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Dr    :そうる透

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Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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自死からはじまって

今日はチョット真面目な話。
皆さんは「自死」と「自殺」を
どう受け止めるだろうか?

実は今年10月31日付の
読売新聞報道によれば、
島根県は同月30日に松江市で
開催された県自殺総合対策協議会の場
で自殺者の遺族より「自殺」に含まれる
「殺」と言う文字の否定的な

イメージが「罪人」を連記させるなど
の理由で用語の見直しを求められていた
ことを受けて、2013年度より従来の
「自殺対策総合計画」の名称を
「自死総合対策計画」に改めると
発表した。合わせて、対策計画の
表題だけでなく県の文書規定でも

原則として「自殺」を使わず「自死」
に書き換える方針も表明された。

「自殺」の使用見直しを求めていた
遺族側からは県の決定を歓迎する声が
挙っているが、一方では過去にも
行われてきたこうした役所主導の
言い換えの例に漏れず
「過剰な言葉狩りではないか」
との批判の声も挙っているという。

この記事を見て私が思ったのは
遺族側と そうでない側との温度差
だった。

実際に自分が遺族だったら、どう
思うだろうという点。
非常にデリケートな部分を秘めている。
自殺と自死と、どう違うの?
という微妙なニュファンスが存在する。

日本人は国民性として「死」を美化
する傾向がある。

普通 その宗教観から死というものを
捉えるのだが、それとは別に
日本人は死をもって責任を取るとか、
身の潔白を表明するとかいう行為を
ゆるしてきたし、又良しとしてきた
文化を持っている。
独自の国民性を持った民族であることは
間違いない。

私は自殺といえば
自決・自害・切腹など様々な自らの死を
連想する。

死を持って清算するという考えは
今でも十分通用すると思っている
人は多いのではないだろうか。

日本では様々な言葉狩りが確かに
行われてきた。

しかし、自殺の危機介入に携わった事
のある私としては たとえそれが
自殺であろうと自死であろうと、
尊厳死であろうと安楽死であろうと
シュチュエーションが違うだけで、
幽体が肉体から離れるのを、
意図的にやったという点で共通している。

ここで尊厳死や安楽死にまで述べると
書ききれないので別の機会に触れるが、
自殺と自死について書くと、
これは本人にしかわからないものでは
ないかというのが私の素直な感想だ。

辞書で調べると自死は自殺を柔らかく
表現したもので自殺と同じ意味だと
書いてある。

しかし実際、自殺の危機介入に遭遇すると
自殺は極端な狭視になっていて、
物凄いパワーで死へ吸い込まれる空気を
吐き出す。ある医療従事者は こう
表現する。確固たる激しい死へ向かう人を
止めると こちらが引き込まれるから
絶対に止めるのは不可能だと。

確かに全身死へのアドレナリン満開で
それはそれは凄まじいパワーを発する。
教科書通りなど行かないのが常である。

それほど死への誘惑は強力で、一度
取り付かれて行動化した人を止める
のは至難の技となる。

何を言っても頭の中は死の事しかない。
死が全てを終わらせてくれると
信じている。
説得など役に立たない。

自殺危機介入は、ある意味賭けみたいな
処がある。それこそ強い薬でも医師が
飲ませて意識でも失くし、その場を
納めても無駄なのだ。

根本が死に向かって歯車が激しく回り
出したら火事場の馬鹿力どころではない。
とにかく何故 死にたいのか、
理由を聴くだけ聴く。

決して慰めなど言わない。
止めたりもしない。
ただ話を聴く。聴いて聴いて聴きまくる。
そのパワーを吐き出させる。

これは助けられるケースが多い。
何も語ってくれない場合はタチが悪い。
内にパワーのベクトルが向いているので
外に出せない。無口になり目は虚ろ。
顔色が悪く何を考えているのか
わからない。ある日 すっと消えてしまう。

自殺者は必ず信号を出す。
冗談混じりに死を口にしたり、
極端に自己評価の低いことを述べたり、
また自分の存在価値や自己否定など
何かの折りに口走る。
そして ある日バーンと破裂する。

私の師で凄い自殺介入をやった人がいる。
教科書では絶対悪い例だろう。
しかし助かったのだから結果良ければ
文句は無いと思う。

それは私が以前、子どもを どうしても
虐待してしまう人が子どもに手を上げたら
止まらなくなり、このままでは
殺してしまうというケースに似ていた。

まずは虐待の現場に駆けつけられなかった
ので、殴り出したら電話をもらうことに
していた。何度も受話器を落としながら
子どもを殴っているのが、その泣き声から
わかった。

とにかく受話器を片手で持ってもらうよう
頼んだ。片手なら両手で何かを
やらかすよりマシだと考えたからだ。

興奮しているので話している内容も
会話になっていない。長時間続く。
カウンセリングは50分位を対面で
傾聴するのが普通だが、私は
悪い見本の代名詞みたいない事
ばかり知っていてやる。


で、何を書きたいのかと言うと
私の師が何か自殺のサインを
受けた電話から感じ、聴いている
うちに これは本気だと確信して
取った行動が私と似ていたのだ。

師は携帯を持ったまま移動して、
電車の中、バスの中、徒歩と
来て待ち合わせの私の待つ場所に
受話器を耳にあてたまま登場した。

同じく、携帯を手にしている間は
自殺できないだろうという
最初の考えが、もしかしたら
何らかの働きかけが出来るかも…
に変わったという。

その携帯を握りしめたまま
ずっと移動する師も凄いが、
死にたいというパワーが発する
暴風に対抗するのは不可能に近い。

凪状態になるまで待つしかない。
私の経験でも自殺危機介入の時は
電話で関わった事が多い。
おそらく直接会っていたら
無駄骨に終わっていたかもしれないと
思わされる。

自死を自殺と言い換えると、これが
また大きく違って聴こえる。

飛び降り自殺、首吊り自殺
焼身自殺など印象が悪いせいも
あるのかもしれない。

数年前、自死についての
アンケートを盛んにやっていた処が
あるが、これは その人の宗教観や
置かれている状況、生育歴が大きく
丸をつける場所を変える。

まさに自殺を!と考えている人の
話を聴くと話すことの出来る人の
場合、こんな些細なことで?
と思うことが かなりある。

また その逆もあって これだけの
思いと出来事に遭っていて、
どうして平気で生きていけるのだろう
と思える人にも出会う。

言ってしまえば100億の負債で
自殺する人より数万円のお金がなくて、
いや数千円もなくて自殺を選ぶことの
方が多いのだ。

私は自殺の哲学と勝手に名付けて
分析してきたが本当に死にたい人より
生きたくて仕方ないとか大きな夢を
持っていた人の方が自殺に走る
傾向があるように思える。

あとクリエイターにおける自殺率の
高さに関しては、これは ある意味
かなり納得のいく物がある。

創作自体が見えない世界から通じて
いるので、かろうじて保っている
生命のヤジロベエが負の方へ
風が吹いた時、深い溝に引き込まれる
のではないかと思う。

荘厳に見せたいためなのか「自死」
という言葉が使われる傾向が増えたのも
事実だが、この根底にある
自分の勝手で生まれてきたわけでは
ないから、せめて死だけは
自分でコーディネートしたいという
のは理解できなくはないが、
人間が動物だという自然界での
野生退化を示す証拠かと思う。

地球的に見れば、集団自殺などが
ある動物で起きた場合、種の
増減のための自然淘汰という
考えもある。

自殺でも自死でも人間は自然界の中
の一つの生き物だという事を
放棄しているように思える。

明日もしかしたら事故に遭って
死んでしまうかもしれないのに、
わざわざ今日自殺した人がいたと
したら、その差はとても大きい。

家族や友人の心が違ってくる。
グリーフケアの観点から見たら
あまりの差に立ち会った人は
驚くだろう。

この世に生まれてきた段階で、
何も苦しみがないはずはない。
ご丁寧に感じる五感が用意され、
大きな格差社会があり、
目で見える部分では不公平が
強調されている。

一つトラブルが、片付けば
さらに次のトラブルが来る。
これぞ人生というものではないか。

失恋するために恋があると
考える私は、かえって何も
嫌な思いやコンプレックスを
抱えていない人に同情する。

いちいち自殺だの自死だの
していたらキリがない。

それは人々の繋がりが希薄になり、
自分の抱えている問題が
いかに小さいかを知る機会を
持てなくなってきている証拠でもある。
あとは巷の薬の知らされていない
副作用とも言える。

私は何が悪いとか反対とかは思わない。
人々の核家族化が進み、終身雇用制度が
崩壊し、派遣の欠陥や、職場が
グローバル化などということで
どんどん生きにくくなっている
現実が、若年から高齢者に
大きな皺寄せとなって襲ってきている
のを忘れてはいけない。

脳は思考にクセがつく。
一度 ダメなら死とか自分はダメな人間
だから死にたいとか思えば それは
暗示のように引き出される。
自分をわかっていないのは実は自分
だったりする。

だから、ここで もし死にたいと思うなら
「私は死にたいと思うほど辛い」
であって「私は辛いから死にたい」では
ないということになる。

お互いがお互いを思いやれる環境を、
作っていけたら 誰かが支えて孤独も
苦しみも軽減され、抱えている
悲劇のヒロイン・ヒーローも
もろくも崩される。

死を恐れることはない。
誰にでもやってくる。

自分で選びたい気持ちもわかるが、
周囲の気持ちを考えると、納得の
いく死を迎えるのが一番周囲を
傷つかせないのではないだろうか。

一般のグリーフケアでさえ遺族の
悲しみは相当なのだから、自分の
命の重さを知らないって本当に
残酷なことをやることになる。

人間だからって特別な生き物だと
思わない方がいい。
ありのまま、自然の流れの中で
生きるのが もし苦しみだけだったら
それは それを人に伝えていくべきだ。
こんなに大変なんだと。

その言葉で死ぬのを止まる人が必ず
出てくるはずだ。
一人で背負わないで抱え込まないで
生きて行こうと私は投げかける。

2013-12-08 09:06:47投稿者 : Nachiko
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    5件中   1 - 5 件表示 ( 全 1ページ )
    コメント一覧
    アルファさんコメントありがとうございます。これは言いにくいのですが、現在問題になっている精神科医療と精神科薬について触れますが、医師は必ず病が死にたいと思わせると言います。しかし、実際は服用している薬に希死念虜の副作用が必ずあることは説明されていませんね。海外をみても日本は精神科薬が利権の餌食になっています。必ず戻ってくる患者・薬で悪化させても言い訳が出来る。この辺は調べてみると面白い事実がわかります。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-09 10:17:11
    瑞恵さん私は基本的に人間であれば心の作りからいって、微妙なバランスの上に成り立っているので当然起きる気持ちだと捉えています。ただ言えているのは外的要因の大きさが影響していると思っています。まずは医者の言うことだけを鵜呑みにせず、その背後も調べて自分の性格や、置かれている環境など色々検証する必要があって、初めて自死の問題に取り組めるのではないかと思えるのです。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-09 10:07:59
    guest
    人から比べればどうっていう事の無い私でも自分に負けそうになる時がある。一瞬かも知れないし考え続けるかも知れない。実行した後、自死と言われようと自殺と言われようとその時には本人は居ないのだからシグナルをキャッチしてくれる人は必要だ。
    5分後かも知れない、1時間後かも知れない。シグナルを出せるか、キャッチ出来る人が居るかだ。
    投稿者 瑞恵   2013-12-08 22:42:22
    guest
    私は死にたいと思う程辛い・・私は辛いから死にたい
    の意思表現の違いが根本的に違う事が良く分かった。
    自死・自殺 いずれの言葉を使っても遺族にすればどちらも受けるショックと心の傷は同じだと思う。生きるのが辛くない人はおそらく居ないに等しいと思う。皆「苦」を背負っているはず。口に出すか出さないかだけ。苦も人とは比較出来ないと思う。
    投稿者 瑞恵   2013-12-08 22:21:48
    guest
    たとえ自分に対してであっても、
    「殺す」という行為である以上、
    「自殺」であって「自死」ではないと私は思います。

    精神科医に聴いた話ですが、
    猛烈に死にたいと考え、
    かろうじて未遂に終わっているような人でも、
    いったん死にたいという症状が去ってしまうと、
    今度はそれこそ起業のような前向きなことを
    考えるようになることがよくあるそうです。

    自殺はその人の本心によるものではなく、
    病気の症状が起こさせる場合がとても多いそうです。

    そういう意味でも、
    できるかぎり自殺を食い止めないといけないと思っています。

    投稿者 ☆アルファ☆   2013-12-08 17:16:17
    5件中   1 - 5 件表示 ( 全 1ページ )