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M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

M2Prisoner

M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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La Lumière 

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肉眼の世界の話①

今日は 肉眼の世界の話を少し書こうと思って これから少しずつ気ままに綴っていこうと考えた。
ほんの入口から言えば幼い頃の入院体験から始まる。夜 消灯になる前 個室に入院していた私は病室のカーテンを閉めようと窓に寄った。

そこには、自分の姿と病室を夜の暗い黒一色が反射し 映し出していた。
しかし・・・・窓に映っている自分の背景に見たこともない物が幾つも映っていて、何度も振り向き 実際の部屋と窓に映った部屋を数え切れないくらい確認した。何度見ても同じだった。

それが今思うと 摩訶不思議ワールドへの入口だったように思える。恐怖心もなく、その時 素直に私は自分の肉眼に見えない世界ってあるんだなーなどと思って寝てしまったのだから。

それから月日は経ち、またしても入院する機会があった時 友達に借りたピンクフロイドを日曜日で誰も居ない外来の会計の待ち合いのイスで爆音でかけた。何と 音が病院の壁に吸い込まれて行くではないか。あれだけの爆音で鳴らしていたのに誰にも注意されなかったのは今もって不思議としか言いようがない。

病室に戻って 今度はヘッドフォンでピンクフロイドをフルヴォリュームで消灯後聴いていた。
突然 病室から空を飛びたくなって飛び降りようと奮闘しようしていたらヘッドフォンが頭から落ちた。
その時 見えていた音の世界から発せられていた神々しい光の世界に行きたくての衝動だったのが消えて、
自分は何をやっているのだと驚いた。

音楽は肉眼では見えない。それでも たまらなく魂を揺さぶられる。
初期のイエスも、ELPもクリムゾンも もう全て あの時代の物は挙げきれないほどの世界をビジュアルな世界として私には見えた。
The whoはサウンドは単純ながら哲学的だったし、Zepに至っては心をガクガクと揺さぶられた。
60年代、70年代は そんなバンドが多かった。80年代は華やかだったと思う。

私は ひょんな事から覚えた遊びが後に“幽体脱離”という危険なものだと知らされるまでやっていた。
就寝後 オデコとオヘソにウ~ンと力を入れて頑張る。とても力を入れる。すると自分は寝ているはずなのに段々起きていく角度で周りの物が見えてくる。そして最後に思いっきり「ウン!」と力むと足元に自分が寝ている。

それからは軽くなった身体で、ひょいと建物の壁を抜けて空に上がる。
とても心地よい。記憶に とても残っている出来ごとがある。当時 その日 何故か友達の家に私は行った。
見たら午前3時半過ぎ。友達の お兄様が こんな時間なのにシールの貼ってあるギターをつま弾きながら何か歌っていた。自分でも何故 ここに来たのか わからなかった。その後 また外に出て 夜空を徘徊してベッドに戻って寝た。

その数日後 たまたま その友達と その友達の家に行く用事が出来た。
全く ついちょっと前 見たものと同じ光景だった。しかも部屋に入ると 見たシールの貼ってあるギターが置いてあった。
たまたま お兄様が2階から降りて来たので(お兄様も見た人と同じだった)、つい私が見た日付を言って午前3時半頃ギターを弾いていたりして・・・なんて、茶化してみた。まさかのピンポンで その日に限って そんな時間にギターを弾いていて両親に叱られたと笑っていた。私は内心 今まで見て来た事が ウソでなかった事を その後 一つ一つ検証するようになっていく。
それが危険な行為だと教えられるまで。


私にとって肉眼で見えない世界の方が限りなく大きく、そこにある素晴らしいものを どうやって人に伝えるかが課題になっていく。愛も悲しみも苦しみも 言葉に出したら 単に ただの文字で薄っぺらくなってしまう事が多い。

それらを きちんと表現できる偉大な表現者達は 肉眼で見えない世界に「悲しい・侘びしい・寂しい」とかいう感情の塊が道端に落ちていることや この世を離れた世界との交信をして そこから自分の表現力で それらを文字にしていったからこそ、その一文字一文字、行間に重みと説得力があるのではないだろうか。

人間は、死=生 という欲望のバランスで成り立っている。それは非常にデリケートなバランスらしい。
偉大な表現者達が最後 そのバランスを崩し 自らの命を断つという結果に終わるのは、そちらに引っ張られてしまったからではないかと私は解釈する。

肉眼の世界だけでなく 見えない世界にこそ真実が隠されている場合も多い。
だからこそ 絶望せず まだまだ世界は大きいのだと希望を持てるのではないだろうか。
キレイ事は書く気はないので これは まだまだ序章である。
個人的なブログなので気ままに のんびり続けて書いて行こう。私は 昔 風だったのだから。

2013-03-14 17:18:46投稿者 : Nachiko
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