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Key    :河本慎一

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Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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猫3️⃣

河合隼雄の『猫だましい』を抜粋
しながら私のブログを書き進めて
いくと興味深いことばかりに
ぶち当たる。

猫の色々な側面をバーバラ・ハナの
説によりながら、マンダラ的に
示した猫マンダラという図が
書いてあった。

この図の説明だけで今日は終わって
しまいそうなくらい言い当てている。

人間が猫に対して抱くイメージは
極めて多様であり、肯定的・否定的
の両方がある。
これら全体を人間のたましいの
はたらきとして見ると非常に
興味深いとして丁寧に説明が
書いてある。
その猫マンダラとは……


猫が獲物を捕ったりするところを
見て、残酷だなどという人がいるが、
猫の方から言えば別に猫として
生活をしているだけで、
どうということはない。

もちろん、猫自身の特徴に
よる点もあろうが、猫について
人間がとやかく言うのも、
結局は人間が自らの性格を語って
いるようなところが多い。

従って、古来から、猫について
人間が描く色々なイメージは、
結局のところ人間の特性を
述べているものと考えられる。

これから、猫を主人公とする
色々な物語や小説などを
取り上げていくが、
それは要するに、人間の
魂のはたらきについて
語っているのだ、
というのが私の立場である。

既に述べたように、猫は
心理療法の過程のなかで
よく活躍するので、ユング派の
分析家もあちこちに猫について
論じている。

その中で、ここではC・G・ユング
の弟子のバーバラ・ハナによる
猫の色々な側面を表した図を
紹介しておこう。

バーバラ・ハナはユングの弟子の
なかの有名人で、我が国にも
昔話の研究家としてよく知られて
いるフォン・フランツの親友であった。

チューリッヒのユング研究所の
講師として二人とも非常に人気が
あった。
ここに示す図は、彼女がユングの
創設した心理学クラブで
「猫・犬そして馬」というテーマ
で行なったセミナーに
おけるものである。

(猫マンダラの図は、真ん中に円が
書いてあり、そこから外へ→で
正面下に「気持ちのよい怠け者」
と書いてあり、そこから二つの
→が出ていて、それぞれ 怠け者・
快いバストと書いてある。
そして右には「女性的・母性的
・両面的な」と書いてあり、そこから
それぞれ、病の送り手としての
セクメト魔女・セメクトの癒しの
魔術 シンデレラと魔女と→が外に
向かって書いてあり、正面上には
「ねずみとり、狩猟、獰猛、残酷」
と書いてあるところから→が外に
向かって、ラー 牡猫、怒れる
バスト セクメトとある。
そして左には「自立的、ずるい
自主的」と書いてあり、そこから
長靴をはいた猫、テフヌトと→が
それぞれ外に向かって指している。)


バーバラ・ハナによるこの図は、
猫の変幻自在な特性をよく示している。
上部に示されているねずみを
捕る猫、獰猛な猫というイメージ
としては、牡猫の姿になる時のラー、
セクメト(怒れるバスト)などがある。

確かに猫を飼うとわかることだが、
犬がいかにも人間に対して忠実と
いう感じがするのに対して、猫は
どこか勝手で出かけて行って
何をしているのかわからぬ時がある。

人間に対しても、何となく対等に
対してくるように感じられる。
この例としてあげられている
「長靴をはいた猫」は、
グリムの昔話の主人公である。
なかなか賢くて、自主的、自立的
に行動する猫である。

猫を自立的と言えばポジティブな
感じがするが、自分勝手という
ことになり、それは無責任にも
通じてくる。

犬の誠実を好きな人は猫の
無責任を非難し勝ちである。
ハナの図式では、それは
「テフヌト」で示されている。
テフヌトは既に少し触れたが
牡ライオンの姿であらわされ、
色々な性格を持っているが、
ここではテフヌトはラーの
「眼」として、一時、ヌビアの
沙漠に逃れたことがある。

このことによって、ハナは
猫の無責任のイメージとして
テフヌトをあげていると
思われる。

このような猫の多彩な特性を
見てくると、夏目漱石が他ならぬ
「猫」を一人称の主人公として
小説を書いたのは、さすがに
よく考えていると思う。

もっとも、漱石にしてみれば
自分の家に猫を飼っていたので、
その経験をもとにして一文を
書いたのだろうが。
人間の目で見た猫の「写生」
をするのではなく、猫の目から
見た人間世界を書いたところに、
彼の非凡な着想がある。

猫の目は太陽でもあり、
月でもあるのだから、人間界の
表も裏もよく見えたのであろう。
…………………

盛んに書かれている猫の矛盾する
二面性だが、これは犬派人間の
私には受け入れられない物があった。
しかし、好きだの嫌いだの
言っていられない。

片目をえぐられたような仔猫が
雨の日道端で死にそうになって
いたり、保護しなければ確実に
死ぬ子がいたら素通りできない。

おそらく以前の私は犬派だと
宣言していたので猫の
無責任さ=裏切りと思って
いたのと、鋭い爪での攻撃が
怖かったのだと思う。

しかし、それが或る日、
たった一匹の猫との出会いで
逆転してしまった。
ブルー(美しいグレー)の被毛で
かつて触ったことのない手触り、
目は見た事のない
エメラルドグリーンの
この世のものとは思えない猫に
出会ってしまった。

その猫がロシアンブルーという
種類の猫だと知ったのは、
出会った後だった。

まさに、ここで説明されている
通り二面性を持つ生き物で、
私の知る猫という概念を
覆されてしまった。

そうして見ると、色こそ
エメラルドグリーンではなく
ても、猫の目は何とも表現
しがたいものであることに
気づくようになった。

実に良く形も変わるのだ。
新たな概念を持って世話を
すると、猫の世界が犬とは
全く違う別物だという事が
わかった。

一緒に暮らしていて立場も、
接し方も全てが違うのだ。
魅力が違うから、違いを
十分把握していないと猫は、
とんでもない裏切り者の
無責任な生き物になってしまう。
しかし、猫は決してそうでは
ない。

個体差はあるが、ある意味
人間の鏡みたいな部分を持って
いるように思える。

我慢強く痛みを訴えない。
一緒に暮らすと、わかる事が
幾つもある。

何故猫を主人公にした物語が
多いのかも何となく想像がつく。
猫が日向ぼっこしている姿は、
こちらにまで至福の安堵感を
くれる。不思議だと思う。

猫は知れば知るほど、
何匹いてもいいと思う。
犬を からかう姿など面白い。

淡々と猫について書いている
私だが、末猫がイタズラ盛りで
犬達が大騒ぎで家中大騒ぎ
なのだ。

猫のイタズラは念がいっていて、
なかなか込み入っている。
犯人がすぐわかる。
ドラマになる。我が家では
唯一、男の猫だけは「君付け」
で呼んでいる。

それも考えると何故だか
おかしい。
女の子は呼び捨てなのに。
完璧に犬達も私も猫のペースに
巻き込まれているのかも
しれない、なんて思う時がある。

2014-01-05 21:06:08投稿者 : Nachiko
この記事のURL コメント(2) トラックバック(0) nice!  あしあと
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    コメント一覧
    瑞恵さん
    本当に人間は酷いです。今再び、それが自分達に跳ね返って来ている感じがします。報道されていない現実は、まだまだ沢山あり、人間であることに恥ずかしささえ感じます。それゆえ猫を使って古今東西訴えようとしてきた人達がいるのかもしれません。
    サイト管理者 Nachiko   2014-01-06 17:07:00
    guest
    猫の狩の姿なんてまだ可愛いもの。
    人間がやっている酷い自然界の動物達への虐待。最初からの居場所だった熊や猿の生活区域を人間が壊し、そこで食べ物も無くされて食べ物を求めて山から下りて来る熊や猿をまるで悪者に仕立て上げて正義の味方のような言い訳を付けて射殺している。人間程酷い生き物は居ないと思うのです。猫話しから離れてごめんなさい。
    投稿者 瑞恵   2014-01-06 06:24:46
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