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Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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La Lumière 

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虐待の歴史・影響について

昨年の今日 何があったかと見ていたら
またしても虐待のニュースが入っていた。
たまたまプレゼントして頂いた本の中にも
虐待を扱った漫画が2冊あったので
今日は虐待について ほんの少しだけ
触れてみたいと思う。

私が考える虐待で すぐ浮かぶのは
明治以前など嫁姑など まだ核家族が
当たり前でなかった時代、

姑に虐められた母親が自分の産んだ
子どもの中の一人をターゲットにして、
憂さ晴らしに今では考えられないような
虐待に当たる様々な行為を行なって来た
現実である。


それは昔は一人っ子が少なくて誰か
一人をターゲットにして、その子だけを
虐待し、他の子ども達には
良き親をやってきたという現実がある。

よく年配者で同じ親に育てられたのに、
信じられないほど性格が違い、
一人だけ社会不適合者がいたり、
自殺者がいたりするのも
生育歴を追っていくと理解できる
ことがある。

まだネットなど当然なく社会に発信
する手段もなく、
日本の風習の中で嫁は姑に虐められる
のが当たり前、みたいな風潮が
あったため周囲も見逃してきた
のではないかと思われる。

これが日本の文化と言われれば
それまでなのだが、日本人は
女性が嫁ぐと婚家に娘を
「くれる」とか「あげる」
という考え方をする。

外国だと女性は自分の名字に
婚家の名字を付けて両方を
名乗ることが多いのに、
これでは まるで女性は「物」
扱いなのではないかと思えてしまう。

そんな風にしてもらわれて行った
女性が婚家に馴染めず しかも姑に
虐められたら当たるのは我が子しか
いなくて、出戻りを恥としてきた
日本社会では実家にも戻れず
我が子を虐待という意識も持たない
まま虐待して心のバランスを保って
何とか姑が老いて自分の立場が
確立するまで頑張ったのでは
ないかと拝察するのである。

それが今は核家族化がすすみ、
嫁姑間の争いも減ったはずなのに
虐待のニュースは減らない。
むしろ虐待に関して詳しく分類されて
掲載されている始末。

今回は児童虐待について書いていこう
と思う。

昨日30日も午前2時半頃、東京都で
2歳の女児が心肺停止状態で発見。
病院に搬送したが死亡。
両親は「2,3日前に公園の滑り台から
落ちた」と説明。しかし、女児には
顔や胸にアザがある。

この女児は両親と弟(9ヶ月)の四人暮らし。
両親は「他に子どもが3人いて児童相談所に
入っている」と話しているという。
あきらかに核家族だ。

普通に考えると二人の親で5人の子どもを
育てようとしていたのだろうか?
環境はどうだったのだろう。
収入はどうだったのだろう。

場合によっては時代によっては、
核家族でなければ祖父母が一緒に
住んでいれば子どもの世話を手伝って
くれることもあるかもしれない。

今年に入っても
1月15日に東京地裁で生後間もない
乳児2人を相次いで捨てたとして、
保護責任者遺棄の罪で両親の公判が
開かれた。

起訴内容は2010年1月30日大田区の
民家の玄関先に生まれたばかりの
長女を置いて立ち去ったほか、
11年3月6日にも次女を同区の公園に
捨てたというもの。

ほかにも02年に生まれた長男、
04年に生まれた次男がいるが、
長男は出産後すぐに死亡しており、
次男は虐待の疑いで児童相談所が
保護していた。

ここのところ児童虐待の増加が
止まらないのはニュースを見ても
よくわかる。

親子だけではなく、他人による
虐待も凄まじい。

最近でも兵庫県尼崎市内の
アパートで昨年10月、中学3年生
の男子が監禁され、性的虐待を受けた
とされる事件で、兵庫県警少年育成課
などは30日、女児2人のわいせつな
動画を撮影したとして、強制わいせつ
と児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)
の疑いで、無職の容疑者、を再逮捕
新たに雑貨販売業の容疑者を逮捕。

まぁ、本当にエスカレートしているのが
わかるのは情報社会のおかげなのか、
それとも以前からあったものが
たまたま こうして伝わるように
なっただけなのか定かではない。

虐待の種類は

・身体的虐待
対象に身体的暴力を加える

・心理的虐待
対象に心理的暴力を与える

・性的虐待
対象に性的暴力を与える

・経済的虐待(金銭的虐待)
対象に金銭を使わせない
あるいは勝手に使う

・ネグレクト(教育放棄・無視)
対象に必要な資源を提供しない
その他の虐待(未だ定義が不十分なもの)

・教育ママなどにより、家庭において
勉強を強制するための身体的・心理的
虐待やネグレクト

・組織内での虐待やパワーハラスメント
(会社や軍隊など)
組織内で上の立場の者が下の者に対して
行なわれる身体的・心理的・性的虐待や
ネグレクトなど。
時津風部屋力士暴行死事件や自衛隊での
いじめ、大津市中2いじめ自殺事件に
おける子どもを守るべき立場の教師が
事態を放置した事実など。

欧米では子どもを一人っきりにさせること
自体が「虐待」だと定義されているようで、
子どもを残して買い物に行った人が通報
されたという話もあるが、これも
子どもの年齢によると思う。

親の考えでホメオパシーなどを使っていて
医者には行かない人も虐待になるのか?
日本人が考える虐待の定義と
欧米人の考える虐待の定義が違うが、
欧米人は自分達の価値観だけが絶対的だと
思う傾向が強いように思える。

昔、ギリシャにあったスパルタからくる
「スパルタ教育」だって近代的な
価値基準では虐待になる。

今回は「児童」を取り上げているので
書いているが、親の役割は
「子どもを育てること。

人間としての成長を促し、一人の
人間として自立し、幸せに生きる
ことができる能力を育ててあげる」
ということなのではないかと思う。

一番大切なのは子どもに好かれようとして
「優しく育てること」、実際に子どもが
一人の人間として自立し、幸せに生きる
ことが出来る能力を育てることが
できるかどうか。
叱らず、怒鳴らず、叩かず、きちんと
世話をして優しく子育てをしていても、
子どもと心を通わせようとしないのは
虐待ということになる。

色々書いてきたが、子どもの自己肯定感
を失わせるような行為=虐待と
いえるのではないかと。

では児童虐待に遭った子どもが
大人になると どのような症状(状態)
になっていくのか。

一般的には心理面・情緒面で大きな
後遺症を残すと言われている。
本来頼るべき相手からの虐待なので、
発達の初期段階での大きな人間不信
というハンディキャップを背負い込ん
でしまう。

普通、ショックを受けた時は、
感情を麻痺させる心理的な仕組みが
働くが、被虐待児の家庭では
このショック状態を解消する仕組みに
欠けてしまうので、感情の一部が
抑制されたままになってしまう。

自己を確立していくための大切な
思春期に、対人関係の取り方に
問題を抱えたり、感情を抑制
出来なかったり、自己達成感を
得ることが出来ないこともある。

また、行為障害といわれる様々な
問題行動が現れたり、自傷行為を
繰り返したりすることもある。
虐待を受けて育った子どもの中には、
児童期や思春期に傍目から見ると、
優等生的で、他人への気遣いがあり、
責任感も強く、何の問題もない子も
いる。

しかし、何に対しても責任を持とうと
し、自分だけが頼り、深刻になり過ぎ、
達成感が得られないまま過ごしている。
これも心理的・情緒的問題による
ものである。

さらに成人しても、心理的・情緒的問題
を引きずって、大人としてどう行動して
いくかというモデルのないまま生きて
いくことになる。

結婚しても、家庭を維持したり、
育児をしていく力が弱く、
そこで世代を超えて虐待が出現してくる。

ここで是非、言い添えておきたいたいのは
現実にあった話からのアドバイス。
「虐待の連鎖」という言葉は、どの教科書
にも書いてある。
私も習った。

私の ごく近しい人が某保険師に 子どもが
直接言われて それを知らされて、
その母親が その保険師に「五寸釘を打ってやる!」
と騒いだ事件があった。

確かに その母親は ある機能不全家庭でもあり
虐待家庭でそだったのだが、
それを早くに気づいた当事者は
自分に子どもが出来たら絶対こんな真似は
しない!と固く誓い最善の努力と勉強を
して子育てをしてきた人なのだ。

当然 そこの子どもは自分が虐待なんて
言葉とは無縁だと思っている。

それが母親が虐待家庭に育ったというだけで、
その某保険師は その子どもが どういう風に
育てられたかも知らないくせに
「虐待は連鎖するものだから、
あなたが気づかないだけで、あなたも
虐待されて育ったのだ」
と吹き込んだ。

言われた子どもはショックを受けて
帰宅できなくなって深夜すぎまで
愕然としていたらしい。

こういう無責任な保険師を行政が雇うという
ことに私は物凄く憤りを感じたのは
言うまでもない。

現に この遅れた「虐待の連鎖」に対し
正しい数値で言うと特別意識して
いなくても
「虐待の世代間連鎖は63%の人にしか
みられない」とい結果が出ている。

また適切なヘルプや夫などの存在で、
虐待は 連鎖どころか言われている
数字の%よりはるかに連鎖していない
というのが実際のところだと
言えるのだ。

逆に虐待をしている人が、自分が
虐待を経験していない場合も多いことを
見逃してはならない。

恵まれ過ぎて育ったり、いい加減に
生きてきて虐待に走るというケースだ。

このあとは実際の虐待を受けて育った人
のために参考になる本を紹介しよう。

新曜社より出版された、J・コンラート・
シュテットバッハーの著書
「もしも苦しみに意味があるなら」
邦訳出版名「心の傷は必ず癒える」
1993年初版発行に記載されている
プライマリーセラピー(初源療法)
という自助療法の書籍を参考に、
感情障害(人格障害)との孤独な
闘いに挑み、また病気克服の為に
実社会生活において経験し、
学んだことを記している。

『こころの傷は必ず癒える』から学ぶこと
気分障害(うつ病・躁うつ病)、パニック
障害・失感情症・離人症・摂食障害・
各種神経症など心の病気。
リストカットやODなどの自傷行為。
ドメスティックバイオレンス、ネグレクト
など弱者への育児放棄や暴力、虐待行為。
反社会的な犯罪など、これらの精神疾患は
自分の子どもを愛する能力を持たない
両親、家庭のもとに生まれ育ったために、
自分自身の「存在」、そのものを正当な
ものとして受け入れることを知らない。
または「自分は生ける者として不十分で社会
に適応しておらず、世の中の誰よりも
劣っている。」などの強烈な劣等感や
自己無価値観に苛まされながら、世代
から次世代へと盲目的に引き渡されて
しまう、二義的現象によっておこる病。
これらの心の病の発症原因は、過去の
幼少期からの成長過程においての、
両親、及び他の養育者によって心の
奥深くに刻み込まれてしまった、心の傷
(複雑性心的外傷後ストレス障害、PTSD)
の後遺症による結果として発病する。
シュテットバッハーの
「心の傷は必ず癒える」は、今、私達の
心を覆ってしまっている、精神的病苦
などの負担を軽減し、危機的状況から
抜け出す事を目的に紹介された、
一人でも独自で出来る自助療法を
具体的に解説した文献である。

その後「序論:インナーチャイルド
との出会い」と本書は続いていく。
この療法では、子ども時代に養育者
によって負わされた過剰負担
(トラウマの原因となりうる出来事)
によって、心の奥底へと抑圧されて、
そのままの状態で遺棄されていて、今日
では、自分で、まったく気づくことが
できない潜在意識の中から「症状」
という形で、毎日のように自分の心から
自由を奪い、縛り付け、怯えつづけている、
愛された経験を持たない。または、愛して
もらうためには、常に代わりになる代償を
要求されてきた、幼き日々の、
もう一人の自分、インナーチャイルドの
呻き、嘆いている声を聞くために、
過去に起きた、ありとあらゆる些細な
情報を集めていく。

こうして具体的にセルフセラピーの
やり方が書いてある。

私の個人的見解としては なるほど…
なのだが 最初自分が生きているうちに
明確な解決法が見つかったと絶賛して
いたアリス・ミラーが その後の
増刷分から「もう支持しない!」と発表
した。

しかしアリス・ミラーに関しては
歴史上の人物の登場や、聖書をはじめ
他の文献からの引用も多く傾倒と批判の
繰り返しであることも事実。
心の病に属する統合失調症を
「あちらの世界へ行った人達」と
表現したり、違和感の多いことが
ある。

それで、私はアリス・ミラーの意見は
気にしないことにしている。

話を戻すと、『人間失格』の太宰治も
父親には勿論、病弱だった母親からも
十分な愛情を受けていない。

これは虐待とはいえなくても、
ある意味では心に傷を作る要因になった
と思える。

太宰治の
「自分の不幸は、拒否の能力の無い
者の不幸でした。」と綴っている。
『人間失格』での名言だと思う。

もし人間社会において、この言葉通りに
世の中を生きようとするならば、他人の
言葉をすべて受け入れてしまい、
現実的には生きにくいこと、
それ自体が不可能な事のように
思われる。

主人公のように、他人の言葉、要求を
拒否することの出来ない人間には、
なるべくしてなった結果が待っている
ことになる。
そして太宰は
「父が死んでも、自分の胸から
離れない。
あの懐かしく おそろしい存在が、
もういない。
自分の苦悩の壷がやけに重かったのも、
あの父のせいではないだろうかとさえ
思われました。」
大変な心の苦しみを持った太宰の中に
両親からの愛の問題がある。

虐待から始まって、ここに話がきた
のだけど、虐待とは なくならないと
思っている。

虐待している方が、その自覚もない場合も
多いからだ。
また自分が虐待していることを
悩んでいる人もいる。

これも私の近いところで、子どもが
クレヨンを落としたとか、くだらない
事で、一度叩き出すと自分でも
コントロールが効かなくなる人を
何人も知っている。
目の前で子どもを公衆の面前で
叩き続けていた姿も見た。
本人も止めたいけれど、もう止まらない
とかで人が止めに入っても
暴れるだけだった。

前の方に書いたが、品行方正に育った
お嬢様育ちの人だったが、相当に
抑圧されて育ったのかと拝察していた。

戦後になって学歴社会になり、
親達は こぞって子ども達に
「勉強 勉強」と無理強いするケースも
多い。それがエスカレートしている。

虐待に通じていることさえ気づかない。
子どもは 自己防衛のために逃げていく。
しかし心に傷を持っている。
あと離婚率の高さだ。
これも子どもの心理には、あらゆる意味で
照らし合わせるとわかるが、
ある種の虐待的要素がある事がわかる。

決して子どもに良い影響は与えないのだ。
尊敬する永井隆という作家・医師がいる。
この永井隆先生の作品『この子を残して』
を読んで涙を流さない人はいないのでは
ないだろうか?
そこに永井隆という人間の親と子の絆・
存在観が描かれているのだが、
この考え方にこそ虐待と真逆の高潔な
思考を感じてしまうのは私だけだろうか。
子どもにとって、親は生涯たった一人なのだ。

まだ物心つかないうちなら良いかも
しれないが、簡単に親が変わったのでは
子どもにとっては虐待同然なのである。

もし再婚して我が子同然に愛してくれる
人に出会えたら最高の幸せといえよう。
虐待は無くならないが、良心的な
保護できる場所があればと思う。
それと、まさか自分が虐待されている
なんてと気づきにくいものだが、
気づいたら、早くに自己防衛する策を
考えることだ。

あまりにも幼い時は悲劇を招く。
それは 歯がゆくて仕方ない。
大人達が 好き勝手やらないで、自分の
キャパを考えて子どもを作り、責任を
持って育てることから始めるしかない。

そして、ある程度大きくなって自分が
虐待を受けていると小学生くらいで
わかったら、十分に親を観察することだ。
身体は縛られても、心の中まで
虐待によって支配されないように
気づくことだ。

今は これだけ簡単に情報を取り出せる。
マセガキだなんて言われないだろう。
虐待だなんて、暗い話題を
取り上げたが 私は なくならない問題
だけど、その向こうに必ず解決策があり、
虐待された人間も しっかり生きていける
と確信してこれを書いている。

2014-01-31 19:10:43投稿者 : Nachiko
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    コメント一覧
    雫さんへ「等身大の自分」「自分らしく」これは大変なことですね。ある意味、壮大なテーマでもあります。そこに至るプロセスも とても難易度の高いことです。よくぞ、歩いておられると感心しております。
    サイト管理者 Nachiko   2014-02-04 18:46:54
    guest
    色々な虐待が合って、傷付いてもその世界が一生は続きません。自分がどうしたら自分らしく居れるか。場所を探して自分の痛みを忘れないで笑っていきたいと良く思います。綺麗事といわれてもそれが等身大なんです。色々あります(*^^*)
    投稿者 しずく   2014-02-02 22:20:50
    馬鹿道マッシグラさんへ素晴らしいお婆様がいらして幸せですね。助けて下さる肉親がいて本当に良かったです。
    サイト管理者 Nachiko   2014-02-01 20:51:38
    瑞恵さんへお辛いおもいをされたのだと拝察致します。しかし、ある時期自分と向き合わないと、ずっとひきずってしまうと懸念致します。
    サイト管理者 Nachiko   2014-02-01 20:49:24
    guest
    瑞恵としては、できるだけ避けたい話題です。
    あえて言える事は、私には 感情の一部が抑制されたままになってしまっている と言う事です。
    投稿者 瑞恵   2014-02-01 19:03:46
    guest
    私は二人姉妹で核家族で育った。二人姉妹なのに両親からの虐待の標的は私だった。挙句の果て、私の妹までもが私の事をダメ人間と見るようになってしまった。両親が亡くなってからも、その影響は妹からやられている。もう、それは酷いものだ。
    虐待は受けた人にしか解らない。身体的にも精神的にも、私はずっとやられた。それを見抜いてくれたのが祖母だった。祖母は私が思春期真っ只中の時に両親から引き離してくれた。
    投稿者 馬鹿道マッシグラ   2014-02-01 15:30:49
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