた。


          雨を こんな風に美しく表現できたら
          素晴らしいな。

          雨にも色々な種類がある。

          暖かい雨もあれば冷たい雨もある。
          美しい雨もあれば汚れた雨もある。

          溜め込む雨もあれば
          流してくれる雨もある。

          それを どう 作品で表現するかって
          シチュエーションの設定から、
          世界観の彩度・明度まで
          考えなければならない。
          ありきたりの言葉で十分伝えられる
          事と、不可能な事が出てくる。

          お決まりの音楽理論に
          乗っ取ると かなり つまらない
          曲になるのは周知の事実だが、
          かと言って あまりにはみ出すと
          前衛以上になってしまう。

          よく不協和音の曲を弾くと
          間違えているのか合っているのか
          わからないことがある。

          でも、不協和音って たまに
          入れないと強い緊張感が
          出ないし 面白みがなくなる。

          実は使い方によって美しい音
          にもなる。長く伸ばさないで
          次へ移ればいい。

          自分で最初に創るデモを聴くと
          かなり使っている。
          意識していない処が何ともいえない。

          雨って それ自体が音楽だと思う。

          自然界の音楽…

          それは地を鳴らし
          植物の葉を叩き、建造物を打ち鳴らす。

          水面を風と共に微妙に滑る音を
          かき立て、氷に混じり
          激しく唸る。

          雨は そんな事を考えさせてくれる。

          2014-03-05 19:07:14投稿者 : Nachiko
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            四方山話

            昨日 ブログにポール・コゾフ
            の事を書いてから
            この話は始まる。

            とりとめのない日常の会話
            なのだけれど
            その会話の飛び方が
            面白かったので
            ブログに書くことにした。

            私はコゾフィの事を思い出して
            Freeの動画を見ていた。

            その後 昨年 来日した
            アンディ・フレイザーの
            ソロを観ていた。

            そこに知人が登場する。

            知人「Freeっていえば山内テツ
            がいたっけね。」

            私「そうそう Facesにもいた
            んだもの。凄いなぁ」

            と (ここで山内テツの話で盛り上がる)

            そこから脈絡もなく
            自分のFacebookの話を私
            が始める。

            私「つい最近コンディション・
            グリーンをシェアした人がいて
            思わず私もシェアしちゃった」
            と話した。

            何しろ初めて私が彼らを見た時、
            「ウソ?これでいいの?」と
            思ったからだ。

            3人も人が乗って演奏したり、
            ブーツでビールを飲んだり
            鶏や蛇は出てくるし…

            何しろ 私はThe Whoの
            楽器を壊すのを見ただけで最初
            愕然としたほどなのだから。

            物心ついた時からピアノを
            せっせと毎日磨き 手を洗い、

            ピアノ=楽器=神聖

            みたいなイメージで育ったので
            音楽そのものに対しても
            勝手な概念を持っていた。

            背筋を伸ばしてキチンとして
            お上品に…なんて。

            それがガンガンと楽器を
            壊すThe Whoは私とは
            対局で ある意味では
            絶対に悪いことをしている気が
            した半面、その意味を知ろうと
            したキッカケだった。

            だから、日本でコンディション・
            グリーンみたいなバンドがあるのを
            知った時 その演奏スタイルに
            私は「あらまぁ〜〜!」
            と思って強く印象に残っていた
            のだった。

            沖縄では 相当凄かったらしい。

            メンバーが「人間タワー」を
            作って演奏したのは有名で
            ステージ上で鶏や蛇を殺すなど
            過激なパフォーマンスをやって、
            ベトナム戦争中の米兵達に
            大人気だったバンドだ。

            当時は米兵からリクエストが
            ボンボンきて それに応じて
            演奏していたらしい。

            メンバーは
            川満勝弘(ボーカル)
            エディー(ベース)
            シンキ(ギター)
            ターケ(ドラム)

            第二次メンバー
            (2ndアルバムのメンバー)
            川満勝弘(ボーカル)
            エディー(ベース)
            シンキ(ギター)
            エツ(ドラム)
            宮永英一(チビ、元・紫)

            で、このシンキという
            ギターリストの話から
            何故「シンキ」というのかと
            いうと
            横浜にいた あの有名なギターリスト
            の陳信輝に傾倒していて名前を
            もらったんだよ、
            なんて…

            そこから話が さらに それていく。

            知人「そーいえば、四人囃子の時の
            ワールド・ロックの札幌公演の時
            時間が押しまくって
            ベックは3回しか出なかった。」

            から始まって 東京公演(後楽園球場)で
            アースノイズが乗って
            ベックがアンプを蹴飛ばして帰った
            話など 懐かしそうに話していた。

            そこで またコンディションに
            話が戻る。

            そーいえば コンディションに
            チビがいたことがあるって話から
            紫の話に移行。

            紫の話からディープパープルの
            話になる。

            この話の進行の脈絡のなさ…

            そこからパープルっていったら
            やっぱりトミー・ボーリンの
            あの演奏でしょうって話になった。

            実際 残っている映像を見ても
            いやぁ 武道館で弾いてる
            指が動かない時の演奏はすごい。

            単音で押し切っている。

            雰囲気で押し切るって こういう事
            って感じで実に 信じられない。

            この演奏だけ見れば下手な人か
            ただのジャンキー。

            しかしトミー・ボーリンって
            実は天才なのだと思う。

            何たってパープルに加入する前に
            ビリー・コブハムのアルバムに
            参加しているのだ。

            この「スペクトラム」という
            アルバムは高い評価を得た。

            ここで、このアルバムを
            聴きながら四方山話を
            続けていた。

            もうトミー・ボーリンの話ばかり
            していた。

            ここからナラダ・マイケル・
            ウォルデンの話になり
            そのアルバムを聴く。

            プロデューサーとしての
            ナラダ・マイケル・ウォルデンも
            素晴らしいがプレイもメチャ
            圧倒。

            ベックのツアーで前座として
            参加していた時、ホテルで
            25歳の若さで死去。

            パープルでの映像しか残っていない
            のが残念でしかたない。

            ヤン・ハマーとかディビッド・フォスター
            とか  あのレベルのミュージシャン達とやって
            とにかくバッキングも弾けて
            リードも取れるって あの演奏レベルは
            天才だったとしか思えない。

            ベックが気にかけていたのも
            わかる。

            そんなわけで 今日は まだ
            トミー・ボーリンをひきずっていて
            ライヴを聴いていた。

            何と脈絡のない連想ゲームの
            ような音楽の聴き方をしていた日
            だった。

            何か誤解されているギターリスト
            のような気もするし…

            自業自得といえばそうなんだけど。

            改めて聴くと本当に
            「スペクトラム」って巧いなぁと
            尊敬してしまう。

            プレイしているミュージシャン
            達のレベルの高さに圧倒される。

            私は言霊を信じるので
            トミー・ボーリンが
            「富墓林」とジャケットに
            書いてあったのが気に
            入らなかった。

            日本で一時(今でもかしら)
            キラキラ・ネームみたいな
            おかしな名前を子どもに
            つけるの流行っていたけれど
            名前だけはキチンと
            考えた方が良いと思わされた
            のも この事があって
            そう思ったからだった。

            それでというわけでもないけれど
            ウチは犬猫に至るまで
            名前を真剣に悩んで付けている。

            四方山話から それて つらつらと
            書いて聴いていたCDなどを書いた
            ブログになってしまった。

            2014-03-04 22:14:47投稿者 : Nachiko
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              雛祭り/ポール・コゾフ

              今日は雛祭り。
              ひなあられを食べなくなって
              どのくらい経つのだろう。

              気分は ここのところ好きだった
              音楽を聴きたい感じでいっぱいになる。

              私といえば身近な人は知っているが
              Freeのフリークスである。


              Freeについて書くと
              これまたキリがないヲタクの
              領域に入るので今日は
              触れないようにするが、
              Freeのギターリストだった
              ポール・コゾフは
              物凄く印象的で他に居ない
              ギターリストとして
              私の中で位置づけられている。

              愛称・コゾフィは
              私にとってギルモアほど
              一音聴いて鳥肌が立つ
              存在ではなかった。

              でも あの泣きながらステージで
              ギターを弾く姿と繊細な音は
              誰も真似ができないだろう。

              もしかしたら
              Freeをご存知ない方が
              いらっしゃるかもしれないので
              簡単に説明すると

              1967年にブルースを指向する
              ミュージシャンによって
              結成されたイギリスの
              ロックバンドである。

              1度解散して1972年に
              オリジナルメンバーで再結成
              されたが1973年に解散した。

              メンバーは
              ポール・ロジャース(Vo)
              ポール・コゾフ(G)
              サイモン・カーク(Ds)
              アンディ・フレイザー(B.Key.Vo)
              Free At Last発表まで

              ポール・ロジャース(Lead Vo・G)
              ポール・コゾフ(G)
              山内テツ(B・Percussion)
              ラビット・(ジョン・パトリック)
              (Key・Organ・Vo)
              サイモン・カーク(Ds・Vo)
              テツととラビットはFreeが一度
              解散したときカークとコゾフと
              コゾフ・カーク・テツ・ラビット
              を結成しアルバムも発表している。


              で、コゾフィに話を戻すと、
              何が凄いかというと
              あのエリック・クラプトンも
              「彼のようには弾けない」
              とぼやいたとされる天才さにある。
              わざわざ クラプトンが
              どうやって弾いているのだろうと
              楽屋にまで見に行ったと
              言われている。

              一度聴くと忘れられない。

              ビブラートを効かせた、きわめて
              繊細な、ほとんど人の泣き声に
              近い音色。俗にいう「泣き節」
              感極まってボロボロ涙を流しながら
              演奏したことで有名な人だ。

              Freeの最大のヒット曲
              「All Right Now」間奏の
              ギターソロ・パートの陰影に
              富むビブラート、
              「I'm A Mover、
              Fire and Water」など
              泣き節は たっぷり聴ける。

              Freeの譜面を見れば、
              コゾフィのプレイは本当に
              たいしたことのないテクニック
              の連続という感じなのに、
              ただのチョーキング一つでも、
              どうして あそこまでのプレイが
              出来るのか。

              目に見えない感情に迫るものが
              あるのか 凄いものを感じる。

              コゾフィはバンドが自然消滅
              したような解散をしたあと、
              Freeに関わったメンバー
              全員の参加を得てソロ・アルバム
              『BACK STREET CRAWLER』
              発表後、新メンバーを集め
              アルバム名と同名のバンドを
              始動させた。

              しかしコゾフィはドラッグに
              溺れていった。

              原因はメンバーの
              アンディー・フレイザーと
              ポール・ロジャースの
              仲間内の葛藤を見ていられ
              なかったとか言われている。

              アンディ・フレイザーは
              何度も彼を立ち直らせようと
              した形跡がある。

              しかしドラッグで蝕まれた
              体は元に戻らず、
              演奏旅行中に飛行機の中で
              1976年に心臓発作で
              この世を去ってしまう。

              あまりに若い享年26歳。

              コゾフィは実は早弾きだった
              ことがデビュー作
              「TONG OF SOBS」で
              垣間みれる。

              コゾフィといえばハモンド
              オルガンとセットで使用される
              レズリースピーカー(真空管アンプ
              内蔵)の活用といわれているが、
              これは波打つ揺れ感を出すのに
              必須だったのだろう。

              色々なアプローチも試みている。
              大きな8ビートにギターを
              乗せたり、16ビートのファンキー
              なリズムに耳がいく。

              想いを馳せれば色々あるが、
              私は集められるだけFreeの
              作品を全部集めてみて、
              デモ音源や未完のものなどを
              含めて聴いても、
              他のどんな名作を聴いても
              コゾフィが召された時
              メンバーがコゾフィに
              捧げた楽曲が一番好きだ。

              普通に流れている音源ではなく
              BOXに特別に入っている方の
              別テイクの音源の方が
              ポール・ロジャースの歌い方も
              全く違い感動も大きく違う。

              何ともいえないメロディーを
              切々と歌い上げていく。

              私は この歌を自分の
              お葬式にかけてもらいたいと
              思っている。

              今日のブログの最後に
              その楽曲の和訳の歌詞を
              載せておく。

              この曲を聴くと何故か
              ボロボロと泣けてくる。


              LOVE YOU SO

              そして、あなたが行く前に通って
              私が言いたい
              私はあなたが大好き
              それは良い形の
              別れなら私は泣かない
              多分私はすべきであると
              私はあなたが大好き
              ああ、今年もあっという間に過ぎ
              去ってしまった
              私達は、彼女がないない涙と
              思い
              何故  今日…
              そして全てのこの時間は
              私が感じてきた
              愛は罪ではない
              愛は本物だ


              ああ!私はあなたを愛している
              そして私は…
              私はとても あなたを愛してる ooh
              あなたは遠く離れているときに
              私を覚えて
              私はあなたを覚えているだろう
              私が できるだけ 留まって
              そして、あなたが行く前に通って
              私は言いたい
              私はあなたが大好き
              そして 全ての この時間は
              私が感じてきた
              愛は罪ではないと
              愛は本物だ
              多分私はすべきであると
              私はあなたを愛してる ooh
              私はあなたを愛してる ああ
              私はあなたを愛してる
              私はあなたを愛してる
              私はあなたを愛してる
              私はあなたを…ベイビー

              もっと言葉で言うことができる
              私は あなたが留まることは
              できないと知っている
              私はとにかく あなたを愛してる
              ベイビー 私はあなたを愛している
              私はあなたを愛している
              私はあなたを愛している
              私はあなたを愛している
              私はあなたを愛している
              私はあなたを愛している
              私はあなたを…ベイビー…
              私は言うようになった
              とにかく私は
              あなたを愛している ベイビー…
              (原文ならカッコ良い詞なのですが)


              2014-03-03 19:16:26投稿者 : Nachiko
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                雨音を聴きながら

                今日は東京は雪の予報が雨。
                それも かなり降っている。
                気温が下がっていたら大雪になって
                いたに違いない。

                何となく本棚をあさっていたら、
                手書きの「アクエリアス」の
                譜面が出て来た。

                いつ書いたのか覚えていないので
                かなり以前のものだと思う。

                「アクエリアス」は
                あの有名な『Hair』の中に入っている
                あの曲だ。

                『Hair』といえば主に1960年代後半
                〜1970年代初頭にかけて上演された
                ミュージカル。

                脚本/作詞はジェームス・ラドと
                ジェローム・ラグニの二人。

                音楽はガルト・マクダーモット。
                ブロードウェイにロックを
                持ち込んだ最初のミュージカル
                であることから、
                ロック・ミュージカルの元祖などと
                呼ばれている。

                1979年に映画『Hair』が公開された。

                監督はミロス・フォアマン、
                プロデューサーはレスター・パースキー
                とマイケル・バトラー、脚本は
                マイケル・ウェラー、音楽は
                ガルト・マクダーモット。

                クロード役はジョン・サヴェージ
                バーガー役はトリート・ウィリアムズ
                シーラ役はビヴァリー・ダンジェロ。

                私は例によって親に隠れて映画を
                観に行ったわけだけれど、
                映画のストーリーは その時代を
                背景にしていてムーブメントを
                感じ それなりに楽しめたが、
                何と言っても楽曲の完成度の
                高さに面食らった。

                ストーリーは…舞台がベトナム
                戦争中のアメリカ。

                多くの若者が戦場に召集されて
                いくのだ。田舎の青年、
                クロードも その1人で入隊前の
                わずかな時間を楽しむために、
                ニューヨークに立ち寄る。

                そこでバーガーをはじめとする
                長髪のヒッピーグループと
                出会い、彼らの反社会的
                (詳しく書くと このブログは
                違反用語が含まれますと出て
                更新できないのです)
                な生き方に呆れながらも
                親交を深めていく。

                彼らは戦争なんかに行くなと
                説得する。


                内容的には こんな感じだが
                今「ヒッピー」と言っても
                あまり実感はないと思う。

                精神世界とか東洋哲学に
                興味を持ち、今までの価値観
                からの精神の解放を求め
                物質文明を嫌って、自由を
                愛し、薬物によってトリップ
                して、「愛と平和」
                (Love and Peace)を訴える
                (ベトナム戦争のような侵略
                戦争に反対する)、ほとんど
                世捨て人のような若者達が
                コミューンを作って暮らしていた。

                そして、彼らは男でも長髪に
                していた。
                彼らは独特のファッションを
                していた。

                真似している人も多かった。

                私は外見だけ真似して
                何を考えているのだろうと
                思って見ていたものだった。

                だって ヒッピーって もっと
                実は深刻な社会現象だったと
                捉えていたからだ。

                彼らが長髪にしていたのは大きな
                理由がある。テーマになるほど
                「Hair」なのだから意味は深い。

                ベトナム戦争遂行のため徴兵制が
                行なわれていて、徴兵に取られて
                軍隊に入ると髪を短く切ること
                になる。

                そこで、男でも髪を伸ばすことに
                よって戦争に反対し、愛と平和
                を求めるという意思表示をした。

                この世捨て人的暮らしも、
                徴兵を拒否するため。

                私としては どうしても
                薬物トリップと反戦と
                結びつくのが今いち
                理解できなかった。

                だって、どうして そういう薬物が
                存在するかを考えれば
                もう その時点で反戦を訴えて
                いながらワナにハマっている事に
                気づかないのかな?
                と単純に思ってしまうから。

                素晴らしい面と不可解な面を
                持つ作品だった。

                でも その存在は大きく
                最大の祭典「ウッドストック」
                へといくわけだから、
                これは歴史的な事だと思う。

                『Hair』について語って
                いちいち楽曲の説明をしたら
                また とても長くなってしまうので
                手書きにしていた譜面の
                「アクエリアス」について書くと
                メロディが実に素晴らしい。

                歌詞は今でいうスピの世界。
                でも 実は違う。

                (後に説明)

                しかもヴォーカルも抜群。
                こんなのアリ?って思った。

                歌詞は最初聴いた時、何て
                神秘的なんだろうと思った。
                まさか占星術だとは思わなかった。


                和訳すると



                月が第7宮にあり
                木星が火星と整列するとき
                平和が惑星たちを導き
                愛が星々の進路を定める

                これこそアクエリアス時代
                の夜明け
                アクエリアスの時代
                アクエリアス!
                アクエリアス!

                調和や理解
                思いやりや信頼が満ちあふれ
                虚偽と愚弄は消える
                金色の生々しい夢が描く未来像
                神秘的なまでに澄み切った啓示
                精神の真の解放
                アクエリアス!
                アクエリアス!

                月が第7宮にあり
                木星と火星と整列するとき
                平和が惑星たちを導き
                愛が星々の進路を定める
                これこそ
                アクエリアス時代の夜明け
                アクエリアスの時代
                アクエリアス!
                アクエリアス!
                アクエリアス!
                アクエリアス!

                陽の光を
                太陽の輝きを差し込ませよう
                陽の光を入れて
                太陽の輝きを
                陽の光を入れよう
                太陽の光が指してくる



                これって、歌詞だけ読むと
                何だか よくわからないの
                だけれど実は なかなかの物。

                古くは哲学者プラトン、
                新しくは心理学者の
                カール・ユングなども
                唱えている占星学の考え方
                なのである。

                心理学者ユングの言葉より

                「地球は自転する時に
                首振り運動(歳差運動)を
                起こしている。

                いわゆるコマの首振りのような
                歳差運動をしている。
                そのため毎年の春分の日の
                太陽の方角にある星座は、
                約2万5860年の周期で、12の
                星座を一周することになる。

                そして、各時代の文明の特徴が、
                その時代に太陽の方角にある
                星座の特徴と一致しているという
                考え方が長らく唱えられてきた。

                『現代占星術教科書』を著わし、
                現代占星術を大いに普及させた
                マーガレット・ホーンなどに
                よると、次のように各時代の
                星座と文明の特徴を対応させる
                ことができるとしている。


                【牡牛座の時代】

                Taurus紀元前4000〜前
                2000年頃
                ■エジプト・メソポタミア・インダス
                黄河の発祥の時代
                牡牛座は不動の大地の星座。
                したがって、エジプトのピラミッド
                バビロニアの城壁都市・堅固な
                大建造物が造られた。

                ギリシア:クレタ文明(紀元前3000
                〜前ー400年頃)
                エーゲ海のクレタ島で栄えた
                クレタ文明では牛が神聖視されていた。

                インド:インダス文明(紀元前2500
                〜前1800年頃)
                インダス川流域を中心に展開した
                インダス文明では牛を護符に
                かたどるなどして神聖視していた。

                バビロニア:メソポタミア文明
                (紀元前3000〜前2000年頃)
                現代の星座区分のもとになった
                バビロニアでは、春分点のあった
                牡牛座が極めて重視された。
                この時のユダヤの牛崇拝は、
                バビロニアに由来している。


                【牡羊座の時代】

                Aries紀元前2000〜紀元
                元年頃

                ■エジプト古王国時代
                (紀元前2780年〜前
                2280年)
                古代エジプトの首都メンフィス
                では、その守護神プタハの
                聖牛アピスが崇拝された。

                ■英雄・強力な指導者の時代
                牡羊座は火の星座であることから、
                征服といった意味が出てくる。
                この時代の王国は領地を大きく
                拡大した。
                ギリシアからペルシアまで
                征服したアレクサンドロ大王、
                中国全土を統一した秦・漢王朝
                などがその典型例。
                仏陀釈迦牟尼・ソクラテス・
                孔子・モーセといった精神的
                指導者も この時代に登場。

                ■エジプト・新王国
                (紀元前1600年〜1100年)
                古王国時代には牛崇拝だった
                エジプトも、新王国時代に
                入ると、牡羊崇拝が始まる。

                ■ユダヤ教(紀元前2000年頃)
                ユダヤ教を崇拝するイスラエルの
                民はアブラハム。
                モーセは神から授かった十戒が
                刻まれた石板を持ってシナイ山
                から下ってきたが、エジプトから
                モーセに従ってきたユダヤの民は
                前時代/異教徒の象徴である
                「黄金の子牛」を拝む祝祭を
                行なっていた。
                怒ったモーセは子牛の像を
                破壊した。


                【魚座の時代】

                Pisces紀元元年〜2000年頃
                ■古代ペルシア
                紀元前3年頃ペルシア起源の契約・
                友愛の神ミトラを崇拝する
                「ミトラ教」が広まった。
                ミトラ教は羊飼いの姿で描かれる。
                そして、前時代の象徴である
                牛と戦うモチーフが描かれている。

                ■犠牲と愛、二極分化
                ギリシャ神話では、怪物デュポーン
                から逃げるため魚に姿を変えた愛の
                女神アフロディーテーとその息子で
                性愛の神エーロースを示す。
                2匹の魚は尾のところでつながれて
                いるが、それぞれの向いている
                方向は別々である。
                このことから、魚座は、犠牲と愛欲
                、二極分化を表している。

                ■原始キリスト教
                「イエス・キリスト、神の子、
                救済者」という意味のギリシャ語
                の頭文字を並べると
                「イクテュス」となり、
                これは「魚」という単語になる。
                そのため古代キリスト教会では
                イエスを魚で象徴させている。


                こう並べると 何か なるほどと思って
                しまう事もないのだが、
                では「アクエリアス」の何が
                そんなに私に「へぇ〜」って
                その時思わせて、今日も
                なるほどね…と感じるかと言うと
                また地球は魚座の時代だったのが
                水瓶座の時代に入る・入ったと
                されていること。


                『黄道12星座』の起点である春分点
                (春分の日に太陽が来る位置)は
                西洋占星術が体系的に整った紀元前
                2世紀の頃には黄道上の実際の
                『牡羊座』の初めの方にあったのが
                歳差現象といって23度半傾いている
                地軸が約2万6千年に1回の割合で
                コマの用に首振り運動をしている
                ため、春分点が毎年西に極めて
                わずかながら移動。

                そのためこれまで約2千数百年
                『魚座』にあった春分点は
                今後約2100年に渡り
                『水瓶座』に入るため、占星学
                では『水瓶座の時代』と呼んでいる。

                『占星学の見方』ルル・ラブア
                によると
                水瓶座の時代(アクエリアス)
                が大きな注目を集める理由は、
                それが“黄金時代”だとも言われ、
                素晴らしい時代になるだろうと
                予測されているからだ。

                この時代には地上の全ての悪が
                一掃され、世界に平和と
                人類愛が蘇ってくる時代である
                ということである。

                またこの時代には、今までの
                一切の思想や観念や宗教、
                国籍や人権の差異に影響
                されない、水晶のような
                清浄な魂と透明な精神をもった
                人類ーー水晶人種が出現する
                と言われている。

                “水瓶座”の特質が示すのは
                「権威主義(縦社会)への
                反抗と革新」「自由な発想と
                個性重視」「発明と科学・
                友情と連帯(フラットな
                関係重視)」など。

                瀬尾泰範 『来るべき
                アクエリアスの時代』より

                調べると諸説あってよく
                わからない。

                魚座の時代と水瓶座の時代が
                ダブル時期もあるという事も
                書いてあったり。
                どうも2001年から占星学では
                魚座の時代から水瓶座の時代に
                入ったとされていたが、
                実際は2016年からだと
                西洋占星学では詳しく書いてある。


                「人のつながりを信じ、平等な
                考え方の人に時代が味方をする。」

                水瓶座には「自由博愛の精神、
                友情」とか そういった事ばかり
                出てくる。


                『Hair』は すぐサントラを購入し、
                CDになった時も即買った。

                残念ながら原曲のミュージカルのを
                聴いていない。

                映画のサントラはアレンジもかなり
                洗練されてしまったという。

                それでも とても日本語にできない
                歌詞の歌をはじめ なかなか凄い。

                冒頭の「アクエリアス」で
                ガツンとやられてしまったかと
                思うと そうでもなく、
                どどんと次から次と出てくる。


                ちなみに「アクエリアス」は
                邦題は「輝く星」
                アクエリアス/レット・ザ・サンシャイン
                ・インとして紹介されている。

                1969年にアメリカ5人組の
                R&Bヴォーカル・グループ
                「フィフス・ディメンション」は
                全米ビルボード1位で記録世界的
                な大ヒットとなり1970年
                グラミー賞最優秀レコード賞も
                受賞している。

                この曲は「アクエリアス」と
                「レット・ザ・サンシャイン・
                イン」の2曲が順に歌われる
                構成になっている。

                1994年にはトム・ハンクス
                主演のアメリカ映画
                『フォレスト・ガンプ』の
                オリジナル・サウンドトラック
                でも使用された。

                『Hair』も何度もミュージカルは
                再演されている。

                私は このベトナム戦争というと
                ここから戦った兵士が その後遺症で
                PTSDという苦しみを受けて
                その用語が有名になったのを
                思い出す。

                「アクエリアス」に込めた想いは
                本当に平和を願う気持ちだった
                のだと思う。

                プラトン年がどーのとか、占星学
                がどうしたとかではなく、
                アクエリアスが持っている言われ
                みたいな物の実現を祈った
                のだと思う。

                あの神秘的なメロディー展開も
                ポップなのに軽くないイメージも
                とても不思議だ。

                ヴォーカルとコーラスの巧さ
                は勿論だけれど 必然があって
                あのようなインパクトのある
                作品が生まれたのだと思う。

                誰もが平和を願う。

                このカオス・ワールドを
                一掃するために今があるのか…

                アクエリアスの世界が叶うなら
                一日も早く現実になって欲しいと
                痛感する。

                ただの星占いの歌ではない。
                平和を心から願う歌なのだ。

                2014-03-02 22:55:17投稿者 : Nachiko
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                  駅前で…

                  今日の東京は曇り?
                  雨が降りそうなので傘を持って
                  出かけた。
                  苦手 苦手と言いながら乗る
                  地下鉄や電車やバス。

                  車で行けば楽とはいえ、
                  電車の方が早い場合も多い。

                  相変わらずの方向音痴人間は
                  早めに家を出るのが習慣でもある。

                  常に迷うことを想定している。

                  これは自分でも偉いと自負したいが、
                  早めに出ても迷ってジャストに
                  到着するという皮肉な事が
                  多々あるのが悔しい。

                  今日も 早めに出た。

                  地下鉄からバスに乗り継いで
                  駅前に降りた。

                  すると人がワサワサと
                  集まって何かを見ていた。

                  自分が方向音痴であることなど
                  すっかり忘れて野次馬根性
                  丸出しで人垣をかき分けて、
                  前に出て行った。

                  すると少し高い台の上に
                  人が1人いてタキシードを着て、
                  全く動かないでいた。

                  左右にいる人達が
                  「何だアレ?」と
                  盛んに言っているのがわかった。

                  私も この台に立っている人は
                  何をしているのだろうと
                  思って見ていた。

                  暫くすると動いた。

                  ああ…この動きと思ったら
                  後ろから
                  「パントマイムだ!」という
                  声がした。

                  「へぇー、パントマイムねぇ」
                  ざわめきが起こった。

                  いかにも基本的な よくあるパターン
                  の パントマイムの動きが始まった。

                  動いている最中 ズボンがストンと
                  脱げた。

                  これ 私には わからない感覚。

                  笑いを取るためにズボンを
                  脱ぐのだろうか?

                  それを見たら我に返って
                  見ている場合じゃないと
                  思いはじめた。

                  目的地に向かいながら、
                  先程のパントマイムの事を
                  思い出して、ふと
                  ローリー・アンダーソンの
                  ことを思い浮かべた。

                  彼女は元ヴェルベット・
                  アンダーグランドの
                  ルー・リードの奥様だった
                  ので そちらの方が有名かな。


                  1998年に結婚している。

                  ローリー・アンダーソンは
                  1947年年シカゴに生まれ、
                  幼い頃からクラシックの
                  バイオリンを学び、一時は
                  シカゴ・ユース・シンフォニー
                  ・オーケストラのメンバーも
                  務めたこともあるそうだ。

                  その後、1966年になって
                  ニューヨークに移住。
                  本格的に美術史と彫刻を学び
                  学士号を取得。

                  何と 数年間 美術教師をやって
                  いたらしい。

                  1972年頃から、現代音楽に属して
                  パフォーマンス活動を始めた。

                  1981年の1st アルバム
                  『Big Science』に収録された
                  「O Superman」で全英チャート
                  2位となる大ヒットを出して
                  一躍有名になった。

                  現代音楽というと、ジョン・ケイジ
                  とかフィリップ・グラスとか
                  イメージするけれど
                  全く違う。

                  来日した時 私は嬉々として
                  そのパフォーマンスを観に行った。

                  とてもアーティスティックだけれど
                  エンターテーメント性の高い
                  難解な感じがしない楽しい
                  あきさせない時間を
                  音楽とパフォーマンスで
                  素晴らしい空間に変えていた。

                  とにかくステージに仕込まれた
                  様々な仕掛けとパフォーマンスで
                  時間が過ぎるのを忘れさせて
                  しまうのだ。

                  今でもハッキリ覚えている。

                  ステージの後ろに巨大な
                  スクリーンがあった。

                  そのスクリーンとライヴが
                  シンクロするっていうか、
                  何か不思議な世界を見せられ
                  ている感じになっていくのだ。

                  印象的なのはローリーの
                  着ている服に袖や胸、足
                  などに、ドラム・マシンの
                  パッド部分がバラバラに
                  仕掛けてあって、
                  ダンスをするとリズムに
                  なっていくとか
                  ステージの上から電話の
                  受話器だけが降りてきて、
                  これをマイク代わりに
                  使ったり。

                  中でも面白かったのは
                  大きな大きなレンズを持って
                  超ビッグサイズの顔で
                  歌ってみせても本人は
                  すました顔をしていたり…

                  口の中にマイクを仕込み、
                  頭蓋骨をコツコツ叩いて
                  みたり、
                  ネクタイに仕掛けられた
                  鍵盤で曲を演奏したり…

                  まだまだ色々あった。

                  歌といってもメロディーが
                  はっきりあるわけでも
                  なかった。

                  演奏している人達が また
                  興味深い。ピーター・
                  ガブリエルが好きな人は
                  たまらないのではないかな。

                  エイドリアン・ブリュー
                  デヴィッド・ヴァン・ティーゲム
                  ローマ・バラン
                  ウィリアム・バロウズ…

                  昨年10月27日に他界した
                  ルー・リードとの思い出を
                  『ローリング・ストーン』誌に
                  綴っているのを読むと何とも
                  ローリーらしい言葉で語られている。

                  「死とは愛を解き放つためにある」

                  と言い切っている。

                  持っていた傘を使っても
                  濡れながら 今日の天気は
                  春に向かいには あまりにも
                  どんよりしてるなぁ〜と思った。

                  ありがたかったのは、
                  帰り道 迷子にならず 電車も
                  間違えず真っすぐ家に帰れた事だ。

                  ローリーとルーって、
                  一体どんな夫婦だったのだろうと
                  よく想像していた。

                  ローリーが“ソウルメイト”という
                  言葉を使っているから最高だった
                  のだろうと思う。

                  ソウルメイト…出逢っていますか?

                  2014-03-01 23:12:24投稿者 : Nachiko
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                    凹みのラプソディー

                    毎日 思いつくまま つらつらと
                    書いているこのブログ。
                    今日は ある事がキッカケで
                    とんでもない事実が発覚した。

                    よって かなり凹んでいる。
                    凹んでいるのは当事者の私だけ
                    らしいのが よけいに腹立たしい。

                    事は 私がiPhone4から5に
                    替えた時に遡る。

                    だから はっきり日付も覚えていない。
                    ただiPhone4が壊れてしまい、
                    データーを5に移したところまでは
                    平和だった。

                    電話帳に けっこうな数の登録が
                    あったので、
                    使いやすい電話帳のアプリを
                    探してダウンロードした。

                    最初ダウンロードしたものの
                    使い方が よくわからなくて
                    頻繁に連絡を取る人から
                    入れていくことにした。

                    この段階では せっかく
                    ダウンロードしたのだから
                    意地でも使おうと思い、
                    仕方なく手入力するという
                    面倒な事をやった。

                    すぐ使い方がわかったので
                    あとは楽にグループわけなど
                    出来て快適だった。

                    私は元の移したデーターを
                    見ないで こちらのアプリの
                    電話帳を使用してきた。

                    ごくごく平和に過ごしてきた。


                    つもり……


                    ところが もろくも その平和が
                    今日 崩れた。

                    ウチのあたりには色々な人が
                    いるらしく たまに深夜に
                    買い物に出ると
                    TVで見たことのある
                    某イラストレーターが徘徊して
                    いたり(あきらかに煮詰まっている
                    様子)して、内心 密かに
                    笑って見ていたりしていた。

                    そういう私も作業が はかどらないと
                    煮詰まるので暖かい季節は
                    近くの公園にブラブラと
                    出かけてボーっと空を見て
                    いたり、
                    用もないのにコンビニに行ったり
                    していた。

                    特に煮詰まった時は近い知人に
                    (確実に起きている)電話をする
                    のだが、夜は留守電なので、
                    留守電なのを知っていて
                    そこに色々 残すのだ。

                    自分的には今まで社会に
                    迷惑をかけないように
                    生きてきたつもりだった。

                    その近しい知人の留守電に
                    残すのは 大抵酷く煮詰まって
                    いる時なので正直言って
                    ろくな事は言っていない。


                    時には ただの奇声。

                    時にはウチのワンコの
                    用を足してる実況中継。

                    何語か わからないデタラメ語。

                    挙げたらキリがない。

                    おそらくシラフの人間が
                    言っているとは思われない
                    と自分でも思う。

                    とにかく恥ずかしと思われる
                    事ばかり並べてストレス解消。

                    留守電に 雄叫んで、
                    「よっしゃー!」と
                    また譜面を書き始めたこと
                    幾度となくあり…

                    その回数たるや数知れず。

                    でも、相手も私だと知っている
                    から何も言わないと
                    信じていた。


                    それが今日 その近しい知人の
                    電話番号をキチンと照らし
                    合わせる機会があった。

                    何と電話番号の末尾のナンバー
                    が違っていたのだ。

                    ええ?

                    私は 何処の誰の電話の留守電に
                    あんなに変な伝言を
                    残してしまったのだろうと
                    恥ずかしいやら、落ち込むやら…


                    その知人は私から電話が無いので
                    おかしいと思っていたという。

                    日常の電話をLINEを使っていた
                    ので、LINEに留守電機能が
                    無いために 普通の携帯ナンバー
                    にかけていたわけなのだけど…


                    ああ、知らない人に
                    多大な ご迷惑をおかけしました。

                    すみません。


                    知人はゲラゲラ笑いながら、
                    「相変わらず面白い」と
                    私のことを笑い飛ばすばかり。

                    そういう問題ではないって。

                    知らない人から いきなり
                    留守電に深夜や明け方に

                    「ギャイン!」

                    とか
                    ワンコの下ネタを延々実況放送
                    されたら たまらなかったと
                    思うのだけど…

                    何を留守電に残したかを
                    思い出すと恥ずかしくなる。

                    今度は正しい電話番号だから
                    大丈夫だと言われたけれど、
                    そういう問題じゃないと思うわけで…

                    かなり引きずって まだ
                    恥ずかしい。

                    足をバタバタさせて顔から
                    火が出る思いをしている。

                    最初にアプリの使い方が
                    わからなくて手入力した時に
                    電話番号の末尾を間違えたのが
                    始まりかと思うと、
                    アプリを使わず移したデーター
                    をそのまま使えば
                    こんな恥ずかしい思いはしなくて
                    済んだはず。

                    ああ…何とも表現できない恥ずかしさ。

                    「やってしまった事は忘れて
                    過去は振り返えらず前を見て」
                    と知人は言いながら、
                    肩がブルブルして笑いを
                    こらえての励ましになっていた。

                    「どうしよう、どうしよう」
                    とオロオロしている私に
                    知人は
                    「今に始まった事じゃないでしょ」
                    と軽く言う。

                    ちっとも慰めになっていない。

                    思えば学生時代……

                    担任が授業中 私を指して
                    名前を呼んだだけで
                    何故か皆がドっと笑ったことが
                    よくあった。

                    何か やらかしていたのだろうか。

                    こちらは名前を知らなくても、
                    相手が名前を知っていることも
                    多かった。

                    でも皆 笑顔でニコニコして
                    くれていたから何とも
                    思っていなかったけれど、
                    こうなると気になってくる。

                    うううーーーーーーーっ。


                    これは煮詰まりの対処法が
                    間違っているのではないだろうか?

                    調べると出て来ること
                    物凄い件数。

                    ありふれた物から精神療法まで。
                    中には暴力的な物まである。

                    色々見ていったら 中に
                    良いものを見つけた。

                    コレ良いかも。

                    『叫びの壷』なる商品。

                    管楽器の消音機能を壷の中に
                    忠実に再現しているのが
                    カラクリだそうだ。

                    気兼ねなく大声で発散するのに
                    お勧めとあった。

                    確かに、大声で深夜奇声を
                    上げたくなったら良いかも
                    しれない。

                    でもワンコ関係の実況放送は
                    大声でなくても出来る。

                    う〜〜〜ん。

                    人に迷惑をかけないで生活する
                    のって大変だなぁと
                    痛感する。

                    その点 ワンコはいい。
                    思い切り「ワン!ワン!」
                    と吠えていても誰も変だと
                    思われない。

                    後悔後に立たず。


                    あの留守電にも私 いきなり
                    「ワン!ワン!」と入れていた。
                    はぁ〜。溜め息。

                    2014-02-28 20:47:47投稿者 : Nachiko
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                      作品『どろろ』への視点

                      今日は お天気が悪いですね。
                      こんな日は体調を崩しやすい
                      ので是非 皆様
                      お気をつけ下さいませ。

                      さて、今日も作業の合間に
                      ブログを。

                      すっかり つらつらと半ば
                      思いつくままに思考の
                      日記と化している
                      このブログ。

                      その日に食べた物の写真と
                      行動をちょこっと書いて
                      UPすれば楽なのだろうが
                      そう出来ないのが性分で
                      つい長くなってしまう。

                      自分と向き合うという事や
                      自己認識という観点、環境
                      人間という生き物を
                      考えながら作業をしていたら、
                      昨晩 手塚治虫の漫画『どろろ』
                      を思い出していた。

                      手塚治虫ファンなら誰もが知る
                      『どろろ』だが
                      私なりに強烈な物を作品から
                      受け取った。

                      それは どこまでいっても
                      私なりの解釈でしかない
                      かもしれないが、
                      壮絶なまでに手塚作品からの
                      大きなメッセージとして
                      心に残っている。


                      漫画『どろろ』は1967年より
                      『週刊少年サンデー』(小学館)
                      で連載が始まるが、暗く、陰惨
                      な内容が読者に受け入れられず、
                      1968年に打ち切りとなった。

                      テレビアニメ化に伴い1969年
                      に『冒険王』(秋田書店)で
                      掲載誌を替えて連載再開され
                      一応の完結をみるが、
                      こちらもストーリーとしては
                      中途までとなり、きちんと
                      した完結に至らなかった。

                      ストーリーは
                      体の48箇所を魔物に奪われた
                      百鬼丸が、魔物退治の旅を
                      続けるというもの。

                      戦国武将に仕える醍醐景光は、
                      天下を取るという野望を
                      叶えるために、生まれて来る
                      我が子の体を、48匹の魔物に
                      与えてしまう。

                      そうして生まれた子どもは、
                      体の48箇所の部分が足りず、
                      川に流されてしまう。

                      時は流れ、戦の世を旅する
                      少年・百鬼丸。
                      彼は、魔物に体を奪われた
                      赤ん坊の、成長した姿だった。

                      百鬼丸は、体を奪った妖怪を
                      1匹倒すごとに、失った体の
                      部分を1箇所取り戻すことが
                      できる。

                      百鬼丸は どろろという名の
                      ドロボウ少年と知り合い、
                      一緒に旅をするようになる。

                      しかし、どろろと百鬼丸の
                      行くところ、妖怪や死霊が、
                      次々と襲いかかってくる。
                      (未完)


                      この物語だけを読むと、
                      どろろという みなしごの
                      キャラクターが際立っている。

                      どんな事があっても くじけない。
                      自分の前に立ちはだかるものに
                      悪態をつく口の悪さ。
                      かわいくて、どこか憎めない。

                      百鬼丸を追いかけながら、
                      まとわりつく どろろに
                      私まで ハラハラさせられる。
                      時々大きな声で叫ぶ声に
                      感動させられ、勇気さえもらう。

                      百鬼丸と正反対なのに
                      二人の行動は もの悲しい
                      雰囲気の中で どこかに光を
                      感じ、殺伐とした世界で
                      しっかりと生き抜いている。

                      百鬼丸の影をもつニヒルな
                      キャラクターと天真爛漫な
                      どろろのキャラクターが
                      異彩を放っている。

                      読んでいくと最初は百鬼丸が
                      自分の体を取り戻すために
                      妖怪と戦っているので、
                      妖怪が敵という図式なのだが
                      それが徐々に変わってくる。

                      百鬼丸によって妖怪を倒して
                      もらい村人達から感謝されて
                      いたのに、その特異な体質
                      のため感謝どころか助けた
                      上に妖怪扱いされる結果に
                      なっていくのだ。

                      妖怪を倒すことによって
                      人間に近づいていく百鬼丸
                      は、その事に何とも言えない
                      気分にさせられていく。

                      容姿の醜い妖怪や魔物は敵
                      として人間に恐れられて
                      嫌われるが、権力のために
                      我が子の体を妖怪に捧げた
                      のは人間、戦で人を殺すのも
                      人間、戦を繰り返し生まれる
                      貧困も人間のせい。

                      妖怪より人間の言動や心が
                      一番タチ悪くて醜いもの
                      なのではないかと思わされる。


                      2007年1月27日に東宝配給で
                      妻夫木聡主演で映画化されている。

                      『どろろ』は色々な人にリメイク
                      されているが そうそうたる
                      人達にリメークされている。

                      漫画のストーリーだけ追えば
                      それなりの戦国時代の
                      妖怪退治のエンターテイメント
                      かもしれない。

                      しかし…深いのだ。

                      まず自分の欲のため我が子を
                      犠牲にして魔物に捧げる親の
                      存在。

                      これは言葉を変えれば虐待にも
                      通じる。

                      自分さえ良ければ何を犠牲に
                      しても良いという神経だ。
                      十分に現代でもある話だ。


                      一昔前「自分探し」とか
                      流行った時があった。
                      自分で自分を探すとか、
                      自分を見つめ直すというのが
                      流行った。

                      その前は「アダルドチルドレン」
                      何でも「アダルドチルドレン」
                      と、そのせいにする人で溢れた。


                      『どろろ』の世界は あまりにも
                      今の規制では差別的・禁止用語
                      が多く再現できないだろう。

                      でも いかに「平凡」とか
                      「当たり前」が特別に素晴らしい
                      ことかを描いている。

                      「普通」ということは なかなか
                      困難で大変な事・恵まれている
                      ことだと手塚治虫は知っていた
                      のだと拝察する。

                      48という数字が何を示しているか
                      は、わからないが、
                      「普通の人間」になるために
                      百鬼丸は戦わなければならない。

                      本物の目を手に入れるためにも
                      命がけで戦う。


                      私の好きなゲシュタルトの
                      考えでいくと
                      百鬼丸はゲシュタルト完成の
                      ために戦っていると思える。

                      「旅」というのも百鬼丸には
                      ずっと付いてまわるのだが、
                      「旅」を「旅行」と考えれば
                      それは帰る家があるからこそ、
                      「旅」に出ることが出来る
                      のであって帰る家がなければ
                      ただの放浪でしかない。


                      私は そんな放浪を美化する
                      こともなく 鋭い感性をもって
                      何作も書き綴っているヘッセ
                      から「永遠の輝ける流浪」
                      というイメージを受けて
                      痛く感動したものだが、
                      家もなく彷徨い歩くことを
                      放浪とせず、旅とし
                      自分を「普通の人間」
                      として取り戻すために
                      戦いながら先へ先へと
                      進む百鬼丸は人が見落とし
                      ている事を指摘している。

                      ごく簡単に百鬼丸の行動を
                      自分を取り戻すという観点
                      から見ても一例だが、
                      ゲシュタルト療法の
                      基本原則と並べると
                      非常に良く理解できる。


                      ・今に生きる。
                      過去や未来を生きるのではなく、
                      今を生きる。

                      ・ここに生きる
                      他の人や他の出来事に意識を
                      向けるのではなく、目の前の
                      事に集中する

                      ・想像するのをやめ、現実的に
                      物事をとらえる。

                      ・必要ない事を考えるより、今を
                      感じることを選ぶ

                      ・判断するより、今を表現する

                      ・不愉快さや苦痛も、快楽と
                      同じように受け入れる

                      ・自分以外の人から発せられる
                      「やるべき」や「しなければ
                      ならないという考え」を
                      受け入れない。

                      ・自分の行動や思考や決断に、
                      責任を持つ

                      ・今のまま、ありのままの自分
                      でいることに身を委ねる。
                      これが基本原則だが百鬼丸は
                      否応無しに そうせざる負えない
                      ように持っていかれて、
                      「今」を受け入れ、
                      「ありのまま」を生き、
                      「現実」に生きて行く。


                      その対価が本物の自分なのだ。

                      漫画では未完として有名だが、
                      私自身の感想として
                      人間は そうして自分を持つ
                      ために絶えず戦い流されず、
                      延々と生きていくものだから
                      ストーリーを完結させる
                      ことなど 実は どうでも
                      良かったのではないかと
                      思えるのだ。

                      いつも感じているが、
                      どこを見ても私達は
                      情報や何かしらの影響で
                      感化され本来の自分を
                      見失いがちである。

                      そんな中で意固地にならず、
                      全てを受け止めて興味があれば
                      それを追っても自分の中に
                      一旦取り込み消化して、
                      自分なりの血肉として
                      自分らしさを保つというのは
                      ある種の魔物との戦いを
                      感じる。

                      独自性とかオリジナリティー
                      というものが どういう
                      過程で生まれているのか。

                      最近 聞いた話で、
                      過去の人真似でも
                      あまり知られていない物が
                      あると「これは私のオリジナル」
                      と言ったもの勝ちの傾向が
                      あるという。

                      ビックリしたが、言われて
                      みれば あらゆる音楽の
                      美味しい所だけ少し抜いて
                      継ぎはぎして くっつけて
                      一つの作品としても通るわけ
                      だから、その元を作った
                      人達は どんな思いでいるのか
                      とか考えることがある。

                      しかし どんな時でも
                      自分が流されず 時には
                      取り戻さなければならなく
                      なった時も含めて、
                      『どろろ』からのメッセージは
                      強烈だと言える。
                      今日は そんな事を考えた日だった。

                      2014-02-27 17:35:48投稿者 : Nachiko
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                        奥様は魔女

                        2日間続けてTHE WHOについて
                        書いて来た。
                        ここで誤解を避けたいので
                        あえて書くが私が影響を受けたと
                        言うのではなく通って来た中で
                        印象に残ったバンドとして書いている。

                        私は3歳の頃にはピアノを始めて
                        いて毎日ピアノばかり弾いていたので
                        誰かに影響される前に6歳で
                        インストの曲を創っていたし、
                        自分の感じた事を音にする事が
                        楽しかった。

                        あとは元来の凝り性で気に入った
                        作家が居れば全集を揃えたり、
                        訳者を替えて揃えたり、
                        印象に残るバンドに出会えば
                        とことん聴くという…

                        ある意味 THE WHOは私にとって
                        対局の世界でありながら、
                        「See me,Feel me,Touch me」
                        というメッセージだけ私に強く
                        インパクトを与え それは
                        人の心が持つ共通の訴えだと思い
                        どの文学作品にも言えてると
                        感じて印象に残った次第でもある。

                        恵まれていたり王道を歩いてきた
                        人間は感じないかもしれないが、
                        初めてキース・ムーンを知った時
                        2年間で23回も仕事を変わる
                        ような人間がドラマーに転身した
                        途端に あの過酷なスケジュールを
                        こなし終始ドラマーとして人生
                        を全うしたことを考えると
                        人間は どんな人も必ず、
                        何か賜物を一つ与えられ
                        この世に生まれてきて
                        それに気づかず悩んでいるだけ
                        なのではないか?
                        と思わされる。

                        王道を歩けている人は たまたま
                        自分の賜物に早くに出会えた
                        人なのではないか?と思える。

                        私は好奇心旺盛なので色々な
                        物に興味を持つ。

                        感化されたり影響される事は
                        まずなくて、大抵 糧として
                        自分で消化して自分のフィルター
                        を通すので全く違うものに
                        なってしまう。

                        それが良い事なのか
                        悪い事なのか わからない。

                        たまに[難解な世界」だとか
                        言われても意に関せずで、
                        今まで来たので大衆に迎合する事
                        なく生きてきてしまった。

                        ただ「自己満足の世界」と言われる
                        のは嫌なのでクオリティだけは
                        追求してきたつもりだ。

                        そんな私が1枚アルバムを創るのに
                        100曲位曲を用意して臨むのだが、
                        正確には今のペースだと
                        せいぜい数十曲だろうと思っている。

                        なんて事をしながら毎日
                        ブログを書いていると、
                        つらつらと頭を過ったことを
                        書いてしまう。

                        今日は私の好きなTVドラマの一つ
                        頭のリフレッシュに良かったのを
                        書こうと思う。


                        古いアメリカのTVドラマ「奥様は魔女」
                        だ。

                        このシリーズのDVDはウチの方では
                        未だに人気があって、
                        借りに行くと次のが無かったりする。

                        何も考えず、ほのぼのとした気分に
                        なれるのが魅力なのかもしれない。

                        もし ご存知ない方がいるかも
                        しれないので簡単に書くと
                        広告代理店に勤めるダーリン・
                        スティーブンスが結婚した相手、
                        サマンサは魔女だった。

                        彼女の結婚に反対する母親の
                        エンドラをはじめとする彼女の
                        親戚たちも現れ、スティーブンス
                        家に次々と珍騒動が巻き起こる
                        というものだ。

                        もともとのアメリカでの
                        オンエアが1964年からで、
                        米国でのヒットを受けて日本でも
                        2年遅れて66年から吹き替え版で
                        放映されたということなので
                        何回再放送されたのかと
                        思うと、その人気の高さが
                        想像つく。

                        家の中のひろびろとした居間や
                        庭、電気掃除機や電気冷蔵庫は
                        普及していても、自動皿洗い機
                        など日本では当時普及して
                        いなかったし、「奥様は魔女」
                        の中には一歩進んだ生活風景
                        があった。

                        しかも、ここに出てくる食卓も
                        ダーリンの上司「ラリー」が
                        来訪する度、またはサマンサ
                        夫婦が「ラリー夫婦」に
                        お呼ばれする度出てくる
                        洋食ディナーに、
                        きれいに飾りつけられた食卓、
                        ロウソクがともされ、真ん中に
                        ドーンと大きな肉料理とか
                        鳥の丸焼きとか豪華で
                        デザートも個人の家で こんなの
                        作るの?と思うようなものばかり。

                        パターンとしてダーリンとの
                        約束でサマンサは魔法を
                        使わないことになっているけれど、
                        結局はシロフォンの擬音と
                        共に唇を動かして瞬時に
                        色々な物が出てきたり、片付けが
                        出来たり、異空間に行ったりと
                        展開していく。

                        サマンサの母親のエンドラは
                        人間のダーリンを嫌って名前を
                        わざと間違って呼ぶけれど
                        娘かわいさにイタズラをしても
                        最終的には助けてしまうという
                        のもパターン化している。

                        魔法の力が衰えてきたクララ
                        おばさんの登場で、
                        予期せぬものが出てきたり、
                        サマンサの娘の幼いタバサが
                        まだ魔法を使ってはいけない
                        事もわからずセーブできず、
                        絵本から登場人物を出したり
                        メルヘンチックな事を
                        やるのもパターン化している。

                        1話完結編の形式で必ず
                        ダーリンを激怒させる進行
                        になっている。

                        そして必ず最後はダーリンと
                        サマンサの熱々のシーンで
                        終わるというオチが
                        わかっているのに観て
                        しまうのは水戸黄門に
                        通じるものがあるのかも
                        しれないと思う。

                        「奥様は魔女」で感じるのは
                        そこに生活感があることだ。

                        近隣の干渉があったり、
                        姑根性があったりしても
                        しっかり家族愛がある。

                        部下と上司の関係があって
                        夫婦間の葛藤があって、
                        親戚間との問題もある。

                        同じ魔法使い物でも
                        「ハリー・ポッター」
                        と大きく違うのは
                        人間を嫌いバカにしながらも
                        「ハリー・ポッター」は
                        人間を「マグル」と呼んで
                        本当に殺したりしている。

                        そんな登場人物が出てくるが、
                        「奥様は魔女」は嫌っていながら
                        人間を助けてしまう場面が多い。

                        殺伐とした現代 このドラマの
                        世界は実に平和で夢がある。

                        よくよく見ていると悪い人が
                        登場しないのだ。
                        善意のおせっかいや 意地悪は
                        あっても決定打にならない。

                        せっせと全巻借りて観たけど、
                        あの不自然に入る笑い声(観客)
                        を除けば気分転換に良いかなぁ
                        と思ったのだった。

                        そういえば
                        「ザ・ルーシー・ショー」
                        を全部観てみたいなぁと
                        今思ってしまった。

                        このドラマ やたら観客の
                        笑い声が入っていたと思う。

                        この名残りって今のTVでも
                        あるけれど気にし出すと耳に
                        つく。

                        さて、今夜も引き続き作業は
                        続くので頑張ろう!

                        2014-02-26 19:11:24投稿者 : Nachiko
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                          THE WHO 2

                          またTHE WHOの事について
                          続きを書くが、適当に連載して
                          別の事を書いては又THE WHO
                          に戻ることをお許し願いたい。
                          しばし お付き合いを。

                          ピートのインド思想への傾倒を
                          読んで興味を持ってからすぐに
                          知ったのは、ピートの
                          幼少期に持っていた酷い
                          鼻へのコンプレックスだった。

                          自分の鼻が大きいと気にして、
                          「人生で一番デカい問題みたい
                          な気がしたぜ、このクソデカ鼻
                          がさ。親父が酔っぱらって帰って
                          来ると必ず言いやがるんだ。
                          “なぁ、お前、顔だけがすべて
                          じゃないんだからな”
                          それがために俺はあらゆることを
                          やってきた。
                          ギターを弾くようになったのも…
                          おそらくはこの鼻のせいだろうよ」
                          というインタビューを読んだ。

                          段々に興味を持っていくと、
                          他のメンバーの事も知りたくなった。

                          ヴォーカルのロジャー・ダルトリーは、
                          メタル・シートを作る工場で見習い
                          職工として働いていた。

                          とにかくドン底生活から這い上がる
                          ために始めたのがロックンロール。
                          それだけが自分らしくなるたった
                          一つの道だったと語っている。

                          ベースのジョンは、
                          普通の学校を出ると、それから
                          先は美術学校か音楽学校へ進むか
                          考えていた。どちらにも進まず、
                          税理士学校の事務所に入った。

                          2年くらいいたけど1週間に
                          5.6晩はバンドでプレイ。
                          13歳位の頃、ピートとは学校に
                          行っていたが時々、デキシーの
                          バンドでプレイしていた。
                          ある日、ロジャーに誘われて
                          ロジャーのバンドに入った。

                          ドラムのキースは、
                          17歳の頃、初めて手にした仕事は、
                          政府が出資しているエレクトロニクス
                          の会社で経営の見習い。

                          初めの2年間で23回仕事を変わる。
                          本人曰く。
                          「俺は就職の面接じゃいつも
                          ずば抜けていたからな。
                          知識といい人格といい、
                          だいたいどこへ行っても、
                          こいつは重役候補の人材だと
                          言われてきたんだぜ」


                          はじめの2年間で23回も仕事を
                          変わるとは さすがキース・ムーン。
                          私はキース・ムーン(愛称ムーニー)
                          が とても好きだ。

                          好みが分かれるところだが
                          その手数の多さと あの俊敏な
                          動きと計算してるのかしていない
                          のか わからないドラミングに
                          ある種の天性の物を感じる。
                          もしTHE WHOにムーニーが
                          いなかったら これほどインパクト
                          のあるバンドとして残ったかと
                          言えば疑問に感じる。

                          その強烈な個性は愛してやまない
                          格別な特別な物を感じている。
                          ピートが語っていくムーニーの
                          実像のインタビューを
                          読んで行ったり、ドキュメント
                          映画を見ると たまらなくなる。
                          では ここでロジャーが生まれて
                          1960年代のTHE WHOは
                          どんな足取りを通っていた
                          のだろうか。
                          出来事をまとめてみる。


                          1944年3月
                          ロジャー・ダルトリー、ハマースミス
                          に生まれる。

                          10月
                          ジョン・エントウィッスル
                          チズウィックに生まれる

                          1945年5月
                          ピート・タウンゼント
                          チズウィッスルに生まれる

                          1947年8月
                          キース・ムーン
                          ウェンブリーに生まれる

                          1948年9月
                          ケニー・ジョーンズ
                          イースト・ロンドンのステップニー
                          に生まれる

                          1962年
                          学校を退学になったロジャーが
                          ディトワーズを結成。
                          板金工として働きながら、セミプロ
                          活動を始める。まもなく税務署で
                          働いていたジョンがバンドに参加。
                          ジョンの参加でアートスクール在学中
                          のピートも加入する。

                          1963年12月
                          ローリング・ストーンズの前座を
                          ディトワーズが務める。この日、
                          キース・リチャーズがギターを
                          弾きながら腕を上げるジェスチャー
                          を見て、ピートがトレードマークに
                          なったウィンドミル奏法を生み出した
                          と言われる。

                          1964年2月
                          ディトワーズからザ・フーに改名して
                          初めてのギグを行なう。なお、命名者
                          は友人のリチャード・バーンズ。

                          5月
                          オールドフィールド・ホテルのギグに
                          突然やってきたキースが、その日の
                          セッション・ドラマーより
                          「俺の方がうまいぜ」と名乗り出る。
                          その夜「ロードランナー」1曲を
                          演奏し、そのままバンドに加入する。

                          7月
                          マネージャーのピーター・ミーデンの
                          指示で、ハイ・ナンバーズと改名し、
                          デビュー・シングル「アイム・ザ・
                          フェイス」/「ズート・スーツ」
                          をリリース

                          有能なバンドを探して映画を撮る
                          ことを夢見ていたキット・ランバート
                          が、レイルウェイ・ホテルでザ・フー
                          を初めて見た歴史的な日。

                          キットは「かつて聴いたことのない
                          ほど音が大きく、悪魔のような
                          振る舞いのバンドと出会った」
                          とこの日を振り返った。

                          8月
                          キットに誘われたクリス・スタンプが、
                          トレード・ユニオン・ホールでの
                          ギグを見に来た。
                          この秋、二人はピーター・ミーデンを
                          追い出し、彼らのマネージャーに
                          収まった。

                          10月
                          この日を最後に、再びバンド名を
                          ザ・フーに戻す。

                          1965年1月
                          ザ・フーのデビュー・シングル
                          「アイ・キャント・エクスプレイン」
                          リリース

                          5月
                          セカンド・シングル
                          「エニウェイ・エニハウ・エニウェア」
                          リリース

                          6月
                          初の海外プロモーションでパリに行く。

                          8月
                          リッチモンドで開かれた第5回ナショナル・
                          ジャズ&ブルース・フェスティバル
                          (後のレディング・フェス)に初登場。
                          この日演奏された「シャウト・アンド・
                          ジミー」は『キッズ・アー・オールライト』
                          のビデオで見ることができる。

                          9月
                          26日までオランダとデンマークへ初の
                          海外ツアーに出かける。

                          11月
                          サード・シングル
                          「マイ・ジェネレーション」リリース。
                          チャート2位のヒットとなる。
                          この日から15日までフランス公演。

                          12月
                          ファースト・アルバム
                          「マイ・ジェネレーション」が
                          ブランズウィック・レーベル
                          からリリース。
                          キースが病気になり、この日から
                          5回のギグをプリティ・シングスの
                          ヴィヴ・プリンスが代役を務めた。

                          1966年2月
                          ザ・フーがヘッドラインを務める
                          初めてのツアーがスタート。
                          共演はスクリミーン・ロード・
                          サッチ&サヴェージズ、マージーズ、
                          フォーチューンズ、グラハム・ボンド・
                          オーガニゼイション。

                          3月
                          4枚目のシングル「恋のピンチヒッター」
                          をリアクション・レーベルからリリース。
                          ところが、B面曲「サークルズ」を
                          プロデュースしたシェル・タルミーと
                          ブランズウィック・レコードはこの
                          曲は許可なく使われたと提訴。
                          フー側はこのシングルを回収し、
                          急遽B面を「ワルツ・フォー・ア・ピッグ」
                          に差し替えて11日に再リリースする
                          羽目になった。
                          なお、「ワルツ・ファー・ア・ピッグ」
                          はザ・フー・オーケストラとの
                          名義になっていたが、実際の演奏は
                          グラハム・ボンド・オーガニゼイション
                          が務めた。

                          6月
                          この日から1週間のスウェーデン・
                          デンマーク公演に出かける。

                          7月
                          第6回ナショナル・ジャズ&ブルース
                          ・フェスに、トリとして出演。

                          8月
                          移籍トラブル後初のニュー・シングル
                          「アイム・ア・ボーイ」をリリース。
                          キット・ランバートの初のプロデュース
                          作品。英チャートの2位まで上がる。

                          10月
                          11月7日まで4度目の海外ツアー。
                          デンマーク、スウェーデン、ドイツ
                          を回る。

                          12月
                          6枚目のシングル「ハッピー・ジャック」
                          セカンド・アルバム「ア・クイック・ワン」
                          をリリース

                          1967年1月
                          ブライアン・エプスタイン主催のコンサート
                          (セイヴィル・シアター)で
                          ジミ・ヘンドリックスと共演。
                          世界で最もエキサイティングな二つの
                          バンドの演奏は後々まで語り草となる。

                          3月
                          DJのマレイ・ザ・Kがプロデュースする
                          ショー(ミュージック・イン・ザ・
                          フィフス・ディメンション)に出演
                          するため初めてアメリカへ渡る。

                          4月2日までの9日間、NYで公演。
                          セットリストは「ハッピー・ジャック」
                          「恋のピンチヒッター」
                          「マイ・ジェネレーション」のみ。

                          なお、この9日間だけで22本の
                          マイク、5本のギター、4つの
                          スピーカー・キャビネット、
                          16個のドラム・キットをだめにした。
                          12日間のドイツ公演に出発。
                          サポートはマーク・ボランのいた
                          ジョンズ・チルドレン。

                          7枚目のシングル「リリーのおもかげ」
                          を新しく設立したトラック・レコード
                          からリリース

                          5月20日までフィンランド、ノルウェー、
                          スウェーデン、デンマークを回る
                          スカンジナビア・ツアー。

                          6月
                          再びアメリカに渡り、16〜17日の
                          両日フィルモア・ウエスト公演。
                          モンタレー・ポップ・フェスティヴァルに
                          出演。この日の演奏は記録映画に収められ、
                          世界中で公開された。

                          7月
                          この年3回目の渡米。58日間の本格的
                          アメリカ・ツアーを行なう。

                          9月
                          アメリカ・ツアーの最後にロスに
                          立ち寄り、CBSテレビの
                          『スマザーズ・ブララーズ・コメディアン・
                          ショウ』に出演。
                          この模様は『キッズ・ア・オールライト』
                          のオープニングの映像として有名。

                          10月
                          8枚目のニュー・シングル
                          「恋のマジック・アイ」リリース。

                          12月
                          サード・アルバム『セル・アウト』リリース。

                          1968年1月
                          この日から31日まで、スモール・フェイセズ
                          とともに初のオセアニア・ツアーを行なう。

                          2月
                          この年1回目のアメリカ・ツアーがスタート。
                          4月7日まで。
                          ツアーに合わせ、アメリカで
                          「コール・ミー・ライトニング」を
                          シングル・リリース。
                          イギリスのバンドとして初めて、
                          フィルモア・イーストマン
                          (後のポール・マッカートニー夫人)が
                          撮影しており、後に出版された写真集の
                          中で見ることができる。
                          9枚目のニュー・シングル「ドッグス」を
                          イギリスで発売。

                          6月
                          この年2回目のアメリカ・ツアー。
                          8月29日まで。
                          このツアー中に「マジック・バス」を
                          アメリカで先行リリース。
                          B面は「サムワンズ・カミング」

                          9月
                          10枚目のシングル「マジック・バス」
                          をイギリスでリリース。
                          B面は「ジキルとハイド」
                          ロンドンのIBCスタジオで
                          ロック・オペラ『トミー』の最初の
                          セッションを行なう。

                          10月
                          初のコンビネーション・アルバム
                          『ダイレクト・ヒッツ』をイギリス
                          及びヨーロッパでリリース。
                          なお、アメリカでは
                          『マジック・バス・ザ・フー・オン・
                          ツアー』を9月にリリース済み。

                          12月
                          ローリング・ストーンズのテレビ企画
                          『ロックンロール・サーカス』に出演。
                          四半世紀もビデオ化されなかったのは
                          「ストーンズがフーの演奏を
                          妬んだのでは?」と噂が立つほど、
                          この日のザ・フーは誰もが認めるほど
                          素晴らしい演奏を行なった。

                          1969年3月
                          11枚目のシングル「ピンボールの魔術師」
                          をリリース。

                          イギリスでは「リリーのおもかげ」以来
                          2年ぶりにチャート4位に入るヒット
                          となった。なおB面の「ドッグス・
                          パート2」の作者はキース・ムーンと
                          タウザー(ジョンの愛犬)と
                          クレジットされた。

                          4月
                          この日、ボルトンでのインスティチュート・
                          テクノロジー公演で『トミー』が
                          初めて演奏された。

                          5月
                          セントラル・ロンドンのロニー・スコッツ・
                          クラブにマスコミ関係者を集めて
                          『トミー』のライヴが披露された。
                          『トミー』を引っ掲げたアメリカ・ツアー
                          がスタート。

                          フィルモア・イースト公演中に隣のビルで
                          火災が発生。
                          無理矢理演奏を中断させよいとステージに
                          上がってきた人をピートが蹴飛ばして
                          しまい、罰金を払う羽目に。
                          ロック・オペラ『トミー』がリリース。
                          イギリスではチャートの2位まで上がり、
                          アメリカでは47週にわたってチャートイン
                          し続けた。

                          8月
                          いったんロンドンに帰ってきたザ・フーは
                          第9回ナショナル・ブルース・
                          フェスティヴァルに3回目の出演。
                          『ウッドストック・ミュージック
                          &アート・フェア』に出演。
                          40万人を集めた奇跡のイベントは
                          映画となって翌年公開される。
                          多くの人がライヴ・バンド、
                          ザ・フーの素晴らしさを知る
                          きっかけとなった。

                          『ワイト島フェスティヴァル』に出演。
                          翌年の同フェスティヴァルのライヴは
                          ビデオ化されているが、この日の
                          ライヴ映像も存在する。
                          フーにしては珍しい昼間のライヴなので、
                          ぜひともビデオ化して欲しいものである。

                          10月
                          この年2回目の「トミー・アメリカ・ツアー」
                          がボストンからスタート。

                          11月
                          NYの戦争記念オーデトリアムで行なわれた
                          公演をもってアメリカ・ツアーを終了。
                          いったんイギリスに戻るが、翌70年も
                          世界のロック・ファンはザ・フーと
                          『トミー』を待っていた、
                          ………………………

                          ロジャーが生まれてフーというバンドが
                          出来て 1960年代の彼らの出来事を
                          並べてみたが、めまぐるしい活躍ぶりに
                          驚く。

                          これだけ動いていて、いつピートは
                          ババに会いに行ったのだろう?
                          とか どうやって「トミー」みたいな
                          大作を創れたのだろうとか
                          思ってしまう。

                          年表を書いていると、この出来事は
                          あそこで見たシーンのことだとか、
                          あの曲のことだとか色々思い浮かべて
                          書いている本人は楽しい。

                          ザ・フーに関して まだまだ知識の
                          浅い私だが コアな方達は沢山
                          おられると思うので私が語るのは
                          僭越な気もする。
                          あくまでも私にとってのフーとは…
                          である。

                          ロバート・プラントと二大
                          金髪カーリーヘアーの美しい
                          ヴォーカリストだったと
                          ロジャーのことを思っている。

                          これから まだまだ語りたいので
                          キリがないので この辺にしておこう。
                          あまりにも 伝説とか様々な
                          武勇伝みたいな 嘘みたいな
                          イヤ 傍には迷惑だったろうな話が
                          沢山あるバンドだ。

                          しかし……
                          たまらない。
                          愛してやまないバンドなのである。

                          2014-02-25 19:25:02投稿者 : Nachiko
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                            THE WHO 1

                            ご心配おかけしました。
                            1日寝たらスッキリしました。
                            どうやら寝不足と疲労だった
                            ようです。

                            寝食忘れての作品創り。
                            反省です。

                            今年は さらにフルアルバム
                            制作を控えているので
                            もっと考えて創作時間を
                            行動する努力をします。

                            で、今日からタラタラと
                            あまり日本ではビートルズみたく
                            人気と知名度のないThe Who
                            について書いていきたいと
                            思います。

                            おそらく日本で発売されている
                            The Whoの本は全て持って
                            いると思います。

                            他にも全て持っているバンドの
                            本はマニアとしてありますが、
                            まずミュージシャンとして
                            The Whoは ほとんどの
                            人が通るバンドだと
                            思うので あえて私は
                            長々と取り上げてみたいと
                            思いました。

                            何故 The Whoなのか?
                            特別メロディアスでもなく、
                            日本では親しみに欠ける
                            バンドでもあるのに…

                            長い連載になるので
                            蔵書の中から一番まとまって
                            いる『THE WHO FILE』
                            発行所 シンコー・ミュージック
                            発行人 草野夏矢
                            を参照に進めていきます。

                            一つの事だけでも本が一冊
                            出ているので、洋書など
                            含めるとThe Whoを語るのは
                            大変な作業になるので
                            私の思いなど交えながら
                            書いていきたいと思います。
                            ………………………

                            私がThe Whoと出会った時、
                            まさにピート・タウンゼントが
                            インドにドップリ浸かっている
                            最中だった。

                            普通の人は音楽というと
                            サウンドから入ると思う。

                            本ばかり読んでいた私は
                            文学少女でピートのインド哲学
                            みたいな考えに とても興味を
                            持った。

                            どんな思想・思考・価値観を
                            持っているのだろう?

                            背景は何なのだろう?

                            決して大衆に媚びない姿勢と
                            社会を反映した描写に
                            暴力的な感じさえした。

                            しかし不思議なくらい「静」
                            の空気も含まれており、
                            サウンドに触れた時 その
                            矛盾に頭を傾げた。

                            1960年代中期以降、多くの
                            ロック・スターは“救い”を
                            宗教に求めた。

                            たとえばビートルズに
                            ビーチ・ボーイズ、ドノヴァン
                            らが一時期マハリシ=マヘン・ヨギ
                            なるインドの導師(グル)に
                            心奪われ、またジョージ・ハリソン
                            がヒンズー教の流れを汲む
                            新興宗教団体“ハレ・クリシュナ”
                            をしたり、といったのは良く
                            知られるところだ。

                            ロバート・フリップも一時
                            白魔術に入れ込んでいたし、
                            グラハム・ボンドやジミー・ペイジ
                            らは黒魔術に並々ならぬ関心を
                            寄せていたし、あのローリング・
                            ストーンズだってヴードゥー教に
                            入れ込もうとしていた時期も
                            あった。

                            さて、私が興味を持った
                            ピート・タウンゼントは
                            どうだったかというと
                            彼も、また、己を絶えず苛まして
                            きたコンプレックス(実像に
                            して妄想)と、スターとしての
                            名声(妄想にして実像)の
                            狭間で“救い”と“癒し”を
                            求めた一人であった。
                            彼が選んだのはメヘルー・バーバーなる
                            インドの伝説的なグルである。

                            修行のため30年以上にもわたって
                            一言も言葉を発さなかったという
                            エピソードを持つ廊所を訪れた
                            時の体験を72年に興奮交じりに
                            ピートは こう語っている。

                            「キリスト教は今、傾きかかって
                            いる。ババの墓を見た時、すっかり
                            我を忘れて、自分が細かい砂の
                            一粒になったような気分になった。

                            それは、ほんの2.3秒しか続かなかった
                            が、素晴らしい体験だった。

                            どうしても、もう一度
                            あの感激と完璧に澄み切った
                            境地に浸ってみたい。

                            自分の信仰心をこういう具合に
                            発表することが、薬よりも
                            毒になるんじゃないかと
                            俺は常々恐れている。

                            だが、ババは何よりも思想が
                            地に足がついてる。

                            マハリシのような戯れとは違う。
                            俺は説教らしいことはできない。
                            ババに従うことが誰にとっても
                            いいことかどうかもわからない。

                            みんなそれぞれ自分の体で
                            発見しなければならないんじゃ
                            ないかな。」


                            そうピートが語るババとは
                            どんな人物だったのだろう。

                            記述は調べても極めて日本語
                            サイトでは少ない。


                            名前は
                            メヘル・ババ

                            1894年2月25日〜1969年1月31日
                            誕生名メルワン・シェリア・イラニー
                            インドのパールシーの出身で、インドの
                            神秘家であり、1954年に今世代の
                            アヴァーターラと公衆に宣言した
                            霊的指導者である。

                            インドのマハラシュトラ州プネー市
                            (旧称プーナ)で生まれ、マハーラー
                            シュトラ州のメヘラザードで肉体を
                            離れたという。


                            「私は知識を伝えるために来たのでは
                            ない。
                            あなたたちの目を覚ますために来た」


                            生涯

                            1894年 生まれて特別強い神秘的な
                            兆候を見せることなく普通の子どもと
                            して成長。

                            19歳の時、イスラム教の聖女
                            ハザート・バーバージャンと束の間の
                            接触により、7年に及ぶ霊的変質の
                            プロセスが始まった。

                            その後、ハザート・バーバージャン含む
                            “5人の完璧な指導者”と彼等が呼ぶ、
                            他の4人の霊的指導者とも接触した。公
                            な活動を始める前に、そのうち1人の
                            指導者ウパシュ二・マハーラージと
                            7年間過ごした。

                            メヘル・バーバーという名前は、
                            ペルシャ語で“あわれみ深い父”
                            を意味し、最初の信者によって
                            名付けられた。

                            イスラム教出身の聖者であり
                            悟りを得ていたとされる
                            シルディ・バーバーも、
                            “5人の完璧な指導者”のうちの
                            1人である。

                            1925年7月10日から没するまで
                            メヘル・バーバーは沈黙を続け、
                            アルファベット板を指差す方法か、
                            独自の手を使ったジェスチャーで
                            意思の疎通を取った。

                            彼のマンダリ(彼の弟子達)と共に
                            長い間、自ら隔離された生活を
                            続ける中、度々断食を行なった。

                            また、様々な場所を旅し、集会を
                            開き、ハンセン病の患者や貧者
                            そして精神を患った人々の為に
                            慈善活動を行なった。

                            1931年メヘル・バーバーはその
                            後何度も訪れる事になる西洋を
                            初めて訪れた。
                            そこで、多くの人々が彼の信者に
                            なった。

                            1940年代のほとんどは、マスト
                            と呼ばれる、霊的な分野で向上心
                            のある人々と共に活動した。

                            彼らは、本質的なスピリチュアル
                            体験により魅了された人々と、
                            メヘル・バーバーは説明している。

                            1949年頭、選ばれたマンダリと
                            共に匿名でインドを旅した。
                            この事を彼は“新しい生活”と呼んだ。

                            1954年2月10日メヘル・バーバー
                            は彼自身がアヴァターラ(神の化身)
                            と宣言した。

                            2回の自動車事故での負傷により、
                            歩行が非常に困難になる。
                            その2回の事故は1952年
                            アメリカで、1956年インドで遭った。

                            1962年、西洋の信者達をインドに
                            招き、“イースト・ウェスト・ギャザリング”
                            という大規模なダルシャンを行なった。

                            幻覚剤や、その他の幻覚を起こす薬物
                            について、本物の恩恵を伝える事は
                            出来ないと1966年にバーバーは言明
                            した。

                            健康状態の悪化にも関わらず、
                            彼は断食と陰った生活をはじめとした
                            “ユニバーサル・ワーク”を
                            1969年1月31日に死去するまで
                            続けた。

                            インドのメヘラバッドにある彼の
                            サマディー(聖廊)は国際的な
                            巡礼地となった。
                            ………………

                            私が、物凄く共鳴するのは 
                            この部分である。


                            幻覚剤や、その他の幻覚を起こす
                            薬物について、本物の恩恵を
                            伝える事は出来ないと言明した。


                            これを言明する人に影響された
                            ピート・タウンゼントは私にとって
                            物凄く共鳴出来るものがあった。

                            私といえば、食生活で
                            自分のPhを調節したり、睡眠や
                            断食で見えない世界から何かを
                            感じる力や集中力を高めようと
                            したり、また瞑想や内観に
                            熱心な性分だからだ。

                            私が書く詩の世界などを、
                            シュールだとか、どんな薬やったら
                            あんな世界を描けるの?
                            とか言われたことがあった。

                            答えは簡単。

                            瞑想と内観。

                            感性を研ぐだけだ。

                            私がピート・タウンゼントとの
                            出会いは まずそこから始まった。

                            彼らのサウンドと人柄を
                            音楽雑誌で少しずつ日本に入る
                            情報で知ったのは、その後だった。

                            音楽は伝達でもある。

                            そこにメッセージもある。

                            娯楽性もあるが、大切な事も
                            秘めている。

                            大袈裟かもしれないが、私は
                            そういう部分を大切に考えている。

                            The Whoの話を語るのに
                            長い連載になるかもしれないが
                            まずは、こんな出会いから
                            始まったと今日は書いておこうと
                            思った。

                            何故 THE Whoを抜きに自分を
                            語れないか。
                            何故 そこまで存在が大きいのか。
                            メンバーを知れば知るほど
                            納得がいくことになる。

                            2014-02-24 19:37:33投稿者 : Nachiko
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                              閉店休業

                              毎日 ブログを書くと決めて
                              続けているが、さすがに
                              本日は自分の作業どころか
                              ブログどころではない感じ。
                              背中 ゾクゾク
                              これって……悪寒
                              胃の中 ムカムカ
                              これって……吐き気
                              ついでにクシャミ数回。
                              本当に珍しい。
                              風邪なんて めったに
                              ご縁ないのに。
                              こじらせると
                              作業が滞って自分の首を
                              絞めるので思いきって
                              本日は「閉店休業」に。
                              手作りイオン水を
                              たっぷり飲んで
                              おとなしく寝て
                              良い子にしています。
                              ガンガンする頭で
                              ワンコとニャンコに
                              ご飯をあげたら
                              またベッドに戻って。
                              明日は また
                              「開店営業」します。
                              できるように頑張ろ。
                              何か 病人になったみたい。
                              風邪って こんな感じだったと
                              鼻を ぐしゅぐしゅさせながら
                              思い出す。
                              なんて懐かしんでる
                              場合じゃない。
                              寝不足が いけなかったかな。
                              少し反省。
                              ムカムカが治まったら
                              みかんを たくさん
                              食べましょ。
                              皆様も 風邪に
                              気をつけて下さいませ。

                              2014-02-23 21:25:44投稿者 : Nachiko
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                                2月22日猫の日を考える

                                今日は2月22日。
                                巷では「猫の日」だとかで
                                イベントっぽい事が行なわれて
                                いる。

                                猫の小物や猫の気分になって
                                みよう!とか、
                                猫に癒されてみよう!とか、
                                猫・猫のオンパレード。

                                勝手に語呂で決められた
                                猫の日。

                                何をするのかと思えば
                                猫関連の商品の陳列と、
                                猫関係の品々の展示、販売。

                                そして「猫に癒されたい〜」
                                なんて文言までアチコチで
                                見る始末。

                                猫と人間との歴史について
                                以前も書いてきたので
                                割愛するが、「猫の日」
                                と わざわざ銘打っている
                                なら一体何をするのが
                                猫の日なのだろう。

                                猫の特徴や可愛さを再認識
                                するために展示品を飾り、
                                関連作品を並べるのは
                                悪いことではないと思う。

                                しかし…その先だ。

                                可愛い可愛いという観念だけ
                                植え付けてグッズを買わせる
                                なら平和なのだけれど、
                                私は以前のハスキー犬ブーム
                                を思い出して仕方ない。

                                あの時も ハスキー犬を
                                アチコチで取り上げて
                                人気になった。

                                街でハスキー犬を飼う人が
                                どっと増えた。

                                当然の事ながら保健所で
                                処分される犬にハスキー犬が
                                増えたのは言うまでもない。

                                TVのCMでクリーム色の
                                ロングコート・チワワが話題
                                になった時 
                                それまで普通にいた犬だった
                                のに、急激に皆が飼い始め
                                値段も信じられない値段に
                                なって私は愕然とした。

                                保健所にいるチワワや
                                病死させられたチワワの事
                                など考えたくもない。

                                つまり、こういう風に
                                ペット類は「可愛さ」を
                                アピールすると ろくな事
                                がないのだ。

                                視点を変えて、「猫の日」
                                ならば「猫のために何か
                                してあげる日・猫の扱いを
                                考える日」なのではないか
                                と私は思う。

                                確かに私達は猫に癒して
                                もらったり話し相手に
                                なってもらったりしている。

                                では猫を癒してあげたことは
                                あるだろうか?

                                猫のために猫の喜ぶ音楽を
                                聞かせたり、
                                マッサージをしたり
                                猫の体調に合わせたものを
                                与えているだろうか?


                                色々調べていたら猫を
                                癒すCDは何枚も出ている
                                ようだけれど
                                「屋久島の清流音」のCD付きの
                                本が出ているそうだ。

                                本によると
                                「音の振動が細胞に働きかけ生命力
                                を高める」のだそうだ。

                                日本最大級の猫カフェでも
                                これを使っているとかで
                                効果があったと書いてある。

                                屋久島といえば屋久杉で有名だが
                                何か関係しているのだろうか。
                                試した人の文章が載っていたので
                                読んでいたら このCDを流して
                                いると犬猫が気持ち良さそうに
                                寝ているから少なくても不快な
                                振動音ではないようだと
                                書いてあった。

                                清流音は自然の音なので
                                作られた音より心地良いのかも
                                しれない。

                                人間より聴覚が優れている彼等
                                には人間の周囲は雑音だらけで
                                実は苦痛なのかと思う時がある。


                                そして猫の日なので食事に
                                ついて考えると、
                                これまた以前のペットフードで
                                大騒ぎした時期を思い出す。

                                それは国民生活センターの
                                1994年の調査、
                                『暮らしの手帳』の2002年の
                                調査、北海道消費者協会の
                                2004年の調査でも明らかだ。

                                ペットフードの主流といえば
                                ドライフード、そして缶詰。

                                これらの商品は国内外の
                                多くのメーカーから
                                各社のブランドを身にまとって
                                市場に送り出され、ペットショップ
                                やホームセンター、
                                動物病院などを通じて販売されて
                                いる。

                                しかしながら、その一方で、
                                これらのペットフードが問題
                                だらけで犬や猫たちの健康に
                                悪影響を及ぼすものであるとの
                                説も、本やインターネットを
                                通じて、数多く流布されている。

                                それらの情報が指摘している
                                多くは、ペットフードに
                                使われる原材料がきわめて粗悪で
                                あるという事実。

                                廃棄物に近いものや、殺処分
                                されたペットや病死した家畜、
                                野生動物の死肉をレンダリング
                                したもの。

                                また、狂牛病の原因とも言われる
                                牛肉骨粉を使用していたりと、
                                耳を疑いたくなる内容物から
                                生まれていることだ。

                                また、ペットフードは最低でも
                                10%以上の脂肪が含まれた
                                高脂肪食品であり、長距離輸送、
                                長期保存を考え合わせると、
                                どうしても酸化防止剤の添加
                                が不可欠になる。

                                そこに使われるのはBHAや
                                エトキシキンといった、
                                強力で安価な酸化防止質
                                (日本ではエトキシキンの
                                食品、肥料への使用は禁止)。

                                発ガン性が認められるこれらの
                                化学物質が、使用基準を
                                はるかに越える数値で
                                ほとんどのペットフードから
                                検出されることがわかっている。

                                それは国民生活センターの
                                1994年の調査、『暮らしの手帳』
                                の2002年の調査、
                                北海道消費者協会の2004年の
                                調査でも明らかだ。
                                こうしたことがまかり通るのは、
                                ペットフードの安全を守る
                                という意識が行政にはなく、
                                監督官庁もなければ、規制や
                                基準をつくる法の整備も
                                行なわれてこなかったからだ。

                                もし、ペットフードに人間並みの
                                基準を設けたとしたら、
                                どうなるか?

                                食品メーカーや畜産・農業関係の
                                会社にとって、これまでの
                                産業廃棄物の格好の「捨て場」
                                を失うという問題点が出てくる。

                                たとえば、牛骨粉はBSE騒動以降、
                                産業動物の飼料への使用は禁止
                                されたが、肥料とペットフード
                                への使用はかまわないことに
                                なっている。

                                これと同じで、病死した家畜を
                                どう処分するか、穀物類のクズを
                                どこに捨てるかという問題が
                                発生し、その処分には
                                おびただしい費用が生じる
                                ということになる。

                                しかし、だからと言って
                                犬猫に食べさせればよいと
                                いう発想になるのが正しい
                                選択なのだろうか?

                                ペットフードの会社は、競って
                                自社製品の良さをPRして
                                いるが、ペットフードという
                                飼料の本質には犬猫の命を
                                尊重する理念が欠落して
                                いるとしか言わざるをえない。

                                では安心できるからと言って
                                手作りで毎日与えれば良いのか
                                というと、そうもいえない。

                                手作りだけで猫に必要な栄養
                                バランスを満たした食事を
                                作るのは非常に困難。

                                その年齢、体重、代謝から
                                必要カロリーを計算して、
                                手に入る食材を組み合わせて
                                猫の必要な栄養素を満たす
                                ためには相当高度な知識が
                                必要だ。

                                少しくらい適当でも大丈夫
                                などと安易に手作り食を
                                勧めているサイトなども
                                あるが、週1回程度食べさせる
                                のなら問題はないが、
                                その食事だけで猫の一生を
                                賄うとなると大問題になる。

                                猫の食事に関する研究は
                                かなり進んできたが、
                                いまだに微量ミネラルなど
                                の割合など、完全に解明
                                されていない部分も
                                残っている。

                                猫は完全な肉食動物で、
                                ネズミなどの小動物や小鳥、
                                昆虫など丸ごと食べることを
                                でメインの栄養を、そして
                                地面に溜まった雨水を
                                飲んだり、木を齧ったりして
                                ミネラルなどを補給してきた。

                                猫は本来、野菜や穀物など
                                あまり必要としない。
                                猫という動物にとって一番
                                適切な食事は?

                                というと、ネズミを頭から
                                しっぽまで丸ごと食べさせる
                                ことだが、これは一般家庭
                                では現実的ではない。

                                ネズミにしても小鳥にしても、
                                生きている動物を殺して
                                食べることで満たされる栄養素
                                がある。

                                これらの動物の消化器には
                                未消化のその動物が食べていた
                                植物が含まれていて、これも
                                猫には必要な栄養素の一部と
                                なる。

                                ウズラなど丸ごとミンチに
                                して販売しているものもある
                                ので、これなら猫本来の
                                食事に近い食材として使えるが、
                                死肉になって時間が経っている
                                ので、なくなっている栄養素も
                                ある。

                                こうして考えてみると、手作り
                                食だけで猫の栄養素を完璧に
                                満たすことは食材選びから
                                つまづいてしまう。

                                確かに入る食材を利用して
                                サプリメントで足りない
                                栄養素をという考えもあるが、
                                果たしてそれで猫の健康を
                                維持できるかというと
                                疑問が残る。

                                サプリメントはあくまでも
                                代用でしかないからだ。

                                やはりガイドとしては
                                少しでも安全なキャットフード
                                を見分ける方法を知って、
                                手作りご飯を週1回くらいに
                                した方がいいのではないかと
                                思われる。



                                ※猫が食べると危険とされている

                                食べ物
                                ■ネギ類(ネギ・玉ねぎ・ニラ)
                                玉ねぎ類に含まれるアリルプロ
                                ピルジスルファイドなどの成分が
                                赤血球を破壊し、血尿 下痢 嘔吐
                                発熱 溶血性貧血やハインツ小体
                                性貧血などを起こす可能性がある。
                                急性腎不全を起こすこともある
                                ので要注意。

                                ■カカオ類(チョコレート・ココア)
                                カカオの香りの成分の一つ、
                                デオプロミンが中枢神経を刺激する
                                興奮物質となり、血圧上昇
                                不整脈 心拍上昇 興奮 けいれん
                                嘔吐 下痢などや食べた量によって
                                急性心不全を引き起こすことがある。

                                ■人間用の薬やサプリメント
                                風邪薬や鎮痛剤に含まれる
                                アセトアミノフェンで死亡例が数多く
                                報告されている。
                                脂溶性ビタミンやカルシウム、鉄分など
                                体外に排出しにくいサプリメントは
                                特に注意が必要。

                                ■ブドウ・レーズン
                                ブドウやレーズンは、アメリカの
                                調査機関(ASPCA)によると犬と
                                猫に有害性があると報告されている
                                が、犬の方が危険性が高い。
                                腎臓に障害を与える可能性が
                                あるとのことだが、特に
                                ブドウの皮が危険とのこと。

                                ■アボガド:葉 種子 樹皮に含まれている
                                ペルジンが、嘔吐 下痢 胃腸に障害を与える

                                マカデミアナッツ:神経 消化器 筋肉に
                                影響を及ぼし、嘔吐 ふるえ 無気力
                                心拍上昇などの症状が見られる。

                                キシリトール:犬には非常に有害と
                                報告されているが猫には今のところ
                                不明な部分が多い。
                                犬の場合は血糖値が低下し、
                                嘔吐や歩行困難、肝不全を発症する
                                危険性がある。

                                アワビ(耳がおちる)

                                生卵の白身(加熱すれば可)

                                スルメ(体内で膨張する危険性)

                                イカ・タコ・貝・甲殻類
                                淡水魚(コイ・マス・ニシン等)
                                青魚:とり過ぎると黄色脂肪症になる

                                牛乳(お腹をこわすので猫専用ミルクを)

                                キノコ類(消化に悪い)

                                パン(塩分が多いので控えめに)

                                トウモロコシ(うまく消化できない)

                                大豆

                                清涼飲料水

                                レバー(とり過ぎるとビタミンA過剰に)

                                海苔・煮干し(食べ過ぎると結石に)

                                野菜類(うまく消化できない)


                                ではペットフードを どのような基準で
                                選べば少しでも安全か見分けられるか。

                                日本には品質や安全性を規制する
                                法律は全くない。

                                一応ペットフード公正取引協議会
                                という国の管轄でない組織で
                                ペットフードの必要表示を決めて
                                いる協議会がある。

                                内容は次の通り。

                                ・ドッグフードかキャットフードか
                                ・フードの目的(主食か おやつか)
                                ・給与方法
                                ・製造年月日、または賞味期限
                                ・内容量
                                ・成分
                                ・原材料
                                ・原産国
                                ・事業者はどこか

                                ペットフード工業会の技術安全委員会
                                が、食品衛生法、飼料安全法を参考に、
                                また、欧米の添加物規制を参考に
                                レポートを作成している。

                                問題は「各メーカーに配布し、
                                注意を促している」ということ。

                                違反してもどうこうと言うことは無い。


                                しかしアメリカの場合は
                                連邦政府、州政府と二つの管轄で
                                ペットフードが規制されている。

                                「人間の食品に対しての規制と
                                全く同じレベル」

                                AAFCO(米国飼料検査官協会)
                                アアフコまたはアフコと呼ぶ。
                                アフコが提唱しているのは


                                次の表示。
                                ・栄養素に関するラベル表示
                                や栄養基準
                                ・犬猫の食事が何が必要かを
                                数値にしている
                                ・成長期 妊娠出産期 成犬猫
                                で異なる基準
                                ・給与試験の実施
                                ・研究室での分析


                                そして、アフコで重要なのが、
                                給与試験。

                                この試験を通過するとアフコの
                                テストに受かったといえる

                                フードとなる。
                                アフコを通過すると
                                「AAFCOの給与基準をクリア」
                                という表示ができる。

                                良質なフードの部類には入るが、
                                添加物などに関しては完全と
                                言えないので注意。

                                さらに悪質な業者は
                                「AAFCO認定」「AAFCO承認」
                                「AAFCOの基準を参考に製造」
                                「AAFCOで認められたフード
                                メーカーです」など言葉の使い
                                まわしによってズルをしようと
                                する業者もあるので注意。


                                良いキャットフードの見分け方

                                ・材料が厳選されている
                                ・栄養のバランスが良い
                                ・無添加フードである
                                (無添加に近いフードも含む)
                                ・自然派フードである
                                ・着色料 着香料 酸化防止剤
                                膨張剤不使用
                                ・化学薬品や合成添加物は一切不使用
                                ・AAFCO基準をクリア
                                ・過去に不祥事があった会社は印象が悪い


                                などよく手に取って見れば
                                わかることが多い。

                                年齢に応じてフードを工夫してあげると
                                良いと思う。

                                ウチは高齢になるとミルで細かく
                                してあげたり、工夫をする。

                                人間と同じで猫も食生活は大切なのだ。
                                そして泌尿器の病気になりやすいので
                                食には特に気をつけてあげて欲しい。

                                猫の大好物である 煮干しや かつおぶし
                                など乾物系にミネラルは多く含まれて
                                いる。

                                結石の原因になり、腎臓に負担を
                                かける。

                                また結石にはオシッコがアルカリ性
                                に傾くとできるリン酸アンモニウム
                                マグネシウム(ストルバイト)と、
                                酸性に強く傾くとできる

                                シュウ酸カルシウムがあり、
                                ストルバイトはオシッコが酸性に
                                なると溶けるという特性がある。

                                そのため、オシッコを酸性にして
                                ストルバイトを予防するフードが
                                市販されているが、
                                これを尿路結石予防にと自己判断で
                                猫に与えるのは危険。

                                心配なら検査を受けて猫の体質を
                                把握することだ。

                                猫の泌尿器の病気は尿でわかる
                                ので、PH値で色が変わる猫砂
                                グッズなど おかしいなと思ったら
                                試してみると良い。

                                色の濃い被毛の猫の場合、
                                毛艶が悪くなってきたり、
                                黒猫が茶色っぽく見えたら
                                即病院へ。

                                口の中が白っぽくても
                                大変なので病院へ。

                                すぐ安楽死と言う獣医さんや、
                                小規模なのに やたら設備だけ
                                整っている獣医さんで いつも
                                ガラガラだったら評判を
                                聞いた方が良い。

                                「猫の日」にあたって
                                私は こんな日こそ猫グッズを
                                買うだけではなく、
                                猫を飼っている人は尚いっそう、
                                そして飼っていない人は猫の
                                生態を知って差し伸べる環境に
                                あるなら、その手を
                                処分を待っている猫に当てて
                                あげて欲しいと思う。

                                寒い中 暖房もない中で
                                猫達は命が消えるのを待ち
                                ながら凍えているのだから…

                                2014-02-22 20:06:26投稿者 : Nachiko
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                                  あわわ……!

                                  よく書いているが ここの処
                                  家で地味なルーティングな
                                  作業ばかりしている。

                                  慣れているはずなのに同じ場所
                                  では煮詰まるので家の中でも
                                  ソファーやパソコンの前の椅子や、
                                  自分の部屋とか移動しては
                                  ちょっとした荷物を持って
                                  動いて気分を変える。

                                  ここの処 亡くなった祖父母の夢
                                  を頻繁に見るし、夢の内容も
                                  気になるので縁起をかついで
                                  調べたら、体調が悪くなる警告
                                  とあったので心に止めていた。

                                  作業も やる事が山積みで
                                  朝までかかっても終わらず
                                  ソファーに移動すると必ず寝て
                                  しまう。

                                  俗にいう「落ちる」というやつだ。

                                  そのせいで首を痛くするので、
                                  対策として万が一寝てしまっても
                                  首を痛めないように
                                  旅行などで使用するコの字型の
                                  空気を入れるピローをソファー
                                  に移動する時は首に挟むように
                                  心がけている。

                                  見た目は よろしくない。

                                  首にコの字型のピローを挟むと
                                  顎から いきなり肩になった
                                  ように見えて、伸びてきた髪
                                  がピローを覆うので
                                  肩から上が髪が上に放射した
                                  形で跳ね上がり、
                                  何かの物語に出てきそうな
                                  トロールのように見える。

                                  それでも痛くなるよりはマシ
                                  と思い、ソファーにはピロー
                                  と頑に守っていた。


                                  昨日の事。

                                  スタッフさんが事務的な事を
                                  やっていた。

                                  私は時間がないのでソファーに
                                  座りピローを首に挟んで、
                                  スタッフさんに言われた
                                  曲タイトルの表記について
                                  考えていた。

                                  そこまでは覚えている…

                                  座っていたら 懐かしい
                                  見覚えのある顔が来た。

                                  私が大福餅を持っていて
                                  入れ物から開けて出そうと
                                  したら「一つ貰うよ」
                                  と その人が持って行った。

                                  急に持って行かれて
                                  ビックリしたので

                                  「あ、ちょっと待って」

                                  と前かがみになって
                                  手を伸ばし その人の背中に
                                  触ろうとしたら
                                  途端に膝に冷たい水が
                                  かけられた感覚になった。

                                  はっとして伸ばした手を
                                  引っ込めて どうしたのかと
                                  思ったら同時に目が覚めた。

                                  ゴロンという鈍い音がした。

                                  床に私専用の大きな
                                  マグカップが転がった。

                                  膝の上はミルキーブラウンの
                                  液で びしょびしょ。

                                  自分に何が起きたのか
                                  まったく わからなかった。

                                  数秒経って嫌でも 
                                  わからされられた。

                                  冷たい水は冷めた豆乳入りの
                                  珈琲で私は何故か
                                  マグカップを持ったまま
                                  眠ってしまったのだった。

                                  私専用のマグカップは
                                  巨大マグカップである。

                                  全部 膝に こぼしたらしい。

                                  事態を飲み込んで 辺りを
                                  見ると まだスタッフさんが
                                  私に背中を向けて せっせと
                                  パソコンに向かっている。

                                  どうしよう…

                                  そうしている間にも冷たい
                                  豆乳入り珈琲はジワジワと
                                  服の上から下着に向かっている。

                                  下着が全滅するのに
                                  そんなに時間は かからなかった。

                                  ひたすら冷たい。

                                  察知していたのか いつもビッタリ
                                  くっついている愛犬も傍に居ない。

                                  動くに動けない びしょびしょの
                                  状態なので仕方なく
                                  そこに居たスタッフさんに
                                  声をかけた。

                                  私「やっちゃったんですけど…」

                                  スタッフ「はい? ………。」

                                  私「どこまで濡れてしまったか
                                  わからないんですけど…」

                                  スタッフさんは手を止めて
                                  こちらに来てくれた。


                                  …あきれてるというより
                                  笑っている。

                                  多量のペーパータオルで
                                  表面を拭いてくれたので
                                  立ち上がってみた。

                                  正面の鏡に爆発した髪で
                                  青いピローを首に挟み
                                  豆乳入り珈琲を
                                  したたらせている私が
                                  映っていた。

                                  座っていた処と足下の床に
                                  ミルキーブラウンの水たまり。

                                  凹んでいるうちに寒くなって来た。

                                  おまけに足下の水たまりを
                                  ワンコが舐めて飲み出した。

                                  珈琲を犬に飲ませるわけには
                                  いかない。

                                  それにしても派手に こぼした
                                  物だと感心している場合ではない。

                                  私は遥か昔 おねしょをした
                                  かすかな記憶を思い出した。

                                  朝 目覚めた時の あの冷たい感覚。

                                  まさに それなのだ。

                                  自分でも何言ってるのだか
                                  わからないまま
                                  「何故 マグカップを持って眠って
                                    いるなら起こしてくれなっかった
                                  の?酷いじゃないですか!」
                                  とか ののしっている。

                                  おねしょ感覚のままブーブー
                                  言っている自分に涙目に
                                  なりそうになりながら、
                                  恨めしくソファーの水たまりを
                                  拭いていた。

                                  床は慌てて犬達のために
                                  スタッフさんが拭いている。

                                  それも 笑いながら…


                                  十分 おねしょ感覚を味わって
                                  結局 服を下着から全て
                                  着替えた。


                                  私は凹んでいるのに、
                                  スタッフさんは
                                  「相変わらず」だとか言って
                                  こちらに起きた不幸を
                                  わかってくれない。

                                  その日は戦意喪失である。

                                  最低限の事をやって
                                  他の事はやらない事にした。

                                  ここまでくると
                                  未だに行けていない
                                  歯医者のことが気になってくる。

                                  何と言っても夢に頻繁に
                                  亡くなった祖父母が出てくる
                                  のだから。

                                  …思い出したら、あの大福餅を
                                  私から持って行ったのも
                                  亡くなった義父だった。

                                  今夜は作業しないで寝ちゃる。

                                  そう思って目覚ましをかけて
                                  断崖絶壁いやスカイツリーから
                                  飛び降りるつもりで
                                  歯科大学の附属病院に行く
                                  ことにした。


                                  これって ありえない覚悟である。

                                  一体私に何が起きたの?
                                  という次元の話だ。

                                  でも、2件歯科に受診治療して
                                  これだけ腫れて痛いのだから、
                                  もう最後は歯科大学の
                                  附属病院にでも行くしか
                                  ないでしょう?

                                  それからベッドに入ったのは
                                  いいが、ドキドキして
                                  ろくに眠れなかった。

                                  これだけ痛いのだから きっと
                                  口腔外科にでも回されて
                                  外科手術?
                                  もしくは抜歯?
                                  一体 どれだけ痛いことを
                                  されるのだろう。

                                  そう考えただけで鼓動は走る。
                                  迷子にならずに辿り着けた。

                                  さて そこから思わぬ展開に
                                  なっていった。

                                  最初は 歯科の どの専門外来に
                                  紹介状を書くかということで
                                  歯科総合診療部という処に
                                  行かされた。

                                  レントゲンを撮って
                                  次は「むし歯外来」に行く
                                  ように言われた。

                                  さすが大学病院。
                                  待合室はギッシリと人で
                                  埋まっていた。

                                  不安で尿意が近くなっている
                                  私は病院に来てから
                                  何度もトイレに行っていた。

                                  勿論 この「むし歯外来」でも
                                  診療室から例のビューンという
                                  音が聞こえて怯えてしまい
                                  頭は「トイレに行きたい」
                                  と そればかりになっていた。

                                  座る所などなく立っていたら
                                  運よく すぐ横の席の人が
                                  呼ばれて診療室に入って行った。

                                  「ラッキー!」とばかり
                                  座ったものの もしここで
                                  トイレに立とうものなら
                                  他に立っている人に
                                  確実に座られてしまう。

                                  トイレの事を忘れるため
                                  周囲を観察して気を紛らわせる
                                  ことにした。

                                  よく皆 普通の顔して治療の
                                  順番を待っていられるなぁ
                                  とかジロジロ見ていた。

                                  すると1人の人が名前を
                                  呼ばれて診療室に歩いて行った。

                                  長身の紺のトレンチコートを
                                  着た年配の方で、襟を立てた
                                  トレンチコート姿など
                                  最近目にしたことがなかった
                                  ので、仕立ての良いズボンに
                                  上品な靴を履いて前を通って
                                  行く姿に男性も こんな風に
                                  渋く枯れていくと
                                  老いも悪くないものだと思った。

                                  その男性は診療室の入り口まで
                                  行くと立ち止まった。

                                  こちらを向くとトレンチコートを
                                  脱いだ。

                                  一瞬ペロンと 肌色と おヘソが見えた。

                                  「何だ?」私は目を凝らしてしまった。

                                  男性がトレンチコートを脱ぐと
                                  えらく丈の短いトレーナーと
                                  股上が下がっているズボン姿
                                  だった。

                                  男性は何事もなかったように
                                  トレンチコートを腕に持つと
                                  診療室へと入って行った。

                                  う〜ん。

                                  あれって 要は極端に縮んだトレーナー
                                  だったのかサイズが うんと小さい
                                  トレーナーだったのか謎でしかない。

                                  仕立ての良いと思ったズボンを
                                  履いていて何故 あんなに
                                  見事に おヘソが見えたのか。

                                  世の中 わからないことが
                                  たくさんあるものである。

                                  そんなことで頭が?で一杯に
                                  なっていたら私の名前が
                                  呼ばれた。

                                  初診ということで大学の先生が
                                  診てくれた。

                                  レントゲン写真を指しながら
                                  丁寧に説明してくれた。

                                  歯科医「むし歯はありません。
                                  ただ歯の中の付け根が
                                  無くなっているので、
                                  相当な重量が この奥歯
                                  1本にかかっています。
                                  これは痛いでしょう。
                                  いつ歯が割れても
                                  おかしくありませんよ。」



                                  奥歯が割れる?


                                  私「あのー、いつ奥歯が割れる
                                  のでしょうか?」

                                  歯科医「占い師ではないので予想
                                  もつきません。
                                  今月中かもしれませんし、
                                  運がよければ5年後かも
                                  しれません。」

                                  そう聞かされたら焦るしかない。
                                  何か方法はないものかと
                                  しつこく聞いてみた。

                                  歯科医「このケースだと専門の
                                  歯科医じゃないと手を
                                  つけられませんよ。
                                  義歯外来に紹介状を
                                  書きますので そちらの
                                  先生の予約を取って下さい。
                                  それとも どうしますか?
                                  こちらでは早くても
                                  義歯外来は半年後になります
                                  が。すぐ決めて下さい。」

                                  これって ある種の まな板の鯉状態だ。

                                  この病院ですら専門医にと
                                  言われているのに、他に行くところ
                                  なんてあるはずがない。

                                  義歯外来に紹介状を書いてもらう
                                  ことにして廊下で待っていた。

                                  それから その紹介状を持って、
                                  義歯外来の予約を取りに行った。

                                  予診があった。

                                  時間をかけて義歯外来の歯科医が
                                  その歯を診てくれた。

                                  歯科医「これは義歯外来も範疇に
                                  入れたとしても、顎関節症
                                  外来ですね。
                                  歯の感じが右でばかり噛んで
                                  噛み締めるクセが付いている
                                  ので、義歯外来で下手に義歯を
                                  作って被せものを乗せても顎に
                                  負担がかかります。
                                  噛みクセの問題ですね。
                                  このままだと
                                  口が開かなくなりますよ。」


                                  口が開かなくなる?!


                                  私「わかりました。顎関節症外来の予約
                                  を取ります。」

                                  歯科医「是非そうして下さい。
                                  紹介状を書きますので。
                                  混んでいるので半年先に
                                  なるかとは思いますが。」


                                  半ばヤケな気分になり、それでも良いと
                                  思った。しかし疑問が残った。

                                  私「あの…顎関節症外来って どんな事
                                  をするのでしょうか?」

                                  歯科医「あなたの場合は、きちんとした
                                  噛み方の指導をしてもらいます。
                                  器具とか使わず奥歯に
                                  負担をかけないような
                                  指導です。
                                  顎関節症の主治医の指示で
                                  義歯が必要なら作るという
                                  ことで、こちらでは何も
                                  しません。
                                  改めて病院に紹介状を持って
                                  来て予約を取って下さい。」


                                  はーーー。


                                  ここで昔好きだった“ポパイ”の
                                  口癖が思い浮かんだ。


                                  「何てこったい〜。」


                                  一応義歯外来の予約を入れるという
                                  手続きをするために
                                  席をはずして別に座って記入して
                                  いたら、「歯が割れる」という
                                  話を思い出した。

                                  半年も予約を待っている間に
                                  歯が割れたら どうしよう。

                                  私「この顎関節症外来の予約を
                                  取りに来るのは良いのですが
                                  それまでに歯が割れたら
                                  どうしたら良いのでしょう?」

                                  その声に、さっきの歯科医が
                                  顔を出して

                                  「大丈夫ですよ。
                                  歯が割れたら、この電話番号に
                                  電話を下さい。
                                  予診票を持っておられるから
                                  土日は休診ですが それ以外でしたら
                                  対処できます。」
                                  と明るく言った。


                                  そういう問題なの?

                                  これって喜んで良い話なのよね…

                                  何のことはない。
                                  削ることもなく、
                                  抜くことも手術する必要もなく
                                  噛み方指導?の世界だった。

                                  それで こんなに腫れて痛くなる
                                  わけ?

                                  歯が割れるなんて想像しても
                                  ウンザリする。

                                  思えば昨日 豆乳入り珈琲を
                                  思いっきりこぼした段階で
                                  凹む材料があったのだ。

                                  豆乳入り珈琲をこぼしたズボン
                                  の後ろを見たら丸くきれいに
                                  茶色いシミが出来ていたっけ。

                                  なるべく早く今度は この
                                  紹介状を持って顎関節症外来
                                  の予約を取りに行かなければ
                                  ならないのだが、
                                  何せ電車を乗り換えて行く
                                  という行為は私にとって
                                  億劫というか苦手な事である
                                  ことでしかない。

                                  仕事なら何とも思わないのだが、
                                  行き先が「歯科」となると
                                  電車に乗るモチベーションが
                                  大きく異なる。

                                  すっかり疲れきって
                                  帰宅した私が首にピローを
                                  挟んでソファーに
                                  座り込んだのは言うまでもない。

                                  勿論 豆乳珈琲は入れなかった。

                                  あの時 最初はマグカップを手に
                                  持っていなくて、
                                  私が寝ぼけて机に手を伸ばして
                                  取って飲んで そのまま
                                  マグカップを握って寝ていた
                                  らしい。

                                  すごい寝ぼけ方だ……
                                  こぼさずに眠っていたのも オチャメ…

                                  (スタッフさんの目撃談によると
                                  私はマグカップを持っていなかった
                                  と主張するので)

                                  人間いつ おねしょ再現体験を
                                  するかわからない。

                                  ついでに物事大袈裟に考えて
                                  気を病んでいてもロクな事が
                                  ないと痛感させられた。

                                  顎関節症という診断をされた
                                  わけではないので、
                                  顎関節症にならないように
                                  指導されるということは、
                                  噛み方のカウンセリング
                                  だと思うのだけど……

                                  何だか よけいに凹む。

                                  2014-02-21 22:09:14投稿者 : Nachiko
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                                    不思議の国アリス症候群

                                    私は子どもの頃 肺炎をやって
                                    そのあと腎臓を少し悪くしたものの
                                    すこぶる健康だった。

                                    多少の頭痛持ちというのは
                                    あったが、それも周囲をみると
                                    特別でもないくらいだった。

                                    そんなに気にしていなかった
                                    頭痛が やけに頻繁になり、
                                    親も頭痛持ちだと言うので
                                    遺伝かと済ませていた。

                                    しかし…段々酷くなり とうとう
                                    病院に行った。

                                    今 思うと頭が痛いのだから
                                    そこにだけ焦点を絞れば
                                    良かったのかもしれない。

                                    家の近所に病院が幾つもあるので
                                    暫く通院しては治らないと
                                    他を紹介されるの繰り返し。

                                    気づいたら とんでもない方向に
                                    行かされていた。

                                    頭痛が治るならと素直に薬を
                                    飲んだけれど、全く治らない。
                                    益々痛くなるばかり。

                                    頭痛空間で生きているような
                                    世界だった。

                                    かと言って頭痛だけに付き合って
                                    いられず寝込む日があっても
                                    その倍は動かなければならない。

                                    思い出しても私が受けていた治療は
                                    見当違いだったと確信できる。

                                    それも運の悪さだったとしか
                                    思えない。

                                    幸い 書きの仕事もしていなかったし
                                    他の事をやっていたのが
                                    せめてもの救いだった。

                                    頭痛の前には色々な症状があった。
                                    その時によって違ったが、
                                    物がぼんやり見えたり
                                    やたら生アクビが出たり
                                    涙がポロポロ出たり
                                    眩しく感じたり…
                                    文字を読むのが きつかった。

                                    うまく表現できないが、
                                    自分が おかしくなったのかと
                                    思うほど頭が痛くなった。

                                    頭が割れような痛みで
                                    何か罰を受けているような
                                    気さえした。

                                    あまりにも治らないので
                                    それまで受診してきた所を辞め、
                                    新たに初心に戻り
                                    純粋に頭痛が酷い!と他で診て
                                    もらった。

                                    すると「頭痛専門外来」を紹介
                                    された。

                                    今までも紹介されたのは
                                    頭痛を診る医師が来る日の受診日
                                    という程度だったので、
                                    「頭痛専門外来」ということと
                                    頭痛専門の論文を沢山書いている
                                    バリバリの先生というのを知って
                                    今まで付けられた訳の分からない
                                    病名を考えず、飛び込んだ。


                                    随分 前のことだ。

                                    当然のように 精密検査をされた。
                                    私に診断が下された。


                                    『偏頭痛』


                                    はぃ?


                                    今まで 全く違う病名で多量の薬を
                                    飲まされていたのは何だったの?

                                    それが私の素直な感想だった。

                                    偏頭痛で、あれだけの色々な薬を
                                    飲まされて 色々な病名を付けられ
                                    しかも不快な思いまで させられて
                                    頭痛が悪化させられることって
                                    あるわけ?

                                    私の本格的な偏頭痛治療が始まった。
                                    集中的だった期間は
                                    そう長くなかった。

                                    嘘みたく頭痛は消えていった。

                                    最終的には 珈琲か紅茶を飲むだけで
                                    頭痛は治るし予防も出来るように
                                    なった。


                                    今でこそ あの時の頭痛を思い出すと
                                    酷い目に遭ったと思えるが、
                                    これも運で適切に相性の良い
                                    頭痛専門外来に行き着けなかった
                                    のだから仕方ない。

                                    多分 私みたく頭痛持ちで
                                    とんでもない方向に行かされて
                                    とんでもない診断を下されて
                                    益々頭痛が悪化している人って
                                    少なくないのではないだろうか?


                                    そんな事を考えていたら、
                                    「不思議の国のアリス症候群」
                                    というのを目にした。


                                    どのような症状かというと
                                    Wikipediaによると知覚された
                                    外界のものの大きさや自分の体
                                    の大きさが通常とは異なって感じ
                                    られることを主症状とし、様々な
                                    主観的なイメージの変容を引き起こす
                                    症候群である。

                                    この症候群は、ルイス・キャロルの
                                    児童文学『不思議の国のアリス』で
                                    薬を飲んだアリスが大きくなったり
                                    小さくなったりするエピソードに
                                    因んで1955年にイギリスの
                                    精神科医トッドにより名付けられた。

                                    典型的症状は、眼に障害がなく
                                    外界が通常と同じように見えていると
                                    考えられるにもかかわらず、一方では
                                    主観的にそれらが通常よりも極めて
                                    小さな、または大きなものになった
                                    ように感じられたり、ずっと遠く、
                                    あるいは近くにあるように感じられたり
                                    する。

                                    例えば、子どもが自分の母親が自分
                                    より小さくなったように感じたり、
                                    蚊が数十cmもあるように見えたり
                                    する。

                                    自分の体は逆にそれぞれ大きく、
                                    または小さくなったように思う
                                    こともある。

                                    外界が小さく感じられるものを
                                    小視症、大きく感じ
                                    られるものを大視症
                                    ひずんで感じられるものを
                                    変視症と呼ぶ場合も
                                    あるが、これらの呼称は
                                    眼底疾患など視覚そのもの
                                    障害による症状においても
                                    用いられている。

                                    この症状には様々なバリエーション
                                    がある。

                                    対象や位置が限定されており、
                                    例えば、人の顔以外を見た時に
                                    のみ この現象が現れたり、
                                    視野の右半分だけが2倍の大きさ
                                    になったように感じたり、
                                    テレビに全身が映った人物の顔と
                                    体の比率が歪み、何頭身であるか
                                    認識できなくなったりする。

                                    大きさだけでなく色覚についても
                                    異常が起こることもあり、
                                    例えば自分の母親が緑色に見えたり
                                    する。

                                    またこの現象は視覚だけでなく
                                    触覚や身体イメージによっても
                                    起こり、自分の片方の耳だけが
                                    大きくなったように感じられる
                                    こともある。

                                    さらに、空間の感覚だけでなく
                                    時間の感覚に関して類似した
                                    現象が起こることもあり、時間
                                    の進み方が速くなったり遅く
                                    なったりしたように感じる人も
                                    いる。

                                    空中を浮遊するような感覚も
                                    特徴とし、現実感の喪失や
                                    離人症状も現れることもある。

                                    現象は数分で終わることが
                                    多いが、何日も継続する場合
                                    がある。

                                    この症状は、ヘルペスの一種の
                                    エプスタイン・バール(EB)
                                    ウィルスの初期感染で引き起こ
                                    された中枢神経系の炎症での
                                    報告が多い。

                                    EBウィルスは、日本では子ども
                                    のころにほとんどの人が感染する
                                    もので、おそらくこのために、
                                    子どもの頃一過性のこの症状を
                                    体験した人は比較的多い。

                                    大人になっても不思議の国の
                                    アリス症候群を定常的にもつ
                                    人の多くは偏頭痛を持っている。

                                    また、他のウィルスによる
                                    脳炎・てんかん・統合失調症の
                                    患者からも報告されることもある。

                                    さらにある種の向精神薬によっても
                                    この症状が現れることがある。
                                    ルイス・キャロルは偏頭痛に
                                    悩んでいたことが知られており、
                                    彼自身がこの症状をはじめとする
                                    作品内のエピソードを体験して
                                    いたかもしれないとする推測がある。

                                    このような症状がどのようにして
                                    起こるのかは全く不明である。

                                    症候群自体の認識が薄いことも
                                    あり、報告は多くない。

                                    EBウィルスに罹患した患者に
                                    おいて、限定された画像法で
                                    のみ短期間で一過性の大脳皮質
                                    の広範囲の異変が認められたと
                                    いう報告があるが、限局した
                                    病巣を認めるような報告はなく、
                                    脳の広い範囲が関わっている
                                    ものと示唆される。


                                    これって、私も子どもの頃
                                    高熱でうなされた時に
                                    カーテンの模様が大きくなって
                                    迫ってきたことがあって
                                    怖かった記憶がある。
                                    この事も書いてあった。

                                    偏頭痛と知らずにアタフタして
                                    いた時は やたら時間が長く
                                    感じられたり短く感じられたり
                                    して妙な違和感があった。


                                    あとは、頭痛前の眼の過敏な
                                    光への症状だった。
                                    調べると興味深いことに、
                                    晩年の芥川龍之介も
                                    「閃輝暗点」と呼ばれる
                                    偏頭痛のときに現れる
                                    前兆現象の視覚障害が起こり、
                                    症状が始まって治まった後
                                    引き続いて始まる偏頭痛に
                                    悩んでいたと記録がある。

                                    この症状のことは、ずっと
                                    訴えていたのに当時の
                                    私が診てもらった医師は
                                    最後に たどり着いた
                                    頭痛専門外来の医師以外
                                    理解してくれなかった。

                                    さらに、オランダ・ライデン
                                    大学のミケル・フェラーリ
                                    教授の学説によると、
                                    ピカソも偏頭痛で悩んで
                                    いたらしい。

                                    ピカソは偏頭痛による
                                    視覚障害で、目や鼻、口が
                                    左右非対称の人物が登場する
                                    「泣く女」や「ゲルニカ」
                                    のようなタッチの作品を
                                    描くようになったのでは
                                    ないかと言われている。

                                    有名な樋口一葉も、
                                    『にごり絵』の中の文面に
                                    不思議の国アリス症候群
                                    だったと疑わしい文面が
                                    あると言われいる。

                                    他にも、『ガリヴァー旅行記』
                                    のジョナサン・スウィフトの
                                    病気、目眩の発作など
                                    生涯悩ませた症状は
                                    不思議の国アリス症候群だった
                                    のではないかと言われている。

                                    結局 原因は不明なのだが、
                                    偏頭痛に対して理解が薄いという
                                    ことだけは身をもって
                                    感じている。

                                    私も すんなり 相性の良い専門外
                                    に たどり着いていれば
                                    何も問題がなかったわけだが、
                                    頭痛そのものが他の病気と
                                    被るので医師は色々迷うのかも
                                    しれない。

                                    ストレートに頭痛→頭痛専門外来
                                    ってならなかったのが今も
                                    不思議だ。

                                    内科に頭痛を診てくれるという
                                    医師がいて それで治らないと
                                    すぐに他に回すというのも
                                    今思うと何だかなーと思う
                                    のだけど……

                                    偏頭痛が酷い時は考えることさえ
                                    億劫になる。

                                    いつもなら自分で調べて
                                    頭痛だから、頭痛専門外来って
                                    思いつくのだろうけど、
                                    頭がガンガン痛かったり、
                                    目がチカチカしていると
                                    もう言われたままになる。

                                    世の中って知らない事が沢山
                                    あって、自分は遠回りしている
                                    所があるのだと思ったりする
                                    ことが多い。

                                    こんな事を口に出すと、
                                    どこかおかしいとか思われる
                                    と思って正直に症状を
                                    言えなかったり、
                                    言っても理解してもらえない
                                    場合があるのではないか
                                    と思う。

                                    私みたく、偏頭痛という単純な
                                    ことが どうして あんなに 
                                    わからなかったのか
                                    未だに不思議で仕方がない。

                                    偏頭痛が引き起こす色々な
                                    症状があることも知って欲しいと
                                    思う。

                                    偏頭痛は食べ物を気をつける
                                    だけでも起きなくなる。

                                    頭痛頭抱えて動いていた日々は
                                    何だったのだろうなぁ〜。

                                    今 思い出話として書けるのは
                                    ありがたいことだけれど
                                    世の中 偏頭痛なのに違う治療を
                                    受けている人がいたら気の毒だと
                                    思う次第だ。
                                    思いもよらない事ってあるのだから。

                                    2014-02-20 20:06:19投稿者 : Nachiko
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                                      思考は現実化しない

                                      一昨日 トイレの電球が切れた。
                                      昼は不自由を感じなかったが
                                      夜は とても不自由を感じた。
                                      真っ暗なトイレで考えたのは
                                      「絶対に明日新しい電球を
                                      買ってくる」
                                      という事だった。

                                      ウチの場合 私がトイレに入ると
                                      犬が付いて来たり猫が覗きに
                                      ドアの隙間を開けるので、
                                      顔を見せてあげないと不機嫌な
                                      顔をされるのでトイレが
                                      真っ暗だと不便さが増すのだ。

                                      それが昨日 バタバタと
                                      過ごしていて すっかり忘れて
                                      しまった。

                                      今日 暗くなって これから
                                      買いに行こうと思った次第だ。

                                      何てこともない出来事だが、
                                      ここで一つ ふと思った事があった。

                                      真っ暗なトイレの中で
                                      新しいトイレットペーパーを
                                      手探りで探したりして
                                      不便だったくせに
                                      すっかり忘れている自分だ。

                                      これは些細なことのようで、
                                      実は他のことでも言えている気
                                      がする。

                                      つまり「真っ暗なトイレ」に
                                      不便さを感じて多少懲りたはず
                                      なのに、自分が思っているほど
                                      懲りていないのではないか。
                                      という事だった。

                                      「真っ暗なトイレ」に不自由さを
                                      感じて懲りたから予備も普段から
                                      備えておこうと思ったのは
                                      「意識している自分の思考」。

                                      本当に不自由だと思ったり
                                      感じていたら次に電球を
                                      買いに行った時に予備を
                                      買っておくはずである。

                                      この行動は過去に何回もあった。

                                      必ず予備を買う時と買わない時
                                      があって、時々私は
                                      「真っ暗なトイレ」に
                                      入らなければならなっかった事が
                                      過去に何度もある。

                                      本当に懲りたら次の事を考えて
                                      絶対に繰り返さないように
                                      するのに何故だろうと
                                      思っていた。

                                      よくよく考えていくと、
                                      思考には
                                      意識している自分と
                                      無意識の自分がいる
                                      という解釈がある。

                                      ここでフロイトやユングの
                                      心理学的な経緯や理論は
                                      割愛するが、
                                      それって確かに言えていると
                                      思うのだ。


                                      従来の心の世界の位置づけは
                                      意識=心=私という図式だった。

                                      デカルトの
                                      「我思う故に我あり」
                                      であらわれている。

                                      それが、
                                      意識→統制
                                      無意識→衝動という図式
                                      統制・抑圧する意識(理性)
                                      VS
                                      抑圧に反発する無意識
                                      良しきものを追求する意識(理性)
                                      反社会的なものの押し入れ(無意識)
                                      境界線上の「感覚・感情」
                                      五感と第六感

                                      意識の位置づけは大脳生理学から
                                      ベンジャミン・リベットの実験が
                                      行なわれ、

                                      心理学的からの提言としては
                                      「適応的無意識」を
                                      ティモシーD・ウィルソンが
                                      『非意識的な心なしに、
                                      意識的になることはできない』
                                      と唱えた。

                                      そしてM.R.バナジという人が
                                      非意識的な心的過程 社会心理学に
                                      おける実験検証から
                                      『自覚できない好き嫌いは変えにくい』
                                      と唱え、さらに見直され
                                      静的構造から動的関係へ とみていき
                                      行為としての意識化・無意識化
                                      意識下の比較構造が意識に上るとき
                                      を研究した。

                                      行動心理学の出現で現在は
                                      「意識」「無意識」の話が広がる。
                                      意識するものは、広義の「記憶」
                                      である。

                                      だから大脳の生理学が出てくる。
                                      無意識は、「意識できない領域」
                                      ということになる。

                                      無意識の定義というのは定義が
                                      実は曖昧で精神分析学に対する
                                      批判も含めて、「無意識」
                                      という概念・言葉は通俗性もあり
                                      危険性もあるとされ
                                      使用することが
                                      消極的になっている傾向がある。


                                      そもそも「思考は現実化する」
                                      と言ったのはナポレオン・ヒルと
                                      いう人で成功哲学や自己啓発で
                                      有名な人だ。

                                      この考えがベースになって
                                      ベストセラーになった
                                      『引き寄せの法則』が登場する。

                                      異常なまでのポジティブ思考だが、
                                      それをずっと描き続けていれば
                                      必ず引き寄せるという夢の
                                      ような話だ。

                                      悪いことがあれば、それは
                                      自分が悪いことを引き寄せている
                                      という。

                                      ここに正しいと思える事と、
                                      それは違うだろうと思えること
                                      を私は感じる。

                                      確かに「引き寄せの法則」
                                      と言ってしまえば そうなのかも
                                      しれないが 何もせず
                                      ただベッドの中でヌクヌクとして
                                      「お金持ちになりたい」だとか
                                      「素敵な友達を持ちたい」と
                                      24時間書いたり唱えたりしていても
                                      何にもならないと思う。

                                      必ず成功者の99%は
                                      この「引き寄せの法則」を
                                      使っている…みたいなことが
                                      書かれているが、
                                      そこに扱われているのは
                                      「意識している自分」だけ
                                      ではないかと思う。

                                      つまり自分を把握出来ず、
                                      本当の自分の心の声を
                                      理解せず夢よ叶え!
                                      とやっても難しいのでは
                                      ないかと思う。

                                      現実的に「今」をみてみると
                                      「意識している自分」が
                                      メインで動いているような気
                                      がするが、歩くにしても
                                      いちいち右足や左足に
                                      命令しているわけではなく
                                      「歩く」と思っただけで
                                      自然と両足を交互に出して
                                      歩いていて、その上で
                                      イアフォンで音楽を聴いたり
                                      景色を見ていたりする自分が
                                      いる。

                                      「これ」と思って意識してやって
                                      いることより、意識しないで
                                      行動していることの方が多い。

                                      そして たまに「違和感」を
                                      感じたりした後は何かしらの
                                      現象が起こる。

                                      私が「引き寄せの法則」の中
                                      に言えている部分があると
                                      思うのは自分でも把握できて
                                      いない負の感情を持っている
                                      すると、同じような負の
                                      感情を持っている人と親しく
                                      なったり、心底懲りて違う
                                      生き方を選択した人は
                                      見ていると自然と
                                      交遊関係も変えていて、
                                      いつのまにか違った
                                      人達と付き合っていたりする。

                                      言い換えれば、そういう人達
                                      を引き寄せたことになる。

                                      その人にとっての夢が叶うとは
                                      実際意識している自分の声と
                                      把握できていない深い自分の
                                      声が一致して取った行動が、
                                      ポジティブな場合 そちらの
                                      方向へ行くということなのでは
                                      ないかと思う。

                                      人間は思考の生き物だと言われる
                                      所以である。

                                      「引き寄せの法則」とは
                                      深い自分の声を理解し
                                      自然と その方向に努力している
                                      結果なのではないか?

                                      思考といっても今 頭にある事
                                      だけが思考ではないので、
                                      幾ら願っても 唱えても現実化
                                      するはずがない。

                                      よく「引き寄せの法則」が
                                      うまく行かないというのを
                                      聞くが そこら辺に問題が
                                      あるのではないかと思う。

                                      トイレの話から始まった話
                                      だが 私は「真っ暗なトイレ」
                                      に懲りていないので
                                      すぐに行動を起こさなかった
                                      ということになる。

                                      本当に懲りていたら翌日の
                                      買い物メモに入れるとか、
                                      部屋の目立つ所に
                                      付箋で「トイレの電球」
                                      と書くはずだからである。

                                      「真っ暗なトイレ」に居て
                                      ただ“電球が欲しい”と願っても
                                      電球は降ってきてくれない。

                                      私は 我ながら「真っ暗なトイレ」
                                      を そこまで不便に感じていない
                                      ことに気づいた。

                                      行動を見ればよくわかる。

                                      これが人間関係なら もっと
                                      露骨にわかるだろう。

                                      人か何らかの周波というか
                                      目に見えない空気を発している。
                                      口でいくら 社交辞令を言っても
                                      見抜かれる。

                                      おまけに人は噂話や愚痴関係を
                                      聞くとストレスになるので
                                      軽くなりたいから人に話す。

                                      ここで自分の本当に思っている
                                      事と自分でも把握出来ていない
                                      感情を持っていて他人に
                                      ぶつけたら曲解される可能性は
                                      十分ある。

                                      口は禍いの元の意味は ここにある。

                                      1日のほとんどは自分でも把握
                                      できていない 俗にいう無意識の
                                      自分が大きく占めている。
                                      この無意識の自分を意識化
                                      させてパワフルになろうと
                                      誘うセミナー系も存在する。
                                      それの善し悪しを述べるつもり
                                      はない。

                                      ただ案外 さりげない事で
                                      想像もしていなかった自分の
                                      側面を知ることがあるので
                                      そんな機会は貴重なので
                                      大切にするべきだと
                                      思うのだ。

                                      2014-02-19 20:06:43投稿者 : Nachiko
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                                        笑っていいのかな?

                                        16〜17日は豪雪被害の情報が
                                        沢山あがっていて落ち着かず、
                                        作業をしながら気になって
                                        とても眠る心境になれなかった。

                                        徹夜して とりあえずパンでも
                                        買いにと出かけて行ったら
                                        あまりの太陽の眩しさに
                                        クラクラした。

                                        せっかく外出したのだからと
                                        用事をすませようと
                                        某所へ。

                                        ハンコウを押してもらうのだけど、
                                        それが かつてない光景に
                                        出くわした。

                                        書類を渡したら くるっと
                                        後ろを向いて浅い器に
                                        柔らかい朱肉の山になっている
                                        ものを私の目の前にドンと置いた。

                                        ムム?

                                        朱肉って丸い平らなものだと
                                        思い込んでいたので
                                        それって朱色の粘土で作った
                                        小さな山にしか見えなかった。

                                        それを持ち出したのは
                                        窓口のオジサンだった。

                                        見たこともない朱肉だったので
                                        おもわず その オジサンに
                                        書類に代わりにハンコウを
                                        押してもらうことにした。

                                        私が押すと かすれたり、
                                        上手に押せないことがよくある
                                        からだ。

                                        私「すみません。ハンコウ押すの
                                        下手なので代わりに そこに
                                        押して頂けますか?」

                                        と頼むと おじさんはニコっとして
                                        少ない前髪を左手でかきあげた。

                                        そして息を止めると、
                                        粘土状の朱肉の山にハンコウを
                                        ギュっと押し込んだ。

                                        背筋を伸ばして垂直にハンコウを
                                        書類に押し付けた。

                                        息を止める時、しっかり息を
                                        吸い込んでいた。

                                        そして全神経をハンコウに
                                        集中させると
                                        「ギュ〜」っと音が聞こえて
                                        くるような感じで強く書類に
                                        ハンコウを微動だにしない
                                        手つきで押しつけ続けていた。

                                        「あれまぁ、この オジサン
                                        ハンコウ押すのに命かけてる」
                                        そんな気がした。

                                        その様子が あまりにも奇異に
                                        見えたので他にもハンコウを
                                        押す場所が数カ所あったので
                                        全部押してもらうことにした。
                                        そしたら……

                                        なんと!

                                        いちいち ハンコウを押す前に
                                        必ず少ない前髪を左手で
                                        かきあげて、息を止めて
                                        背筋を伸ばすという同じ行動
                                        を取るではないか。

                                        一つハンコウを押す度に
                                        小指を立てて余分な朱肉を
                                        吸い取らせるために
                                        薄い紙を脇から丁寧に
                                        押したハンコウの跡の上に
                                        乗せて、あのグルンとなる
                                        紙の上に重みをかける
                                        立体の半円のを顔を
                                        近づけて転がし、
                                        勢いよくパっと紙を取る。

                                        オジサンと対面して座っていた
                                        私は笑っていいのか感心して
                                        いいのか複雑な心境になった。

                                        しかしだ。

                                        そこまでにして押したハンコウ
                                        は、かつて見たこともないほど
                                        クッキリとハッキリ。

                                        まるで絵に書いたように
                                        押してあった。

                                        「これぞ職人技!」

                                        私は思わず声に出してしまった。

                                        私「うわ、すごくクッキリ
                                        押せていますね。
                                        このハンコウ押しにくいのに。
                                        初めて見ました。」

                                        オジサン「いえいえ。」(謙遜している)

                                        私「いやぁ、凄いですよ。」

                                        オジサン「このくらい出来ますよ」(ニッコリ)

                                        私「普通簡単そうで、こんな風に
                                        押せませんよ。」

                                        オジサン「誰でも出来ますよ」(まだ謙遜気味)

                                        私「そうですか?全部同じに押せてます。」

                                        オジサン「よく押してますから。」
                                        (やや得意っぽくなってくる)

                                        私「世の中 凄い人がいるもんですね。」

                                        オジサン「私の仕事ですから。」
                                        (雰囲気変わって得意になってる)

                                        私「お見事です。」

                                        オジサン「私はプロです。」
                                        (は?この人ハンコウ押す仕事
                                        の人じゃないんだけど、完璧
                                        木に登った)


                                        その後 私は会話が出来なくなり
                                        ひたすら おかしくなり
                                        どう考えても あの オジサンの態度が
                                        変わっていって満面笑顔が続いていた
                                        のが面白くて仕方なかった。

                                        ハンコウは前髪を左手で かきあげて
                                        息を止めて垂直にギュ〜っと押し付けて
                                        押す!

                                        これが奥義なのかもしれない。

                                        あとは あの粘土のような
                                        朱肉の山がポイントかと思う。

                                        帰宅して犬達にご飯をあげて、
                                        一休みしたら かなりいい時間に
                                        なっていた。

                                        とにかく連日 作業で ろくに寝て
                                        いないので少し寝た。


                                        起きたら頭はボーーーッ。


                                        同じ姿勢での作業で煮詰まっている
                                        上に、寒さで体が固くなっている。

                                        こんな時は家のお風呂より
                                        スーパー銭湯に限る。

                                        私は温泉が大好き。
                                        気分転換 爽快感 凝りも取れる。


                                        で、いざスーパー銭湯へ。

                                        行ったはいいけれど
                                        いきなりお風呂に入る前
                                        ロッカーを開けてバックから
                                        荷物を出そうとしていたら
                                        床で滑って尻餅をついた。


                                        何も無いところで転ぶのは
                                        得意なのでお尻をさすりながら
                                        お風呂に向かった。

                                        露天風呂に まずは直行。

                                        寒い屋外に出た。
                                        「わーい!お風呂だ!」
                                        と思って入ったのは
                                        いいけれど、最初に段差が湯船に
                                        あって深くなっているのを
                                        忘れていた。

                                        いきなり入ったから、
                                        お風呂の中で真っ正面から湯船の
                                        中に 転けた形になった。

                                        心の準備もできぬまま
                                        頭から全身突っ込んだ感じ。

                                        幸い夜遅かったし他に人が
                                        いなかったので他の人に
                                        ぶつからなくてよかった。

                                        なんて湯船で お湯を飲んで
                                        しまっている時は考えも
                                        つかなかったけど。

                                        この辺から凹みだした。

                                        今日は厄日かもしれない。

                                        いや、身体をきれいに洗えば
                                        気分も晴れる!

                                        そう思って、わさわさと
                                        石けんを身体中を擦っていた。

                                        基本的に椅子は使わない主義。

                                        その日に限って、足下につけた
                                        石けんが滑って器用に
                                        左と右に足が変な方向に動いて
                                        バランスを取ろうとしたら
                                        3度目のなんとかで、
                                        派手に身体中石けんが付いて
                                        いるのでタイルのような床で
                                        勢いよく滑って転んだ。


                                        前に肘を付いて頭を庇った格好。

                                        痛かった。ただ痛かったではない。

                                        物凄く痛かった。

                                        足の裏に石けんを付けるのは
                                        金輪際やめると決めた。

                                        ジンジン痛むのを我慢して、
                                        誰かに見られたかと思いながら
                                        何度も滑りながら起き上がった。

                                        「ダメだ…完璧 疲れてる」


                                        そう思うことにした。

                                        ここで恥ずかしいと思うより、
                                        すぐ気持ちを切り替えるのが
                                        自分の平和な所だと自負している。

                                        私の転ぶ話は 周囲では 知っている
                                        人は よく知られていて
                                        犠牲者も出ている。

                                        自分一人で転ぶなら自業自得
                                        なのだが人を巻き込むから
                                        評判が悪い。何回もあるけど…

                                        過去 記憶に残っている犠牲者で
                                        気の毒だったのは…

                                        私は近視・乱視少々なので
                                        階段が非常に苦手なのだ。

                                        JRはエスカレーターが
                                        付いていなかった。

                                        いつも階段を降りる時は一番
                                        端の手すりに掴まって降りる。

                                        階段の どの線を踏んだらいいか
                                        目がチカチカして踏み外す
                                        ことがあるからだ。

                                        眼鏡をかけても踏み外す。
                                        だから ゆっくり降りる。

                                        その日 たまたま友達と一緒で
                                        多少混んでいた。

                                        階段の上からホームに降りるのに
                                        手すりに掴まるのもカッコ悪い。

                                        私は「ごめん、ちょっと肩に
                                        掴まっていい?」と
                                        友達に聞いた。

                                        友達は「いいよー」と言ってくれた
                                        ので そろりそろりと降りて行った
                                        のだけど すぐに足下の階段の
                                        線の何処を踏んでいいか
                                        わからなくなり一瞬 立ち止まり
                                        「わ〜〜!」っと大声を出して
                                        肩を離してしまった。


                                        申し訳なかった。


                                        見たら 私でなく友達が階段から下に
                                        落ちて行くのが見えた。


                                        途中で止まってくれた時はホッとした。

                                        でも……かなり下まで器用に落ちていた。

                                        大きな怪我がなくて幸いだった
                                        けれど、怪我をさせてしまった。

                                        こんな私が高いヒールのある靴を
                                        履くはずがないのは
                                        人さまに迷惑をかけないという
                                        大きな理由もあるのだ。

                                        ああ、また話が脱線してしまったが、
                                        自分だけが転ぶ分には支障がない。


                                        身体と髪を洗い終わって、
                                        高濃度炭酸泉に入った。
                                        首まで ぬるい温度のお湯だが浸かると
                                        炭酸がパチパチと跳ねていた。


                                        の〜〜んびり浸かって服を着て
                                        髪を乾かしにパウダールームに
                                        持参したドライヤーで髪を
                                        乾かそうとした その矢先。

                                        中年の ご婦人が私と鏡の前に
                                        割り込みコンセントに
                                        持参したドライヤーを繋いだ。

                                        勿論 備え付けのドライヤーが
                                        並んでいるのだが、私の場合は
                                        自分のドライヤーが気に入って
                                        いるので持参している。

                                        私がドライヤーを当て出したら、
                                        左隣りに その ご婦人が立っている。

                                        右の椅子が空いているのに
                                        何故立っているのか
                                        その時は不明だった。

                                        ガーっと音を立ててドライヤーの
                                        音がした。

                                        ん?と思って その ご婦人の方を
                                        振り向くと…



                                        立って腰を落として膝を曲げて
                                        股間にドライヤーを当てていた!!



                                        何か見てはいけない物を見てしまった
                                        気持ちで一杯になった。

                                        そのあと数分間、どこに視線を
                                        持っていったらいいのか
                                        わからなくて困ってしまった。

                                        嫌でも視線に入ってしまうのだもの。

                                        結局 その ご婦人が髪に
                                        ドライヤーを当てたのは 
                                        ほんの数分もなかった。

                                        一体何だったのだろう。

                                        わざわざ自分の股間に当てるため
                                        ドライヤーを持参するって
                                        謎だし 趣味なのか嗜好なのか
                                        まったくわからない。

                                        見た者に妙な罪悪感を与える
                                        行為に感じてしまったのは
                                        考え過ぎだろうか。

                                        そして髪を乾かして 再び
                                        朝 無かったお気に入りの
                                        水を買いにマーケットに
                                        寄ったら…うわ〜って
                                        ことになっていた。

                                        棚が空っぽの所ばかり。

                                        雪に備えての買い占めが
                                        すでに始まっている。

                                        こんな状態が続いたら
                                        どうなるのだろう。

                                        そのマーケットの状態を見て
                                        また転びそうになったのは
                                        言うまでもない。

                                        2014-02-18 16:57:40投稿者 : Nachiko
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