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M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

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M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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La Lumière 

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花火・華火

湿度が高くて、じっとりした日が続いている。
気分的に“花火・華火”について語りたくなった。
ここでは花火を華火で統一して書くことにする。

華火といえば一番古い印象は、子供の頃。
その頃は華火ではなく、花火という感じだった。
友達も作らせてもらえなかった私は夕飯後
小さなバケツに水を入れ、ゴミ袋と近所の駄菓子屋さんで買った
手で持つ花火を持って家の前でやっていた。
まだ街も こんなに明るくなくて月がよく見えて、夜という雰囲気
が、子供心に特別な感情を増長させていた。

一番好きなのは線香花火だった。2種類ある線香花火。
細いヒゴのような線香花火より、濃いピンクの紙で
出来ている線香花火の方が好きだった。
紙が持ち手の線香花火は途中から出るチカッ、チカッ
という細かい火花が多いし 長く楽しめる。
何より線香花火独特の あの中心の丸く膨らむ
火の球の部分が落ちると花火は終わるのだけれど、
紙が持ち手の線香花火の火の球部分は大きくなって
いきながら頑張るのだ。落ちそうで落ちない。
こちらも落ちないようにと願いながら手で持っている。
その落ちそうで落ちない頑張りが、私には
トイレを我慢しているような力みを感じるのだ。
時として 大きい方を我慢して ウンウンと耐えている
ような健気さに心を打たれる。
足元に置いた 蚊取り線香の匂いと混じって、
この線香花火は私の中に深く刻まれていった。

そして月日は経ち、この線香花火で ちょっとした事
を大人になって やらかした結果があった。

あれは2thアルバムをレコーディングするので
伊豆のスタジオに合宿で行っていた時。
何時間もブースの中にいて少々疲れ気味の
私は スタジオのロビーの灰皿の上で線香花火を
やった。煙がモクモク立ち、派手に小さな火花が
出て火薬の匂いが充満した。

自分が何をしているのか自覚がないって今思うと
スタッフや周囲に申し訳なかったという事なのだけれど
私には「へ? こんな事で? 何で?」の次元だった。
火災報知機のせいなんだか何だったか覚えていないが
管理人が飛んで来て大騒ぎになってしまった。
どうやらスタジオのロビーの灰皿の上で花火をやる人は
居なかったらしい。それは新しい発見に思えた。
それだけではないけれど、私は何をやらかすか
わからない人物としてスタッフから信用がなくなった。

すっかり そんな事くらいで…と思ってから、
幼い頃の孤独な花火は、さらなる華火を求めるように
なっていった。

花火愛好家にとって年齢など関係ない。
手持ち花火から始まって、店で売っている大きな
ドラゴンタイプの花火へと心は動いていった。

よく広い処でドラゴンタイプのに点火して喜んでいる
光景は見るが、そんなのでは満足できなかった。

普通に仕事をしたり生活をしていても花火が私を呼ぶ。
車には いつも多量の花火を積んでいた。
今は 海の家とかも時間で閉まるし、花火禁止の場所も
あるが 抜け道の場所を探すのも楽しい。

夜 月がきれいだと、月の光が美しく海面に滲んで見える
場所を探しに友達と月を追いかけ海岸線を走った。
勿論 車の中はピンクフロイドかギルモアのソロを
フルヴォリュームでかけながら。

そして適当な場所を見つけると花火の準備をする。
数人で行くから手分けしてするのだ。
海岸に落ちている空き缶を沢山皆で拾い集めることから
スタートする。決して 海岸のゴミ拾いなんて優等生がやる
ような理由ではない。華火の準備なのだ。

拾い集めた空き缶を砂浜の適度な場所にギッシリと並べて
全体が丸くなるような配列で、とにかく沢山並べる。
そこで まず下準備が終わる。そこからが日によっての
模索になるのだ。持ってきた花火の種類や量によって
バリエーションが色々出来る。

並べた空き缶に、まずロケット花火を持ってきた分全てを
それぞれの飲み口に突き刺す。何百本も買ってあるから
相当な量のロケット花火の両が空き缶に刺さることになる。
そして、持ってきたドラゴン花火を空き缶を並べた丸い円の
周囲に、ありったけ並べる。空き缶にはロケット花火だけでは
なく、何連発ものも刺す。ドラゴン花火の外に太い様々な種類
の置くタイプのを並べる。そして端っこにはネズミ花火類を置く。
ここまでで、かなりワクワク感で一杯になる。

そして……大きな火花が出る手持ち花火でドラゴン花火に
点火して少し走って、その場から離れるのだ。

いやぁ~、海岸が 凄いことになる。
これまでの静寂を破り、寄せては帰る波の音は消え、
月明りの闇は、ピューピューという音やドカン ドカンという
騒音が支配する。目の前は、ひたすら花火が やや華火に
変わったような鮮やかな火柱が立ち、妙な壮快感が
空に広がる。
たまにロケット花火が自分の方向に向かってきて
ヤケドしたりするのは多少のリスクとして納得していた。

こんな事 随分やっていた。
海岸だけでなく、夜中に世田谷の大きな公園に忍び込み
何度かやったし、打ち上げ花火の後の片づけも
達成感があって楽しかった。

その内 花火をやれる場所を探せなくなり、一旦やらなくなった。
私といえば、月を追いかけて行くか花火なので、
ネオンには程遠い世界に生息していた。

それからは、いよいよ花火は華火になっていく。
ずっと前は家から東京湾華火大会が見えた。
そう、最初の頃は「東京湾華火大会」と言われて
記されていた記憶がある。それが段々と高いビルが建ち、
今では少し上空に華火らしきモノの気配と大きな音が
聞こえるだけになった。

だから、私は隅田川の華火大会に夢中になっていた。
早くから場所取りをしたり、どこの場所が どう見えるのか
それは真剣だった。お金を出して屋形船で観ようと
しないのが私流なのだ。

花火愛好家としては用意された良い場所に浴衣を来て
行くのではなく、汗をかきながら自分の足で色々な
角度を考える事に意義があった。
場所によっては近すぎて、モロに灰を被るので透明傘を
さしながら華火を観ていたこともある。
たかが華火ではない。洋服は灰だらけになるのだ。
キツイ火薬の匂いがアドレナリンを出す。

あちこち華火を観に行って、自分は花火師になりたかった
とか思ったくらいだ。綿密な火薬の計算、地味な作業が
一瞬のうち夜空に大きな華を咲かせ散る。
派手な爆音と共に、月を消し 空を独占する。

飛行機の中から華火を観ると、球状になっていて
これも面白い。中途半端な華火大会は欲求不満に
陥る。好きな物は好きなのだから仕方ない。

華火に関する私の想いは尽きない。
いい年してと思われるかもしれないけれど、
花火を熱く語ってしまうのだ。
華火を十和田湖で観たのは趣も違っていて
印象に残っている。大抵 あの人ゴミで参るのだが
華火に関しては我慢が出来るという根性を持っている。

今じゃ、朝起きると携帯のアプリで ひたすら景色を
選んで花火が上がるのを見ている。
やっぱり音楽と同じで現場に行かなければ、
迫力も臨場感もない。
私の華火好きは 生涯治らないのだと思う。

2013-07-04 16:55:23投稿者 : Nachiko
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