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Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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沈黙のメッセージ

毎日書いていたブログを書かなくなって
随分経つ。
書くことが好きな私にとって
ブログを書くのは楽しい事でもあった。

書き出すと止まらなくなる悪い欠点も
ある。

ブログで日記のように その日の
出来事を書くのも良いし、
ふと気になった事を書くのも良い。

段々と春めいてきて気分も
春色になっている。

義務感のようにブログを書いても
面白くない。

興味のある事が多すぎて私一人で
アレコレと一方的に書いてきた点も
あったかとさえ思う。

読んだ本や映画のレビューを書く
のも面白いと思う。

この情報過多の世で、自分なりに
消化する作業も大切だと思う。

ここのところブログを書く時間を
長い時間 瞑想に当ててきた。


知る事・情報は知識とは
言えないのではないか?

そこに自分なりの思考・感覚など
MIXして初めて自分なりの知識と
なり得るのではないかと思う。


それこそ うっかりすると「受け売り」
のオンパレードになる危険性がある。

朗読ライヴの事もあって、
今さらのように稲垣足穂を
幾度となく読んできたが、
声に出して読んでみると
それなりに発見があった。


音読との違いである。


今回 稲垣足穂の
『一千一秒物語』を取り上げるが
声に出してみると文章に「音」
が散りばめられていることに
気づいた。

ちょっとした発見だった。

超短編の塊からなる
『一千一秒物語』なのだが、
「音」はあるし、行間の表現に
「沈黙」があることを感じた。

どこからともなく声がする場面が
普通に出てくる。

「え?」誰が言っているの?


なんて違和感を感じさせない表現力。

空高く ある種 ロマンさえ感じる月
が あたかも そこらにいるように
身近に登場し時として
話は これまでのストーリーを
無視したかのように進み、
最後に いや実は繋がっていました
というオチがある。

そこで私は考えさせられた。

「無視」と「沈黙」についてだ。

「無視」は「愛」の逆さまだと
よく言われる。

まさに その通りだと思う。

しかし足穂の一見「無視」
に感じるストーリーの進行は
「無視」ではなく「沈黙」
なのだ。


「沈黙」は大きな含みがある。

日常生活でも言えているかと思う。

相手が「無視」したと感じるのと
「沈黙」しているのでは
天と地の差がある。


そこを汲み取れないと大変な事
になりかねない。

せっせと次の作品を考えながら
足穂の行間から感じる「沈黙」
から 私は大きな学びを得ている。


「沈黙」にはメッセージ性がある。

地味ながら わかる人には通じる
ような類いかもしれない。

お月様と 隣人と接するように
ストーリーを進める足穂は
他の作品では ここまで書くか
と思える感性と表現力を持って
その真価を発揮していく。


よく同じ本でも読む年齢や
読み方によって違った内容に
受け取れるというが、
本当に その通りだと感じる。

こんな時代だからこそ
足穂の文章が尚いっそう新鮮に
感じることが出来るのかもしれない。

外から受ける刺激ばかりでは
ただの行水状態で流れて抜けて
いくばかりになる。

とことん独りになって自分の
深いところに焦点を当てて
外界からの刺激を胸に
瞑想するのは とても有意義だと
感じる。


黙っていても次から次へと
今は情報の押し売り状態なのだ。


「無視」と「沈黙」の違いは
似て非なるものだ。


そんな事を つらつらと感じて
久々にブログを書いた。

誰もが己の深いところに
思考と感性を持っている。

残念ながら 雑音や思い込みでは
せっかくの宝を掘り起こせない。

独りで じっくり自分を
掘り起こすことが自分を
成長させ 進化させ覚醒させる
事に繋がるのではないか。

私は基本的に何でもOKの感覚を
持っている部分がある。

美味しいものを食べたら写真を
載せるのも良いと思うし、
何か感動したら それを書くのも
良いと思う。

今日は差し当たって
「無視」と「沈黙」について
大きく感じることがあったので書いた。

文章の「音」を朗読するって
どう表現するのだろう。

「沈黙」も どう朗読するのだろう。
何て考えるのはワクワクする。

日常生活で人を「無視」したことは
無いが、文章の「無視」と「沈黙」
は初めてである。


さすが評価の高い稲垣足穂ならでは
の、私への課題でもある。

私は ここにきて色々な形での
メッセージについても考えさせられた。

足穂の作品に、過去使われてきた
ある方向へのマスの誘導性を
感じない。


これは凄いことだ。

未熟ながら また せっせと自分の
作品創りもやりながら、
自己の中に存在する自己との
会話も楽しみたいと思ったのだった。

2014-03-24 04:04:20投稿者 : Nachiko
この記事のURL コメント(1) トラックバック(0) nice!  あしあと
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    guest
    ブログの再開を心待ちにしていたので嬉しいです。ネタは無尽蔵にお持ちなのでしょうけど、お疲れのときもあるでしょうし、自然体で更新していただければと思います。関係のない話で恐縮ですが、「静寂」の擬音(?)「シーン」を漫画に取り入れた手塚治虫は、やっぱりすごいです。
    投稿者 MW   2014-03-25 00:12:44
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