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M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

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M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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THE WHO 1

ご心配おかけしました。
1日寝たらスッキリしました。
どうやら寝不足と疲労だった
ようです。

寝食忘れての作品創り。
反省です。

今年は さらにフルアルバム
制作を控えているので
もっと考えて創作時間を
行動する努力をします。

で、今日からタラタラと
あまり日本ではビートルズみたく
人気と知名度のないThe Who
について書いていきたいと
思います。

おそらく日本で発売されている
The Whoの本は全て持って
いると思います。

他にも全て持っているバンドの
本はマニアとしてありますが、
まずミュージシャンとして
The Whoは ほとんどの
人が通るバンドだと
思うので あえて私は
長々と取り上げてみたいと
思いました。

何故 The Whoなのか?
特別メロディアスでもなく、
日本では親しみに欠ける
バンドでもあるのに…

長い連載になるので
蔵書の中から一番まとまって
いる『THE WHO FILE』
発行所 シンコー・ミュージック
発行人 草野夏矢
を参照に進めていきます。

一つの事だけでも本が一冊
出ているので、洋書など
含めるとThe Whoを語るのは
大変な作業になるので
私の思いなど交えながら
書いていきたいと思います。
………………………

私がThe Whoと出会った時、
まさにピート・タウンゼントが
インドにドップリ浸かっている
最中だった。

普通の人は音楽というと
サウンドから入ると思う。

本ばかり読んでいた私は
文学少女でピートのインド哲学
みたいな考えに とても興味を
持った。

どんな思想・思考・価値観を
持っているのだろう?

背景は何なのだろう?

決して大衆に媚びない姿勢と
社会を反映した描写に
暴力的な感じさえした。

しかし不思議なくらい「静」
の空気も含まれており、
サウンドに触れた時 その
矛盾に頭を傾げた。

1960年代中期以降、多くの
ロック・スターは“救い”を
宗教に求めた。

たとえばビートルズに
ビーチ・ボーイズ、ドノヴァン
らが一時期マハリシ=マヘン・ヨギ
なるインドの導師(グル)に
心奪われ、またジョージ・ハリソン
がヒンズー教の流れを汲む
新興宗教団体“ハレ・クリシュナ”
をしたり、といったのは良く
知られるところだ。

ロバート・フリップも一時
白魔術に入れ込んでいたし、
グラハム・ボンドやジミー・ペイジ
らは黒魔術に並々ならぬ関心を
寄せていたし、あのローリング・
ストーンズだってヴードゥー教に
入れ込もうとしていた時期も
あった。

さて、私が興味を持った
ピート・タウンゼントは
どうだったかというと
彼も、また、己を絶えず苛まして
きたコンプレックス(実像に
して妄想)と、スターとしての
名声(妄想にして実像)の
狭間で“救い”と“癒し”を
求めた一人であった。
彼が選んだのはメヘルー・バーバーなる
インドの伝説的なグルである。

修行のため30年以上にもわたって
一言も言葉を発さなかったという
エピソードを持つ廊所を訪れた
時の体験を72年に興奮交じりに
ピートは こう語っている。

「キリスト教は今、傾きかかって
いる。ババの墓を見た時、すっかり
我を忘れて、自分が細かい砂の
一粒になったような気分になった。

それは、ほんの2.3秒しか続かなかった
が、素晴らしい体験だった。

どうしても、もう一度
あの感激と完璧に澄み切った
境地に浸ってみたい。

自分の信仰心をこういう具合に
発表することが、薬よりも
毒になるんじゃないかと
俺は常々恐れている。

だが、ババは何よりも思想が
地に足がついてる。

マハリシのような戯れとは違う。
俺は説教らしいことはできない。
ババに従うことが誰にとっても
いいことかどうかもわからない。

みんなそれぞれ自分の体で
発見しなければならないんじゃ
ないかな。」


そうピートが語るババとは
どんな人物だったのだろう。

記述は調べても極めて日本語
サイトでは少ない。


名前は
メヘル・ババ

1894年2月25日〜1969年1月31日
誕生名メルワン・シェリア・イラニー
インドのパールシーの出身で、インドの
神秘家であり、1954年に今世代の
アヴァーターラと公衆に宣言した
霊的指導者である。

インドのマハラシュトラ州プネー市
(旧称プーナ)で生まれ、マハーラー
シュトラ州のメヘラザードで肉体を
離れたという。


「私は知識を伝えるために来たのでは
ない。
あなたたちの目を覚ますために来た」


生涯

1894年 生まれて特別強い神秘的な
兆候を見せることなく普通の子どもと
して成長。

19歳の時、イスラム教の聖女
ハザート・バーバージャンと束の間の
接触により、7年に及ぶ霊的変質の
プロセスが始まった。

その後、ハザート・バーバージャン含む
“5人の完璧な指導者”と彼等が呼ぶ、
他の4人の霊的指導者とも接触した。公
な活動を始める前に、そのうち1人の
指導者ウパシュ二・マハーラージと
7年間過ごした。

メヘル・バーバーという名前は、
ペルシャ語で“あわれみ深い父”
を意味し、最初の信者によって
名付けられた。

イスラム教出身の聖者であり
悟りを得ていたとされる
シルディ・バーバーも、
“5人の完璧な指導者”のうちの
1人である。

1925年7月10日から没するまで
メヘル・バーバーは沈黙を続け、
アルファベット板を指差す方法か、
独自の手を使ったジェスチャーで
意思の疎通を取った。

彼のマンダリ(彼の弟子達)と共に
長い間、自ら隔離された生活を
続ける中、度々断食を行なった。

また、様々な場所を旅し、集会を
開き、ハンセン病の患者や貧者
そして精神を患った人々の為に
慈善活動を行なった。

1931年メヘル・バーバーはその
後何度も訪れる事になる西洋を
初めて訪れた。
そこで、多くの人々が彼の信者に
なった。

1940年代のほとんどは、マスト
と呼ばれる、霊的な分野で向上心
のある人々と共に活動した。

彼らは、本質的なスピリチュアル
体験により魅了された人々と、
メヘル・バーバーは説明している。

1949年頭、選ばれたマンダリと
共に匿名でインドを旅した。
この事を彼は“新しい生活”と呼んだ。

1954年2月10日メヘル・バーバー
は彼自身がアヴァターラ(神の化身)
と宣言した。

2回の自動車事故での負傷により、
歩行が非常に困難になる。
その2回の事故は1952年
アメリカで、1956年インドで遭った。

1962年、西洋の信者達をインドに
招き、“イースト・ウェスト・ギャザリング”
という大規模なダルシャンを行なった。

幻覚剤や、その他の幻覚を起こす薬物
について、本物の恩恵を伝える事は
出来ないと1966年にバーバーは言明
した。

健康状態の悪化にも関わらず、
彼は断食と陰った生活をはじめとした
“ユニバーサル・ワーク”を
1969年1月31日に死去するまで
続けた。

インドのメヘラバッドにある彼の
サマディー(聖廊)は国際的な
巡礼地となった。
………………

私が、物凄く共鳴するのは 
この部分である。


幻覚剤や、その他の幻覚を起こす
薬物について、本物の恩恵を
伝える事は出来ないと言明した。


これを言明する人に影響された
ピート・タウンゼントは私にとって
物凄く共鳴出来るものがあった。

私といえば、食生活で
自分のPhを調節したり、睡眠や
断食で見えない世界から何かを
感じる力や集中力を高めようと
したり、また瞑想や内観に
熱心な性分だからだ。

私が書く詩の世界などを、
シュールだとか、どんな薬やったら
あんな世界を描けるの?
とか言われたことがあった。

答えは簡単。

瞑想と内観。

感性を研ぐだけだ。

私がピート・タウンゼントとの
出会いは まずそこから始まった。

彼らのサウンドと人柄を
音楽雑誌で少しずつ日本に入る
情報で知ったのは、その後だった。

音楽は伝達でもある。

そこにメッセージもある。

娯楽性もあるが、大切な事も
秘めている。

大袈裟かもしれないが、私は
そういう部分を大切に考えている。

The Whoの話を語るのに
長い連載になるかもしれないが
まずは、こんな出会いから
始まったと今日は書いておこうと
思った。

何故 THE Whoを抜きに自分を
語れないか。
何故 そこまで存在が大きいのか。
メンバーを知れば知るほど
納得がいくことになる。

2014-02-24 19:37:33投稿者 : Nachiko
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    コメント一覧
    サスケさん 瑞恵さんへ
    携帯からコメントを書いたら色が変わらなくて、下のようになってしまいました。すみません。下の二つのコメントは私が書いたものです。
    サイト管理者 Nachiko   2014-02-26 19:30:40
    guest
    コメントありがとうございます。
    かれらは決して立派な人達ではないと思います。無い物ネダリと自分には全く手に出来ないものを持っている人達での興味で影響力まで及ぶことはできませんでしまが そのパワーやロック史を語る上て 外せない存在として理解しています。自分のルーツは さらに深いです。
    投稿者 サスケさん   2014-02-26 05:28:32
    guest
    コメントありがとうございます。
    現実主義者大いに結構だと思います。
    内観•瞑想は とても説明しきれるものではないので、ここでは説明できず、
    申し訳ありません。
    投稿者 瑞恵さん   2014-02-26 05:22:30
    guest
    内観、上手にやらないと難しい結果を招きます。私は素人なので下手に内観をしない方が良いと思って避けています。
    私は現実主義なので少し戸惑います。
    それはさておき、体調が良くなられたと言う事が何よりです。
    投稿者 瑞恵   2014-02-25 07:25:42
    guest
    Nachikoさんを知るために THE Who を知る事になるとは・・・。
    知りたくないです。
    どのような立派な方々なのか存じ上げませんが。僕とすれば、他に影響されないNachikoさんであって欲しいのです。
    投稿者 サスケ   2014-02-25 03:41:34
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