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Vo    Nachiko

Dr    :そうる透

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Bass   :和佐田達彦

G      :田川ヒロアキ

G   :竹内亨規

Key    :河野啓三

Key    :河本慎一

Vi    :武藤祐生

和太鼓 :響道宴


Mix :岡野高史

All Music&lyrics:舘岡奈智子

All Produce&arr.:そうる透

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ブッコラの尻尾の毛

今日は私が小学生になる前に
読んだ印象的な民話の話を書きます。

私は小さい頃 重い肺炎にかかって
ずっとベッドで安静にしていなければ
ならない日々を送ったことがあるんです。

何しろ子供ですから自分で本なんて
買いに行けません。
バリバリの本の鬼の母は やたらに
本ばかり家に置いておくのです。

この頃は まだ私が幼かったせいか
ひらがなで文字の大きい挿絵のついた
本がドッサリあったので寝たきりの
私は暇つぶしにベッドで本を読む事
が唯一のルーティングワークだったわけ
です。

まだ小さいからという事だったからか、
民話系が多かったのです。

その中で幾つもある童話や民話の中で
何故か私は“ブッコラの尻尾の毛”
という話が好きになり何度も何度も
読んでいました。

それはアイスランドの昔話でした。
昔昔から始まるやつで、お決まりの
貧乏な おじいさんと おばあさんと
息子がいましたが最初の説明です。

その家族がブッコラという雌牛を
一頭だけ大切に飼っていたのです。
それがある日 突然居なくなって
しまうのです。

これは悪魔に さらわれてしまったに
違いないから探して来ておくれと
息子に頼むのです。

息子は長い長い旅の支度をして
お弁当を食べて、歩いて一生懸命
ブッコラを探しました。

いくら探しても居なくて名前を
呼ぶと「モゥ」と返事が聞こえたのです。
やっと見つけるとブッコラは太い鎖に
繋がれて岩の牢屋に閉じ込められていました。

息子が鎖を切ってブッコラを連れて
逃げると悪魔が大きな雄牛を連れて
現れて息子を追いかけてきたのです。

そこで私は ハラハラドキドキします。
せっかく連れ出したブッコラが
また捕まったら、どうしようって
心配しゃうのです。

するとブッコラは
「あたしの尻尾の毛を抜いて後ろに
放りなさい」というのです。

おお!牛が口をきいたと私は
ここで わかっているのに何度読んでも
妙に感動します。

しかもですよ。
ブッコラは息子が そうすると
呪文をとなえるのです。

牛が呪文をとなえるなんて想像も
つかないのです。
私の少ない想像力では思い描けない
画期的な出来事なのです。

ブッコラは呪文をとなえたあとに
「尻尾の毛 大きな川になれ」
と言うのです。

嘘みたいです。尻尾の毛が川になるなんて
どんな川なのでしょう。

茶色い水の川でしょうか?
それとも毛玉が固まったような川
でしょうか?

その川を見たくて仕方なくなるのです。
しかし、その川の水を悪魔は
連れてきた雄牛に川の水をガブガブ飲ませて
川を無くしてしうのです。

何とシュールな!

川って海に通じているものです。
それを一匹の雄牛が全部水を飲み干す
なんて、これも想像できないのです。

この雄牛のお腹は水でパンパンになった
のではないか?

川の水を全部飲み干せる胃袋を持つ
雄牛って どれだけ大きいのか?
頭の中は?で一杯になります。

川が無くなって絶望的になった息子は
捕まると思うのですが、またブッコラは
「じゃぁ もう一本毛を抜いて」と
息子に言うのです。

すると今度は物凄い火の山が出来るのです。
まさに ありえない世界だと私は
ベッドの中で火の山を想像します。

ところが悪魔の雄牛は さっき飲んだ
川の水を全て吐き出して たちまち
火を消してしまいます。

そこで私は さっき雄牛が飲んだ川の水の
量が半端な量でなかったのだと納得します。
そして牛が水を吐き出して火を消す光景を
また想像するのですが、あまりにピンと
来なくて悩むのです。

吐き出した水の勢いは どうだったのだろう?
どんな格好で吐き出したのだろう?
これは由々しき大問題に思えるのです。

雄牛だから前脚を前に出して、
突き出たお腹を下にして噴水のように
吐き出したのか?

それとも口と鼻の穴と両方使ったのか?
それでも読み進むと息子は今度こそ
捕まると弱気になるのに、また
ブッコラは「じゃあ、もう一本毛を抜いて」
と言うのです。

今度は何になるのだろうと期待します。
川(水)→火の山(火)だから次の
出し物に期待は膨らむのです。

今度は見上げるほどの岩山ができていました。
ここで なるほど…岩(土の代わりで石かな?)
などと子供なので単純に思うってしまいます。

悪魔は
「こんな山なんか雄牛の角で一突きで穴を
あけてやる」と言って角を突かせて穴をあけ
その穴をくぐって来ようとします。

ところが穴が細すぎたため悪魔と雄牛は途中で
詰まってしまい そのまま岩になってしまいます。

これで めでたくブッコラと息子は
おじいさんと おばあさんの家に帰ることが
できました…で話は終わります。


さて、幼い私の悩みは ここから始まります。
今まで普通の雌牛だと思って飼っていた
ブッコラが呪文をとなえる魔法使いで、
しかも人間の言葉を話したわけです。

今まで通りに暮らせたのでしょうか?
物語を頭から見ます。
この家族は物凄く貧乏だと設定されている
のです。ブッコラは飼われていて
知っているはずです。

魔法が使えるのに何故 おじいさん一家を
助けてあげないのだろうと思うのです。
自分が捕まった時にだけ魔法を使った
事になります。

可愛がってもらっているのに
ブッコラって本当は性格の悪い牛なのでは
ないかとか、助けることはなかったのでは
ないかとか小さな心で考えさせられては
何とかブッコラを好きになろうと思い、
何度も読み返していました。

その昔話を読んでから物の見方が
小さいながら変わったのです。

今は見かけませんがホコリを取る
ハタキってあったのを知っている人は
いますか?

一日に何度も掃除をする祖母は
畳を昔ながらの座敷ほうきではいて、
必ずハタキでフスマや障子をパタパタと
やっていました。

細い繊維や ほうきの穂先が ブッコラの
尻尾の毛みたく一本抜いてほうったら
何かが起きるのではないかと、
思ってしまったのです。

せっかく昔話の世界なのだから、
そのままに止めておけばいいのに
わざわざ一本抜いて何事も
起きなくて とてもガッカリしたのです。

グリム童話・アンデルセン・世界の民話
日本昔話・月刊誌で取っていた生物とか
星の雑誌…どれも思い出が沢山です。

月刊誌の科学雑誌は 幼かったので
写真を一生懸命見ていた記憶があります。
かな文字しか読めなかったので、
ふりがなを読んでいたけれど、
星や動物や植物の図鑑が載っていると
実際に見たくてボロボロになるまで
手にしていて表紙がヨレヨレに
なった頃 新しい次の月の雑誌が
来て嬉しかったのを覚えています。

ブッコラは今考えても良い牛だったのか
悪い牛だったのか わかりません。

でも「ブッコラ」という名前が
とても好きになったので私は
密かに抱いていた大きくなったら
ヤギを飼うという夢が叶ったら、
ブッコラと名付けようと決めていました。

この頃の思い出は鮮明に色々あります。
小学生になった時 文学の鬼みたいな母が
古本市で買ったとか言って、
いきなりドサっと大きな文字で子供向け
ではあったけれど、本を読みたいなら
まずコレを全部読んでからでないとダメ!
と買い込んだ多量の本を目にした時が
今思うと苦痛だったけれど 確かに…
とも
思えるので あれが母は文学の専門家だった
ので よほど本の文字の大きさや
読ませたい物を最低限物色したのだろうと
大人になって理解できます。

母は文学は古典から読みなさいと
厳しかったから小学生に読ませる
古事記や日本書紀など どうやって
あんなに色々な古典を探してきたのだろうと
今さら思えるのです。

あれだけの本の洗礼を いきなり受けたら
あとは どんな本も楽しく読めるように
なったし、一人の時間ばかりだったけれど
本のおかげで随分楽しい思いもできたから
過ぎてしまえば感謝かな?なんて思います。

不満は絶対に推理小説を読ませて
くれなかったこと。

ルパンが好きで全巻読み終わった後だった
から根に思っていないけれど、
学校から帰ったら書庫が そこだけ空っぽ
になっていて、探したら押し入れの奥に
ルパンシリーズが紐で括って隠して
あったこと。

母の持論は、推理小説は疑り深くなるから
読んで欲しくないそうで…

もう そんな処からは抜けたいななんて
思う この頃なのです。

2013-12-02 08:01:10投稿者 : Nachiko
この記事のURL コメント(2) トラックバック(0) nice!  あしあと
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    コメント一覧
    瑞恵さん読んで下さってありがとうございます。私は幸いなのかもしれません。ピアノは「習わされた」という感じがしないからです。弾けない人が親戚・家族で誰もいなくて、習うのが当たり前だと思わされていました。6歳頃からインストで曲を作ったり、作詞作曲を楽しんでいたので何を弾いても叱られませんでした。辛かったのは友達付き合い禁止でした。まぁ、親って私には理解を超える存在なので、いつも感謝の種を見つけています。
    サイト管理者 Nachiko   2013-12-04 05:46:58
    guest
    奈智子さんと私、似たところがありますね?
    私は小学生時代、大量の偉人伝ばかりを読まされました。
    あとは見も読みもしないのに高価な百科事典のセット。

    マンガは一切禁止されていました。

    自分達の願望だけを押し付ける両親でした。

    ピアノも習わされました。おまけに「猫踏んじゃった」を弾くのは絶対に禁止!!!


    ブッコラはどんな牛だったのでしょうね?幼心にそこまで疑問を持つ奈智子さんも凄いです。
    投稿者 瑞恵   2013-12-02 08:59:58
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