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ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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La Lumière 

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怪・第三話

今日も「怪」について書こうと思う。
その前に このブログを読んで、
まるでTVの世にも不思議な話に
出てきそうな話を私の耳に入れて
下さった方おられるので記述して
からにしたいと思う。

その女性Aさんはご主人との間に
流産など色々あって4人の
俗にいう水子がいたそうだ。

女性にとって せっかくの命を
産むことが出来なかったのは、
どれほど無念で悲しかったかと
推察する

ましてや4人ともなれば、
相当な傷を心に受けただろう。
Aさんは それでも気丈に

振る舞っていたのかもしれない。
でも顔を見ることも出来なかった
我が子4人の水子に、
心の中で誰にも教えず名前を
付けていたという。

私が この世に誕生させてもらえなかった
弟に栄と名付けたのに似ている。

そのAさんがやっと出産できた処から
この話を信じる人がいるか、いないかに
分かれるような出来事が起こるのだ。

出産祝いを色々な人にもらって、
さぞかしホっとして嬉しかったと思う。
それが ある出来事でAさんを
物凄く驚かせることに遭遇するのだ。

Aさんが家にいると知らない女性が
出産祝いを届けに来たという。

玄関にご主人が出てみると
「渡せば 必ずわかります」とだけ
言って立ち去ったのでAさんも
ちらっと顔を見たのか全く面識のない
人だったので、ご主人に誰?と聞かれても
友達とか適当な事を言って
贈り物の包みを開けたそうだ。

そしたら小さな箱には
何とAさんが以前この世に産み出せず
悲しみの中で 自分だけ心の奥で
名付けた4人の子どもの名前が
小箱に書いてあったそうだ。

確かに「渡せばわかります」の通り
だったわけだ。
中身は いわさきちひろのタオルセット
だったそうだ。

いわさきちひろは、子どもの幸せを
願って作品を描いておられるので
有名な方だ。

この話は誰にも言えずにいたらしい。
これを「怪」と言えるだろうか?
ありえないような話だが私は
信じる。

この話は深層の思いが この三次元で
現実化して起きた話としてあり得る
と考察できる。

元来よく第六感とかいう誰もが
持っている五感と違うものを所有して
いると思っている。

「かん」とはデリケートな日本語では
「感」とか「勘」とか辞書を引けば
色々な感じが出てくる。

これらは目に見えない。
小さい時 ウチに美術品の
大判百科事典みたいなものが何巻も
あった。素晴らしく写真がきれいで、
そこに絵画や仏像など色々なものが
古今東西の美術館・博物館からと
書いてあり納められていた。

母が高価な本だからと言っていたのが
子どもだったのでわからず、
書庫から出し入れするのに
一冊があまりに重いので、そっちに
いささかメゲながら床に置いて
眺めていた。

そこで私は仏像や絵画の中に、
もう一つ目らしいものが古い美術作品
に描かれていることに気づき
気になりだした。

もしかしたら人間は、もう一つ目を
持っているのではないか?

その目は肉眼で見えない物を
見る目だから私達が鏡で自分の顔を
見ても探せないし見つからないのでは
ないか?

そんなことを思うようになった。
その頃 私が乳飲み子で母が抱いていた
時に交通事故に遭い、母が思わず
私を落とした?投げた?

ここは定かな表現ではないが
地面に私は頭から叩き付けられたらしい。
乳飲み子の時なので記憶はない。

ただ…ずっと密かに気にしていた
そっと神経質にならないと
わからない凹みが私の額にあって、
それが何なのか何故凹んでいるのか
不思議でいた。

その答えが、そのような経緯の結果で
出来た交通事故での凹みだと
何かのキッカケで知った。

子どもの頃は触ると露骨に凹みが
わかったので実は気味が悪かった。
段々消えてきて今では注意深く
触れないと そこに凹みがあるのが
わからない。

しかし場所的には よく第三の眼と
言われる場所なので私は
交通事故で、これだけの傷が残って
いて親にずっと教えてもらえなかった
事の方が変だと思った。

まるで そこに眼があるように
凹み方が妙だから…

もしかしたら その交通事故で打った
場所のせいで眼が少し触れるように
なったのではないか?とか
色々考えたものだ。


留守番していて一人コタツに入って
いて目を閉じてじっとしていると、
急にザワザワと何人もの人の気配がして
色々な会話が聴こえた。

あれ?と思い目を開けると、
コタツの上に置いてある湯のみ茶碗が
スーっと動いている。
積んであったミカンが配置が変わって
いる。

これは コタツだけでなく、自分の部屋に
いても起きる現象だった。
引き出しに片付けたはずの物が
違う場所から見つかったり、
勉強中うとうとしていて身体がフワリと
浮いて頭が天井に付くので部屋の
壁を手で押さえたら動きを止める
事ができて目を覚まし、夢を見たと
思いながら その壁を押さえた場所を
見ると白壁だったので、クッキリと
私の手形の指の部分が残っていた。

案外手って汚れているものだと思った
のを覚えている。

道を歩いていれば時々後ろから声が
かかる。
振り向くと誰も居ない。
ある時は歩いていて突然前に転びそうに
なり軽い衝撃を受けて、転ばないように
と身体のバランスを取りながら
顔を上げると パッと道ばたに
花が添えられていることがある。

ああ、ここで誰かが亡くなられたのだ
と気づくわけだが私にとって
手品のように勝手に物が動いたり、
声がかかるのは慣れっこになっていた。

ピアノを弾いていても誰かが
ファルセットでハミングして歌っている
のを聴いたこともあるし、
もっとも これは後々曲を書く時
非常に役に立つことになる。

いよいよもって曲が書けなくなった時、
決まった声の女性のファルセットの
ハミングが聴こえることがあったからだ。

そのファルセットを聴いていると
表現しがたい気分になり煮詰まりが飛び、
曲が完成する。

今でも又あのファルセットを聴きたいと
思うことがある。
私の中で どうやら何かを創るとは
眼にみえない中から引っ張り出す作業、
もしくは その辺に浮遊している

光の粒子だったり 言霊の周波の尻尾を
自分で捕まえて三次元で現実化する
行為だと思うようになった。

その辺の事は以前の私のアルバム
2thにア・スファルトの歌詞で
触れている。

この現象は面白いので着地ライブの時、
あえて歌った。
ここで これを歌ったのだからと
未発表の「ミニスター」という曲も
歌った。これもかなり実話なのだ。
そんな私が初めて不気味だと感じた事が
あった。


10代も半ば過ぎの頃だ。
私の部屋には廊下があって毎晩ミシミシ
足音がしていた。

台所の方を回ってこちらに足音が向かって
いるのがよくわかった。

毎日のことなので、その足音が
私の部屋の前でピタっと止まるのを
知っていた。

特別何も起きなかったので私も
用心することもなく、ただ母に
「このウチに誰か夜になると歩き回る人
がいるよ」と訴えていた。

それが いつものように眠っていると
身体を揺り動かされて目を覚ました。
何かと思って見ると、枕元に
背中を丸めた着物をきた老婆が正座
していた。にこにこしながら言った。
正確な日にちと時間を私に告げて、
お迎えにくるから待っていなさい。
という内容だった。

私は何処かへ連れていかれるの?
と思い そこで初めて不気味な気持ちに
なったのだ。

老婆は伝えることだけ言うとスッと
姿を消した。

さすがに私は翌朝 母に老婆の話と
迎えに来るという日付けを教えた。

普段 あんまり見せない顔を母がしたのを
覚えている。

私はカレンダーを見ながら怯えていた。
知らない世界が怖かったのだ。

必ず向かえに来ると信じて疑わなかった。
寝るのが怖くて臆病になった時期だ。

母が何やら誰かと相談していたのか、
何をしていたのか行動は知らない。

いよいよ迎えに来るという日が、
あとわずかとなった日、帰宅すると
見た事もない黒い紙に文字が書いてある
札が廊下や台所、私の部屋と
ベタベタ貼ってあってビックリした。

まるで‘耳なし芳一’ではないか。


かえって その黒い札の方が不気味に
思えた。それでも これが何かの役に
立つならと思い、母も何も言わないので
放置しておいた。

そして お迎えに来ると言われた日の夜。

私はその時間に正座して布団の上にいた。
いつものように足音も聞こえない
静かな夜だった。

時計を見て迎えに来るはずの時間が
過ぎても何も起こらなかった。

私は緊張が解けて、黒い札に囲まれた
空間で やっとぐっすり眠ることが
できた。今思い出しても後味の良い
思い出ではない。
翌日 私の部屋の黒い札だけ剥がされ、
台所や廊下、柱に暫く貼ったままに
なっていた。

全く訳のわからない現象だ。
何のために私を迎えに来ようとしたのか
又この黒い札は何か効果があったのか。

考えると疲れるので、その事は
深く考えるのをやめた。
わかる人がいたら説明して欲しいと思う。

まだ色々あるので次回に書いていくが、
私はこの三次元に住んでいて
このニュースに何とも言えない気分に
なったのだ。

米・英・ノルウェー・スウェーデンの
研究者らからなる国際研究チームは
この度、「平坦時空」と「負の歪曲した時空」
とを関連付けることのできる数理モデルを
開発したと発表したのだ。

「宇宙のホログラフィック原理」とかいう
やつで、理論物理学の分野において近年
なされた大きな前進とされている。
この仮説では、宇宙はホログラムの
一種とみなされていて、『私達の体験
する三次元宇宙は、二次元における
情報がまるでホログラムのように
投影されたものである』という
可能性が提起されている。

ゴタゴタ書くと わかりにくいので
簡単に書いているが要は、まだ仮説の
領域を出ておらず、
数理モデルや物理法則も定式化
されていなかったのが、
この数理モデルを更に発展させて
ゆけば、「宇宙のホログラフィック原理」
を説明することができるようなモデルを
構築することができるかもしれないとして
研究が進められているという。

でも実際進められていた研究が
こうして「平坦時空」と「負の歪曲した時空」
とを関連付けることのできる数理モデルを
開発したと しつこく書いてしまうけれど
発表されたのだ。

時空に関する研究もかなり行なわれているし、
宇宙に関しての研究は、それこそ頭が痛く
なりそうなくらい研究されている。

でも私にはピンと来ない。
私は興味があるのでよくNASAのサイトや
宇宙情報とか時空・次元を
スピリチュアルでなく数式や法則で
キチンと説明してもらいたいと
思ってしまうのだが、実際すでに判明している
事実や現象・現実を目撃者が多数いても
否定する論理や理論を重視して
大きく発表しているように
思えてならない。

この地球三次元で私自身も「怪」に
満ちている。

どんな学説を持ってこられようと、
私は事実はすでに判明していると
解釈している。

だから信じてもらえないだろうと
口に出せない人も多いと思うので
私が「怪」について口火を切っている
のだ。

人間は経験や体験を共有することに
よって強くなれる。

そして楽しくもなるし、知識も広がり、
英智の輪ができる。

それは愛する音楽が同じということでも
人は繋がっていける。
私が書いているのは、人間が行なう
最短の結託方法である

「共通の敵を作れば人は すぐに共同体ができる」
という負の嫌な手法の逆だ。
この場合はスケープゴートを作るのに
もっとも良く用いられる手法だが、
私はプラスの方向に行きたいから、
この手法の逆を提唱する。

「怪」について書いている理由など、
ポツポツ説明しながら更に「怪」の話を
していこうと思う。

2013-12-16 06:47:43投稿者 : Nachiko
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    コメント一覧
    瑞恵さん
    いつも思うのですが赤ん坊が羊水にいた頃の記憶を覚えていることがあるのを、ご存知ですか?これって3歳くらいまで覚えている子どもが結構存在するそうです。今まで水中で暮らしていたのに、いきなり空気だけの世界に誕生するわけですから…狭い産道を頭の骨の形を変えてまで頑張って出て来るのですよ。是非記憶を知りたいです。私は乳児の時の記憶があるだけです。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-17 08:42:59
    guest
    「怪」にも色々ありますね?
    でも、確かに目で見えて耳で聞こえて、肌で実感している極日常的な現実とは別の世界はあると信じています。それをキャッチできるかどうかの違いだけ。純粋な人はキャッチし易いと聞いた事がある。キャッチできる事を喜ばなければ!
    投稿者 瑞恵   2013-12-16 19:25:10
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