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Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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La Lumière 

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獣医の考える安楽死

ここの処 いずれそうなると
わかっていた事で少し動揺している。
私の老いた愛犬の病状悪化…

クリーム色のロングコートチワワで
名前をdearmoonという男の子。
重い心臓病を抱えている。

元々 もう一匹ロングコートチワワの
女の子がいた。チワワ夫婦は、
仲良しだった。

名前はtoughnoonという名で、
それぞれをディム、タフティと
呼んでいた。

ディムは他の犬に馴染まず、
タフティとだけ いつもいた。
気が強くて勇敢なタフティの
尻に敷かれる臆病なディムは、
典型的姉さん女房をめとり、
そのダメ亭主ぶりは面白いカップル
だった。

小さいくせにボス犬の役目をして、
他の犬達をまとめてくれていた。

そのタフティが9歳になった頃、
当時かかっていた獣医で心臓が
悪いと言われ病名を聞かされた。

言われるがまま通院し、薬を飲ませ
定期検診では、いつもドキドキ
していた。
やがてタフティはゲボッ、ゲボッと
変な咳をするようになった。

獣医の処で検査の機械があって、
心臓に水が溜まってきていることを
教えられた。

咳の回数は増える一方で、
苦しそうに咳き込んでいた。
でも玄関を見張り、凛としていて
他の犬を叱りつけてボスの座は
譲らなかった。

その身体で自分の身体より
はるかに大きいイタリアングレー
ハウンドのメイと喧嘩して、
メイに噛まれて片眼が、そっくり
だらんと出てしまい仕方なく、
手術をした。

一瞬の出来事で どうすることも
出来ないメイの攻撃だった。

それでもタフティはボス犬として
家を守り どんなに咳き込んで
苦しくても巡回や番犬を
頑張ってやっていた。

とにかく頭の良い子で、
じゃじゃ馬だけれど そこが
一段と可愛い子だった。

12月31日 朝起きて居間に行ったら、
ストーブの近くで玄関を見張るような
姿で横たわっていた。

じゃじゃ馬故に怪我も多くて獣医の
お世話に随分なった子だった。
ちょうど10歳だった。

私は頭が真っ白になりディムを
抱いたまま最後の最後まで
玄関を見張り事切れたタフティを
犬ながらアッパレな子だと思った。

その旦那さんにあたるディムが、
そのあと全く同じ病気だと
獣医に告げられた。

ディムはタフティの死を受け入れ
られず、部屋中を毎日毎日
タフティを探していた。

私は どうしてもタフティの
治療に納得がいかなかったので、
獣医を変えた。

ディムの状態は、その時点で
車に乗せるのも危険とのことで
薬をもらいに行って、たまに
徐行して獣医に通院していた。

新しく替えた獣医は、まず食事療法
から入った。緻密なフードの計量を
して薬もガラっと変わった。
今まで飲んでいた薬は、そこの獣医では
全く効果がないので使用していないとの
ことだった。

車に乗せるのも命にかかわると
言われていたけれど、思いきって
連れて行ったら、まだ大丈夫と
言われ安心したものだった。

本格的なディムの闘病生活が
始まった。
心臓に負担をかけないように
抱き、心臓に負担をかけない
ように室温調整をし(床からの
室温を測る寒暖計を置いて)
興奮させないように気を配り、
私にピッタリくっついて離れない
ディムを部屋を移動するにも
抱いて、寝る時も何をする時も
一緒に過ごしてきた。

ディムは私以外に心を開かない子
になり、私が居ないと
静かに うずくまっていた。

夏の体温調整のため丸刈りにして
見た目など気する余裕はないまま
やってきた。

そのディムがタフティが召される
少し前から始まった、あの
悪夢の咳をするようになった。
普通の咳と違い、えぐるような
深い咳で、酷く苦しそうな咳。

私は耳を塞ぎたい気持ちで、
今も その咳を聞いている。

歴代の犬の中で、ここまで私に
病的なまでに懐いた子はいない。

静かにしている時、そっと見ると
死んだような格好をして
やっと呼吸をしている。

私が傍にいくと膝に乗り、
全く離れない。

作業をしていても椅子の五線譜を
下敷きにして座り書き物をして
いても頭を私の中に突っ込んで、
膝から降りない。

闘病生活も やがて3年目に
年があけたら入る。

私は もうすぐくる12月31日が怖い。
タフティの召された日だからだ。
獣医を替えて延命できてきたのだと
思う。

あまりに獣医は、ばらつきが大き過ぎる。
以前は違う獣医のミスで愛犬を
殺されたこともある。

犬猫を飼う時、獣医の選択は直接彼等の
命に直結する。

私の家の近くで同じ獣医に通っている
人達が沢山いて、犬猫含めて、
全員安楽死を勧められ、ガラッと
飼っている犬猫が変わったことが
あった。

たまたま、一人の飼い主が
安楽死を勧められたが、どうしても
嫌だと獣医の処から連れて帰り、
他の獣医で治療したら治ってしまった
という事があった。

勿論 私は家の近所の獣医に行かず、
今の獣医まで少し遠いが通っている。
前私が通っていた獣医も、愛猫3匹が
全員伝染性猫腹膜炎のキャリアで、
数値が上がった子が出てきた時、
安楽死を勧めてきた。

明らかに発症した黒猫の子を
獣医は にこやかに安楽死を
勧めてきた。

ドライタイプとウエットタイプが
あって、とても苦しむし、
飼い主がそれを見ていられないから
ほとんどの飼い主は絶対助からない
この病気には発症したら安楽死を
選択すると言われた。

まだ目の前で生きている。
その時、発症しても丸い瞳を
クルクルさせて私を見つめていた。

忘れもしない。

あの診察室で、愛猫の安楽死の
決断を迫られたのだった。

確かに、黒猫なのに被毛は
茶色くなってきていて病気なのかと
思われる感じはあった。

でも、温かくて すがるような瞳で
私を見ていた。

獣医は、いかに このまま生かせて
おくと飼い主が、その苦しむ姿を
負担に思うかを切々と説明し出した。

一旦は安楽死を止めて、連れて帰った
人も壮絶な苦しむ姿に耐えられなく
なって、後から安楽死を頼みに
来ることまで言っていた。

ウチには他にまだ2匹猫がいたから
感染の危険もあるから安楽死が
一番楽な選択だと盛んに言われた。

でも、その2匹もすでにキャリアだ。
私の選択が黒猫にとって、どうだった
のか今でもわからない。

安楽死を選択出来なかったのだ。

まず普通の神経なら、あの苦しむ
姿を見る事は出来ないと断言された
が、そんな言葉は無視した。

帰宅するなり、隔離するために
一番大きな猫用ゲージを買いに行った。

私の寝室で組み立てて、黒猫を移した。
写真をとり経過観察日記をつけ始めた。

できるだけ一緒に遊んであげて、
ベッドに離して、明るく話しかけた。
ウエットタイプだったのだろう。
日に日に、お腹が膨れていった。

甘えた可愛い声で私を呼んだ。
一秒でも抱っこしてあげていたかった。

急に襲ってくる何かがあって、
いきなり大きな音を立てて
全身がバッタンバッタンと痙攣したり、
凄い悲鳴みたいな声を上げたりする
日が出てきた。

確かに、その姿は地獄絵だった。

涙ぐんで痙攣する黒猫を抱いて、
安楽死を選ぶべきだったのか
悩んだ。私は食事もとらず、
ずっと黒猫を抱き続けた。

記憶が飛ぶほど凄いエネルギーが
私の身体から抜けていくのが
わかった。

痙攣は激しくて、抱くだけでも
困難かと思われた。
痙攣が収まった わずかな時間だけ、
あのクルクルした瞳を私に
向けた。

床にペタンと座り、黒猫を抱いて
どのくらい過ごしていたのだろう。

黒猫が軽く首のあたりをクイクイっと
動かしたかと思ったら、
私の体に温かい液体が流れてきて
床に透明な液体が溜まった。

黒猫の顔を見たら、召されていた。

顔を上げると時計が目につき、
午前2時半過ぎだったのを
覚えている。

確実に死ぬから・苦しむ姿を飼い主が
見ていられないから=安楽死
この考え方は未だに答えが
わからない。

ウチは絶対に助からないと言われている
伝染性猫腹膜炎だったが、
近所で安楽死を勧められる病気は
肺炎なのだ。私が行く獣医ではないが、
何故 肺炎で安楽死なのか わからない。

私の腕の中で召された黒猫は、
幸せだったのかどうか わからない。

飼い主がアホだから苦しんだと
思っているかもしれない。

動物は器物と同じ扱いだ。

獣医の診察代は、まちまちで、
腕も酷い人から名医と思える人
までいる。その差が激し過ぎるのだ。

助かる命まで平気で安楽死させる。

この嫌な悪夢の咳をし出したディムを
見て、安楽死を勧める獣医は
絶対に居るだろうって。

私がカメラを向けると
横たわっていたのに起き上がって、
元気そうな顔をする。

私にとって犬猫は大切な家族
なので、人間の安楽死問題同様
真剣に取り組むことだと
思っている。

実際 獣医の勧める安楽死の選択を
振り切って自分の腕で看取った私は
物凄く苦しむ姿を直視させられた。

とても辛かった。
でも一度も今から獣医を呼んで
安楽死を頼もうなどと思わなかった。

人間なら、尊厳死とかいう言葉
まである。

幾ら動物殺処分反対!
などと言っても、こういう獣医達が
うようよいて、簡単に安楽死を勧めている
実態、それを受け入れて他の獣医に
診せようとしない飼い主がいるのだから
動物を器物とする法律を、まず改める
べきだと思う。

だったら食用の豚牛は、どうなるの?
という事になるのだろう。

器物なのだから、罰されないのだから、
そんな命は軽いのだ。

何か 気分の悪い物を感じる。
たかが犬猫のことでアホ丸出しと
思う人もいるだろう。

動物愛護って人間が言っても、
虚しい。肉類食べているのだから。
何故 犬猫だけ特別なの?
ってことになる。

かつて私の母は馬を飼っていたらしい。
母方の祖父がいつも言っていた。
「馬を飼ったら、犬なんぞ飼えないぞ。
馬は可愛いそ。本当に可愛いぞ。」
と言っていたのを覚えている。

とても利口で、母は裸馬に乗れると
言っていた。犬も猫も飼っていた。
そんな可愛い馬の刺身を、どうして
食べることが出来るのか わからない。

私には わからない事だらけ。
人間は雑食だから。
最低限の殺生さえ出来ない。
余って捨てている。

くだらない実験に動物を使って
ガンガン殺している。

肉の繁殖や病気予防やら色々な
理由で強い薬を打たれたり、
ホルモン剤を投与された肉を
人間が食べて、病気になっている。
動物からの復讐に思えてくる。

人間の選択は、どんな方向に
行くのだろう。

同じ人間同士でさえ弱肉強食に
なっている。

高齢者が増えて、雇用も減って
家族というものの在り方まで
大きく変わってしまっている。
ディムの悪夢の咳は、
いよいよ闘いの本番に入った
証拠だ。

私は犬猫の肉を食べることができない。
食文化の違いといえども、
受け入れられない。
わからないことばかり…

2013-12-28 08:31:39投稿者 : Nachiko
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    7件中   1 - 7 件表示 ( 全 1ページ )
    コメント一覧
    魂さん
    壮絶な猫の苦しみを腕の中で獣医の反対を押し切って迎えた者として感想は正直安楽死を選択しなくて良かったということでした。私は愛猫が苦しむ姿を見て共用し強くなれたと思います。召された瞬間相猫は意識が戻った、その瞳は最高に安堵を感じました。召される時、飼い主を見つめるのですね。食肉には私は霞を食べる仙人になりたいです。肉を食べなくても今は肉と同じ食感で味の物を沢山売っています。これも人間だけでなく人間の上にいる食物連鎖を、どうにかしないと。愛することは強くなることだと思っています。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-31 09:43:44
    guest
    安楽死については、同じキャリアを持つ飼い主として、この日記が読めて良かったと伝えたいです。
    もし発症したら何をおいてもできるだけそばにいてやりたいです。辛さと苦しさを共有するという覚悟を、それまでにつけておきたいな。できるかどうか。
    愛するものが多い人は強い人だと思いました。
    投稿者   2013-12-30 10:25:14
    guest
    ナチコさん
    最後の、食肉に関するくだりは考えさせられる、でも明確な回答がどうしても出せなくていつも目を閉じ耳を塞いでしまう、自分にとってはずっと澱のようになっている問題です。特に工業製品と同様に生まれてきて管理される生命については。
    現代に人として生きることに真剣に向き合うと、人間でいることが嫌になってしまう、生きていることが罪深いことに思えてきてどうしたらいいかわからなくなります。
    投稿者   2013-12-30 10:23:43
    わかばやしさん
    お辛い選択をする事態を経験されたのですね。どんな、お気持ちだったでしょう?やりきれない お気持ちだったと思います。正直 私は動物の安楽死、そもそも「安楽死」に関して本当に深く考えさせられおります。考えれば考えるほど、わからないのです。その裏にある法的問題・醜い利権問題・安易な考え・全て突っ込んで考えると複雑過ぎて簡単に意見を言えないのです。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-29 08:38:15
    guest
    人間が飼っている(家族として)ペットと言う言い方は好きではないです・・・あくまでも家族です・・・の命を落とす行為は殺人同様だと思います。自然界の生き物(家族以外)を食べるのに殺しているのは、やむ負えないと思います。その代わり、命を頂く時はちゃんと感謝して頂かなければいけません。安楽死・・・私の中にはあり得ません。
    投稿者 瑞恵   2013-12-28 17:39:05
    guest
    安楽死に関しては本当に、私も その是非がわからないのです。特に動物が器物扱いされている以上 ますます わかりません。動物なら安楽死はOKというのも違和感を感じます。しかし人間は動物を食用としています。
    食べては いけない動物は毒でももっていて人間に害を与えるものです。何か 人間って複雑な生き物ですね。
    投稿者 Nachiko   2013-12-28 13:55:36
    guest
    自分も昔、飼っていたマルチーズを安楽死させてことがあります。獣医に安楽死をすすめられましたが、「ちょっと待って」と言って、一晩、抱いて過ごしました。自分の腕の中で何度も血を吐きました。朝方、うとうとしていたら、手元にいないので探したら、ヨタヨタしながらトイレにむかって歩いていました。その日の朝、決意して安楽死させましたが、今でもあれが正しかったのか分かりません。
    投稿者 わかばやし   2013-12-28 11:09:41
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