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Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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La Lumière 

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猫6️⃣

まさか猫で こんなに長くブログを書く事に
なるとは思ってもいなかった。
書いている本人が一番驚いている。

正直言って最初に保護した片目をくり抜かれた
仔猫は人間を憎み開いている片方の目は
まさに「怨念」という文字の形に見えた。

糸の様に細くてつり上がり恐ろしい形相を
していた。潰された目からは汁が出ていた。

それが仔猫との出会いだったのだから、
人間を憎む猫の抵抗は仔猫とはいえ
半端ではなく、私は血だらけにされた。
小さな身体で攻撃してくる仔猫の姿は、
人間の罪深さを感じると共に不憫でしか
なかった。しかし恐怖心は私に入り込んだ。

そんな猫といえば次にあげるのは、
化け猫の話だろう。
また河合隼雄の本から抜粋しながら書いていく。

山場の「怪猫」の話は後にして昔話に
出てくる程度の化け猫の恐ろしさの話だ。
その典型的なものとして「猫のうた」という
のを取り上げている。

一般に読みやすいという点を考慮して、
できる限り関敬吾編『日本の昔ばなし』1,2,3
岩波文庫から引用している。話の後に示す数は
それぞれの巻と話の番号を表している。
「猫のうた」は3,29である。

ストーリーは昔あるところに爺さんと婆さんが
いた。二人は三毛猫を飼っていたが、年は
25の古猫だった。ある晩に爺さんが外出し、
婆さんはこたつにあたっていた。

婆さんが眠くなったところへ猫がきて
「歌をうたって踊ってみせよう」と言って、
手拭いを被り、前足をあげて踊り、歌をうたった。
そして、自分のうたったり踊ったりしたことを
誰にも言うな、もし言うと喰い殺すぞと言った。

爺さんが帰ってきても婆さんは猫のことは
言わなかった。しかし、夜になって寝床に
入って猫の姿も見えないので、婆さんは爺さんに
話した。すると天井の梁の上から、にゃーと
いって猫が飛びおりてきて、布団を被っている
婆さんの喉ぶえに喰らいついて殺してしまった。
爺さんはぶるぶる震えていたが、猫はどこかへ
行ってしまった。

この話の終わりは次のように結ばれている。
「三毛の年とった猫は、おかなえもんだ。
三毛猫に踊りおどらせたりすると化けると
いうことだ。それだから三毛猫に踊らせる
もんでないということだ。どっとはらい。」

この話で私は祖母や母が猫に絶対に芸を
仕込んではいけないと言っていたのを
思い出す。

我が家は犬が多いので、どうしても躾を
してしまう。ついでに遊んでしまうのだ。
私が猫に食事前に芸を仕込んだら叱られた。
何故猫に躾とか芸らしき物を仕込むと悪い
のか理由がわからなかった。
大抵 昔話にその由来があったりする。

この婆さんは不用意さから殺されてしまったが
正反対に、猫に警戒心をゆるめなかったので
命びろいした話が次に載せてある。

「猫と釜蓋」(2,41)で、これは山奥の一軒家
に狩人が母親と二人で暮らしていた。
かわいらしい猫がどこからか来たので大事に
飼っていた。その頃、山の中に山猫がいて、
色々業をするので村人は怖がっていた。

狩人は山猫を退治しようと、鉄砲弾を
こしらえていると、家の猫がじっと見ている。
その弾を一つ二つと数えているように見える。
そこで狩人は猫の見ている処で12の弾を
こしらえ、その他に一つの金の弾をひそかに
用意した。狩人は山猫退治に出かけ、夜中に
なって、暗闇に光る怪しい二つの目に向かって
鉄砲を打つが、ちゃりんという音がして弾は
そこに落ちたようである。12発ともそのように
して打ちつくし、最後に隠していた金の弾を
打つと、手ごたえがあった。夜明けになって
狩人が見ると、見たことのある茶釜の蓋が
一枚あり、そのそばに12の弾がころがって
いた。そこにこぼれていた血痕をたどって
いくと、大きい山猫が死んでいた。

狩人が家に帰ると母親は何者かに喰い殺され
茶釜の蓋がなくなっていた。これは山猫が普通
の猫に化けて狩人に飼われていて、狩人が
居ない間に母親を殺し、茶釜の蓋を弾よけに
もって山に行ったのだ。そして12の弾をこの
蓋で受け、やれ安心と狩人に向かってきた
ときに最後の金の弾に打たれ、とうとう
撃ち殺されたのである。

これは不気味な話だ。山猫が普通の猫に化けて、
狩人の弾つくりをじっとみて数を数えている
ところ。ここで、驚くような犯罪を犯した人
の印象を語って、周囲の人が「本当に普通の
人でしたが…」ということが多いのも、
このためだと述べている。

ここで私も同じく12という数が気になった。
これは河合隼雄も書いているが、洋の東西
にわたって、完全数としての意味を持つこと
が多い。

従って、この話は明らかに一般的な
「完全性」に加えるもう一つの秘密のもの、
つまり13番目の存在が極めて重要である
ことを示している。

ここでは、化け猫のような恐ろしい相手と
戦うには、一般に考えられている「完全」
では駄目で、その完全を上回るXが必要で
あることを示しているとも考えられる。

13などという数は不吉なものだ、と
キリスト教徒は言うかも知れない。
考えてみると13番目の人、ユダがもし
居なかったとしたら、キリスト教は今日の
ように立派なものになっていただろうか
などと言えそうに思う。

ユダは「完全」を超えるために、神が準備
された金の隠し弾だという考えも
可能と思われる。
このユダに関する話と13の話は興味深く
読ませてもらった。

猫といえば妖怪変化ということになるし、
日本昔話においても、化け猫のイメージ
だったが、それほど単純ではない。

もっと明るいイメージの話として
「竜宮の猫」(2,48)というのがある。
この話はいわゆる「致富譚」という類の
話であって、猫のおかげで大金持ちになる
話である。福を招く「招き猫」が商家の
店などによく飾られているが、おそらく
このような類の昔話や伝記を踏まえたもの
であろう。

日本の竜宮話の特徴は、多くの場合、
若い男が訪ねて行き、若い美しい女性に
会うのだが、結婚話になることが少なく、
ハッピー・エンドのときも致富になることが
多い(浦島太郎のような悲劇もあるが)。

ここで、どうして竜宮と猫が結びつくのかという
疑問が生じるが、それを考える上で、
猫が間接的ではあるが竜宮と関連してくる
他の話「犬と猫と指輪」(1,21)をみてみる。

これは鹿児島県薩摩郡の昔話だ。
ストーリーはある船主が船を出して目的地に
着いたとき、一人の貧乏な船方に三十銭の
お金を与える。その船方は、子ども達が
捉えていじめている、蛇、犬、猫を、
それぞれ十銭ずつを子どもに渡して助けてやる。

船で国へ帰る途中、船が動かなくなる。
見にいくと舵にフカが食いついていることが
わかる。貧乏な船方が犠牲になることになって
海に飛び込むと、フカが、「お前さんが
助けたのは竜宮の娘〈蛇〉さんで、お礼を
するために、お前さんを迎えに来たのだ」
という。

男は竜宮で御馳走になり、フカの忠告に従って、
指輪をおみやげにもらって帰ってくる。
その指輪を持っておれば、どんな願いも
かなうので、金持ちになる。
それを知ってやってきた大阪の博労が、指輪を
すり替えて盗んで行ったので、船方はまた
貧乏になってしまう。

男が困っていると、前に助けてやった犬と猫が
やってくる。男は「お前達が指輪を取り返して
くれたら、高膳で飯を食わせてやる」と約束
する。
犬と猫は早速大坂に行くが、例の博労は指輪を
瓶のなかにしまい込んでいる。
猫がそこに住んでいるネズミを捕まえると、
ネズミは「三毛猫さん、三毛猫さん、命は
助けて下され」と頼む(話がここまできて、
猫が三毛猫であることがわかる)。

猫はネズミの命を助けるのと交換条件で、
ネズミに指輪を取って来させる。
ところが、その指輪の取り合いで犬と猫が争い、
犬が勝つが犬は橋を渡って逃げるときに、
飛び跳ねる魚を見て食おうとした途端に、
くわえていた指輪を川に落としてしまう。
そこで、猫は川岸にいた蟹に指輪を
探させる。しかし、またもや犬は指輪を猫
から取り上げて主人に渡してしまう。
そこで、猫は本当のことを主人に話して
訴える。

主人は「高膳は罰があたる。猫は家のなかで
飯を食え、犬は庭で食え」と言った。
このため、猫は家の中で、犬は庭で飯を食う
ことになったという。

この話では猫は竜宮に直接関係していないが、
竜宮を訪ねて致富を経験する主人公を
助ける役割をしている。

あと猫といえば十二支に入れなかった
間抜けな「猫と十二支」(1,38の4)
がある。この話は有名だが猫の一般的な
話を思うと笑える。

他にも猫の報恩話とかイメージと違う話はある。
同じく関敬吾編著『日本昔話大成』全十二巻
から『猫檀家』『猫又屋敷』『伊勢参り猫』
など動物報恩譚であるが、猫が僧になったり、
お葬式に混乱を起こして、爺さん婆さんに
功名を立てさせるなど、仏教や死という
ことに関連しているのが特徴的である。

『徒然草』にも猫又の話が出てくるのは、
周知のことだが、猫の高齢者の集る
「猫又屋敷」があるという考えは、
どうも全国的にあるようだ。
そこにいる猫が「ここへ来るのは猫の
出世だ」と言い、美しい女性の姿をしている
のなど実に興味深い。

このような河合隼雄の抜粋から考えていくと
猫の多面性がいかに多岐に渡り興味深いもの
になっていくかわかってくる。

初めて私が保護した片目がえぐられて無い
仔猫を、あれだけの思いをしながらも
看病して、「怨念」という文字そのもの
のような片方の目が、まん丸で
クルクルし それこそ愛くるしいほど
可愛くなっていく姿に私が感動したのは
言うまでもない。
猫を扱った話で興味深いものを次回
あと少し書いていきたいと思う。
そして「内なる猫」について考えてみたい。

2014-01-08 23:55:09投稿者 : Nachiko
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    コメント一覧
    瑞恵さん
    私も猫って自分の世界をとても大切にしているように見えます。自分にとって居心地の良い場所を探すのも上手だし、哲学者みたいにしていたり、めちゃくちゃ寛いでいたり。猫の神秘性は飼って観察すると確かに面白いです。個体差が有りすぎて、これも魅力なのかもしれません。
    サイト管理者 Nachiko   2014-01-09 22:42:01
    guest
    猫が登場する物語は単純ではない物が多いと私は感じています。猫は飼い主も知らない世界を持っていて人間と関わる世界と自分だけの世界を行き来しているような気がします。神秘的ですよね?神秘的だから物語の登場人物として多々登場するんだろうな。猫は人間から貰っている愛情も知っている。でも自分の世界も大事にしたいのだと思えて仕方がありません。
    投稿者 瑞恵   2014-01-09 09:43:35
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