Nachiko Official Website

Nachiko's books.

Nachikoの電子書籍

詳細 >>

プロフィール

シンガー&ソングライター、音楽クリエイター、物書き、産業カウンセラー、思想家。

詳細 >>

ライブ情報

Now on SALE

オリジナル表示

Warming up


M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

M2Prisoner

M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

synclTV


La Lumière 

プレイヤー

QRコード

携帯電話からアクセス
クリックで拡大します
URLをメールアドレスに送信

RSS RSS

ついでに2ndから作品「アカチバラチ」の詳細解説

今 もしかしたら私のEpic Sony専属時代の
アルバムが再販されるかもしれないという、
予期していなかった話が皆様のおかげで
出てきている。

それで今日は、おそらく かなり私の
本意を理解されていなかっただろうと
思われる作品を今頃になって、
解説しておきたいと思う。

私としては特別シュールな物を
書いた気はしないのだが、
日本語から発する他の意味合いや、
その言語の意図する含みなどを
「こんな表現してみたけれど、
想像してみて下さい」
みたいな部分が多くあった時期
だった。

それほど詩を書くのに神経質に、
そこから広がるビジュアルを、
あたかも小説を読んでいるかの
ように詞曲歌で表現したかった。

幾つかある作品の中で
「アカチバラチ」が一番理解されて
いないのではないかと私は思っている。

どんな詩か忘れている人が
ほとんど、もしくは知らない人も
いると思うので下に書くと。
………………………
《アカチバラチ》

あてもなく通りを行き
気の向くままに店で歌い

その日のパンにありつく頃は
冷たい路上が静まりかえる

素敵な毎日じゃないか
汚れた麻布体に巻き

伸び放題の髪を束ねて
地下鉄の通気孔の上で

新聞紙巻き付けて横になる
素敵な毎日じゃないか

何も欲しくない
何も欲しくない
欲しくない 欲しくない

この世のものは 見えない
この世のものは 聞こえない

赤い月 青い月 アカチバラチ!


ナイフを隠し持っているよ
すれ違った時 突き刺したくて
切れ味 形 ともに最高

片手に握って いつも歩いてる
平和な毎日じゃないか

自分で自分の首を締め
紫顔で笑顔を作る

心からの愛を貴方にと
すれ違った時 ささやいてみる
平和な毎日じゃないか

何も欲しくない
何も欲しくない
欲しくない 欲しくない

この世のものは 見えない
この世のものは 聞こえない

回る空 すべる空 アカチバラチ!


…………………………
という詩で、‘何も欲しくない’から
メロディをガンとインパクトある
感じに変えてある。

‘この世のものは 見えない’の
繰り返しは音を詰めて歌い方も
苦しそうに歌っている。

この作品は当初のタイトルは
「吟遊詩人」だった。

ワンコーラスのAメロに出てくる
歌詞で想像はつくと思う。

私にとって「吟遊詩人」という
存在は歴史や国・文化にもよるが
自由に自分の感じたことを発して、
それにメロディをつけて
着飾ることもなく本音を沢山の
比喩や面白いオブラートに
包んでメッセージなり、
主張なり、スッケチを人に
伝えて歩けるという憧れの
象徴でもあった。

吟遊詩人はゴージャスで
傲慢な人達からすれば、
それこそ その日暮らしの
何の安定もない感性だけで
生きて死んでいく埃みたいな
物だ。

今日生きていても、明日の事は
わからない。
人々の群れの底辺で人間の醜さを
見ても笑顔で歌って歩く。

感じたままを詩にし、
思いついたメロディをつけて、
それが結果的に自分が創ったもの
ではなく、宙から引っぱり出した
ことにも気づかない。

吟遊詩人は私の憧れでもあるので、
この世的な物に惹かれない。

物欲も異なっている。
自分が見えている物が本物では
ないと知っているから

「この世のものは見えない
この世の物は聞こえない」
と素直に言っている。

そして、この世の物理的な物など
「何も欲しくない 欲しくない」と
しつこく その持つ意味の
空しさと儚さを歌っている。

次では「ナイフを隠し持っている」
と白状している。

ここでいう「ナイフ」は物質のナイフ
は勿論のこと「人を死に追い込む
人間が持つ特有の言葉」をも
指している。

人は「言葉」で簡単に人を殺せるのだ。
これは自分の生育歴や経験で、
その頃すでに強く実感として
持っていた。

武器はなくとも人を殺せるとは、
何と恐ろしいことかと痛感していた。
吟遊詩人もナイフを持っているのだ。

自分がナイフを持っている事を
自覚していながら、それでも
「平和な毎日じゃないか」と括っている。

それから「自分で自分の首を締め」
と自分の生き方を例に挙げて、
「ねぇ、みんな 自分で自分を
追い込んでいませんか?」と
投げかけてみる。

自分は自分で首を締めて紫色に
なるまでうっ血した顔になっても、
笑顔を作るよと、言っている。

そのまま「心からの愛を貴方に」
と無様な紫顔のくせに
人の群れに入り無駄骨みたいに
「それでも 愛することはやめないよ」
というニュファンスを入れて、
またしても平和な毎日じゃないかと
括っていく。

まぁ、よくも進歩のない人間だと
我ながら驚く。

時は流れても、私からのメッセージは
今と全く同じだ。

時代に翻弄される“正義・義・美徳・
真理・倫理観…”など
クソ食らえなのだ。

「正義」のために平気で殺生をし、
支配者のために、国を守るという
名目で人類は限りなく「真理」を
変貌させ物事に普遍性など、
皆無になった。

この詩を書いた時は、さらに
若かったので露骨に書いている。

その頃、かろうじて少ない言葉で
ナゾナゾのように
「アカチバラチ」と一番最後に
叫んでいる。

その前に地球にとって影響力のある
月を挙げて、「赤い、青い、回る空
すべる空」と想いのスケールを
大きくしてみたりしている。

赤い月とは読んでわかるように
悪いことの前兆、
青い月は「完全なる愛」
というように月を使って
矛盾のように見えて
実は何か あるんじゃないの?
とエンディングに持っていきたかった。

そしてエンディングの「アカチバラチ」
は全部カタカナにして、くっつけると
いう意地悪に感じるかもしれないが、
文字にすると「赤・血・薔薇・地」
をカタカナにして くっつけたら
結構面白かったので、
何の説明もなく そのままにした。

その前に「回る空」は読んでそのまま
空回りする自分、無駄に終わること。

「すべる空」は誤解のないように断って
おくが森鴎外の作品とは関係ない。

回る空が空回りで無駄骨なら、
すべる空は、対比で まるで空を滑り
物事がキチンと入り込む心地よさを
並べた。ただ それだけのことだ。

そして、先ほど挙げた
「赤」は 赤ん坊でもあり、魔除けの赤
でもあり、政治的な意味もあり、
赤の示し含ませる物は
あまりに多くて書ききれないと思い、
単純に「アカ」と表記した。

「血」は私達の体を流れる血のこと
であり、肉体という存在、物理的な
否定できない存在の象徴として書いた。

「薔薇」は色々な処で使われる表現
だが、私は「美」でありながら、
「トゲ」を連想し、薔薇の持つ優雅な
香りとか臭覚という目に見えない部分
まで存在を訴える象徴として挙げた。
そこに「用心しなさいよ」みたいな
警告も入っている。

「地」は、この詩に欠けている「安定」
の象徴として挙げた。

混沌としている世の中でも、
吟遊詩人は「赤・血・薔薇・地」
と叫んで紫顔で笑顔を作りながら、
すれ違う人には「心からの愛を」
と愛を伝えたいと思って、
寒さを しのぐため地下鉄の通気孔
の上に新聞紙を体に巻き付けて
寝ている。

吟遊詩人にとって豪邸も、
贅沢な暮らしも価値を感じることも
なく、魅力さえ感じない。

ひたすら見えているものが、
あまりに酷いので存在の概念を
持つようになっている。

要約すれば、吟遊詩人は
「赤・血・薔薇・地」と
素直に自分がナイフを持っている
人間であることを自覚しながら、
叫んだり、ささやいたりして、
生きているよ。
という歌なのだ。

音の処理に触れると、
これは私がいけないのだが、
トラックダウンの時に、
せっかく思いを込めて気をつけて
歌い込んだのに、変なエフェクター
をかけられてしまったことだった。

今思うと、そんなバカな…と
思うのだけれど、
この曲のトラックダウンの時、
いつもならビッタリと
スタジオにいるのだけれど、
TD終わったと聴かされた時に、
椅子から落ちそうになった。

若気の至りという私の
大きなヘマだったと
思っている。

歌い方を、かなり変えて
一つに曲中を歌っているのが
全てエフェクターで消されて
しまったから。

「これ違うよ」と抗議したが、
そこに居なかった私が悪いの
だから、強く抗議できなかった。

ヴォーカルの処理が不満なのは、
同じ2ndに入っている
「無彩色の情景」も同じだ。

これは先月の着地LIVEで
歌わせてもらったので、
この歌い方なの!と聴いてもらえる
場があって良かったと思っている。

私は やれ愛してる〜とか、
そういうのが言葉にすると
薄っぺらく感じて詩に 
そのまま入れて書けなかった。

今は、その部分は進歩したかな
と思える。

あまりにも言葉に含ませ過ぎて
しまうとリスナーが疲れる。

シンプルに心地よく…なんて
いうのも良いと思う。

自分で意識して気をつけないと、
幻想的な世界へ行ってしまうので
普通に歌ってもらえなくなる。

CMとかで色々なタイプの
曲を書いてきたせいか、
本人は演歌もフォークも
歌謡曲も何にも抵抗ない。

書くのはジャンルにこだわらずに
書けるので、それだけは
ありがたいと思う。

ただし、自分の世界を描くと
なると話は違ってしまう部分が
あるので、これは難解なイメージを
なるべく消したいと心がける
ようになっている。

もっと、わかり合える表現方法を
進化した形で示すというのが
これからの自分の作品だと
思っている。

もし、私のEpic Sony時代の
作品が再販されて聴く機会が
あったら、Nachikoって
この言葉がキーワドなんだと
思う言葉を、その曲の中に
探してみると違った聴き方が
できると思う。

一曲一曲を丁寧に創ってあるので
すぐにキーワードは見つかると思う。

懐かしくなって、つい2ndの
「あの変なタイトルの曲」と
言われていたうちの一曲を
解説してみた。

2013-12-23 04:39:23投稿者 : Nachiko
この記事のURL コメント(3) トラックバック(0) nice!  あしあと
    3件中   1 - 3 件表示 ( 全 1ページ )
    コメント一覧
    guest
    『アカチバラチ』は、ご本人の想像通りに一番謎でした。自分が調べたところ、横山隆一の『フクちゃん』の登場人物の中に「アカチバラチ」という意味不明な言葉が口癖の登場人物がいるということを知り、「手塚だけじゃなく、横山隆一もあるの!?」と驚いていました(笑)。「アカチバラチ」とは『赤い薔薇が散った』の略だったと、後年に作者が言ったとか言わないとかの記述も見つけ、とにかく「アカチバラチ=赤い薔薇が散った」だけは疑っていませんでした。長年の謎が解けて、すっきりしました(笑)。ありがとうございます。
    投稿者 わかばやし   2013-12-24 20:37:42
    瑞恵さん
    いつもコメントありがとうございます。結局何をやっても私のカラーなのですが、自分の世界だけ追求していったら、それこそ つまらない物しか出来ないのです。ですから引き出しを沢山作って楽しくやっています。私の世界は世界で、織り交ぜてメッセージを出しているつもりです。ただ、それ一色では自己満足になりますね。他からの空気の音も聴かないと。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-24 10:58:42
    guest
    詞を書くのって難しいと思う。
    一方的な自分の世界を自分の言葉で表現してしまいたいところを聴く側の事も考えて書かなきゃいけない。そうすると自分の世界が表出しにくい。
    Nachikoさんは自分の世界を思い切り出せば良いのだと思います。
    時には熱く、時には癒しのある歌を歌ってバランスをとっていけば成功すると信じています。
    投稿者 瑞恵   2013-12-23 21:37:57
    3件中   1 - 3 件表示 ( 全 1ページ )