Nachiko Official Website

Nachiko's books.

Nachikoの電子書籍

詳細 >>

プロフィール

シンガー&ソングライター、音楽クリエイター、物書き、産業カウンセラー、思想家。

詳細 >>

ライブ情報

Now on SALE

オリジナル表示

Warming up


M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

M2Prisoner

M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

synclTV


La Lumière 

プレイヤー

QRコード

携帯電話からアクセス
クリックで拡大します
URLをメールアドレスに送信

RSS RSS

仕事始めに考えた事

さてさて、今日から仕事始め。
珍しく東京から離れた処からのスタート。
色々考えさせられた。
ただ闇雲に突っ走っても仕方ない。
きちんと整理して伝えたいことも、自分とも
向き合って考える時間を持てた。
今日は、よく引用されるアメリカインディアン
の物の考え方を参考に抜粋文など
読みながら書いていこうと思う。

昨年まで、懐かしい人達の死に
動揺する自分がいた。
自分の事まで考えが回らなかった。
さて、「自分が喜ぶような死に方」
ってあるのだろうか?
それは満足して、あっけらかんと
死ぬことかもしれない。
アメリカインディアンは、死んでいくときに
「私はよく生きた」と言えるように
生きなさいと言っている。
そうすれば、「あなたは永遠の生命を
得ます」という格言がある。
これは、どういう意味なのだろうと
考えると人の心の中に生きると
いうことだ。
肉体は無くなっても、その人の存在が
他の人の心の中に生き続けることが
できれば永遠の生命といえるのでは
ないだろうか。
『死ぬこことが人生の終わりでは
ないインディアンの生きかた』
によると、
どんなに財産を残しても、
どんなに立派でも、どんなに強大な
権力を持っても、死んだ後でその人
を懐かしく思い出す人がいなければ、
それは成功した成功した人生とは
いえない。
どんなに真面目に働いても、死んだ時に、
単に「あいつも働きすぎだよ」と言われる
ような人生では意味がない。
人が生きていることに意味を感じるのは
やはり人との心のふれあいがある時だ。
こういう格言があるということは、
アメリカインディアンが
それぞれ相手に期待するのではなく、
自分の心の心に満足して生きたという
ことだ。
アメリカインディアンの死生観は
そこから生まれたのではないだろうか。
神が与えてくれた命だ。
だから満足して死んでいくのが
いいのだ。
自らの命を全うすることが神の意志
に従うことなのだろう。
(神という存在を常に置く
アメリカインディアンと神に関して
雑多な考えを持つ日本人とでは
何らかの違いがあるのでは、ないか
と私は いつも思う)
ーー満たされた経験が「忘れない」
 
気持ちにつながることに関して

「死んでも母親を忘れない」と言う人は
自分を満足させてくれた母親の
ことを忘れないという意味でこの
言葉を使うのだろう。
「私は、この家でこんなに辛い思いを
して、こんなに頑張った」という家と、
「ママが好きなことをさせてくれた家」
とでは、どちらが忘れられない家か。
多くの日本の「良い子」達にとっては、
育った家は「私は、この家でこんな
辛い思いをして、こんなに頑張った」
という家だろう。
だから日本の親子関係は諸外国に
比べて希薄だ。だから、日本の若者は
年老いた親を世話する気持ちも
諸外国の若者にくらべると少ない。
大人になってから、自分が周囲の
人々から愛されていたと感じた人は
「ごめんね!」という気持ちになる。
小さい頃はわがままで、人の気持ち
などかまわないものだが、自分を
愛してくれた人を傷つけたことも
大人になればわかる。
すると、自分を育ててくれた人に
感謝すると共に
「皆さんに御迷惑をかけました。
ごめんなさいね。」
という気持ちになる。
そして育ててくれた人たちを
「忘れない」という気持ちになる。
この大地「守る」という気持ちは
そこから芽生えてくる。
すでに死んだ先祖が皆この大地を
守ってくれている。
自分が生きているのは、
先祖が守ってくれるこの世界。
そして死んでいくのは先祖のいる大地。
そう思えば死ぬのは怖くないのだろう。
アメリカインディアンにとっては、
死んで海に流されることは不幸では
ないのだろうか。
アメリカインディアンにとっては大地の
上で死ぬのが幸せなのだ。
大地が死に場所のアメリカインディアン
は幸せだ。
よく「畳の上で死ねない」という表現を
私たちは使う。
それくらい死に場所は大切なのだ。
自分が行きたいところがなく死ぬのは
不幸だ。
私たち日本人はやはり心の底では、
「畳の上では死にたい」のでは
ないだろうか。
いまだによく「そんなことをしていると
畳の上で死ねないぞ」
というような言い方をする。
しかし、最近の日本では大家族制が
崩壊し、若い人が家の帰属意識を
失い、年寄りは病院や老人ホームで
死んで、自分の家の畳の上で死ぬ
ことも難しくなった。
それこそが、最近の私達日本人の
不幸を表している。
……………
年頭に当たって、自分の死生観、
自分のこれからの事、
日本人の家族崩壊が、
核家族化が、大家族崩壊ではなく、
家族崩壊そのものになっている事実。
音楽の果たす役目など、
しみじみ国民性を加味しながら
考えさせられた日でもあった。

雪山を見ながら、仕事始めとはいえ、
有意義な一日を過ごせた。


2014-01-02 21:39:15投稿者 : Nachiko
この記事のURL コメント(2) トラックバック(0) nice!  あしあと
    2件中   1 - 2 件表示 ( 全 1ページ )
    コメント一覧
    瑞恵さん
    よく「親の心 子知らず」といいます。大抵、親の心が理解できるようになったら、親は召されているというパターンが多いですよね。親の心に気づかないで後回しにする人達や自分だけの力で大きくなったと思っている人って案外多い気がします。
    サイト管理者 Nachiko   2014-01-04 00:50:37
    guest
    〔親孝行しなさい〕と言っているのではなく、家族としての役割を果たさなければ いずれ自分が病気になったり高齢になった時に…親を亡くした後に後悔の気持ちを背負い一生生きていかなければならなくなる。子供は自分の親が家族にどのように接していたかをしっかり見て知っているから、やがて自分も子供から同じ事をされてしまうでしょう。家族としての役割を果たす大切さを知って欲しい。
    投稿者 瑞恵   2014-01-03 17:52:22
    2件中   1 - 2 件表示 ( 全 1ページ )