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Key    :河本慎一

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和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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音楽のゲシュタルト性

カウンセリングをやってきたくせに、
あまり心理学を好んでいない処がある。
それは あまりにも枠に当てはめようと
している部分を感じるからだ。

様々な心理療法は今は臨床心理士が
行なうが、大学院を出て人生経験も
ろくにない人が机上の空論を
振り回し、かえってクライアントさんを
悪化させてしまっている部分もあるのも
事実として否定できない。

それほど人の心理に踏み込むことは
難しく、型にハマったものではない
のである。

知識は知識として、やはり人生経験は
何をするにも大切な基盤になると
いうのは言うまでもない。

そんな私が数ある心理療法の中で、
わりと賛否両論ありながらも、
教授から講義を受けていて
妙に納得したものがあった。

ゲシュタルト療法だった。

一番最初に
「ゲシュタルトの祈り」という
かの有名な文章を読んだ。

これが私にとって、他の心理療法
と違う何かを感じさせた要因である
ことは間違いない。

以下「ゲシュタルトの祈り」を書く。


ゲシュタルトの祈り

私は私のことをする。
あなたはあなたのことをする。
私は、あなたの期待に応えるために
生きているわけではない。
そしてあなたも、私の期待に応えるために
生きているわけではない。
私は私、あなたはあなた。
もしも偶然、私たちの心が触れ合う
ならば、それは素敵なことだ。
もし触れ合えないとしても、
それは仕方のないことだ。


または訳を変えて書いてある文章は


ゲシュタルトの祈り


私は私のために生き、
あなたはあなたのために生きる。
私は あなたの期待に応えて
行動するためにこの世に在るのではない。
そしてあなたも、私の期待に応えて
行動するためにこの世に在るのではない。
もし縁があって、私達が出会えたなら
それは素晴らしいこと。
出会えなくても、それもまた
素晴らしいこと。
………………

そもそもゲシュタルト療法とは、
フレデリック・パールズとその
妻のローラにより、ゲシュタルト
心理学、実存主義思想などを手がかり
にはじめられたものである。

彼は、1942年に出版し発表し、
その基本を1951年に出版している。
その後、日本にやってきて京都の
大徳寺で禅の修行もしている。

「ゲシュタルト」とは、
ドイツ語で「かたち」「現象」をいう
言葉。

直接は「ゲシュタルトの心理学」から
由来した言葉と思われるが、
その意味づけは
参禅体験などと深く繋がっている。

東洋的な瞑想や精神的統一の
体験を基盤に取り込んだという点では
ユージン・ジェンドリンの
フォーカシングと似ている。

セラピーの姿勢としては、
カール・ロジャースの来談者中心療法
などと一緒に人間心理学
(アブラハム・マズローの流れ)
の中に分類されている。

このセラピーでは、過去に何をしたか、
それはなぜなのかを問うことはしない、
「今ここ」で「いかに」話しているか、
「なにを」話しているかを問題にする。

それを気づき、体験すること、
そこから全身全霊的な気づき、
覚醒を目指し、そこから、そこで
自分自身であるという自由を
取り戻すことを目的とする。

この療法の目的は活動における
より確立した独立と、
自然な成長を阻害する障害物に
対処する能力を、
患者自身が獲得することを助ける。
(wiki参考)

ゲシュタルト療法の理論とアプローチ
これは気づきを通して本来の自分を
取り戻し、自己成長を促すという
ことを目的としていて次の3つを
柱としている。

・内部領域

簡単に言えば「からだ」のこと。
「水が欲しい」とか「息苦しい」
とかまたは私は「喜び」「怒り」
「悲しみ」を感じていることに
気づく。

「からだ」は体と精神を分離しない。
心にストレスを感じている時は
身体の筋肉も緊張する。
心と体は一つである。

・中間領域の気づき

中間領域の気づきは知的知識、
思考世界の気づきのこと。

・外部領域の気づき

外部領域の気づきとは現実の世界に
コンタクトすること。
内部領域で「空腹である」ことに
気づき、中間領域の思考で
「お昼を食べたい」と想像しても
飢えは満たされない。

現実に自己の5感覚(視覚 聴覚
味覚 触覚 臭覚)を使って
食べ物を見つけ、料理を作り、
口に入れて飲み込まないと
空腹は満たされない。



ゲシュタルト療法について書くと
いくらでも説明は出てくる。
簡単に言えば、自分は自分という存在
を忘れてしまうから、現実とのズレで苦しみ
が生じる。

だからロジャースのように「気づく」まで
待ったりせず介入して自分を
受け入れられるように もっていくという手法。
そのためにゲシュタルトは全体を一つの
集合体と考えている。
これは「グロリアと3人のセラピスト」
というビデオを見るチャンスがあると
勉強になると言われている。


私は理屈ぽい様々な心理療法の中で、
このゲシュタルト療法を今回取り上げた
のは、これを講義する時に
担当教授が白ボードに大きな円を描いた
ことが印象的だったこともある。
教授は延々ゲシュタルトの説明をして、
その療法の説明をしたあと、
いきなり
「あなたの好きな人達と大嫌いな人達を
書き出して下さい」と言った。

私は、およそ自分と正反対の性格の
苦手な人の事を思い浮かべながら
ノートに名前を書いたのだった。
どこが嫌いで、苦手かも書くように
言われた。

言われるがままに、長々と書いたのを
覚えている。
私にしてみれば、こういう人達とは
お近づきになりたくないし、
絶対に嫌だと思っていたのでスラスラ
書けたのだった。

暫くすると教授は、
「はい、書きましたね。
よーく考えて下さい。
たくさん人がいる中で
何故 その人達が嫌いで苦手
なのか理由を考えてみましょう。」
白いボードの大きな円には自分が意識
している自分という部分が書いてあった。
残りは空欄だった。

「どういう意味?」それが
その時の率直な私の気持ちだった。
自分が意識して知っている自分と
自分が全く意識していない表に
出していない嫌いな自分があるという
話を聞かされた。

「あなた達が書いた嫌いな人・苦手な人
は、あなた自身が持っている自分の
嫌な部分です。」
と教授がニコっと笑って言って
空欄だった大きな円に記入すると
「はい、これでゲシュタルトは
完成しましたよ。」
とおっしゃった。

あの時の軽い目眩は何とも言えなかった。

確かに、何故なんでもない
あの人、この人とかを私は
こんなに苦手なのだろうとか
自分でも理解できなかったから。

「そっか。私が持っていて自分で嫌いだと
思っている部分を表に出して堂々と
歩いている人間に対して私は そういう
感情を持つのか…」
と妙に納得してしまったのだ。

それからは、ゲシュタルトの意味を
考えるようになった。

これは とてもそのあと私にとって
大きな意味をもった。
全体構造・全体性という思考は何でも
当てはまる。

私は音楽のゲシュタルト性について
考えていた。

音を一つ一つに分解すると、音楽では
なくなる。
しかし その一つ一つを分解せず、しかも
そこに感受性やリズムなどを入れ込む
ことによって、音楽は さらなるものへと
引き上げることができる。

文字のゲシュタルト性なら、単純に
その文字になって、意味をなすところで
おわる。

そういった意味で、同じゲシュタルトでも
音楽のゲシュタルト性は、少し
理屈以上に やりがいがあるのではないか
と思ったのである。

2014-02-03 19:44:02投稿者 : Nachiko
この記事のURL コメント(4) トラックバック(0) nice!  あしあと
    4件中   1 - 4 件表示 ( 全 1ページ )
    コメント一覧
    久松さんへ詩の世界もそうですが、音として捕らえた場合に、ゲシュタルト性を考えると もはや音楽は成り立たないわけです。実験音楽でも成り立たないと思うのです。無音というのは絶対にありえないからです。
    サイト管理者 Nachiko   2014-02-06 23:38:44
    guest
    音楽に限らず、文学や演劇、映画、美術などなど表現活動、創作行為には、かならず自分の影の部分を見つめる作業が必要になってきますから、ゲシュタルト性が大きいんでしょうね。
    投稿者 久松   2014-02-06 01:09:14
    馬鹿道マッシグラさんへゲシュタルト療法って面白いですよ。純情で清楚な女優さんほど、汚れ役をやると素晴らしく出来ると先生は説明していました。納得しました。ゲシュタルトが、そこで完成するのですね。
    サイト管理者 Nachiko   2014-02-04 18:53:53
    guest
    確かに自分の中の嫌いな部分を大きく持っている人を見ると すごくウンザリするし、毛嫌いしてしまう。なるほど・・・
    「自分のこんなところを失くしてしまいたい」と思っている部分を自分の個性として堂々と生きている人を嫌いになるのは納得できます。
    逆に、自分に無いものを持ち合わせている人に憧れたり好きになるのも納得できました。
    投稿者 馬鹿道マッシグラ   2014-02-04 09:12:06
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