Nachiko Official Website

Nachiko's books.

Nachikoの電子書籍

詳細 >>

プロフィール

シンガー&ソングライター、音楽クリエイター、物書き、産業カウンセラー、思想家。

詳細 >>

ライブ情報

Now on SALE

オリジナル表示

Warming up


M1 紫の糸 ~光を~ La Lumière

M2Prisoner

M3  ホ・ン・ネ Real intention

M4 夕映え It was good die in loneliness

M5 幻華 Distractionof Ω 

 M6 体が風になるまで Return Me!

ボーナストラック:μμタンバリン(アレンジ&プログラミング:Team S)


Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

Bass   :渡辺建

Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

synclTV


La Lumière 

プレイヤー

QRコード

携帯電話からアクセス
クリックで拡大します
URLをメールアドレスに送信

RSS RSS

怪・第二話

今日は先日読んでから頭の中に
引っ掛かっている本から、
こんな「怪」について
書いてみようと思う。

その本は矢作直樹医師著作の
『人間は死なない』という題名
で、横に長い副題で
「ある臨床医による摂理と霊性
をめぐる思案」とついている。
矢作医師の肩書きも長くて、
東京大学大学院医学系研究科・
医学部救急医学分野教授
医学部附属病院救急部・
集中治療部部長というものである。

最初矢作医師は特別目的意識もなく、
ただ漠然と熱心に仕事をこなすという
スタンスで、学生時代の経験や
医療に従事してからも
人の生死に心を揺さぶられることは
なかったと記している。

文章はご自分の専門的な救急処置の
例を細かく挙げて患者さんの、
その様子や その後の事を綴るところ
から始まる。

長いこと臨床を積むうち矢作医師は
容態が急変して亡くなる人・
予想を超えて命をつなぐ人を通して
何かを感じ始めるのだ。

素直な気持ちとして
“現役の臨床医である私が
こんな事を言うと顰蹙をかうかも
しれませんが、実際の医療の現場では
わからないことだらけというのが
本当のところです”
と書いておられる。

現代医学の限界を感じた矢作医師は
代替医療の世界に首を突っ込む。
そこで実際現場に行き体験して
“我々臨床医の常識からすると
文字通り嘘のような話です”と
書くような実感を持つようになる。

そこから文章の展開は勢いづく。
自然科学という思想と銘打って
掘り下げていくのだ。
以下少し興味深い抜粋を下に書く。


“現代の自然科学の手法、すなわち
現象をきたす要因を分析的・解析的
に抽出し、それを組み合わせることで
当該現象を再現するという研究手法は
ルネ・デカルトやガリレオ・ガリレイ
によってその有効性が明らかにされました。

こうした手法は、高次の概念を低次の
概念で、全体を部分によって説明
しようとする試みで、還元主義と
呼ばれています。

事物事象を構造化して解析する
この還元主義では、対象とする現象が
機械のようなものであれば、
再現性がよいということになります。

極端な例としては、人間機械論の
ような説を展開する学者も出てきました。
したがって、対象が人間であれば
必然的に精神と体を分けて考える
ようになります。

しかし、最先端の自然科学の一つである
量子力学の発展により、このデカルト
以来の心身二元論は揺らいでいます。

二十世紀に入ると、マクロ世界の
説明に相対性理論、ミクロ世界の
説明に量子力学が登場し、
それまでの我々の感性で理解できた
世界とはかなり趣きが異なる世界が
提示されます。量子力学の世界では
電子や光子は波動と粒子が共存した
状態をとることができ、その
状態がどう観測されるかについては、
偶然に支配されるため確率的にしか
予想できない、そして電子と比較に
ならない大きなものとの相互作用が
起きると、電子の波が収縮する
(幅のない鋭い針状の波に縮み
粒子としての電子が姿を現す)と
されています。〜略〜

他方、東洋では仏教、ヒンドゥー教、
道教において、万物は一体であり
すべては互いに関連しあっている
とされていました。

オーストラリア出身の素粒子物理学者
フリッチョフ・カプラは、自身
のみならずジョン・R・オッペンハイマー
、ニールズ・ボーア、ヴェルナー・
ハイゼンベルグといった量子力学の
泰斗たちが感得した世界観と、東洋の
仏教、ヒンドゥー教等の世界観との
間の相似性を指摘し、万物の一体性と
相互関連性を究極不可分のリアリティ
であるとしています。〜略〜

このように、古代ギリシャ哲学や
東洋思想において直感的に理解されて
いた万物の合一性という概念は、
二十世紀の量子力学発展により
科学的なアプローチがなされる
ようになってきました。ここまで
科学と宗教が重なってきたのは、
驚くべきことです。”


と臨床から離れて著者はドンドン
色々と追求していく。

私的にはウィルバーの人間の体
、心、霊魂についての探求にあたって
肉の目(自然科学に代表される外的
物質世界を認識する経験主義的視点)
理知の目(哲学、倫理学、心理学と
いった知と心について考察する
合理主義的かつ主観的視点)
黙想の目(霊性という超越的リアリティ
について考察する神秘主義的視点)と
いう三つの目が必要であり、
それらがバランスよく発達することの
大切さを力説しています。
と綴ってあるのが嬉しくなった。

そんな事を調べながら臨床医を
続けていくうち矢作医師は自分の
体験を含めて非日常的な事例、
現代の自然科学では説明できない
別次元の、いうなら霊性の領域に
関する事例を紹介しますと記して、
また自分の行なった処置を専門的に
詳しく記述し、その時の患者さんの
様子を詳しく書いていくのだが、
今度は 回復した後の患者さんに
聞き取りをして、自分が行なっていた
処置を受けていた時の患者さんの
感じていた話を聴くということを
始めるのだ。

それは想像も出来ないことばかりで、
臨死体験をした患者さんの話に
共通点があることから話は
「臨死体験」の方向へいく。

患者さんサイドから どうせ信じてもらえない
だろうと思って口に出さなかったことを、
実際に同時刻に心肺停止もしくは
それに近い状態で、
処置を行なっているサイドには
思いもよらぬ経験をして そこに
横たわり処置を受けていたという
事実を聞かされて今度は納得する
のである。

始まりからすると実に大きな変化だ。
矢作医師自身も著書で

“さて、本章では私が知る非日常的
現象をいくつか紹介してきましたが
いかがですか。

確かに、これらの事例は我々の
一般常識からすると、信じ難い現象
ばかりです。頭で考えるには、
あまりにも経験概念とかけ離れていて
類比推理も難しく、実際に体験しなければ
とても理解できるようなものでは
ありません。アメリカの実験心理学の父と
呼ばれるウィリアム・ジェームスは
心霊現象について、それを信じたい人
には信じるに足る材料を与えてくれる
けれども、先験的に疑いを持つ人
にまで信じさせる証拠はないという
限界を持っている、と指摘しています。


そして摂理と霊性について述べながら
『人は死なない』と結論づけていく。

人生最大の目的は
「我々普通の人間は、日々の心がけとして
今自分の出来ることをやっていく、
ささやかな利他行をしていく、という
あたり前の生き方をすること」
と述べ、患者さんの言葉を引用し
「人は自分に与えられた身体を受け入れ、
その声を聴き、精一杯活かすことで、
感謝の気持ちを持って生きていかれる、
これは真理だと思います。」と終わり
の方に書いてある。

一冊の実録で こんなに著者が
大きな体験を連日しながら
導き出した結論は、かなり説得力の
ある内容だった。

私は いつも非日常的な中にいるので、
こう様々な実例を救急現場という
リアルな処から 霊性だとか
摂理だとか宇宙の神秘だとか、
そんな言葉が出てくるとは
思わなかった。

自分は ある意味でこれらの
非日常的と表現する事例を
幾つも体験して、このような
考えに至った矢作医師と違って
非日常が日常のように思って生きて
きたので、こんな事で驚くのかなとか
いちいちビックリしながら読んでいた。
明らかに非日常的な出来事は
矢作医師にとって「怪」なのだ。

私ごとになるが、生命の話が盛んに
出てくるので書くが
私が小学4年の時 母が妊娠した。
ずっと気づかなかったらしい。

結果的に言えば詳しくは書けないが
その子は堕胎された。
手足をバタバタさせた元気な男の子
だったそうだ。

水子供養などやるウチではないので
すぐにいつもの暮らしに戻った。
ところが暫くすると夢に赤ん坊を
腕に乗せた母が出てきた。

赤ん坊は男の子で母の乳房を探っていた。
母は気づかぬ様子で座っているが、
傍目には赤ん坊を抱いているように
見えた。何となく興味を持って、
赤ん坊に近づくと私の父の
面影がある。変な夢だなぁと思って
その時は深く考えなかった。

しかし それから毎年何回か その
男の子は私の夢に登場するようになった。
間違いなく私の弟だと次回から
わかったので勝手に「栄」と名付けた。
栄は やっと立ったて歩けるようになり
話も出来るようになった。

活発で甘えん坊で可愛かった。
キチンと話せるようになると栄は
私を「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と
呼ぶようになった。

スクスク育ち私の身長より高くなった。
痩せっぽちで顔が私とよく似ていて
本当に姉弟なんだなと思わされた。

何度も こちらの世界に栄を引っぱり出せ
ないかと考えた。
栄は私と同じに、いつも独りだったから。

そんなある日、栄は茅の吊ってある部屋に
布団を敷いて着物の寝間着を着て
横になっていた。

いつの間にか体の弱い子になっていたのだ。
私は とても心配していたが どうする事も
出来ず栄が夢に出てくるのを待つしか
なかった。それからの栄はいつも
茅の吊ってある部屋で布団が敷いてある
部屋にいた。
私は枕元で話をしたりしていた。
栄の顔色が悪くなり元気が無くなってきて
「どうしたの?」と聞くと
「お姉ちゃん。僕もうすぐ20歳になるよ。」
そう悲しそうに言った。
あまりにも淋しそうに言うので印象に
残っている。

手前ミソだけれど、栄は今なら
けっこうイケメンの部類だったと思う。
この世に自分と似た顔をして同じ髪の色を
した人物がいるなんて一人っ子の私には
想像もつかないことだったので
栄の存在は大きかった。

しかし…栄は20歳になるよと私に
告げてから二度と夢に登場しなくなった。

私は、その時何となく今生きている世界と
別の世界があって、それは肉眼では
見えなくても物事が同時進行している
のではないかと感触を持った。

祖父が召される時も誰も居ない病室に
祖父は
「今日は○○さんが来てくれたよ。」とか
「昨日は沢山人が来てくれて懐かしい人に
会って楽しかったよ」と喜んでいた。

私が肉眼で見えない世界を絶対的に
信じている理由は幾つもある。
そこを何と表現したらいいか
わからないけれど、確実にある。

私は人が そこからの何らかの
働きかけや現象に遭った時
「怪」というのではないかと思っている。
まだまだ怪の話は周囲に散らばっている。

2013-12-14 23:56:43投稿者 : Nachiko
この記事のURL コメント(6) トラックバック(0) nice!  あしあと
    6件中   1 - 6 件表示 ( 全 1ページ )
    コメント一覧
    若林さん
    わー、何でそんなに、いちいち謝るのですか?私は大雑把で気にしない性格ですよー。怪に関しては個人差があって、ある日突然遭遇するという類いかと思います。現実社会の方が奇なり、なのです。小説ってSF物に至るまで案外信じられない内容に思えても本当の事を描いていたりします。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-16 07:16:28
    瑞恵さん
    人は生死に関することで、よく怪奇現象などと言われる場面に遭遇している事が多いようですね。核家族が当たり前になった現代社会ですと年寄りの貴重な話を聴く機会がありません。お年寄りや言い伝え・伝説の中に、かなり「怪」な話が普通にあります。今それさえ難しい世の中になってしまったのは寂しいです。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-16 07:10:53
    guest
    残念ながら自分は、「怪」な体験をしたことはありませんが、栄くんのお話は、(語弊があったら申し訳ないのですが)とても面白く、また興味深いです。筒井康隆の小説にでもなりそうなお話ですね。(←これも語弊があったら、すみません)
    投稿者 わかばやし   2013-12-15 22:02:24
    guest
    魂同士の会話が出来ていたら相手の死期の近い事も知ることができる。話せなくなる程重症、重体になると魂が話しかけてくる。それを察知する特技を持っているかどうかで随分違ってくる。魂は次の次元に移動するだけなのだと私は信じている。
    投稿者 瑞恵続き2   2013-12-15 18:12:31
    guest
    音声(声)・手話などでの会話ではなく、心を読み心で話すように心掛けている私は、亡くなった母が毎日のように私の夢に出てきて、背中向きではあるものの、無言の母が何を言っているのか、何を怒っているのか解る事が出来た。母に事情説明をした日から母は夢に出て来なくなりました。母は癌の告知をして欲しかったのです。でも医師からそれを止められていたので母には言えていませんでした。母は納得できなかったのでしょう。死期が近い事を知っていればやりたかった事があったそうです。
    投稿者 瑞恵続き   2013-12-15 17:54:23
    guest
    絶対にあります!

    私の両親と主人を臨終まで看病して、ハッキリ感じた事があります。何がどうとは言葉では言い表せないけれど、魂と魂の会話になってしまうのです。不思議でした。声の要らない会話が成り立っていました。私は他にも信じられない経験をしています。「死」は別の世界に行くのだとハッキリ分かりました。
    投稿者 瑞恵   2013-12-15 17:44:33
    6件中   1 - 6 件表示 ( 全 1ページ )